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こんにちは。 気づくと人生が変わってしまう
易者の英語指導師のはじめ先生です。 このチャンネルでは英語教師で易者、さらに画家と経営者という多面的な視点を通じて
固まった常識や思考の枠をゆるっと外し、 あなたの人生をもっと面白くするヒントをお伝えします。
今日のテーマは山田五郎さんの人生最後の講義が教えてくれたものというお話です。
先日も放送で取り上げた山田五郎さんですね。 キューピーちゃんみたいな頭をしていて
アドマチック天国という番組のレギュラーだったりした方なんですが、 先日お亡くなりになったんですね。
彼の運営しているYouTubeチャンネル、大人の教養講座というのがあるんですが、
そこで昨日山田五郎さんの最終講義がアップされたという通知が来て、それを見てみたんですが、
もう本当にね、非常に心を強く動かされたし、 最後の方では僕は本気で泣いてしまいましたね。
この放送はもちろん整然に撮られて、 まだ編集されていなくて出していなかったものを
今回最終講義として出されたんだと思うんですけれども、
彼がおそらくこれが人生最後のYouTubeでの講義になるであろうということを
もうほぼほぼわかっていて選んだそのテーマは、なんとメメント・モリというテーマだったんですね。
このメメント・モリって言われて何?って思うかもしれませんけれども、
この言葉はラテン語なんですね。
メメントっていうのは英語で言えばRememberみたいなやつです。
Rememberっていうと思い出すっていうのと忘れるなっていうのの両方の意味があるんですね。
それと同じような感じです。
モリっていうのが死を表すんですね。
だからこの2語で死を忘れるな、死を思い出せでもいいんですけど、そんな意味なんです。
このメメント・モリというのは絵画の題材によく出てくるんですよ。
具体的なモチーフとしては一番典型的なのはドクロでしょうかね。
部屋の中にドクロが置かれている、それ自体がモチーフになっているということもありますけど、
ドクロというと直接死を連想させますよね。
だけどそんな直接的なものでないとすると、
例えば砂時計とか、あとロウソクがちょっと残り火になっているとか、ロウソクが消えた跡があるとか、
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あるいは花がしおれかけているとか、果実が熟し切っているとか、
あと楽器とかですね。
そんなものがメメント・モリ的な象徴として扱われるんですね。
この辺の共通点、さっきの楽器はちょっとわかりにくいかもしれませんけど、
砂時計というのは人生の残された時間を象徴します。
ロウソクの火というのもいずれ燃え尽きるということの象徴ですね。
それからしおれた花というのも、
若くて美しい時期というのはいずれ過ぎてしまうんだという象徴だったりしますし、
楽器とかというのはピンとこないかもしれませんが、
楽器というのは凶楽、音って消えちゃうものだから、
その時だけの楽しみというのを表すという、
それも人生って一時だよねということの象徴。
こんなものが西洋絵画で象徴としてよく出てくるわけなんですけど、
これが一体どういうことなのかという、
なぜそういったものが絵画に取り入れられてモチーフとして出ているのかということを
山田五郎さんが解説をしてくれているんですけれども。
結局山田五郎さん当時もう本当に体調も非常に悪くて、
今回の最終講義では花に酸素吸入のチューブをつけて、
そして時々大きくはぁーとため息をつくようにしながら、
もう声が本当に出なくなりそうになりながらですね、
なんだけれどもいつもの軽妙さみたいなものは失わない。
それでパーソナリティの人たちに向けて、
これはどう思うといういつもの語りかけをしていって、
いつも通りに講義を進めていくわけなんですけど、
彼が最後に選んだメメント・モリーというテーマ、
死を忘れるなというテーマですね。
本当に私たちは自分の人生がいつ終わるかということは、
あまり普段意識しないで生きていますよね。
まあそりゃあそうです。
だから日々無駄に過ごしてしまうこともあれば、
人に対する言動が何か雑になったりとかね、
それ以上に自分というものを大事にしていなかったりとか、
そういうことって非常に多いんだと思うんですよね。
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なんだけど時折この訪れる災害とかによって、
急に死というものの可能性というのをリアルに感じさせられることがありますよね。
つい先日も熊本で大きな地震があって、
イオンが大爆発してみたいな話があったり、
あるいは誰しもが死の恐怖みたいなものを結構リアルに感じたのは、
初期のコロナだったと思うんでしょうね。
非常に死ぬ可能性が高い怖い病として、
みんな必死で感染しないように家から出ないでいたということなんですけど、
そんなことを喉元過ぎれば暑さ忘れるでも過去のこととしてなってしまっているけど、
あの当時私たちは結構リアルに死の可能性というものを感じていましたよね。
有名人が次々とコロナで亡くなっていく。
実はこのメメント・モリーのモチーフというものが海外によく出てくるようになったのが、
同じような大流行した疫病であるペストが流行したのがきっかけだというふうにも言われているんですね。
その死を意識しろというふうに言うと、
なんか不気味であるとか縁起でもないというようなイメージがあるんだけど、
なんでそれを海外に入れるのかっていうこと?
これってちょっと疑問に思いませんか?
そんな象徴が入っている絵って飾りたいのかな?みたいなふうに思うかもしれないんですけど、
それがもうその絵画作品が単に綺麗であればいいっていうのをちょっと超えた、
もうちょっとメッセージ性があるということなんですね。
そのメメント・モリーと同時にツイクとしてよく使われる言葉が実はあると。
それが同じラテン語のカルペディエムという言葉なんだそうです。
これはどういう意味かというと、
一日をつかめみたいな意味みたいなんですね。
要するにその日その日をつかんでいけと、
こういうメッセージだというふうに言われて、
僕はある映画を思い出したんです。
その映画のタイトルは、
放題と現代で全然違うんだけど、
放題、日本語のタイトルだと今を生きるというタイトルの映画です。
英語の現代はDead Poets Society。
死せる詩人の会みたいなやつですね。
これはロビン・ウィリアムスっていうめちゃめちゃ名優ですよね。
あの方ももう亡くなりになってしまいましたけども、
その人がある名門校に赴任してきた風変わりな先生を演じていた映画なんですけれども、
その中で日々勉強ばっかりやっている子どもたちに対して、
彼がメッセージとして英語でSeize the Day、
Seizeが掴む、The Dayが火、
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だからその火を掴めという言葉を伝えていたんですね。
僕は直感したんですね。
このロビン・ウィリアムスの言っていたSeize the Dayっていうのは、
このラテン語のカルペディエムのことだったんだと、
初めてここでパッと結びついたんです。
そのYouTubeの本当に最後のところで、
その山田五郎さんが結局今のようにね、
メメント・モリ、死を忘れるなのイメージが海外に出てくるのは、
その裏としてカルペディエム、その火を掴めという意味があるんだというような解説だったんですけど、
そのカルペディエムの役を彼は最後のところで、
その火の花を摘めという風に訳したんですよ。
綺麗な花があると思ったらその火に摘んじゃえよ、
明日その花がどうなっているか分からないんだからというようなことを言っていたんだけど、
それを彼が最後の最後で言った時に僕は本当に泣けてしまって、
自分の最後の最後の仕事として視聴者に今を生きようというメッセージを、
確実にもう人生を終えるであろうと分かっているその身で伝えてくる、
その言葉の重さというか切迫感というかね。
だけどそこに悲しみはあまりないんですよ。
見ているこっちはゴロウさんがそれで亡くなってしまったと思っているし、
彼が死を覚悟しているからと思って涙が出てきてしまったりするんだけど、
彼の中ではもちろん未練みたいなものもあるんだろうけど、確実に覚悟があるんです。
これが最後の自分の仕事になるであろうという覚悟をしているのが伝わってくるんですね。
その最後の言葉の中で人生はお金じゃねえんだよみたいなことも言っていたんですね。
本当にそうだよなと思って、本当に深く心に染みる最後の山田ゴロウさんの講義でした。
というわけで皆さんもこのレメントモリという言葉とカルペディエムという言葉、
ラテン語なんですね。これちょっと知っていると大人の教養があるというふうに思われると思いますし、
人生を豊かにしてくれる言葉なのではないかなと思います。
はい、というわけで今日も聞いていただいてありがとうございました。
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