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#179 埋もれた声を歌にする(2026.11.1)
2026-11-02 16:05

#179 埋もれた声を歌にする(2026.11.1)

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#179 埋もれた声を歌にする(2026.11.1)

【サマリー】
10月31日、盛岡の「もりおか町家物語館」で聴いた寺尾紗穂さんのライブの話です。寺尾さんは、その日に図書館で見つけた岩手のわらべ歌を歌ってくれました。「歌の生まれる場所」が生まれるきっかけになったカッパの話からは、理解を超えたものを受け入れる心、「余白」について考えました。気づかぬふりをせず、一緒に歩くこと。それは人の話を聴くときにも大切な姿勢だと感じた一夜でした。

寺尾紗穂 コンサートin 盛岡
https://www.sahoterao.com/live/2026/10/1031-1.html

寺尾紗穂『歌の生まれる場所』
https://www.youtube.com/watch?v=sKadXgt1a_g
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感想

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00:13
23時9分、11月1日日曜日、青森県五所川原市、法永寺住職、小山田です。
今日で179回目の配信になります。
はい、11月入りましたね。
最近の五所川原というか、青森というか、津軽地方ですかね。
えっと、だいたいですね、雨降ったり晴れたり、雨降ったり晴れたりっていうのはこう、短いスパンで繰り返されていって、
それがだんだんだんだん寒くなって、まあ雪になるっていうのは、まあだいたいそういう流れですけど、
やっぱりもう雨降るたびに寒くなっていってですね、まあそろそろこう雪が降り出すのかなぁなんていうふうにして感じる毎日でですね。
えっとやっぱりあのタイヤ交換する人も増えてて、今日ちょっとあのタイヤ交換そろそろしなきゃなぁと思って、
あの連絡したんですけど、やっぱり混んでてですね、なかなかこう順番待ちっていう感じらしいですね。
でですね、昨日はですね、昨日夜ですね、僕はあの盛岡までですね、えっと寺尾紗穂さんのライブに行ってきたんですよね。
あの寺尾紗穂さんのライブって僕は見たことがなくてですね、ほんといつかこう生で聴いてみたいっていうふうにして思ってたアーティストですけど、
初めてですね、生の声が聞けて、ほんといい夜だったなぁと思ってましたね。
盛岡のですね、会場がですね、盛岡のここも初めて行ったんですけど、
鉈屋町っていうところにあるもりおか町家物語館っていうんですね。
これもともとあの酒蔵だったらしくて、2006年までですね、お酒作ってたっていうようなことでしたけど、
それを生かしたですね、あの施設で、あの本当にですね、長い時間重ねてきた建物のたたずまいがですね、
ほんと素晴らしかったなぁと思ってましたね。もうさすが盛岡ですよね。
中入るとですね、どのぐらいの人数が入れるのかなぁ。
結構大きなホールになってて、100人ぐらい入れるんですかね。
そこの正面にドーンっていうふうにして、あのグランドピアノを1台置かれててですね、
それがステージになってましたね。
03:01
寺尾さんが時間通り出てきて、その大きいグランドピアノの前に座って、
歌い始めるんですけど、その第一声、第一音で、
ぐーっとこう会場の雰囲気が一気に変わる。
で、ずいぶんそこに引き込まれていくっていうような感覚になりましたね。
そのまま進んでいくんですけど、途中ですね、寺尾さんがMCで盛岡着いて、
図書館に行ってきたっていう話をされたんですよね。
その図書館で岩手県のわらべ歌っていうのを見つけてきたからっていうことで、
そのわらべ歌をですね、そのステージで歌ってくれたんですよね。
その地域の中で、もう誰も歌わなくなって埋もれてしまいそうな、
そういったわらべ歌ですけど、それがちゃんと図書館で採譜ですね、
楽譜にして書き留められて集められたりしてるんだなっていうのもすごく驚いたんですよね。
これ青森とかでもあるんですかね。
そういうふうにして採譜してる人たちがいるっていうことにまず感動したし、
それ以上にですね、それを偶然見つけて、その日のうちに歌にして届けてくれるっていう、
寺尾さんにはすごく驚いたんですよね。
後半ですね、寺尾さんのアルバムで、
「余白のメロディ」っていうアルバムがありますけど、
その中に入っている「歌の生まれる場所」っていう歌を歌ってくれたんですけど、
その前にですね、MCがあって、カッパの話をしてくれたんですよね。
この「歌の生まれる場所」っていう歌が生まれるそのきっかけになったカッパの話をしてくれたんですよね。
岩手県でカッパっていうと、遠野物語の遠野ですよね。
遠野がカッパのふるさとなんて呼ばれてますけど、
寺尾さんの話はですね、福岡の筑後川の近くの会場でライブしたときの話なんですよね。
一緒に演奏をした方とお客さんの中に目に見えないものが見えるっていう人がいて、
06:02
2人の話を聞くとですね、そのライブにですね、カッパが聞きに来てたかもしれないということで言われたらしいんですよね。
せっかく来てくれたんだったらってことで、MCで寺尾さんがカッパの話をしたら、カッパたちはすごい喜んでくれたっていう話なんですよね。
その後に寺尾さんが東京に戻ってこの話をすると、面白がってくれる人と、ちょっと引いちゃう人がいたっていう。
寺尾さんがその様子を見てですね、なるほどと、見えないものはいない、見えないものはいないっていうふうにして考える人と、
自分には見えないけどいるのかもしれないって思う人っていう、そういう人たちがいるんだなっていうことを気づくんですね。
寺尾さんはですね、これは妖怪とか幽霊だけの話じゃなくて、例えば多数派ではないけど、確かに困ったり苦しんだりしてる人がいる。
でも、何もそこに気づかない人、感じない人っていうのもやっぱりいるわけですよね。
別に気にしすぎだよとか、神経質だねとかっていうふうにして片付けられてしまう。
まあそういうことありがちですよね。
でも自分には分からない、理解を超えている、だけどあるかもしれないっていうふうにして。
そうやって受け入れられる心のことを寺尾さんは余白っていうふうにして呼んでる、そんな話をしてましたね。
なのでこの歌が入ったアルバムの名前もそこからなのか、「余白のメロディ」っていうふうにしてなってますよね。
余白ですよね、余白。
これがですね、例えば何か人の話を聞くとかっていう場面になると、やっぱり亡くなった人の気配を感じるとか、亡くなった人が夢に出てくるとか。
あるいは何か分からないけど辛さが消えない、苦しさが消えないとか、そういった話ってやっぱりあるわけで。
だけど大体ですね、そういった話っていうのはそんなことあるわけないとか、考えすぎとかそういうふうにして言われがちでですね。
だけどやっぱりそれを自分には見えないし、自分には分からないし、ちょっと理解を超えているなっていうことでも、でもそれはないわけじゃなくて、
09:11
そこにあるかもしれないっていう、そういうのを素直に受け入れられる心っていうのは、本当に人の話を聞くには大切なことで。
つまり、聞く側にそういった寺尾さんの言うような余白っていうのがあるかどうかって、とっても大事なことだと思うんですよね。
そういったカッパの話ですね、そのカッパの話がきっかけで、ちょっとお話戻りますけど、この「歌の生まれる場所」っていう歌が生まれたっていうことですね。
この歌のですね、歌詞もやっぱりとってもよくてですね、例えば、真ん中ぐらい、後半ぐらいにですね、言葉があって論理があって正しさまで揃ってしまうと、
気持ちが見えなくなって、想像力が色褪せて、歌が小さくなっていく、歌が小さくなっていくっていうふうな表現があってですね。
これは良いですよね。
つまり、例えばですね、悲しみとか辛さの中にいる人たちに対して、僕らは例えば、すごい正しいことをやっぱり言うんですよね。
時間が解決するとか、前を向かなきゃみたいな感じで言いがちなんですけど、
もちろんその言葉自体はですね、全く間違ってないし、正しい言葉ではあるけれども、そういう論理的であって、正しさがある言葉っていうのが、その人の歌を小さくしていくっていうような表現されてますよね。
その後にですね、僕らは変わらないし変われない、そういうあなたに一番綺麗な夕焼けをあげようって言うんですね。一番綺麗な夕焼けをあげようですね。
で、一緒に歩いていこうっていうような歌詞になってるんですけど、ここも本当にいいなと思っててですね。
つまり、夕焼けっていうのは別に人にとっての答えではないけども、一緒にそれを見ることができる、眺めることができて、一緒に夕焼けに向かって歩いていくことができるっていうことですよね。
12:03
その辺がですね、結構グッとくる歌詞だなと思ってましたね。
で、あとはそうだな、最後の方もいいですね。最後の方もいいですね。
耳に届くざわめき、気づかぬふりはしないっていう、本当に強い決意のような歌詞になってますけど。
で、寺尾さんのいろんな書かれたものとか、やっぱり読むと、もう本当に一貫してるなっていうようにして感じていて。
やっぱりこう、社会の中でないことにされてる人たち、あるいは苦しみとか、そういったもの全部含めて、あるものはあるっていうふうにして。
で、それはきっと見ることができないかもしれないんだけど、だから見ないっていうことじゃなくて、そういった目に入ったもの、感じたもの、耳に入ってきたもの、そういったものに対して気づかぬふりはしないって
いうことですよね。
で、寺尾さん自身はですね、それを自分でおせっかいだからっていうふうにして、笑いながら言ってましたけど、さっきのあのわらべ歌とかもやっぱりそうで。
図書館に行って偶然見つけた岩手県のわらべ歌ですね。こういった埋もれてしまってるようなわらべ歌が、寺尾さんの歌によって立ち上がってくるっていう、埋もれてしまうような声っていうのを見つけて拾って、
それをちゃんと歌にして、その人が確かにいたっていうことをですね、歌われなければなかったことにされてしまうっていう誰かを立ち上がらせてくれるっていう、そういうところが寺尾さんの一貫したところで、
その決意みたいのがこの「歌の生まれる場所」の最後ですね。気づかぬふりはしないっていうふうにして結ばれているっていう。気づかぬふりはしない、そして一緒に歩くっていうことですね。
この「歌の生まれる場所」っていうのは、寺尾さんの「余白のメロディ」っていうアルバムに入ってるんですね。この「余白のメロディ」って全曲いいんですよね。なので、よかったらですね、ぜひ聴いてみていただけたら
15:11
と思います。
ということでですね、きのう盛岡であった寺尾紗穂さんのライブの話だけになっちゃいましたけど、11月も始まりましたので、11月の予定はウェブサイトの方にも掲載されてますので、またチェックしていただいて
ですね、たまにお寺に寄っていただけたらなと思います。
では今日はこの辺で終わりにしたいと思います。最後まで聴いてくださった皆さんありがとうございます。ではさようなら。
16:05

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