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2024-08-15 13:17

映画「夏の終わりに願うこと」

クリエイティブプロデューサー 三好剛平
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感想

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さあ、日替わりのコメンテーターが独自の切り口で、多様な視点を提案するコーナーです。
今日、木曜日はクリエイティブプロデューサーの三好剛平さんです。おはようございます。
おはようございます。よろしくお願いします。
今日は何でしょうか?
はい、本日はですね、明日8月16日金曜日からKBCシネマ他にて公開されるメキシコの映画ですね。
メキシコの映画ですか?
夏の終わりに願うことという作品をご紹介します。
季節にぴったりですね。
そうですね。これは病床に伏せた父の誕生日パーティーで、7歳の少女がその現実を受け入れていくまでを丁寧に描いた物語になっておりまして、
95分と短い尺でもあって、ささやかな映画ではあるんですけれども、いつまでも後を引く素晴らしい映画になっていますので、
ここからその魅力をご紹介していきたいと思います。
まずは映画のあらすじからご紹介していきます。
7歳の少女ソルは父トナの誕生日パーティーのため祖父の家を訪れます。
病気で療養中の父と久しぶりに会えるということで非常に喜びながら行ったソルだったんですけれども、
父は体を休めなきゃいけないからと言ってずっとなかなか会わせてもらえないんですね。
やがて集まり始めるそのいとこたちと無邪気に遊び回るようなこともせず、大人たちの話し合いにも加わることもできず、
ただそこにいるはずなのに父と会わせてもらえないというその苛立ちとか不安だけを募らせていきながら、
庭の昆虫とか動物、そしてスマホに搭載されたAIなどに、
その7歳の少女ソルが話しかけたりしながらですね、無意な時間を過ごしていきます。
やがてようやくやっと父とですね、再会を果たすことができまして、
そこからですね、それまで抱えていた思いがあふれ出すとともに、
その少女ソルは少しずつ新たな感情を知ることになっていくと。
父との別れが近いこと、そして人間の命の終わりとこの世界の命たちの繋がりみたいなものですね。
何よりも感情の変化に戸惑いながら物語のラスト、少女が願うこととか、そういう映画になっていくわけですね。
初めての感情を味わって、そして最後に。
そうなんです。そういう意味では、もしかしたら先々週から紹介したインサイドヘッドとかにね、ちょっと繋がるものがあるかもしれませんが。
これ監督と脚本を務めたのが、メキシコの女性監督のリラ・アビレスさんという女性です。
女優さんとしても活躍していた経歴がある人で、ものすごい美しい見た目をしていらっしゃる女性なんですけど。
彼女、2018年に初の長編作品として、ホテルで掃除婦として働きながらいつかその生活を抜け出そうと頑張る女性の姿を描いた、
チャンバーメイドという作品で、映画監督デビューしますと。
これが各国70以上の国際映画祭で上映されまして、同年のアカデミー賞の国際映画賞にメキシコ代表として選ばれるなど。
非常に一作目からですね、親愛監督として注目を集めるような存在になっています。
すごいデビューですね。
すごいんですよ。
素晴らしい。
その後ですね、2023年にはファッションブランドでミューミューっていうブランドがありますけども。
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イタリアの。
あそこがですね、2011年からずっと続けている映画のプロジェクトがありまして、
これは世界で活躍する優れた女性監督に短編映画をですね、撮ってもらうっていうですね、
ウィメンズテイルっていうですね、プロジェクトがありまして、
これに彼女も招かれまして、短編アイ・トゥ・タイムズ・マウスっていうですね、この作品を発表しますと。
これもベネチア国際映画祭でプレミア上映された後、
これはですね、今YouTubeでも全編見れますので、無料で見れます。
なので、興味ある方ぜひご覧になってみてください。
今の今回の作品にもちょっと通じるですね、手触りがありますよ。
そして長編2作目として発表されたのが、今回ご紹介するこの夏の終わりに願うことっていうことですね。
だからまだ監督で言えば2作目なんですけど、すでに国際的な監督になっているということ。
この映画は第73回ベルリン国際映画祭でオフィシャルコンペ部門で一番主要な部門ですね。
上映されて審査委員賞も受賞していると。
その後多くの国際映画祭でも受賞を重ね評価を高めた中で、いよいよ日本公開される映画となったと。
そういうことですね。
ここからちょっと作品の中身に入っていくんですけれども、
これを紹介するにあたっては、この映画で向けられるいくつかの眼差しを切り口に見ていきたいと思います。
まず本作の主人公である7歳の少女ソルですね。
彼女が世界に向ける眼差しということで見ていきたいと思います。
この映画ではまず一つ目の目線として、その7歳の女の子ソルからの目線があるわけですけれども、
映画のほとんどが場面ごとの登場人物に非常に近く寄った狭い構図で進行していくんですね。
これっていうのは言ったらこの幼い彼女が捉えられる世界の小ささ、狭さを表しているということですね。
その極端に近くて狭い、めちゃくちゃ近いんですね。
その幼い目線で捉えられるからこそ見つけられる人間の世界の真実みたいなものも実はあるわけですね。
それは何かっていうと、例えば慌ただしく夜にやるパーティーの準備を進める傍らで、
一人のおばさんは台所で、何も今しなくてもいいだろうと思うんですけど、
台所で髪を染めてわちゃわちゃしてるんですよ。
あるいは別のおばさんもまだ小さい、4歳とか3歳くらいの娘のいたずらにずっと邪魔されながら、
何とか必死にパーティーのケーキを作ろうと奮起してたりして、わっちゃわちゃしてるんですよ。
一見するととてもパーティーの準備が守備よく進んでいるということでもなく、
とにかくもうちょっとちゃんとやればいいのにと感じそうなんですけど、
ただこの様子っていうのが実はソルの無垢な視線から見つめていくと、
実はそこにいる誰もが実はどこかでその日のパーティーの主役であるお父さんの病状に静かに取り乱している様子でもあるということが見えてくるわけですね。
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静かに取り乱す。
人々の見当違いな振る舞いに見えるものも実はどこか切なくて必死な振る舞いに見えてくるということですね。
いつも通りにしなきゃみたいに思うんだけどそうできていない。
わちゃわちゃしているのには理由があるということですね。
彼女はそうやってパーティーが始まるまでの無理な時間の中で、
今度は庭の昆虫とか動物とかそういうものと近い目線で時間を過ごしていくわけですけれども、
これも言ったらその余った時間をどう使うかというときに大人なら絶対そうはしないはずなんですけれども、
この彼女7歳の彼女だからこそその昆虫とか動物とかと対峙するその時間が実はその後につながっていく。
やっぱりその遠くないうちに訪れる父との別れ。
そういうものを受け入れていく心の準備にもなっていくというような映画になっていくわけですね。
このあたりの日常の心の動きみたいなものに向けた真摯でさりげな演出というのは、
本当にこれね監督めちゃくちゃ手腕あるなと思います。見事だと思いますね。
繊細なんでしょうね。
そうですね。
そしてもう一つこのまなざしという点でいくと、この映画が少女に向けるまなざしというのもまたあるわけですね。
これは監督であるこのリラ・アビレスさんなんですけれども、
ご自身も若いうちに結婚して、今18歳を迎える娘さんがいらっしゃるんですけれども、
その娘さんが幼い頃に旦那さんを亡くしたという経験を持っていらっしゃるわけですね。
つまりこの映画が主人公の少女に向ける親からの目線みたいなものっていうのは、
そのまま夫を亡くしたシングルマザーである監督ご自身が当時の自身の娘に向けるまなざしでもあるということが言えそうです。
これがですね、やっぱりその事実を知ればなるほどと思うぐらい、
この映画がとにかく少女に向け続けるまなざしっていうのがめちゃくちゃ的確な距離感なんですよ。
もうちょっと言うと、甘やかすことも助け舟を出すこともできないんだけれども、
ただじっと愛と信頼を持って見つめ続ける。
その少女へのまなざし、映画が向けた少女へのまなざしっていうのは、きっと監督自身の経験でもあるだろうし、
誰かを大切に見守った経験のある人なら誰もが共感できる。
そして応援するような気持ちになるようなまなざしでもあると言えると思います。
そして最後にですね、映画の中の女性たちに向けられたまなざしというですね、レイヤーももう一個あります。
その一例として、この映画の中でですね、繰り返し出てくるある設定の場面があるんです。
これ何かっていうと、女性たちがトイレで自分だけの時間を過ごして、
言ったらちょっとだけリラックスした時間を過ごすんですけども、それが外からのノックとか介入でプツンと中断させられるっていうですね、
この場面が何度も繰り返されるんですね。
で、これ監督自身のちょっとまた、ある種の世界観みたいなものに通じるなと思ってるんですけど、
監督のリラ・アビレスさんは12歳から家計を助けるために働きに出て、
いろんな仕事を渡り歩いて、やっと今現在の映画監督自身のキャリアを築いたような人物なんですね。
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言ったらメキシコ社会の中で非常に苦しい中で、何とか自分のキャリアを作ってきた人でもあるということ。
そんな彼女はあるインタビューで、メキシコはラテンアメリカの中で一番の男性優位主義の国であります。
メキシコ人の男性は母親は聖なるものとして崇めますが、妻に対しては時に信じられないような仕打ちを平気でしてきますというようなこと。
そんな社会の中で女性がキャリアを築いたり夢を叶えたりすることは決して良いではないことなんですということをお話しされるわけですね。
ここでもう一回このような映画の中で女性たちに向けられた眼差しということを考えてみると、
トイレのような極めて小さな空間だけ自由になれる女性たち。
しかしその束の間の自由さえすぐに横槍が入って何度も中断させられてしまうというその設定。
そうした女性たちが時に言い合ったりすれ違ったりしながらもそれぞれのやり方で先の長くない父と名を持って精いっぱいできることを重ねていく。
その様子は家族というものに限らず社会の中で生きる力なき人々たちですね。
女性に限らない力なき人々たち子供もそうかもしれません。
そういうようなものの人生というようなものも見えてくるような場面かなというふうに思います。
僕はこの映画を見ているとこの監督はきっと人の痛みをよく知る人なんだなというふうに思うようなそういうところもありますね。
だからこその優しさというか。
だしある種の冷徹さというか冷たさというか距離感みたいなものも同時に偏在するだけでやっぱりすごく愛に満ちた映画かなというふうに思いますね。
なんていうの?的確な視線と愛情なんでしょうかね。
それはある種子供という一つの言ったら媒介を置くことで非常に豊かに立ち起こした映画かなというふうに思いますね。
こんな感じで本作は7歳の少女の1日を追った非常に些細かな作品ではあるんですけれどもそこにはいくえにも私たちの人生につながってくるとても大切なメッセージを見つけられることができると思います。
さらに言えばですねこの映画その今ちょうどお盆ですよね。
亡くなった大切な誰かが帰ってくるこのお盆の季節に本作が公開されるということも非常に意味があるかなというふうに思いますね。
見終えた後もずっと少女ソルのことそして自分の人生のことについて思いを馳せるような一本になっていますということで夏の終わりに願うこと。
明日8月16日から福岡はKBCシネマにてそして佐賀のシアターCAまでも近日公開という作品になりますのでぜひ劇場で見逃さずご覧くださいというご紹介でございます。
しばらく余韻が残りそうなじわっとしみそうないい映画ですね。
いい映画ですよ本当にぜひご覧ください。
じっくり見たいですね。
三好五閉のキャッチアップでした。ありがとうございました。
ありがとうございました。
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