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こんにちは。
気づくと人生が変わってしまう
「易者の英語指導室」のはじめ先生です。
このチャンネルでは、英語教師で易者、さらに画家と経営者という多角的な視点を通じて、固まった常識や思考の枠をゆるっと外し、
あなたの人生をもっと面白くするヒントをお伝えします。
今日のテーマは【追悼美輪明宏さんの足跡を振り返る】
というお話です。
昨日でしたか、美輪明宏さんがお亡くなりになったというニュースが入ってきました。
まあもう、お年も90歳を超えていたみたいで、 もう一回しつい最近までお元気な様子を見ていたような気もするんですが、そんなお年だったんですね。
皆さんはその美輪明宏さんというとどんなことを覚えているでしょうか?
なんか最近はね、あのすごい金髪というか黄色い髪をしていて、
美輪明宏さんの写真をスマホの待ち受けにすると金運が爆上がりするとか、
いいことあるなんてね、よく言われていましたけれども。
なんかちょっとそういうね、神々しい感じもありましたよね。
あとはあの結構、ジブリの宮崎駿監督の映画に声で出演をしていますよね。
もののけ姫もそうだし、ハウルなんかにも出ていましたね。 あとはシャンソンを歌っている人というイメージもね、あるのかなと思います。
なんだっけあの、何ていう歌だっけ? 愛の賛歌だっけ?
「あなたの燃える手で〜」とかって、あれを歌ってたんじゃないかな。
あれいろんな人が歌ってますけどね。
結構美輪明宏さんバージョンも結構よく知られていたんじゃないかなと思いますね。
でまぁちょっと美輪明宏さんのね、その略歴をたどってみたいと思うんですけれども、
美輪明宏さんね、なんか生まれたのがもう1935年なので、
第二次世界大戦が終わった時に10歳になったんですね。
で彼はその10歳の時に被爆をしてるんですよね。 これは長崎で被爆してるんだったかな。
彼のメッセージの中には本当に平和という言葉がすごいよく出てきてるんだけども、やっぱりそこら辺もあったんでしょうかね。
なかなかね、これ経歴が面白くて、家がね商売をやってたうちらしいんですけれども、
その戦争が終わった後にその家の商売がうまくいかなくなって、
この美輪明宏さんは音楽の道を志して15歳で一人で上京したらしいんですね。
で、国立音大附属高校を中退して、その後ね、ホームレスのような生活をしていたらしいんですよ。
でなんと、17歳で銀座のシャンソン喫茶というところがあって、これが銀巴里っていうのかな、銀のパリね。
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全部漢字なんですけど、そこの専属歌手になったと。この17歳でですよ。面白いですよね。
で、1957年にメケメケという、なんか海外の曲をカバーしてそれが大ヒットしたらしいんですけど、
ぶっちゃけこのメケメケという曲、僕もよく知らないんですよね。
で、彼といえば非常に美青年であった、中性的な感じですね。
当時それをシスター・ボーイと言ったらしいんですけど、今でいうニューハーフみたいな感じなのかな。
でもあの人ニューハーフっていう風に何か言ってもないよね。
男でも女でもないっていう路線を貫いた人なんだと思うんですけど、
それでね、やっぱり相当いろんなバッシングもされていたり、
気持ち悪いみたいに言われたりしていた時期もあったと思うんですね。
なのでこのジェンダーの枠を超えた存在としては、日本のパイオニアみたいなところがあるのかもしれないですね。
同世代ぐらいだとどうなんだろう。カルーセル・マキさんとかもそうかもしれないけれども。
で、その彼がオーラの泉っていうね、江原さんという霊能者と一緒に出ていた番組があったんですけど、
その中で彼自身が霊能力の一端みたいなものをよく見せていたのを覚えてますかね。
エハラさんと二人で、そうだわよね、みたいに言葉にならない言葉で通じ合っているというか、
この人も何か見えてるんだろうな、みたいな雰囲気を醸し出していましたよね。
特にそう、やっぱりスピリチュアル的な発言もすごく多い人だったと思うんですけれども。
それを見て、この人何?っていうふうに思ったことがある人もいるんじゃないかなと思うんでしょうね。
一番ひどい揶揄の仕方をするとすれば、男だか女だかもわからないし、
なんだか「幽霊が見える」なんて、気持ち悪いことを言う人だよね、
みたいな言い方すらしちゃう人は、しちゃうんだろうと思うんですよ。
なんだけど、この美輪明宏さんとスピリチュアルって、なんでこう繋がったんだと思いますかね?
って言っても、今から言う話は別に誰から聞いた話ではなくて、完全な僕の想像なんですけれども、
美輪明宏さんって、生まれながらにして自分のアイデンティティみたいなものに、すごく疑問を持っていた人だと思うんですよね。
これはちょっと前にお話しした、はるな愛さんの時とも共通するんですけれども、
要するに自分の肉体と精神のアイデンティティの間にすごく乖離があって、
自分自身としては単純に男として生きるっていうことが、なんか違和感があったと思うんですよね。
かといって女になりたいかって言うと、そうでもなかったのかもしれない。
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それはちょっとよくわからないんですけれども、
美しい美青年として中性的な形で生きていくってことは、
純粋に当時求められていた理想の男性像とかそういうものを、自分が受け入れるのは嫌だったんだと思うんですよね。
めちゃめちゃ抵抗があった人なんだと思うんですよ。
普通の人たちっていうのは、なんやかんや言われても、世間の様々な尺度に自分を合わせて生きていくことになるんですけど、
でも、もうそれに決定的に違和感を覚えている人っていうのは、常に自分と向き合わされるわけですよね。
その自分と向き合わされるというのは、自分の内から湧いてくる欲求みたいなものが、
世間から抑圧されるという目にめちゃめちゃ合うんですよね。
男なんだけれども、綺麗な格好をしたいとか、それって当時は余計に男のくせにって言われたっていう。
その自分の魂に常に向き合わされていて、その世の中の常識みたいなものと自分が
どうにも相入れないないってことを延々と向き合わされることによって、
いろいろ彼でなければ見えてこなかったものっていうのが見えてきたんだと思うんですよね。
いかに世間の価値観とか常識というものが一面的で、本質から遠ざかっていることがいっぱいあるようにも見えたと思うんです。
で、これってね、いわゆる仏教僧の「修行」に近いところがあるわけですよ。
仏教なんかのお坊さんの修行っていうのは、
属世間から離れて、世間の一般常識とかそういったものも全て落として、
そして自分の中に身を身につけてきた様々なものも全て捨てて、
座禅をしながら自分と向き合うということをずっとやっていくわけですよね。
これって一体どういうプロセスなのかというと、
やっぱりすごく高い認識力とかそういったものを身につけていくプロセスだと思うんですよね。
なので、人と違った角度でものが見える、より高いところからものが見えるようになるとか、
そういった訓練をお坊さんたちはしているわけですけれども、
美輪明宏さんは日常の生活の中で常にそういうことを考えざるを得なかったというところから、
非常に高い認識力を身につけていったということだと思うんですよね。
霊的な能力というのはいろんな部分があると思うんですけれども、
僕が大好きなルドルフ・シュタイナーという人の本に、
「いかに超感覚的な世界の認識を獲得するか」なんていう本があるんです。
それ、本当に難解で、何度も読もうとしてちょっと挫折して、うろ覚えぐらいなんですけど、
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だけど、その過程でやっぱり思考と感情を闘技をするとかですね、そういったことがすごい出てくるんですよね。
なので、頭で考えていることは考えていること、感情で思っていることと
その思考というものがバラバラに分かれてくるみたいなところが訓練の途中であるんですが、
結局これって美輪さんが自分で感情ではこう感じているけど、そうであってはならないという抑圧を受けていたから、
自分の中で常に分離した自分というのに気がついていた。
そこが彼が高い認識力、いわゆるちょっと霊的な能力を身につけていった一つの理由なんじゃないかなと思うんですよね。
なので、霊的な能力というのは一部の人は先天的に生まれながらにして持っている場合があったりするわけですけど、
それで様々な修行みたいなものによっても到達できるということで、
これは昔からメソッドとして例えばヨガとかもそうだし、
仏教的な座禅とかそういったこともそうだし、形としてはいろいろあるわけなんですけれども、
その三羽明弘さんという非常に霊的な感じの人でしたけれども、
彼がそういう境地にたどり着いたのは、やっぱり彼が常に常識みたいなものと自分の間の狭間で、
その中で苦しみながら自分の魂と常に対話をし続けてきた。
これが理由なのではないかなというふうに思いました。
本当に美輪さんですね、なかなか深くて温かくて、
時にちょっとグサッとくるような強い言葉も出す方なんですけれど
また彼のいろんな言葉をもう一度耳を傾けてみたらどうかなというふうに思いました。
というわけで今日も聞いていただいてありがとうございました。
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