Ayo! by Genesia
みなさんこんにちは、ジェネシア・ベンチャーズのタカこと鈴木孝博です。
この番組では、最新技術や市場トレンドのリアルを企業型キャピタリストの視点からひも解きながら、
事業の01に挑む野心を深掘っていきます。
Ayo!はインドネシア語でカモン、レッツゴーという意味、プレイスリリースには出てこないここだけの話をお届けしていきます。
本日ゲストとしてお迎えするのは、アジアの教育機関のDXを推進するエドテックカンパニーの
マナビインターナショナルPTE LTD、共同創業者兼CEOの本間拓也さんと、
パフォーマンスフットギアの製造販売を行っているニューロ株式会社代表取締役、船瀬優太さんです。
よろしくお願いいたします。
よろしくお願いします。
よろしくお願いします。
若干、僕の冒頭が硬いんで、いつも通りでお話を進めていければなというふうに思うんですけども、
今日なぜお二人をお招きしたのか、みたいなところの話を前半に触れていければなというふうに思うので、よろしくお願いいたします。
簡単にお二人から自己紹介をいただけると嬉しいです。
じゃあ、拓也さんからお願いします。
マナビイという会社のCEOをやっております。本間と申します。
マナビイというのはエドテックの会社でして、シンガポールで2019年に創業した会社になっております。
今はシリーズBまでやって、60億くらい累計で調達しており、ジャネシアさんには最初から付き合っていただいているというような感じになっております。
もともと2010年にクイッパーという会社をイギリスロンドンの方で創業しまして、
その会社が2015年にリクルートにマンデーされて、それからずっとエドテックを15、6年くらいやっているというような形になっておりまして、
今はですね、日本、東南アジア、主にフィリピン、ベトナムで展開しているというような形になっております。よろしくお願いいたします。
お願いします。じゃあ、ユータさんお願いします。
フナシティユータと申します。今、ニューロ株式会社シューズを作っている会社の代表を務めております。
昨年創業いたしまして、年明けてからシリーズラウンドで3.5億円の資金調達をジャネシアさんも組めてさせていただいて、
ずっと製品開発してたんですけども、ようやく9月から先行販売という形でシューズの販売を開始いたしました。
ここまで、創業に至るまでにはこのシューズをやっていたわけではなくてですね、
最初は外資系のコンサルティングの会社で勤めた後に、たぶんこれからお話に出てくるクイッパーという会社にジョインしまして、
そこで7年、インドネシアだったりフィリピンだったり海外の事業の立ち上げに大きく携わって、
そこがいろいろな現体験となってですね、私もグローバルに展開できるような事業をやっぱりもう一度やりたいという思いがずっと残っており、
今回のこのフットウェアという領域でグローバル展開も含めて目指していくという決断をした次第です。
スタートアップでどちらかというと事業開発とか事業立ち上げ、及び組織拡大等をやってきたので、
そういった経験も活かしながらですね、ただ今回は01もしっかりやって、その先も見据えて大きくしていきたい。
そしていろんな人にシューズを届けたいというふうに思っております。
よろしくお願いします。
はい、ありがとうございます。
そうですね、今お話に出てきた通り、実はですね、ゆーたさんもたくやさんもですね、クイッパーでご一緒されていて、
かつ東南アジアで事業を行われていたところで、何年前でしたっけ、僕たちが最初に出会ったのって。
たぶん2015とかだと思いますね。
そうですね。
はい、インドネシアで。
いや、懐かしいですね。
はい、もうすごい時間が経ちましたね。
10年来です。
10年来の中のお二人と、こうやって、当時はね、僕がサイバーエージェントベンジャーズというサイバーエージェントグループのCBCで働きながら、
投資の仕事をしていて、実際エドテックの他の会社とかにも出張している関係の中で、クイッパーがインドネシアに出てきて、
エドテックお互い盛り上げていこうよみたいな感じで近くなっていったのかなっていうような記憶ではあるんですけども、
クイッパー時代のお二人って、ある種ツートップ体制でインドネシアを牽引してたっていうようなふうに記憶してるんですけど、
当時のクイッパーとしてのインドネシアどういった事業をやっていたのかだったりとか、
あとたくやさん、ゆーたさんのそれぞれのミッションだったりとか、そういったところをちょっと簡単にお話お伺いできると嬉しいなというふうに思います。
じゃあちょっと僕から、2015年からインドネシア本格的に展開し始めていて、
日本で成功していたリクルートのスタディサプリっていうモデルをインドネシアでも展開していくっていうことをクイッパーというブランドの中でやってましたと、
ふなっさんとは同じ建物に住んでたので、ほぼ毎日、毎朝カフェでミーティングしたりとかして、
オフィス行って一緒に仕事して、夜はまたディナーも一緒に食べてみたいな、本当に週7のうち週6ぐらいはずっと一緒にいるみたいな感じの生活をさせていただいたのが4年ぐらいやってたのかなと思ってますと。
ロールとしてはですね、2人でカントリーマネージャーという形で、なかなか珍しいかもしれないですけどダブルカントリーマネージャーみたいな体制でやっていて、
僕がマーケティングとかコンテンツとか、一応HRみたいな感じでやって、ふなっさんの方がもうセールス全般になっていただいたみたいな形になってるので、
僕がふわっとしたことをいろいろやりながら、ふなっさんがソリッドに営業の成績を作ってくださるみたいなことをやってた記憶がありますが、はい、すごい楽しくやったと思ってます。
確かに。
本当その通りで、なんか飯もそうなんですけど、定例のミーティングを多分週2さんぐらいで朝カフェでやってみたいな感じで、
金曜の夜に話して、でも土日でお互いそれぞれ事業のこと考えて、いろんなアイデアまた出てくるから、月曜朝で話すと、
ビジネスで的には全くすぐ直後なんですけど、またいろんなアイデアがわっと出てきて、2人でそれをどうしたりしていくかみたいな話をずっとしてですね、週末も含めて、いい意味で仕事に没頭していた期間だったな
というふうに思いますね。
あと仕事の方もそうなんですけど、やっぱそれぞれ当時すごいインプットしてたので、なんか本読んだりとかシリコンバレーの情報とかもお互いつけで結構集めていて、
特にタクヤさんとかも英語読むのも早いし、いろんな情報を取ってらっしゃったんで、それをじゃあどう事業に活かしていくかとか、単純に趣味的な興味のところでいろいろ盛り上がったりだとか、そういう仕事関連とかイ
ンプットも非常に下敷きだったなというのは思いますね。
うん、確かに確かに。2人とも偶然とはいえグローバルキャリアを歩まれている中で、タクヤさんにちょっとお伺いしたいなと思ってたのが、そもそも2010年のクイッパー創業時にイギリスにいたじゃないですか。
で、なぜあの時代にイギリスに留学を決めたのかも含めて、グローバル思考になっていたきっかけとかもあればお伺いしたいなというところと、あとクイッパー自身が初めからグローバルでスタートした珍しい日本のスター
トアップかなというふうに思うんですけど、一家国で立ち上げるではなくて、結構同時多発的にいろんな国に行こうとされてたっていうのは結構印象的で、その辺の意思決定の裏側だったりとか、進出国どうやって選んでい
ったのかみたいな、その辺の話もお伺いできればなというふうに思います。
はい、そうですね、あのまずなぜイギリスに行ったかというと、僕はあの山形県っていう結構田舎のところで生まれ育ちまして、僕サッカーやってたんで、遠征とかであのクラブチームで東北は行ってたんです
けど、東京は本当にサッカーの全国大会でしょうちゅうともに行ったぐらいが東京に行きましたみたいな感じの、まあ相当田舎で育ちましたと。
で、高校2年生の時に何を思ったか、ちょっと一回海外行ってみたいなと思って、行ったのがイギリスロンドンでして、 あ、そうだったんだ。
はい、もうイギリスっていうかロンドンっていう場所にすごい引き付けられ、もうここで勉強したいなと思って、本当はそのまま高校からストレートで海外の大学行こうかなとか思ってたんですけど、一応日本の大
学も行ったほうがいいよっていうのに先生とかに言われて行ったので、まあ結局その東大に入り、で東大入った時にはもう2年で辞めるっていうのを決意して、もうすぐ留学の準備を始めたので、
それでまあ結局2年間が終わって、半年ぐらいシリコンバレーに行って、まあいろいろやっていて、その後ロンドンに留学することになり、その留学中にちょっといろいろと国を回って、まあアフリカ行ったりとか中国行
ったりとかしてる中で、やっぱり教育がなかなか行き届いてないなっていうのを感じて、なんかやっぱグローバルで教育やりたいなって思ってた時に、あのクリッパーの僧侶舎の渡辺さんもちょうどイギリスにいて、その時
にですねロンドンのパブでたまたまで会い、
たまたまだったんですね。 はい、もうたまたまで、渡辺さんがこういう事業やりたいんだけどみたいな、すごいなんか100枚ぐらいのあの事業構想冊子みたいなの持ってて、それが僕がやろうとしてた
こととすごい似てたので、じゃあ一緒にやりましょうみたいな形でスタートしたっていうのがクリッパーの一番最初のスタートですね。
なるほどなるほど。 で、もともとクリッパーって、いわゆる苦悶をデジタルで全世界で提供するみたいな感じのビジョンでやっていたので、それを実現するために最初からグローバルいろいろと展開して
やってましたと。その後に2013年ぐらいにですね、じゃあ具体的にどこの国を注力的にやっていくかみたいなプロジェクトがスタートして、
ことさか先生とか今慶応で教えてらっしゃることさか先生、あとあのキャリーの加藤勇次郎さんとかがちょうど金銭入る前の大学終わってその後金銭入る3ヶ月ぐらいあるじゃないですか時間が。その時に彼もロンドンに
いて、一緒にグローバル展開じゃあどこやるかみたいなリサーチを壮大にやってですね、それで東南アジアの4カ国がいいのではないかってなったの、フィリピンインドネシアベトナムってなって、
で、その中からどこにしようってなって、あと誰が行こうってなった時に、英語喋れるからフィリピンで、で僕が一番若くて動きやすかったんでじゃあ僕が行きますみたいな形になって、フィリピンに展開したっていうのが
2014年ぐらいになります。
そうですよね、確かに。で、フィリピンで1年ぐらい立ち上げやって、まあ一定軌道に乗ってきたタイミングで2015年ぐらいからインドネシアに来たってそんな感じでしたよね、確か。なるほど。じゃあ次、ユウタさん
にも聞きたいんですけど、ユウタさん、金銭でコンサルだったじゃないですか。で、コンサルから突然、当時のクイッパーってまだ人数が少ないスタートアップだったと思うんですけど、スタートアップへの転身をした背景
とか、あとはまあ視聴者の中でこれから企業を考えられてる方とかも一定数いたりするんですけど、
コンサル時代に学んだことだったりとか、スタートアップに生きたのか生きてないのかとか、クイッパー移ってからのインドネシアの挑戦でのハードシングスとか含めて、ここがタイミングポイントだったなみたいな、そう
いったエピソードあればお伺いできればなというふうに思います。
そうですね。コンサル4年間ぐらいやってたんですけれども、よくある課題感というか悩みというか、いろんなクライアントの方々に資料分析したり低減したりだとか、いわゆるコンサルティング業務をやっていた中で、や
っぱり自分は何も意思決定をしたことがない。大きなビジネスに関する意思決定をしたことがない。
その結果、それを形にするまで腹くくって事業を推進していくみたいなのを、実際長期でやったことないっていう、モヤモヤ感はありまして、これはちょっとやっぱり自分でやってみないと、打席に立たないといけ
ないんじゃないかみたいなのがずっとなんとなくありましたと。もちろんそうではなくて、コンサルティングとしてずっとなりわいをやっていく方もいらっしゃるんですけど、なんか自分はどっちかというとそっちの打席に
立ってみたいなっていうのがあった中で、じゃあなんかバンバン打席に立とうと思うと、どういう環境がいいんだろうって考えたら、こういうスタートアップみたいな変化の激しい環境なんじゃないかなと。
それでぼんやりなんかスタートアップに興味を持ち始めていたところです。あとインターネットもそうは言っても、仕事としては全然携わったことなかったので、デジタルアプリでなんかいろんなユーザーの体験が変わって
いく中で、何かそこにも興味を持っていたと。
で、あと教育なんですけど、教育も何かずっとやりたいなと。そのきっかけは大学院の時にカナダに交換留学行ったんですけど、そこでの体験が現体験になっていて、日本の教育システムと全然違って、行ったカナダの大学
がですね、
コーププログラムといって、企業向けのインターンシップをどんどん強制的にやらせる大学だったんですけど、それやらないと単位が取れない、卒業できない。半年学校で勉強して半年会社でインターンをやってみたいなの
をどんどんどんどん繰り返して、5年ぐらいかけて卒業する大学だったんですけど、どうなるかというと結果、
学内にいるキャンパスにいる大学生がビジネスマンみたいにもうなってて、話し方だったりだとか、いろいろなレポートの成果のクオリティーがめちゃくちゃ高くて、僕が一緒にこうある授業でグループワークをやった学生
が、普通の授業の課題のレポートだったんですけど、その作りとか構成がもう本当に卒論レベルのものになっていて、これはすごいなと。
で、これぐらいのクオリティで本当に事業も取り組み、仕事も取り組み、やってたらこれ卒業するときにめちゃくちゃレベルの差はつくんじゃないかっていう危機感を抱いたのと、あとは英語力も、もちろんカナダ人は英語
ネイティブですけど、それ以外いろんなインターナショナルな国の学生、東南アジアとかも含めて、みんな英語ペラペラで我々日本人が一番話せなかったぐらい、そのあたりの課題感もすごいあってですね。
いやこれちょっと教育システムでこれぐらいまあ変わるんだなって、やっぱりちょっと教育本当に大事だな、自分で何かそこに携わりたいなっていうのはありました。
で、まあそのカナダの経験もあって、まずはグローバルな環境でチャレンジしてみようと思って、最初マキン勢に行ったんですけれども、まあそこのやっぱり体験もあって、ずっと教育でなんかやってみたいなっていうのも
ありまして、いろいろ調べてたらたまたまクイッパーという会社の記事が、渡辺さんが書いた記事がですね出ていて、いやめちゃめちゃ面白そうだなと思って。
で、結構周りに直接の知り合いの方がいらっしゃったので、先輩にお願いしてちょっとつないでもらって、その3人で渡辺さんを含めてランチに行ったところ、いやもう話がすごい面白くて、いやこれはちょっともう少し知
りたいなと思って、その翌週にちょうどまあプロジェクト終わったタイミングだったんで、
有給取って、イギリスにその本社の方に遊びに行って、インターンシップ1週間だけやらせてもらって、でそこでたくやさんにも初めて出会って、でもうなんかのリサーチを1週間やるとか、競合リサーチとかやってた1週
間だったんですけど、でたくやさんともディナー行ったりして、めちゃめちゃ面白い環境だなと思って、割とそっからはすぐにもう入ろうと思ったっていう感じですね。
一週間の休暇とって、まあインターン行った時が初めての出会いっていう話なんですけど、なんか覚えてるかどうかですけど、当時のなんかお互いの一緒ってどんな仕方があったんですか、単純に興味があるんですか。
そうですね、やっぱりまあマッティンゼイから来てるっていうことで、渡辺さん時代はマッティンゼイでね、さっき言った渡坂先生とか加藤君とかもみなさんマッティンゼイで、結構多かったので、なんかその中でやっぱり
すごいやっぱり事業に興味を持たれていて、
やっぱり細かいところまでどんどんどんどん事業目線でやられるみたいなところがあったので、なんかそれでご一緒させていただくとしたら推進どんどんしていただけるんだなっていう、なんか力強さを感じた記憶はすごい
ありますね。
あと一応僕、あの大学、日本は卒業してないです。卒業してたとしたら、ふなっさんと同じ年の就職なので。
そうかそうか、なるほど。
ふなっさんの同期のマッティンゼイの人たちは僕の大学の同期でもあったりするので、なんかそこで結構共通の知り合いとかもいたりして、話とかも聞いてたりしてたので、結構その辺で盛り上がった記憶はあります。
確かに確かに。
井上太さんはどうですか。
あの僕が拓也さんの、たぶん記事とか、あとなんかYouTubeのインタビューとか結構出てたので、それ先に見てて、ああなんか面白い人いるなっていう印象で、ちょっとこう有名な人に会いに行くみたいな感覚だった
んですけど、
実際やっぱりこう、周りにその東大を中退して別の大学に海外に行くみたいな人に会ったことなかったんで、すごい気になってたし、そういう人がじゃあクイッパーっていう環境で働いてたらどうなるんだろうって、
すごい興味深く会いに行ったんですけど、もちろん当時は学習アプリやってたんですけど、話してみると別に学習アプリのことだけじゃなくて、
経営のことだったり、こういうスタートアップで働くこととか、すごいいろんなことになんかアンテナが張っていて、話してすごい面白かったっていうのもあるし、あと英語も上手なので、当時のクイッパーのロンドンオフ
ィスってもう非常に多国籍集団で、何個か覚えてなかったんですけども、なんかいろんなヨーロッパ中の国から人が集まってきていて、
すごい。
多国籍チームを拓也さんがまとめてたんで、ああ普通にかっこいいなって思った印象はありますね。
うーん、なるほどな。で、もともとユータさん、日本のクイッパー側に入ってビジネスやって、フィリピンから合流してみたいな記憶があるんですけど、結構インドネシアのクイッパーって僕が幅から見てると、すごい勢い
で西条島を含めて、なんか事業拡大していってたなっていう印象があるんですけど、その時の経験を通じて、今企業を二人ともしたじゃないですか、
クイッパー時代の、特にインドネシアで立ち上げ経験みたいなところでの学びとか、で、生きている部分だったりとか、逆にアンラーニングしなきゃいけなかったポイントだったりとか、その辺があれば、だからぜひ二人
からもお伺いしたいなというふうに思うんですけど。
そうですね。当時のクイッパーは確かにすごい人増えて、結果の一番多い時は600人ぐらいだったんですけど、
いや、すごいですね。
全然人を増やすのが目的だったわけではなくて、ちゃんとスモールチームでいろんな施策を試してた時期が1年間ぐらいあったんですね。
その時に、獲得チャンネルだったり、ユーザーを獲得するためにどういう施策を打ったらいいのかって、5つぐらいアイデアがあって、全部ちゃんと施策を設計して効果検証をしたところ、
人で対面で売るっていうのが一番パフォーマンスが良かったので、じゃあそこにしっかりペットしようと。
他のことを中途半端にやっても仕方ないから、そこに大きく予算を使っていこうということで、対面販売を中心にやっていくことになったので、人が大きく増えたっていうのがあったりしますね。
もちろんそれ以外にも教材もたくさん作らないといけない。教材チーム、コンテンツチームもたくさん増えましたし、マーケティングチームとも増えたんですけど、基本的にやっぱり大きく増えたところは営業チームだ
ったなっていう感じですね。
役に立ったかというと、まずコンサルティングの時のスキルがそんなに直で生きたわけではないんですけど、当時リクルートの子会社として組織マネジメントとかをすごい学ばせてもらう機会があったので、
例えばホットペッパーの例名機の立ち上げ機ってどういうふうに伸びたのか、それを実際に体現した人から話を聞いたりして、それをほぼコピーみたいな形でインドネシアにインストールするとうまくいったっていうのがあ
ったりしまして、
リクルートの組織マネジメントみたいなのはすごい当時のクイッパーでは生きたなと思ってます。
でじゃあ、今私ちょっとシューズやってるんですけれども。 全然違う。
これ何でやったかとかも一旦置いといて、シューズにその辺りがまだ生きているかで言うと、正直この1年製品開発やって、ブランドコンセプト作ってっていうフェーズだったので、
あんまりどれも生きてないですね、このサルもクイッパーのスキルも。
で、一番生きたのは英語でなんか知らん人に会いに行って飛ばしてっていうところ、交渉したりだとか乗り込んでいくところっていうのはもう一番インドネシアも含めて、その後別の会社で海外展開とかもやってたんです
けど、そういう経験はめちゃくちゃ生きてます。
英語はもう本当はやっててよかった、これなかったら多分今このシューズ作れてないので困ったと思います。
ただ、やっぱりAIによってですね、ちょっとこういわゆる私の時代のコンサルティングでやってたようなリサーチスキルとかはかなり代替されてしまったところはあるので、今その経験がダイレクトにこの事業に生きてる
から言うとそうでもないかなっていう感じですね。
タケヤさんね、エドテックからのまたエドテック創業じゃないですか、ある種15年近く今同じテーマをチャレンジし続けてるっていうところがあるので、結構連続性があるのかなっていうふうにクイッパーからあるんです
けど、
それでクイッパー時代にやってたことを学びでどう活かせてるのかとか、ここは違ったなっていうところで逆にアップデートしたところとかってどういったところだったのかなっていうのをお伺いできると嬉しいです。
そうですね、クイッパーは何らかの意味でイギリスロンドンで創業したものの、それこそリクルートさんに買収された後も日本人がメインでやっていて、ビジネスとしてもスタリーサプリが日本であり、クイッパーの東南ア
ジアがありみたいな形ではやってたと思うんですけど、
まあ結構やっぱり売り上げっていうのは日本が大きかったなっていうのはあるかなと思っていて、なんかこうfrom japan to 東南アジアみたいな形はやっぱあったんじゃないかなと思っていて、で、まあ
その中でさっきフナさんおっしゃってたようにリクルートさんの次世代経営者研修みたいなのも結構いろいろアレンジしていただいたりとか連れてっていただいたりとかして、そこはすごい学びになったなってやっぱり大企
業であったりとか、
ああいう伸びるプロジェクトをしっかりスケールさせていくにはどうしたらいいかみたいなところの真珠がすごい学ばせていただいたなっていうところは思ってて、まあそういったところは非常に今も学びになってる
んですけど、あの学びはシンガポールからスタートし、日本が後から展開しましたみたいな形になってるので、
まあマネジメントメンバーもほとんどノンジャパが多いですし、いろんな他国籍のカルチャーを本当にマネージし、他国籍でちゃんとそれぞれの国の文化を尊重した、カントリーマネージャーとかもやっぱ各国で今採用して
やってたりもするという形だったりもするので、その辺はまあ大きなチャレンジでもあるし、まあ楽しいところでもあるしというような感じかなとは思ってます。
たしかに、たしかに、なんか僕なんか二人ともうね、まあ友人として付き合い始めて10年を超えていて、たくやさんはね、出会って4年目ぐらいの時に起業しますって言って、でリクルートというか退職した翌朝に会って
その場で投資コミットしたの、懐かしいなって今思ってるんですけど、たくやさんもゆうたさんもなんか僕が見ててすごく感じるのは、自分の会社においてもそうなんですけど、人をすごく大事にするとか採用へのこだわ
りみたいなすごく強いなと思っていて、
で、かつね、マナビーの経営チームもそうだし、今ニューロの中心メンバー、創業メンバーの面々見ててまあすごくなんか気がいいというか、なんかこうポジティブな空気で溢れてる印象がすごくあるんですけど、なんか
その辺ってすごくやっぱ意識しながら採用とかチームを作ってってるのかどうか、なんかその辺ってなんかどういうところをなんか意識されてるのかっていうのちょっと興味あるんでお伺いできると嬉しいです。
そうですね、僕自身がだいぶオプティミスティックな人間ではあるので、ポジティブすぎるというか、なんか逆にちゃんとそれをガバナンスというか、スーパーバイズしてくれる人にいてほしいなって言いなければいけない
なとちょっと思ってるんですけど、そこは結構なんかいい感じで、ふなさんといっぱいやってたときはバランス取れてたなっていう、ふなさんもちろんポジティブな方なんですけど、ちゃんとガバナンスを聞かせていただ
いてたらっていうのは感じてるんですけれども、
学び側で言うと、教育っていう事業自体はやっぱり非常に社会性が高くかつ、やっぱり教育好きな人って当たり前ですけど、いい人多いので、教育事業っていうのはそういうなんかポジティブで社会的な貢献をしたく、それ
に対してやっぱり必死に頑張るっていう人たちが集まりやすい領域なのかなとは思ってます。
ただ一方で、教育をちゃんとスケールして届けていくっていう、ビジネス的な側面がないと、ある程度スケールするのって難しいのかなと思うので、なんかそこら辺のバランスが非常に重要かなと思っていて、その辺りの見
極めはしっかりとやると、なんか教育、教育しすぎてても、やっぱりどうしてもアイデアリスティックになってしまって、なかなかこう事業とのバランスが取れないってこともありますし、逆にビジネス、ビジネスしすぎて
ると、教育ってやっぱり実際にその子どもたち学習者とか保護者とかになかなかフォーカスができずに、
そのバランスが非常に重要かなっていうのは結構意識してやってますし、まあ今そういうチームが作れてるんじゃないかな、カルチャーも含めてとは思ってます。
確かに。ひーたさんはどうですか。
ひーたさん そうですね、あのやっぱこの授業シューズをやる上でも、やっぱ面白いからこれやりたいと思った。もしくはそういうメンバーが集まったのですごい大きいなと思ってます。
で、クイッパーの時もそうやったんですけど、めちゃめちゃ面白そうと思って、で渡辺さんに話聞きに行った結果、なんかもっと圧倒的に楽しんでそうな渡辺さんという方がいて、
で、中に入ってみるとたくやさんというまた同じくめちゃくちゃ楽しんでそうな方がいて、で別にそれはなんかこうただファンっていうよりもそういうこう難しいチャレンジ、オンラインでやっぱ学習サービスを届けるって
いろんな難しさがあったので、
例えばなかなか続けるのが難しいとか学習者の目線でいくと。そういうのも含めてそういう難しさを乗り越えていく楽しさとかいろんなこう課題が出てくるとこに、
さっきたくやさん言ったみたいなポジティブに向き合えるかみたいなのを非常に楽しんでいる方々が周りにいたので、
これはいいなっていう、それが現体験になったというのはあります。結構自分でも非常にハードワークをして、じゃあ次の試作こうやるこうやるみたいなのを作っても、
全然また違うアイデアがたくやさんから来たりとか渡辺さんから来たりとか、そこでこっちも必死にディスカッションしてみたいなのが、刺激もあったし楽しかったので、そういう経験はあるなと思います。
あとたくやさんと渡辺さん、やっぱ話上手くてストーリーテラーなんですよね。 渡辺 なるほどね、確かにね。
なるほど時代はそうなるかもしれない、変わるかもしれないみたいな思わせる力がすごいあるので、そこは私もすごい学ばせてもらって、
一般入社当社とかは割とこうコンサルティングでカチッカチッと説明することが多かったんですけど、渡辺さんからはそれは面白くないよみたいな、もっと面白くできるでしょ、そのコンテンツだったらみたいな。
渡辺 確かに、確かに。 結構言われたりして、いかにストーリーを面白く愉快にエキサイティングに伝えるかみたいなのは、その時のクイッパーの時の経験がすごい生きてるなぁとは今思いますね。
渡辺 確かにな。今お話聞いてて思ったのは、やっぱクイッパーの方々って仕事にものすごく真剣かつ高次元にチャレンジしてるけど、なんか常に楽しそうというか、なんか
より楽しいチャレンジをするみたいな印象があって、偶然ですけど、2人ともクイッパー出身ですけど、日本側でもね、たなべさんっていうコノセルって会社を創業して、ジェネシアからも出資させていただいたりとか、
あと東京ミックスカーリーっていうカレーをやっている会社の西山さんにも我々から出資させていただいていいでってところで、クイッパー出身者の企業が偶然ジェネシアからの投資先に多いっていうのもあるんですけど、
なんでクイッパーからこういった企業家が多く生まれてるんだろうっていうのは、結構不思議に思ってたんですけど、そういった企業カルチャーというか、仕事に全力で向き合うカルチャーみたいなのが醸成されてたから、
そういったことが生まれてたのかなっていうのは、お話聞きながら思いました。
そうですね、あと結構重要かなと思ってるのが、クイッパーも含めやっぱスタディサプリっていう事業も一緒に見てたというところがあると思うんですけど、スタディサプリって相当なスピードで、普通のサースよりもはる
かに速いスピードですごい成長したっていう、いわゆるリクルートの中に無かったらメガスタートアップだと思うんですよね。
あのメガスタートアップの成長の、それこそたくさん人を採用するっていうクイッパーでやっぱスタディサプリであったというところもそうですし、あのプロダクトを安い場合にコンパウンドで作ってくるっていうところも
そうだと思いますし、いわゆるARR100億を超えるようなメガスタートアップをあの時期にあのスピード感で予算も結構つけながら作ったっていう経験も結構でかいんじゃないかなと思いますね。
その中に渡辺さんみたいなすごい面白く物事を進めるパワフルな人もいれば、今ベネスの副社長をやってますけど山口文夫さんという方がリクルート側にいて、まあ彼も本当に同じような非常に楽しそうに物事を進めて
いくっていう人で人をどんどんストーリーで集めみたいな形の方なので、そういったところにインスパイアされたっていうのは大きいかなと思います。
なるほど、ありがとうございます。最後にですね、なぜ今の授業領域を選んだのかみたいなところをそれぞれに質問していきたいなというふうに思うんですけど、なんかストーリーで思い出したのが、拓也さんが教育に関
するナラティブというか、未来の教育というか、物語みたいなのをすごく書いてたの印象的なんですけど、それも絡めて今の学びのチャレンジなんでしてるのかみたいな、ちょっとぜひお伺いできればなというふうに思
います。
そうですね、僕はもともと山形って結構田舎で育って、それこそ塾もそんなになく、自学で勉強しなければいけないとか、例えば僕妹子供4人いるんですけど、一番近くの塾に行くのに多分3、40分ぐらいかかったりする
というような状況で、やっぱり教育の格差ってまだまだ日本ですらあるなと思っていて、オナジャとかだとさらにインドネシアとかだと学校に到着するまで1時間半ぐらいかかって、で、来た先生いないとか、学校に行くの
に船で行かなきゃいけないとか、そういうなんかいろいろ大変なところがある中で、
やっぱり教育のアクセスをこのインターネット時代において届けていくっていうところからマークイッパーも含めてスタートして、それは学びでも継続してやってるんですけど、やっぱりこの先生いないがバーって出てきて
から効果みたいなところ、これまではとりあえず教育のアクセスを届けるけれども、その後に付加価値が出せるかといったなかなか難しいところがあったんですけれども、やっぱりAIが世の中の全員に届くってなると、
それで教育ってもっとガラッと変わるなというふうに思っているので、
AI時代の教育っていうのは僕も今、それこそAIに聞きながら、大学って10年後どうなるっていうとか、AIネイティブの大学ってなんだ、AIネイティブの学校ってなんだ、AIネイティブの学習塾ってなんだ、
みたいなところはもう常に会話して妄想しながら、こういった世の中になっていくんだよねって自分の中である程度腹落ちして、そっち側にこう会社も含め、プロダクトも含め、世の中も含め、ドライブしていけたらなと思
っているので、今非常に楽しいというか、なんかこれまで考えてたことよりも遥かにやっぱ大きい、たくさんのことできるようになってきてるなとは感じてますので、
まだまだ続くジャーニーかなと思ってます。
あーいいですね。AI時代の教育めちゃくちゃ興味関心高いので、後編でぜひいろいろと深掘りさせてください。よろしくお願いします。ありがとうございます。じゃあ、ふなっさんね、ゆーたさんはなんでシュー
ズをっていうか、僕も思わずシューズで起業するって言われたとき、なんでシューズって聞いちゃったっていうのがあるんですけど、なんでなんですかっていうのをぜひお伺いしたいです。
いや、これよく聞かれるんですけど、なかなか一言で説明するのは難しいんですが、感覚で言うと、たぶん潜在意識の中ですごい面白そうやりたいっていうのはなんとなくあったんですけど、それに気づく上でいろんなこう
バイアスがあったのをそれを取っ払うのに数年かかったぐらいの感覚ではあったりします。もちろん教育もすごい楽しかったんですし、社会的価値も感じたんですけど、高谷さんもすごい素晴らしい会社やってらっしゃ
います。田辺さんもそうだしっていう中で、
自分もそこで何かやれる、さらに付加価値を出せるかっていうとそんなに自信もなかったのもあったりしますし、で、その中で周りの例えばさっき出てきたような東京ミックスカレーの西山さんとかも見てると、教育
やってらっしゃった方も全然違う領域でやってる人もいたりするので、カレー屋さんとか。これもちょっと自分もあんまりこだわらずに、とかソフトウェアとかもこだわらずに、ゼロベースでしばらく時間をかけながら見つ
けたらいいんじゃないかなと。あと2,3年ぐらいかけるつもりで動いてましたと。
そうは言ってもグローバルなチャレンジはもう一度やりたいなと思っていた中で、日本のものづくりっていうのはブランド、信頼性も含めて絶対これは強みになるよなと、ずっと頭の片隅にありながら色々探していた中
で、自分がすごいランニング好きで、シューズのレビューとかもすごい見るの好きで、よく調べてたんですけど、ふとしたきっかけであれこれ作ったらどうなるんだろうっていうちょっと問いが立ちまして、
じゃあシューズを作るってどういう工程でどういうふうにやっていくのって、色んな情報を当たったり詳しい人に聞いたりをしながら調べていくと、面白くてどんどん止まらなくなったっていうところと、あとはこれすごい
難しいなと感じたので、逆に言うと難しい分参入衝撃もあったり、これはやる価値があるなというふうに感じて、ちょっと一足これ作ってみようと思ったっていうのが最初のきっかけですね。
実際一足作ろうとするんですけれども、思ったより資金が必要だったりだとか、思ったようにうまくいかないところもたくさんあったりで、想定次第期間よりも少しかかったり、もちろん資金調達も必要になったりはした
んですけれども、逆にそれをいまようやく乗り越えて製品ローンチにまで至ったので、これからこのシューズには向き合いたいなと思ってますね。