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どうも、ここのサンカクです。
質問、答えていこうかなと思うんですけれども。
あなたは今、幸せですか。
ねえ。
なんか本持って二人組でインターホン押してくるおばさんみたいなこと言ってますけど、
しっかり答えていこうかなと思います。はい。
幸せです、私は。はい。常に幸せです。
今、この瞬間、質問に答えているこの瞬間も、
いきなりね、100個質問くれってみんなに言って、
みんなが拡散してくれて、知っている人もそこそこ知っている人も、
知らない人からも質問多分来てると思います。
それを協力してくれるこの環境っていうものにまず感謝をしています。
で、とても幸せです。
うん。それはそう。まず第一にそう。
で、私生活もダミクサさんと楽しく生きてるので、
友達ともね、楽しく生きてますよ。
ゲームしたりとか、通話したり、お酒飲んだりとかね、
いろんなことしてますけど、そうやって生きてるのはものすごく楽しいです。
うん。とにかく幸せですね。
で、この幸せっていうところを感じやすくするための方法っていうのが、
私なりの理論がありまして、それをお話ししていこうかなと思うんですけど、
ハードルを上げすぎないっていうところはものすごく大切なのかなと思います。
よくね、自分が落ち込むのは自分に期待しすぎだから、
自己評価が高すぎるからだっていうのを耳にするんですけれども、
それと似たような話で、期待すればするほど喜ぶ隙がなくなっていくというか。
例えば、誕生日プレゼント用意したよーって言われてさ、
じゃあ誕生日プレゼントなんだろう、フェラーリかなーって思っててさ、
そこにじゃあ、2000円のニット帽なんだけどって言われたらさ、
めっちゃ落差あるじゃん。そうでしょ?そうじゃない?
フェラーリくれるのかなーって思ってたのに、ニット帽なんだぜ。
そんなん耐えられないじゃん。
そもそも期待するっていうところを排除してれば、ニット帽でめちゃくちゃ喜べるわけよ。
あーフェラーリじゃないのかーが一番最初来るじゃん。
フェラーリをマジでくれるかもって思ってたらね。
落胆するわけじゃん。うわ、ニット帽かー。
いらねーって最悪になるかもしれない、それは。フェラーリ欲しかったらね。
それが一番最悪じゃん。誰も得しないわけよ、それって。
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期待してた自分にも腹立つし、喜べない自分にも腹立つし、
相手も嬉しくないし、えーニット帽かーとか言われたら最悪じゃん。
フェラーリかと思ってたーとか言われたらさ、もう最悪じゃん。
そんなん用意できるわけないじゃん、ボケかすがって思うじゃん。
でもそれぐらいのことなんですよ、極論を言うとね。
最悪な出来事なんです。期待値を上げすぎる、期待をしすぎるというのは。
だから、ハードルを下げてやっていかないといけないと思う。
誕生日プレゼント用意したんだーって言われたときに、なんだろうって思ったときに、
みんなにかもしれないって思っちゃうと、物を思い浮かべちゃうわけじゃん。
じゃあなんだろうって思わなければいいわけよ。
誕生日プレゼント用意したよ、最悪用意してないかもしれないって考えた瞬間に、
何来ても嬉しいのよ、それって。
おーありがとー、でも言ってるけど、これ嘘かもしれないよ、最悪ね。
これやりすぎですけど、この考え方に関しては。もう極論言ってますから、これはね。
最悪物ないかもしれない、言葉かもしれない、ありがたいですけどね。
物とかそういう概念じゃないかもしれない、時間とか過ごす時間とかかもしれないって思ったら、
何か物が来た時点で、もうそれよりはプラスなわけじゃないですか。
ありがとーってなるわけよ。
それが全部の事柄に適用されるわけですよ。
それは対人もそうだし、自分が生きてる上でもそう。
このイラストを今描いてるけど、これもう一番最高のイラストになるんじゃないかーって言ってね。
色塗りまでしたらなんか微妙だったみたいなね、感覚に陥る時も私はあるんですけれども。
もうそれ、楽しい楽しいだけで描けばいいのに、ちょっと期待しちゃうとね、
その期待に添えなかった時にめっちゃ落胆してね、最悪だ、自分なんて才能ないってめっちゃ落ち込むわけですよ。
ってなったら、最初からもう楽しい楽しいってそれだけ、感情としては。
絵描くのマジで楽しいなー、こんなに楽しかったらいつまででも描けるなーって思い続けるわけですよ。
そしたら期待なんてしてないわけですよ。楽しいしか言ってないから。
ってなったら仕上がった時にめっちゃいいじゃんってなれるわけよ、どんな絵を描いたとしてもね。
楽しんで描いた上にこんないい絵まで描けて最高かよってなるわけ。
それが結局幸せに生きる上でのめちゃくちゃ大切なポイントなのかなと私は思うわけですよ。
昔からこういう感じではなかった正直。昔はもっと卑屈だったし、
人に期待しないとか自分に期待しないっていうのはそこから結構引き継いでる部分ではあるんですよ。
期待したら足元を救われるとか、自分が浮かれてたら足元を救われて恥ずかしみを受けるとか、
そういう被害妄想というか何て言ったらいいんだろう、自己暗示というか、
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そういう性格で生きてきたので、それがマイナスの方向に向いてた。
期待しないし、どんどんマイナスの方向に考えてた方が安全だって思ってたから、
その考え方で生きてたけど、その考え方を残しつつ、期待しないことによって何でも喜べるぞっていうところに気づいたわけ。
そうしたら結構人生変わりましたね、私の中では。こうやって生きてる中でも期待しすぎたらダメ。
ただ期待をそこそこにすると何でも全力で喜べる。
マックスで常に喜べるっていうのは、自分以外の人からしてもめちゃくちゃいいことですから。
それがいいかなと思います。それが幸せに生きるコツなのかなと思うので、
私はそれを実践してるので幸せです。そんなとこかな。
幸せですか。どうなんだろう。これを質問してくれた人は幸せだから、私は幸せだけどあなたは幸せですかって聞いたのか、
私はそんな幸せじゃないけどあなたはどうなんですかって聞いたのか、それとも何も考えずにこの質問をしたのか、ちょっと定かではないんですけど。
どれにしたって、あなたが私にこうやって質問してくれることによって、少なくともあなたは一人の人間を幸せにできているので、生きてくれてありがとうございます。
あなたがいてくれたおかげで、私はこうやって喋れていますので、少なくとも一人の人間を幸せにしているっていうことは、
あなたのその質問というものにはものすごい価値があって、一人の人間を楽しませている。
そしてその人間が喋って、他の人間を楽しませているっていうところは、かなり大切なポイントなのかなって思いますね。
それがこの話のキーポイントなのかなと思います。幸せを語る上でね。
人それぞれ幸せってさ、形が違うし大きさも違うし、感じ方、味とか匂いとか幸せのそれぞれの互換で感じるものは違うからさ。
一概には言えないけど、幸せを図るための感覚っていうのはそれぞれみんなの心に物差しがあるだろうから、その物差しをどうするかで幸せの感じ方っていうのは変わってくるわけよ。
自分の物差しがさ、ものすごくでっかい物差しだったらさ、それは測るの大変じゃん。
めっちゃでっかい物差しでさ、めっちゃちっちゃい幸せ測ろうとしたら超大変でしょ。
でもめっちゃちっちゃい物差し持ってたら、めっちゃちっちゃい幸せが来たとしても測りやすいわけよ。小回り効くからね。
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うわ、めっちゃでっかいじゃんって思えるの。物差し何回使えばいいんだよこの幸せってなるわけ。小っちゃい物差しならね。
期待しないっていうところが、実はその物差し自分の尺度を下げることによって、その小っちゃい幸せでも全力で楽しめる、喜べるっていうところにつながるのかなと思います。
なんかね、説教臭くなってる感じがするんですけれども、自分語りですからね。これは私に対する質問で、あなたがこうしろとか聞いてる人がこうしろとかは全く思ってないので、
あくまでもここの三角の考え方、思考、思想として捉えてくれればなと思います。
はい。とても幸せです。私は幸せ者です。本当に神と人間に愛されて育って、今もそれをずっと続いているなと感じています。以上でよろしいでしょうか。こんなところで。はい。幸せです。
えー今回は質問ありがとうございました。この放送は皆様の視聴コメントによって成り立っております。また次回も見に来てくれると嬉しいです。コメントしてくれるともっと嬉しいです。
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この放送はここの三角がお送りいたしました。また次回どこかでお会いできることを楽しみにしております。それでは皆様いい夜を。じゃあね。バイバーイ。