中川 浩孝
コミュニケーション力を究めるゴールデン・トライアングル。 仕事でコミュニケーションを扱う3人が、これまでの経験や最新の話題を語りながら、コミュニケーションとは何かを一緒に考えていくポッドキャストです。
田中 愼一
みなさん、こんにちは。コミュニケーションを極めると自分が見えてくる。世界が見えてくる。コミュニケーションの世界に携わって40年以上。コミュニケーション命、シン・タナカこと、田中愼一です。よろしく
お願いします。
高木 恵子
SEからPRコミュニケーション業界に転職して約30年、高木 恵子です。
中川 浩孝
外資系企業でマーケティングを経験してきたアメリカ在住、中川 浩孝です。
田中 愼一
今日のテーマっていうのはあれですよね。けいこさんの方が順番でテーマを提供するということで。で、確か前回ちょっと何でしたっけ?志?
高木 恵子
そうですね。
志に関してということで、じゃあ恵子さんの方から志に関してちょっとヒントになるお言葉を頂戴して、そこから議論を自由自在に進めていけばいいのかなって気がしてるんですが、いかがでしょうか。
高木 恵子
そうですね。じゃあちょっとお言葉を最初に。志って私が思うのは、人は最初から志はないと思うんですよ。
志ってやっぱり、どこかのタイミングで多分できると思うんですよね。その志の前に、自分のことも振り返ったり、過去の過去をね、いろいろ振り返ってちょっと考えたんですけど、志の前にきっと、
なんかね、欲望とか、欲が最初に人間って出てくるんだと思うんですよね。こういうことをしたいとか、こうありたい的な願望というよりも、むしろもっと強いもの、だから欲ですよね。
っていうのが、きっと生まれてきたら、そこからいい方向に行くと志になるんじゃないかなって。
田中 愼一
悪い方向にも行くんですか。
高木 恵子
悪い方向に行くと、だから志にならない。欲のまんまで、欲が大きくなっちゃうと、
予期せぬいろんな
高木 恵子
欲のまんまが成長しちゃうと、それこそ究極がその独裁、自分の欲だけでね、独裁政権をやっちゃう的な方向まで行く可能性って、きっと歴史を振り返ってもいろいろある。
だから欲って、だから最初は人はみんな、欲って持った方がいいような気がする。
どうしたいとか、何やりたい的な、強い。だから、そう、あの、願望とかなんかこう、なんかやりたいなぐらいじゃなくても、欲まで行くと、すごい多分強い。
ちょっとこれって言葉のニュアンスかもしれないけど、でも欲ってやっぱ強いと思うんですよ、思い入れが。
だからそこまで生まれてきたら、そこからきっと、なんていうのかな、志に、どこかのタイミングで変わるんじゃないのかなって、
田中 愼一
なるほど。
ちょっと私は思いました。
田中 愼一
昔ね、なんか欲がない欲がないってずいぶんね、小学校の時言われたんですね。
高木 恵子
そうそう、私も言われた。あんまり欲がない欲がない。
田中 愼一
本当に?それは面白いな。先生からも欲がない欲がない、親からも欲がない欲がないって言って。
高木 恵子
だからやっぱり一人っ子って平和主義者ってか、あんまり争い事がそもそもないから、日常に。
田中 愼一
そうか、コンフリクトないから。
高木 恵子
そうそうそう、なので、なんだろう、だって全部自分がやりたいことって比較的できたじゃないですか。
だからあんまりそういうなんていうのは、競争心もないし、だから欲が生まれてなかったんですよね。
高木 恵子
だって何でもできちゃうし、やりたいと思って、割とちょっと自分で頑張ったり、
あと周りの人たちにやりたいとか、なんとなくそれが実現できちゃった環境だったから、あんまりその競争心とか欲が生まれなかった。
田中 愼一
そうすると一人っ子じゃないヒロさんはどう思います?
中川 浩孝
どうなんでしょう、でもなんか別に私そんなに、私も欲はそんなにない方だと思うんですけど、
どっちかっていうと、普通のサラリーマンの子だったので、そんなに生活にも困らず、
欲というかもっとこういうのが欲しいとか、こうなりたいとか、あんまり生活に困っていなかったからなのかのほほんと暮らしていた感じはあるので、
なんかそれは一人っ子ではないけれど、なんかあんまり兄弟での戦いとかっていうか、もちろん兄弟喧嘩はしましたけど、
それって別になんかどっちが上とかどっちが下とか奪い合いとかそういう感じじゃなくて、
ただのいざこざ、なんていうんですか、ただの本当に大したことではないことでの喧嘩しかないので、
なんかそういう意味では別に私も欲はないかなっていう気はしますけどね。
田中 愼一
じゃあここには欲のない3人が決まってる。欲がないときは志生まれないんですかね。
高木 恵子
でもそれで、じゃあ自分の場合どうかなって、そうやってちょっと振り返ったときに、
これがね、その欲から志のケーススタディと言えるかどうかわからないんですけど、
私小学校の卒業文集って言うんだっけ、卒業アルバムで卒業文集もあるじゃないですか、
あれにね、ちょっとちゃんと覚えてないんだけど、なんかの時に見返したときに、
私は大人になったら世界中の美味しいハンバーガーを食べに世界中を旅行するんだみたいな、
そういうことが書いてあったんですよ。
中川 浩孝
小学校6年生ってことですよね。
高木 恵子
なんかね、そういうことを書いてあったっていうのを、結構何十年も前に見たときに。
中川 浩孝
食いしん坊は小学校から変わってなかった。
高木 恵子
そうなのよ。なんでそんなの書いたかも覚えてないし、別に小学校のときに外国に行ったこともなかったし、
だけど、なんかそういうふうにね、世界中の美味しいハンバーガーを食べ歩きしたいんだみたいな、
高木 恵子
なんかそういうこと書いてあって、
もうそれって当然、その10年ぐらい、10年以上ぐらい前に見たから、大人になったときに読み返したんですよね。
それで振り返ったときに、結局、私ずっと田中さんと違って帰国子女でもないし、
全然海外に行ったのって、大学3年生のときが初めてなんですよ。
田中 愼一
なるほど。
高木 恵子
それで、それまで別に英語にも興味特に持ってなかったし、英語が大好きで英語の勉強してたわけでもない。
でも、小学校6年のその文集でそんなことを書いてた。
で、あるとき、やっぱ高校生になって洋楽を聞くようになったのかな。
中川 浩孝
あー。
高木 恵子
そうそう、なんとなく。で、別にそれは英語を勉強したいからというわけではなくて、
私はそのブライアン・アダムスっていうカナダのロックシンガーが最初にほんと一番好きになった歌手で、
高木 恵子
彼のLPレコードのジャケットのドアップの顔がかっこいいと思って、それで洋楽を聞くようになったっていう高校生の始まりで、
そっからなんか別に英語の勉強じゃなくて、英語の歌詞をやっぱり聞いたり見たり読んだりするようになって、そっから英語っていうのをやり始めたのね。
それで大学3年生の春休みになんかホームステイをしたっていうのが初めての、なんだろう、海外との接点。
田中 愼一
そこは欲はなんですか?やっぱりおいしいもん食おうかっていうのは。
高木 恵子
いや、その時はただ単に、なぜホームステイに行ったかっていうと、やっぱりブライアン・アダムスに会いたいと思って、カナダの。
初めての海外は、だからカナダにホームステイをしに行った。
親からはもう、うちの親はその当時で国内でも飛行機に乗ったことのない飛行機大嫌い人間なんですよ。
だからましてや飛行機に乗って海外なんてっていう親だったんで。
じゃあその普通に語学留学とか海外によく春休みに大学生行くじゃないですか。
なんか生協のこういうパックでね。そうじゃなくてちゃんとホームステイかなんかしてっちゃう。
まあある程度危なくない環境で行けみたいにすごい説得して、まあ結果的にそれで行くことになったんだけど。
そこで初めてやっぱり海外に行って、私はただ単にブライアン・アダムスに会えるかなぐらいの感じで行ったのに、
まあもちろん会えるわけもなく、で逆に全く英語が通じなくてびっくりした。
高木 恵子
言葉ってずっと日本にいたし、別に英語の大学の英語の授業ぐらいまでしか英語はやってないわけだから、
でそこで別に英語会話なんかも行ったこともなかったし、勉強もね。
もう海外行って全く英語が聞けない、自分も喋れないの、すごい、なんて言うんだろう、この壁にぶち当たったわけですね。
そこから帰ってきて、実は英語を勉強始めたんです。
で、今思うとそこから、大学最後の4年生の時に数学なんかよりも一生懸命英語を勉強したし、
最後の就職活動もやりたい仕事がなかったから、最終的に外資で英語を学ばせてくれるような、あと給料のいい会社で決めちゃったっていうのもあるし、
そこから英語とか海外の興味が持ってって、でだんだんこれが自分の興味だったんだなっていうのが分かってきて、
で最終的に留学して、このPRの世界に転職したじゃないですか。
で、その時にあんまり言ってなかったかもしれないけど、最後そのPRをやりたいと思った時に、やっぱり最初は何かこうPRとかマーケをやりたかったんだけど、PRの仕事をついてきた途中ぐらいから、
なんか私は海外のものとかサービスを日本に入れるPRをやりたいっていう確固たる、なんて言うんだろう、イメージというか。
田中 愼一
海外のものを日本に持ってくるっていうね。
高木 恵子
そう、もうPRの仕事を始めて3年とか4年経ったぐらいに、やっとPRとかマーケの仕事も分かるようになってきたじゃないですか。
そこでどんなPRやりたいんだろうって、その仕事の中で思った時に、やっとそこにつながってきた、その海外のものとか海外のサービスをすごくいいものがあるのに、
なかなか日本にまだ入ってこないし、日本人にもっと知ってもらった方がいいなっていう思いから、そこからその海外のものをとにかく日本に入れるところの仕事をやろうと思って、
実はエージェンシーに転職して、そこからずっとだから海外のお客さんばっかり今もやってる。
田中 愼一
その時点で志もうなってるわけですよね。
高木 恵子
おそらくそうなんですよ。で、そこから私の、結果的にその仕事への志なんだけども、もうそこからぶれてないんですよね、私の仕事の、何て言うんだろう、やりたいことの。
田中 愼一
この志を抱いたのがPRに入ってからですか。
高木 恵子
だからそうですね、結果的に、最初はただ単に会社もコンピューター違うよなっていうところで転職する前に留学して、でPR業界に入ってやって、最初はPRのピの字もわからなかったからいろんなことを3、4年
やってた中で、
あーなるほどPRってこういうふうに仕事をして、で結果こういうような成果って出るんだなーみたいな、で悪い方向に行くとこうなるんだなーみたいなのがまあ3、4年やってるとわかるようになり、
そこではたと自分でじゃあどんな仕事をこのPR業界でやりたいんだろうって思った時に、ふっとまたそういうのがどっかから降りてきて、
でそうか海外のものをもっともっと日本に入れて、こんなにいいものがあるのにまだ日本にないからな、じゃあこれをやりたいなっていうのでそんな仕事ができる会社はないかなって探して、
はいとあるエージェンシーを見つけたっていう、でそこからがもうそうですねもうブレることなく仕事に関しての志はもうそこでこうなんか決まった、でそこの会社にいるどっかでその小学校6年生の文集をふっと読み返
したんですよ、
そしたらなるほど原点はここにあったのかもなーみたいな、っていうのが実はすごい何十年前に思ってて、でこの前皆さんでなんか志っていうののことってなんだろうねって考えた時にもう1回そこの話を自分で振り返
ったら、
そうか欲から志って変わるのかなーみたいなところが自分のなんかこう経験談でちょっと感じたことでした。
田中 愼一
そうすると基本的にはその今の志の形成されていく、あの欲から志に形成されていくっていうその原因を分析していくとまあ一番重要なのは何を経験したかってことですよね、経験というかどういう経験と向き合ってきた
かっていうか、
向き合わないとダメなんだと思うんですけどね。
高木 恵子
そうそうそう経験もそうなんだけどきっとその経験の中でもともとこうだから埋もれてた自分のだから欲っていうかそのまあ欲ですよねやりたいこと欲っていうその小学校6の6年生の時って何もあんまり経験して
ないわけだからきっと何でそのハンバーガーその世界中のハンバーガーおいしいハンバーガーを食べたいんだって思ったかって今ですら自分でもよくわからないんで
でもそれがその多分心のどこかを置くそこにもうこれが多分無意識にわかんないですけどねこう私の中で生まれてたわけじゃないですかなんかあったわけですよねきっとそれでそれが眠ってた何かがまあ経験とかを経験と
その時間っていうのを積み重ねる中でその隠れてたものがだんだんこう表現化してきて欲になってきて
でなんか何かを決定するときにそこの自分の眠ってた欲みたいなものの近くに行こう行こうという方向の選択をずっとしてたような気がするんですよね
中川 浩孝
なんか欲というと欲というとなんかちょっとネガティブというかなんか強い言葉なんだけどなんか聞いていたらただ好きなことっていうことなんですよね
なんか好きなことと欲って多分ちょっと関係性はあって好きなことをもっとやりたいとかもっとこういう風に食べ欲しいものを食べたいとかそういうまあ欲になっていく
子供の頃はなんか欲っていうよりはただ好きなことをなんか追求したいっていうそういう純粋な気分な気がしますね
田中 愼一
ありますねあのそこあたりは有名な人たちがみんな言ってるよね
高木 恵子
あそうなんだ
田中 愼一
本田宗一郎さんは面白くなければ仕事じゃないって言ってる
あとやりたいことをやれって言ってる
だから松下幸之助とか他の人も似てるようなこと言ってると思うけれども
好きなことをやれっていうのがやっぱりすごく重要なポイントなんだけどもそうしたから多分好きなことっていうのは大きな要素なんでしょうねただあともう一つ質問があるのが正しい方向に
行くにはやっぱり欲を正しい方向に持っていかなきゃいけない
田中 愼一
それは何なんだ
高木 恵子
ねえそこはなかなかでもそこってもうその人の人間性になっちゃうよね
田中 愼一
ということはもう人類の中にそういうもう悪い因子を持ったやつといい因子を持ったやつってのがいるってこと
高木 恵子
私の中ではね実はねそうなの
だからそれが開花するかしないかってやっぱりその人のいろんなやっぱり経験と教育だと思うんですよね
田中 愼一
悪いように開花することもあるわけでしょ
高木 恵子
あると思う絶対あると思う
だって歴史上見ててもやっぱりいい人と悪い人が存在するって多分そこの部分だと思うんですよね
なんかそうあんまりだって悪い人を生み出すような教育ってあんまないじゃないですか
だからその人間そのだからもうほんとDNAと同じでもう申し訳ないけど生まれもってきっと人って
そういういい因子悪い因子を絶対持っててでそれが開花どう開花するかだと思うんですよね人間って
そんな気がする
だからできるだけそのいい方向に開花するような環境づくりっていうか
経験をできるだけ本当はしてった方がいいんだろうなあって
田中 愼一
この悪い因子を持ったいい因子を持ったっていう風に2つに分けるっていうのも一つの発想ですけど
もう一つの発想っていうのは
同じ因子は良くもなるけど悪くもなるっていう
田中 愼一
つまり表裏一体だっていうこれ何でかっていうとまあよく僕が言うピンチをチャンスっていうかね
ピンチに見えるピンチなんだけども実はその表裏一体にあってチャンスと表裏一体になってるわけですよ
だから初めから悪い因子があるいい因子があるっていうんじゃなくて
因子は因子で一つなんだけど誰もがいろいろな因子持ってるんだけどもそれは悪くにもなるし良くにもなるっていうね
だからそうすると人間としてはそれは良くなる方向に因子を利用していくっていう
それから悪い方向に行かないように自分の因子っていうのをやっぱりこう導いていくっていう
そこは一体何がそれをさせるのかっていうところがすごいなんかね興味があるんですよ
なぜかというとこの商売やってると本当に良いことと悪いことって分けられなくて
高木 恵子
まあそうなんですね
田中 愼一
良いことだと思ってたことが実は悪いことで
悪いことだと思っているのが実はいいことだっていう世界に生きてるじゃないですか
私たちの商売は人間商売だから
高木 恵子
そうですね
田中 愼一
あらゆる個性の個人と会って話をしてっていう世界にいるんで
だからなんか僕としてはその良い悪いっていうものっていうか
結果として悪くなってしまうそのプロセスって何なのか
結果として良くなるプロセスって何かなんかそこあたりがですね
あると非常に何て言うんだろうな
もう少しそこがなんかすごい悩んでるとこでもありますよね
高木 恵子
うーん
田中 愼一
悩んでる
高木 恵子
まあプロセスねだからそうだなでもやっぱり
自分の経験から言うととにかくやっぱり環境だと思うんですよね
中川 浩孝
あれは完全に環境ですよね
田中 愼一
環境っていうのは経験と結構等しいんで
高木 恵子
そうそうそうそうですよね経験と環境
田中 愼一
経験をどう向き合うかって言った時の向き合い方によってそういう悪いともなる
良くもなるってこの向き合い方
目の前で起こってる経験っていうものはニュートラルなんだけども
中立的なんだけどもそれを良しと取るのか悪しと取るのか
ここのやっぱりこっちにその判断っていう判断力っていうか
力っていうかそれは選択肢として残されてるのかなっていう風に
見るのかななんかわかんないけど
高木 恵子
あとこう
例えば田中さんなんかもねその本田宗一郎さんっていう方との環境と経験で今の田中さんってすごく
田中 愼一
影響を受けてますよね
高木 恵子
作られてるところってあるじゃないですかで別に私の場合とかそんな偉い人が
ずっと周りにいたというわけではないんだけどすごく振り返るとやっぱりその小学校の時中学校の時高校大学
高木 恵子
その社会人も
その節目の時に私の周りにいるその大人たちがそういう意味で言うといい影響を
私に与えてくれてる大人がいっぱいいたんですよ別に有名人じゃないんですよ
有名人じゃないんだけど
なんていうのかなその時のやっぱり今の私を形成してるのってその時の周りにいた
大人ですよね
年代も違うしね自分の年代も違うわけだからその周りにいた大人の人の年代も違うんだけども
やっぱり私の周りの大人の人たち私より上の人たちにすごく私は形成されたな別に親でもなくてね
その赤の他人じゃないですかでもすごく形成されたっていうのが私は多分すごく自分の中で多い気がするんですよ本当にその時代時代にいっぱいいるんで
だから今思うのは結局この今もう我々もいい年になってきてるから
高木 恵子
結局今自分がやりたいのってそれをやらなきゃいけないんだろうなって自分が今そういうふうに形成してもらえてたから
できるだけそういう環境をどうやればいいんだろうっていつも私もある時から思い始めてるんだけどでもできるだけ自分がやれること
自分が接してる周りの私よりも下の人たちには
その私が経験したのと同じようなことをどうやったらこう感じてもらえるかなっていうことを意識しながらはいつも
田中 愼一
ってことは逆に言うとそういういろんな人との出会いって実は他の人たちも同じような様々な人たちと出会ってんだけども
その出会いというものとけいこさんの場合はしっかりと向き合ってね
田中 愼一
真剣にやっているってところと同じ人たちとの出会いを提供したとしてもけいこさんみたいに行く人とは限らないじゃないですか
中川 浩孝
受信できない人もたくさんいるんだと思うんですよね
田中 愼一
受信できない人もたくさんいるからだからやっぱりけいこさんは場面場面あるいは人との出会いごとにそこと真剣に向き合って
それが一つの欲から志に進化していく起爆剤というかものになってるんじゃないかなというのは今話をずっと聞いてるとね感じるんですよね
高木 恵子
自分が受信ができてたのかもしれないんだけどただ受信できるように大人たちがそうしてくれてたっていう風に私は感じてたんですよね
高木 恵子
ただまたそこでもう一つ課題というかぶち当たる壁としてはじゃあ自分の好きなものってなんだろうってわからない人が最近多いってことなんですよ
田中 愼一
それはあるね
高木 恵子
そうなの好きなものって興味とか好きなものってなんだろうって意外とわからない人たちが意外といっぱいいる
中川 浩孝
そうなんですかね私今すごい偶然の推しブームじゃないですか何でもみんな推し推しって言って
私ああいう推しがあるってすごく自信を持って言えるような強い推しのものってないんですよね
だからああいうの見るとすごい羨ましいなと思って
私なんかそういうアイドルとか歌手とかアーティストでもいいですし
あるいはスポーツとかでももうスポーツのチームを熱狂的に応援する人とかいるじゃないですか
ああいうの見るとすごいある意味羨ましくて
私あそこまでの熱狂的に好きなものがないなと思ってなんかつまんない人間だなってたまに思うんですよ
高木 恵子
いやいやいやそんなことない
田中 愼一
好きなものって別に表に出てこない場合のものが多い
高木 恵子
そこまでだってヒロさん最近よくクルージングの旅行行ってるじゃないですか
あれ好きじゃないといけないと思うし
だからヒロさんってそういう趣味そういう趣向なんだなって
私はここ何年も割と続けてその旅行行ってるから
それでヒロさんの興味ってそういうのあるんだなって学んでますよ
中川 浩孝
だから好きなものないっていう人多いんだっていうのは私は逆になんかへえって思ってそうなんだ
高木 恵子
だから意外とほんと何にもしてない人何にもそういうことすらもしてない
本当になんかいるからね
いやだからちょっとそこはむしろ私も今そこそういうところって何とかしたいなってちょっと思う心も生まれ始めて
田中 愼一
本当に好きなことやれって言ってもその好きなことが分からなかったら本人動きようがないよね
高木 恵子
そうなのよ
だからなんか私の場合は多分食べるのが好きだしあとゴルフじゃないですか
だからまずはそういうものを全部誘ってみるとかね
そうするとそれがなんかそこからのとっかかりでもいいわけじゃないですか
なんかおいしいものを食べるのが好きっていうのが本人が分かったら何かそこから生まれるかもしれないですね
レストラン巡りなのかそういう国内でも旅行巡り
田中 愼一
あとやっぱりそういうことをやることによって動いてるんで間違いなく人との出会いこととの出会い
様々な出会いがあるんでそれがまたさらにね好きっていう感情を一つの方向に導いていくし
まずは好きなことをやれって言うんだけどでも今のポイント本当に重要で
自分の好きなことが分かんない人が増えてるっていうのはこれは少しある意味問題だよね
中川 浩孝
それは由々しき問題ですよね
田中 愼一
本当だこれ壁だな
高木 恵子
そうなの
田中 愼一
これ日本が今沈退してるっていうのかな