ラジオ版今日もはまようび。私になる僕になる。食うのも走る人生。
この番組は、はまようちえんの62歳のチーフディレクターでトレーランナーのハタが、
幼児教育とランニングに満ちた毎日の中で、今語りたいと思ったことを気軽にお話しする番組です。
僕の経験や考え、そしてささやかな挑戦が聞いてくださる誰かの心に、少しでも響いてくれたらいいなと思ってお届けします。
どうぞ、あれこれしながらお気軽にお聞きください。
4月30日木曜日。今日もまた木曜日ですけど、時刻は17時25分です。
いかがお過ごしでしょうか。今日もお疲れ様でした。
今日はちょっと早いですけど、時々この時間帯に、
町、町じゃないな、駅か、駅から電車乗ったり、
生態に行ったりする時間が時があって、
足早に皆さんが帰っていく、駅で大量の人たちが足早に歩いている姿に出会うのですけども、
自分が働いているときにこういう時間に帰れるということはずっとなかったし、
定時というのはほぼなかったので、夜中まで働いているのが状態だし、
通勤は自転車だったりランニングだったりしたときも長かったし、
毎日毎日こうやって同じ時を刻む、同じ電車に乗って出勤して、
大体同じ時間に退勤してという毎日を過ごすというのは、
僕の人生の中で一回もないんですけど、近いのはあったか。
何ヶ月かあった。CIの会社に行っていたときはあったかな。半年ぐらいだった。
あとはそんなことはなかったので、
そういう毎日の暮らしのルーティンが決まっているってどんな感じかなって、
やっぱりやりたいこととか、デザインしやすいですよね。
自分の毎日の生活を決まっていたら、出勤と退勤が毎日決まっていたら、
練習時間もぴったり作りやすいし、練習の計画も作りやすいし、
何かで毎日仕事の終わる時間が遅かったり待ち待ちだったりすると、
本当に練習の計画ってあっという間に崩れてしまうので、
今もそうですけど、子どもたちは7時までいるので、
基本的に月曜日から土曜日までは、7時までは仕事モードでいるという形。
待機しているというか、自分の仕事をしながらとか、
本を読みながらとか、新聞をチェックしながらとか、さまざまなことで、
気持ちは何か起こったらすぐに対応できる。
何が起こるかわからないので、この現場の仕事は、
午後7時で全員が対演、講演するまでは気が抜けないという、
月曜から土曜日ですけども、
そういう決まった時間に出勤し、決まった時間に退勤するというのが
毎日続いて1年中続くというのはいいだろうなと思いつつ、
そういう生活をすると自分はどうなるのかなというのも興味はありますけど、
何年かそれを続けるとどうなるんだろうと思いますけど。
常々というか、僕は友達がおらへんというふうに言っているんですけど、
うちの上さんも園長も友達がおらへんで、
でもあの人は時々ランチに誘われたりとかしてますからね。
友達おるやんと思うんですけど、
その友達との話とか家帰ってきてするので、
友達やん、それは友達でしょという。
そういう友達って僕いないので、
神戸からこっちに移ってきて、
ある意味神戸時代はいろいろありすぎたので、
リセットするというか、
神戸時代の人たちが学生の時とか、
学生というか生徒ですけど、
学生というのか、高校までは。
そういう時代の人たちとは一旦終わって、
全然誰とも、高校までの人とは誰ともつながっていないんですね。
友達いないので、
いいかというのが僕なので。
友達はいないんだけど、
働き始めて仲間というのはいつもいる感じは持ってますね。
友達じゃない仲間ですね。
仕事仲間の中で、とか趣味の仲間。
今僕自身はトレイルランニングをやっているけれども、
トレイルランニングの中でも
友達という人はいなくて、
そういう人はいなくて、
今どこかのトレイルランニングのコミュニティに入っているということもなくて、
ちょっとそんな感じを自分で選択しているのですね。
だけど仲間という人たちというのはいるなと思います。
特に仕事の中での仲間というのは今、
それこそうちの研究会の名前は
保育と仲間づくり研究会といって、
仲間感が前面に押し出されている ネーミングなんですけど、
そこでの仲間たちというのはかけがえのない人たちですし、
今共に保育のことを語り合う、
あるいはチームづくりのことを語り合うという時間はとても楽しいし、
実りのある時間ですね。
自分を成長させてくれる人たちだと。
だからといってプライベートに一緒に遊びに行くとか、
そういう人たちもいらっしゃるんですけど、
その人たちを見てうらやましいなとか、
僕もその仲間に入れてほしいなというのは思わないんですね。
僕はやっぱり山に一人で走りに行く、
その時間を選択するんですね、僕は。
だから仲間であり友達であるというような関係性というのは
なかなかないというか、選択してない、しない。
仲間という言い方をすると、うちのスタッフもそうだし、
こうやって昨日集まってくださった、
この新入園児歓迎バーベキューに集まってくださった人たちも仲間だと思うし、
もちろん参加されていなかった人たちも、
浜洋一園を選んでくれた人たちは全員仲間だと思っているし、
家族と言っていますけど、うちは。
家族という名前の仲間ですよね。
浜洋家族という名前の仲間です。
友達ではないですね。
そういう仲間というのは大事にしているし、
僕なりに。
そういうふうに見えない人もいるかもしれないけど、
僕なりに大事にしている。
大事にしているからこそ、これだけ語りたいこともあるし、
発信し続けているし、
自分は何を考えているのかというのを。
ただでさえ発信していても何を考えているのかわからないと言われる人間なので、
発信するということは大事にしている。
今までは書いた文章で発信することがほとんどだったけども、
昨年からこのポッドキャストを始めて、
この声で発信するということも、
いけるかという形で今続けているけど、
それはその仲間を大事にしたいという思いから発想されていると言ってもいいかなと今は思いますね。
自分の言うことが誰かの役に立ったり影響を与えたり、
仲間の誰かのというか。
で、荒れるのかなというのを、
この仕事をついて25年やってきて、
感じられる最近、近年だったので、
行って聞くことがおこがましいけど、
学べるなと思ってくださる方がいらっしゃるようだったので、
始めたということですけど、
そういう意味では100マイルを走っている人たちというのは、
全然知り合いでもないし、
友達でもないけど、仲間って感じるんですよね。
だから仲間だと感じるから、
全然知らない人でも、
そのゴールのシーンというのは、
ゴールというのはいつまでも見続けられる。
全然飽きない。
そういうふうな自分に気づくかな。
友達、よくハワイの子どもたちに、
友達100人できるかなと歌いますけど、
卒園のときに。
僕たちは本心は、
友達100人作る必要ないと思っているし、
何なら友達がいなくてもいい。
だけど、自分のことを好きであるとか、
自分がやりたいことがあるとか、
いろんな好きなものがあるとか、
その中の一つにこの人が好きで、
友達になりたいという思いがあることは、
もちろん大事なことだし、
だけどそれは絶対的に必要な条件ではないですよね。
友達って生きていくのに。
でも仲間はやっぱり必要かな。
必要だと僕は思うんですね、今まで。
正直、友達は本当に神さんとか娘とか家族が
友達的な存在かな、僕にとっては。
あとの人たちは何らかの目的を持って
つながっている人たちなので、
仲間という立ち位置というか、
関係になりますね、僕にとっては。
だから友達はいなくても仲間がいたら
僕はそれでよいです。