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中川 浩孝
コミュニケーション力を究めるゴールデン・トライアングル。 仕事でコミュニケーションを扱う3人が、これまでの経験や最新の話題を語りながら、コミュニケーションとは何かを一緒に考えていくポッドキャストです。
田中 愼一
みなさんこんにちは。コミュニケーションを極めると自分が見えてくる。世界が見えてくる。コミュニケーションの世界に携わって40年以上、コミュニケーションが命。 シン・田中こと田中愼一です。よろしくお願いします。
高木 恵子
SEからPRコミュニケーション業界に転職して約30年、高木恵子です。
中川 浩孝
外資系企業でマーケティングを経験してきたアメリカ在住ですが、現在日本にいる中川浩孝です。
高木 恵子
ヒロさんお帰りなさい。
中川 浩孝
また来てます。
田中 愼一
こんばんはごちそう食べましょう。
中川 浩孝
そんな聞いてる方には何の関係もないようなことを。
高木 恵子
ごちそうごちそう。
中川 浩孝
そうそう私たちご飯一緒に。
ゴールデンウィーク明けの後悔と恵子さんの旅
田中 愼一
やっとゴールデンウィークというか連休が基本的には昨日までっていう感じですかね。
高木 恵子
長かったですね。
田中 愼一
最長で16日ぐらい休みが取れるっていうですね。実に最長で。
皆さんゆっくりされたんだろうと思います。
だからある意味で言うと今日は初日って言うんですか。ゴールデンウィーク明けの感じで。
だいたいいつも僕は休みを取った後、休みから戻ってきていた時っていうのが一番落ち込む時なんですね。
中川 浩孝
なんですかそれ。リフレッシュしてまた仕事するぞみたいなものじゃないですか。
田中 愼一
そういう気持ちになれないっていうのが観光でありまして。
今回はそれなりに長かったものでほぼ16時ぐらいは休みにしようっていうのでやったんですが、
やっぱり結局いつもそう思うんだけど長い休みの終わった後、必ず後悔の年が訪れるんですね。
なんであれやらなかったんだろうとかね。なんで俺はこんなくだらないことばっかりやってて、こっちのほうやってないのかっていうね。
だからいつも長い休みの後っていうのは後悔の年で落ち込んで、そっからどうカムバックするかっていうのが実は今日なんですよ。
だから今ある意味で言うと非常に定調なところにおりまして、気分的に。
これが今晩はね、それぐわっと盛り返してね、再び明日以降元気に動けるようになってほしいなと思いながら、
定調ながらお話を今申し上げた。
皆さんはいかがでございましたでしょうか。日本もやっぱりだんだん、休みっていうのは取るべきだっていう流れになってきてるし、
中川 浩孝
っていうのはわかるんだけど、休みを取るっていうことによって一体何を得るのかどうか。
田中 愼一
っていうことをですね、こういろいろ考えるのが多分今日僕の一日だと思うんですけども。
考えながら自分はどうだったんだって言うんだけど、よく考えてみると、
休みっていうのはね、日頃はいつも自分の行動に意味付けを行って、こうやってこうやって今自分はこうやってるんだ、だからこういうことなんだ、
これをやることによって自分の今の仕事が進むんだとか、たいず意味付けしてるじゃないですか。
仕事してるときっていうのは。で考えてみればね、休みっていうのは逆にその意味付けから解放されるというね、
そういうふうなのかなっていうのが今ちらっと皆さんと事前に打ち合わせしてるときに気がついた話で、
だからまあもともと意味ないことをやるのがね、実はいいんだろうなと。
ところで今はそこで収まってます。これからあと1日終わるまで、晩飯までどのぐらい気分が転換し、
こういうのが後のお楽しみでございますが、そんなとこから今日はちょっと始める感じですかね。
皆さんいかがでした?皆さんの休みは。
中川 浩孝
どうなんですか。私は逆にちょっとゴールデンウィークスケジュールでは働いてないので。
高木 恵子
そうですよね。アメリカだとね。私は後半お休みちょっと取ってましたね。
田中 愼一
意味のないことをしてた。
高木 恵子
本当に意味のない。私がいつも旅行に行く友達がいるんですけども、
それこそIBM時代の同期なんですけどね。新入社員からずっと友達の。
彼女は行きたいところリストっていうのをちゃんとこうあって、
毎回毎回行けてないところがあって、そこに今回は行ってきました。
田中 愼一
いいですね。
高木 恵子
スペインのサンセバスチャン。
でもただ食べるための旅行っていう。
田中 愼一
いいですね。でもやっぱりそこに食べるっていう意味付けがされてるわけですね。
高木 恵子
そう。美味しいものを食べる。基本的に旅行行ったら美味しいものを食べると思うんですけど、
別に本当に何か見るとかいうこともなく。
田中 愼一
あんまり意識付けないってことですよね。
高木 恵子
そうです。ただ一番目的はそのサンセバスチャンで美味しいものをいっぱい食べるみたいな。
スペインで美味しいものをいっぱい食べるだけ。
田中 愼一
逆にシンプルな方がいいわけですね。ゴールは。
高木 恵子
そうなんです。
田中 愼一
あんまり複雑回帰にこれもやろう、あれもやろうとか、日頃できなかったからこれしようとか、そういうものはあんまり考えずに。
高木 恵子
そうなんです。ただひたすら美味しいものを食べる。
田中 愼一
なるほどね。
高木 恵子
私は本当に美味しいものをいっぱい食べたんですけど、私の友達はお腹を壊しました。
田中 愼一
あら、そうなんですね。
高木 恵子
食べ過ぎなんでしょうね。
田中 愼一
食べ過ぎでですか。
ちょっと待って、お腹壊すって結構なもんですよ、これ。
高木 恵子
いやでも別にそんな、私大丈夫だったからって私がヘッチャラっていうわけじゃないと思うんですけど、もともと多分あんまり胃腸の強い子じゃないんですよ。
でもお酒は強いんだけど、なんか別に、今回の旅行は本当に食べる旅行だったんですけど、
高木 恵子
普段普通に旅行してても、必ずお腹壊ると3回に1回ぐらい。
田中 愼一
結構胃腸が弱いんですね。
高木 恵子
多分そう思うんですよ。で、私のペースで一緒に食べてると絶対お腹壊すとかっていう。
田中 愼一
これあれじゃないかな。けいこさんのペースには落ちちゃいけないんだろうと思うんですけどね。
高木 恵子
いやでも、私そこまで退食家じゃない。まあ食べる方だとは思うんだけど、そこまでの退食家じゃないと思う。
でも旅行するとだいたい歩いたりもするじゃないですか、結構ね。
消費してるから余計食べれちゃうんですよ。
で、私もともと3食朝昼晩ちゃんと食べる人なんで、で、彼女は多分1日2食なのかなっていうのもあって、
で、多分3食食べたり、旅行でいろいろ食べてると、もしかしたらなんか食べ過ぎっていうのかもしれないけど。
田中 愼一
3食を2食ってパターンが違いますよね、全然。
高木 恵子
かもしれないですけどね。
田中 愼一
そうなると今2食になってるんで、だからそれをね、あえて3食食べると一緒にやるんだけど、調子狂っちゃうんですよ。
高木 恵子
ね、そうかもしれないですよね。
いやーでも美味しかったです。
田中 愼一
いいですね、そうやって海外でね、こんな円安の中、海外に行けるリスクがいいじゃないですか。
高木 恵子
いやもうだからね、換算するのをやめました。
換算しちゃうと、なんかもう何にもできなくなるから。
そう、だから普通に、あ、10ユーロね、15ユーロね、うーんっていう感じで、もうそのユーロの頭で考えるようにして。
中川 浩孝
それがいいと思います。
高木 恵子
もうだって、だってもうほぼ200円でしたからね。
田中 愼一
そうですね。
高木 恵子
1ユーロ200円で、だからもう10ユーロでも2000円とかなんですよ。
中川 浩孝
そうですね。
高木 恵子
そんなの毎回考えてたら、もう何にも食べれなくなっちゃうからやめました。
田中 愼一
でも最近僕は逆パターン、日本で買って食べて何とかやってるけど、それを逆にドル換算しちゃって。
高木 恵子
安いな、安いな、みたいな。
田中 愼一
安いな、安いな、みたいにしちゃって。
それもね、困った話で。
高木 恵子
そうですよ、そうです。
田中 愼一
使いすぎちゃうんですよ。
高木 恵子
そう、そう。
私はだから今回、例えばこれが15ユーロって言うと、ああそうだよね、今もう日本だともう1500円出さなきゃランチ行けないもんなーとか、なんかそういう比較をしてたら別に、そう、何とか財布の紐は緩みっぱなしでした。
田中 愼一
まあ資質もね、一つのリラクセーションというかね、まあいいんじゃないですかね、食事ね、食べるね、なるほど、シンプルにね、考えると。
高木 恵子
だからほんとあんまり、あんまりっていうかほとんどこれは日本で食べれないよねって思うようなスペイン料理、もちろんね、スペイン料理って大きな意味で言えばいろいろね、パイエリアだ、イベリコハムだとかね、いろいろありますけど。
田中 愼一
日本人にとってはいいと思います、すごく。
海産物も非常にね、豊かだし、非常に僕は相性はいいと思いますね、日本人と。
まあイタリアもそうですけどね。
高木 恵子
ほんと、日本でなかなか食べれないだろうなーと思うようなものをちょこちょこちょこちょこ食べてました。
中川 浩孝
いいですね。
高木 恵子
はい、ビールもワインも多分日本に入ってきてないようなビールとか、スペイン産のビールとか、スペイン産のワインとか、そういうのを、やっぱり日本に入ってこない現地で作って消費されてるやつはやっぱりおいしいですよね。
まあ日本の、日本食もそうじゃないですかね。
寿司でも何でも、天ぷらでもやっぱり、同じように海外で作っても違いますからね。
だからやっぱりおいしかった。
おいしかったです。
田中 愼一
なるほどね。
中川 浩孝
羨ましいです。
日本人の比較文化と個性の抑圧
田中 愼一
ヒロさんどうなんですか。
まあそのゴールデンウィークというフレームワークはないんですよ。
中川 浩孝
そうですね。ゴールデンウィークがすごい、昔よりもみんな休み足してもっと長く休んだりするというのは素晴らしいことだと思うんですが、やっぱり自分が休みをここに取るっていう意思を持って管理することって僕結構大切だと思っていて、今のゴールデンウィークってやっぱり与えられた休みっていうか、ここが休みだからなんかしようってそういう発想になってるじゃないですか。
私はそうじゃなくて、やっぱり休みをここに作りたいから仕事をこういう風に進めたいとか、その仕事を全部管理するためには、休みを取るには仕事を管理するっていう発想になっているので、そうするとここまでにこのプロジェクトはどうにかしたいなとか、そういう主導権を握っていくっていうのは私はすごい大切だと思うので、やっぱりまだ日本人の人たちの休み方は消極的というか、ここが休みだからなんかしようっていう発想にちょっとなってるかなと思うので、
それは私はすごくもったいないなと思うし、私は自分の休暇に対してアクティブにやっぱりアクションを起こしていきたいので、そういう意味では、やっぱりどこ行っても混んでるとかそういうのは絶対出ちゃうわけじゃないですか、ゴールデンウィークだと。
そうじゃなくて、やっぱり自分の行くところはこの季節が一番ベストシーズンだからやっぱりこの休みに取った方がいいなっていう。
田中 愼一
つまりゴールデンウィークみたいにみんなが行くときを避けられるだけの余裕っていうか、発想というか、前もって計画的にこうやっておくっていう、そういう発想がこれからも求められるんでしょうね。
中川 浩孝
そう、そうなんじゃないかなと思います。
あともう一つすごく今の円ドル換算みたいな話とか、ユーロ円換算みたいな話を聞いていて、私はすごく面白いなと今回のちょうど日本に来るときに思ったんですけど、
日本人の人ってやっぱりそういう何て言うんだろう、比較とかをすごいするんですよね、すぐ。
今、私がもちろんアメリカから来ているからそういう話題を振ってくれてるとこもあると思うんですけど、やっぱり日本安いでしょとか、アメリカって物価高いんだよねっていう。
で、もちろんその話題はその通りだし、一つの話題として面白いトピックなんですけど、すぐそういうのを換算してしまうっていうのは私はあんまり良くないかなと思って、私自身がそういうのをしないようにしてるんですよ。
まさにけいこさんが言ったみたいに、ヨーロッパに行ったらユーロ感覚で考えるし、アメリカだったらドル感覚で考える。
で、なんでその話を今日本に来るときに思ったかっていうと、ちょうど登場のときに後ろの人が日本人の人が歩いてたんですけど、
中川 浩孝
今日本って何時かなとか言って、すぐ話したんですよ。私、飛行機に乗るときに自分が今から行くところが何時ってあんまり実は考えないようにしていて、
で、それを考えちゃうと、ここで寝なくちゃいけないとか、あと何時間寝られるとか、そういうのを考えると余計に時算がおかしくなっちゃうんですよ、私の場合は。
なので、私は着いたときに眠いかどうかは別として、着いたら夕方だから、じゃあこの後家に帰って少し休んでから寝ようとか、
そういう現地にすぐ合わせるために、今何時だからなんとかって最初から前もって考えるとすごい無駄だなと思っていて、それに引っ張られちゃうので。
なので、それも含めて先のことっていうか、今何時だからとか、今これはいくらだからとか、今いるところじゃないところのことを考えるっていうのはすごく無駄っていうかもったいないなっていうか、余計な力を使ってるなっていう感じでしたので、
それは日本人的な真面目さというか、すごく計算しちゃったりとかするのが、もしかしたらそれしないほうが余計な心配しなくていいですよっていう、ちょっとそういうことを私は思ったりしてましたね。
高木 恵子
たしかに。
田中 愼一
たぶんね、たしかにそうで、なんでそうなのかなっていうのがあるのは、やっぱり日本人は日本中心にものを考えてるっていう。
だから結局どこに行ったとしても日本と比較して捉えていくっていうのは、たぶん習性としては他の国よりも強いっていうのは確かに感じますね。
やっぱりすべて日本を基軸にこうやっていく。だから、たぶんその日本基軸で動くっていう習性がですね、これからたぶん変わっていかなきゃいけないんでしょうね。
中川 浩孝
そうなんだと思うんですよね。
田中 愼一
で、たぶんこの習性がより強化されちゃったのは何なんだろう。面白い歴史的に言うとあれでしょうね、いわゆる黒船が来襲して一気に日本が海外になったときに、すべて海外との比較の中で作ってったでしょ。
アメリカとかヨーロッパとかのいろんな法制度とか、要するにすべて海外を基軸にして日本を比較するっていう、そういう習性が今でも続いてますよね。
面白いのは、例えば官庁関係なんか、行政官庁なんかと話をしてると、彼らが知りたいのは、特に我々みたいな、僕なんかの言ったグローバルネットワークから来た人に求めるものっていうのは、海外では何やってるんですかねとかね。
日本ではこういうふうにやってるんですけど、アメリカではどうなんですかねとかね。ヨーロッパではこうで、今最新のやり方ってどういうふうにやるんですかっていう。絶えずそこからスタートするっていう会話が非常にあって、
霞が関っていうのは、そういう意味で言うといつも思うんだけども、やっぱり会いに行って話をするときっていうのは、絶えずグローバルネットワークっていうものを背負っていくんですよ、僕の場合。国内の話は向こうのが上なんですよ。
それだけ情報を集めてしっかり知ってるから。でもそうじゃなくグローバルネットワークっていう強みを持って、そこの視点から話すと彼らは聞く耳を持つんですね。
だからそういう意味で言うと、霞が関なんかもそういう習性が強いですね、すべてに。特に役所だから、日本というものを背負って立ってるところだから、なおさら比較するっていうのに敏感に反応するっていう習性。
田中 愼一
普段からそういうことをしてるんですか。
だからある意味、国だから、国家だからそれはしょうがないって言うかもしれないけど、日本全体がそういう習性を持ってるっていうのは間違いないでしょうね。
中川 浩孝
確かにそうかもしれないですね。
田中 愼一
習性ね、なるほどね。
中川 浩孝
ただ、国だけじゃなくて人とも比較するからっていう感じはありますよね。
それはどこの国でも、もちろん多かれ少なかれあると思うんですけれども、横並びというか、他の人がどうしてるのかをすごい気にするとか、自分もなるべく他の人と同じようにしたいとか、
そこはアメリカにもそういう人いっぱいもちろんいるんですけど、そうじゃない人も逆にいるから、逆に他の人がやってないようにしたいとか、やってることをしたくないとか、そういう人もいたりとか、
そこのバランスは日本はやっぱりより同じことがしたいっていう人がまだやっぱり多いのかなっていう感じは、私と周りのそういう人々の行動を見てる感じではしますけどね。
田中 愼一
先週あたりかな、結構懐かしい人たちが欧米から日本にやってきて、昔から例えば学生時代から付き合ってた、僕なんか学生時代は交換留学をマネージしてる組織にいたんで、
その中でそういう交換留学生、僕自身も交換留学で行ったことあるし、そういう中でもう30年ぶりとかぐらいの連中と色々話をして、欧米人だけじゃないな、アジアの人たちもずいぶんいるな、
色々な人と会って、どうやって感じたことっていうのは、やっぱり彼らね、なんだろうな、例えば日本人の場合結構日本人っていうのは先に出てくるんですよ。
ところがガイランの場合はですね、個人から入ってくるんですよ。
中川 浩孝
ああ、はいはいはい。そうですね、確かに。
田中 愼一
個性っていうものかな、それがまず全面的に出てきて、その後に国籍が追いついていく。
日本人逆で、国籍が先に走ってて、その中から自分の個性っていうのが出てくるっていう、それを結構強く感じたんですよ。
そうですね、確かに。
そういう意味で言うと、今の修正っていうのとも関係するのかもしれないけども、やっぱり日本人の場合、個性がないとは言わないんですね。
個性はみんなあるんですよ。ただ、それを表現するっていうのがね、慣れてないっていうのか、表現する必要がないと思ってるのか。
高木 恵子
でも、それって抑えつけられてたところもありますよね、日本の社会とか教育で。
田中 愼一
うん、それあるでしょ。
高木 恵子
私、そうでしたもん。こう、ダメよ、ダメよってやっぱり、人と同じになってないといけないっていう感じで、ちょっと違うところがあったりすると、すごく頭から抑えつけられてた。
っていう記憶がずっと子供の頃からありますよね、やっぱり。これが日本の教育っていうか社会、ちょっと世代がね、今はもう違うかもしれないけど、昔は本当に、みんなと同じにしてないと思う。抑えつけられてた。
田中 愼一
間違いなくありますね、間違いなく。異質なものを嫌うっていうかね。
高木 恵子
そうそうそうそう。
田中 愼一
自分たちとちょっと違うとね、なんだこいつっていうのは、僕もそうですね、僕のほうがもっと昔だけども、いわゆる帰国史上の第一号ぐらいだと思ってるんだけども。
そのときに、向こうに行ってね、向こうっていうのは南ロデシアって国だったんだけど、いわゆる今ジンバブになってる。白豪主義ってその当時。
いわゆる白とそうじゃない人って分けるっていうことで、日本人が初めて入ってて、名誉白人っていうことで、みんな白人の子供たちの中に一人黄色い汚職人種がいたんですけど、まあニグレクトされましたね。
で、えーここでいじめかよっていう感じで、さらにそこに6年ぐらいいて慣れたんだけども、今度日本に帰ったら、今度また同じように日本が。
まだもっとひどかった、日本の方が。比較してみると。やっぱり白豪主義とはいえ、それなりに受け入れてくれるっていう土壌はあったんだけど、日本に帰ってきたらもう受け入れるっていう土壌さえもないっていうね。
それはね、結構きつい思い出としてありますね。だからある意味でいうと、アパルトヘイトよりもひどいかもしれない。日本の差別っていうのは。変わってるとね。
みんなと同調していればいいんですよ。同調していれば仲間として取り扱ってくれるんだけど、同調してないとか少しでも変わったところがあるとね、一挙に今度狂気反応が出てくるっていうのは昔、僕が過ごした時の時代でしたね。
そこからもうだいぶ変わってきて、狂気腫瘍もどんどんどんどん一般的になってきてる中で、もうそういうことっていうのはあまり今ないとは思うんだけど、なんか習性として少し残骸が残ってるっていうのはまだあるんでしょうね。
現代社会における個性の重要性と教育
中川 浩孝
そういう意味で言うと、最近のアメリカはまたちょっと逆の方向に向かっている感じはするというか、そのね、白人黒人の話ではないですけれども、主義主張の部分でやっぱりね、共和党の人と民主党の人の間で、もう相入れないというか、あいつらは全然別物だみたいな。
なんかちょっとそういうやっぱりすごくセパレーションが起こっているかなっていう感じはあるんで、日本はそこはやっぱりまだなんかこう、昔はもしかしたらそういうね、妻弾きにするみたいな仲間外れみたいなことがあった気がしますけど、なんかそこまでは行っていないかなというか、なんか私はちょっとなんか今回日本に帰ってきて、こうなんていうんですか、気持ち的には逆にちょっとこう、なんて言うんでしょうかね、心配がないというか落ち着くというか。
だからちょっとそういう感覚は今回あったので、なんかそういう変なこと言われたりいきなりしないだろうとか、なんかそういう感覚はちょっとあったので、今回はちょっとそういう意味ではなんか今までとはなんか気持ちがなんかちょっと最近は違っているかもしれない。
田中 愼一
なるほどね。
中川 浩孝
あるかもしれないですね。
田中 愼一
これはやっぱり周りの反応が違ってきてるってことですか。
中川 浩孝
ちょっとやっぱり違う、今まで見なかったものが見えてきているというかなんか表現、表面に出てきている。今までは隠れていたというか、なんかそのやっぱりこう全体としての雰囲気っていうのが混ざるわけじゃない。
差別は良くないとか、日本だったら仲間外れでいけないいじめダメとか、その雰囲気がやっぱり今はそっちの方が日本は強くなっていて、アメリカももちろんそれが強かったんですけど、差別なんかしちゃダメだっていう。
でもなんか一部の人にとっては別に差別してもいいんじゃねっていう雰囲気がちょっとなんか漂い始めちゃっている。
それがちょっとやっぱりあんまり良くない方向に行くような気がして。
それでもちろん全体がそうなるかっていうとそうはならないんですけれども、でもそういう人って日本だったら多分隠れていると思うんですよね。
その表面上は別にいじめはしていなくて、むしろ陰湿な方に行くじゃないですか。
そういう感じがなんか表だって見えちゃってたりとかたまにするので、そこはすごいなんか嫌な感じだなと思っていて。
だから日本の陰湿なのも嫌なんですけど、それが強湿化していて見えるのもちょっとどっちも、まあもちろんどっちも嫌なんですけど。
そういう意味では最近はそういうのが見えるか決めるか。
田中 愼一
どっちも事実だと思うんですね。
で、多分良い悪いっていうのは、これは良いものだって決めつけることもできないし、悪いものだって決めつけることもできないし、まあいわゆるバランスですよね。
今、日本の陰湿なっていう話がちょっと出たんですけど、なんかね最近やっぱり一番感じることはですね、いじめが増えてるわけですよね。
陰湿な。
で、基本的にこれ非常に増えていて、そこをどうやって救うかっていういろんな施設が出来上がってるのもあるんだけど、
いじめが増えてるっていうのは、実はある大きな背景としてね、これは僕の勝手な想像っていうか発想なんだけども、
いわゆる日本人も元々は非常にそういう違いを出すっていう、自分の個性を表現するっていうことは、なるべくしない修正というか、まあそういうもんだったんだけども、
でも実際はですね、今の世の中どんどん多様化が進んでる中で、ある意味日本人の発想の仕方の中にね、やっぱり個性を表現していくっていう人たちがだんだん増えてきて、
で、それが増えてくるってどういうこと?つまりだんだん覚醒してくるわけですよ、日本人のほうも。やっぱり自分の個性をもっと表現しなきゃっていうね。
でもそれを表現すると何が起こるかというといじめがどんどん増えていくわけですよ。いわゆる反動、今までの修正をすぐ変えろなんてことはできないから、当然。
だからいまいじめが増えてるっていうのは逆に言うと、日本人がいわゆる自分の個性っていうものを自覚し始めてきたっていう、その大きな流れの中からこういう実証が起こってきてるっていう、
これ自身が問題なんですよ、すごく。大きな問題だけども、実はその背景には日本人の個性に対する自覚っていうのが出てきてるんじゃないかっていうのはよく感じますね。
中川 浩孝
確かに、それは言えるかもしれませんね。
田中 愼一
だからこれからある意味で言うと、非常にその個性をどう日本人として自覚していくのかっていう、これからどんどんどんどん自覚、覚醒する人たちが増えてくるんで、年代的にね。
そういう人たちに対してやっぱり叱るべき、今の教育体制ってのは逆だから。
さっきけいこさんが言ったように、抑えつけるっていうのはまだまだ僕はあると思うんですよ。あるいはもっと言うのは、画一的な教育。
これわからないけど、AIなんかがもっと入ってくると、そこあたりの画一性っていうのは、どうよく働くのか悪く働くのかわからないし、
つまり教育そのもののあり方がやっぱり日本はこれから大事になってきて、その個性に自覚し始めた人が増えてくるわけだから、
ここはいろいろな意味でチャンスにもなるのかもしれないけど、ピンチにもなるんでしょうね。
中川 浩孝
確かにそうかもしれませんね。
田中 愼一
だから今トップエグゼクティブのトレーニングなんかやっていく中で、個性っていうのはすごく今重要になってきてて、
ある程度優れたトップマネジメントの方々っていうのは、個性っていうものをだんだん自覚し始めてるっていう。
実際ですね、ある程度定期的にトレーニングを行ってるっていう場合がたくさんあるんですけど、
考えるとこの30年って言ってもいいかな、ずっとこのトップマネジメントのトレーニングをやっていくと、やっぱり世代間で違うんですよ。
なんで最近僕が個性っていうものに興味を示したかっていうと、ここ10年、5年ぐらいかな、5年ぐらいからどんどんトップマネジメントになる人たちっていうの。
人たちがより個性重視っていう、つまりさっき言った自分の個性に覚醒し始めてるっていう手応えがあるわけですよ。
多分同じことが今あらゆる世代で起こってるんじゃないかなと。特に若い世代。
だからある意味そういうと当然ながらトレーニングの仕方も変わってくるわけですよね。
トレーニングの中に個性をまず知る、自分の個性を知るっていうのがまずリーダーシップコミュニケーションの起点だよっていう教え方にだんだん今変わってきてるんですよね。
まずは個性を知りなさいと。だからもっと言うならばコミュニケーションっていうのは別に確率的なコミュニケーションの法則があるんじゃなくて、あるいは方法論があるんじゃなくて、
自分の個性をだんだん覚醒していくとそこから生まれてくる自分流儀のコミュニケーションという力学が生まれてくるんですよと。
いう方にですね、この少なくとも30年近くやってるとそっちにどんどんどんどん今シフトしてるんですね。
だからやっぱりこれは何もトップマネジメントの人たちだからじゃなくて、全ての今の次世代の人たちも多分同じような感覚を持ってきてるっていうか。
だから多分そういう個性を昔は大事にするっていう表現があったんだけど、個性を大事にするなんて消極的に考えずに、もう個性を鍛えるっていう方にね。
もうみんな個性を鍛えましょうよっていう、そうなるとやっぱり個性を表現するっていうことをもっと積極的に能動的にやっていくっていうのが多分これからすごくどの世代にとっても重要だと思うんですね。
高木 恵子
今の小学校受験とか中学校受験って、面接があるわけですよね。テストなんてほとんどタカが知れてるわけだから。
そこでその面接の時に必ずその子供の、だから何て言うんですか。要は勉強以外のだから趣味とか学校でどんな課外活動をしてますかとか、なんかやっぱりそういうところのポイントがすごく高いらしいんですよ。
だから子供、だから親の方が子供に、その塾のほかに何か習い事をさせるのって、なんかそういう意味もあるみたいで、そのお受験のため、あとね、共働きだから、ちょっと学童保育に預ける代わりで塾に通わせるとか、習い事に通わせるっていうパターンも多いみたいなんだけど、
一つはそういうお受験対策で、別のアクティビティを子供がやって楽しんでるとか何か身につけてるっていう、やっぱ環境を、やっぱりあえてまず、こう、能動的に親がチャンスを与えてるって感じ。
それでね、子供が好きになったら、それがその子供の個性なのか趣味なのかに発展していくっていうのになるのかもしれないんだけど、結局それを面接の時に、自分はこういう興味がありますとか、こういうの面白いと思います、こういうの今頑張って何とかの賞を取りましたみたいに、なんかやっぱりそれを言えることでポイントアップみたいな、なんかシステムチックになってるけど、
でも一つは、ちょっと反強制的にさせることで何か気が付きが、気づきがあるかもしれないっていうのは、もしかしたら子供の頃からまあいい教育かどうかっていうのはまた違う議論かもしれないけど、一つはなんかこうちょっと反強制的に、なんか見つけさせるっていうこともいいのかななんて、ちょっとお受験の話聞いてて私思ったことあるんですけどね。
田中 愼一
でもそれ正解賞はね、あらゆる選択肢をまず見せてやって、選ばせて、で、その中からみんな得て不手があるんですよ。同じ個性なんて絶対ない。
高木 恵子
そうそう。
田中 愼一
同じ個性は絶対ない。で、しかも一つの個性も強みと弱み両方持ってるわけです。
だからそういう個性がどうなのかっていう子供の個性っていうのをどう早く見つけて、そこに対していろんな選択肢を与えてあげるっていうのは教育の中では一番重要だし、それできるのはもちろん先生の力もあるんだけど、親なんですよね。
高木 恵子
そう、そうですよね。
田中 愼一
親がね、それをしっかりやらないと、そこに補完的に教師の役割が入ってくるにしても、一番大事な時期っていうのは本当に、たぶんね、小学校ね、4年、5年ぐらいまで。小学生の時じゃないともう無理だと思います。
小学校、高学でなるとかなり自我がもうなんか芽生えてくるからね。
なるべく小学校のまだね、若いうちに6歳前後ぐらいからやっぱりそういう目をね、親はかけてやんないと、せっかくの個性っていうのが生きてこないんですよ。もったいない。すごくもったいない。
だからこっちは今、エグゼクティブトレーニングで、彼ら子供たちの30年後じゃない、40年後のね、連中はもうちょっと遅いんじゃないかって思うかもしれないけど、そこの世代でもまだ覚醒できるんですよ。
田中 愼一
だからマジで6歳ぐらいの子はものすごい覚醒がする可能性はもっともってないですよ。
間違いないでしょうね。
田中 愼一
だからそこ大切にしなきゃいけないんだよね。だからね、重要だと思いますよ。だって、もともと今ね、面談、会社面談だって、やっぱり自分の個性をちゃんと表現できてないと、選ばないですよ。
確かにそうですよね。
田中 愼一
僕なんかよくうちの連中からね、いやもう田中さんはね、面談やったって意味がないと。聞いてるともう自分のことしか語って、それで喜んで出てきて、あいつはいいとかあいつはなんとかだって言ってるけど、あれはもう面談じゃないじゃないかって言うんだけど、
決して別に自分、自己主張する場に使ってるわけじゃなくて、こっちはですね、こっちがポンポンポンポン投げていくのに、彼らがどう反応するかっていうのが面白いんですよ。
いわゆる対話の中で相手をもっと知っていくようなね、そのためにはこっちもボンボン表現していかないと、相手も表現してくれないから、そうするとその中で相手のこういう性格なんだ、こういうところが特徴なんだっていうのは見えていくんですよね。
高木 恵子
そうですよね。
田中 愼一
だからだいたい合格っていうか、うちに入ってきてくれた人たちっていうのは、面談が2時間から3時間くらい。
高木 恵子
それは田中さんと話が合うか合わないかってこと?
田中 愼一
そうそうそう、そうなんだけど、僕と話が合わない、合う合わないっていう、ちょっとそこも主観が入っちゃうかもしれない。
高木 恵子
でも盛り上がるからね、1時間も2時間も時間かかるもん。
田中 愼一
盛り上がるっていうのが重要なんですよ。
そうすると相手のリジリエンスっていうか、あのなんていうかな、の程度っていうのが見えてくる。
で、うちのコミュニケーション商売ってリジリエンス一方しかもうないんだよね。
高木 恵子
まあそうですよね。
田中 愼一
回復することしかないわけですよ。
高木 恵子
そうですよ、そうですよ。
田中 愼一
どん底に落とされてもすぐ回復するね。
それで生きていきたいな思うんですよね、けいこさん。
高木 恵子
そうですね、もうほんとそうです。
田中 愼一
この業界は目に見えないものを扱ってるだけにね、リジリエンスの力が半端じゃないよね。
半端じゃないとこの世界は生きていけないんでね。
だから少し僕も、どうですか、このポッドキャスティング始めた時よりは少し元気になったと思います。
高木 恵子
声に張りが出てきました。
田中 愼一
ありがとうございます、確かに。
このリジリエンスのパワーですよ、やっぱり。
ありがとうございます。