1. はにまのこえにっき
  2. 方言の伝播は不思議だね
方言の伝播は不思議だね
2026-04-07 23:52

方言の伝播は不思議だね

伊豆でも〜らっていいますという話

感想

まだ感想はありません。最初の1件を書きましょう!

サマリー

今回のエピソードでは、パーソナリティのはにまさんが自身の畑仕事の近況を語りつつ、方言の伝播の不思議さについて考察しています。静岡県出身のはにまさんは、自身の経験を元に静岡弁の特徴や、地域によって方言がどのように変化していくのかを分析します。特に、地理的な要因や行政区画が方言の伝播に与える影響について、具体的な例を挙げながら興味深く解説しています。最終的には、方言が持つアイデンティティや、地方出身者としてのメリットについても触れ、方言への新たな興味を示しています。

畑仕事の近況と忘れ物
はい、こんにちは、はにまです。本日は4月の4日ですね。
土曜日。朝一で畑仕事をして、 雨が降ってきてしまったので
まあ帰って、
苗作りでもするか。 お、おそ物してる。
まあそうですね、と思って、雨に降られるといろいろこう
できることが限られて 余裕が出るので
まあそんなタイミングで喋っています。
今思い出した忘れ物っていうのは、家で苗作りするにはバイオードが必要なんですが、
家に今ない。 必要なものだから帰りに買っていこうかな。
畑に置いてあるやつ、今雨に降られて濡れてるんで面倒くさい。
春の農作業と作物の育成
まあそうしよう。はい、まあもう今春なのであれやこれやといろんなことをしてますが、
畑の方はそうですね、トウモロコジが
10何株。
定食、まあ定食っていうのは地面に植える。 育病状態から地面に植えることですけど、定食状態に移行してもらっています。
トウモロコジはね、売ってもね、あんな巨大な1本からね、200円ぐらいのトウモロコジ1本できるぐらいなんで、
全然商品作物という気持ちで作ってなくて、 近所のじいちゃんに
トウモロコジ作ってって言われたんでやってるだけですし、 虫の被害とか鳥の被害がひどいので、
上手にできる気は全くしません。 で、トマト、ナス、
きゅうり、スイカ、このあたりの育病を
しばらくやってまして、トマト、ナスなんかはですね、 育病開始から定食までに2ヶ月以上かかるのかな。
そうすると、しばらくずっと
ポットで育ってもらって、 トマトなんかは、ナスもそうなんだろうか、確認しないといけないですが、
花をつけてから定食しましょうってことなんで、 ずいぶん先にまで、
たまに水をやったり、肥料をやったりするっていうのを続けていくって形ですね。 で、僕は、
この商品作物としてやるつもりもないし、 自分もそこまで好きなものでもないんですが、
いちごなんかを買ってきて植えたりしてます。 友達でいちご農家を始めたやつがいて、
本当に同時期ぐらいで。 北海道九州市なんで、まだ地面が凍ってて何もできないって言ってますけど、
そいつとお話がはかどるように、自分もいちご
何株か育ててみようかなと。 いちごって、いちごは多年層にあたるので、
3、4年しかDNA、テロメアですかね。 テロメアが持たないみたいですけど、
いちごの植物生理を観察すること自体が楽しいので、 それをしたくて、3株ごと買ってきて植えてあります。
植えました。 ついさっき植えました。
他で言うと果樹がすごく芽吹いてきて、 春だねーって感じですし、
じゃがいもなんかは、結構株に個体差が非常にあるので、 管理が煩雑だなぁと思ったりしてますけれども、
そこそこの高さになってきたので、 いわゆる芽かきですね。
芽がいっぱいあると、もちろん芋はいっぱいできるんですけど、
数的にはね。 ただその
一株の使う
空間の量と 養分の量などを考えれば、少し数を減らしてあげた方が肥大しますよね
っていうロジックだと思うんですけど。 減らしてます。
減らした部分はもったいないんで、 引っこ抜いた芽の部分を
近所に植えたりとか、そういう作業もしてますし。 本当はね、商売でやるときはこんなのんきなことやってないと思いますけどね。
芽かきしたら捨てるんだと思いますけど。 貧乏症なんで。
まだ商売始まってませんし。 そんなことであったりとか。
農地拡大と今後の展望
なので、トマトやら何やらを植えるための土地を開拓したりとか。
あと、隣の土地もお借りできることがようやく定まって、
農業委員会の方に今、 4月に入ったんで、そろそろですね、多分
定例会が開かれて、農業委員会が承認してくれれば、ほぼ決まりということで。
あとは農地中間管理機構に回って、 8月1日から正式に審査開始の予定で
物事が動いていて、これで僕はトータル5500平米、この一体を制覇したという形です。
どんな作物に絞っていくのかとか、販売の仕方はどうするのかとか、
かなり工夫は必要ですが、5000平米もやってたら、200万とかは売り上げを上げていかないと。
当然、作業量も相当ですし、そこに使う資材とか。
昨日もJAで、でかいトラクターを買えと勧められましたけど、
僕には到底、やっぱりどう考えてもでかいトラクターが必要なように見えないんですけど、
そうやって業務効率を上げるという、コストのかけ方などもしていかなければいけないので、
それなりの金額を売り上げるような、しかも安定してですよね。
そういう技術やノウハウというものをこの土地でやっていく。
どこの土地でも共通する最低限の作法というのはあると思うんですけど。
さらに言うと、僕の畑は複雑な地形をしているので、一面大豆トーンみたいなやり方はそもそもできないという構造をしていまして、
そういった環境下でうまくやっていくということを計算していく。
3年から5年、安定的にできるようになるまではかかるよね、というのを日々実感しながらやっています。
あと水はけ自体はよく悪くないと思うんですけど、山の水が雨が続くと流れていっているとは思うんですが、
流れ切るのが間に合わなくて、一旦うちの畑に溜まってしまうという構造が発見されているので、
これに関する工事も全部手でやるつもりなので、スコップで何トンもの土を移動させるということをやろうと決心しているので、
本当にここのところの雨続きも勘弁してほしくて、やらなきゃいけないことも鬼のようにあるのに、やらせてくれや、という感じですね。
そんな日々を過ごしています。
方言の伝播の不思議さ
今日の雑談は、方言ですね。方言について。
一論から言うと、なんでこのような方言の伝播をするのか、やっぱりわからないな。
ゆる言語学ラジオとかでも、長野のどこかの村だけ関西弁が混じっているみたいな。
それって古い古い街道、甲州街道ですかね。東海道が富士山の下を回るに対して、甲州街道は富士山の北側を回る街道が多分あると思うし、
多分宮本武蔵はあそこら辺を歩いていたなと思ったりします。バカボンドの知識というかイメージですけど。
僕の場合は逆というか、違うパターンで、私は静岡県静岡市出身で、17、18歳まで静岡市に住んでいまして、
時代交渉としても昭和末期なので、そこそこ古いと。
世代的に親であるとか、親、祖父、祖母、祖父は実は僕は一度も面会したことがないんですけども、
当時の老人世代、今はほとんどの方が高い世代ですけど、そういった世代からの影響も普通に受けてきているという感じなので、
静岡に住んでいた頃は、我々静岡弁でした。今も微妙に多分静岡弁らしきものが出る。
僕も東京に出ていた時に、それの方言だって気づかなかったんですけど、変なイントネーションが一部残っているとは思います。
難しいんですけど説明が。
あ、さっきまで寝てた。これが標準語だと思うんですけど、さっきまで寝てたっていうイントネーションになるんですよね。
これが東京に出たらそのイントネーション変だよって言われて、あ、方言なんだ、びっくりってなりましたよね。
静岡弁ってそこまでどぎつい方言ではないので、語尾がちょっと変化するくらい。
あとイントネーションも結構あります。靴と靴、熊と熊、箸と箸は違うんだけど、ほうきとほうきとか、ちょっと平板化しているのかなという傾向があるらしくて、
それに関しては結構気づけ、なかなか気づけなくて、なんかね、僕も別にどうしても隠したいみたいな感覚はなかったんですけど、
普通にすぐ慣れちゃうタイプなんで、普通にすぐ治りました、みたいなことなんですけど。
その程度のものなんですよね、静岡弁っていうのは。
静岡弁の特徴と地域差
わかりやすいやつは最初から出さないようできるので、全然出さなかったんですけど、
一番有名なのが語尾がラになるやつですね。
今日って雨降るら、明日も畑行くら、みたいな。
このラはですね、僕の分析によると、最も文語的な、適切な言い方が、
明日は雨が降るでしょう?
降るだろう?
今日は土曜日だろう?
ちなみにラも消えますね、静岡弁の場合。
今日は土曜日ら?になりますね。
明日この家行くら?
ちょっと変だな。
明日あいつの家行くら?
友達同士でね、鈴木くんの家に明日行くよねっていう確認をしているとき。
明日我々は鈴木くん家に行くだろう?なんでしょうね。
このだろうが、例えば名古屋とか静岡より西側に進むと、だらとかだがに変わっていくと思うんですけど、
静岡弁はですね、駿河ですね、駿河弁は浜松の方が東々海なんで、
ここで県を分けておいた方が良かったんじゃないか説は僕は思ってますけど、文化圏として完全に愛知なので。
あとね、静岡県長いって、俺のせいじゃない文句をよく言われるので、うざいなと思っています。
天竜川から向こう側は愛知にしておいてくれれば愛知県長くねっていう世界があったのになって思っていますが、
産業規模が浜松でかいんで、県民としてはこの区分でありがたかったなと思いますけどね。
そういう感じで変化していくんですけど、基本的には方言っていろんな成り立ちがあるとは思うんですけれども、
どちらかというと生き残っている方言かな。生き残っている方言って標準語よりもコスパが良い、効率が良い方言が残っているだろうな。
と思っていて、多くはだろうがだらーとかだがーとかになりながら、最後らだけで別に良くないってなったやつが静岡県としては残っているんだと、
いうふうに僕は分析していて、これは勝手に分析してるんですけど、これ考えたの高校の頃なんで、昔からそう思ってますっていう感じなんですけども、
そういう方言が代表的にあります。
伊豆地方の方言と地理的要因
僕今、静岡県伊東市という富士の裾野を越えて、これ伊豆山っていうのかな、名前ちゃんと分かりませんけど、
天城越えした先に進んでいるわけです。東に向かって。
すいません、本当は天城越えはもうちょっと南。
これもびっくりですけど、この間天城越えっていう道の駅があったんで、
つまらない、ちょっとクスってなったことを送り合うライングループがあるんですけど、
そこで天城越えっていう写真を送ったら、なんと天城越えは天城山を越えるという行動の意味ではなくて、
天城越えという峠があるんだということを知りまして、ちょっとこれはね、プチびっくりだし、
トリビアですね、トリビアって言っていいのかな、豆知識だね。
なんですが、伊豆山を越えて、伊豆半島を海岸沿いにぐるーっと南下田を回って移動するっていうルートと、
天城越えルートと、箱根に近いんですけど、伊豆山を越えるっていうルートがおそらく江戸時代よりもっと前かな、
鎌倉時代とかもね、京都と鎌倉行き来していたわけだから、船も使ってたでしょうけど。
ルートが多分ずっとあって、方言って結構地理的な要因で区切られると思うんですけど、
伊藤氏でもらは使うんですよね。
ちなみに伊藤の地酒って言わないな、地焼酎で梅らっていうのがあって、
たぶんあれみかんの糖を使って、柑橘の糖を使って蒸留酒を作ってるやつなんですけど、
伊豆の人々もこの何とからっていう方言をある種アイデンティティとして認識してるんだ、すごいな、そうなんだと思いました。
今度さらに東に目を向けて伊豆半島の付根を通り越して熱海を通って湯河原・小田原まで行くとするじゃないですか。
そこにはこの方言ないわけですよね。
これは戦後の県境とかの行政区の分割によって、文化の伝達の経路がちょっと変わったっていうか、
制限されたっていうか、影響を受けたという調査なんだろうなと思うと、
方言の伝播は面白いなって改めて思っています。
地方出身者のメリットと方言への興味
僕本当に地方民として生まれた一つのメリットは、方言を体得しているということが一つのメリットだと思っているので、
地方民として生まれてよかったなって感覚もあるし、東京に謎の執着をしませんからね、ご覧の通りって感じですけど。
そういう感覚もあるし、面白いんで、日曜雑学的に方言の勉強とかまたしてみたいな、またっていうかね、そっちは掘ったことないんですけど、改めて興味が出てますね。
山は越えても伝わるのに、行政区が定義されると伝わらないって、どういうこと?って感じがします。
ちなみに熱海市まで静岡県ですけれども、その都内が湯河原町っていうのかな、湯河原町?町長がいるタイプの町。
湯河原の人たちとたくさんお話したことがあるわけではないのでわかりませんが、小田原の人たちが静岡弁を使ってるってことは考えられませんよね、絶対に。
神奈川弁も少しある気がしますけど、基本的には彼らが標準語、首都圏と言われる1都3県に属するので、あれは大東京圏ですね。
東京圏とみなしていいと思います。
ちなみに静岡市のある駿河地域までは拡張東京圏だと思います。
愛知の影響はそれほどなく、東へ行くのか西へ行くのか、例えば大学進学を考えたときに、東京大学を目指すのか名古屋大学を目指すのかで言ったら、普通に東京を目指します。
地理的に、地理は法通の発展によってガラッと書き換えられているという実態はありつつも、身体感覚として東京側に属している感覚がずっとありますよね。
これはそうじゃないという人もいると思いますけど、僕はそう思っている感じですね。
なので浜松なんかも語尾が多分違って、名古屋弁ちゃんと知らないので語れないですけど、名古屋の方に近いという認識をしています。
親戚が浜松とかにも普通にいたので、いとことかいうかね、そんな話をよく聞きましたね。
だから県境がなくても、県境はあるからそこで方言が止まるってことも結局なくて、浜松の方言はちょっと愛知寄り、愛知と静岡のミックスみたいになっているわけで、不思議だなあ。
江戸時代の地理的障壁と方言
地理的な問題で言うと、江戸時代は川の渡し、川を渡るのに人に担いでもらって渡っていたわけで、これは軍事的な目的で江戸幕府が脅かされないように大軍を一度に送れる橋みたいなものを作らせなかったというのが歴史的事実だと思うので、
江戸時代は浜松と静岡の間にあるでかい川ってすごい地理的障壁だったわけですよね。ものすごい上流まで登っていけば誰でもひょいと越えられる川幅になるんでしょうけど、
東海道って海側をずっと宿場町があるっていう構造をしてますから、旅をする人たちは海側を歩いたわけですよね。移動するときは基本海側だと。
そうだとすると納得いく。そこがすごい衝撃なんで、方言がどちらかというと西寄りになってます。とても納得いくんですけど、逆に伊豆半島が静岡と似た方言であることが不思議ってなってますっていう話です。
方言系の本を何冊か読んでみたいなと思っています。最近、図書館に行くのに車で行かなければいけないので、あんまり使えていなくて、東京にいたときはね、とうに3分のところに図書館があったんで、バボの借りてましたけど、あんまり使えてなくてなかったなと思ってます。
方言に関する書籍と雑談の締め
買い出すと高いっていうか、結構お金消費するんで大変ですしね。買って読んでメルカリで売るでもいいんですけど、なかなかですね。
すごいだいぶグダグダ喋ってしまったので、今日はこの辺で。
23:52

コメント

スクロール