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お疲れ様でございます。黙れヤドロクでございます。
皆さん、いかがお過ごしでしょうか。
毎日そんなこと言うとおりますけどね。
ちょっと声の調子がね、悪いんですよ。
どないだ、言うてね。
まあまあ、やっぱり季節の変わり目ね。
気をつけてくなりゃ、言うて。
言うてて自分が鳴るっていうね。
これは一番ダメな人間の例のようなものでございますからね。
どうぞ皆さん気をつけていただきたいなと。
しょっちゅう、しょっちゅう言うとおりますけども。
ということでございまして。
本日、何しさせてもらおうかな、言うてね。
考えとったんですが、ちょうど今、産卵が。
産卵坊がですね、修学旅行に行っております。
小学校6年生。
結局大阪、京都、大阪なら京都かな、滋賀。
近畿圏を回るんでね。
前住んでた所の近く回っていくみたいなんですけどね。
そんなわけで、ふと修学旅行を思い出そうかなというような話でございます。
今日もそんな長い時間ではありませんが、お付き合い願いたいなと思う次第でございます。
皆さん修学旅行って年代によってだいぶ違うと言うんですかね。
小学校、中学校、高校といろいろあると思うんですが。
近畿圏の小学校と言いますと、やっぱり小池さんなんですね。
三重県、戸場、水族館。
近年になってくると、これがパルケイスパーニャと言うんですか。
スペイン村というのも入ってくるんですけど。
僕らの頃中は伊勢外宮も行ったと、内宮も行ったと思うんですが。
戸場水族館と伊勢神宮を巡ると。
二三ヶ浦、明太岩の所で写真撮ってというのが普通のコースだったと思いますね。
実は私、小学校6年生の自分に引っ越しておりまして。
ちょうど引っ越す前に思い出屋ということで修学旅行に行かせてもらったんですね。
大阪の学校で。
忘れもしません。大阪市立中川小学校という所でね。
行かせてもらったんですが、引っ越した先の京都の小学校で修学旅行が10月にあると。
どうするって言われたんですけどね。
いや別に一回行ってますし、コース見たら全部一緒ですからね、先生って言ったら。
せやけど写真がないと、卒業の時の。
なんでか言ったら6年生で来てるもんやから、写真がないから旅行行ったらどうやって言われて。
親に聞いたら、行ったらええんちゃうのよって言うことで、行かせてもらおうかということで行ったらね。
これがもうコースから何から順番から全部同じで、泊まってる旅館が50mと離れてなかったというようなコースでしたから。
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バスガイドさんの代わりにガイドできるぐらいの記憶やったんですね。
次こっち行くねん、次こっち行くねん、ここで写真撮るでー言うてね。
ついこの間泊まった旅館の方の方、おばちゃんに挨拶しに行って、
あんたなんや言われてね、覚えててくれはって。
いやあの引っ越して2回目でねー言うてね。
そんな変わったんだ言うね。
小学校時代を過ごしたわけでございます。
中学校に上がりますと、僕らの頃は関西圏多かったかどうかわかりませんが、
広島原爆ドームですが、広島の中学校との交流があって、
山口県秋吉堂というんですか、小乳堂に入りまして、秋の宮島ですな。
宮島に行って原爆ドームを見てというような感じで広島に行くというような。
高校はですね、ほとんどがスキー学習ですね。
ちょうど僕そのスキー学習に行く手前に学校を辞めておるんですけども、
お前別にお前行ったらええやないか言われて、いやもうよろしいわ言うてね。
辞める言うてる人間が旅行だけ行って辞めますさはちょっと格好悪いですね言うて辞めたんですよね。
そんなこんなありまして、修学旅行の思い出楽しかったですな。
僕は人よりちょっと数多く行ってる。大学っていうのは修学旅行ないですもんね。
それで言いますと修学旅行は計1,2,3,4回行ってるんですよ。
そんなわけで、中学校の時は修学旅行実行委員会委員長までやってね。
朝はもう楽しみすぎてもう4時に起きて、行ってね学校に早よ着いてすぐ家出てね。
もう待ってられへんね。
行ったらもう養務員さんのおっちゃんが仲良かったんで養務員さんの部屋でコーヒー頂いて、
職員室の窓開けなあかんの手伝って言うて手伝って。
これはしょっちゅうやっとったんですけどね。そんな生徒やったんです。
それでもう一番に校門のとこ立って生徒らは来ますわね。
おはよう言うてね。
おお委員長やる気やんけ言うて当たり前やな言うてね。
こんなお前旅行見たら楽しむもんお前。じっとしてられへんで言うてね。
行ったわけでございます。
なかなかこれ人によってね、そんな行くの嫌やなと思われる人もおるかと思いますが、
僕はもう本当に修学旅行はものすごい楽しんだ派と言うんですか。
でまあ広島委員長なんですけど広島着いて宮島行くやわ言うてね。
で宮島パッと着いたらもう鹿がおって、おー奈良公園と似てんな言うてね。
でまあ宮島側の海の中にある鳥居にあーこれらすごいなー言うてみんなでね、見学して。
でもうすぐお土産屋行ってんぼくとおこうたんだ。
そのぼくとおこうた後に委員長言うて呼ばれてね。
何だね言うて言ったらぼくとおこうたあかん言うて言うてね。
ぼくと思ってる人間がおいぼくとおこうたあかんぞ言うてるって言うね。
そんなことありましたわな。
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ちょっと変わっとってもうこうとるがな言うてね。
エラ怒られましたけど。
そうやけどほっていくわけにもいかんしと。
で先生も先生でそれ持ったら荷物になるしお前も持てー言うて。
結局ぼくと思って帰ってきたんですけどね。
そんな思い出もあり、だからといってそれでなりするってことないんですよ。
400円やったんですよね。
安い言うてやめこうたえんね。
値段につられるって言うね。
これ関西人のあかんとこと言うんですかね。
安いわな言うてね。
瀬戸門と言うんですがコップやったりとか橋やったりとか
いろんなお土産言うたらみんなのきなみやば1200円とかねするんですよ。
ぼくと400円って安ない言うてね。
なんかようわからん買い物して帰ったような記憶ありますけども。
皆さん子供の頃の修学旅行の思い出っていうのは
どんな感じやろうなと思うわけでございます。
今三男坊が修学旅行に行きまして
思い出作ってくれたらええなというふうに思うわけでございますけども。
やっぱり旅行の思い出っていうのはあんまり滅多といかないんです。
子供の頃はおじいおばあに連れられてとか
親戚のおばあちゃんに連れられてとか
ちょこちょこ出かけてたほうなんですが
大きくなって自分が初体を持ちますと
旅行っていうのはお金のかかるもんやなっていうのが
ようわかるわけでございます。
子供の頃親に連れてってくれてたのはありがたいこっちやなと
そこで初めて気づくんですね。
なかなか子供らを旅行に連れていくっていうことは
できなかったなと思うわけでございます。
喉ガラガラやで。
そんな悪ないんですけどね。
ちょっとほんまにドヤやねんいう感じになってますけど
そんなんで思い出しますとですね
ちょうど音楽スタジオやってるときに
総勢15、6名赤ちゃん3人ぐらいで
九州の大分県に旅行に行ったんですね。
これがいい思い出ですね。
ベップの杉ノ井パラダイスっていう
一番大きなホテルがあるんですね。
正月の集客料日本一位みたいなね。
ここに行ってみんなでバンドメンバーやったりするんですけど
バーッとみんなで楽しんだりとかいう思い出ですね。
自分が墓参りもしたかったというので
大分県大分市の方に祖父祖母
祖祖父祖祖母のお墓があります。
王子も入ってますが
そのお墓に行きたいという気持ちがずっとあるんですが
なかなか行けん。
いざ旅行行こうかというときに
みんなごめんなと
ちょっと大分県の方に墓があって
どうしてもこの墓参り旅行って言うと
お金使うんやったら行きたいんやと言うて
みんなその十何名総勢
十何名全然関係ないのにね
お墓までついてきてもっとお墓参りして
というような思い出もありますね。
やっぱり大分県には縁がありまして
その後バンドのツアーなんかでも
大分県の中津で
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ライブも2回ほどさせてもらったりとか
させてますね。
大分県でやっぱりなんとか縁をつなぎたいという気持ちが
どっかにあったんやと思います。
今でももちろんやっぱり余裕があれば
祖父のお墓祖母のお墓に参りたいなと
いつも思うわけでございます。
なんとか安く行けたらなと思って
いろんなルートを見てますが
そのなかなか生活の中
そのお金を捻出するということも
難しいわけでございます。
秋のこの時期になってきますと
旅行の一つもというようなお家あると思うんですが
まあそれは海外でもええんですよ。
観光地のあるところ
東京、ディズニーランド、ディズニーシー
大阪のUSJ
ユニバーサルスタジオじゃん。
そこもええんです。
だけど田舎にお墓がある方は
ちょっとそこを掠めてね
温泉行ってみるとか
なんかそんな方にしても
ちょっと気分が晴れるというんですが
やっぱりお墓参り行きますと
この年齢もあるんでしょうかね。
ばあちゃん、じいちゃんと
いいじいちゃん、いいばあちゃんと
元気ですかと
なんとか生きてますというような報告というんですかね。
そんなのしたくなる年頃というのはあるでしょうな。
若い頃はその辺
僕も若い頃はそんなのなかったしね。
おばあさんが生きてる頃なんか
おばあさんに会いに来たかったですけど
亡くなってから中はなかなか
疎遠になるというかね。
ゴッドマザーでしたから
うちのおばあさん中は
過去回ね、いつも誰気本家ラジオの中でも
語ってると思うんですけど
子供の頃は僕のほぼ何割かは
祖母でできてるというぐらい
おばあちゃん子でしたし
おじいちゃん子でもありましたね。
高度経済成長の頃にね
両親とも働き
家はミシン踏んだり
途中から警備会社始めたり
バタバタ忙しい中
いつも面倒を見てくれるのはじいちゃんばあちゃんで
じいちゃんは仕事をさぼりながら
そのおめつけ役として一緒にくっついていく
ばあちゃんが店に戻ったら
ばあちゃんはずっと仕事してるというような
環境の中、市場の中で育ちましたもんですから
なんかこう
市場の寄り合いの集まりの
旅行やったりとかいうのも
じいちゃんばあさんにくっついていったもんです
あんまり覚えてないですけどね
小さすぎて
旅の思い出っていうのは
思い出が多いですな
行ってこんないったらあかんかった
っていうようなことはほぼほぼないんですね
もちろんボスと
大分県進行の時言うても
もう上の子が
1歳2歳になってたかな
その時にも大分県に行ったんですけど
これはもう墓参りを兼ねて
ということなんですけどね
たまたま
ホテル行ったら部屋がもういっぱいで
部屋ないんですよ
安い部屋がね
ほんなら今セミスイート空いてますけど
いやそんなお金ないです
ほんならもうセミスイートそのままの値段で
泊まってください
泊めてくれはって
片部屋の部屋やったのに
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台所ついてたもんね
そんな部屋に泊まった記憶も
ありますな
旅行に出かけると
運の悪いことはないというか
結構楽しいことに出会う
というんですかね
大分県その別部に行きますと
楽天地という古い遊園地がありまして
そこにアヒルレースみたいなのがあるんですよ
これがね面白いんですよ
何回かけても当たらへんね
5人ぐらいでかけても当たらへんね
なんか仕込んどんちゃうか
って思うんですけど
ちょっと面白い工場というんですかね
昔からやった春から
レースの工場が面白かったりしてね
行きは車でね
二代か三代に十何人が
同乗して子供のね
チャイルドシートとかもつけて
行ったんですけど帰りみんな疲れ果てて
エリー乗って帰ろうか言うてね
ベップから大阪
神戸の方までね
乗ろうや言うてね
神戸まで乗って神戸から帰りまた
もうテンション高いでしょ旅行行ったら
わっしゃこの人数だよUSJ行くか
USJ行ってもうクタクタだ
そんな思い出もありますよね
やっぱ大勢で行く旅行楽しいですな
逆に言いますと
家族だけの家族旅行
っていうのは
ほとんど行ったことないんですよ
こういうことがやっぱり
ダメな夫
ダメな旦那の
失礼と言うんですかね
そんな風に感じて
今感じても遅いんですよ
やっぱりある程度若い頃にね
連れて行っといて家族で行くのも
やっぱり一回でも
二回でも行っといたら思い出になったやろ
本当に純粋に家族だけで
行ったのはその長男が
2歳3歳の
頃に行ったのが単独で
家族だけで3人で行ったのが
それ一回こっきり
ぐらいちゃうかなという風に
思いますね
これを息子や孫が
聞く頃にはぜひね
大勢で行くのももちろん楽しい
もちろん楽しいけど
家族だけで行くというのは
実は奥さん家族だけで行きたいな
と思ったりするかもしれない
ボスもそう思ってたんやと思うんやけど
やっぱりそれがついぞ
分かってやられんかったな
というように思うわけでございます
だから
今からこれからね
夫婦2人だけで行こうかという楽しみは
逆にあるんですけど
子供はもう一番上は
初代持ってしまいましたし
家族オンリーで行くというのは
息子夫婦も合わせて行く
というようなことになるんでしょうけどね
そういうことができればいいなと
いう風に思います
なんか楽しいでしょうね
息子の嫁とか
こんなんやこんなとこ行ってみようか
とかいうのも面白いんやろうなとは
また結局大勢になるんですけどね
大勢の好きなんですよ
子供の頃から
曹操夫が九州から大阪に出てきますと
親戚一同が
うわっと集まってね
じゃあどこぞ行こうかひいじいちゃん来てるから
言うてね
美輪湖のミシガンという船に乗りに
大勢20何人で行ったのよ
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面白かったです
うちの身内半分ぐらいが
僕みたいに喋るんですよ
まあうるさいね
ああでもないこうでもない
面白いんだ
子供の頃その
面白いのがやっぱり記憶に残ってる
面白いおっちゃんがおったりね
親戚のなんか
天井医さんというか
船員さんに絡んでいて
怖いあれじゃないですよ
面白くいじるというんか
めちゃくちゃ面白かったんですよ子供の頃に
でも親戚のおっちゃんなんか
エレベーター乗るたびに並行来るんですよね
ブーって言うて
絶対その後に美輪出たって言うんですよ
いやあかんから言うてね
そういうジョークをずっと
やってたんですけどタクシーの
乗った時にタクシーのうんちゃん全く知らないでしょ
タクシーの中でもそれやって
タクシーのおっちゃんがキューって
急ブレーキかけてねお客さん言うて
降りてください言うてね
いや嘘や言うて
そんなんが高松旅行の頃にあったな言うて
よく覚えてますね
子供が1万円拾ってんって道でね
昔よくあったんですよ
高度経済成長やからかな
ホテルの中で1万円拾ったら
おっちゃんがすかさずバーって
出てきてそれ俺のやんって言うてね
嘘や言うて
そんなんもいっぱいありましたよ
面白いおっちゃんが親戚にはたくさんいてまして
かっこいいおっちゃんも
いっぱいおったんですけど
やっぱりこう
面白い思い出というか子供の頃の思い出
っていうのは拭えへんもんで
自分も子や孫
孫なんかね
もう非孫ぐらいまで
一緒に旅行行けたらいいなあ
言うて
これは贅沢な悩みでしょうな
お前みたいなもん連れて行くか
言われたら
やっぱり非爺さんにはそれだけの
人望があったと
言うことやと思うんですよね当たり前に
もうその身長180
超えるような非おじさん
僕身長ちっちゃいんですけどね
非おじさんは腰は曲がってましたけど
もう巨人やったんですよ
もうみんなね
非爺ちゃんが一言ポンとしゃべるとね
みんな正座するんです並んで
これはあかんでね
こういう姿を
子供の頃にやっぱり
自分が大好きなおじいちゃん
一番身内の中で偉いと思ってるおじいちゃんがね
もうピシッと正座してるんですよ
非おじいさんの前で
怒られてるんですよ酒飲んだり
お酒の話もしましたけど
酒飲んでねぐーっと目が
座ってくると
非爺ちゃんがねおい
座れ
正座ピシッとして
飲みすぎや
怒られる
子供心に
すごいなぁ
非爺ちゃんは一番偉いんや
なんかそれが良かったね
うちの親父なんかがね
嬉しそうなんですよ
自分の親父が怒られてるもんやからね
誰も酒飲まないと注意できへんもんは
非爺ちゃんはもう注意してくれる
いうもんでね
もうこの
非爺ちゃんからしたら孫ですね
うちの父親の世代中にニコニコしてるんですよ
爺ちゃんがずっと怒られてるもんやから
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これを後継がね
楽しい思い出と言うんですかね
残ってますね
うちの亡くなったばあちゃんは
非爺ちゃん神さんみたいに思ってる人ですから
まあそれは過去に色々あったのは
たりきほんがんラジオの中でも語ってますが
もう非爺ちゃんが来た時
ってのはもう
あでぜんせいぜんどころではないですね
神様にお供えするがごとく
ご飯持って行きますしね
本当に
亡くなる1年ほど前に僕が
ばあさん祖母と喋ってたら
非爺ちゃんはずっと神さんやったって
言うてましたね
うん
この話もね
僕はおばあさんの話に出るとはだめなんですよ
いまだにね
中学校2年から今までずっとそうなんですよ
おばあさんのこと思い出すとどうしても
ぐっと来てしまうんですけど
まあでもなんかこうにぎやかな
身内というんですか一族
どこもあれやそれはね
むちゃくちゃ悪いところもあるんですよ
全然配信できませんけど
その一族の中で育ちましてね
橋にも棒にもかからへん
お前が一番役立たずやなと
言われて育ったわけですけど
それでも楽しい生きできたというような部分が
ありますねいまだに
自分の息子
嫁さん息子からもそう思われてるけど
こんな人間も
世の中には一人おらなあかんねん
というように
単行なんかにはね
仕事制限喋り歩いてるような
役割の人がおったと言いますよね
この人一人おるだけで仕事の効率が上がるらしい
ですが何にも仕事してへんやけど
喋りかけたりとか
コミュニケーション取るっていうことをやる
だけの役割があったみたいですね
ああいう役割に
なれへんやろかと思ってるんですけど
それもなれんだよね
役立たずっていうのはなかなか難しいですね
なんかこう
誰かの役に立ちたいなと
どっかで思ってるんですけど
なかなかこれが立てんもんですな
ほんまに
せやけどまあ生きてるわけですから
生きてる間になんか
もしかしたら亡くなる2日ぐらい前に
ものすごい役立つかもわからへんやんっていう
淡い期待
その前
淡い期待を描いて
生きていかなあかんやなと思うんですよね
亡くなる2日前に役立っても
それはそれで
終わり良ければ全て良しなんちゃうかな
亡くなる2日前やったら
遅すぎるわ
言うてね
ボスに怒られそうやな