2026-10-24 34:20

#172 自分が見えてきた、という田中さんの話

今回から、週替わりでそれぞれのメンバーがテーマを設定していくという試みを始めてみました。第 1 回となる今回は、田中さん設定のテーマで、ここ最近ずっと個性に興味を持っている田中さんの話から。

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仕事でコミュニケーションを扱う 3 人が、これまでの経験や最新の話題を語りながら、コミュニケーションとは何か?を一緒に考えていくポッドキャストです。

出演者🎙️

田中 愼一 (Blog)

高木 恵子 (Facebook / LinkedIn)

中川 浩孝(note)

ご意見・ご感想、3 人に話してほしいトピック、3 人へのご質問などありましたら、以下のフォームからお送りください。https://forms.gle/ZGKtUCBn3m25Nr6J6

感想

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サマリー

田中さんが、役員研修で考えた「自分が見えてくる」過程を語る。自分のストーリーと主役を定めて演じ続けると、やがて意識せずに言語と非言語が一致し、それが個性や自分自身になるという考えが示される。中川さんは、個性は説明するものではなく、問いかけられたときの反応に表れると補足し、田中さんも反応と思い込みが人の行動を形づくると展開する。後半では自意識過剰と目的意識、ヒトラーやトランプの例、コミュニケーションが人を動かす力であると同時にいじめなどにも使われる危うさが議論され、目立つことを目的にせず志を持つ重要性から次回のテーマが決まる。

言語と非言語が一致するリーダーの発信力
中川 浩孝
コミュニケーション力を究めるゴールデン・トライアングル。 仕事でコミュニケーションを扱う3人が、これまでの経験や最新の話題を語りながら、コミュニケーションとは何かを一緒に考えていくポッドキャストです。
田中 愼一
みなさんこんにちは。コミュニケーションを極めると自分が見えてくる。世界が見えてくる。コミュニケーションの世界に携わって40年以上、コミュニケーションが命。 シン・田中こと田中愼一です。よろしく
お願いします。
高木 恵子
SEからPRコミュニケーション業界に転職して約30年高木恵子です。
中川 浩孝
外資系企業でマーケティングを経験してきたアメリカ在住中川浩孝です。
田中 愼一
まさにですね、今日からは一人ずつですが、今日僕の番で、いわゆるネタね、議論するネタを出してやっていくということで、毎回一人ずつネタを出して順番にこれからやっていくので、一番手として私は今日なる
ということで、一応ね、この3人の中で合意した内容でありますので、
ちょっと聞かれている方にもですね、これから毎回一人ずつ独自のですね、テーマを提案すると。今日は第一日目で私が提案させていただきます。
で、もうまさにですね、冒頭でいつも僕が言っている文章の中に、コミュニケーションを極めると自分が見えてくるっていう。
で、今週、それから先週にかけてですね、いろいろと経験した中で、自分が見えてきたと。一部ね。これが本当の自分かどうか知らないけども、少なくとも直近で自分が見えたかなというお話をですね、一つテーマとして議
論していきたいなというふうに思います。
この場でもね、今まで自分って何?自分探しの旅のね、議論したり、個性って何だよとか、そういう話をいろいろしたかと思うんですが、
先週ですね、ある会社のですね、役員の方々を集めた一つの研修会っていうのがあってですね、そこでいろいろコミュニケーションとは何かとかいろいろ話をこうしていく。
で、その中でやっぱりこれからのリーダーっていうのはですね、非常に一貫性のあるメッセージ発信、発信力を持たなきゃいけないっていうことを僕は説くわけですね。
で、発信力、一貫性のある発信力っていうのはもっと具体的に砕くと、基本的には言語から発信されているメッセージ、言葉ですね。
語ってることと、それから非言語、これは例えば仕草とか目つきとか、話をしているときのその勢いとか、動きとか様々なことですが、言葉以外のものを非言語って言うんですけども、
その言語非言語のからそれぞれ来るメッセージが一致してるかしてないかっていうのがリーダーにとってはすごく重要になるわけです。
一致していると、この人はっていうので信頼感、つまりリーダーとしての信頼感が出てくるんですが、不一致だと不信感が逆に出てきます。
例えばよくあるように言語から伝わってくるメッセージと非言語から伝わってくるメッセージが違うとね、人間はどっちを信用するかというと非言語の方を信用しちゃうんですね。
だからよく僕は使うんですが、あの人はあんなことを言葉では言ってるけど、彼の目つきを見ると怪しいよって。
これは目つきそのものがもう一つメッセージを発信してるわけですね、非言語としてね。
それが一致してないと当然非言語の方を信用するっていうことで、
ストーリーの主役を演じて個性をつくる
田中 愼一
だからリーダーという仕事っていうのは人を動かしてことをなすということで、人を動かすことがリーダーにとっての宿命なんですね。
そうしたときに不信感を持たれたら人は誰も動きません。
ってことは絶えず信頼感、言い換えると言語から語っていることと非言語から伝わることっていうのは同じ、一致してることが重要で、簡単に言うとよく言われる言行一致ですよ。
リーダーの場合は、リーダーでいる限りは周りは見てるわけなんで、リーダーの発信力っていうのはものすごく重要なポイントです。
そこにいかに一貫性を保てるか。これがポイントです。
っていうような話をこの勉強会でいろいろしたんですね。
そのときに僕はいつも言うのはですね、まず皆さんストーリーを持ちなさい、自分のストーリーを。
田中 愼一
ストーリーを持ってその中で主役っていうものを明確にして、その主役を演じ切る。
皆さんはもうその主役の俳優なんだという形で、その主役になりきる。
なりきっていくと基本的には徐々に言語と非言語が一致してきて言語一致になるし、より強い一貫性のあるメッセージが出るんで人も動く。
こういうことをっていう議論をしてたんですね。
そしたらいろいろ議論ある中で、そこのトップの社長の方と議論してたら、
お互いがですね、やっぱりなりきんなきゃいけないですねとか言いながらなりきることが重要なんですが、どうなりきればいいんですかっていうところで、
僕がストーリーなんかを話しているときに、これふっと降りてきたんですね。
つまりなりきる先って何なのって。
つまり自分の主役ね、自分の描いたストーリーの主役を演じ切っていくっていう、その次は何なのっていう。
これは質問を受けたのかなんかわかんないけど、話してるうちにそこにフォーカスが当たったんですよ。次何なのと。
なりきるってのはわかったと。じゃあなりきったら次に何が起こるのっていう。
でそれこうこう言ってるうちに、実はなりきるを超えて、もう意識しなくてもその通りに生きる。
つまりその通りにやる。つまり言行一致で、意識しなくても言行一致になって、それ自身が自分の表現になる。周りに対する。
それがある意味で言うと自分自身じゃないのって感じになって、それが俺かと。
だから基本的には意識って個性とかね、いうものっていうのは何か生まれた時から何か個性があって、生きているうちに徐々にその個性がね、変わらずずっと存続するような考え方って昔してたんですけれども、
個性ってやっぱり変わるんだなと、経験によってどんどんどん。だから一つの個性がずっと永遠に死ぬまで続くっていう話じゃなくて、
だから個性は無常というか個性は変化する、変動するもんで、もっと言い方を変えると進化するもの、トランスフォームするものっていうふうに捉えていくと、
あながちそのなんていうんですかね、自分が思い込むというかなりきって自分が作った主役なんだけども、実はそれになりきっていくとそれが自分の個性になっていく。
っていうようなことで結構ね、これ当たりまして、役員の人たちとの講習会でも結構当たって、今週になってからですけども、今度は、これもある会社のですね、役員研修ということを始めたんですね。
ここはなかなか世代が1世代ぐらい若い人たちがほぼ役員やってる会社なんですけども、話をこうやっていった。その話を試しに出してみたんですね。
今まではなりきることが重要で終わってたのが、なりきることが結果としてそれを日々やってるうちに、基本的には生きるっていうことにつながるんだよって言ったら、みんなね結構納得感が高くてですね、
あれ若手の人たちの方がよりこういう発想をもう受け入れるやつ、この土壌が出来上がってるのかなっていうんでちょっとびっくりしたんですね。
田中 愼一
だからそういう意味で、なるほどという皆さんいかがですか。私の今経験をですね、申し上げたんですけど、
そういう自分、自分って実は作るもんだって話なのかな、言い方変えると。
自分のストーリーを作って、そのストーリーの主役を決めて、その主役になりきって、もっと大事なのは色々な気づきとか色々な人との出会いとか色々な事態との向き合い、
向き合ったり、色々なことが毎日起こってるわけです。その毎日起こることから気づきを得て、それから自分のストーリーを変え、ストーリー変えれば自分の主役としての個性も変わってくるわけで、
このメカニズムっていうのはどうなんでしょうね。アンダスタンダブルなのかどうか。少なくとも、この前は去年、先週やったのはだいたい50代の人たち中心。
今週やったのが40代。だからほぼ一世代違いがあるんですけども、そこでもウケは基本良かった。ウケがそれなりに良かったですね。どうですかね、皆さん。
急に笑うわけ?
中川 浩孝
いや、私たちが今まで言ってきたことってあんまり変わらないから。
田中 愼一
あんまり変わらないってこと、そうか。だから、例証されたわけ、実証されたわけだ。
中川 浩孝
基本的には。
個性は反応として見えてくる
田中 愼一
嬉しいな。
中川 浩孝
っていうか、私も前から言っているように、仕事であろうと、プライベートであろうと、自分の性格って、もちろんこの人たちにはこういう性格の自分を見せて、こっちの人にはこういう性格を見せてっていう時はもちろん
あることはあると思うんですけど、
でも、やっぱり自分の中でそれが一貫性がないと気持ち悪いので、あるところはやっぱり一貫性もちろんあるわけじゃないですか。
中川 浩孝
こっちの人には全く違う人格で、こっちの人には全く違う人格の自分を見せているわけでは全然なくて、多少若干リファインされているところはあるかもしれませんけど、
基本的にはどっち向いても仕事の時でもプライベートでも、やっぱり自分の性格はそんなに変わらないというか、性格とか個性って一言で言えるもんじゃないですよね。
だから、本当に何万、何十万か、何億なのかわかんないですけど、のことに関して多分、それぞれの自分の考え方っていうのがあるので、それが私も一貫性はあるけれど、ずっとちょっとずつ変わっていくっていうのもまさ
にそうだなと思うし、
中川 浩孝
そこは今まで私たちが話してきたことと、別に一貫性はあるし、全然普通というかその通りだなって思うし、だから意識しすぎると逆に変なことになるんじゃないかっていうのが私はあって、
自分がわからないみたいなことを、個性、個性、自分の個性がよくわからないってよく田中さんおっしゃってますけど、
でもそれって自分では説明できないんですけど、例えばこういう質問を与えられたらこういう回答っていう自分なりの回答っていうのがあるわけじゃないですか。
それが個性なんですよね。だから別に個性って説明できるもんじゃなくて、質問が来たときにその答えることによって自分がシェイプされていくっていうか、どういうことを考えているのかっていうのがよりはっきりして
いくので、
自分から説明するというよりは、何か投げられたときにやっと見えるみたいな、ちょっと量子力学的な感じに聞こえちゃうかもしれませんけど、
そこに何かがあるわけじゃなくて、何かを与えられたときに反応として自分の性格っていうのが見えるっていう感じなのかなっていうのは私は常に思っているので、
中川君ってどういう性格って言われたときに、一言では説明できないんですけど、質問を、いろいろ質問してくれたらそれに対して答えを返す自分の答えを見てもらって、
中川君ってこういう考え方の人なんだなっていうふうにわかってもらうっていうほうが、何か自然というか、何かそんな感じですかね。
田中 愼一
多分そうなんでしょう。個性って多分説明できないんだと思いますよ。個性って何?っていうのが。だから、一番重要なのは今まさにヒロちゃん言ったように、反応なんですよね。
要するに、バッと言われてバッと反応する。これがその個性の表れって感じで、じゃあその根底にある個性って何?って言ったって、こんなのはですね、説明がまずつかないし、
逆に、個性って何?なんて言ったって、何の意味もないっていう。だって、少なくとも我々毎日反応してるわけじゃないですか。その反応っていうのを外が見て、周りが見て、で、こいつはこういう個性の持ち主だとか、勝
手に決めるんだけど、個性そのもって何?っていうのは、逆に言うと無意味な議論で。
多分ね、そういうものだと思うんですね。要は、いろいろなことが目の前に起こったときにどう反応するかによって、人って生きられるか生きられないかが起こって、結局それに反応できる人たちだけが生き残っていくわけ
じゃないですか。
生物ってみんなそうなんだろうと。そうするとその反応の違いっていうのはどっから出てくるかって言ったときに、人間はやっぱり理屈っぽいから、その背後に何かね、個性みたいのがあるんだとか、いろいろなことを想定
してイメージするんだけど、所詮は本質は何かっていうと、反応しか現れてないわけですよ。
だから問題は、多分我々としてはですね、所詮この世は思い込みの世界なんでね。思い込むと自分がそれ相応の反応が出てくるわけですよ。
だから、個性は何だとかそんな議論ってのは何の意味もないあれで、一番重要なポイントってのは、どういうことに向かったときにどう反応するかっていう。で、それは生き抜くための反応になってるかどうか。
自分がやりたいことを成し遂げるような反応になってるかどうか。今、ヒロちゃんが言って、このね、反応ってすごくいい言葉だと、ピーンとまた気づきが降りてきた感じで今話してるんだけど、また気づきが来ると疲れる
って話になってくるんだろうと。
今週いっぱいは多分その反応で疲れちゃうんだろうけど、いずれにしても何を思うかは人間の勝手で、個性はないと言い切るのも結構、個性があるっていうのも結構、ここはもうね、何でも自由で、いわゆる妄想の世界で
いいんですよ。
ただ重要なのはどう反応するかが重要なんで、そこをどう反応するかっていうのを適切にマネージするためには、その意味のない、要するに事実か事実じゃないかっていうのは別に究明しても何の意味もない思い込みを
持てば反応が変わるわけですよね。
その思い込みっていうのを個性と勝手に呼ぶのも良し、個性なんかないよ、もともとっていうのも良し、あるいはわかんないけど、前もここで話したそのヨーロッパのエリート思考の中に、自分でない人間になりきる力を身
につけることによって、
相手が来たときに、もうだいたい無限大のごとく相手の個性に合わせて、もっと強い個性で出ていくとか、そういう妄想ですよね、一瞬はね。イマジネーションでしかないわけですよ。だからそこがあるないなんて話をする
のは無意味だっていうのを、今、ヒロさんのですね、反応っていう言葉で、すいません、私気づきました。
ありがとうございます。なんてことなんだと思うんですけど、どうですかね。けいこさん最後の審判を。
高木 恵子
そうですね、じゃあなんか新しいことを頑張って言うのであれば、何だろう。反応って多分、人間全員反応すると思うんですよ。
田中 愼一
そうですね。
高木 恵子
そうやっていろいろ模索をして、そうやって田中さんみたいに疲れたり、いろいろ考えたりってきっとすると思うんだけれど、言い方ちょっと誇張しすぎかもしれないけど、どうでもいいやと思う人もいるわけじゃない
ですか。
誰にどういう反応をされても、まあいいや、あんまり気にしないっていう人がいて、別にそういう人はもしかしたら個性とかも気づかないし、コミュニケーションをちゃんと極めようなんても、そういう思考に行かないか
もしれない。でもそれでもいいわけですよね。別に反応を気にしないから、その人は。
田中 愼一
まあそうですね。
高木 恵子
だからきっとその反応に対して、なんかいろいろ思うところがある人っていうのは、もしかしたらコミュニケーションっていうスキルを身につけると、ちょっとは自分の生き方が楽になるっていう風に考えてもらうと、
多分もっともっとみんな、コミュニケーションって、勉強じゃないけどって、勉強とかなんかのお作法とかっていう風に思わないで、もっと気軽に考えられるんじゃないのかなーなんていうのは、今日の田中さんの説明
を聞いて私が感じるところでした。
自意識過剰とコミュニケーションの力
田中 愼一
あの、すごくいい感じでですね、また2つ目の気づきが降りてきちゃった。
高木 恵子
よかったです。
田中 愼一
ちょっとあの、栄養剤でもちょっと打たないとやばいかもしれない。
えーとね、今の面白い議論で、そうするとね、あのね、自意識過剰ってあるでしょ。
高木 恵子
うんうん。
田中 愼一
で、自意識過剰っていうのがですね、まあだいたい自意識過剰っていうのは悪い意味で使うんだけど、使われてるんだけど、自意識過剰っていうのが基本的にはですね、どういう反応を演出したいというか、創出したい。
で、これは確かに間違いなく、自意識過剰の場合はどう見られるかっていうことに集中しちゃうんだし、
田中 愼一
えーんだけど、自意識過剰は2種類の自意識過剰があってですね、
一つの自意識過剰っていうのは、いつも周りからどう見られるかを気にして、自分自身っていうものに対する意識が過剰なわけですよね、自意識過剰。
セルフスコンシャスネスっていうのかな、英語では。
田中 愼一
で、ただ2種類もう一つがあるのが、目的、たとえば志を持った人間っていうのがいるとするとですね、目的が明確に出てくる。
そうするとですね、やっぱり反応という、逆に言うともっと自意識過剰、別の自意識過剰で、
なんとか、いわゆる一つの目的を実現するっていう強い思いがあればあるほど、実は人間って自意識過剰度がどんどん上がっていくんですよ。
なぜかというと、人を動かさないとことはなせないわけだから、人をなんとか動かしてことをなそうという意識が強いと、間違いなく自意識過剰になってくるわけですよ。
で、その自意識過剰になってくるってことは、自分が出したい反応っていうものをコントロールしたくなるわけですよ。
で、それによって人を動かしてことをなすっていう目的を達成する。
だから、たぶんその自意識過剰っていうものとその目的意識の強さっていうんですか、あるやあるなし、別に目的なんて持たなくたっていいわけですから、本来。
田中 愼一
生きるっていうことであるなら、まあ生きるっていう目的あるかもしれないけども、でも単に生きるという目的を超える目的を持っちゃった人はですね、
やっぱりそこで周りがどう自分を見ているのか、そこに対して自分はどう反応すれば相手は最終的に動いてくれるのか、それによってことが達成できるかっていうのがたぶんあるのかなって今話を聞いてて、
なんとなく降りてきたかなと。だから自意識過剰っていうのは、いい意味でも悪い意味でも、
マネージしろとは言わないけど、それは目的次第だ。だから自分が何をやりたいかっていうところで、
基本的にはその反応っていうものをマネージしていけばいいのかなって気がしますけどね。ただ今ね、自意識過剰って話をしながら、
田中 愼一
今一人の人に関する本を読んでるんですけど、これがすごい自意識過剰の人で、自意識過剰がすごかったために、とてつもない罪っていうか、
そうですね、罪って呼んでいいんだろうな。本の名前がね、すごいでかいんですよ。こんなでかいんだけど。
これタイトルがね、ヒトラーの傲慢というんです。
ヒトラー、これ。
高木 恵子
すごーい。
田中 愼一
で、これ何で手に入れたかって、その時まで、自意識過剰っていう話を考え始めた頃かな。
一番歴史上、自意識過剰が甚だしかったのは誰かって言ったときに、ついヒトラーの本が目の前にあったんで、それちょっと紐解いたら、
すごい自意識過剰なんです。どう見られればいいかに関して、すごい自意識過剰で、読んでったらわかったのは、
彼、ストーリーをしっかり作ってて、そのストーリーの主役に見られるように、いろいろ工夫してるんですね。
そこではやっぱりPRとか宣伝とか、ありとあらゆる演出、例えば彼の長い4時間に上る、
田中 愼一
あれ、たぶん今見れないんだと思うけども、発禁本になっているスピーチの映像があるんですよ。
で、始め静かに、白黒で始め静かに彼が話し始めて、目の前には何十万人という人たちがいて、こうやりながら。
で、それ4時間話すわけ、スピーチを。で、それがグワーッて上がったり、もうみんなの意識がグワーッて上がって、
で、それはもう完全に、ああ、これ自分の舞台を作って、そこでなりきってやっている。
で、それ何でそんなことやってるのかというと、自意識過剰なんですよ、この人。
自分をどう見せたいかっていうことに、非常に、いや、彼は一体何でそんなことやってんの?
と思ったときに、いわゆる、そこまではまだ読み切ってないんですけども、
彼なりのストーリーというのとやりたい目的っていうものが多分あったんだと思いますけど、
ドイツをもっと元気にするとかね、ドイツを再統一するとかわからないけど、
田中 愼一
で、その中で、なんてひどい、いわゆる人種を殲滅する、一人種を殲滅するような発想とか、
とてつもない、我々から見れば大罪ですよね、歴史的に。
20世紀の一番でかい大罪の一つに挙げられますよね、あれはね。
だからそういうのの中で、自意識過剰って言ったときにちょっとヒトラーを見始めたら、
このヒトラーを見ると、多分ね、企業の発信力をどう高めるかっていうアイデアが出てくると。
間違いなく、これ。
で、これもっと言っていくと、今のトランプ現象にも似てるんですよ。
トランプも、だからなんというか、タイトルうまいなと思って、傲慢。
やっぱりこういう、なんというか、僕、昨日も言ったんだけど、コミュニケーションっていうのはあくまで力学なんで、
使う人間によっては、悪にもなるっていうことは絶えず言ってるんですね。
田中 愼一
だって本当に、力だっていうことはどういうことかというと、
コミュニケーションという刀を絶えず自分の身に身につけてるってことですよ。
だから、実際の刀を刺して街中歩いたら緊張しますよね。
そうなったらすぐ捕まっちゃうけども、刀を持って歩くっていうのは、
田中 愼一
自分でここで人が切れる刀を持ってるっていうのを持ってるか持ってないかっていうのは、
心理的にすごい緊張感をね、増やすんですね。
で、武力、財力、権力っていうのはそういう緊張感を持てるんですよ。
というか、コミュニケーションの怖いところって、その緊張感が持てないんですよね。
緊張感が持てないから、結局その武器を使っちゃう。
例えばいじめなんかそうですよね。
田中 愼一
コミュニケーションっていうのがそういうね、一つの武器なんだっていうふうになり得るんだっていうことを、
ちゃんと認識しているならいいんだけども、そんなことは何の認識もなく、
武力、財力、権力を別に行使しているわけじゃなくて、
みんなと仲良くするしないとかいうレベルのコミュニケーションっていうのを使うことによって、
田中 愼一
実はそこでいじめの被害っていうのが出てくるとか、
ああいうのはやっぱりコミュニケーションっていうのをしっかりとした力学として把握することによって、
そのコミュニケーションっていうのは人間はみんな持ってるんで、コミュニケーションの刀っていうのは。
それを持つことの緊張感っていうのをですね、やっぱり教えないと、
子供のレベルでないと、やっぱりこういういじめみたいな現象っていうのはなくならないというふうな話に、
田中 愼一
昨日はいろいろ議論したんですけどね。
だからそういう意味ではやっぱり、今ヒトラーの話からなったけど、
ヒトラーもですね、結局自身過剰、自意識過剰の中からコミュニケーションという力学をうまく使いながら、
自分の反応をコントロールしながら、相手の反応もコントロールしながら、
うまくというかね、これだけの悲惨な事態を起こしたっていう感じかなっていう、
そんな議論もね、だからちょっと最近ヒトラーを見ながら、
ヒトラーはあんまり好みじゃないんですけどね。
田中 愼一
好みの人っていないと思うけども。
でも偶然本棚にあったんでね。
田中 愼一
ちょっと見てそういうことを気づいた。
まあいろいろありますけれども、そんな感じです。
目立つことではなく志を目的にする
中川 浩孝
でもそういう意味では、その自意識過剰みたいなところで、ただ目立つこと自体が目的みたいになってしまうと、
まあ今それこそソーシャルでまさにそういうことが起こっていて、とにかく目立ちたいっていう、
もう何してもいいからとにかく目立ちたいみたいな。
田中 愼一
全くね、おっしゃる通り。
中川 浩孝
それってやっぱりその目的を履き違えているというか、
なんかね、何かを、多分ヒトラーだって多分何かこう、別に自分が本当にそれをやりたかったのかっていうと多分違くて、
単純に目立ちたいからそういうふうにそれを選んだら、
だんだんそれがみんながおうってなってきて、結局それにまた突っ走っちゃうみたいな。
そういうのって多分トランプ現象の中でも多分起こっていると思うんですよ。
私、別にトランプさんが本当に外国人が嫌いかって言ったら、そんなことはないと思うんですよ。
だって奥さんが外国人だしそもそも。
中川 浩孝
だからそこってどんどん自分が言っていたことが周りから反応が良かったからそういうふうに言ってるけど、
本当にそれが自分でやりたいことなのかってはたと考えてみるとそうじゃないっていうことってたくさんあると思うんですね。
中川 浩孝
だからそれこそ田中さんみたいなその経営者みたいな人たちに対してのトレーニングの時って、
やっぱりそこがやっぱりさっき志っていう言葉も使ってましたけど、
なんか単純に自分が社長になりたいとか目立ちたいとかそういうとこじゃなくて、
自分がやりたいものがこれっていうのがあるからそれを伝えたいっていうふうになってほしいですよね。
単純に目立ちたいっていうだけで自分の考えをその周りにシェイプさせていくと何かおかしなことになるっていうのは本当にヒトラーがいい例ですよね。
田中 愼一
まさにトランプとヒトラーの共通項ってまさにそれだと思うんだよね。
目立ちたがりや、もう明らかに、事実は知りませんよ。
でもどう見ても目立ちたがることがどんどん独り歩きしちゃって、
コントロール不能になって逆にそこの目立ちたいっていうことによって動かされてしまって事態が起こってしまった。
でトランプは大統領になっちゃった。
でトランプがまた言いたい放題やり始めたっていう。
それはヒトラーと共通項としてあるんですね。間違いなくね。
だからやっぱりその後志が大事だっていうのはでしょうな。
中川 浩孝
なんか履き違えてますよね。だから目立ちたいっていうかみんなからチヤホヤされたいっていうのは最終目的じゃないよねっていうのは。
田中 愼一
手段だよね。
中川 浩孝
手段でしかないと思うんですよね私も。
なんですけどでも今の人ってやっぱりそこがとにかく目立ちたいっていう。
それでビュー数が増えてお金が儲かるみたいなその実際にそこにさらに金銭的な何かがあったりですとか、
そういったこともあるから目立ちたいっていうのもあるかもしれませんけど、
ただこうみんなからチヤホヤされたいっていう理由だけでやってる人もそこ中にはいるじゃないですか。
なので私には全く理解できないですけど、
逆に言うとそういう人たちの本当に心の奥底には何があるのか逆にすごい聞いてみたいし。
田中 愼一
確かにね。
中川 浩孝
どこへ行きたいんだろうっていうね。
田中 愼一
やっぱり逆に言うとその志の劣化というか、
いわゆる手段と目的が吐き違えてる感じっていうのはやっぱり志っていうものに対する、
田中 愼一
志というものを持つことに対する環境がね、
もう今だんだん少なくなってるのかなっていうのかもしれない。
よく明治維新の人たちの本なんか読んでると、
強烈なごとく、これは有名人だけじゃなく一般庶民にも志っていうようなものがあって、
日本を何としてでも近代国家にしなきゃっていう一線でね。
田中 愼一
なんかあったけど、今の日本って、これ世界もそうだけど、
はっきり言ってそういう志を打ち上げる政治家もあんまりいないし、
ビジネスマンもいないし、リーダー自身が志っていうのを、
志っていう言葉は使うんだけど、実際志持ってない人が多すぎますよね。
それは確かにあるな。
志がないと本当に手段と目的が履き違えるんですよ、完全に。
で、目立つことは志じゃないからね。
そこには社会貢献っていう、志の多分そうか、
そうなると志って何って話になるの?また入ってきちゃうな。
高木 恵子
じゃあ次回は志は何でもいいですよ。
田中 愼一
そうですか、そうするとまた結論としては、志なんかどうでもよくてなんで。
という感じに結論になるとまたあれですけど、志どうなの?
高木 恵子
志も重要だと思いますよ。
志でも語れますよ、語れます、志でも。
田中 愼一
語れる?じゃあ、けいこさんの出し物として志にしますか。
それどうですか、皆さん。
中川 浩孝
いいんじゃないでしょうか。
高木 恵子
全然いいですよ、志に関しても。
田中 愼一
じゃあ次回決まりましたね、志の話。
高木 恵子
志の話。
34:20

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