「ドーハの悲劇」と繰り返される人生のシナリオ
こんにちは。気づくと人生が変わってしまう 易者の英語指導師のはじめ先生です。
このチャンネルでは、英語教師で易者、さらに画家と経営者という多角的な視点を通じて、固まった常識や思考の枠をゆるっと外し、あなたの人生をもっと面白くするヒントをお伝えします。
今日のテーマは 同派の悲劇再び同じシナリオはなぜ繰り返すのかというお話です。
昨日は本当に日本中でため息が漏れましたね。 サッカーワールドカップ決勝トーナメント第一戦対ブラジル戦で、
日本は1点先取したものの後半で同点に追いつかれ、 そしてアディショナルタイムで逆転され負けてしまったという状況を見た時に、
多くの人は同派の悲劇の最大を感じたのではないかと思います。
今回日本は主力の三戸間選手が最初からメンバーに入っていなかったとか、
あとは久保選手がちょっと怪我で決勝トーナメントに出場できなかったという、いろんなこともあってだったんですけれども、
前半リードしてこれは行けるんじゃないかというムードがありながら、後半のその動きで、
本当に一度はひょっとしたら掴みかけていたかもしれない勝利がスルッと抜けてしまったみたいな感じだったんでしょうかね。
同派の悲劇は本当にアディショナルタイムの時で逆転されてしまったので、その時と比べるとまたちょっと違うんですけれども、
でも同じような感覚を味わったのではないのかなと思います。
この同派の悲劇を実際に体験した世代というと、今の40代以上になるんじゃないでしょうかね。
あの時の現役メンバーがだいたい僕たちと同じぐらいの世代なんですよね。
僕が住んでいる静岡県浜松市のそばの岩田市というところにあるジュビロ岩田というところの主力選手だった通称ゴーン中山さん。
中山正史さんは僕と多分生まれ年が一緒で、誕生日が一日違いだと思うんですよね。
それからキングカズですね、三浦和義さんは1967年生まれなので僕と同級生ということになりますし、
当時のキャプテンだった伊原正美さんも同じ1967年生まれですね。
そして今回のワールドカップの監督を務めた森安はじめさんが、僕と同じはじめ先生みたいな名前ですけれども、
あの方が1968年ということで、同世代組としては感じるところがすごい強かったんですよね。
本当にその世代、第一世代がワールドカップに挑んでいた時っていうのは、
本当に世界の壁が厚くて、プレーを見ていても本当にヒヤヒヤすることが多くて、
みんな必死でやってる感じでしたね。
多分今にしてみると技術的に世界とのすごい差はあったんだけど、
とにかくワールドカップに出たいというめちゃめちゃガッツがあって、
泥臭いんだけど、非常に情熱的なプレーが見られたような気がしているんですね。
今回のワールドカップで本当に監督をやった森安はじめさんが、
同派の悲劇の当事者だったんですね。
あの時には番号17番か何かをつけていたんだそうですけれども、
その当事者が監督を務めて、何かこの同じようなシナリオを体験するというね、
ここが何かこう因縁めいたものを感じた人がいるんじゃないかと思うんです。
人生における繰り返しのパターンとその原因
たびたびこの僕の放送で話しますけれども、
人生において同じパターンが何度も何度も現れるということが結構あるんですよね。
特に恋愛関係とか親子関係とか、
あとお金の問題とか、そういったところでよく起こりやすいんですね。
毎度毎度新たに恋愛をしているんだけれども、
結末がいつも同じようなパターンで終わってしまうであるとか、
場合によっては親子の世代をまたいで同じような親が体験したことをまた子どもも体験するとかね、
そういったことも何か起きたりするわけです。
ちょっと不気味な例を出せば、ケネディ家ですね、ジョン・F・ケネディ。
あの一家って何か繰り返し暗殺されちゃったりするとかね、いうことがあったり。
これって文学とかにもそういうことってよく表現されていて、
例えばシェイクスピアのその技曲でマクベスとかね、
あるいはリチャード三世なんていうのは、
その親の業がその次の世代にも引き継いでいかれて、
同じような精算な結末を迎えてしまうであるとか、
日本の文学でいうと横水精子シリーズとかでね、
先代の何か残した遺魂みたいなものがその次の世代に受け継がれて、
その次の代の精算な殺人事件につながるとか、そんなシナリオなんですけれども。
これって一体何なのかっていった時に、呪われてるみたいにも思ったりする場合がありますよね。
たぶん今回の道波の悲劇も、あの頃の呪いが何とかっていうね、
そういう風な語り方をしている人も結構見受けられると思うんですけど。
さて、じゃあこの呪いというのは一体何なのかということなんですね。
さっきも言ったように、例えば恋愛とかで同じようなパターンでうまくいかないとか、
またはその仕事もね、同じような形で毎回辞めてしまって、
また次へという風になってしまうような人もいれば、
親に虐待を受けて育った子供が気がつくと自分の子供も虐待してしまうなんていう風の連鎖みたいなこともあると思うんですね。
こういったものの背後に、ある種のプログラムみたいな形で、
私たちの精神的OSの中に入り込んでいるものがあるということだと思うんですよね。
それに対して自分が何もなす術がなく、そのOSのプログラミング通りに動かされてしまうと、
これは呪いにあっているような感じがするわけです。
同じパターンがまた繰り返された、同じ悲劇が繰り返されたみたいになると思うんですね。
こういったものを古来仏教とかではカルマとかゴーって言ってたと思うんです。
すごい簡単に言えば、過去の自分の行為やあるいは過去の自分の未消化の感情というものが、
後々影響を及ぼして次の行動の原因になるということですよね。
すごい簡単に言えば、後先カンガジンどんどん食べてれば太っちゃうし病気にもなるよね、
というようなことと同じ原因・結果の法則ではあるんですが、
それが単に行為だけではなく、言葉とか受けた感情とかというものも、
すごく強く人間の人生に影響を与えるわけですよね。
だからそれがなぜかわからないと思っていると、もう呪われているとしか思えないんだけど、
そのパターンの底に一体何があるのかというのを俯瞰してみるというような、
そういうものの見方ができるようになってくると、
そのループからちょっと一歩外に出ることができるんですね。
それで普段の自分の反応形式ではないパターンにしてみたらどうかというふうになってくると、
それは今まで呪いであったものが課題に変わっていくということになると思うんです。
もともと仏教の業とかカルマというのは、自分が果たすべき課題なんですよね。
繰り返される経験から課題を見出し、自己変革へ
で、ちょっと話をもう一回サッカーに戻すと、
その同派の悲劇の当事者が味わったあの悔しさ、
それがこの森安はじめさんという監督が率いたチームで、
再度味わうことになったということの意味は一体何だろうってやっぱり考えていく。
そうするとそこに見えてくるものがあると思うんですね。
で、日本は先人たちの努力によって、
今ワールドカップに連続で7大会で人が出ている。
これは本当にすごいことだと思いますが、
一方でなかなかその次のワールドカップに出る、
そして決勝トーナメントに出るくらいなことまではいくんだけど、
念願のベスト8、ベスト4、
そういったところまでまだいけない段階にいるわけです。
そこで長い間足踏みをしている。
で、今回この同派の悲劇みたいなものをもう一度味わったっていったときに、
やっぱりじゃあこのメンバーに何が残ったかということですよね。
ほぼ最年長の長友選手の表情を見ていて、
僕は本当に感慨深かったんですよね。
今もう長友さんも39歳でしたかね。
おそらく彼にとってこれが最後のワールドカップであろうという思いを持って、
言葉にならないという感じだったんですけれど、
あのチームの中で長友さんが先輩としてみんなに伝えていく
そのメンタリティっていうものが結構あったと思うし、
長友さんのメンタリティはどこから引き継いでいたのかというと、
もっと先陣の、それこそもう遡っていけば、
堀安さんや三浦和さんや中山ゴンさんの世代のあの情熱だと思うんですよね。
なのでこれはやっぱりバトンを渡されているんだと思います。
今後その日本代表がどうなっていくのか、監督がどうなるのかというのはわからないんだけれども、
この何か似たような体験を得たときに、
これは一体何を意味しているんだろうかというのを考えてみる。
ただ呪いに呪われて、怖い怖い、不気味だ、
また同じような目に遭いたくないというのではなく、
その背後に一体自分がどう変革をすればいいかということを求められているのか、
こういう視点を持ってみると、自分の課題みたいな、
自分の魂の底にあるOSの中にある何かの改善点が見つかるんだと思うんですよね。
これを発見していきましょうというのが、
僕の今やっている魂の発掘プロジェクトみたいなやつなんです。
この魂の発掘というのが、12月の個展のときに出したタイトルだったんですけれども、
これをAIなども活用しながら、見出していきながら、
そして自分の本当の可能性って一体何なんだろうか、こんなことをやっておりますので、
興味のある方はLINE公式アカウントからご連絡いただければと思います。