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おはようございます、こんにちは、こんばんは、マキレイカです。 私とあなたの世界を映すラジオ【チャコめがね】です。
今日もお話し相手として、つむじさんと一緒に進めていきたいと思います。よろしくお願いいたします。
よろしくお願いします。
何だか、前回すごく突っ込んだ話をしちゃって、私が聞いてばっかりだったんですけど、皆さん大丈夫だったですかね?
私もすごい、つむじさんの見ている世界も垣間見れて、話が進んでいくので、私もすごい刺激を受けていて、すごい私は楽しいので、このままでよろしくお願いします。
よろしくお願いします。
すいません、リスナーの方は置き去りですが。
でもね、そしたらレッターください。
ぜひ、いただけたら嬉しいです。
私また、そんなことを言いながら、もう一つレイカさんにお聞きしたいことがあるんですよ。
競争をしたくないって言われたじゃないですか。
誰かと競争したくない。
その就職活動する時に決めた2つの自分の基準で、お金のためだけに働かないと、人と競争したくない、しなくて済む仕事がいいというところの競争ですかね。
そうなんですよ。
でも、そのライターさんという仕事って、コアだけど、言ったらもう極端なんだし、どっちがお客さんに選ばれるかっていう世界じゃないですか。
去年までやられてたお仕事っていうのが。
そこに競争って、どうしても出てくる気がするんですよね。
それはどう思われてたのかなと思って。
まず、なんで私が競争したくないかと思ったかっていうところからお話しすると、実はそのきっかけとなる出来事があって、
私って小学校と中学校が青森県の弘前大学の教育学部の付属の小学校、幼稚園からなんですけど、
そういう大学の教育学部の付属の幼稚園、小学校、中学校だったので、ちょっとなんか不思議な学校で、ある意味。
カルガもいたし。
カルガもそうなんですけど。
教育の実験をする学校なんですよね、結局大学の付属っていうのは。
そんな言い方もできますよね。
私は今47歳になるので、ゆとり世代ではないんですけど、
今振り返ってみると、ゆとり教育の実験を私たちの時代にしていたような気がするんですよ。
ちょうど10歳ぐらい、私より若い人たちがゆとり世代なんですけど、
例えば小学校だと、その頃は総合学習っていう言葉はなかったですけど、
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例えば担任の先生が国語の幼い優子先生であれば、優子先生は国語の先生なので、
常に国語教育の実験を私たちで、実験って言ったらちょっと言葉悪いですけど、
教育研究をされていて、めちゃめちゃ文章、作文とか書かせられたり、
あと、筑波大学の偉い先生が来る研究発表とかでも、私たち授業をやったりとかしたりするような学校で、
例えば5年6年の担任の先生は、社会科の先生だったときは、
算数とかそういうのをあんまりやらずに縄文式読き作ったりとか、
青森県の伝統工芸の津軽塗りの職人さんに取材に行ったり、
実際、漆は使わないけど津軽塗りもどきっていうものを作ったりとか、いろいろ。
ちょっと羨ましい。
そういう体験型の研究授業をずっとやっていて、
普通の中学校って、例えばテストの順位とかって貼り出します?
貼り出しません。
中学校はしないのか。
しないしない。高校もしないですよ。
本当?
でも、やってたとこあるかもしれないけど、あるときを境にやっちゃダメになったんですよ。
ですよね。多分ね。でも、私、同世代の人に中学校のときに順位貼り出してたよっていう人がいて、
じゃあ、うちの中学校って特殊だったのかなと思って。
あったら、あれです。成績によって何気にクラスが、はっきりは言わないけど、
クラスが分かれたりはしてたかも。
例えば、1組とか2組は優秀でとか、なんとなくそういう、言わないけど空気的にそういうのがある学校あったかもしれないです。
僕は中学校を卒業するまであんまり、
もちろんマラソン大会とか運動会とかで順位はつけられるんだけど、
勉強に関して順位をつけられたことがなくて、高校で私は札幌の高校に入ったんですけど、
そこではやっぱり中間テストとか期末とかで常に順位が貼られてたんですよね。
それで、高校になって初めて順位が貼り出されて、
私は何の教科だったか忘れたんだけど、
私は高校の時は球道部だったんですけど、
同じ球道部の子で、ちょっと名前は伏せますけど、
Mちゃんっていう子がいて、すごくおとなしい感じの子だったんですけど、
何かの順位で私が、そんな上じゃないですよ。
だから20位まで貼り出されてるとしたら、
多分国語とかそういう自分が得意なやつしか、私の名前なんか載んないんだけど、
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例えば15位とか、そういうような順位で、
Mちゃんは16とか17とか、近差で私よりちょっと下だったんですね。
すごくおとなしい子なんだけど、その順位を見て隣で見て、
その子がいきなり、次は玲香に負けないからっていきなり言ってきたんですよ。
で、びっくりして、そんなこと言う子なのって思って、
そこにカチンと来たっていうか、
そんなこと言われたら私絶対負けられないみたいな、党史が燃えてきて、
競争が嫌いって私実は言ったんだけど、競争が嫌いなんじゃなくて、負けず嫌いなんですよ。
私もすっごい負けず嫌いだから、競争が嫌いって言われた時に、
私はむしろ競争するタイプなので、
玲香さんはそうじゃないのかって。
負けず嫌いだから、Mちゃんに言われた時に絶対負けられないと思って、
その日から次の期末か中間までに、めちゃめちゃ勉強したんですよ。
で、もう紙に貼ったかどうかはわかんないけど、
打倒Mぐらいのフォースでやってたんですよ。
そしたら次の時に、もうすごいビョーンって5位とか、
1位とか2位じゃないんだけど、常連さんがいるから、
でも4位とか5位とかでビョーンって上がったんですよ。
その時に、言葉では多分言ってないけど、
私の心の中で、どうだ、みたいな。
私に負けないなんて言うなんて10年早いわよぐらいの、
そういう、なんか、してやったりみたいな気持ちが湧いてきた時に、
その次の瞬間すごい虚しかったんですよ。
Mちゃんは全然順位にも載ってないぐらいだったんですよ。
その時、多分。
全然本気で言ってんじゃないし、
軽い、ほんのちょっとの差で私に負けたから、
なんか珍しく、言っちゃった。
でもそういうタイプでもないから、私も反応しちゃったんだけど、
その時に、ここまでやって、
自分もすごい疲れたし、
投資を燃やして何か負けないっていうことに、
情熱を燃やすことが、意味あったのこれ、みたいな。
で、Mちゃんに心の中で10年早いわよとかって言って、
言葉には出してなかったけども、
なんかそれは彼女を傷つけるようなことになりかねないっていうか、
自分も相手も傷つくと思ったの。
それで誰も幸せにならないと思って、
私は負けず嫌いだから、こうなっちゃうから、
競争しちゃダメだなって思ったの。
私は今、負けたくないのは、
すごいカッコいい人としてますよ。
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すごいカッコつけるけど、今は負けたくないのは自分になんですよ。
人が競争相手ではないけど、ないんですよ。
でも若い時はすごい人が競争相手だったから、
高校の時に、それこそ同じように高校の時に、
負けられないし、負けるなって言われたし、
負けたくないしで、ものすごく無理をした時があって、
結果は出たけど、私の場合は身体と心がやられちゃったんですよね。
そうそう、なる。
身体と心がやられちゃったっていうのは、
言葉を入れて毒が回ったのかなと思って、
負けず嫌いだというか、負けず嫌いが悪い方向で、
誰かに勝つことが目的になっちゃって、
それは違うよねっていうところを身体と心が訴えてきたのかなって。
すごくわかります。
だけど、根本的にやっぱり負けず嫌いだから、
その知識は直らないんですよ。
そこで私は、
競争すると、ナンバーワンよりオンリーワンとか、
オンリーワンで戦わないフィールドで戦おうっていう方向に向かったんですよね。
戦わずに済む方法を、そういう場所に行くっていうか。
逃げと言えば逃げかもしれないんだけど。
違うと思います。それは違うんじゃないかと。
もうなんかその就職活動をしながら、
マスコミの出版社、NHKとか受けたとか言ってたけど、
NHKはダメで、当時私北海道新聞社の報道部でバイトしてたんですけど、
そこも落ち、いろいろマスコミはやっぱりむずいなと思って、
出版社とかもいろいろ受けたときに、
就職活動もやっぱり競争というかね。
そうですね。
一回、もしマスコミに行くなら卒業してからもう一回チャレンジできるかなと思って、
就職活動を4年生の春ぐらい、夏ぐらいで辞めて、
でも年末にたまたま募集していた、
その財団法人の日本自然保健会というところを見つけて、
ここならいいかもって思って、
しかもその大学の時にはすっかり忘れてたんですけど、
そういえば私、自然環境の仕事をしたいって思ってたよね、
ここぴったりじゃんみたいな、忘れてたんですね。
そしたら驚くべきことに、実は私の母親というのが、
私が中学校とか高校でも鳥の観察、野鳥の観察をしなくなってから、
母親が野鳥の会に入り、バードウォッチングをしてたんですよ。
それは霊華さんが好きだったことを見て、
お母さんも興味を持っちゃったってことですか?
うん、みたい。
すごいな。
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そう。
私が4年生の11月とかに、
日本自然保健会というところ、朝日新聞の募集に出てて、
受けてみようかなとかって言ったら、
母親が、私そこの会員だよとか言って、
え、マジで?
知らなかった。
離れて暮らせたんで。
それで、受けてみようと思って、
右翼を拒絶あって、そこに就職したんですけど、
その就職するときの、3人、4人で最終集団面接みたいなのがあるときに、
私以外がみんな大学の修士課程を卒業して、
大学院を出てるような。
私4年生で、最後の質問が、
私はこれだけは人に負けないっていうものがあったら、
お一人ずつ答えてくださいって言われて、
私たまたま最後に答える順番だったんだけど、
私の前の3人は、やっぱり自分も大学院の時の研究分野の、
これはやってきましたみたいなの。
3人ともそういう流れで言ってて、
私最後で、私大学院生でもないし、
そんなに研究とか言えないし、なんだろうなと思って、
全然違う角度から答えようと思って、
私は、大抵の人とは仲良くできます。
それは、たぶん、ここにいる誰にも負けないと思いますって言った。
それは本当にそうだし、
人に興味があるから、
どこまで深くかっていうのはそれぞれだけど、
大抵の人と仲良く話せるな、
30分ぐらい雑談できるなっていう自信があるんですね、今でも。
それを言ったんですよ。
で、私が一人採用されたんですよ。
入ってから、最後に質問された理事長と話す機会があった時に、
あんたの誰とでも仲良くできるっていうので決めたんだよって言われて、
まさに自然保護っていう仕事は、
いろんな立場の人と話をする仕事だから。
実際問題、国会議員から環境省の官僚から、
あとは市民団体の東北の山奥に住んでいるおじいちゃんから、
いろんな方にお会いしてお話し聞く機会があった時に、
本当にそうだなと思って、
同じ他の人と土俵に乗らないことで成功体験が結構いっぱい、
他にもいっぱいあるんですよね。
別に競争しなくても生きていけるっていうマインドセットが、
たぶんできたのかなっていう気がしていて。
最初の質問のプロフィールライターの競争ではなかったんですか?
っていう質問で、私は競争ではなかったっていうのは、
確かにライターっていう括りで言ったら、
私よりすごい人がめちゃめちゃいるし、
それこそそのライターの土俵に立ったら競争になると思いますけど、
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まずプロフィールを専門に書くライターっていう、
狭いニッチな世界では、かなりライバルが減るんですよね。
さらに、ココナラっていうフィールド1本に絞ったら、
かなりもっと減るんですよ。
ココナラにもいないことはないけど、
自分の自己紹介とか、自分が大事にしているものとか、
私が書けることはこういうことだっていうことを書くことで、
もうそれはやっぱり競争にはならないというか、
それ唯一無二だし。
積み分けになってたってことですか?
そう。で、やっぱりココナラで私の高額な5万円とか、
そういうサービスを買ってくださる方に、
どうして私を選んでくださったんですかって聞くと、
やっぱり書かれている文章とか、
玲香さんが大事にされていることが、
私もそうだと思うからって言って選んでくださったことと、
もう一つは、何回か前の話がやっと回収されるんですけど、
私は坊主頭のスキンヘッドだったんですね。
スキンヘッドの話をね、これだけで聞きたいんですよね。
そのスキンヘッドのアイコンで、
この人何なのっていうところで、
意外と男の人でも女の人でもやっぱりパッと目につくんですよね。
坊主頭の女の人のプロフィール写真があったら、
この人何?って書かれている文章を読んで、
この人だったら自分の書いてほしいプロフィールを書いてもらえるかもしれない、
っていうふうに受け取った人だけが来てくれるので、
そこで誰かと競うとかあんまり考えてないというか、
そういう自分を出してそこに共感してくれる人がいれば、
もちろんね、そんなスキンヘッドの女とか、
ちょっとよくわかんないからいいっていう人は当然いたと思うけど、
そういう人は私の目の前に現れないから、
私にはあんまり関係ないんですよね。
むしろそこに興味を持ってくれたり、
いいな、私もやりたいと思ってたから、
この人にちょっと話聞いてみたいわ、みたいな人しか周りに来ないから、
なんていうの、競争になるっていう感じはなかったですね。
わかりました、これがやっぱり会社員とか組織にいるとは違うところだと思います。
選べない集団の中にいるんですよ、
全員が選べない集団の中にいると、
そういう競争って起こりがちなんですよね。
私は1回も1回も見てるから、そういう競争しない、
自分もやられるからって思ってるけど、
でもやっぱりちょっと引いてみてると、
ものすごくあちこちでそういうことが起こっていて、
割とどっちがどうとかって言っちゃうんだけど、
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男性は男性で、女性は女性、それぞれのフィールドというか、
独特の価値観の中で起こりがちじゃないですか。
例えば、結婚するかしないかとか、
子供を産むか産まないかとか、
出世ができるかできないかとか、
そういうのがすごく社会の中でたくさんの競争が起こっているんですね。
それは望むと望まないとにかかわらず、
巻き込まれることもある。
あるあるある。
そこに行かないっていう生き方なんですよね、私の場合。
それで、たぶん玲香さんの一番最初に言われた、
お金を稼ぐためだけに働かないと競争しないというのは、
繋がってたんだなって思います。
確かに同じっていうか、
広く深いところで繋がっているということか。
だなって思いました。
だって選べない会社や組織にいたら、
こっちはその気なくても、
競争されてくることもあるし、
そんなに思ってなくても、
競争していると思われることもあるし、
そんなに思って行動したことじゃなくても、
それこそ高校の時の順位じゃないですけど、
それは自分に対する挑戦状だよねって取られることもあるんですよ。
ちょっとした一言。
うんうん。
でもなんか、私、それもすごいわかるし、
あと、私もやっぱり人がこうなんか、
上手いことをやってるなーみたいなのとか、
いいなーとか嫉妬したいとか、
そういう感情は全くないわけじゃないから、
そういう気持ちがすごくわかるんですけど、
でもなんか、
もし私にそういう順位付けとか、
なんかラベル付けする人がいたとしても、
それはその人のやっぱり世界で、
その人はそういう世界に住んでるから、
私とはあんまり関係ないっていうか、
あ、そうなんですねっていうことでいいかなっていう。
そうそう。
もうそうなんですけど、だいぶね。
もうそういうふうにしてて、
それこそ両手挙げて、
敵じゃないです、競争とかじゃないです、
で、すごくそれを発信しないといけないっていうのはあると思っていて、
そこのところが競争をしないと、
こっちが決めていても、なかなかそれって難しいんじゃないのかなっていうのが、
なんとなくあっていて、
で、かべかさんは近づかないようにしているっていう部分で、
来られることはないんですか?競争シーンに。
例えば、
起業家の集まりとか。
そうそうそう。
で、やっぱりSNSとかで、
個人事業主として起業されて、
法人持ってる人でも何でもいいんだけど、
そういう人は、
多くの人はやっぱり、
きらびやかにとか、
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いかに多くの人とかに囲まれてるかっていうのをアピールしがちな人も多いけど、
だからこそ私は違うやり方っていうか、
うまく言えないんだけど、
例えば、女性の起業家はこうやってキラキラしてて、
美しいっていうものの、
土俵に乗らない一つの手段としての、
スキンヘッドみたいな。
でもスキンヘッドにしたのはそのためだけじゃないんだけど、
その要素もあった。
やってみたらあった。
で、スキンヘッドにしたのは、
もう10個ぐらいの理由があるんだけど、
いろんな理由があって、
高校生ぐらいからやってみたかったんですよね。
でも私もやってみたいけどやれないことですもんね。
行動に移せないスキンヘッドは。
結局私2年半ぐらいずっと坊主頭だったんですけど、
やっぱりやってみたいとか、
1回やったけどもうやらないとか、
そういう方にお声掛けいただくんだけど、
やれない理由の一つは、
頭の形が良くないっていう方と、
あとはやっぱり、
例えばママ友とかにどう思われるかとか、
あと職場もそうだけど。
そうですね。
社会的に多分許してもらえないし。
うん。
だから、
でも今時ウィッグなんて3000円とかで売ってるから。
今は単純に誘致じゃないだけだと思う。
でも実際ね、
やってる人いないってことはそうなんだと思うんだけど。
だからこそやったらすごい、
なんていうかな、
目を引くというか、
そういう結果的に、
そういう効果があったなって思って。
今時、
例えば髪型でニッチを取るって、
女性の坊主頭しかないっていう結論があって、
結果的にやってみて、
例えば男の人は坊主だろうと、
長髪だろうと、
もひかんだろうと、
今時全然珍しくないっていうか、
そういう人なんだなって思うじゃないですか。
でも女の人ももちろん長髪とかいるけど、
女の人で坊主頭っていうのは一番、
なんていうか、
ニッチなんですよね。
世界的にもすごい珍しいと思うんですよね。
まだまだ。
まだまだですよ。
だから、
女であって坊主頭っていうのは唯一、
髪型で取れるニッチな、
私情っていうように思って。
助けをかけなくても、
私には強い意思がありますっていう表明だと思う。
そうそうそう。
そうなりますよね。
だから、
結果的にそうなったっていう。
だから坊主頭にしてるのも、
そういうオンリーワンの表現の一つだったんでしょうね。
結果的に。
今、れいかさんの話を聞いてて、
私の周りの、
今仲間になってる、
環境とか中山館とかの仕事をしてる人たちに、
あんまりそういう、
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言葉を選ばずに言うと、
無駄に競争意識を持って、
やいやいやってる人がいないなって思ったのと、
あと、
私のアドバイザーで起業されてるとか、
起業しようと思ってる仲間の方にもいない。
そういうふうなところで、
やろうと思っていないから、
私が多分、
そういうすごく小っちゃい頃から、
学生の頃から、
勝手に思っていたものっていうのが、
自分の中で嫌だって思って、
だんだん離れていけているのかなって、
今なんとなく思いました。
そこから自分が身を離していっていて、
だから周りにもそういう人はいなくなってるのかなって。
会社の中でも近しい人で、
そういうふうに思ってる人はいないから。
たまに会社の中の遠くで、
それが感じてられることがあるんですよ。
それをたまに受けちゃう。
受けて立っちゃう。
ちょっと言葉悪いけど、
売られたチェーンカーを買っちゃうみたいな時があって、
本当に稀にです。
これがちょっと例えとして、
合ってるかどうかわかんないんですけど、
私、首都圏に住んでた時に、
週に1回だけ小田急線に乗って、
専門学校の教団に立ってた時期に、
朝のラッシュ時に週に1回だけ、
満員電車に乗らないといけないっていう状況があって、
それ以外はフリーランスなんで、
満員電車に乗るってことはなかったんだけど、
週に1回水曜日の朝っていうのだけが、
満員電車に乗ったのが2、3年あったんですけど、
その時にじゃあ、
満員電車の中でいかに快適に過ごすかって、
いろいろ研究したんですよ。
ぎゅうぎゅうぎゅうの中で、
自分は自分を守って体固くして、
押されても押されないみたいな、
ような時には、
めちゃめちゃ体も痛いし、
押されるんですよ。
でも、押されたらそのまま押されるっていう、
流されるっていうのが一番楽で、
私も楽だし、いいっていうことに気づいて、
自分の体を固くしない、守らない。
柔らかくする。
これしかないな、
この満員電車で過ごす方法はみたいな、
結論に至った時に、
なんかそれが競争とか、
自分を守るっていうことと近いっていうか、
わかりました。
そういう体感があって、
競争に巻き込まれても、
競争の中にいてもいいんだけど、
それは結果で流すみたいなことができたら、
本当にその場でできるかどうか、
ちょっとまだわかんないですけど。
固いものにバーンってぶつかってみたいけど、
こっちを柔らかくしてからクッションになって、
向こうもこっちも痛くないよっていうことですよね。
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それは自分も相手も傷つけないみたいなことと思って、
でもそもそも満員電車に乗らない生活っていうことが前提なんだけど、
どうしても乗らないといけないときは、
そうやって探すみたいな。
すごいわかりやすい説明でしたね、今の。
そう、よかった。
なんかずれてない?
ずれてない。
競争をしなくちゃいけなかったり、
それがバチバチになっているところに、
そもそも身を置かないのが一番だけど、
どうしてもそうすら追えない場面とか、
思ってなかったのにそういうところに行った時に、
固くなってぶつかり合うんじゃなくて、
ひゅーって受け止めたらいいよっていうことですよね。
本当にリアルの場面でそれができるぐらい、
自分があれかわからないけど、
そうありたいなっていう感じですかね。
それってきっとカルガモにつながっているんですよね。
え、なんで?
カルガモをうまく言えないけど、
固くなくて柔らかく生きるっていうことと、
環境を守るっていうことは同じな気がする。
自分も相手も傷つけないみたいな感じ?
そう、カルガモを環境活動家って言った時に、
それは違うぞみたいなシュプレヒコール、
それをシュプレヒコールって言わないのかな。
反対だ反対だって声を大きくして言うんじゃなくて、
それは環境活動家のイメージと取られるなら、
私は環境活動家ではないっていうカルガモの
環境の守り方っていうのは、
固くなくて柔らかく受け止めるってことじゃないですか。
それがカルガモの時に、
1年間ただ見守って絵日記を書いて、
自分にできることを子供なりにやったっていうのが、
学校を巻き込んで、
ここにカルガモのお家を作りましょう、
カルガモを守るんだっていうやり方をしたんじゃなくて、
あるがままの自然をちょっとでも良くしよう、
ゴミを拾おう、汚いお水を流さないで、
手紙を投函しよう、
ただただカルガモの生活を見守って、
でもそれはちゃんと記録につけていって、
分かってくれる人と共有しよう。
そういうこと!
確かに今やりたいと思っていることもそういうことか。
囲っちゃって、ここは特別な場所だから、
汚いものは入れないようにしよう。
汚いものの排除の仕方っていうのは、ものすごく急激にするんじゃなくて、
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ちょっとずつちょっとずつやれるところから、
10年やったら綺麗になってたねっていうところに持っていくっていうやり方。
うーん、なるほどね。
自分では分かんなかった、そのことは。
明日綺麗にしようと思ったら、そこに戦いが生まれる気がするんですよね、環境も。
環境問題も。
だってそれを、言葉は悪いけど、汚しているところに経済があっているから。
そこをやめてって言わなきゃいけないってことじゃないですか、経済活動を。
戦いですよね。
そうじゃなくて、その人たちもいずれ、別なところで、
同じような経済活動が、他の分野でもいいけど、
経済活動としては続いていけるけど、今みたいに環境を汚すやり方ではない方法を、
10年かけて一緒に探しませんかっていうことではないかと思うんです。
なるほど。確かに。
やりたいことは、玲香さん?
罪をまく。
明日結果は出ないけど、10年後の木は倒れなかったっていうこと?
そうかも。
そうだ、私、中学校の卒業式の日に、環境に関わる仕事をしたい。
木を植える人になりたいってその時思ったんですけど、
それは、木を植える男っていう絵本から影響を受けていると思うんですけど、
旅人が歩いて行ったら、おじいさんに出会って、
どんぐりだか何だかの木をいっぱい植えてて、
これ、何のためにやってるんですか?みたいなこと。
うろ覚えなんですけど、それで、その木が成長する頃、
あなたは生きてないですよね、みたいな話をしたら、
自分が生きていようが、生きていまいが、今自分ができることをするみたいな、
そういう話だったかな。
そういう生き方に憧れて、私はそういう仕事の生き方をしたいって、
中学校の頃から思っていたから、やっぱりそうなんでしょうね。
小学校の頃からじゃないですか。
カルガモンでいた時からそうなんだろうな。
カルガモンの頃は、たぶん、みんなで何かやるとか、
もっといい方法が見つからないから、今できることをやっているだけだと思うんだけど、
確かに言われてみるとそうなのか、自分では気づかないけど。
そんなふうに、いろんなことが、そうなんだって繋がっていってます、私は今。
4回とか話し聞きながら。
全然違うことを話しているんだけど、
結局玲香さんの真ん中のところに繋がっていくっていうのを
感じていて。
スキンヘッドもそうなんだろうなって。
さっきの話もそうだけど。
33:00
そうですね、そしたら本当に次はスキンヘッドの話していいですか?
あ、てかもうだいたいしちゃったけどね。
今日はね。
話してたらまた違う話が出てくるかもしれない。
なんか競争っていうテーマ、
つむじさんにとってはすごく大きい問題というか、
すごい焦点当ててくださったので、
自分でも初めて気づいたことがいっぱいありました。
また今日もベラベラと私が喋ってしまいました。
ありがとうございます。
じゃあまた次回、いろいろ話し相手でよろしくお願いします。
話し相手慣れてるのかな?リスナーさん大丈夫かな?
大丈夫だと思います。
ありがとうございます。
また次回よろしくお願いします。
よろしくお願いします。