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さよなら 中洲大洋
2024-03-21 11:36

さよなら 中洲大洋

クリエイティブプロデューサー 三好剛平
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毎週木曜日のこの時間は三好剛平のCatch Up、クリエイティブプロデューサーの三好剛平さんです。おはようございます。
今日は、非常に寂しい話題ですね。
そうなんですよね。来週3月31日に、その78年間の営業に幕を引く福岡の老舗映画館ですね、中洲大洋劇場。こちらのささやかではありますけれども、さよなら中洲大洋特集みたいな形でお届けできればなと思っております。
涙で泣きすぎて声が枯れたわけじゃないですね。
そうなんですよ。すみません、聞き苦しい声になって恐れていますが。よろしくお願いします。
まず、リスナーの方にはお馴染みかと思いますが、改めて中洲大洋という劇場の歴史について少しだけ触れたいと思います。
第2次大戦が終戦しまして、わずか8ヶ月後、1946年の4月に博多の人たちを娯楽で明るくしたいということで開業したのが、この太陽洋画劇場です。これからはアメリカの時代であるということで、アメリカ映画の配給権を持つセントラルモーションピクチャー社という会社があったわけですけれども、ここと日本で初めて契約を交わした。
すごいんですよ、実は。そうなんです。洋画専門館としてスタートを切ったということで、1作目の興行でありました。その上映したのが、チャールズ・チャプリンの黄金郷時代という作品でございます。これが2週間で6万人を超える観客を集めた。
すごいですよ。すごいです。その後、1952年には現在の建物が完成しまして、以来実に78年間、地元の人々から愛される劇場として営業してこられたということです。中でも、1983年、これも伝説として語り草になってますけれども、イーティーテイがありますね、スミマークですけれども、この映画、実に半年間も上映される異例の。
当時の異例ですよね。
90年代半ばぐらいから、日本の映画界にも、シネマコンプレックスという新たな劇場工業スタイルが日本に上陸する形になって、映画館ビジネスも大きな転換を迎えるわけですね。96年には、中須太陽もそのすぐそばに、キャナルシティ博多のシネマコンプレックスが開業するということから、それ以降もどんどんシネコンが増えていく中で、それ以来、やっぱり来場者数が少しずつ減少を余儀なくされていったりとか。
あるいは2020年以降ですね、コロナ禍なんかも重なって、やっぱりなかなか苦しい部分もあったわけですけれども、現在に至るまでずっと、僕自身もそうですけど、この映画館で見たいんだよっていう作品があると。そういうお客さんがたくさんいらっしゃるというところに、なんとか踏ん張りながら、その声に応える形を続けて、今まで営業してこられたということですね。
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だったんですけれども、2024年、建築から70年以上が経過した、この建物の老朽化を理由として、3月31日をもって営業を終了しますと。取り壊しも行うということで発表がされました。3月31日までは劇場の歴史の中でも、特に多くの観客に愛された名作たちを特別編成した、今、さよなら工業ってやつが絶賛展開中で。
僕もあの劇場前通るんですけど、もうすごいです。ひしめき合うように、お客さんがもうひっきりなしに入っては出てはみたいな感じで、本当に盛況に展開されてますね。そんな泣かせたいようなんですけれども、ここから限られた時間ではありますけれども、その思い出と感謝と愛を詰めてご紹介できればなということで、みんなでちょっとあの劇場について思いを馳せる時間にできればなというふうに思うわけです。
まず田畑さん、瑞希さんもですけれども、あの劇場について個人的な思い出とか、太陽で見た忘れられない映画とかあれば少しお聞きできればなという。
何かのタイタニックを見たな。
瑞希 私はボヘミランラプソです。
今回のさよなら工業でももう一回入ってますけどね。
いやいやもう本当にやっぱりみんなそれぞれにあの劇場については個人的な思い出がたくさんあるわけじゃないですか。今回実はこの特集に向けて、僕も知人数名にですね、声をかけて、まああの個人的な思い出、劇場の個人的な思い出とか、太陽で見た忘れられない映画っていうのがあったらちょっと教えてって言ったら、まあね、どなたもですね。
もうあふれんばかりの長文メッセージくださいまして、本当だったらちょっと全部読んであげたいんですけど、まあそれちょっともう抜粋になるんですけども、ここからちょっとあの少しでもご紹介できればということで、あのまず一人目、Kさんのコメントをちょっとじゃあすいません田中さんお願いします。
Kさん。幼い頃実家の家業が忙しく、週末や休みの期間は親族に預けられていたのだが、普段落ち着きのない子供も映画を見せておけばおとなしくしていたので、親族に連れられての映画鑑賞機会は増えていき、それが何よりの楽しみだったことを思い出します。
Kさん。今の一覧がある劇場の向かい辺りには、当時本屋があり、太陽での映画鑑賞後、感動の気持ちのまま、よくロードショーやスクリーンを買って帰ったことも思い出します。それからというもの、雪だるま式に映画好きに拍車がかかり、今では狂信的な映画好きになりましたが、いつも隣には太陽の存在がありました。
Kさん。いわばこれまでの人生、太陽と共に生きてきたと言っても過言ではなく、太陽がなかったら間違いなく違う人生を歩んでいたと思う。できることなら同じ地で、ニューナカス太陽として復活してほしいと切に願う。ともあれ、太陽殿。ひとまずは78年間、今まで本当にお疲れ様でした。また必ずお会いする日まで。
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Kさん。大学でアメフトをやっていたとき、その日はクリスマスイブだったのですが、仲のいい連中3人で筋トレをやっていました。でもクリスマスイブが筋トレだけで終わるのはあまりにも悲しい。ということで映画を見に行こうと決めて、しかし恋愛者はこの3人ではあまりにも悲しいので、ナカス太陽でメインブラックを決めました。
映画はかなり楽しく鑑賞して、パンフレットでも買おうかなと売店を覗いていると、3人のうちの1人が特に何の躊躇もなく、メインブラックモデルのレイバンのサングラス1万2000円を買いました。それまでクリスマスイブに筋トレをするような悲しみサイドの人間と思っていた彼は、実は裕福な人間で、こちらサイドから出て行くのも時間の問題だという格差が実感されてかなりのショックを感じ、その後実際そうなりました。
映画館だけではない。いろんな思い出が引き詰められております。続きまして水木さんもお願いします。
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