映画「ヒンド・ラジャブの声」の紹介
この時間は、日替わりコメンテーターが独自の切り口で、多様な視点を提案するCatch Up。
木曜日は、クリエイティブプロデューサーの三好剛平さんです。 三好さん、おはようございます。 おはようございます。
さあ、今日はどんな話題でしょうか。 はい。
今週はですね、明日9月4日、金曜日より、福岡ではKBCシネマで公開となります。
「ヒンド・ラジャブの声」というですね、映画をご紹介します。
花声で。
花声で。私はね、三好剛平は花声なんですけどね。
映画のタイトルは「ヒンド・ラジャブの声」です。
この映画なんですけど、2024年に実際に起きたある出来事を、驚きのやり方で再演することで。
2024年って、最近じゃないですか。
なかなかヘビーな内容なんですけど、私たち観客もその当事者として引き込んでしまうような、大変強力な一本になっておりました。
その圧倒的な映画の力に当てられまして、あのブラッドピットなどなど世界の名だたる映画人たちがプロデューサーとして名前を連ねることを決め、
昨年のベネチャー国際映画祭ではグランプリを含む8冠受賞を皮切りに、
米国アカデミー賞やゴールデングローブ賞など各国映画賞でも注目を集めた話題作がいよいよ日本公開になりますという作品です。
ここからその魅力をご紹介していきます。
映画のあらすじと実話
まずはこの映画、ヒンド・ラジャブの声という映画のあらすじからご紹介したいと思います。
舞台はパレスチナ自治区のガザですね。
イスラエルによるパレスチナ自治区ガザへの攻撃が続いていた2024年1月29日、
パレスチナの石神月社という石十字みたいな人道支援組織なんですけど、
そちらのボランティアチームのもとに一本の緊急電話が届きます。
それは銃撃下の車内に閉じ込められた6歳の女の子ヒンド・ラジャブからのものでした。
女の子の名前なんですね。
ガザから避難しようとしていたヒンドちゃんとその家族は乗っていた車がイスラエル軍に攻撃されまして、
ヒンドちゃんを除く車中の全員が命を落としてしまいました。
電話を受け取ったボランティアチームはヒンドちゃんたちの親族たちの遺体とともに
車内に取り残されてしまったこの6歳の少女を何とか救出するために
電話をつないだままあらゆる手段を尽くしていくがという内容でございまして、
これは実際の事件を厳密なやり方で映画化した作品になっています。
監督と制作背景
まずこの映画を手掛けたのがチュニジア出身のカウテール・ベンハニアという女性監督なんですけど、
この監督は2020年の劇映画『皮膚を打った男』というなかなか衝撃的なタイトルですけどね、
この作品でアカデミー賞の国際長編映画賞のノミネートを受けまして、
さらにこの番組で実は昨年紹介もした非常に実験的なフィクションとドキュメンタリーが入り混じるような
ドキュメンタリー映画になっていたフォードーターズという映画があったんですけど、
この映画で観の国際映画祭のメインコンペ部門に出品されて、
優れたドキュメンタリー作品に贈られるゴールデンアイ賞という作品を受賞するなど、
各国の国際映画祭では既に評価を確立している機営の監督なんですね。
この映画ヒンドラジャブの声は何せスター俳優が出演するでもなければ、
その内容からも完成後、やっぱり観客に届けるにはどうやってしていくかなという、
非常に現実的なサポートが不可欠な状況にあったわけですけど、
そこでまず監督は業界の著名人たちに協力を募るべく作品を見せていくということをしたんですね。
そしたらやっぱりその映画がすさまじい力を持った作品だったので、
先ほど言ったようにブラッドピット、ホワキンフェニックス、ルーニー・マーラ、
そういった俳優陣に加えまして、映画監督であるスパイク・リーとか、
アルフォンソ・キュアロン、ジョナサン・グレイザーなど、
早々たる映画人たちがこぞって自らの名前を貸し出しますということに賛同して、
制作組織に名を連ねていくということになったわけですね。
結果的にはそういうこともあって、第82回ベネチア国際映画祭で、
世界初上映、プレミア上映されますと、銀次首長という審査員グランプリをはじめ、
なんと8冠を達成しました。
第98回アカデミー賞では国際長編映画賞にノミネートされました。
そういう作品なんですね。
制作手法とリアリティ
ここからですね、その作品の中身の話もちょっとしていくんですけど、
まずこのヒンド・ラジャブの声というこの映画なんですけど、
監督自身がやっぱりその2024年1月に実際に起きたこの事件の、
ヒンドちゃんの音声をですね、その翌月か翌々月ぐらいに、
インターネットで非常に話題にもなっていたので、
その当時に聞いたということをきっかけに、
このパレスチナ赤心月社やヒンドちゃんのお母さんなどへの
綿密なリサーチを経て完成された作品になったということなんですけど、
これね驚くべきはその制作手法というか、その手法でございまして、
なんとですね、この劇中の電話シーンに、
その登場するヒンドちゃんの電話音声は、
事件当日にパレスチナ赤心月社にかかってきた、
実際のヒンドちゃん本人による本物の通話記録音声が使用されているんですよ。
そう、リアルなんだ。
すごいんです。
なんかもう、ドキュメンタリーですね。
そう、だからこの監督つくづくドキュメンタリーとフィクションのギリギリのラインでも、
どっちかというとほとんど事実そのまんまを、
もう一回再演するみたいなやり方を取るような監督なんですね。
さらにね、それを受け答える職員側の応答も、
録音に残された当時の発言を一言一句変更せず、
忠実に再現したということに加えまして、
なんと監督はですね、俳優そしておよびエキストラに対しても、
ヒンドちゃんの実際の音声だけは撮影本番まで一切聞かせずにしていたとしたんです。
カメラが回り始めた時に、
初めて彼らがヒンドちゃんからの緊急電話を本当に受けたような、
そういうような体験になるように準備を徹底したということなんですね。
映画が訴えるもの:無力感と現実
ちょっとそれ、動揺しそうですね。
すごいよね。
電話を受ける役を演じる。
いくら中身をリハーサルしていたとしても、
やっぱりその声がね、実際に来るわけだから。
そうすることで、やっぱりその俳優たちの反応は、
もはや演技を超えた、ありのままの人間の感情の反応、
そのものがカメラに収められることになったということですね。
なんでそれほどまでに厳密な進め方をしたのかというところが一つポイントなんですけど、
やっぱりこれは他ならぬ、実在するこのヒンドちゃんからの電話の音声、
もっと言えばその声の力ですね。
それをこちら側で受け取る一人一人の人間の感情の反応こそが、
この映画が世界に訴えるべき非常に重要な、
最重要な要素であったからということだと思うんですね。
何せね、電話の向こうで泣きながらですよ。
まだたどたどしい言葉遣いで必死に、
助けて、早くお迎えに来てお願いっていう、
これを繰り返し続ける6歳の女の子なんですよ。
6歳ですよ。
しかも職員が泣きじゃくる彼女に何とか質問を重ねていって、
聞き取れた事実でいけば、実はヒンドちゃんはまだ小学校にすら上がっていない、
現地の幼稚園のちょうちょ組に通うような幼い女の子なんですよ。
これ分かると胸が引き裂かれるような思いになるわけですけど、
そんな小さな子供が車中にいることを知りながら、
イスラエル軍は車に向けて意図的な銃撃を行って、
同乗していた親族たちは全て命を落としてしまった。
その状態の中で一人車中に取り残されて、
近くに戦車が迫るその恐怖に震えながら駆けてきた、
ヒンドちゃんからの緊急電話を職員は、
そしてそれを見ている観客の私たちは受け取るわけです。
この映画がすごいのは、職員が受け取ったヒンドちゃんからの電話を、
まるで観客である私たちが電話を取っちゃったみたいな、
受け取っちゃったみたいな、そういう感覚をもたらすものになっているってことなんですね。
姿の見えないヒンドちゃんの悲痛な声と迫る危機に対して、
職員とそして私たちは、とにかく1秒でも早く救助を発出させてあげたいわけです。
なんだけど、そこまで車でわずか数分の距離なんですよ。
そこまで車を出すには、現場を制圧している敵側イスラエルの治安部隊との通行調整が承認されていない限りは、
救助に向かう職員たちの安全まで危険にさらしてしまうということになるんですね。
なのでその車でたった数分のその距離にいるヒンドちゃんをただ迎えに行くっていう、
それだけのことすらできないという無力感が厳然と、職員とそして私たちの前に立ち上がっていくわけですね。
この圧倒的な無力感なんです。
その刻々と迫る危機に対して一切のなす術を持てないまま、ただ状況を見守って祈るしかない感覚。
これをですね、劇中の職員と私たち観客は決定的に見る中で刻み込まれていくわけですね。
ここがやっぱりポイントなんですけど、
そもそも映画っていうのは、その映画の観客っていうのはね、
見えている、ただそこに生きている人々の生の様子をですね、見守って祈ることしかできないっていう、
映画の鑑賞体験そのもの自体がそもそもそういうものなんですよね。
そういうことが意識されるわけですけども、重要なことは、この映画、
今映画を通じて私たちに作られたこのヒンドちゃん、そしてもといえばガザの出来事っていうのは、
映画のために作られた架空の物語ではなくです。
わずか2年前に、たった2年前ですよ。
実際に起きた出来事であって、何なら今も進行中の私たちの現実であるという事実です。
それをしつこく言い換えるならば、この映画を見る私たち観客にとって、
この現実はただ見つめて祈るしかない映画の鑑賞とは違うわけです。
自分たちがまだその結果に何かしら変化を与えることができる、
その作用ができ得る、その可能性が残されたこの現実を、
私たちは今この瞬間も生きているという事実に他ならないと思うんですね。
映画の力と鑑賞者への問いかけ
だからこそ、その映画っていう表現はね、やっぱりね、
今はそこに存在しない過去からの声を観客にめちゃくちゃ鮮烈に受け取らせてしまう、
めっちゃ強力なアートフォームなんです。
これも本当に僕映画見ながら常に感じることなんですけど、
この映画で言えばヒンドちゃんが車の中で震えながら走ったその悲痛な呼びかけが、
2年の時を経て私たちに届いたわけですよ。
その時に私たちはこれからの自分たちのせいを通じて、
どのようにそのヒンドちゃんの声に応答するのか、応答できるのか、
私たちはヒンドちゃんの声を決して忘れちゃいけないという風に思うわけですね。
いう事でこの映画です、ヒンドラジャブの声、
明日9月4日金曜日に福岡ではKBCシネマで公開となります。
本当ね、これね、類を見ない映画体験だと思いますよ。
今もなお続くこの現実も含めて、どうか劇場で受け取って、
これからの自分の生き方に少しでも反映するものにしてもらえたら、
という事で必見な一本だと思います。
映画というものに出来うる可能性を秘めた作品ですし。
何が出来るか自分に。
そうそう。
ダイレクトに問いかけられている。
作り手もかなりこっち側に託していくというか、
もうきちんと残していくつもりで作ったなというのがあるから、
それをちゃんとバトンとして引き継がなければいけないと思うし、
自分が何が出来るか考えるような機会になる一本だと思います。
パレスチナだけじゃないからね、こういう事が起きている場所が。
本当にそうなんです。
いろんな事に思いを馳せるきっかけになるし、
そして広く捉えちゃうと、あそこで起きているんだなぐらいになる。
そこのグーッと寄っていく感じね。
起きているんだ、現実なんだという事を改めて。
なんか電話取ったみたいな感覚が本当にあるからですね。
ちょっとなかなかですよ。
時に自分の心の中がどう動くのか、ちょっと体験してみたいですよ。
覚悟して見に行きたい。
自分ごとに置き換えられる。
でございます。
素晴らしい作品ですね。
コーナーの締め
ここまで三好豪平のキャッチアップをお送りしました。
三好さんありがとうございました。
ありがとうございました。
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