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【13-3】学生時代、うまいこと描けへんことへのコンプレックス。共同制作プラネタリウムのカフェ。【Cafe経営・画家_Guest:中田耕平(SOGENDO)】
2026-04-28 26:20

【13-3】学生時代、うまいこと描けへんことへのコンプレックス。共同制作プラネタリウムのカフェ。【Cafe経営・画家_Guest:中田耕平(SOGENDO)】

和歌山にて、画家と「カフェSOGENDO」のオーナーシェフ、援農で身を立てる男の話。「うまいこといかなくても、(戻ってくる場所として)絵があるわ」。
“芸大ラジオmymy”は京都芸術大学の開学50th(2027)を記念して始まった、芸術・デザインをひもとくラジオです。

中田耕平
https://koheinakata.com/
京都芸術大学バスケットボール部
https://www.kua-sc.com/club/basket (京都芸術大学 学生会)
高原校舎
https://k-associates.com/works/takahara_campus/ (WARO KISHI + K.ASSOCIATES)

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サマリー

画家でありカフェ「SOGENDO」のオーナーシェフでもある中田耕平さんが、学生時代から画家を目指すきっかけ、大学での出会い、そして共同制作したプラネタリウムカフェについて語ります。大学時代は絵を描くことに劣等感を抱きつつも、友人との出会いや様々な活動を通して、自身のクリエイティビティを探求しました。また、自己肯定感についても体調との関連性を語り、自身の経験を振り返りました。

画家への憧れと大学進学のきっかけ
こんにちは、芸大ラジオmymyです。改めまして、菜の葉です。よろしくお願いします。そして、デザイナーの坂井先生です。
よろしくお願いします。
よろしくお願いします。
前回に引き続き、カフェソーゲンドの中田耕平さんをゲストにお招きしてお届けします。前回はカフェソーゲンドについて詳しくお伺いしました。
はい、緊張もほぐれてきたようです。
今回、第3話では、大学時代について、坂井さんとの出会いだったりも聞いてみたいと思います。
はい。
お願いします。
前の目に穴。
はい。
まず、なぜ京都芸術大学に決めたのか。
決めたのか。
はい。
もともと、ずっとちっちゃい頃から、絵描くんとか工作が好きで、
中学校の時に、図書館の画集で印象派の画集を見たわけ。
それで油絵の具、めっちゃかっこいいみたいなんで、こういう絵描きたいなーみたいなのから、どこで描けるんやろう。
油絵の具自分でも、その油絵の具自体知らんかったし、水彩絵の具をペタペタペタって集りしてたぐらいような。
うん。
まあ、和歌山には売ってないしな。
たぶん。
売ってるよ。
売ってるよ。
売ってるけど、まあ、そんな周りに絵描く人もおらんかったから。
で、それで知り合いの紹介で絵画教室みたいなところを通い出したんよ。油絵の具描かせてもらう。油絵を描かせてもらうっていうんで。
で、そこが受験用の画塾も併設してて。
で、僕中学校の時にそこで、その時アクリル絵の具やってんけどね。油絵の具がちょっとねーって言われて。
アクリルも盛り上がるからって言われて、アクリル絵の具でペタペタ絵描いてる横で受験生たちがデッサンやってる。
で、その時に芸大っていうものがあるんやみたいな。絵画大学が。
っていうのが、大学を知るきっかけで。で、高校の時は中高とサッカーやってたんで、ずっと部活をしながら。
先生はキーパーや。
えー、そうなんですか。
そうです。もう3年間はずっとサッカー付けで、絵のことなんてもう全く忘れてたんやけど。
3年生の進路相談の時に、やっぱ絵描きたいかもと思って、大学を目指したっていうか、芸大に行こうって。
で、造形に決めたのは、その頃関西で、一番入るのが難しいであろうって言われてて。
デッサン描いて、5時間ぐらいかな。デッサン描いてっていう試験やってんけど。
せっかくやるんやったら、そこを受けますって言って、画塾の先生に言って、入れたみたいな感じでしたね。
大学生活の始まりと友人との出会い
大学に入学されてから、最初のうちはどんな感じだったんですか。
最初のうち、最初から結構刺激的な。
入学式に、洋介と会うきっかけになるんやけど、バスケ部のサークルの先輩が、バスケやろうや!って言って、僕が新入生にめっちゃ絡みに行ってて。
ここまでずっとサッカーやってたんや。
で、もう大学芸大入ったし、もう大学で本気でサッカーすることもないなと思って、楽しくやれるバスケット。
変な人がいっぱいなとか思いながら、バスケ部に行ったぐらい。
すごい、そこで洋介に会うんやけど。
で、授業とかがね、導入って言うん?4月の初めのほうって、しっかり授業せえへんやん。
あ、してる?
する。
あ、する。
今する。
実技とかの授業とかでも、みんなほとんど知らん顔ぶりやし、そんな遊びに行くとかもないけど、サークル行ったらみんなバスケやって、仲良くなるもん早かったりとかで。
バスケ部の人たちとか、洋介と会って、楽しく学生生活がスタートみたいな感じしたね。
なんか、大学1年の時、授業にほとんど出てなかったって言っちゃうんですけど。
そうなの?どこで聞いたん?そんなこと。
それはなんですか?
そうですね。授業にほとんど出てなかったって。
あのね、受験勉強、デッサンを半年間やって入ってきたんやけど、難聴もしてる子とかが結構おるんよ。
だからすごいみんな、その当時はね、すごい絵描くっていうか、上手に描くとか、デッサンも上手いことする。
僕なんて、木炭とかも触ったことないまま芸術大学入ったから、もうその扱い方で授業終わっちゃうみたいな。
で、学評とかでもそんなに上手いこと描けへんし、上手いコメントもできひんしとかで、結構劣等感がその時あったんよ。
絵描くのにね。
そうなの?
で、その授業がある側、空手には洋介がおって。で、空手って結構そういう真面目な授業あんませへん感じ?
いやいや、してるんちゃう?
ほんま?
いや、なんか横から見てておもろそうやなみたいな。
とにかく公平にとっては、なんか真面目にやってるのなくていいやなみたいな。
で、結構その洋介の授業でんと空手の方に行ってるみたいな。
え、そうやったっけ?
で、まあその空手も空手ね。
なんかね、だから空手の友達の方が多かったんちゃうかな?話すのが。
はいはい。
そうそう、ほんで1年の時は洋介の校舎が高原校舎やったんよ。
で、まああんまりこう今考えるとね、すごい魅力的な授業ばっかりなんやけど、その当時はなんかこう面白く響いてこんかったよ。
で、授業聞くんも退屈やし、実技のところ行ってもうまくかけへんし、で、空手行ったら面白いし、
ほんでその後バスケ行ったらバスケできてみんな動画もやってるっていうのが、なんか1年生やってた学生生活やったなあって感じですね。
制作への取り組みと多様な学び
ほんで2年生からはこっちから人間館に高原校舎から移ってきて。
で、瓜生山に来るとそこからの結構授業を真面目にっていうか。
で、そうそう2年生の時はコース館内で半年間違う学科がコースへ行ったんよね。
その当時の美術工芸学科って洋画、日本画、彫刻、陶芸、染色の5つやって。
で、ほんまに洋画の教室から半年間彫刻の教室へ行って彫刻するんやけど、それで彫刻屋だからそんなに絵描くのとかもせんくて。
で、そんなに彫刻好きでもなかったけど自分でやってみて。
その後半から洋画戻ると結構絵描くも楽しいなあみたいなんで、授業また真面目に来だしたみたいな。
バスケ部で出会った坂井さんと一緒に制作を行ってたっていう話を伺いたい。
坂井先生ね、やっぱね、最初のバスケ部で会った時から変なやつやなあっていうかすごいなあって思ったんが、先輩にもため口なんよね。
そんなわけないよね。
いやいやいや、ほんで僕その頃高校の部活上がりやから、1個上でももちろん4回戦までおるから、上の人に敬語で喋られへんなんて、もう誤発やったからさ。
いやいやそうやで。
いやいや、ため口やったやん。
ちゃうて絶対。
ほんで初日の練習っていうかバスケやってる時に途中で、俺用事あるんで帰るわあ言って帰ったんよ。
その部活やってた自分からすると、途中で部活を抜ける、終わりますっていうまでおらんっていうのがありえへんかったからさ。
衝撃的やったんよ。
こいつやばいなみたいな。
すげえなみたいな。
ほんで学校で会うようになって、学校でも結構売り場まで行った時とかに会うようになって、仲良くなって空手に入り浸るっていう感じ。
俺全然覚えてないなあ、その公演が入り浸ってたっていうのは。
ほんま結構空手で。
過ごしてた。
過ごしてたね。
なんか空手とかファッションの授業の方が、情報をよく知ってたもん。
誰々来るらしいでみたいな。
洋画より。
俺のイメージ全然違うな、公演もっと絵って絵だよみたいな。
絵めっちゃ面白いでっていうことをずっと言ってるやつっていうイメージやから、
そんな絵に背を向けて逃げてたみたいなことあったっけっていう感じですけど。
教室に行くんがいいや。
劣等感感じるし。
だから家でも油絵の具触ってたりとか、そういうのはあったし、
休みのときに高原の校舎で使える、誰も来へんから、
そのときに絵描くとかはすごい楽しかったよ。
絵は描いてたけど、教室に行くことは少なかったな。
坂井さんとの出会いと共同制作プラネタリウム
当時の高井さんの印象とかってどういう感じだった?
もうこのまんま。さっきも言ったけど、俺帰る間変えてまうし。
変わってないよね。
変わってない変わってない。
だから信用できるよな、その変わらなさが。
そう、言うこともズバッと言うけど、嘘言わへんから、そのへんも変わってないっていうか。
今んとこだから社会が俺を活かしてくれてるよな。
それが俺は変わらなきゃいけないってことは、社会がそれを受け入れてくれてないってことだから、
今んところなんとか生きてるぞって、そのままで生きていけてるぞっていう感じやね。
以前、椿昇先生がゲストで来てくださったときに、
さかいさんの制作を見て、めっちゃこうやって天才やと思ったらしくて、
その制作も一緒にされてたんですね。
プラネタリウム。
プラネタリウム、そうそう。
コウヘイもやってくれてたね。
ヨガやけど関係なくて、別にプロジェクトとかでもなくて、個人の関係で。
一緒におもろいことやろうぜみたいなんで。
始まって、ボウルにドリルで穴開けて、プラネタリウムを作って。
学祭ですか?
学祭とか関係なくやってた。
今よりもっと、誰かがどっかで展覧会するとか、そういうのはもっとたくさんあった。
そうですね。
みんなもっと自分らで勝手に授業外でそういうことをやってて、今は本当にそういうのはあんまりないよね。
ないんや。
ペインティングの人たちはもしかしたらあるかもしれんけど、でも多分絶対頻度とかは減ってると思うな。
4回生とかになると、やっぱりみんな自主制作みたいになってきて、発表する人も多かったし、
1年生、2年生とかみんなずっと課題やから、授業行くのが言いづらいけど楽しくなかったから、
そうやって外でいろいろなクリエイティビティって言うん?
知らん。
でも面白いなって、何かやってるとか作るとかに対して、面白いなっていう気持ちをずっと保てるようなことにいっぱいいろいろ取り組んでたっていうか。
バスケ部も途中からいかんくなったよな。
そやな。それも3年生ぐらいから、やっぱり自分で制作とかいろんなことをやりだすと、そっちのほうが面白くなって、バスケ部も3年生からいってないな。
これもクーデンの中に友達ができてきてからはバスケ部いかんくなったね。
プラネタリウムの作品ってどういう制作だったんですか?
それはちょっと僕がしゃべると、コーヒーかお茶か何でもいいんですが、真っ暗の広い空間で、本当に真っ暗なんですけど、そこでお茶をしようと。
カフェ。今、コウヘイが草原堂でやってるカフェ。カフェってやっぱりね、みんなやりたかったのよ。
で、プラネタリウムでお茶しようということで。
星を飲むやな。
このコップに星が映ったそれを飲むみたいなことができたらいいね、みたいな。別にそれ以上の何の意味もない。
でも、もう、はっきりと何もない。
だけど、プラネタリウムの装置も自分らで作ったんよ。
さっき、ボールに穴を開けてとか言ってたけど、ボールに穴を開けて、それで、結構広い空間をドームで作って、
むちゃくちゃ特注のダンボールを三角形に組み合わせて、バックミンスタフラーっていう人の方法論を使って作って、
で、入場者はコーヒーかお茶、何か決めて、その中で飲める。だけど本当に真っ暗なんで。
スタッフが手を繋いでお客さんをその場所まで連れて行って。
あんたの席ここだよ、ほら、椅子あるでしょ、みたいな。
しゃべるのはオッケーですか?
しゃべるのはオッケーオッケー。だけど、みんなおっきなことをしゃべる人はあんまりいないかもしれない。
で、これで俺、ギャラリーの人とすげえ喧嘩して、無料じゃないとダメだと。
いや、ダメだと。みんなお金払わないとダメだと。みんなアートはタダで見れると思ってるのに絶対違うみたいな。
別に500円だったら500円絶対取るとか言って、でも何回言っても聞いてくれんし、向こうも俺が何回言われてもいいとは言わんから、結局なんかそのままズルズルズルと言って最終的に500円の入場料。
で、これ入場料取れるってことはね、まだ展覧会というかそれが始まる前に前売り券が売れるんですよ。
だからみんなさ、来てって言ったら行くって言うねん。でも来んやん。行くって言っても来ん人いっぱいおるやん。でも500円取ったらみんな来るねん。
いや、それほんとありますよね。ほんとありますよね。
だから絶対500円を取って買わせる?そしたらとにかく来てくれるかな?来てくれるためにも必要やって。
で、すごい人気の大量の人が来たんですよ。しかもね、そのめっちゃくちゃ綺麗な、あの後編見た?ちゃんとプラネタリウム。覚えてない?
見てない。
いや、これですよ中田くん。
死運転の時は見た。でも僕当日何の仕事してたんやろうな。
してへんのちゃう?たぶん。なんか看板作るのが後編の仕事やん。
そうやな。
後編はそのキャンバス、でっかでっかキャンバスに看板作ったんや。
だからそれ絵やから。絵というか、俺にとっては看板だけど、後編にとっては絵なのかもしれない。
それを作って、当日とか多分、俺もうやることやったしなって感じ。
でもすごい人気やったんや。とにかく。
すごい人が来てくれて、で、その中でお茶を飲むと。
でもその時は僕は茶道とか、ああいう、いわゆる茶席みたいな、茶室とかっていう概念のこととか全然勉強してなかったけど、
今やったら、もっとそういう茶室的な概念をそこにたぶん入れて、もっと大人に受けることはすごい考えれるけど、
当時はそんなことじゃなくて、なんか本当に宇宙の中にぽっかり浮かんでるような感覚になるんですよ。
で、そのプラネタリウムの機械って回るから、ゆっくり回るのよ。
星がずっと自分だったり、壁をゆっくり動いていくから、本当に不思議体験で、
たぶんそれが気に入った人たちがたくさん来てくれたんやと思うんですけど。
でもこういうのはたぶんそれやってる頃とかは、もうちゃんと絵と向き合ってるんで。
知らんねんな。もう覚えてない。
プラネタリウムやろ。覚えてるよ。
ただ、実物は当日中入って見たっていう記憶がないよな。
残念。
でも今もあったらいいですね。なんかすごい聞いてていきたいなって。
すごいお店としてね、あってもいいなと思うんですけど、なかなか。
それ俺作るの夢やな。
プラネタリウムのカフェなのか何なのか知らんけど、とにかく真っ暗の中に自分が浮かんでるっていうな。
なかなかいい。今を忘れることはできそう。
妻マナさんとの出会い
ありがとうございます。他にも大きい出会いといえば、大学時代に今の奥様のマナさんと出会われた。
久しぶりに恋バナですか?
恋バナです。
マナさん。
一緒にアイルランドにも行かれた。
そうなんです。アイルランドから帰ってきて結婚して、今一緒に草原堂をやってるっていう。
マナさんに出会ったきっかけも、洋介の先生が、組浜セミナーハウス、今はないの。
ない。
に、
焼き物やりに行く。
行くから、行くねんって洋介が言うてて、面白そうやからついてっていいみたいなんでついてった。
そこにマナさん、陶芸コースで、一個上の先輩で、講師役で来ててね、陶芸を教える。
で、僕らはっていうか、僕らはその会のにぎやかしみたいな。別に陶芸できるわけでもないし、ゲーム考えろみたいな。
なんかその釜の、釜は本物の薪を燃やして火を焚いて、千度とか千何百度とかまでやるんやけど、それを三日間ぐらいかな、二日半か三日間ぐらい見張らなあかんのよ。
交代番号で行く要因として、ずっと起きてられへんから、こうね。
そうそう。
そこにマナちゃんと。
親はそこで出会って、それでもうそこで付き合うみたいなこと?
いやいや、そんなことないよ。ほんで大学から帰って、大学っていうかこっちに帰ってきて、でまあ学内で会うやん。
美術工芸、近いし。
それでよく普通に話し合っててみたいな感じやで。
いやいや、公衛はこんなこと言ってますけど、違うから。公衛とかそんな普通に話し合ってみたいなクールな感じじゃなくて、マナちゃんのことめっちゃかわいいと思うとか言ってきて、じゃあ喋りに行けよみたいな。
で、え?え?とか言って、じゃあ行くわみたいな。で、こうアタックしてる感じやね、たぶん。実際はね。
まあそうやな、そうやな。
そうそう、マナちゃんにアタックして、なんかその公衛が奇跡的に実ったっていう。
そっからずっとね。
はい。
恋マナでした。
毎回恒例でさせてもらってるんですけど。
自己肯定感と体調の関係
これ考えてきてるやろ、公衛。
最近よく耳にするこの自己肯定感っていう言葉は、どうですかっていう感じでいつも聞いてるんですけど、
この自己肯定感っていうのが、ありのままの自分を肯定してあげる感情らしくて、これが最近の若い人は低め、低いって言われてるらしくて、
なので毎回のゲストの方に聞いてるんですけど、どうですか?
どうですか?
はい。
自己肯定感。
なんか高い方ですか?
いやあ、どうでしょう。高い時、低い時、いろいろあると思います。
なんか自信がある時とか、ほんまなんかちょっと何やっても自信ないなみたいな時もあるし。
いやおかしいだろ、それ。
そうやったらお前その絵が決まったとか言って、言ってる時の自分はどうなの?
いい時やろ。
いい時しかもう決めれへんやん。
うん。じゃあ悪い時ってあんま絵描かへん。
なんかその、悪い時ってどういうあるやろ、もうパーってなる感じやろ。
でも俺は公衛がそんなになってるの想像つかへんけども。
うん。で、自分でもね、それいろいろ考えたら、やっぱ体調やな。
確かに。
うん。
体ってこと?
うん。それがもう全てで、やっぱこう、自己肯定感っていうか、体のどっかがなんか悪いんちゃうかなって思いますけど。
だから調子いい時ってやっぱ体の調子すごいいいよね。
うん。
調子悪い時ってやっぱどっかしろ不調があると思う。
うん。
自己肯定感低い時は応急をする。
え、ほんとそうだと思います。
そうだね。
え、なんか腸内環境が悪いと、ほんと鬱になるよってよく聞きますね、最近。
うん。
それだけじゃないかもしれない。
じゃあみんなヨーグルトとか食べたほうがいいんちゃう?
うん。
かな?なんかやっぱ体と脳みそってリンクしてるっていうか、感じがすごいするから、脳みそだけでいろいろ考えたり判断しようとすると、結構あんまり良い方向にはいかへん感じがしてて。
うん。
やっぱコンディションを、僕が落ち込んでる時とかはしっかり休んだり、自分の好きなもの見るっていう、もうちょっと何かを回復させてるんだと思うよ。
レジリエンスやな。
うん。
レジリエンス。
回復力。
回復力。
山城先生が教えてくれました。
うん。体調かな。
うん。
体で考えてみたらいいんかなと思ってます。
いや、無理なんで、そんなこと。
エンディング
え?
体で考えてみたらいいと思うって、体でどうやって考えるんよ。
運動やな。もう落ち込んだ時は運動。もうそれに、それ。筋トレなり、走るなりで。
だから、そんな感じするんだよ。スポーツ選手って結構ポジティブな人多いやん。
確かに。
やっぱ、あんだけこう体をずっと動かして、体で物事考えてたら、何ていうの、元気な体やったら元気な思考になると思うよね。
うん。
なんて、運動するかな。
なんかダンサーの人とかもすごいハッピーな感じしますよね。
うん。
確かに。
ありがとうございます。
はい。
さて、たくさんお伺いしたのですが、そろそろエンディングのお時間になりました。
コウヘイさんの学生時代、坂井先生との出会い、制作の話、恋バナだったり、たくさん出来ます。
はい。なんか変わらないですね。坂井先生はやっぱり。
うん。多分変わらんと思うよ。
なんか見てみたいなと思いました。あの、坂井さんの。まあまあ変わらないんでしょうけど。
うん。
同い年だったらどんな感じだったんだろうとか。
いやいや、やめたほうがいいよ。多分。
あんまりですか?
いや、やっぱ刺激的すぎると。
いや、そんな感じがします。ありがとうございます。
うん。ありがとう。何でもありがとうって言ってくれてありがとう。
はい。番組が面白かったという方は、スポティファイやアップル、ポッドキャストなど無機器のアプリでのフォロー、高評価をお願いします。
それではまた次回。中田さんどうもありがとうございました。
ありがとうございます。
はい。ありがとうございます。
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