#145 ホンダの話と「べき」論、そしてマキャヴェッリ「君主論」
2026-04-18 28:38

#145 ホンダの話と「べき」論、そしてマキャヴェッリ「君主論」

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ホンダのl巨額損失の話から再度スタートし、最近田中さんが出会ったマキャヴェッリ「君主論」からの学び。

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仕事でコミュニケーションを扱う 3 人が、これまでの経験や最新の話題を語りながら、コミュニケーションとは何か?を一緒に考えていくポッドキャストです。

出演者🎙️

田中 愼一 (Blog)

高木 恵子 (Facebook / LinkedIn)

中川 浩孝(note)

ご意見・ご感想、3 人に話してほしいトピック、3 人へのご質問などありましたら、以下のフォームからお送りください。https://forms.gle/ZGKtUCBn3m25Nr6J6

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サマリー

本エピソードでは、ホンダの巨額損失のニュースを皮切りに、組織の意思決定における「べき論」の罠と、マキャヴェッリの『君主論』から得られる教訓について深く掘り下げています。田中氏は、自身のホンダ在籍時の経験を振り返り、かつてホンダが持っていた「現場・現物・現実」を重視する「三現主義」や、自由闊達な議論から生まれる「ワイガヤ体質」が、EVシフトへの急激な舵切りという今回の判断において失われていたのではないかと推測しています。このホンダの事例は、理想を追求する「べき論」に偏りすぎると、現実を見失い破滅を招きかねないというマキャヴェッリの警告と重なります。また、自身の経験や古典を読むことの重要性、そして「基準」を持つことの価値についても語られています。最終的に、経験を深く読み解き、知識と結びつけることで「知恵(ウィズダム)」が生まれるという結論に至っています。

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中川 浩孝
コミュニケーション力を究めるゴールデン・トライアングル。 仕事でコミュニケーションを扱う3人が、これまでの経験や最新の話題を語りながら、コミュニケーションとは何かを一緒に考えていくポッドキャストです。
田中 愼一
皆さんこんにちは。コミュニケーションを極めると自分が見えてくる、世界が見えてくる。 コミュニケーションの世界に携わって40年以上、コミュニケーションが命。
シン・田中こと
田中愼一です。よろしくお願いします。
高木 恵子
SEからPRコミュニケーション業界に転職して約30年、高木恵子です。
中川 浩孝
外資系企業でマーケティングを経験してきた、アメリカ在住、中川 浩孝 です。
ホンダの巨額損失と「ワイガヤ体質」の喪失
田中 愼一
そうですね 今日はですね 僕自身の出身母体であったホンダがですね 2兆5千億の特損というか損失を出してですね
下手すと今期赤 今期は赤って予想してるんだけども 来期さらにはその次の年もね 本当に黒字化できるのかっていうぐらいに結構
深刻な事態かなっていうことで 感じてますね
なんていうのかな よくわかんないのは 僕自身は16年ぐらいホンダってとこにいたんだけども
その中でも一番ホンダらしいところっていうか その当時80年代だったんで 80年代アメリカで7年間過ごして
アメリカの反日世論をどうやってホンダの味方につけるかで 7年間走り続けて何とかやり遂げることができたっていう経験があるんですけども
その当時のホンダっていうのは やっぱりアメリカに一番そのホンダ的な発想が残っていて
もうその当時80年代は1兆円企業を超えてたから それなりのでかい企業だったんだけども
やっぱりホンダらしさっていうのがアメリカで一番残ってたんですね
アメリカにかなりの人数の日本人がいて アメリカ人たちと一緒に新たなホンダをアメリカで作ろうなんていう意気投合に燃えてた時代で
その当時本体のホンダもそれなりに 他の企業と比べるとそういうホンダイズムっていうのは強く持ってたとはいえ
それを一番感じたのは当時僕はアメリカだったかなと思ってて
そういう中で育って卒業したわけですけども
やっぱりその時に教わったホンダフィロソフィーというか ホンダウェイっていうものがあってですね
このホンダウェイっていうのは偉い人がこれがホンダウェイだっつって プリーチングをするようなもんじゃなくて
仕事してると自然と先輩や上司やいろんな人たちと議論して
結構上下関係にあまりこだわらない会社だったんだね当時
だから言いたいことは言いながらワイワイガヤガヤワイワイガヤガヤ
ワイガヤっていう文化が生まれて
その中から人それぞれがこれが俺のホンダウェイだっていうものを見つけて
それに基づいて仕事をしているっていうそんな雰囲気のとこだったんですね
そういう中で僕自身もホンダ辞めて
それからセガの後はフライシュマヒラードジャパンという会社を作ってやってきたんですけども
その中でも基本的には自分なりのホンダ哲学っていうものを生かして
いろんなサービス開発とか経営とかということを一生懸命やってきたわけなんですけどね
僕の場合は直接本田さんと10日間アメリカでデトロイトで一緒だったっていうことが強烈な現体験になっていて
そういうことでもっとある意味極端に言うとホンダ教、ホンダ哲学というよりは
もう宗派だともう俺は語り部なんだっていうぐらいの気持ちで多分生きてきてるんだと思うんですけどね
そこからすると今回のホンダの生年2兆5000億というとてつもない損を出したっていうのが
やっぱり非常にですね何でそういうことが起こっちゃったのかなと
ホンダっていうのは今までかなり現実路線で動いてたから
決してこうあるべきだっていうようなものに思い込んでそこに突っ走るような会社じゃなくて
本当に外から見るホンダってなかなかそういうふうには見られないかもしれないんですけど
なんか絶えず新しいものにチャレンジしてるっていうような印象なんだけど
中から見るとめちゃ保守的なんですよ
保守的っていうのは僕はいい意味で今使ってるんですけど
現実に即してっていうのがものすごい保守的なんですね
だから空理空論っていうのは最も嫌う体質
だからとにかく現実に基づいてでホンダでは三現主義っていう考え方があって
三現の現っていうのは現実、現物、現場
だからすべて物事を判断するときに現物の現物というのは目の前に
しっかりその問題の部品を目の前に触りながらまず考えろ判断しろっていうのと現物ですね
それから現場それが起こったところに行けと
起こっているところに身をも連れてって感じ取れと
それからいわゆる現実っていうのは現実というのはもちろんいろんな形で現れてくるんだけども
その現実っていうものをしっかりと把握しろと
だから現物現場現実っていう三つの三現主義っていうのが
一つの徹底した思想にまでなってるわけですある意味ね
そうすると物事を考えるときっていうのはあってんで
みんな事務所で考える工場だったら事務所で考えるんじゃなくて実際の現場まで歩いてって
そこで現物現場で現実を議論するっていうね
こういう習性のある人たちが多くいてですね
それが別にものづくり生産関係だけじゃなくて販売やその他諸々のあらゆるところにそういう人間が散らばってて
いろいろワイガヤしながらことを進めてたっていうところですね
そういうやり方っていうのは僕も今でもやってて
僕の仕事の中でやっぱり全てを現場で判断する現物現実っていう
田中 愼一
それがですね例えば今回のその大きな2兆5000億の損を出した原因
直接な原因っていうのはやっぱりEVシフトっていうのを徹底的にやってしまったと
もうEVなんだともう全てAVにシフトすると
ある意味EVに全てシフトするっていうのはですね
今極端な言い方はしてるけれどもいわゆるホンダっていうのは世界で一番大きなエンジンメーカーなんですね
来年期間のエンジンですね
なぜかというと自動車だけじゃなくて二輪車も作ってるし
あとホンダのエンジンを使って汎用機とか発電機とか幸運機とか柴刈機っていうのも売ってるんですね
だからエンジン単体っていうことで考えている世界でナンバーワンなんですね
当然ナンバーワンですから技術もナンバーワンということで
それをEVに100%シフトするっていうことは実はそれを捨てるって話なんですね今まで
だからこれは並大抵の判断じゃなくて
僕がホンダがシフトするって言った時やっぱりびっくりして
かなりの人間がOBもびっくりしたんじゃないかと思うけど
え?って思ってちょっと今まで培ってきたすべてのものを
もう無しにしてすべて新しいこれから身につけなきゃいけない技術の方に
シフトするってこれ現実的なのかと思った時に非常に不安を持ったわけですね
しかも三部さんってエンジンの技術者の方なんですよねもともと
田中 愼一
車体の方なんですよ
中川 浩孝
車体なんだ
田中 愼一
だから本流じゃないんですエンジン
あのもともと研究所の本流はまさに今ねヒロちゃん
ヒロさん言ったようにエンジン開発なんですよ
でもカイの場合どっちかと車体の方の関係だから主流派ではないですね
でもちろんその前の社長も含めて
最近はエンジン主流っていうのがあんまりなくなってきて
ってことは事実なんですけども
だからそのなんていうのかな
いずれにしてもそれがどれだけ関係してたかわからないけども
自分たちを支えてきた技術をそこまですっきりと数年で変えちゃうってことがね
悪いけど現実的じゃないなって僕なんか思っちゃう
そうするとある意味そういう意味から考えると
トヨタみたいにある程度現実的に全てがEVに行かないだろうって言いながら
360と対応したとこでさえも
EVに今ブレーキかけてるわけですよね
ところがホンダの場合は今回ブレーキかけたわけですよ
遅すぎんじゃないっていうのもあるし
いずれにしてもアウトプットがですね
今回のここ数年のEVに関するホンダの発信っていうのが
あまりにも極端から極端にいっているっていうことを感じざるを得ない
で僕の知っているホンダの体質からすると
こういうことって普通はありえなかったんですよね
結構僕なんかべき論で走る傾向が昔から強くて
こうあるべきだってよくホンダの中でもやってたんだけど
そうすると必ずバシーンと壁にぶつかってバカバカって叩かれて
で叩かれてもこっちはじゃあ叩き返すぞって言って
この激しい議論の中でもワイガイが発生してて
その中でなるほどやっぱりここまでが現実的なのかなとかね
見極めっていうのをいろんな人との議論
しかも現場で現物見て現実っていうものを認識しながら戦っていくと
いろいろワイワイガヤガヤって結構ね
うるさい連中というふうに僕はホンダの連中っていうのは
みんなうるさい奴がたくさんいて
そのワーワーやりながら何とかかろうじて
現実の路線っていうものを守ってきたっていう人間からすると
今回のその判断っていうのは
あまりにも軽々しくしたんじゃないかなっていう想像ですよ
これイメージなんだな
本当にそうだったかどうかは知らないけど
なんかそういうイメージを持たざるを得ないってことは
僕の言葉で言うとホンダがその本来持っていたそのワイガヤ体質っていうか
ワイガヤホンダかっこよく言うとホンダフィロソフィーとか
ホンダ発想とか言うんだけど
そのワイガヤっていう体質っていうのを失ってるんじゃないかなと
これは実際によくホンダを知ってずっとホンダを追っかけてきてる
いろんなジャーナリストの方とか有識者学者の人とか話してると
やっぱりワイガヤ体質なくなったんじゃないっていうワイガヤって言葉が出てきますね
確かね日経でもこの前記事が出たと思うんだけど
ワイガヤ体質って言葉も記事の中に出てきてましたよね
だからちょっとそこあたりがですね非常に何て言うのかな
ただそういうことを考えると案外何て言うのか
僕自身もべき論者だったから昔から
今でもある程度べき論を好む体質なんだけども
でもべき論が陥る罠っていうのがあって
やっぱり人間はある程度こうあるべきだっていうべき論っていうものをね
言いながら一つの理想に向かっていくっていうのは確かにあるんですけどね
でも一方でべき論に走ったがために
全てを失ってしまったっていうようなこともたくさんあるわけで
これ日常の我々の生きている中でもありますよね
なんかべき論で突っ走っちゃって痛い目に遭ったとかね
特に僕なんかべき論好きとしてはですね
田中 愼一
ちょっと気をつけなきゃいけないかなっていうのを
今回のホンダの判断っていうか決断っていうかね
あったかなともちろんね
2兆5千億をこれ全部一気に落とすっていうね2年で
これの判断もすごいけど
もうとにかく今早く動いて徹底的にやらないと後に加工を残すっていう判断で
これはまあそれなりに評価してもいいのかもしれないですけど
でもそこに行く前のねやっぱりその判断っていうものはですね
やっぱりべき論にちょっと押されちゃったんじゃないのかなと
社会全体がねEVって向かってましたからね
EVがEVがいって
これは別に本田だけの問題じゃなくて
トヨタもある程度板手をこう持ってるし
あともっと言うならばヨーロッパ勢も
中川 浩孝
ヨーロッパ勢ですよね本当に
田中 愼一
すごいアメリカ勢もね両方ともねすごい金の損失を出してるんですよ
だからなかなかホンダ一社をとはなかなか言えないのもあるし
経営者としてもなかなかねそういう世の中の流れの中で
なかなか決断するのは難しいんだろうけども
ある意味これからますます現実の方が加速化して変わってきますよね
だから本当にホンダ流で言うと三現主義っていうのをもう少し徹底的に
僕の場合は具体的にはワイガヤをやるっていう発想しかないんだけども
やりながら現実路線って何なのかっていうのを見極めながら
人間がつい持ちがちなその何々べき論っていう理想的なところっていうものの
罠に落ちないように行かなきゃいけないんだろうなっていうのは
ちょっと反省したところであります
マキャヴェッリ『君主論』と「べき論」の罠
田中 愼一
でこれはもう一つちょうど読み始めた古典があって
それが君主論ですね
マキャヴェリのマキアベリーとマキアベリーズムとかいって
いわゆる現実主義の極端みたいな言い割り方してますけど
その本を久々にもう一回手にして読んだらやっぱりさすが古典ですね
毎回読むことに違う世界が見えてくるっていうんで
今回見えてきたのはべき論の罠ってあるんだなと
マキャヴェリはですね君主論の中でいわゆるですね
何と言ってるかっていう言葉まであるんですけれども
マキャヴェリはこう言ってるんですね
人は現実に生きているのと
人間いかに生きるべきかというのとは
はなはだかけはなれていると
だから人間いかに生きるべきかを見て
現に人が生きている現実の姿を見逃す人間は
自立するどころか破滅と思い知らされるだろう
こんなこと書いてある
ちょっとよくわかんないような訳になってんだけどこれ日本語が
でも要は人間には二つあると
いわゆる現実に生きている人間である自分と
それからもう一人べき論の世界で生きている人間があると
この違いっていうものを見過ごすと
基本的には自立するどころか
破滅をすることになるぜということを書いてるんですね
これ第15章かな
これが結構ビビッときて
このホンダの件とつながっちゃったんですよ
それでホンダの決断っていうのは
べき論先行型で行っちゃったんじゃないかというような
疑惑が出てきて
それでちょっと考えていったら
案の定他のジャーナリストたちも指摘があって
ホンダらしくないっていう指摘があって
いわゆるホンダのワイガヤ体質が失われてきたんじゃないかっていう論法ですね
日経にそういう論法で書いてありましたね
ていうか僕この人知ってるんだけど
この記者の人
その話をしてたんですよ実はね
そしたら記事になっちゃった
中川 浩孝
なるほど
田中 愼一
ところですかね
それが今週の一つの学びといったところですね
「基準」を持つことの重要性と経験からの学び
田中 愼一
だからお互いやっぱり気をつけなきゃいけないですね
さっきから僕言ってるけど本当僕ねべき論が好きなんですよ
やるべきですっていう
田中 愼一
そうでしょ
今までもこのポッドキャスティングやっても
こうあるべきじゃないかなってよく言うじゃない
それはねやっぱり気をつけたほうがいいなっていう
高木 恵子
まあそうですよね
そういうものがでもないと
だからそれがいい塩梅にあればいいんじゃないですか
やっぱ人間って何か判断するときに
田中 愼一
いいですね
高木 恵子
自分のどうしても曲げられないものとか
自分が○か×かを決めるときの基準ってやっぱりあったほうが
人間っていろんなこと決めやすいじゃないですか
だからあったほうがいいかっていう質問に対しては
私はあったほうが絶対に人間って生きやすくなると思いますよ
田中 愼一
確かにね生きやすくなるっていうのはねいいポイントですね
あと塩梅ね
高木 恵子
田中さんそこの塩梅
田中 愼一
塩梅ですよ塩梅
高木 恵子
塩梅ですよ
だからやっぱ人間はみんな生きやすくなるためには
自分なりの誰がっていうんじゃなくて
田中 愼一
いいねそれは本当に深い深い
それは仏教思想にも近い
中川 浩孝
それがなかったら毎回毎回判断できなくなっちゃいます
高木 恵子
すごくやっぱ自分が苦しむんじゃないですか
いろんな意味で
だから自分のこの基準というか
それは絶対あったほうがいいと思いますよ
田中 愼一
これはねいい話ですよ
自分の生活が楽になるっていうのを
言い得てみようだなと
高木 恵子
田中さん今日の巫女の言葉です
田中 愼一
巫女の言葉が降りてきましたね
高木 恵子
今日の巫女の言葉
田中 愼一
今日の巫女の言葉
記しておこう
今日の巫女の言葉
高木 恵子
収録がエイプリルフールなんですけれども
でもエイプリルフールではございません
田中 愼一
そうか今日はエイプリルフールですね
中川 浩孝
これは公開されるのはずいぶん後なんで
実際には
田中 愼一
いやー巫女様からの言葉をいただいて
本当に感謝感激ですね
そうか基準つまりあれですよね
思い込みがある程度ないと
生活って楽にならないわけですね
基準がないと楽にならないわけですね
そうですよね基準ね
高木 恵子
その基準は何でもいいと思うんですよ
この前もね白熱した議論になったけど
AIさんに助けを求めるのも良し
ワイガヤでも良し
何かそういう宗教でも本でも
何かこう自分がちょっとこう
基準のサポートを得られるものを
早く見つけた方がやっぱり人って
生きやすくなると思うんですよね
田中 愼一
生きやすくなるでしょうね
だからべき論を気をつけるというよりも
べき論自身
塩梅ですね要するに
高木 恵子
そう塩梅
田中 愼一
どう塩梅を
いろいろこう
いろんな塩梅を考えながら
生活が楽になるべき論をですね
こうやっていくっていう
そういう塩梅でいけばいいわけですよね
高木 恵子
そうなんです
田中 愼一
なるほどすごいねこの
巫女様からのメッセージが降りてきたっていうのは
これは毎回やりますか
今日の巫女様のことば
高木 恵子
降りてこないときもあるかもしれない
田中 愼一
今日はなかなかねいい
中川 浩孝
基本的にいつもけいこさんとか私は
あんまりこうなんですか普段
辛い思いをしたくないとか迷いたくないとか
そういう多分考え方に基づいて
いろんなことが多分決定されているので
田中 愼一
ある意味煩悩に従ってるってことですかね
高木 恵子
煩悩なのかな
中川 浩孝
煩悩とは違うんじゃないですかね
田中 愼一
煩悩とは違うんですか
中川 浩孝
煩悩だけで生きてたらだって
それこそ自分の
田中 愼一
これはまた塩梅の問題でね
煩悩だけじゃダメなんだけど
高木 恵子
でもだから苦しみを
ヒロさんも私も多分いろんな角度の
いろんな苦しみをやっぱり経験してきている中で
その苦しみをどう自分でやっぱり
克服とか解決とか
そのために考えているわけじゃないですか
田中 愼一
そうですね
高木 恵子
その中で多分いろいろ考えた上で
今に至っているような感じだと思うんですよね
田中 愼一
まあそうでしょうね
やっぱりいろんな苦しみに向き合ってきて
それに乗り越えてきているわけで
そこに知恵が生まれているわけですよね
高木 恵子
経験談経験談
田中 愼一
経験談経験談
中川 浩孝
そうですね
高木 恵子
だからやっぱり
本当経験するっていうのは必要なことですよね人生ね
いろんなことを経験するっていうのは
本当にいいことも悪いことも
やっぱり経験って
それが一番の学びだと思うんですね
田中 愼一
一番の学び
だから僕はよく言うんですけど
ここでも言ったかもしれないけど
いわゆる本を読むなと
高木 恵子
田中さんいっぱい本読んでる
田中さんいっぱい本読んでる
中川 浩孝
めちゃめちゃ本読んでますよね
田中 愼一
ごめん
本はめちゃくちゃ積んでます
高木 恵子
積んでる積んでる
田中 愼一
でも本は読んでません
高木 恵子
緩衝材ですか鑑賞財
田中 愼一
鑑賞材というかオブジェなんですよ
本に囲まれてるっていう環境がいいんです
別に本を読むっていうことが目的じゃなくて
高木 恵子
それはわかる
田中 愼一
本を飾っとくことが目的なんで
飾っとくと本との出会いみたいに
今回もね突然君主論っていうのは
君主論読みたいから君主論読んだんじゃなくて
パッと見たら目の前に
君主論のタイトルが目の前に入ってきちゃったんですよ
そういえば孫子とはどういう
相違点あんのかなって思ってた
つい手を差し伸べて開いてみたら
面白くなっちゃった
本との出会いがあるんですね
たくさん本だけ積んでおくと
だから僕は本を読むんじゃなくて
積読するんです
本の積読って読む
積んでおく
だから読みません私は
中川 浩孝
だからそれが今は最近みんな
e-bookというか
Kindleとかで本を読むような
時代になってしまうと
それがなかなか起こらないんですよね
だってわざわざKindleの中を見に行かないと
それが見えないので
実際のフィジカルに本棚があるっていうのは
そういう出会いを呼び寄せる可能性がありますよね
田中 愼一
結構本棚で囲むっていう人いるじゃないですか
僕もそうなんだけど
あれやっぱりそういう出会い
本との出会いっていうのを
言う感覚があるのかもしれないですね
中川 浩孝
そうですねきっと
田中 愼一
だからある意味とそういう
本も一つの出会いだし
やっぱり経験も出会いですからね
だから経験という出会い
あるいは経験という本をね
しっかり読み込むっていうのは
やっぱり重要なんじゃないですかね
経験がやっぱり全てを語ってくれるんですよね
なんて言うかな
ある意味
超最強の古典みたいなところがあって
経験からはいろいろなものが抽出できるんですよ
だから古典は毎回読むと新たなものが入ってくるけど
経験というのは何回味わうというか思い返しても
そこからいろいろなあれが毎回
だから僕なんか今でもやっぱり
アメリカの7年間の経験っていうのが
やっぱり新たな発想をどんどんくれるわけですよ
だから古典読んでるみたい確かに
だから経験っていうのを読むっていうのはやっぱり重要なんでしょうね
だから特に今ビジネススクールで教えてると
要するにストーリーの作り方
ストーリーを持てってことを教えるんだけども
そのストーリーを持つっていう方法論として
自分のストーリーをまず作れっていう
アサイメントを与えてやってるんですけどね
そうするとまずどうするかというと
自分のストーリーを見せてやらないと
ストーリーってどう作ればいいかわからないから
自分のストーリーを必ず紹介するんです
これ年に2回集中講座でやってるから
年に2回は自分のストーリーを語るんですね
学生たちに
ってことは毎回1年に2回は自分のストーリーを
またずっと見直すんですよ準備で
そこでもう少し手入れをしなきゃいけないところとか
もっと効果的に教える上では
ここのストーリーはこういう風にしたほうがいいなっていう
必ずリバイスかけるんですね年に2回
自分のストーリーに
そのストーリーが全部スライドになってるわけですよ
だから可視化されてるわけですね
それで僕は教えるんだけど
これやってると自分の過去との対話が
どんどんどんどん出来上がってるんですよ
あの時どういうこと起こったかなってみて
でもあの時今から考えると
こういう発想で動いてたんだなとかね
だから面白いのはこれも10年以上
僕多分教えてるんだけど学生に
これ年に2回ずつリバイスを自分のストーリーにかけていくと
どんどんどんどん過去の
その中でもやっぱりアメリカでの7年間と
創業から15年ぐらいまでかな
ぐらいの経験っていうのがね
今一番ねやっぱり振り返って見てると
いろんな発想が出てくるんで
自分でも面白くなっちゃうってやつ
だからなかなかね
自分とのやっぱり経験っていうのは
味わいのあるもんだから
やっぱり経験っていうのは
今経験しているこれから経験するだけじゃなく
過去に経験したこともやっぱり読み返すっていうかね
いうのも重要なんだなっていうのをね
最近すごく気が付くようになったんですね
中川 浩孝
なんか本とか読むこと自体でね
知識を広げたりすることとか
視点とか視野が広がることとかあるんですけど
そこからそれと実際の自分の経験がやっぱり
ガッチャンコしたときに
自分の中で腑落ちするっていうか
田中 愼一
そこですね
中川 浩孝
本だけで何かを理解するっていうのはなくて
ああこういうことあったな自分もとか
そういうのがやっぱり自分の経験と混じってないと
定着しないんですよねやっぱりね
田中 愼一
確かにそうだから結局
そうなんだ経験というもので
その一度読んだ知識本で読んだ知識とか
そういうものをですね
やっぱり練り直すんでしょうね
そうするとそこで得たものっていうのは
知恵というか自分
ウィズデムになるわけですよね
それがウィズデムが作られる
一つのプロセスなんでしょうね
なるほどね面白いですね
話してるとどんどん発想が湧いてくる
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