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#50 グリム童話「星の銀貨」に、ちょっと引っ掛かりましてん!
2023-09-04 17:40

#50 グリム童話「星の銀貨」に、ちょっと引っ掛かりましてん!

ちょっと引っ掛かっただけですよって、お気になさらずに!

感想

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毎度お疲れさんでございます。黙れ!ヤドロクでございます。
いやあ、どうですか?言うて毎日ほど言うとおりますけども、元気?
元気あったらええねんで、まあまあ、しんどい時もありますわなあ。
人間関係につかれるなんちゅうこともあるわけでございます。
まあ、人間関係ってのは当たり前につきまとうわけでございますけど、
本日何紹介なあ、言うてね。何の話させてもらおうかなあ、思ってね。
まあ、あのネタも尽きてきてるやんか、言うてね。ネタ尽きる尽きる言うてあかんねえ、ヤドロクとね。
お前がピンとけへんだけやないか、言うてね。それはわかってるんですけど。
まあ、ちょっとそのネタないときに朗読でもします、言うてこの間も、
ちょこちょこっといろんなものさせてもらってるんですけども、
ちょっとこういろんなものをね、まああの落語だけやのうて、文学と言うんですか、童話と言うんですか、
まあ読み聞かせ、言うてましたね、大人の読み聞かせ、ちょっとひわゆな響きありますけど、
まあそんなのを見てるうちにね、一個目に留まった話があるんだ。
グリム兄弟ね、グリム童話で有名なグリム兄弟の短編ですよ、短いやつ。
星の銀河というお話があるわけですけども、これもまあ朗読やからね、
内容とかまあそこそこと言うても、僕の中でちょっと自分に足らん部分というんですかね、前回も言いましたけど、
施しというような部分というのがちょっとテーマの中に、僕の中にあるんですよ。
できへんからこそあるんですよ。
そこのお話で、これちょっとピンときてるんだけど、ちょっとフニョチンというような、最後の一文がフニョチンというようなことがありますね。
なんでやろうなあ、言うても。
めったにやたらとね、童話にお前なんくせつけんなやとなんくせつけてるわけが多いのに、ちょっと気になるんですよ。
それでね、調べるまではいきませんね。
そんなんもう賢いお人らの、専門的なポッドキャストでもうなんぼでも語られてるのかもわからへんし、
今さら僕がどうこうということはないんやけど、ちょっと引っかかるというようなところが思わしてんけども、
まあ朗読はね、とりあえずしてみて、皆さんに聞いてもって、皆さんの意見を聞きたいなと。
意見聞きたいと言うても意見をよこしてくれる人はいてないわけですけども、
ええ、まあまあ、そんそんそん、まあええんですよ。
みんな心の中で思ってくれたらええんですよ。
僕はちょっとここに引っかかったんやという、その引っかかったということだけ理解しておいていただいたらええんです。
まあ皆さんも、そこに引っかかるか引っかからへんか、もうこれでいいやないかと言うてね、
それでもいいんですよ。そんなのはもう人それぞれの受け取り方と言うかね、
えーもうこんなもんや、あんた引っかかってどらしねえなというようなことやと思うんですけど、
まあいっぺん聞いてもらおうかなと思います。
03:05
星の銀河
昔々、小さい女の子がありました。
この子にはお父さんもお母さんもありませんでした。
大変貧乏でしたから、
しまいにはもう住む部屋はないし、
もう寝るにも寝床がないようになって、
とうとうおしまいには、
体につけたもののほかは、手に持ったパンひとかけきりで、
それも情け深い人が恵んでくれたものでした。
でも、この子は心の素直な、
信心の熱い子でありました。
それでも、こんなにして世の中からまるで見捨てられてしまっているので、
この子は優しい神様のお力にだけすがって、
ひとりぼっち野原の上を歩いていきました。
するとそこへ貧乏らしい男が出てきて、
「ねえ、何か食べるものをくれ。お腹がすいてたまらないよ。」と言いました。
女の子は持っていたパンひとかけ残らず、その男にやってしまいました。
そして、「どうぞ神様のおめぐみがありますように。」と祈ってやって、また歩き出しました。
すると今度は子供がひとり泣きながらやってきて、
「あたい、頭がさむくて凍りそうなの。何かかぶるものちょうだい。」と言いました。
そこで女の子はかぶっていたずきんをぬいで子供にやりました。
それから女の子がまた少し行くと、今度出てきた子供は着物一枚着ずにふるえていました。
そこで自分の上着をぬいで着せてやりました。
それからまた少し行くと、今度出てきた子供はスカートが欲しいというので、女の子はそれもぬいでやりました。
そのうち女の子はある森にたどり着きました。
もう暗くなっていましたが、またもうひとり子供が出てきて、肌着をねだりました。
あくまで心のすなおな女の子は、
もうまっくらになっているから、誰にも見られやしないでしょう。
いいわ、肌着もぬいであげることにしましょう。
と思ってとうとう肌着までぬいでやってしまいました。
さて、それまでしてやって、それこそないといってきれいさっぱりなくなってしまったとき、
たちまち高い空の上からお星さまがばらばら落ちてきました。
06:03
しかもそれがまったくのチカチカと白銀色をしたたわれる銀貨でありました。
そのうえついいましがた肌着をぬいでやってしまったばかりなのに、
女の子はいつのまにか新しい肌着を着ていて、しかもそれはこのうえなくしなやかな朝の肌着でありました。
女の子は銀貨をひろいあつめて、それでいっしょう豊かに暮らしました。
どうですか、聞いていただいたと思うんですけど、どうこそひっかかることはありませんですか。
どないですやろ、わかりませんねんけどね。
ひっかかったというのは、一番最後の文なんですよ。
銀貨をひろいあつめて、いっしょう豊かに暮らしたという。
これはグリム童話ですか、ヨーロッパとかの話でしょ。
なんでかというと、たわれる銀貨という言葉が出てくるんですけど、
気になったんですよ。なんでわざわざ銀貨にたわれるってつけるんやろかと思ってね。
たわれる銀貨というのは16世紀以降のものらしいんですよ。
何百年も流通してる。これドルとかね。
たわれるが生ってドル、ダラーとかになった。
なんかそういうふうに書いてありました。ちょっと調べたんです。
そんなもう詳しくは調べないんですけど。
言うたら16世紀以降の話ということですよ。
16世紀以降に使われた銀貨が出てくるということは。
16世紀でそこそこ最近やな。最近ってこともないんですけどね。
調べてみるとですね。ヨーロッパが言うたら小さい、いわゆる小さいヨーロッパというか、
狭いローカルなヨーロッパからグローバルなヨーロッパへ変わった時期ということなんですよ。
だからこそこの銀貨の流通言うんですかね。
こういうのが広まってる部分もあるということなんですよね。
その時期にですよ。新人深い女の子がね。
最後の最後。これ俺ちょっと気になったんですけどね。
お礼言うて思ってますけど。
僕ら知ってるヨーロッパ、北欧の話とかでもフランダースの犬なんていうのは、
あのだけの男の子が憧れて働いて犬と一緒に上へ連れて行かれる。
これ途中まで女の子が施しですわな。
この子は新人深い子や。
やっぱり貧しい人。自分も貧しいのにね。
自分より貧しい人にねだられて物を分け与えていくというのはわかるんですよ。
最後こう星が落ちてきたっていうのってね。
この表現ってそのまま銀貨が降ってきたことになっとるわけですよ最後。
これちょっと僕なんかこうしっくりけえへんというかね。
新人深いんやったら、これはそれは最後亡くなるのはかわいそうだっせ。
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それはフランダースの犬みたいにバーってバトラッシュと一緒にワーって泣くシーンですわ。
僕はもう日本で生まれ育った人間っていうのは、
やっぱりそういうのにちょっとグッときてしまう部分あるかもしれませんけどね。
最後お金が容器に入ってきて悠々時的に暮らしたらどうも納得いかんよね。
新人深い子やったら、これは何回も僕いろんな話させてもらってるのは統一感ある程度あると思うんですけど、
右のほっぺた突かれたら左のほっぺた出せというようなとこというか、
その施しという神さんの所業ですわな。
この子のやってることというのは、自分が植えてても目の前に救いを求める手があるならば、
そこに施しを与えるというようなことをしてきてる子なんですよ。
最後お金振ってくるっていうそのリターンがあるって。
それはちょっと僕は納得できない。
この子が銀河が降ってきたんかなと思ったら、それはもう召されてる時やと。
この子は神さんに連れて行かれて神さんになったとか、星になったというような表現というか、
この子はほんまにいい子やでと、こんな子はもう神さんになるしかないんやでというような、
天使とかヨーロッパやったら、そういう流れやと思うんです。
最後お金入ってきてうわうわで暮らしたっていう、そこが納得いかん。
この信心という言葉と、最後拾い集めて、これでもう暮らし楽ですわ。
今までの施しというのをしたから、その対価として神さんが税にくれた。
何ともピンとけえへんのですよね。
グリーン兄弟っていうのはそれなりに改編して童話にする。
だから人に施しを与えれば回り回って自分のとこいいことあるよというのは、
グローバルになっていくヨーロッパの中で重要やったこと。
近代ヨーロッパになっていくのに重要やったことなのか。
それとも宗教で何も信じにしたとて、こういう見返りがないことにはというようなことなのか。
ちょっとこの辺で僕は、なんでやねんという部分というのかな。
人として裕福な暮らしをすることが必ずしも幸せやないというふうに説くというのも、
これが宗教観というんですが、いろんな考え方あると思うんですけど、
施していって最後、人々の罪を背負ってあの世へ行く。
復活するというのもあるんですけど、その部分というんですかね。
罪を背負う、これはどの宗教にもちょっとこういうのあるんちゃうかなと思うんですけど、
この子最後、前にもうてしもてるっていう、そこにちょっと引っかかってまうというかね。
ええことしたらええことを書いてくればわかるんですよ。
12:00
これはもう童話やから子供に聞かせるためには、
そのうち自分に戻ってくるからええことはしとくべきやでというようなことはわかるんですけど、
何やろうね、この子が最後銀貨店にするっていうところがね、
どうもこのグローバルな近代ヨーロッパになっていくところでこう改変された最後、
この子が死ぬのはあまりにも哀れやと、
天に見されてしまうのは寂しすぎるというのもわかるけど、
これはまあ子供の時やったら僕もこれでウハウハで暮らしたんじゃ、
言われたらまあそれのがええと思ってたんやけど、
この子が持ってた幸せであったりとか、この子が人々に分け与えた幸せ。
これね最初に出てきたおっさんパン、腹減ってねえパンくれいうでね、
その小さな女の子がですよ、持ってる一かけのパンもらうて、
浅ましい人間ですやんか、
この他に出てくる子供たち、自分と同じ立場の子供たち、
これは立場が一緒やから、
それこそはあなたにこうしてあげよう、あなたにこうしてあげよう、
これはまあ立派なことやと、
出てくるええ人間ばかりじゃないという表現というんですかね、
中にはそんなやつもおるというようなこととかね、
子供はやっぱり、なぜ子供が一人で16世紀にうろちょろしてるんかってさ、
困難がいっぱいおったと、それまでの戦ったりとか、
まあいろんな政治的なことはわからんけど、
歴史の中見たらいろんな戦いもあって、
いわゆる親を亡くした子供たちはもういっぱいおってね、
自分と同じ立場の人間たちはいっぱいおって街にあふれてたんじゃと、
それからその中でもこの女の子は信心でええ子で素直な子で、
信心のある子や境に人々に分け与えていった、
最後お金もらうの?っていうその思いません?
この子は人よりもワンランク上にいったんじゃ、
これはそこに持っていきたいと思ってまうんですよね、
これは僕だけ?
この子はもう人間を超越したんやと、
そこにいったんやね、この子はというようなところ、
というのはやっぱり小さなお子にはやっぱりしんどいんですかね、
この子が裕福になった人にやっただけ自分に戻ってきたんや、
でもこれで他に表現あるんじゃうかなと思ってまうんですよね、
なんかちょっと僕このグリム動画が全部が全部どうなんかわかりませんけど、
ちょっと引っかかったというか最後のこの一文、
女の子は銀貨を拾い集めてそれで一生豊かに暮らしました、
こんなことあるやろかっていうそのことなんですよね、
そのパンあげた、着てるもんあげた、
16世紀に裸で歩いてる、言うたら小敷みたいなもんですわな、
この小敷って言うてええんかわからんけど、
いわゆるその路上にいっぱい同じようなチルドレンはおったやろし、
大人ももう道端で座って、
めぐんでくれって言うてるような中で、
この子は一人裸なわけですよね、
ここの表現っちゃ別に大事なことじゃないと思うんですけど、
ここまで人に施した人間がワンランク上にいかん下に下ってしまうような気がするんですよ、
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ここで最後ね、
違う読み解き方と言うんですか、裸になったというところにね、
ちょっとこの怖さと言うんですがね、
結局施していって、この子は新人、厚いんやけども、
裸になることによって、
金持ちのおっさんのそういう対象になって、
よくベベ着せてもらって、
そういう生活をしたみたいなね、
裏考えてまうんじゃない、
これいやらしい大人の考えなんでしょうけど、
ちょっとこれ、
僕はもう最後ワンランクでそういう下賤なものとか、
人間の汚い部分の部分ね、
こんなもんパン一掛けもんだとって、
そんな腹は膨れへんわけですから、
最初の大人なんていうのはもう、
こいつパン一個も取らないくらいもろたろうって言ってね、
そういう考えが見えてまう、
それを見取ったら小さい子供らが、
あの姉ちゃんに言うたら何だとくるるでおいってね、
寄ってきてる、こう見てもええわけですよ、
この中で言うたらこの女の子新人、
それでも新人深かったということ、
この子はもう素直な子やったと、
神さんがそれを見てて、
なんとこの子は新人深い人に施す、
人より上のランクじゃ、
急でランクをくんと上げるというようなが、
最後に言えんちゃうかな、
思ってまいますよね、これね、
僕だけですか、これ。
そんなふうに考えてしまったわけでございます。
まあ朗読と言うともね、
朗読ちゃちゃっとして、
皆さんどうでか言うてるようでは、
ちょっとこれ読んだらね、
クッと引っかかってしまった、
というようなことなんですね。
まあまあ僕らは文学の、
そういうなんじゃないもん、
何一つないわけですから、
これはこんなもんやよって、
読むんやでと言われたら、
それまでなんですけど、
ちょっと気になったということで、
この辺はだからヨーロッパ文化に詳しい方、
16世紀のあたりの世俗風俗に詳しい方とか、
当時のヨーロッパの、
そういう貧民層に詳しい方なんかに、
聞かせたらどうなんか、
というようなことです。
これを童話にする、子供に聞かせる、
人に施したら天に、
神様が迎えに来てくれる、
これも宗教上はありんやけども、
そこから逸脱すると、
こうでなくてはダメ、
という表現なのかもわからない。
信心深くあっても、
善意があったら幸せに暮らせる、
というようなこと、
近代に向かっていく経済が、
発展していくというような中で、
大事なことなのか、
わからへんのですよ。
ちょっと気になったな、
と思うわけでございます。
皆さんどうお考えでしょう。
そんなことね、
よらそうに言うとおりますと、
黙れやどろく、
お前ごときがそんな話しすんな、
言うてね、怒られそうです。
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