高木 恵子
なんだろう、意図してないようなところ、定義されてる外のところで、なんかすごいはちゃめちゃなことが起きると、楽しいことならいいんですけど、あんま楽しくないと、そこにたぶんカチンとくるのかな、カチンとっていうか、え?っていう。
田中 愼一
今ね、けいこさん言ったように、若手とか子供とかがね、知らないから、知らない、知識がないから、それでこう話すっていうのは、これはまあ、まあ知識がないからしょうがないよねって言うんで、別にカチンとはこないんですよね。
ところが、その逆ってどういうことか言うと、ある程度年齢がいっててですね、知識もある。ただ、知識を持ってるだけ、あるいはその知識を表面的に捉えてるだけっていう人がたまにいるんですよね。そういう人に出会うとね、僕もね、ちょっとカチンとくるところがありますね。
だから、それはさっき言った意図していないっていうところが、語ってるのが知識は持ってるんだけど、表面的だっていう僕の言葉で言い換えると。知識は持ってるのにそれを表面的にしか使ってないことに対する、なんていうのかな、カチンとくるんですね。
やっぱり人間って知識だけ積み上げていけばそれでいいかっていうと、そうじゃなくて、知識っていうのはあくまで知識を得てから大事なんで、その知識をいかに現実の社会、自分の経験の中で生かしていくかっていうことをやる中で失敗したり成功したりっていうのを徐々に体得しながら、
その得た知識っていうものをある意味醸成させて、いわゆる知恵のレベル、英語で言うウィズデムですね、ノレッジじゃなくてウィズデムのレベルにそのノレッジを醸成させていくっていうことっていうのが、基本的には人間、結構普通にやってることなんですよ。
ところがたまに、知識は知ってるんだけど全てが表面的で、つまり知識というものを醸成してない人がいるんですね。
だから、いわゆる知識の知恵化がなされてない。知恵として、知識を学んだからその知恵、知識と実体験っていうか経験っていうものを組み合わせながら、それをどんどん知恵化して知恵を積み重ねていくっていうのは、僕は人間の一つの普通のありようだとは思うんですよね。
だから、そういう知恵のある入っている発信っていうのはですね、やっぱり人は耳を聞かすしリスペクトも生まれてくるんだけど、逆に表面的な知識しか作り上げていないような発信に対しては人間心を動かさないし、逆に言うと僕みたいにカチンとくる人もいると。
だから結構ね、そこって結構本質的になんかあるなっていうのをちょっとさっきのね、けいこさん、ひろさんとの議論の中でなんかあったんで、皆さんどう思います?そこは。
中川 浩孝
知識っていうのはある意味ファクトじゃないですか。基本的には。でも知恵って正しい、善悪の判断って人によってやっぱりちょっと基準が違うし、何が良いとか何が悪いっていうのは人によって違うので、その知恵に醸成するとか消化するとか多分そういう言葉があってると思うんですけど、その時に自分の思っている知識を組み立て方が違うというか、違う知恵に、その人にとっての違う知恵になっちゃうというか。
知恵って言った時に、全員が持っている知恵っていうのももちろんあるんですけど、やっぱり人によって感じ方とか感覚が違う部分もあるから、知恵って正解はないじゃないですか、ある意味。正解があるものも多分あると思うんですけど、正解がないものもあって、そこが難しいところですよね。
田中 愼一
多分正解のないものもあるけれども、少なくとも個人は知恵を積み上げてるってことは言えることで、個人がね。少なくともそれが自分と例えばある個人の知恵っていうものが、自分が持っている知恵からするとあんまり肯定できないけれども、でも何か知恵持ってるなと。
この人なりの知恵なんだな、これはっていう。そういうふうに受け取られるんですけど、その知恵さえもない?で、下手に知識がある?知らないんだったらいいんですよ、知識がないから。それはもう当然のことで、知識なきゃ知らないんだなと。
でも知識があって知っているのに知恵がないっていうのは、多分僕にとっては価値とくる多分一番大きな要因なのかなって、今この議論をここ10分ぐらいしながら自分なりにそういうふうに今理解してるんですけど。
中川 浩孝
いや、ただ私が言いたかったのは、それがでもその人にとっては正しいと思っている知恵なのかもしれないじゃないですか。だからそれが違っちゃった時って、もう平行線をたどるんじゃないかと思うんですよね。
田中 愼一
でもね、僕ね、知恵であれば、自分とは真っ向反対を持っていたとしても、僕はカチンとこないと思うんです。
中川 浩孝
ああ、そうですか。それが信念ならいいんだ。そういう信念を持ってるってことがわかるんだったらいいってことね。
田中 愼一
自分の知恵であって自分で思っていれば、それがどんなに自分の意見よりも違っても価値観とは相反しても、それはそれなりにカチンとはこないんですよ。
一番カチンとくるのは、本当に知恵がないというか、何のためにあなたは生きてるのっていうか。
要は知識だけを持っていて、そこに対して努力もせず、情勢させず、なんかそれを表現的に使ってる。見えちゃう。
さっきの意図がないっていう。意図がまだあった方がマシなんですよ。
田中 愼一
それすごく重要で、これ本質的なもので、僕はコミュニケーションっていうことずっとやってきてるんですけども、
コミュニケーションでやっぱり重要なのは立ち位置なんですね。
立ち位置っていうのは周りからどう見られるかっていうことで、周りからどう見られるかによって人間その人の人間の人生、キャリア変わっちゃうんですよ。
絶えず僕がよく言ってるのは立ち位置を作るっていうのはどういうことかって、どう見られるべきなのかというふうに考えたときに、
人間はまず周りに役に立つっていうふうに見られることが基本で、役に立たない人間だと思われたら、その人の人生あるいはキャリアもめちゃくちゃになってきちゃう。
だから絶えず人間が第一にしなきゃいけないこと、つまり自分以外の人間に出会ったときにしなきゃいけないことは、
自分は役に立つ、あなたにとって役に立つ人間なんですよっていうことを考えるのが一丁目一番地。これが対話あるいはコミュニケーションの基本中の基本原理ですね。
それは僕自身が昔、6歳から10歳ぐらいまで南ローデシアというところで育って、今はジンバブエですね。その当時は白豪主義、白人国家だったんですね。
そこで人種差別ということで、いわゆる黄色い日本人ということで、ずいぶんそういう厳しめにあったんですけども、その中で何とかそこを乗り切ったのは、
俺が周りの子どもたちに役に立つぜっていうことを示すことによってそこを乗り切れたんですね。人間は役に立つ人間に対してはリスペクトするんですよ。
ちゃんとリスペクトするんですね。だからそこあたりの原体験から、基本的にはどうやったら役に立てるのか、役に立つというふうに分かってくれたら人種のいわゆる違い、肌の色の違いっていうのは乗り越えられるっていう原体験があったんで、
多分それが一番一つの大きな原体験として残っていて、だから実際コミュニケーションというものを始めた段階では、とにかく役に立つっていうのが、自分をブランディングする上でも、自分のレプテーションを上げていく上でも、自分が生き残る上でも絶対的に必要なもんだということで、
僕は6歳の時にそういう経験で周りに役に立つっていうことで凌ぎ、さらには偶然、今度は僕はホンダにいたんですけど、ホンダに入社して、80年代日米通商摩擦の時にアメリカに行かされて、ワシントンとデトロイトで。
そこで反日世論をどうやってホンダの味方にするかっていう仕事を担当したんだけども、その時もいかにホンダがアメリカにとって役に立つ企業だっていうところを中心に7年間やってきたわけですね。
だから、人っていうのはまずは周りに役に立つっていうことを見てもらわないと、こいつが重要なんです。さっきけいこさんが言った、本来ならば自分はどこで役に立つのかって考えなきゃいけないわけですよ、その人は。
で、その中でこれだっていうところが見つかったら、そこに役に立つようにそこに集中するんですよ。そうすると周りが、あ、こいつなかなかやるじゃんって話で。だからそうなった時に、多分けいこさんが得たレポートですか、メールかなんかあれだけど、そこにちゃんとそういう立ち位置が出来上がっていればね。
高木 恵子
そうそうそうそう。
田中 愼一
自分はこれをやる、さっきねけいこさん言ったように、自分はこれに集中する。これが自分の役割はなんだと。よってエージェントにはこういうことをお願いしたい、等々っていうそこの意思がないんですよね。
それはやっぱり基本原理を外しちゃってる。社会的動物である人間の、対話というかコミュニケーションの基本原理を外している行為としか見れないし、なかなかそれはね問題ですね。カチンとくるはずだよ。だからね、やっぱり人間とにかく絶えず役に立つことをですね、考えないといけないですね。
高木 恵子
そうですよね。
田中 愼一
絶えず、本当に。
よく最近言うのでは、一昔前の上司っていうのは部下に命令を出して部下を動かすことが俺の仕事だって言うんだけど、最近はもう違って、上司はまず部下の役に立つこと。
上司はとにかく部下の役に立てて、役に立つ上司は尊敬される。役に立つ上司になれっていうのは結構散々、今年に入ってからいくつか経営者へのコミュニケーション講座みたいなのやってるんですけど、
とにかくね、これからはね、もちろん部下は上司の役に立つってことは当たり前なんだけども、それだけじゃダメで、上司が部下の役に立つっていう、ここはね、僕は鉄則として考えた方がいいですね、リーダーシップを発揮できる人間は。
相手のとにかく役に立たなきゃダメなんですよ。偉かろうが偉くなかろうが。そこをね、やっぱりそういう原理原則にのっとってない人っていうのはカチンと来るんでしょうね。
お前自分で考えろよって言いたくなっちゃうね、確かに。
高木 恵子
そうそうそうそう。
田中 愼一
こっちは必死に今日までそうやって生きてきたのに、突然ね、なんかね、かなり長くこう、もう年配の方でそういうこと言い出すとホントカチンと来るんですよ、ホントに。すみません、ちょっと。
高木 恵子
なんかそういうシニアにはなりたくないなっていう、またこれもだから、何て言うんですか、反射反応っていうか、ホントそういう人間にはならなきゃなって思っちゃいますよね。
田中 愼一
僕自身も今こういうふうに話してるけど、これは自分に対する反省を込めて語ってて。だから、一応ね、トップやったこと、20年ぐらい、25年ぐらいトップやってたから、組織を。果たして俺は役に立ってたのかとかね。
で、今立場が変わって、今変わったなりに役に立っているのかどうかとかね。だから人間は絶えず自分が役に立っているということをしっかりと考えていかなきゃいけないんでしょうね。どんな歳になっても、どういう立場に立っても。だから皆さん役に立ちましょう、みんな。