おたよりフォーム
https://forms.gle/um1KYvj2UCC9BtRG6
内容
「つげ義春のいるところ」展と原画のすごさ/『つげ義春 名作原画とフランス紀行』/『つげ義春大全』と我々の知らないつげ義春
「ゼーロンの背中 #14 語りえぬもの、つげ義春」
https://open.spotify.com/episode/7cjQ5SSuJO6JYNePzomHAZ?si=R5yIj16OTQmQyFsBFksLBg
『つげ義春 名作原画とフランス紀行』
つげ義春大全
『つげ義春大全 第四巻 ゆうれい船長 不思議な手紙』
『つげ義春大全 第五巻 剣心一路 幕末風雲伝』
『つげ義春大全 第六巻 生きていた幽霊 恐怖の灯台』
感想
まだ感想はありません。最初の1件を書きましょう!
サマリー
本エピソードでは、つげ義春の「つげ義春のいるところ」展と作品集『つげ義春 名作原画とフランス紀行』を巡り、彼の知られざる初期作品から代表作「ねじ式」に至るまでの画風の変遷と、その創作の背景に迫ります。特に『つげ義春大全』全19巻を読み解き、多くの人がイメージするつげ義春像とは異なる、初期の探偵ものや時代劇の面白さ、そして晩年の作風へと繋がる過程を解説しています。
つげ義春のいるところ展と初期作品
特殊カルチャープログラム NOIZ NOIZ NOIZ FM 暗黒編集者の Jun Okuboです。本日は語ぶるいジャーナルの第7回をお送りします。
語ぶるいジャーナルは、私 Okuboが主に一人でお送りしている本の話を中心としたカルチャートーク番組です。 番組の概要欄にお便りフォームのリンクも貼ってありますので、ご意見ご感想
質問リクエストなどお待ちしております。どしどしお送りください。 ということでですね、本日は
つげ義春の話をちょっとしてみたいなぁと思っております。 つげ義春は3月に亡くなったわけなんですけど、ちょうどですね、ちょっとその直前まで東京の京王線の
調布というところで、つげ義春のいるところ展という展示会展覧会をやってたんですね。 でまぁこれが3月19日が最終日だったんですけれども、そこにまぁちょっと駆け込みで行ってきたんですよ。
で、主に幻画、複製幻画っていうんですかね。ちょっとその複製幻画というのは本当の本当の幻画とどう違うのかというのがちょっとイマイチ、漫画のことにおいてはよくわかんないんですけど、まぁとにかく幻画が展示されておりまして。
でまぁ、つげ義春という人はその調布に長年住んでいたので、まぁいわゆるその詩小説的な作品なんかには調布の風景みたいなのがかなり書き込まれておりまして、でそれはまぁちょっと実際のね写真と並べて飾られてたりとかしてるのも面白かったですし、あとはまぁあの三宅翔監督の旅と日々という映画が昨年かな、公開されましたけれども、
そのまぁ原作の一部となったことでまぁもう話題にもなっていました。海辺の除景という短編です。まぁこれの幻画なんかが全ページ飾られていたりしてですね、これがやっぱり幻画を見ると改めてですね、こう要はその印刷で見るよりもまぁいわゆるタッチみたいなものっていうのがよりフィジカルに見て取れるというかね。
とにかくあの墨の表現、まぁやっぱりその背景の墨の表現がなんかもうすごいなと思ってですね、今更ながらあの本当にこの人絵上手かったんだなぁと思ったりしてまぁ感心したりしまして。
展示会終了後、まぁ見に行った後に新庁舎から出ている杉吉春名作原画とフランス気候という本があったので、ちょっとねそれなんかも読んでみたんですけども、でこれはまぁ先ほども言った海辺の除景とあとまぁ本やら堂の弁さんという同じく旅と日々の原作の一部になっている作品をはじめとして、
何作か複製原画という形で本になっているのと、それプラスフランスで大々的な展覧会が開かれた時にフランスに招かれてその杉吉春が行った時のその鎮動中ぶりみたいなものが掲載載っている本なんですけども、
まぁとにかくですね、まずせっかくフランス呼んでくれてるっていうのにとにかく行きたがらないんですよ。それ以前にもう翻訳されること自体にもなかなかOKを出さなかったみたいな話で、なんか本人曰く目立つのが嫌だみたいなことを言ってるんですね。
でもうフランス行きももう当日空港に来ないかもしれないとかそういうのを周りが本気で警戒するくらいにもう本当にやりかねないみたいな人だったようなんですけど、行ってからもとにかく食べ物が口に合わないとかそんなことばっかり言っているっていうですね、みたいな感じでまぁ変わった人だったんだなっていう風な印象だったわけです。
とか思っていたらその翌週くらいに不法が入ってきまして、しかも亡くなったのがなんか3月3日だったのかな。だからもうその展示会最終日に僕が見に行った時にはもう亡くなってたのかということでね、それはそれでなんかちょっとこう不思議な気持ちにはなったりしたんですけども、まぁちょっといい機会なわけということで、
つげ義春大全に見る画風の変遷
講談社から出ている杉義春大全っていうのがあるんですけども、これをとりあえず漫画の文だけ全巻読んでみました。漫画だけで19冊ありまして、他にエッセイなんかを収録した別巻が2、3冊かな、あるわけなんですけれども、
これ読んでまずびっくりしたのは、この全19巻中、我々の知っている杉義春っていうのが現れるのは15巻くらいなわけです。それまではもうちょっと我々の想像する杉義春とはだいぶ印象の違うものっていうのがたくさん載っている。むしろそっちの方が全然多いっていうことですね。
漫画家の川勝徳重さんという方が、文学評論家の柴崎裕二さんとやっているゼロの背中というポッドキャストがありまして、この川勝さんというのはやっぱり、僕も以前に作品を読んで、やっぱり杉義春の影響があるんだろうなって、漫画に疎いながらも思ったくらいの方なので、やっぱり杉義春についてはなみなみならぬ思い入れがある方なんですけれども、
この方が言っていたのが、杉義春というのは自分の絵がない人なんだと、自分の画風というのが実はないんだということを言っていて、これは杉義春大全を読むと本当によくわかります。
一番最初期というのは、これはすごい雑に言っちゃうと手塚治虫影響家にあると言いますか、この辺も漫画詳しい人に言わせれば厳密にはいろいろあるんだろうと思うんですけど、ざっくり言っちゃうと丸っこくてすごく動きのある感じの絵ということですね。
藤子富次夫とか石森翔太郎とか赤塚富次夫とか、そういった方々もデビュー当時はやっぱり手塚影響家って感じの絵を描いていたわけなんですけれども、ああいうラインのものです。
初期の頃は探偵ものとかを描いているんですけど、こういうのが躍動感があってすごい良いんですよね。
これもやっぱりいわゆる我々の知っている杉義春とはだいぶ違う印象なんですけど、これはやっぱりすごく対戦を読んで上ですごく発見でしたね。
そこから作品が追っていくごとに、杉が主戦場としていたいわゆる歌詞本漫画のシーンというのは、いわゆる劇画というのが出てくるわけで、その影響もあるんだと思うんですけど、だんだん絵がリアルになってくる。
プロレタリア文学みたいなやつ、おばけ煙突という短編があったりして、煙突掃除風が何日も雨が降っていて、煙突掃除がなかなかできないみたいな、お金がないみたいな時に、
ちょっとの雨ならこのくらいならできるよみたいな感じで、仕事に行ってしまうんですが、というようなプロレタリア文学みたいな作品があったりするわけなんですけど、
そういうのもありますが、基本的に初期というか、全体3分の2くらいのもので多いのは、初期は探偵ものが中心、あと時代劇というのが結構最初から多くて、特に時代劇、探偵ものでもそうかな、演出するモチーフというのがありまして、
一つが、よくしてくれていた人が実は親の仇という話ですね。これは多分、当時のエンタメの定番パターンみたいなものだったのかなという気がします。
それ以外によく出てくるモチーフというのがあって、まず一つが戦国時代みたいなのを描いているもので、出世のために家を捨てて戦に行く農家の若者みたいなのが出てくるわけです。
この時点で想像はつくわけなんですけど、やつき刀折じゃないですが、最終的にはかなり悲惨なことになる。悲惨になることのパターンの一つでもあるんですけど、いわゆる死死断絶というか、片手を失う、片足を失うとか、そういったモチーフというのがすごくよく出てきます。
この辺りというのは、ちょっと世代的にひょっとすると、戦争の記憶とかもあるのかもしれないなぁと思ったりしました。
そこからですね、時代物については、忍者武芸帳、白刀三兵衛の大ヒットというのがありまして、
本当に白刀三兵衛教科の忍者漫画みたいなのが、もうウゴのタケノコ的に山のように出てきたらしいんですけど、津吉春もですね、もう白刀三兵完コピみたいな画風で、結構たくさん時代物を描いています。
それも忍者ものもありますし、宮本武蔵を描いたものとかですね、あったりして、この辺はやっぱり白刀三兵衛の影響だけでもなく、この辺はやっぱり津吉春の個性だとは思うんですけど、すごい血も涙もないような話が多いです。
特にですね、残酷帳シリーズというのがありまして、これなんかかなり悲惨な話ばかりという感じです。
ちょっとね、やっぱりその歌詞本というもの自体も、世の中からなくなっていくみたいな感じで、やっぱりなかなか津吉春自身も仕事がなくなっていったりはしたようなんですけど、その後、ガロが創刊されまして、
ガロというのは初期の頃は、とにかく白刀三兵衛のカムイ伝を載せるために創刊されたみたいな雑誌だったわけなんですけども、ガロ、初期の2枚看板としてはやっぱり白刀三兵衛と水木しげるだったわけなんですけども、
ここに白刀三兵衛からのフックアップみたいな形でガロに寄稿するようになりまして、この辺りからいわゆる我々の知って津吉春というのが現れることになります。
我々の知るつげ義春と晩年の作風
我々の知って津吉春というのはどういうのかなというと、一つは詩小説風のものですね、夫婦生活とかを描いたようなもので、ちょっとユーモラスなところもあるようなものだったり、
これっていうのは最終的には無能の人に結実していくようなものですね。あとは旅物です。これもなかなかいい作品が多くて、特に温泉宿に行く話みたいなやつですね。
この温泉宿物っていうのは実は結構初期の探偵ものを描いてたあたりからちょいちょい出てきたようなものでもあります。あとはねじ式を頂点とするシュールなものですね。
ねじ式はやっぱり本人にとっても結構手応えのある作品だったような、手応えもあるし力を入れて描いた作品でもあったようなんですけど、そのねじ式の後、夢を漫画にしていた時期っていうのがありまして、何作か描いてるんですけども、
これはですね、結構夢をそのまま漫画にしました的な感じで、逆にそのねじ式っていうのはかなり構築されているんだなというのがわかるようなものになっています。
ねじ式は大全を全部読んだ上で、やっぱりねじ式っていうのは突出してるなと僕はなんだかんだで思いましたね。すごく構築されたシュールさっていうのもありますし、背景を含めて描き込みのもの凄さとかもありますし、ベタなんですけどやっぱりすごいものがすごいなっていう感じです。
第19巻が無能の人が載っているもので、1987年を最後に、結局その後新作が出ることはなかったわけなんですけど、どうもそのね、この解説によると草案というかね、下書きだったり、ちょっとこういうのを描こうと思ってるんだけどって編集者に言ったりみたいなそういうことはちょいちょいあって、中には悪くないものもあったようなんですけど、
そういうのがなかったというようなことです。
でですね、なんかどうもね、菅義晴っていうとすごく売れてなくて貧乏でみたいなイメージが強くてですね、それっていうのはもちろんね、鳥山明とかね、そういう人に比べたらもちろん売れてもないしお金もなかったかもしれないけど、
まあ別にそこまで困っているって感じでも実際はなかったようで、いわゆる詩小説的な作品で書いているものっていうのも結構フィクションが混じってたというような話です。
作品は書いてなくてもですね、結局ちょいちょい作品集みたいなのが出て、そうするとね、作品集がそこそこ売れるんで食えちゃうみたいなことでですね、
それで漫画評論家の団体みたいな人たちが作品集出していると新作書かなくなっちゃうから出さないでくれみたいなことを大手出版社に要求したなんていうこともあったそうです。
そういう作品集は手に入りやすいものもいろいろあると思うので、いわゆる我々の知って菅義晴っていうのはそういうやつを買ってみるといいんじゃないかと思うんですけど、
講談社の菅義晴大全に関して言いますと、どうせ読むんだったらですね、探偵ものとか自在ものとかを読んでみるといいんじゃないかと思います。
これがですね、別にそのいわゆる作家が自分の作風を見つける、自分のスタイルを見つける前の修作段階だとか、
あとはそのね、本当に描きたいものを描けるようになる前にお仕事でいろんなものを描き散らかしていた時期だみたいなそういうふうに思われている方がいたとしたらちょっとそれは損してますよというか、
初期の作品は非常に生き生きとして面白いものが多いのでですね、探偵ものとか自在ものとかそのあたり、菅義晴大全でしか読めないようなものも多いですけども、面白いものが多いのでぜひ手に取ってみることをお勧めします。
まとめとリスナーへのメッセージ
というような感じで本日のゴブリュージャーナルはこんなところで終わろうかと思います。概要欄にお便りフォームが載ってございますので、ご意見ご感想などいただければと思います。ということで今日はどうもありがとうございました。
15:30
コメント
スクロール