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お疲れ様でございます。黙れヤドロクでございます。
今日もいかがお過ごしですか。
なるほど。そんな意味でもないけど、そんなにしんどくもないというようなことですね。
それだったらよろしいんです。喉の調子が悪いので、
なんでかなって急に寒くなって風邪でもひいたんかなって思ったんですけど、全然違いましたね。
その前の晩にスペースでお喋りしたんですよ。
それでね、普段やったらそんなに声かねへんのですけど、
イヤホンで喋るじゃないですか。
普段やったら自分の声返ってきてるんで、押さえたりとかできるんですけど、
イヤホンで喋ると自分の声の大きさが全然わかんないんですよ。
必要以上に耳が、ちょっと右の耳も遠いですし、
大きい声で喋ってるんでね。
それでガラガラになったという結果が出ましたというね。
結果というか自分のせいやったということなんですけども、
まだあんまり戻りませんけど、もともと綺麗な声ではないですからね。
そんなに気にしてはいないんですけどもというようなことで、
本日ですが、できる限りこの番組始めてから、
ポジティブでもネガティブでもないようなこととか、
極力ポジティブ寄りなことをお話しさせてもらおうという風に
やってきてるわけでございます。
ポジティブ寄りというか、あんまり精神的に落ち込んでるような話を
グダグダ言うというようなことはあんまり良くないと思っているのがあるんですよね。
明るい話題がいいじゃないですか。楽しい話がね。
人間ってあんまりそこを抑えて考えてますと、これもまたしんどいんですよ。
やっぱり腹の立つというようなことではない。
そこまでいかないんですけどね。
あんまり世間にそんなに意識が行ってないと思うんですけど、
なんちゃいなぁと、もやもやするというようなことっていうのは
結構あるなというようなことなんですよね。
皆さんどうかなど、ネットをね、ちょっとSNSでも見てきますと
ちょっともやもやするニュースであったりとか、もやもやする人の発言であったりとか
そういうのを目にすると思うんですよ。
攻撃的なものはね、もやもや飛び越して
なんでこんなの書くんやろうかと思ったりはしますけどね。
やっぱり見つけんでええもんを見つけてしまったときとかね、
見やんでいいものを見てしまったときとか
本当にそういうことってやっぱり人間って、僕らが細かいことを気にする人間ですからね。
やっぱりたまに、ここんどこそんななかったんですけど、
ふとした瞬間にそれを見つけてしまう。
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で、見てしまう。
もうなんねえんだね。
そこまで、僕の場合ですと落ち込んだりということではなくて、
げんなりする。
人、もの、行動、言葉というのは結構ありますな。
端から見たら別にそれは、なんちゅうことないようなことでも
気づいてしまうことってあるじゃないですか。
自分だけということはないでしょうけど、
立場上自分だけがわかるようなことやったりすると余計にね、
あ、そうなんや。
なんじゃこれ。みたいなね。
そういうことってあるなと思って。
それを人に言えればいいんやけど、
人にこれで言っちゃうと、他の人がやってることと同じことになってしまいますよね。
だからこういうことがあったということは言えても、
何がという具体的なことっていうのはやっぱりお話しせんほうがいいというのが流れではありますね。
明るい番組にしたいわけでございますからね。
明るい番組にしたいとは思ってたらね、
なんやねん。みたいなね。
もう声震えるというか。
なんかそんなことありますよね。
もうがっかりや。
いやもう物にもそう、事柄にもそう、ニュースにもそう、人物にもそう。
もうがっかりしたっていうようなことがちょっとやっぱりありましてね。
もうなんかもう、もやもやするわ。
けど、そんなに深くはもやもやしないです。
なんでかというと関係ないから。
関係ないとこは関係ないというか、
ぶつんと精神的に切れるとこまでやっと僕は回復してきたというようなことでございますからね。
そうか思って、やっぱりいいことを考えると言うんですか。
それこそ毎日だけな時間を聞き朝が始まるんです、僕の中では。
朝やったり真夜中やったりもするんですけど、
それで結構幸せ、普通の配信がなされることに幸せ。
それがもうだいたい朝方起きて更新されてなかったりしたらもう心臓がドキドキしてくるぐらいの感じですからね。
それを聞いて、日常の何もなければ本当に楽しいお話から始まるんですよ。
だから、ああそういう映画があんねーやーとかね。
そんなふうに考えた犯人は面白いなーとか。
なんか今日も二人とも元気そうやなーみたいな。
録音されてるやつやから、今現状が元気かどうかわからへんやけど、
でも元気そうやなーというので、ほっとして、
次、今日は自分は何を喋ろうかなーと思ったりとか、
ちょっと映画見てみようかー思ってね。
映画のことあんまり語りませんけどね、
それはやっぱりもう、ちゃんとそういうふうに語れる人らの面白い話があるので。
僕なんかもう、昨日ですか、週末、
イコライザーを、たぶんね、1も2もね、
5回目か6回目やねんけど、
イコライザーを1、2と見ると。
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しかも吹き替え版で。
大体シーン知っとるんやけど。
イコライザー、新しいの出るんですってね。
なんか、見に行こうかな。
で、ちょっとやっぱりね、映画館あたり悪いんですよ、僕ね。
行ったら隣のおばちゃんが全部ストーリー喋ってもうたりとか、
そういうのに当たるんですわ。
踊る大捜査船のときね。
なんでおばちゃん2回目おんの、いうね。
その感じで、全部喋るやん。
ここで、この人出てくんでって言うとんね。
横で。
言うたあかんやんと。
おばちゃーんって。
咳払いしたんですよ。
全然聞いてへん、咳払いが。
だからね、映画館あたりが悪かったりとかね。
前に座ってんのが2mあるんちゃうか、いう人やったりで、
座高高くて全然見えへんとかね。
結構あるんですよ。
当たり悪いんですよね。
もちろん映画館で見るのが素敵やということも、
それが一番映画にとっては当たり前に
ということもわかってるんですけど、
映画館当たり悪い。日頃の行い悪いからやろな。
それはわかってるんです、自分で。
だから家で見ることが多いと。
古い作品をね。
何回も見ねん、好きなやつ。
やっぱりね、自分にないもの。
だからほんま嫌なもん見たときとかは、
本当に反動というのかな。
何で創作していくというようなことで考えますと、
やっぱりヒーロー見たくなるんよね。
イコライザーもそう、ジョン・ウィッグもそう。
クルニーもそう。
ミッション・インポッシブルとかもね。
ああいう絶対自分ではなられへん
ヒーローになりたい。
ヒーローなのかな。わからへんけど。
そういう願望は子供のときからある。
絶対自分はなられへんの。分かってんねん。
知ってんねん。
実力もないのも分かってんねん。
体鍛えたところでああはならんのも知ってんねん。
だから、やっぱ憧れやねん。
自分にないもの。
正義感だったりとか。
正義感ないんか言われたら、
いやないことはないですよ。
あるんです、それなりに。
ただ僕の正義感が人の正義感と被ってるかどうかは、
分からへん。言うてね。
あなたの正義感は正義感ではないですよ。
言われるかも分からへんけど。
僕の中には僕の中の正義があるんですよ。
僕の中の基準があるんですよ。
自分はそれをね、やっぱね、
そこが由来だときが自分の精神の弱い、
弱ってるときいうのはね、
今回ね、よくよく分かりましたよ。
この何ヶ月、1年近くですかね。
自分のその基準が、
いいとか悪いとかではなくて、
あくまでこれは自分の基準やから、
これを揺らがしてしまうと、
やっぱり人としてのこの生きる自信みたいなものも
同時に失っていくんやなということが、
よくよく分かったわけで。
だからといってね、前から何も進歩しないかというか、
そういうわけじゃないんですよ。
失わないように、
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うまいことを調整するという能力がやっぱり
なかったわけですね。
だからそれをやっぱりちょっと調整してきて、
僕には僕の正義があって、
僕には僕の失敗もあります、もちろん。
その失敗が多いんですよ。
でもこれ、失敗は言うたはんのは、
あくまで人からの意見の失敗なんですよね。
自分がほんまに失敗やと思っていることは、
それで反省すればいいし、
それ以外のことまで、
何か人に言われて、
それも反省しなあかんのかって思ってしまうぐらい、
基準が緩んでたというか、
こうやろうって言われたら、そうかもなって。
そんなこと思わへんかったのに、
場合によってはね。
物事によっては思いますよ。
普通のおっさんですからね。
思いますけど、
でもね、やっぱりね、
由来ではいけないところはね、
由来だよなあ、この1年っていうのが、
今になってよくよく、
やっぱりわかってきましたから、
あの、よっしゃと、
これはもう、ここはもうあかんと、
由来ではいけない部分がある、
っていうのは、
ここをね、揺らぐとね、
今まで僕が出会ってきた人、
っていうのが、
めっちゃかっこええと思ってる人っていうのが、
僕の中ですごく大事なんですよね。
こいつかっこええとか、
この人めっちゃかっこええとか、
だから僕から見る、
それジョン・ウィッグであったりとか、
イコライザーであったりとか、
ミッション・インポシューローの
トム・クルーズであったりとか、
アウトローの時のトム・クルーズであったりとか、
なんかその、
あるんですよね、
自分の中の像が。
それを、
由来ではいけなかったんだっていうことがね、
分かりましたなあ。
なんか、あの、
かっこいい人ってそこに並ぶんですよ、
僕の中で。
で、これが、
人物そのものが全部かっこいいっていうことじゃなくて、
自分がポイントとするところが、
特化してかっこいい人、
っていうのが、
僕の中のある意味、
こう、リスペクトできる人、
っていうことなんですよね。
うん、あの、
全部、人間なんかね、
全部そんな、
いいとこばっかりはないじゃないですか、
当たり前に出来上がったばっかりのこと、
悪いとこもあるには決まってるんですよ。
だけど、自分の金銭に触れる、
この人ここかっこええわっていうのが、
ビターッとくればやっぱり、
尊敬できるわけですよ。
うん、認めれるというかね、
僕なんかに認められても何にもなりませんよ、
おそら。
だけどあるんです、やっぱり。
人間やから。
うん。
人に何と言われようと、
僕が、
自分が認めるランキングみたいなもんですよね、
アニメ好きや、
とか映画好きや、
とかの、
あれと一緒で、
まあランキング形式にはなってないですけど、
その、
この人っていうこの部分が見えてたらええんですけど、
やっぱりそうやなと思ってたら、
勘違いは多分、
まあ往々にしてあるし、
で、初めはそうやったのに、
変わってしまう人もおるし、
それなら元からあれは偽っとったんやなっていう、
そういうのには騙されるタイプですよね。
ええ、だからそれね、
そうか、
偽っとったんやなということがわかったりすると、
もうがっくりくる。
うーん、
でもがっくり言うても、
この自分の落ち込みじゃないんですよね。
自分の基準が守られてるときは、
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それで落ち込んでも、
大丈夫なんですよ。
がっくりきてるだけで。
それは自分に対してがっくりきてるわけじゃないから。
それがまあ、
ここの1年ぐらいはもう自分に対してがっくりきてしまってたから、
やっぱり、
しんどかったんやなっていうのは、
よくよく、
あの、
わかってきて、
でもまあ自分の基準はやっぱりもうこの年齢ですからね、
ええ、
もうあんま変えたかねや言うてね、
えー、
思い始めまして、
なんとかこれをもう1回構築し直すためには、
やっぱり人間って振り返ることも大事やんかと。
で、子供の幼少の頃から、
まあこの番組の中でもいろいろちょいちょい語ってきてますけど、
何を基準に僕は育ってきたんやということをもう1回思い出そうと。
やっぱ50年近い生きてますからね。
忘れてることもいっぱいあるわ。
ええ、だから、
まあこうたどるわけですよね。
このときこうやった、
このときこうやった、
このときこうやったってたどってきて、
まあ、
だんだんだんだんあんまりまだ同じようになっていってしまう部分もあるんですけど、
まあ、
今回こう落ち込んだこととかも含ん踏まえてね、
考えたりとかして、
まあ、
なんとか持ち直した。
というようなことでございます。
1年かかんねーねー言うてね。
思いのほかオッサン弱いねんなー言うてね。
強い表田へのね、
これがおごりやわな人間の。
ええ、
まあもうほんとに、
自分が弱いということを、
まあ、
ボスにも言うたんですよ。
自分は弱かったな、
知らんかったん?って言われたらね。
え、俺だけ?知らんかったん?みたいな。
うん、知ってたけど?みたいな。
ものすごい弱いのを知ってるよ。
誰弱いの?って言って。
精神的にね。
そうなんや。
えー?言うて。
ちょっと震えたよね。
で、それからは、
なんかまあ多分、
彼女自身は僕が傷つくからあんまり、
今まで言うてこなかったんだと思うんですけど、
あのー、
はっきり言うてくれるようにはなりましたよね。
弱いねんから、
そこはもう。
ただあくまで精神的に弱いだけやからって言って。
ええ。
あの、
一個なんかこうタガの部分があるんですよ。
どっかにね。
で、
そのタガが外れるような事象が起こると、
やっぱり、
あのー、
自分も父親、祖父、
祖祖父に育てられてるというかね、
一族の中で育ってる感覚があって、
まあ抗戦的になる部分もありましてね。
それは良くないと言うて、
僕は抑えて生きてきたというか、
それが嫌いでね。
うん、
そういうのは違うねんって言うて、
僕は生きてきたんですけど、
まあやっぱりそういう側面もどうもあるみたいで、
やっぱり良くないよね。
っていうのは改めてここで今しめのように、
子供らにも言っていかなあかんことですな、
えー、
思います。
やっぱ悪い癖と言うんですかね。
物の考え方の癖の中でどっか悪いとこっていうのは、
これは子供の頃から育ってきた影響というのはもちろんありますから、
えー、
ここをやっぱ子供たちに継承してはいけないという僕の思いもあって、
自分ができる限りこう抑えてきた部分っていうのももちろんありますけど、
やっぱり、
なんかね、
ぐーっと追い詰められて、
行き着くとこまで結構追い詰められてたので、
そこまで来るとね、
もうほんと寸でのとこでパキンと割れてしまう、
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とこまで行ってたんやと思うんですよね。
それがパキンと割れてしまうとやっぱり、
人としてはどうだろうかっていう部分の方が、
多く考えとして出てきてしまうというのって絶対あるんやと思うんですよね。
これはね、こうなるとやっぱ動物に近いような気がしますな。
えー、
人間っていうのはやっぱそこを考えなあかんと、
理性的に物事を考えないけないなというのは、
もう子供の頃から何となしに言葉がわからんがってもそう思ってきたというかね。
ああなるのは嫌だというような感覚というんですかね。
これが一族の言えること言えんことの中の一つでしょうな。
なんかやっぱり、
なんかこう自分で、
理性的に理性的に理性というか、
それは知的なものの理性というような感じじゃなくてね。
あくまで一番悪いと思うところを抑えこんどけさえすれば、
あと多少悪いところはもう仕方ないやんで許せる部分もあるじゃないですか。
なんかそんなふうに思いながら、
この1年やってきてやっとこさ、
ちょっと取り戻してきたかなというようなところに来たわけでございます。
皆さんもこんなことあるんちゃうかなと思うんですよ。
小さいこと大きいことね、あると思うんですけどね。
たまにはこうやって吐き出して言うとかんとね、
どういう心の推移をしてきたか。
で、今どう思ってるかっていうことは明確にね、
それまではそうやって人生生きてきたんですけどね、
この1年結構それがぐらぐらぐらぐらしてたんですよ。
本当に一時はもうわけわからんなってたんですよね。
それがね、やっとちょっと戻ってきてね。
で、今度戻ってきて冷静に見出すとね、
よくないんですよね。
これがまたね、そうかと。
いろんなことを確認し出すでしょ。
人間ってね、あかん。確認してあかんよ。
ほんまに知らんことは知らんままでいい。
それでええと思うわ。
やっぱりね、いろんなこと起こってるよ、1年経てばね。
その中でいろんなことを確認していきますと、
おい、というようなこといっぱいありますからね。
でもここは抑えるべき、抑えてというようなところも人間やっぱり持ってて、
それが理性という素晴らしいものやというふうにね、
思うようにしておりますというようなことで。
たまにはね、なんかこう吐き出しとかんと、
なんかこう人に誰か伝えとかんとと思ってもらうときあるんですよ。
なんかね、別にいいこと悪いことではなかってもいいこともそうですよね。
もちろんいいことを人に伝えたいというようなこともありますよ。
でももうほんと吐き出したいときってありますね。
聞いてもらえる場合もあるんですよ。
タイミング良ければね、
よく出てきてるのぶちゃんとかね、
よーって聞いてもらったりとか、
他の友達とかに聞いてもらったりとか、
そういうときはやっぱり体楽ですよね。
周りは周りで受け取った側はしんどくなる場合もあるんで、
これはあんまり滅多とできないですけど。
だからそういうときはいいんですけど、
それがね、やっぱりみんなそれぞれ生活ありますから、忙しいですから。
いつもいつもそれを聞いてもらえるわけではないし、
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向こうのも聞いてあげなあかんしというのがね、
行ったり来たりもないとダメですからね。
そんなふうに思うわけで、
ここのとこなんかそういうふうな感じで、
ちょっとこうしょうもないもん見てもうたなというようなこととかね、
がっくりまたしてしまったんですけど、
これで揺らぐようなことはないがっくりでしたので、
よかったなというようなことも、
ポジティブなほうに考えていこうというようなことでございます。
それはもうそれでいい。
だからといって第三者が見てそれがどうとかということは多分ないと思うんです。
僕だけがなんやと思ってるというようなことがガラやったりするので、
もう全然他の人が見たら普通やんというようなことかもわかんないのでね。
だからこそ人に理解されづらいですよね、こういうことってね。
そういうことあると思うんですよ。
僕だけが知っている、私だけが気づいているというようなこと。
こういうことはやっぱり話しづらいと。
そういうことありますよ。
往々にしてというようなことですわね。
そんなふうに今日は珍しくですよ。
75回も越えましたし、
こういう思いというんですかね。
具体的には何も話してないんですが、
皆さんももし説明するとなると、
そういう感じのニュアンスになるようなことからお持ちではないですかというようなことですよね。
たまには吐き出していきましょうと。
全部うわーっと吐き出せる相手なんかがおると、
これがもうスコーンと抜けてきて、
よっしゃ言うたと、言うたかというのでスカッとするときもありますから、
たまにはこういう口も大事なもんですね。
そんなふうに、やっぱり聞いてもらわれへん。
聞いて欲しいけど聞いてくれる人おらへんっていうので、
聞いて欲しいような聞いて欲しないようなというので、
自分の殻にぐっと閉じこもることが、
やっぱり体壊していく一つの理由であるなというのは、
もうほんまにはっきり人間って出るんやなと思いますね。
だから自分という人間をわかってもらい、
自分の話を聞いてもらいという人やっぱり何人か、
友達っていうのは必要なんやなというふうに改めて思ったわけでございます。
もちろん僕なんかは何人かいてるわけでございまして、
やっぱり聞いてくれて、嫌なことだって聞いてくれて、
安心ちゃんそれは大変やったなって言ってくれるとか、
何人かおるからこそこうやって言えるわけでございますよね。
オブラートに包むことができるわけですけど、
これがね、人にもいてへん人っていうのは、
ここで名前やったりとかその物事、事件のことやったりとか、
どっかの記事のことであったりをバーンと書いてしまうんでしょうね。
誰にも聞いてもらわれへんから。
なるほどなというふうにちょっと思ったわけですね。
だからできれば皆さん理性的にお友達に聞いてもらうようにしましょう。
友達って大事ね、なんていうお話でございます。
聞かされる方はたまったものではない。
そろそろ東京都、関西を行ったり来たりしてるのぶちゃんに、
黙るやどろく言うて怒られそうですな。