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#1556 楽と怠惰は大違い
2026-04-06 08:50

#1556 楽と怠惰は大違い

#1556楽と怠惰は大違い

「楽と怠惰は大違い」

「楽」と聞くと「怠惰」と混同する場合もあります。

楽は本来、精神が調和し、エネルギーが最適に流れている活発な状態を指します。一方で「怠惰」は、エネルギーの停滞であり、成長を拒絶した心が眠ってる状態なので、全く異なるんですよね😅

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笑倍繁盛チャンネル、望月まもるです。本日もよろしくお願いいたします。
楽と怠惰は大違いと、今日はそういうお話ししますけれども、楽と聞くと、怠惰と混同する場合もありますよね。
楽は本来、精神が調和して、エネルギーが最適に流れている活発な状態のことを指すわけですよ。
でも一方、怠惰というのは、エネルギーの停滞なんですよね。
成長後、拒絶した心が眠っている状態なので、これ全く異なるんですよ。
脳は、新しい刺激や挑戦がないと退化していくんですね。
だから楽というのは、自己を更新し続ける活動の中にあるんですね。
だから単なる怠惰とは、似て非なるものだったりするわけです。
これは前回もお話ししたと思うんですけれども、心理学者のミハイが提唱している不老ですね。
不老状態ですね。これは真の楽っていうことなんですけどね。
不老っていうのは、人が一つの活動に完全に没頭して、時間の経過さえ忘れちゃうような、そういう状態を指すんですけれども、
この状態にあるときは、我々の精神というのが調和しているんですね。
エネルギー、特定の方向に向かって最高に集中しているわけですよね。
興味深いのは、不老体系している最中の人間は決して楽をしているのではなくて、
むしろ自分の能力を最大限に引き出しているというこの部分なんですね。
だから一方、怠惰というのは、心理学的には無気力に近い状態とも言えるわけですよ。
そこは挑戦とか目標なくて、エネルギーは出口を失って、内側にずっと停滞しているんですね。
だから、よどんだり腐っちゃったりするわけですね。
だから、未来の研究によると、人は受動的なレジャー、ただテレビを見ているとか、そういうことをやっているときよりも、
自発的な活動に没頭しているときのほうがはるかに高い幸福感と充足感、
つまり、これぞ真の楽という、これを感じることがわかっているわけですね。
また、精神医学とか生理学では、怠惰が長く続くと脳の報酬系を弱体化させると言われているんですね。
人は何かを成し遂げたり、新しい発見をしたりする際に分泌されると、大場面によって快ですね、これを感じる仕組みを持っているわけですね。
しかし、成長や変化を拒絶したりとか、あるいは何もしない状態に安住しすぎると、
そこにずっと居すぎると、脳はこの報酬系を刺激する機会を失っちゃうわけですよ。
すると刺激がない環境というのは脳を低下させるんですね。
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これ、認知機能を低下させる要因にもなってくるということなんですね。
ヴィクトル・フランクルは著称、夜の霧の中で生きる目的を失った囚人たちが急速に衰弱していく様子というのを描写しているんですけどね。
だから、人間の精神は止まるとか、停滞するだとか、静止するみたいな、こういうのに耐えるように耐えられないんですね。
だから、自己を更新し続けるとか、自分を常に新しくし続けるとか、こういう活動そのものが自分の精神を若々しく保ったりとか、
脳みそがパキパキと動いたりだとか、内側にずっと湧き水が湧き出るような安らぎ、こういったものを作り出していくということなんですね。
教育哲学者のジョン・リューイは、教育や成長を経験の絶えざる最高性という、こういう定義をしたんですね。
これは単に知識を得るだけではなくて、自分が世界と関わる方法を常にアップデートし続ける流れのことなんですね。
この自己更新、これこそが本質的な楽の源になるわけですね。
我々が新しい趣味に打ち込んだりとか、難しい仕事を工夫してこなしたりだとか、そうすると適度な緊張感ね。
それを乗り越えたときに深い達成感とか開放感とかがあるんですよね。
対照的に退屈というのは、自分の可能性を閉ざしちゃったりとか何もしなかったり、今の自分という小さな殻の中に閉じこもる状態なわけですよ。
これね、哲学的に見るとね、これはね、やっぱり生きることへの否定ということにつながっちゃうので、
自分の精神が本来持っている力を発揮しないでですね、ただ時間が過ぎるのを待つ状態というのは心にとっては安らぎではないんですね。
むしろゆっくり窒息している苦痛、これをもたらしてしまうわけです。
とはいってもですね、現代社会ではですね、常に活動的なことなんていうのがですね、常に活動的であれみたいな、こういうのを過度に推奨されている節もあるわけね。
だけどね、こんなご時世ではですね、退断って呼ばれる状態がですよ、実はさ、すごいね、深刻なね、疲れ、疲労からの回復手段っていうね、こういう場合もあるわけですよ。
だからもしね、精神が極限まで疲労しているんだったらね、やっぱりね、自分をね、動かすこと自体がね、厳しいし辛いものになっちゃうわけですよ。
だからその場合の動かないことっていうのは退断じゃないんです。むしろ生命維持するための適切な防衛反応ってことになるわけですね。
またね、あの、巷にはびこるね、何もしないイコール無価値とね、切り捨てる効率市場主義ね、成果市場主義とかね、そういう人たちが、
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なんかこうね、疲れた人が休むみたいなさ、そういうね、なんかね、精神的な余裕ね、奪ってるんじゃないかなっていうね、こういうふうにも思うわけよ。
大切なのはね、そんなの全く気にしないでですね、自分の状態ですよ。自分の状態がエネルギーの枯渇による休息を欲している状態なのか、
それともね、自分の可能性から背を向けているのか、逃げているのかっていうことをちゃんと素直に見極めることなんですね。
前者はさ、次にさ、やっぱり帰役するための準備になりますね。でも後者はね、やっぱり魂がどんどんどんどん眠っていくと、さらにもう目が覚めなくなりようという、こういうことになるわけですからね、これやっぱり自分でですね、見極めるの大事なわけなんですね。
だからね、楽っていうのは何も静止している、止まっている状態ではないんですよ。だからバランスが取れている動きそのもののことが楽なんですね。
例えるんだったらね、ほら、コマ、コマ、コマわかる?クルッと回るやつね。あれがさ、激しく回転しているっしょ。でもこう、一点でさ、静止しているようにも見えるじゃん。
あんな感じなのかなとも思うわけですよ。だから外側からは何か一点に止まっているように見えてもですね、実はグイグイグイグイですね、
力強いエネルギーがやっぱり循環していて、常に安定しているじゃん、コマもさ。だから安定をずっと更新し続けているような状態、これが精神における楽なのかなと思うわけですね。
だから楽は受動的に与えられるものではなくてですね、自分自身更新し続けていたりとか、世界に対して心を開き続けていたりだとか、自分も関わっていくだとか、
こういうことによって作られる、なんかとても能動的なものだと感じるわけですね。だから、怠惰ではなくてですね、やっぱり自分の魂が喜ぶ方向にね、踏み出していけばですね、やっぱりそこはなんかみずみずしいし活発だし、でも安らぎがあるという、そういうステージだと思うんですね。
だから人はね、みんなね、自分を更新し続ける活動の中にね、喜びっていうものをですね、見出すことができる。これがだから哲学的にもいうですね、自己超越っていうですね、自己超越の本能があるよって言われているゆえんなのかな、なんていうふうにも感じるわけですということで、本日も最後まで聞いていただき誠にありがとうございます。
楽と怠惰の違いね、分かっていただければ幸いでございます。ということで、また明日お会いしましょう。それではバイバイ。
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