#159 男子校・女子校
2026-07-25 43:52

#159 男子校・女子校

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男子校出身の田中さんと中川、女子校出身のけいこさんの、男子校・女子校談義?

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仕事でコミュニケーションを扱う 3 人が、これまでの経験や最新の話題を語りながら、コミュニケーションとは何か?を一緒に考えていくポッドキャストです。

出演者🎙️

田中 愼一 (Blog)

高木 恵子 (Facebook / LinkedIn)

中川 浩孝(note)

ご意見・ご感想、3 人に話してほしいトピック、3 人へのご質問などありましたら、以下のフォームからお送りください。https://forms.gle/ZGKtUCBn3m25Nr6J6

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サマリー

このエピソードでは、男子校・女子校出身の田中さん、高木さん、中川さんが、それぞれの学校生活での経験や、それが現在の自分にどう影響しているかについて語り合います。田中さんは男子校・全寮制での厳しい規則の中で個性を発揮した経験や、大学入学直後に異性への積極的なアプローチを試みたエピソードを披露。一方、高木さんは女子校での自由な雰囲気や、大学で異性とのコミュニケーションに苦労した経験を語ります。寮生活における独特の文化や、厳しい規則が逆に個性を育むという視点、そして異性との交流の難しさや重要性について、それぞれの体験を交えながら深く掘り下げていきます。最終的に、男子校・女子校という環境が、自己理解や人間形成に与える影響の大きさを再認識する内容となっています。

男子校・女子校出身者の自己紹介とテーマ設定
中川 浩孝
コミュニケーション力を究めるゴールデン・トライアングル。 仕事でコミュニケーションを扱う3人が、これまでの経験や最新の話題を語りながら、コミュニケーションとは何かを一緒に考えていくポッドキャストです。
田中 愼一
みなさんこんにちは。コミュニケーションを極めると自分が見えてくる、世界が見えてくる。コミュニケーションの世界に携わって40年以上、コミュニケーション命、シン・田中こと田中愼一です。よろしくお願いします。
高木 恵子
SEからPRコミュニケーション業界に転職して約30年、高木恵子です。
中川 浩孝
外資系企業でマーケティングを経験してきたアメリカ在住中川 浩孝です。
田中 愼一
そうですね、確か先週の約束ごととして、男子校女子校の話をしようよと。
お互いここにいる方、皆さん女子校男子校ずっと経験されて、いろいろ面白いご経験をされているので、そこあたりで本質的なものが浮かび上がってこないかなという期待を込めて、そこあたりからスタートしますかね。
中川 浩孝
本当は一人共学だといいんですけどね。
高木 恵子
確かにそうですよね。
田中 愼一
でもマジで共学の気持ちってのはよくわかんないですね。
中川 浩孝
そう体験しないとわからないですよね。
男子校・女子校経験者の比較と初期の印象
高木 恵子
でも私中学、中学までは共学で、高校だけ女子校。
田中 愼一
なるほど、それだったら中学の。
高木 恵子
それで大学は理系だったからそもそも女子が少ないみたいな。
不思議な構成の世界の中にはいたけど。
田中 愼一
どっちかというと高校大学っていう感じですか。高校大学っていう感じで女子校的雰囲気を。
中川 浩孝
でも大学は男ばっかりだったんじゃないですか。
高木 恵子
そう、大学は男ばっかり。
田中 愼一
逆か。
中川 浩孝
逆転してますよね、むしろ。
高木 恵子
高校生のときだけ、高校の3年間だけ女子校、女子の世界っていう。
田中 愼一
僕もそう言われてみると中学高校この2つですよね。
中学も別に1年生から入ったわけじゃなくて、2年のときの編入ですから。
だから少なくとも中学1年だけは男女共学の経験はしましたけどね。
高木 恵子
ヒロさん中高でしょ。
中川 浩孝
私は中高男子校です。
高木 恵子
だからヒロさんが一番どっぷり。
中川 浩孝
そうか、まあまあそうかもね。
高木 恵子
丸6年。
中川 浩孝
田中さん5年くらい、私が6年くらい。
高木 恵子
でもやっぱり一番高校の3年間、ちょうど子供から大人なりかけ、まだ大人じゃないだろうけど、
一番多感な時期の3年間が結局同性としか、一つのジェンダーとしかいなかったっていう経験は、
意外と本当に共学の人と違うのかもしれないですよね。
田中 愼一
それは確かに。
中川 浩孝
貴重だと思います。
田中 愼一
共学じゃなく男子校あるいは女子校って見てると、やっぱり共学との違いってのは何だろうな。
なんか思い込みが強いなっていう。
高木 恵子
思い込みが強い?
田中 愼一
共学の人たちと比べると、思い込みが強いっていうのか、なんか変なことを気にしたりね。
なんかちょっと個性が強いっていう。個性が強いっていうのはどうだろう。
あるいは結構表現がね、結構自由じゃなくて、なんか思い込みがあって、表現がなんて言うんだろう。
硬さがなんかあるかなという。
高木 恵子
そうですか。
女子校はむしろオープンすぎて自由すぎましたよ。
だってやっぱり、変な話、男性の目っていうかその異性の目を気にしなくていい分、すごいオープンでしたよ。
田中 愼一
なるほど。
高木 恵子
よくも悪くもなんだと思うんだけど、すごくオープンな、自由でしたよみんな。
田中 愼一
逆でしたね。
高木 恵子
それこそ表現が自由だった。
男子校寮生活の厳格な規則と規律
田中 愼一
それはヒロさんとかも、もともと近いんでしょ、2人の学校は。
高木 恵子
距離的に、位置的に。
中川 浩孝
日本の中で考えたらかなり近いっていうくらいの感じですけどね。
田中 愼一
なるほど。
高木 恵子
でも交流はあったと思いますよ。
中川 浩孝
そう、交流はあったはずです。
田中 愼一
いや、なんかね、男子校でしかも寮だから。
中川 浩孝
そうだ、寮はまたちょっとちょっとまた濃いですね。
田中 愼一
自由がないですよ。
自由がないっていうか、特に寮生活はもっと自由がないっていうか。
当然ね、朝昼晩と食事をちゃんととって、食堂で学校の、しかも学校の中だから。
要は学校の外に出るっていうことが、せいぜい土日ぐらいで。
で、土日もですね、出るときは制服製帽で出るから。
中川 浩孝
そうなんですか。
高木 恵子
そうなんだ。
田中 愼一
あと頭髪検査って、1ヶ月に1回か2週間に1回、先生方が全員ね、門のところに集まって、で、頭髪検査をする。
で、長いやつはすぐそばに床屋が、もんまっていう床屋があって。
なんかおじいちゃんが一人やってるとこなんだけど。
そこに行かされて、きれいに切られて。
坊主頭じゃなかったんでね、それはまあよかったんだけど、髪を短くしてくれって言うんで。
あとなんだっけな、朝と夕方に君が代がなってですね。
高木 恵子
それは。
田中 愼一
いわゆる旗を立てる国歌をね。
君が代がなって。
で、その音楽君が代が全校舎で流れるんだけど、流れるときはどこにいようと直立不動でそっちのほう向く。
田中 愼一
授業中だろうが何だろうが、トイレにいるとこだけだけど、とにかくそっちのほうに向いてこうやるっていう。
で、先生方はどっちかというと、教育大学の方々がほとんどね。
あと変わり者としては、例えば海軍兵学校でのとか、すごい怖い方ばっかりで。
女の先生って、音楽の先生ぐらいだったかな。
あとはみんな男の先生ですよ。
高木 恵子
ちょっとほんと軍隊っぽい、聴いてるだけでなんかね。
中川 浩孝
戦後直後みたいな感じがしますよね、ちょっと。
田中 愼一
今でも覚えてる、この名前言っちゃうとあの学校かって思われるかも。
今はもう全然違うんじゃないかと思う。
校長先生がすごくて、その当時。
ていうかその校長先生がね、今で言うとその、何て言うんだろう。
創業者みたいな。
絶対権力を持って、創業者社長ぐらいの権限を持って。
とにかく文武両道だったんで、進学校として目指すと同時に、
特に野球を中心にね、徹底的に、ラグビーとかその他もあったけど、
両方やっていくっていうことで、
その中で新興の学校だったんだけども、
基本的には教育大附属の先生たちを中心に集めて、
で、こう一つの方向にベクトルをぐわーって持ってって、
で月曜日必ず朝礼があるんですよ、全員集めた。
中学から、小学校も入ってたかな。
小学校あるんで、えっと中学、高校全員が集めて、
そこでね、ヒットラーじゃないけど、演説するんですよ。
高木 恵子
すごい。
田中 愼一
絶対的な、あれっていう形で、
だからね、非常に保守的というか、
自由度っていうのはほとんどない。
田中 愼一
そうね、ないと言っていいでしょうね、たぶん共学と。
僕は共学は中学1年しかやってないけども、
その時から比べても全然自由度はないっていう感じですかね。
特に寮に入ってもね。
中川 浩孝
そうなんですね。
男子校・女子校の多様性と自由度の違い
高木 恵子
田中さんの時代でも、寮付きの男子一貫教育みたいな学校って、
まあまああったんですか、それともすごい、田中さんのとこだけが珍しかった感じなんですか。
田中 愼一
そんな多くなかったけど、その当時、自由を謳歌してたと、
同じ寮がついてるっていうところで言うと、
神奈川の山手学院だ。
これ男女共学なんですよ、でも全寮制なんで。
そこがかなり自由度が高くて、
で、なんで丸っきり違ったね、
桐蔭みたいな完全に、まあ右翼とは言わないけど、
いわゆる保守的なところと、
同じ共学なんだけども、
いわゆる寮に入ってる人連中ね、
っていうのが、その2つが対象として存在してたっていう記憶があるし、
で、一方なぜそういう、まあ今はもっと増えてるのかもしれないけど、
どうなんだろう、とにかくね、帰国子女を預かるところ。
高木 恵子
なるほど、そっかそっか。
田中 愼一
要するに親と一緒に行かない人がいるわけですよ。
日本の教育を受けさせないとダメだからって。
そうするとみんな中学から入れるんですよ。
で、中学から入れるっていうニーズがあって、
田中 愼一
その当時、僕の知ってる範囲では、神奈川では、
堅物の方が保守的が桐蔭で、
で、これは男子校で、で、もう一つの方は共学で、
これもあっちの方が全寮制じゃなかったかな。
うちは全寮制ではなかったんだけども、
とにかくね、その2つの対象っていうのはありますよね。
中川 浩孝
すごい。
田中 愼一
だからやっぱり共学の方が自由自在なんですよ。
中川 浩孝
そっか。うちはすごいゆるかったですよ、なんか。
意外と自由な校風だったんで。
高木 恵子
そうなんだ。
田中 愼一
当時でもうちの場合は堅いっていうかね、
保守的なとこだっていうのはあったですね。
高木 恵子
うちは厳しかったな。
厳しい規則下での個性の発揮と工夫
田中 愼一
厳しかった?
高木 恵子
うちは厳しかったけど、
ヒロさんとかが自由って言ってるけど、
うちはすごい厳しかったんだけど、
厳しいがゆえに、そういう意味で言うと、
いろんな個性が生まれちゃいましたよね、厳しかったから。
厳しさの中でどう自由を見つけようかってやるから、
田中 愼一
逆に個性が出てくるね、なるほどね。
高木 恵子
そう、すごい個性が出てきた。
田中 愼一
ある意味、思い込みが強いっていうのがそれに通じるのかもしれない。
なんか変な思い込みを持ったやつがたくさんいて、
それが今わかったけども、
個性っていう名前で表現すると、
田中 愼一
なんか納得感がありますね。
個性が強いというのかな、
逆に個性が目立っちゃうのかな、そういう厳しいところって。
高木 恵子
例えばうちは本当に、
肩にちょっとでも髪の毛がついたら
結かなきゃいけないっていう拘束があって、
そうすると、
結き方が変わるんですよ、みんなそれぞれ。
田中 愼一
そこで表現する。
高木 恵子
肩についたら結きなさいみたいな感じだから、
結き方がそれぞれになってくるとか、
高木 恵子
あとはカバンから、
もちろん上履きとか外靴もそうだし、
学生カバンのほかに補助バッグ、
手提げ袋みたいなね、あるじゃないですか。
高木 恵子
あれも全部学校指定だったんですよ、うちって。
で、それ以外だったら、
あとは風呂敷しか持っちゃいけないみたいな。
高木 恵子
そこの風呂敷を、
だからわざとっていうか、
自分の好きな布を買って、
要は風呂敷正方形ですよね。
正方形に、
布って端だけ縫えばいいんだけど、
風呂敷に作って、
その風呂敷で包み方を変えて、
手提げ袋みたいにする。
っていうのが流行ったっていうか、
誰かがやり始めて、
だからまず自分の好きな生地で風呂敷を作る。
それからその結び方で手提げ袋っぽく作るのも、
いろいろできるんですよ、手提げ袋が。
ていうので、結構学校指定のバッグばっかり持ってる子もいたけども、
それがつまんないと思う子たちは、
私もそうなんですけど、
自分の好きな布で風呂敷作って、
結び方っていうか、
風呂敷の包み方を変えて、
手提げ袋にしてたみたいな。
高木 恵子
結構そういう人がいっぱいいたから、
なんかね、あの子の面白いとか可愛いとか、
あの使い方いいみたいな。
田中 愼一
逆に個性が引き立ってくるんですね。
高木 恵子
そう、規則が厳しかったから。
田中 愼一
厳しかっただけにね。
中川 浩孝
いかにアレンジするかっていうことですよね。
高木 恵子
ルールの中で、なんか自分の楽しいことを作るみたいな。
田中 愼一
なるほど。
それは言えてるな、確かにね。
どっちかっていうと右系の人間が多かったけど、
なんかまあね、やっぱりなぜかというと、
君が代に直立不動でって言ってるやついるんですよ。
いいじゃん、しっかりしてるじゃんっていう感じで、
そういうのとか。
あと、あの頃なんだろう、
僕はまだ中学1年で共学だったとき、
男子校って言われたときになんとなくね、
いいじゃん、かっこいいじゃんなと。
そういう意識を持った男の子たちが、
結構男子校には来てるっていう。
だからある意味、それなりの思い込みがみんなあって。
逆にさっきの話で、
より規則が厳しくなるから、
しかも全寮生になるともう24時間ですからね。
そうすると、
その中で自分の個性をどこで目覚めさせるかっていうところに、
今のね、けいこさんの話がミートしてくる感じしますね。
男子校での経験と大学での変化
田中 愼一
だから、まるっきり自由のときっていうのは、
逆に個性を出すことに関する、
なんていうのかな、
結構個性的に生きるのは難しいっていうか、
自由であるがためにね。
高木 恵子
そうですよね。
田中 愼一
だから、規則があると自由に振る舞えなく、
これはどうだ、これはどうだ、これはどうだっていうのがあるから、
逆に個性を意識するっていう働きになるのかなって、
今話聞いてて感じたんですけど、どうですかね。
高木 恵子
私も思い出して、
今振り返るともしかしたらそうかもってちょっと思った。
あの時はね、本当にガチガチな校則だったから、
もう本当に煙たがってた印象しか、
あの当時ってきっとなかったと思うんだけど、
でも、そうやって今思うと、
実はそういうふうにやってたよなーって。
田中 愼一
確かにね、規則は厳しいな、先生怖いなーとか、
いろいろあったけど、
あの時はそう思ってたけど、今から考えると、
それが故に結構個性的な性質になってた。
そういえばいろいろやってたかもなーって、ちょっと思い出した。
言えた話じゃないけど、今思ったんだけども、
結構ね、なんていうかね、僕は思い込むとやるんだけど、
1ヶ月、服装を変えずに、
学校行って帰ってきて、寝て、学校行って帰ってきて、
全部制服したままでやるっていうね。
高木 恵子
1ヶ月?
田中 愼一
1ヶ月。
中川 浩孝
洗ってはいるんですよね、それね。
洗ってはいるんですよね、それ。
田中 愼一
洗ってるっていうかね、僕は風呂入るのが嫌いで、
シャワーは浴びてるんですよ、シャワーは一応。
でもシャワーもそんな、だから1ヶ月ははっきり言って風呂入ってないわけですよ。
中川 浩孝
それもすごいな、なかなか。
田中 愼一
そうしたらね、隣のやつがね、一部屋4人なんですけど、
隣というか4人なんだけど、その部屋から文句は出なかったのは、
たぶん一緒にいるからあんまり匂い嗅ぐのがもう慣れてたのかもしれないけど、
他の部屋からね、結構いろいろね、僕は物理学が得意だったんで、
物理とか科学なんかでみんな来るわけですよ、これどうやればいいのって。
田中 愼一
教えているとね、一人いるんだけども、
本当はお前田中におそわりに行くと俺臭くてしょうがないんだよな。
あんまり褒められたことじゃないですけどね。
でも一つの、なんであんな個性的、個性って言葉は使わなかったけど、
なんか思い込みがあって。
高木 恵子
わざとやってたんですよね、ずっと同じ制服着ようって。
田中 愼一
そうそう。なんかずっと着れば効率的だし、
いちいち脱いだりなんかする気もないからっていうのは、
多分そのぐらいの思い込みでやってみたんですよ。
で、それをまた受け入れる体制があってね。
規則は厳しいんだけど、
もっとミクロの場になると、もう一緒に24時間住んでるようなもんだから、
そういうスタイルに許容性が周りが培われるんです。
だから僕も他にも変なやつやってるやついたけど、
それは許容しちゃうんですよ。
だから逆にいろいろ個性的になるっていうのがいいのか、
言い方はわかりませんけども、
変な奇行が、奇行っていうのは怪しい行いがですね、
みんなもう寮中で起こってるんですよね。
中川 浩孝
それはちょっと男子校というよりはまた違う寮生活のちょっと別の何かがありそうですね、それは。
田中 愼一
まあね、別のあるかもしれない。
例えば高校生、高校3年から中学1年までみんないるわけですよ。
高校3年と中学1年の意識の差ってすごいんですよね。
中川 浩孝
すごいですよね。その6年って成長がやっぱりすごいですからね。
高木 恵子
違う違う。
田中 愼一
違うし、極端に言うといいこともあるけども悪いこともある。
中学生には早すぎることも高校生がいるから影響させるとか、
いろいろな意味で単に一つの年の仲間たちっていうよりも、
縦ですね、縦で。
中川 浩孝
確かに。
田中 愼一
上下から来る。横もあるんだけど上下から来るっていうのが、
逆に自分をより意識させるんですかね。
今から言うと自分の個性っていうものを一生懸命考えるようになるんですよね。
高木 恵子
ああ、そうだったのかも。
田中 愼一
なんとなく個性的な行為を行っちゃうっていうか、
なんかそういうのがあるんで、だから結局個性って、
この前先週も個性の話ちょっとした記憶があるんですけども、
田中 愼一
個性っていうのはやっぱりいろいろな違った個性と出会うことによって、
自分の個性っていうのが、よく言えば磨かれる、
悪く言えば影響を受けるっていうかね。
だから何というのか、やっぱり違う個性同士っていうのが、
多分男子校、女子校、あるいはさっき言った寮生活、寮じゃない、
田中 愼一
そういうところで濃度が違うんでしょうね。
個性とぶつかる濃度がね。
だから寮生活だと、しかも男子校だと本当に、
いろいろ変わったことをやるやつが出てきて、
昼9時頃からになると、一応おやつタイムって言って、
30分だけ許されて、その時に即席ラーメンをみんな作るんですよ。
田中 愼一
で、下に降りていくと即席ラーメンが作るガスのコンロがですね、
5台ぐらいあるのかな。で、そこにみんな殺到するわけですよ、中学生も高校生も。
で、そこ5円入れると1回こう出るんですね。
ところがね、5円をね、落とさずにつける方法を考えたやつが一体。
高木 恵子
おもしろーい。
田中 愼一
で、5円がもう入ってるわけですよ。で、それを落とさずにつけるっていう、
なんかね、この5円のレバーがあって、そのレバーの押し方によってコインが落ちないんですよ。
田中 愼一
でもガスが出るっていうやつ。で、それをみんなね継承してるわけ、伝統として。
高木 恵子
おもしろーい。
田中 愼一
先生知ってるかどうか知らないけど、たぶん5円玉がたまんねえなっていつも思ったのかもしれないけど、そういう技術とかね。
で、もう即やんなきゃいけないから30分しかないんで、
もうとにかくあの当時はまだあれですよ、お湯入れて食べるラーメンじゃなくて、
全部茹でるラーメンなんですよ、即席ラーメンだけ。
高木 恵子
おー、茹でるラーメン。
田中 愼一
だから時間のね、あのもうすごい生産ラインみたいに並んで、
ダダダダダダってどんどん作り上げてみんな食べていく。
で、もう鍋ごと食べるわけですね。
器に移さない。全部もう鍋でガバガバ食べていくっていうね。
高木 恵子
おもしろーい。
田中 愼一
だからそういういろいろな、なんと慣習というか文化が出来上がってくると、
そういうのもまたなんていうのかな、
たぶん自分の個性っていうものを磨くのに、
それなりにそういう環境っていうのが影響したんじゃないかな。
田中 愼一
で、僕にとって一番影響したのはやっぱり一人っ子でしょ、僕。
けいこさんと同じように。
で、逆に僕あそこ入ってなかったら、たぶんね、ダメな人間になってきたと思う。
中川 浩孝
あ、そうですか。
田中 愼一
って思うぐらい、そういう厳しいところで、
かつある意味今日気が付いたけど、個性を伸ばしてくれて、
で、行ったっていうのは、なかなかね、
けいこさんの一人っ子の世界と僕の一人っ子の世界、だいぶ180度違うんで、
けいこさんは全然そこは問題ないだろうけど、
僕の場合、たぶん問題があったんだろうと思うんですね。
ああいう経験した方が。
はい。つまり違う個性との出会いの場がないわけですよ。
学校に行ってっていうレベルの濃度じゃ僕はダメだったんだと思うんです。
やっぱり寮という、24時間そういう違う個性の中で、
24時間過ごすっていうか、その体験がね、たぶんね、
完全に僕自身をトランスフォームしたっていうのはもう間違いですね。
それが5年あったんですね。中学2年と高校3年。
このトランスフォーメーションの5年間っていうのはものすごい重要なね、
田中 愼一
たぶん時期だったと思うんですよ。
中川 浩孝
でもそしたら田中さんって、
大学入学直後の異性への積極的なアプローチ
中川 浩孝
普通の日本の共学の教育を受けてた時間って、時期ってすごい少ないってことですよね。
田中 愼一
少ないですね。
だから大学入ったら狂っちゃうわけですよ。
高木 恵子
狂ってたんですか。
田中 愼一
話したかな今まで。分かんないけど1日目で、
同じ高校から入った連中がいるんです。
それと何人かでたむろで、でもみんな男子校出身だから、
モジモジしながらですね、
なんか喋ってる1日目ですよ。
日吉だったんだけど。
で僕はね、そしたら向こうに3人ぐらいの女の子が話してるんですよ。
入学したてで。
でそこにトコトコって言って、付き合いましょうって言った。
中川 浩孝
えーいきなり。
どういう感覚。
高木 恵子
本当ですか?本当に?
田中 愼一
本当ですよ。付き合いませんかって。
僕の仲間もあそこにいるんでっていう。
直談判を入学日のその日に行ったという。
高木 恵子
面白い。
田中 愼一
そこにいたそのうちの友達たちもね、
その事実でだいぶ笑ってて、
それから今でもまだからかわれるんですけど。
でもね、分かんないけどね、
なんで怖いもの知らずっていうのかな。
ただーって言って、
お付き合いしましょうよってこう言って。
で顰蹙を買って、
すごいなんだろう、
笑ってた子もいたけど、
どっちかというと不愉快な顔してた子の方が多かった。
それが衝撃の1日目ですよ、入学日。
つまり男子校から。
高木 恵子
それをしようと思った理由っていうのは今覚えてるんですか?
なんでそういう。
田中 愼一
あれですよね、やっぱり男子校でずっと来ちゃったから。
やっぱり女性の友達作んなきゃっていう。
高木 恵子
本当に心からもっと仲良くしようって思って
アプローチ掛けに行ったってことなんですね。
田中 愼一
そうですよ、おっしゃる通り。
高木 恵子
なるほど。
田中 愼一
だからあんまりね、その後気が付くんですけど、
例えばクラブに入るとかね、
田中 愼一
同好会に入るとか、
スポーツの同好会あるいはクラブに入っていって、
徐々に徐々にお互いを知りながら
こうやっていくっていうプロセスっていうのは
完全に僕の頭の中にはないんですよ。
イメージできないの。
高木 恵子
そっかそっか。
田中 愼一
つまり女性と友達になるっていうことの
方程式がまるきわかんない。
だから基本的にどことこ行って、
とりあえず相手は明確に目の前にいるわけだから
そこに行ってお付き合いしませんかって申し出をしたら
笑う人間もいたし、
不愉快に思った表情で
完全に目の前で断られて、
でしょうがないからしょぼしょぼ
友達が遠くで見てるんだけど、
田中 愼一
四五人ね。
そこに戻ってなんかダメだって。
高木 恵子
ダメだったって。
田中 愼一
みんな笑ってね、
何やってんだとか言われたけど、
そんな感じですよね。
田中 愼一
だから大学一年入ったときってのは
ガラッと今までの生活パターンが変わっちゃって
個性もたぶんあれで少し曲がったと思うんですね。
高木 恵子
大学時代は大学時代でまた違う
なんかこう自分の発見があったってことですよね、そうなると。
田中 愼一
もともと入る前は学ぶぞって思ってたのが、
大学での異文化交流と自己発見
田中 愼一
入ってから結局学ばなかったですね。
正直勉強したというよりも
どっちかというと
クラブ活動というか
一年のときはスポーツもやり
クラブ活動もやってたんですけども
そっちのクラブ活動っていうのが
前話したかどうかわかりませんけど
交換留学ね。
高木 恵子
言ってましたね。
田中 愼一
交換留学をやるっていうところで
結構帰国子女とかその他英語忘れないできる
男子女子が集まっていて
そこに今度留学生が来たっていうことで
この留学生との接点もすごい経験で
やっぱり
異次元の人たちとの交流っていうんですかね。
やっぱりあの頃のアメリカの学生と
大学生と日本の大学生はもう全然違ってて
まさに自由で言いたいことを言いながら
明確に自己表現し
僕も一応帰国子女ではあったものの
小学校しか行ってないから
それは懐かしく思う部分は当然あったんだけども
やっぱりすごくびっくりして
基本的には
英語をもともと勉強し始めたのは
やっぱりそこからあたりですかね。
で、そこで留学生たちとほとんど
まあ留学生は短期はだいたい2ヶ月くらいかな
いたんで、その間ずっともうそれで
で、それを1年の時に経験して
これすごいってんで
僕も交換留学でスタンフォード行ったんですけど
で、そうやりながら1年、2年、3年
で、4年まで行っちゃった
で、勉強あんまりしてないから
Aの数はめちゃくちゃですね
シングルプレイヤーって言われてましてですね
ゴルフではいいんですけど
成績ではですね、ちょっと逆の状況
こんな感じですね
高木 恵子
やっぱりだから環境って重要なんですよ
個性を作る
作るっていうか個性に気が付く
田中 愼一
個性に気が付くね
高木 恵子
自分が分かるためには何かこう
環境がすごく重要ですよね、きっとね
田中 愼一
そうですね
高木 恵子
お話を聞いてると
田中 愼一
だから、分かんないけど結局
個性が変わるってことは
自分の行動が変わってきちゃうんで
で、結局本来は
やるぞ、勉強やるぞ
専門経済学だったら経済学
計量経済選んで
そこあたりは本質的なところはある程度
もちろん当然
ただ成績がついてこないだけで
他の学科がたくさんあったんでね
だから多分そこあたりはあるんだけど
それも一つの個性の発揮の
表現の仕方としてやっぱり
否定する必要はないし
肯定する必要もないんだけども
それが自分の個性の進化
進化なのか退化なのか分かんないけど
その動きなんだろうなと
いうふうに理解は今してますけどね
男子校・女子校の差と現代の変化
田中 愼一
でも今に今日に至って両方の
中学高校での男子校の経験及び
その反動としての大学4年間っていうのはですね
今でも大事な経験ではあったんだろうなと
評価してますけどね
でもみんな人間そんなもんじゃないんですかね
だから男子校女子校の差っていうのは何ですかね
でもそういうことで言うと
ヒロさんのところは結構自由で
オープンで個性っていうもので考えた時どうですか
だってヒロさん個性強いじゃん
中川 浩孝
でもやっぱり個性は強い人多かったんでしょうね
だってやっぱりこうなんか女性から見られて
なんか変な人と思われたくないとか
そういうことにやっぱり縛られないから
みんな本当自分でやりたいことはみんなやるっていう
好きなことを好きって言えるとか
そういうのはやっぱあったかなっていうのはあるので
なんかそれこそねやっぱりそういうのを
異性を意識し始める時期じゃないですか
みんなやっぱりその時は
だからそういう目がないっていうのは
田中 愼一
異性を意識するかしないかっていうのはね
中川 浩孝
そう余計なことにとらわれなくていいっていう
少なくとも学校の中では
それは間違いなくあったと思いますね
中川 浩孝
逆が多いんじゃないですか
普通は田中さんと全く逆で
男子校だとやっぱり女性と
どうやって話し始めていいかとかが
分かりづらい人が多いから
大学に行っても女性とはうまく交流できない
っていう人が多いっていう
どっちかっていうとイメージでしたけどね私はね
高木 恵子
確かに
中川 浩孝
すごいなと思いました田中さんの
高木 恵子
積極的に田中さんはこう
チャレンジしに行ったってことですもんね
田中 愼一
チャレンジっていうか
知らなかったっていうだけの話で
そういうプロセスでやるんだっていう
中川 浩孝
知らないからやらないっていうのが
普通だと思うんですけど
知らないからやっちゃうっていう
田中 愼一
普通知らないからやるんじゃないですか
中川 浩孝
冒険だと思います
高木 恵子
それを言うとなんか私の経験も
ちょっと似てるかもしれないんだけど
女子校出身者の大学での異性とのコミュニケーション
高木 恵子
大学は逆に女子が少なかったじゃないですか
田中 愼一
それで
高木 恵子
学食でご飯とかみんなで食べてる時に
なので
クラスの中でも女子がほんと少ないわけですよ
一人この二人
なんかもう本当に片手の数
片手の指に入るぐらいの数しか
クラスに女子がいなかったから
いつもみんなで
男子はいくつかのグループに分かれても
なんとなく女子はやっぱり
ちょっと目立つような
男子のグループの中に
いつも女子が呼ばれるから
やっぱそこで行って
みんなでご飯とか食べたりとかしてて
その中に本当に
別に私の好みではなかったんだけど
すっごいかっこいい
本当に顔が
もう誰が見ても美系ハンサムっていう
男の子がいたわけですよ
で私は女子校のまんまで
高木 恵子
オープンでみんなで
今日割と何でもキャッキャキャッキャ
オープンで言ってたのが
そのまま言ってるから
かっこいい男の子に
何々君ってさ
芸能人の誰々に似てて
本当かっこいいよねって
なんか会うたんび会うたんび
私も言ってたんですよ
別に付き合いたいとか言うわけじゃなくて
本当にかっこいい
社交辞令でもなくて本当にかっこいいから
田中 愼一
それを評価してたわけ
高木 恵子
芸能人みたいに本当かっこいいよね
もう喋らないと
そのまま喋らないでそこにいると
芸能人の誰々さんにそっくりだよねって
田中 愼一
芸能人というか事象として見てたわけですよね
高木 恵子
そう
田中 愼一
この事象はすごいなっていう感じで
高木 恵子
すっごいかっこいいよね
誰々さんにすごい似てて
もう喋らないで
ずっとそこにいるだけで
なんだろうもうすごいそっくりだよね
かっこいいよねっていうのを
私としては称賛のつもりです
称賛のつもりっていうか本当に称賛で
素直なこの気持ちを表現
多分ずっと高校時代も女子ばっかりだったから
多分そういうのを
良くも悪くもいろんなことを
ストレートに言ってたんだと思うんですよ
でそれを言った時に
みんながいるんですよ
その学食のところで
高木お前は今俺に
喋らなければかっこいいって言ったな
田中 愼一
そう言ったの?
そっちの方を捉えたんだ
高木 恵子
それはお前は俺を人間として認めていない
っていうことになるみたいな
喋らなければかっこいいってみたいな
なんかそういうこと
ドーンって言われて
なるほどって思って
あんまりこういうストレートな
自分の気持ち感情感想って
言っちゃいけないのかしらって
で一つ学んだっていうのが
私も割と大学の初めの時に
それを学んだ経験を今でも覚えてる
もう何十年も前だけど
田中 愼一
それさ
相手は実は単なるツッコミで入ってきたんじゃないの
高木 恵子
いやでもちょっとやっぱり
もともと理系
あの当時で理系の男性の人たちも
ちょっと変わってる人たちが
多かったんだと思うんですけど
ちょっと変わってて
全体的に
田中 愼一
でもそれはね
多分ね
僕が逆の立場で行った時に
喋らないのがいいって言ってることは
じゃあ俺は喋らせたらダメなのかっていうのを
もしその当時の僕だったら
それ真面目に批判して
じゃあ僕喋れないのを批判しましたねっていう
批判の視点から多分入るけど
今の僕だったら茶化しで入りますよ
単にそのボケツッコミの中で
だからツッコミでね
じゃあなんだよ俺は
田中 愼一
喋らない方がいいのかよっていうのは
あくまでジョークを返した
ボケツッコミの一部として話を乗せるためにね
そういう話をボッとしたと思うけど
多分大学入りたての僕だったら
逆にそういう反応したと思う
高木 恵子
やっぱ同じですか
田中 愼一
同じ反応です
だから多分会話って面白いですよね
言葉通りそのまま受け取るのと
言葉をねじって少しツッコミにして
ボケツッコミを働かせるかっていう
この2つの感覚っていうのはあるんで
相手によって真面目に取っちゃう人と
相手によって単にそれはもう笑いの一つで取るのと
だいぶ関係性が変わりますよね
高木 恵子
そうですよね
男子校・女子校経験がもたらす影響と現代の教育
だから多分私が
高木 恵子
その後の記憶ってあんまり覚えてないんですよね
だけどただそういうふうに言われたってことが
私は印象に残ってて
私あんまり自分の記憶のキャパが
多分限度があって
印象に残っていることしか
このメモリーに残らないんですよ
田中 愼一
AIが搭載されてて
効率的なあれを選ぶから
いらない情報がどんどん
高木 恵子
いらないものをどんどん
意外とどうでもいいこと全部忘れてて
あんまり記憶にないことが多くて
田中 愼一
いいんじゃないですか
高木 恵子
ただそれだけはすごく
大学時代で何か覚えてることって
これはトップ3の1個なんですよ
高木 恵子
それはすごい覚えてる
いまだにだって何十年も前じゃないですか
それだけは言われた学食で
こういう感じで言われた
みんなでこう座ってるときに言われたっていう
映像までちゃんと綺麗に残ってるんだけど
その後どうだったかって
あんまり大学の記憶
その後はあんまり印象
インパクトが多分なかったんだと思うんですけど
あんま残ってなくて
ただこういうこと言われて
その時に私はあんまり
自分の考えをストレートに
何でもかんでも
誰から構わず言っちゃいけないなって
だから言っても大丈夫な人に
言わなきゃいけないんだろうなっていうのを
そういうのを一個一個勉強しました
田中 愼一
確かにね
さっきの話に通じるんだけど
変なことしても周りが気にしないんですよ
男子校の寮って
高木 恵子
女子校もそうだと思う
田中 愼一
だからついそれが
シャバに出て
話してると
自分の言ったことがいかに変かっていうのに
気がつかずに話してるがために
周りから指摘されたときの
え?っていう驚き感
これは多分今の話に通じるんでしょうね
確かに
だから案外ね
変なことやってても
男子校の特に
寮生活の連中っていうのは気にしないんですよ
ある意味個性尊重っていうことにもなるんだけど
だからその中でどんどんどんどん話してるから
やっぱり大学でそれを同じことをやってると
周りのね
やっぱり基準っていうのが多分
その基準に照らして評価されちゃうっていうね
そういうのは確かにありますね
面白いな
高木 恵子
そうそう
意外と私は女子校とかをすごい薦めてて
自分が大学生以降になってから
なんかいろいろ
女子校推進派だったんですけど
ただ最近って
男子校とか女子校っていう
一つのジェンダーの学校って
なくなりつつありますよね
極力共学にしようって
中川 浩孝
私の行ってた中高も
共学になっちゃいましたから
高木 恵子
だからあんまり
一つのジェンダーでっていうよりも
割と方向性的に
そうそうやっぱり一緒に
一緒に一緒にっていう
高木 恵子
あんまり聞かないよね今ね
田中 愼一
言ってますよね
僕のだから中学高校もそうですよ
男女共学になって
ただ僕の知ってる範囲で言うと
結構完全に分けてて
一緒に通って一緒に勉強じゃなくて
隣同士に学校があって
校舎があって
で分けてて
でたまに共有のやるっていう
そのレベルの共学だったけども
今はもっと共学になってるんじゃないかな
高木 恵子
あとそのそもそも子供が少ないからね
なんていうんだろう
分けるっていう
田中 愼一
それがもうねあんまり意味がない
できなくなってる
高木 恵子
できなくなってるんじゃないですかねきっとね
中川 浩孝
そうですね
高木 恵子
でも私はだから女子高でよかったなって
今思いますすごい
僕も基本的には
田中 愼一
男子高でかつ全寮制だったっていうのが
全寮というか
僕自身が全寮生だったっていうのはやっぱり
一番大きなイノベーションでしょうね
イノベーションって呼ぶのか
分かんないけど
田中 愼一
まあ少なくとも今日まで生きてるんですから
一応それなりの大きな糧になってるって思います
高木 恵子
そうそうそう思います
43:52

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