ファンダメンタルズ バザール in 山口(2026年6月14日、山口情報芸術センター[YCAM])で行われた、90分の対話の記録です。
バザールは、科学者とアーティストが、これから交流を続けるパートナーを探す場です。この対話で両者ははじめて顔を合わせ、整理する前の言葉や断片を手探りで交わします。哲学研究者は、科学者とアーティストのあいだで触媒の役を担います。
専門の中で問いを続けてきた人たちが、専門の外側に手を伸ばす、あわいの時間です。
出演
科学者|髙橋護(流体力学/三重大学 大学院工学研究科 助教)
アーティスト|村上郁(インスタレーション)
哲学研究者|松山聖央(ドイツの美学思想、環境美学、日常美学、雰囲気学/岡山県立大学デザイン学部建築学科 准教授)
ファンダメンタルズ バザール2026 一般公開
https://www.fundamentalz.jp/bazaar2026open
バザールを経て組まれた2026年度のペア・ユニット
https://www.fundamentalz.jp/post/20260711-pair
参加者へのインタビューは、YouTubeでご覧いただけます。
https://www.youtube.com/playlist?list=PLMk8YwhV1K3I
ファンダメンタルズ プログラムは、科学者とアーティストの長期交流プラットフォームです。
お問い合わせ:contact@fundamentalz.jp
感想
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00:00
じゃあ今ですね、このパソコンを、大学で仕事用に使っている、 いつもの仕事風景に遠隔接続していますので、
僕の作業環境を共有できるように用意しております。 なので、昨日のトークまで、あとそこに置いてあるもので、
流れ現象を具体的に使ったら、中田さんが具体例でお話ししましたけど、 そこに至る前の抽象的な、研究者たちが見ている流れ現象をご覧いただくと、
例えば、こんなふうに見えます。
さあ何でしょうか。もちろんその正体は、 乱流現象なんですけど、
その正体は乱流現象なんですけど、 こんなのなんて感じしません?
中田さん 抽象絵画のように見えますね。
さて、この乱流は乱流でも、この正体は、 速い遅いという事実に基づく色づけです。
右方向に速ければ黄色、 左方向に速ければ青に濃く。
ただそれだけの情報で、 動き運動現象に基づく色づけなんです。
それは間違いないんですけど、 ご覧になりませんよね。
無色透明なものの運動のことです。 ご覧になりません。
なので、ぐっちゃりはしているなだけれども、 正しく思ったより抽象的だとそのご理解が、
自分を期待していると思います。
では、それでも皆さんは、僕としては、 空気水の運動ってぐっちゃりしているという様子を、
いくら何でもご存知ではある。 こんな名前の付け方をしているのは、
ご存知なかったかもしれないとはいえ、 いくら何でも知らないはずはないと期待しておりますが、
その一つは体でパタパタと感じる事が出来るから。 ふっと吹いたから。
もう一つは、混ざり物さえあれば、 出会うことが出来る。
多目で言うところでも良いですね。
あるいは、滝で言うところのそもそもと、 空気と水の境目と、光の屈折などに由来する。
滝も乱流?
まあ、みたいなもの。 あんだけ激しければ見られてきます。
そういうわけで、そのうちの一つである、 この運動に相当するような流れ現象の中に、
インクを混ぜます。
インクを混ざっています。
それももちろん、3分クリティックのために ご用意できていますね。
インクは分かりやすいというか。
そして、むちろんそちらが本命であり、 これだったら、これだったら、
皆さまの見たことがあるというお経験を、 想起していただけると思います。
うんうんうん。はいはいはい。
なんかマーブリングって感じですね。
というわけで、自分が一番最初にこの流れ現象を アートとして紹介させるために、
03:03
一旦まず皆さまに見ていただこう。
それで急に急に急にアートに大きくシフトしないために、 やっぱりそこはあくまで科学技術の一つである。
ご覧いただいて、中止点を追いかけるだとか、
これをパッと見せられた瞬間に発生した脳活動を、 脳波速検査という形で捉えるだとかをやってみますと、
今さっき見せた2つのパターンのぐっちゃりが、
人の脳活動レベルで間違いなく別物として捉えられているだろうと、 そういう実験結果を得られました。
ついこの前、ちゃんと無事採択されることができまして、
この物理学研究のところからうまいこと脱線が成功したところで、
間違いなくこれは人間の目で見ての視覚の研究だと、 ようやく認めてもらえることができまして、脱線に成功しました。
簡潔に言うと、その結果としては、目はどこを追いかけることになるんですか?
これより当時のやつで作ったのは、これとはまた別物だったんですけども、
やっぱり僕はずっと乱れの正体を渦と言っておりますが、
渦か渦じゃないかで対決することができます。
その意味で、渦は間違いなく見てもらえている。
そこにじっとピョンピョンピョンっていろんな箇所を動くような面の動き方と、
じっとしばらく停滞するような面の動き方に人間の観察方法を対決すると、
じっと動いたとき、じっと止まったときには高確率で、 僕らが渦と定義するような領域である。
そうなんだ。そこに注目して。
それが今さっきの、例えばこれですと、
こちらの、これだとやっぱり皆さまのご経験を刺激することができないというのが僕らの課題です。
煙は良くないと見る。
その意味で、ただ、濃い薄いにはなって、しかも右と左のずれているところ、
例えばこうだったら、右と左の激しいところ、その高い目が、
本当の意味では、渦っていうもののぐるぐる回る中心地点である。
そんな説明をすることはできるんですけど、それは色が濃いから見ているのであって、
色が濃いだけであり、すなわち僕らは渦をこんな算出方式に従って一定条件を満たす領域のことを指しているんだよという法則とは話が変わってきます。
この皆さまが見ていただけるようなインク付きの方ですと、
まさしく僕らが渦と思っていたものに皆さまに見てもらえる。
06:01
動画で見せてるんですか?それとも静止画で?
両方やってますし、動画だったらさらにクリアになるとかそこまでわかってます。
まだちょっとまとめきれていませんけどね。
動画の方がちょっとロングになったんですけど、視線の方はまだこれからまとめていきます。
余計な実験もやりたくなっちゃった。
大まかにいうと、渦的な乱流的なものに我々はどうしても目を向けていってしまうというか、そういう傾向がある。
そして別に渦じゃなくても、渦じゃない乱れを作る要素運動はあるんですけども、
ここからは僕の勝手なことを話しますよ。
人間なんかぐるぐる回ってるものが好きらしいっていう、いかがですか?そんな感じします?
遊園地とか行くとね、ぐるぐる回ってるものいっぱいありますよね。
ひとりめさとかって生まれて、今度1歳を迎えますが、陽を見てる、陽を見てる。
それはさまざまな運動、動くものっていっぱいあるじゃないですか。
渦じゃない運動っていっぱいあると思うんですけど、他に運動に惹かれるってことなのか、いろんな運動とかでもやっぱり何か独特なのか。
まだわからないので、それは一旦ぐるぐる回るなんて、みんな感覚的に何か思うところがあったりしたんじゃないのとは、今のところ想定してまして。
じゃあそれこそ、そんなことをやってる人たちの話でもゆくゆく聞きに行かなきゃなって、ちょっと僕まだ情報を使っております。
ふわっとした予想だけで。
これは見たことがあってなどに基づく、ぐちゃぐちゃはぐちゃぐちゃでもこんなアクセステルフラクタルなんて言葉をしましたけど、
それは画像Aも画像Bもそうなんですけど、たったそれだけのキーワードに丸め込んだところでこれだけの2つのパターンがあり、
その区別には、僕の予想ですが、人の経験が関わっていると思っています。
ただ、個人的には村上さんの作品はいくつかの方の中でも興味は持っておりまして、
勉強を希望しましたけど、その中には何かギッシリと詰まってますよね。
そうですね。
このギュッという情報量の多さ、知らない。
適切な表現が分かりませんね。
あれを作るにあたって、あれを作りになられた方のギュッとしたものって、何かに影響されたのか、何か頭の中にポンと浮かんだのか、
さあ何だろうなっていう。
09:01
それをぜひお聞きしたいと思って楽しみにしてました。
ありがとうございます。
最初からの形が、思い浮かべてそれを作ろうと思ってできた作品ではなくて、
もともと、
ちょっと今、官邸でお預かりしたやつありますね。
作品の元となる作品があるんですね。
これまさしく大聖堂みたいなのが収まってますけど、
もっとギッシリした、ものすごい町みたいなのがギュッとなってたやつはありませんでしたか?
こんな感じですね。
ここら辺はみっちりしてる。
それは同じ作品なんですけど、作りも同じなんですけど、
横から見ると、そうなるんですよ。
中に絵はがきが入っているので、つまり、横から見るとこういうこと。
じゃあ、一瞬、こうなってるってことですね。
そんな感じですね。
こういう感じですね、横から。
ほぼほぼ真横から見てる形なんですけど。
この電球のガラスの中に液体が入っているので、
それがレンズの効果になって、
正面から見ると、こう、みっちり風景が。
そういう風景。
そういう作品です。
いいこと聞いたな。
てっきりその形に切り取って、とりあえず収めたんかと思いました。
いやでも、この形には切り取ってはいます。
最低限の切り取り。
絵はがきなので、さすがに横長の絵はがきは入らないので。
だけど、切り取ってそれで終わりじゃなくて、
それプラスアルファの工夫もなさっているってことですよね。
そうですね。
さらにこれは光ったりもするので、
光ることによって裏表が見えるという作品なんですけど、
これもともとこういう作品から発信しているんですね。
これはガラスの球体があって、
その中に絵はがきをポチャンと入れただけ。
この時は水でした。
それでちょっと高い金属製の台の上に置いて、
変化を見るっていう作品でした。
こうやって絵はがきって、
物によって白黒写真を使ったものがあるんですけど、
それだと特に変化がわかりやすいんですけど、
ゼラチンシルバープリントっていう写真がありまして、
それを絵はがきにしたっていうものが結構流通されていた時期もあったんですね。
ゼラチンの上高下高に銀の膜があって、
その銀が黒く変色したり白くなったりするのかな。
その色の変化の階調の仕方で風景、写真がポイントされるっていう、
12:10
ちょっとあんまり説明うまくないんですけど。
もしかしてですけど、版画から展示で写真に至るまでって、
意外とそれを経たりして割と滑らかに繋がってたりします?
印刷技術の一環みたいな感じで。
技法的には全く違うもので、
違う歴史的な背景はあるんですけれども、
版画やってるから、
結構印刷技術全般には興味があるっていうことですね。
そういう括りの中で同じものとして踊り合ったりっていう。
そうですね。
だから、印刷物を作品の素材として使うみたいなものは、
結構自然にやってしまう感じで。
そのゼラチンシルバープリントの絵ハガキを水の中にポチャンと入れると、
1週間くらいで写真の風景が消えちゃうんですよ。
それってゼラチンが溶けるっていうことなんですよ。
そうすると、ゼラチンによって…
紙シューカーも持つの?
意外と持つんです。
紙に定着されてた風景が溶けちゃうっていうので。
それを見たときに、
人の記憶ってこんな感じで消えるのかなっていうか、
人の記憶の構造を形にしたらこんな感じで表現できるんじゃないかなっていうのと、
リンクしたので、こういう作品になったっていう感じなんですね。
実際に1週間くらい見てると、ちょっとずつ焦っていくというか、
もやーっとなっていくみたいな。
絵ハガキもいろんな印刷の方法があるので、
パーゼラチンプリントの場合は意外と変化が早いというか、激的で、
1週間くらいすると、いつ消えたんだってくらい、
一週の間にパッと消えちゃう。
ずっとあるけど、ある日にヒュッて消える。
ある日にパッと消えちゃうみたいな。
なんか猫ちゃんみたいですね。
そうかもしれない。
飼い主の知らないところで。
見せたくないみたいな。
あと、USBメモリーとか同じようなちびかでしますけど。
お前ついこの前まで頑張っとったじゃないかって。
性格が現れるみたいな。
ただちょっとした振動で、構造が崩れるわけかなっていう感じなんですけど。
他の普通に、どんな印刷方法かはちょっとはっきり言えないんですけど、
他の印刷方法だと、日にあたって退色するみたいな感じで、
赤だけ残って、青は消えちゃうみたいな、
そういう消え方のものもあるという感じですね。
じゃあそういった複数を置いておくと、
歯垢もそんなに厳密にこれはどうやって印刷してるっていうのは
把握してなかったりする中で、
やってみるとちょっとずつ違う消え方を。
そうですね。
人によって消え方が変わるっていう。
それもでも、その違いもまた記憶も、
15:02
人によってその消え方も違いは、
一人の人の中でもある一つで記憶が消える記憶もあれば、
じわじわ消える記憶も。
今のうちの確認ですけど、水の中に閉じ込めた歯垢、
写真っていうのも水に溶けて消えることを想定して、
そこまで設計されてお作りになってるんですか。
こちらは中の液体は全く別、水じゃないんですよ。
しかもこれ光ってるんで、水入れちゃうと電気通した時にやばいので、
電気を通さない油を入れてるんですね。
それをやったら光るは光る。
それは結構印刷の面も、
あとは歯垢の裏の、
例えばペンで書いた文字も溶かさないんですね。
ダメージを与えないタイプのオイルなので、
こっちの作品に関しては、
記憶がどうやって再生されるか、
消えるとか消えないとかそういう話ではなくて、
コンセプトが異なる形状になりました。
逆にそのやり方一つで複数のコンセプトを使い分けられて、
ご制作はされる?
というのも、この作品を作ってた時に、
結構勿体ないとか、とても悲しいみたいなことを結構言われて、
それもわかるなと思ってしまったんですね。
結構暴力的だし、絵描きっていうものは、
やっぱり観光地で売られて複数性のあるものではあるけれども、
やっぱり人の手を経てメッセージが書かれて送られたという事実を踏まえると、
やっぱり唯一のものだし、そういうものを気軽に、
この世から一個ずつ消していくみたいな。
そんなの迷走向けるわけにはいかないじゃないですか。
なんかファントサイエンティストみたいな気分になってきて、
ちょっとこれはもしかして続けたら心を病んでしまうかもしれないみたいな、
なんかちょっと怖さを感じたので、
これを見た目っていうのの意味合いみたいなものは、
とても私の中で響くものがあったので、
これでもうちょっと先に続けられるというか、
ポジティブではないんですけれども。
その形命吹き込まれるものの方の制作を誇張された。
はい、そうですね。
それを考えた時に。
ちょっと憂鬱になって。
もうちょっと保存側というか、記憶を保持する。
どのようにして人に伝わるかとか、再生されるかとか、
そういう方にちょっと移っていって、
電球の中に入っちゃったという感じですね。
18:04
どうしようかな、話題提起をしちゃおうかな、
語っちゃってよろしいですか。
そんなお話をいただいたらという。
後に回しても結構なんですけど。
どうしようかな。
たぶんこの面図に決められたっていうのは、
たぶん私が今現在やっていることに関わると思うんですね。
ちなみに室上さまは、僕のことは何か気になる人的に挙げていただいたんですか。
もう尊敬になってしまっちゃった。
水の混ぜ混ぜ具合というか。
水というキーワードを入れていらっしゃったので、
それはそれで後で話を伺おうと思いました。
電球の水がひとつかもしれません。
今言っちゃっていいのかな。
じゃあお願いします。
2025年にバーゼでカミツキを知ってたんですけど、
その時に水を大量に使ったっていう話を。
お話混ざりましたね。
それに関係して、今水が循環する構造物というか。
流れてますね。ここまで流帯運動ですね。
まさにそうですよね。
モーターを使って水をぐるぐる回してるんですよ。
たぶんその作品を作っているようなことを言ったので、
このペアになったんだろうなっていうのが。
今まさに結構単純な構造なんですけれども、
ポンプにチューブを通してぐるぐる回しているんですけれども、
そこから分岐させてちょっとポタポタ垂らしたりとか、
あとは水を止めるところがあったりするんですけれども、
3メートルくらいのチューブを通してぐるぐる回してるんですけれども。
この場に困ったらうちの実験室で提供しますけど。
今の作品作り終わったら、
次回作のためにお願いしたいところはあるんですけど。
やっぱり途中で変に空気が入っちゃったりとか、
ボコボコ音がしたりとか、
なかなか思うようにスルッといかないんだなっていうのを
すごく今感じていて。
同じ同じ。
誰もが通る道、こちらでも。
ポンプがあれば水ってスルッといくんじゃないかなとか思ったら、
高低差とか幅とか、チューブのたるみとかで
水がここに溜まって全然動かないとかあるんだなと思って。
やっぱり頭で想像しているものよりも、
物理現象というものはそんなに単純なものじゃないっていうのを、
作品作りを通して格闘しているところなんですね。
しかし、ここ2人、3人の話じゃないですけど、
何様?何様ちょっと名前が出てこない。
あの方なんですけど。
例えば、
いや違う、あの方じゃないわ。
でも電気工作されて、時計で。
21:01
ああ、りゅうさんね。
そういうのだったらやっぱり作りたいと思ったら自分で勉強するしかなくて。
やっぱりそういう、
自分で作ろうっていう、それ込みで勉強込みで自分で作ろうっていう風には、
やっぱり皆さんご考えですよね。
そこが柔軟化して極的にいらっしゃいますよね。
ちなみにその作品は、
水の循環そのものが目的というか、
その様子を出現させること自体を目指している感じなんですか?
えーと、循環させてその途中に水が蒸発したりとかポタポタ落ちたりとかして、
落ちた先に紙好きの行為っていうものを
オブジェクトで追体験できるような形にしたいなと思ったんですよ。
私がバーゼルでやってきた行為の抽象化というか、
そういうのを水とポンパと、あとはそこに自分で作った紙とかを仕込んで、
水で濡らせたらいいんですけど、ちょっとかみるなと思って、
それは水で濡れてる風に見えてる感じにしようかなとか、
あとはその水が流れている途中で、
氷に見える氷的なものを通過して氷河とかも行って見に行ったので、
そこで川の流れみたいなイメージもあったりとか、
自分が紙好きをしながら考えていたことがそこにギュッと詰まったような空間にしようかなという感じですね。
そうすると紙好き自体は、その作業自体は確かに水も使うと思うんですよ、たくさん。
そこの水を張った場所でやるみたいな作業ですよね。
あとその、昨日おっしゃってたように草も自分で取ってくるみたいなプロセスもあると思うんですけど、
でもその直接タッチする、そこに水があるってことは、
どこかから流れてきているっていうその大きな循環の中にあると思うし、
その原料になっている植物の方も水の循環の中で育っているみたいな、
直接は見えなかったけど感じ取ったその大きな循環みたいなものを、
形として見せたい。
遠さみたいなものを考えていて、遠隔性っていうのかな。
リモートですか。
それでやっぱり自分の見えないところに自分の行為が影響しているし、
遠いところのものが自分の生活に影響しているみたいなものを、
今の時代、実感として感じないと正しく生きられないというか、
そういう葛藤みたいなものをどうやって自分の中に内面化できるかというので、
24:00
そういう構造を私は視覚的な人間なので、
手を動かして目で見て確認できないと承諾できないところがあるので、
ちょっとやっぱり紙をすいていろいろなものを見たっていう経験を、
形に一度落とし込まないといけないなという感じですね。
松山先生の中でこのお話を思い出してみますと、
自分にとっての利益的な何かになりそうだっていうものを飛び越えた、
それに関係しない、木材でも気になっちゃうもの美的賞に出かかりましたよね。
生まれて消えるものだったりとか、
そういうライフサイクル的なものが一つの何か共感を呼んだりっていうのだったりはしません?
美的賞に、利益要素として。
そうですね。やっぱり一回性とか減少性っていうのもすごく大事で、
今この一瞬で消えてしまうとか、二度と同じことは起こらないっていう、
それがただそこで起きてる、生起してるっていう、
それをただただそのまま受け取る。
日本語で言うときもワビサビだったりするんですか?
そういう感性も含まれてくると思いますね、やっぱり。
そういう受け取り方っていうのが、
美的経験の一番本番になったりするんですけど。
それで、なんでそれが大事かっていうと、
それだけ取り出すとただそうやって、
自然現象をあまりそこに美外観心を持たずに、
あるいは人間的な意味を読み込まずに受け取るってことなんですけど、
そうすることによって、
自然の自由さっていうのを我々はその瞬間感じることになる。
だからこっちがコントロールできない、
やっぱり予感がすごいたくさんあります。
あと、思い知らされるというか、
僕が廃墟好きなのと一緒でしたっけ?
あれに絵も知れないエモさを感じました。
廃墟好きでした。私結構廃墟に作品展示してるんで。
この春に初めて軍艦島に行きました。あれはもう行ってよかった。
感動しました。
いつか行きたいです。
時間そろそろいかがでしょう?
あと3分半。
まだもうちょっと行ける?
もうちょっと行ける。
今の話と繋げていうと、
そういう大きな循環みたいなものもイメージはできるけど、
やっぱり我々の手に負えない範囲で回ってるみたいなところがあるので、
ある種の人間の傲慢さみたいなものを補正するために、
自然が自由で人間のコントロールの範囲外にあると知る経験として、
そういう意味で、理的なだけじゃなくて倫理的な意味も持ってくるっていう議論はある。
よくわかりますよ。
対極的には、対位置的にはなんとかはできますけど、
細かいことまでどうにかできると思えないですもん、こんなところに。
27:00
なんかちっちゃい渦は見えないというか、いうことを聞かないっておっしゃってました。
面白いな。
いってみれば乱流もある程度実験室下で組み出すことはできると思うんですけど、
でも完全な自然現象と同じにはならなかったりとか。
そこは一生かなわないから、たぶん僕たち研究者は食っていけると思うんですけど。
解決できちゃった。
でも、私の作品も本当にどうしようもできなさというか、
ポンプを使って水を循環させるぞ、こういう形に作るぞみたいな感じで最初に書いたんですけど、
やっぱりそんな思う通りにはいかなくて。
そんなこと思っちゃったらこちらの仲間入りです。
これは無理だなと思って、こうなるのねみたいな感じで。
でもそれが楽しいというか、納得できる。
やっぱり自然との対話というか、自分と自分ではないものとの対話をしながら、
はいはいわかりました、こっちですねみたいな。
でももしかしてこっちできるんじゃないのみたいな風にやって、
あ、意外といけるみたいな。
そういう楽しさはあるという感じですかね。
すごい個人的な話なんですけど、
金魚飼ってて、このぐらいの水槽で1匹だけなんですけど、
水槽みたいな小さいものですら、やっぱりその環境を維持するってすごく大変で、
別にそんな水の循環を起こそうとはしてないんですけど、
すぐ例えば苔が張ってくるし、
人間はどうしても見た目から、じゃあ掃除しなきゃとか思うんですけど、
金魚にとって果たしてどのぐらいがいいのかも分からないし、
そうやって人為的に小さい水の環境を切り出してきただけで、
すぐにダメにしてしまう、この愚かな人間ってなんだろうみたいなのに
ちょっと悲しくなったりもするんですけど。
そういうのに癒されちゃう、自分と言ってみて。
そうですね。そのままならなさを感じつつ、
やっぱり人間にはできないんだな、みたいな無力さも。
分かります。すごく分かります。
本当にやろうとしている人はいます。
もう台風に耐えたって、もうすでにあったこととして台風の上から、
例えば洗剤は極端ですけど、海綿活性剤を混ぜると、
この小さい音って簡単に消えるんですよ。
なるほど。
男性の声。だから上からもう乱暴な言い方ですけど、
全然正確でもないですけど、
上から洗剤を切り出してシャーってするイメージです。台風の洗剤。
それで台風を壊してやろうっていう。
そうするとやっぱり。
日本もやってます。今リアルタイムで。
リアルタイムでやってるんですか?
だから一旦それは海綿活性剤をばらまくっていう環境アセスメントを置いといて、
原理的に可能っていうことを実験室レベルで実施する。
30:02
なるほどね。
台風から解放される目標なんて、ムーンショットプロジェクトって言いまして、
2050年までに達成することの一つで位置づけられていて、台風の制御は位置づけられています。
でも台風って理由があってできてるものなんじゃないですか。
それは地球に聞きたいところ。
なるほど。そこまで考えずに台風っていろいろ人間の生活にとって影響が大きいから、
台風がない方がいいよねっていう理由で。
そうするのはあると思います。山火事がライフサイクルのために必要だとかそういう感じですよね。
なのでそんなコントロールするのも人間のエゴであるのがそれもじゅうじゅう誰もが分かっている。
分かってるけど一旦目瞑るとしてっていうのが結局科学は前に進まないといけない。
なるほどね。実際できるかできないかはちょっと試してみたいと。
分からんはずはないけども一旦ちょっと黙っといてくれる。
そんなふうに思っているかと思います。
なるほど。
OKでしょうか。
松間でありがとうございます。
今から質疑応答の時間に入るんですけれども、
こちら総額として記録してありまして、7月に期間限定で公開を予定しています。
ヤバい予定のことでしたっけ?
P問とか可能ですか?
編集は可能です。
こちらの今からの質疑の時間を公開させていただくんですけれども、
もし非公開にしてほしいとかあれば後ほどスタッフの方に行っていただければ編集で何とかしますので。
何とかする。
気軽にお申し付けください。
では質問のある方、挙手でお知らせいただきたいんですけれども、
どの点からのコメントかというのが分かると皆さんも受け取りやすいと思いますので、
先にご自身の方が学生なのか大学なのかというのを教えていただいて、
それについて質問をお願いいたします。
それでは10分ほどお時間からお待ちください。
では質問のある方、いらっしゃいませ。
今の話から質問が難しいかなって。
じゃあアイスブレイク的な村上さまのフットウェアはいったい。
フットウェア、最近そうですね、ずっと旅入っているんですよ。
旅楽で慣れると。
ていう、こんなのもあるんだというのも興味深くなるんですけど、
恐れながら今回裸足の人に出会っております。
そうですね、でも共通するものをちょっと感じまして。
でも私の作品の入り口っていうのが、リサーチをする手法、散歩って呼んでるんですけど、
33:02
とにかく歩くのが好きっていうのがあって、
なんで気づいたら、フットウェアはやっぱり気にした方がいいよなみたいな感じになってきて、
それでちょっと、脚立登るときに普通の靴だと結構怖いなっていうのがあったので、
そうだ、旅あったなと思って、ちょっと旅にしてみたんですよ。
そしたら、結構いいぞって感じになっちゃって。
そこからずっと旅になって、1年ですね、1年経ちました。
やっぱりダイレクトに足の感覚が。
ありますね、やっぱりちょっとゴロゴロしたところだと結構刺激があるし、
なんか凸凹も感じられるんで、歩いてるときの楽しさが違うというか、
ウキウキ感は多いですね。
じゃあ他は、せっかくだから自分から皆さんの提供できる体験型アクティビティとしてこんな絵があるんですけど、
ここの中から付けたものを選択クリックしていただくと、
いろんな色付け方でこのぐちゃぐちゃを、
色変えられるんだ。
していただくことができる。
例えばどれか。
例えばこれが。
こんな感じ。
色付けが違うんですけど。
見ているものは一緒で、
僕たち科学者はこんなふうにぐっちゃりしてる像の表現のために色付けを使うんですけど、
どんな色が好きかはもうその当の本人のセンスですし、
あるいはでももしかしたら、
印象付けられる、こんな描き方すると印象付けられるよとか。
色が違う。
僕、科学者の立場からそんなことを期待してこの度この授業を参加したんですね。
これはあれですよね、インクが混ざってきてるやつで、
その前のやつは、あれは何?
タバコの煙?
これは本当に速い遅いという事実です。
速い遅い。それは空気の流れが速い遅い。
そうですそうです。
じゃあ透明なんですよね。
そうですそうです。普段間違いなく見ることができない。
なので、言われなければこれが流れ現象由来であると、
僕はわからないと期待している方になります。
ただそこに自分が顔を突っ込んだりとか入れば、
肌感覚では空気が右行ってる、左行ってるっていうのはなんとなくさらに感じられる?
そうですね。やっぱり肌が一番、この世に存在するものの一番のインターフェースだろうと思います。
実体さえあれば、あるいは質量を持っていればかもしれないですけど。
光は光で一応ポカポカするものによってはポカポカしますよね。
そうですね。
電波とか分からないかもしれないですけど。
何か何かやってみます?
何の値?
何の値は、えーと、速度になります。
速度はエクトル量なので、いろんな時のこっち向きの速さとこっち向きの速さがあるんですけど、
とある方向だけ限定して、その方向の具合が大きく変わります。
はい。
36:04
これが、はい。えーと、こんな風に。
じゃあ、あとは好きなものって感じですね。
今ご覧になっているこれは、そこにこんなぶっちゃりと形状に埋め込んだインクロップスがあるんですけど、
なので、これ、こっちのプロのやつを持ってくると、見られていただくと、
黒銃になる黒銃の様子になります。
いずれ禁止というか、途中が。
研究をやる上ではそれが消えてもらえると困っちゃうので、わざとインクを注入し続けるとするんですけど、
実はその後半の話でそれに消えたりだとか、生まれ直してとかそんな話になったので、
これ使ってその話を膨らませられるかなってこれから考えたと。
ありがとうございます。
多分その乱流というか、混ぜ混ぜの話っていうのは、
たぶんカミスキのときの繊維の、水の中での繊維の散らばり方にもすごい関係していて、
雑草の繊維ってあんまり散らばらないんですよ。
なんかゴワゴワしていて固まっちゃうところと水っぽいところで分かれちゃうので、
練りっていうものを入れるんですね。
練りってドロドロした液体なんですけれども、
トロラオイという植物から一般的には取られるもので、
オクラの仲間なのでオクラのトロトロですよね。
なんかあれをめっちゃ濃縮したというか、
ほんとデロンデロンの液体なんですけれども、
それを入れて水の粘度を高めると散らばる。
それで水の中に均等に散らばるので平滑な紙ができるっていう。
純細みたいな。
でもそうです。
純細。
純細。
漢字変更になっちゃった。
純細っていう食べ物ですよね。
純細ってひらがなで書くような気がするけど。
あれのトロッとした部分を集めれば多分紙すきできます。
でもそういう一個、
媒介を入れてやることで固まっちゃうものが技術に広がるっていうのは面白いですね。
そうなんです。
それは本当に適面で、
繊維同士が投げ寄りすぎてきっちりくっついて、
君たちもうちょっと距離感を思っているところに練りを入れると、
ふわーって肩こりが取れるみたいな感じの散らばり方をするので、
それは本当にびっくりするぐらい違いが出るから、
昔の人ってよく考えたなと思って。
見てみたい。
39:00
面白いですね。
手の感じも楽しいんですよ。
水のシャパシャパした感じがちょっと粘土が出ると、
もちゃもちゃした感じになるというか、
そういうのにパチャパチャするのも結構気持ちいいところもあったりして。
僕ら流れ伝承の研究発表のイベントがあったら、
その中の半分くらいは、
例えばこのイラストだとどんなにかっこよく描くことができたかコンテストだとか、
別の場面では流れ伝承の知識を使って、
どんな面白いおもちゃを作ることができたかというコンテストが一緒にあるんです。
その余計な混ぜ物をしたら、
言うことを聞いてくれるという実体験は、
何かのおもちゃには違いがあると思う。
おもちゃというともちろん乱暴な言い方をしているからおもちゃである。
作品という意味ですよ。
でも繊維の散らばりの違いみたいなものを見ると、
本当に違うので結構びっくりすると思います。
たぶんそれを実際体験すると面白いかなという感じになりますね。
どうですか、ちょっと。
さっき言ったように、繊維の散らばりを禁止するために練りを入れる。
例えばルーベリー化、実験とかで、
こういう物質にしたらどういう風に流れが変わるかというのはありますか。
あります、あります。
まさしく、極端に洗剤を混ぜるという言い方をしましたけど、
海綿活性剤もそうなんですけれども、
例えば僕は機械工学ですので、
例えば流しにあたってポンプ動力を減らすとか、それが一番なんですね。
コミュニティみんなでやっていることは主にそれなんですけど、
一番のポンプ動力を減らすための手っ取り早い、
しかも効果が50から80%削減になるような究極の手段がありまして、
それがちょびっとだけ洗剤混ぜる。
学術用語ではトムズ効果と言いまして、
そのような、例えば消防車のポンプのミドルをシューッと伸ばすとか、
こんぐらい飛ぶのと全然違う。
しかもこれ札幌の庁舎の、札幌は完全に暖房が大事じゃないですか、北海道って。
その暖房のためにめちゃくちゃ電気代かかるわけなんです。
ガス代かかるわけなんですけど、
その暖房の中の媒体をガラガラガラとパイプの中を通すのに、
この現象を使ってみたら電気代半分か。
実証実験されています。
調べれば出てくるので、ぜひご興味いただければ。
それはどっちの方か。
渦を解消するのと同じ作用が水を…
そうですそうです。
42:01
渦を壊さないと、結局渦が発達するためにエネルギーの一部を使っちゃうので、
スムーズに流れにくくなる。
あとこっち向きこっち向きをやって、せっかくスーッと流れたいのにこっち向きに行くから
止まっている壁にぶつかってブレーキになっちゃうというのもあります。
遅くなったやつが速いやつの仲間にしたら足を蹴っ張りますし。
だからやっぱりとにかく乱れを抑えてまっすぐ流す方向に持っていくのが
抵抗削減の一番。
今使っている自分のポンプの水の中に洗剤一滴みたくなりました。
でもなんか水しか使っちゃいけないって言われてるんで
壊れますって言われてるんで
結構高かったから怖いなみたいな。
むちゃくちゃ雑な実験をやっても2割3割ぐらいは効果見られます。
2割3割はやっぱ工学の人間の感覚からすると劇的で
例えば船だったら1%効果が得られるだけで
億単位の経済効果になるんですよ。
でかいものの重力。
お金に関すると大きく聞こえる。
だから僕たちそういうわけで
俺たちの研究は大事だっていう。
そうですよ、説得力ありますんで。
はい、続きよろしくお願いします。
この形式でもいいのかなみたいな感じしますけどね。
ええ、はい。
なんか文法がやっぱり
気にしないでってアナウンスだったけど
合わねえな。
どこから始めればいいんだろう。
じゃあよろしければこちらで。
なのでまさしく
当たり前のことから思い出していただきますと
かき混ぜるから動くのであって
その手を止めたらスススッと静止状態に戻っていきます。
運動エネルギーを保存速といって
一度動いたものが動き続ける
これが大原理なんですが
そんなものなくてそれは簡単に
いわゆる摩擦というものがあるから
抵抗というものがあるからですね。
これが運動方程式です。
今ちょっとさらっと先の方とのお話で書いたんですけども
ここがブレーキの効果を決める。
粘り気によるブレーキ。
ここにピッて書いてあるのは
これ圧力ですなわち押す力です。
ここ加速度なので
あとは加速度は力によって決まるのが
運動方程式のいわゆる形が
結局流れ減少バージョンになったわけですね。
たったこれだけなのに難しい方程式だっていうのが
数学上の未解決問題なんですけど。
なので消えちゃうんですけど
それは大きい渦が一番最初にかき混ぜられて作ったら
それが小さい渦をどんどん生成していって
ヒューッと消えていくっていうのが
すなわちこれを僕たちの世界でも
渦の一章、ライフタイムサイクルと呼んでいるのです。
45:02
生まれては消えない。
そして消えたら新しく
かき混ぜられ続けている限り
新しい渦がどんどん次々再生されて
それもそれで消えていって
壊れて消えていって
っていうような
乱暴な話しますよ。
今から乱暴な話しますけど
いろんな生き物が生まれていっては
消えていってっていうので
全体として維持されているようなのが
そんな世界の宿主みたいなものが
この流れ現象の中にも発生しています。
なので止めたらスススッと消えていく
法則それだけでも
熱気とした研究テーマがありますし
ずっとずっと全体としての
全体としての力強さをキープできているから
かき混ぜ続けているからで
初めてわかることもありますし
意外と僕たちその意味で
このぐっちゃりした現象っていうものを
生き物の集合体みたいに
捉えてるって職業があります。
もしかしたらもしかしたら
何か生まれるだろうか
消えるだろうっていうのが
ご政策の中でも一つのキーワードだったら
そんな方がこの現象を
ご存じいただいたら
何かそんなのが
高校生の広がり方の
一案になるかもしれない。
僕らの世界はこんなことをやっている
こんな風に捉えているという話です。
基本的に美術作品って
ある状態を
そのまま
の形で
維持されていって
欲しいみたいなところが
それはどっちかというと消費者審議とか
の側の方での話です。
例えば
作品を
展示するとかってなると
やっぱり
24時間ひっついてるわけにもいかないし
変化するって言っても
管理者は
そこにいなくてもいい状態で
変化が
起きているべきみたいな
ところではあるかな
という感じですね。
だとしても今
私が作っている
その水の循環の作品は
1週間に
最低1週間に1回は
管理を入れないと
持たないという
そんなになんですか?
意外な感じしますけど
水が悪くなってしまうというのが
まずある。
なので水の入れ替えは
1週間に1回ぐらい必要かなと
思っていて
別のアーティストの作品を
出して恐縮なんですけど
名前はちょっと
今忘れちゃったんですけど
海外なんですけど
それこそその作品も
水の循環
地球気泡での水の循環を
ちょっとコンセプチュアルに
再現するというようなことをされていて
それは設置が屋外なんですよね
人が入れるぐらいのサイズの
ビニールハウスみたいな
48:01
ちょっと特徴的な形の
構造物があって
その
ドーム状というか丸いか
全体としては球体みたいな
屋根から壁にかけて
プランターが
いっぱい進む
違うな
雨水を受けることができる
構造になっていて
その管が中に
つながっていて
プランターに注入されていくみたいな
なので自然に降ってくる
雨の水で植物たちが
育つみたいな
そこからまた自然な蒸発も
来たりして
だから全く電力も
基本的には人の管理も
いらない
エコシステムみたいな
ものとしてできているんですけど
例えばそういう
形みたいなものはあり得るんですか
村上さんの作品
えっと
なんか
私のイメージだと
なんか人の手が
入らないっていうのは
ちょっとナイフかなっていう
あの
なんだろうな
自分の生活の中にそれ取り込むんだったら
めっちゃ楽でいいなと思うんですけど
毎朝毎朝
水やりしてるんで植物に
えっと
そういうシステムになったと思うんですけど
なんかその自分が見てきた
自然感
ってなると
絶対に人間出てきちゃうんですよ
というのも私
生まれも育ちも東京なので
多分
東京で生まれたにしては
結構山行ってたりとか
キャンプ行ってたりしてたので
結構自然とは
戯れてたタイプだとは思うんですけど
でもやっぱり
生活のベースが東京だったので
人が
住んでいる町の中の
自然感っていうものが
結構自然に身についちゃってるなっていうのを
最近しみじみと感じるんですよ
あの
東京ではない
出身の方との
お話をしていたりすると
すごく
適然としているという感じがあり
やっぱりなんか
ちょっとレジネンスとかで
地方に行って戻ってきたり
した時に
新宿の町の明かりを見たり
した時にほっとしたりする
みたいな
ずいぶん
町の中にも
食い振ってらっしゃいますけど
いろんなところであの話しました
さっきそこのテーブルに近々に座って
そんなことを言ったと
本当にそこら辺で感覚が
多分ずれてる
ずれてるっていうのかな
違いを感じる
うん
でもそれだとしてもやっぱり
私なりの自然感というものはあって
うん
だからそれを正直に表現するってなると
やっぱり人間の回流が
51:01
必須
みたいな感じになってきちゃう
そんなこと思いながら
自称田舎者の子くらいじゃない
なんか山あり谷あり
なんですかね
実はもう片方の高橋先生とか
あの方も新宿生まれしている人たちだって
考えましたので
でも筑波行ってみるとだったりするけど
でもそんな暮らししてみると東京行ったとき
あれいい街だったから戻りたいな
って考えだそう
なんか別にだから
東京だからって
ベル群だからってそれでストレス抱えるか
それはそれでそうでもないんだ
でもね嫌だなっていう部分も
あるにはあるんですよ
人が多すぎるとか
僕はその意味で遊びに行くからいいところだって思ってます
あー
でもやっぱ生活するってなると
東京の方が便利だなとか
街の光を見て
ホッとするって
多分私の中では夜空を見ている
ぐらいの感覚になっちゃってる
そういう
人工物って多分
なんか
私の中では自然観の中に
刷り込まれてしまっているんだろうな
というのを感じます
それはいくら
スッキリした静かな田舎と言っても
星見に来たつもりで星見えなかったら面白くないですね
そうですね
確かにやっぱり
素朴な対比としては人工と自然って
こう分けますけど
ある人が生まれたときから
過ごしてきた環境っていう意味では
それがその人にとっての第二の自然
っていう風には
あると思うんですよね
いわゆる植物という意味での
第二の自然じゃなくて
その人にとっての最初からあった環境
という意味でも
ちょっとその第二の自然の層は
さっきもおっしゃる
実際に生まれ育った環境によって
かなり多様であり得るし
差はあり得るかな
そうですね
多分自然の見方っていうのも
多様性が多層なところがあるんだな
というのを感じたきっかけ
っていうのがありまして
何ていうか
知り合いと喋ってて
全然そのときはじめましてだったんですけど
喋ってて
私その人の行為が
全く理解できない
っていう方だったんですけど
その方が
何だったかな
何か物を転売する
して
お金を稼ぐ人だったんですよ
その人が
私はその行為を見て
何だかすごく
倫理観に反している感じの
ことをしている人だなと思っちゃったんですけど
何かその
彼女の感覚を聞いてみたら
私は収穫をしているって言って
収穫
その場にある自然物を
収穫してそれを
マーケットで販売してるくらいの
騙すんじゃダメ
分かります分かります
だから何か
とんでもないこと言うなこの人って
54:00
思ったんですけど
何かそう考えると
でも何か
そういう自然感もあるのかなと思っちゃって
実際その
哲学的な議論でも
何て言うんですかね
自然は大事なんですけど
でももう今や我々
都会出身か地方出身か
みたいな差はあれど
でもやっぱりもう人工物にまみれた
とこから
生きてるし
そこから生まれて育ってるから
そこを無視して
ロマン主義的に
手つかずの自然みたいなのを
追い求めてもしょうがない
だからこの
醜いかもしれないこの環境を
どうやって愛するか
どこから議論を始めよう
そっちの方が
より誠実なエコロジーだ
みたいな考え方を
しかし議題挟むわけじゃないですけど
自分がこの流れと人物
なんてことを考えて
やっぱり環境心理学っていう分野に気づいて
この意味での
この意味での緑があってっていう意味での
自然の方がやっぱり
有意な効果はあると
今のところはやっぱり認識されているらしい
それで
裏の通りの建てたて横横の
建物ですけども今も窓側から
木が見えるじゃないですか
このデザインをするだけでものすごい大事
今のところの統一見解は
こうだそうなんで
そのご感覚
本当だったらそれはそれでもちろん
いい意味をしたことはありませんんですけど
なんかここまでそんな証拠的なもの
揃えられちゃったら
大きい壁みたいな感じはしますよね
いやでもそれはやっぱ
僕だって
僕は田舎モンだと思っている
高層ビル好きなのっていうのは
それはそうなので
もちろん私は
自然を排除しろとか
自然が嫌いというわけではなくて
もちろん好きなんですけども
仮にあれがめちゃくちゃ成功で
作られたプラスチックの
製品だとしても多分私癒されちゃうと思うんですよ
ああそうですもん
だからそのなんか
実体どうのこうのじゃなくて
あれが作る姿形っていうの
だったりは
気持ちはわかりますか
実はそのプラスチックの木で何が悪いのか
っていうタイトルの本がまさに
環境美学の
その本としてはあるんですよ
大体そうですよね
みんな仲良く考えること
その本としては
結論ダメだにやっぱなるんですよ
ちょっと面白い
ちょっとシーンに展開が複雑なので
うまく説明できないんですけど
実際人間の五感では
もう判別もできないほど
成功に作られているとしたらどうだろうか
っていう一つの試行実験が
あるんですけど
そうするともうわかんないからいいじゃん
ってなって
本当の木よりプラスチックの木のほうが
一回作っちゃえば管理の手間も
いらなくてむしろそういう意味で
エコロジカルかもしれないんですけれども
偽の木を
感覚的にも
57:00
判別できないから
本物の木だって思っちゃうことは
それはでもそれ自体は
間違ってるじゃないですか認識としては
視覚としては
だからそこで一つの
認識の間違いが起きている
ということがダメだと
それによって
本物の木の美的な経験を
享受する機会を
さらに未来世代のことまで
考えると奪ってしまうという意味では
美的にも倫理的にも
間違いだというような話になっているんですよね
だからそれは
個人の感覚のレベルじゃなくて
そこまでの
理論的に考えていくと
ということなんですけど
一方ですごいわかるんですけど
でも感覚だともう分かんないんだ
だったら一緒じゃんみたいな
風になるのもすごい分かるところは
あって
大きい脱線になる自分語りになっちゃいかねませんけど
よろしいでしょうか
僕は車の運転態度が苦手なんですよ
それは
車自体はもちろんこんなに
気持ち悪いから好きっていうのはあると
あれとものすごく予期できた
ドライブシミュレーターとの違いが
体に感じる加速度という
情報を除いて多分そのうち
区別できる自信がない
目の前のガラスに映る光景が
めっちゃよくできたディスプレイだとしたら
僕は疑うことができない
というのは
一方で大学生になってバイク乗り始めてみたら
それから解放されて見るものすべてが
ちゃんと僕の知っている世界だから
めっちゃ運転している感じがあって
幸せになれたんですけど
うん、なんか見てるものに関する
騙され感っていうので
今さっきよく分かった中でそんなことを
思い返したところ
まあまあまあ
やっぱり
ドライブシミュレーターにしても
プラスチックの木にしても
やっぱそのままの経験でしか
成立していなくて
もうちょっと大きな
他のものとの繋がりとか
を踏まえたら
そこは断絶されているのことですよね
例えばやっぱり
瞬間的に10秒見てとかだったら
変わらないかもしれないけど
プラスチックの木には
森が絶対来ないでしょうし
葉っぱが落ちてね
それが土になるとかそういうこともないし
風が来て
ドライブしている爽快感が
あるかどうかみたいなものもまた
ないだろうし
仮に目的地まで行ってくるけど
その場で降りずに一周して帰ってくる
ドライブだっていう試行実験が
あったとしてドライブシミュレーターで
加速としてそれをされると僕騙される
そこから1分動いてないのに完全ドライブした
だからレースゲームっていうのが成立するかもしれない
リアルに運転するってなると
子供が飛び出てくるとか
そういう本当に他人の命と
直結していく
行為でもあるので
そこら辺の意識の感覚みたいなものは
違い変わってきますよね
1:00:00
運転してる心持ちとして
そこが意外と
実体験と
仮想化
差別化させていくかもしれない
自分自身の身の危険も違いますもんね
シミュレーターだったら結構
なんとかなるやん
でもそれを考えると
人間の命の
有限性と
植物とか
自分の身の回りの環境の
長さの
アンバランスさというか
それがやっぱり違うことによって
いろんなものが
ずれてきちゃってるというか
そういうのもありますよね
見えない
それも遠さかなっていう感じもありますけど
例えば紙作られた
紙みたいな素材も
紙っていろんな素材の中では
結構金属とかに比べると
脆弱だと思うんですけど
でも一方で古代の古文書とかが
残ってたりするじゃないですか
だから一人の人間の
一生より全然長い間
保存されていたりするっていう
それもまた
改めて考えると
驚異的な
だから今
自分がここで書いてる紙とか
作った紙がこの後どこまで
残っていくか自分にはもう
見届けることができないという
そういう遠さみたいな
潜在的にも
今ここにあるんだけど
それでいてすでにこの紙は
もう遠いみたいな
側面がありますよね
そういう考察されたら
過去のお取り組みである版画って
どういう設定になりますか
いや版画に関しては
結構難しい問題が
なんか
ものすごく難しい問題の
結び目みたいなところもあるので
なんかオリジナルと
オリジナルじゃないものの
境目は何かとか
あとは複数性の
問題もあるし
うーん
あとはそうですよね
ドローインクと圧を加えて
転写したものの違いとか
転写したものはインクだからそれこそやっぱり
経年劣化には弱いですね
でも版は長いですよね
それに比べたら
本?版?
版が
石版みたいなわけじゃないですか
乱暴な言い方すれば
まあでも人間の手で
ある程度擦ったらこれはもう擦っちゃだめだよ
ってバッテンつけたりとかするので
はあはあはあ
現実的な
何枚も何枚も
擦れちゃうものなので
摩耗がある
摩耗もありますけれども
エディションっていうのをつけるんですよ
作品に
実質する場合ですけれども
例えば10分の1
だったら
10分の何とかだったら
最高10枚しか擦れないよ
1:03:00
だからこの値段だよっていう風に
決まっている
すみませんちょっと分かんないけど
それはそんだけ数を絞ることによって
それで擦られたものの
価値を維持するためのやり方
維持というか価値を決めるための
だから大量生産させない
大量生産させない
破壊させないという
擦ろうと思えば
版のポテンシャル的に何千とか
いけるはずなんですけれども
キャベツが取れすぎたら
一生懸命しているみたいな
美術作品としての
価値を保つために
ちょっと少なくしておこうとか
あるいは流通させたいから
1000枚いっちゃおうとか
そのつもりで
たくさん忘れます
たくさん忘れますけれども
あれですかね
版画っていうのが
古い時代の画家だと
デュエラーみたいな人とかレプラントとか
油彩画の大きい作品を描く一方で
ある作品について版画で
作ってたりするじゃないですか
現代だと美大の
画家の分け方で版画家みたいになっちゃってるから
それだけをやる
ってことになると思うんで
それで変になる
なってる気がするんですけど
本来は一人の
画家というか人が
油彩なのか日本画なのか
みたいなのはどうしても
違いは出てくるかもしれないんですけど
一つの表現手段として
持ってるのでいい気はする
昨日からも
話を聞いてて思ったんですね
だからドローイング直接やりたいときは
やったらいいし
でもあえて複数擦りたい
ような場合は版画でやるっていう
僕どっちかっていうと
そんなイメージで別に
プリントしないからこれは版画の形をしてるけど
彫刻だって言い張ってもいいんじゃないかっていう
意味なんですけど
なるほどね
美大のシステムみたいなものの中で
ジャンルの方がむしろ
影響を受けてその位置づけが
森川雷が創業したはずの
版画の話が盛り上がって
それもあるかもしれないです
歴史的なところも関係してるのかな
やっぱり版画家っていう
家庭屋の方の家ですね
私は版画の作家ですっていう風に
名乗る人が出てきちゃったから
版画しかできないのかな
みたいな感じになったりとか
あとは
やっぱり版画って
油絵とかと比べると
少し劣ったものというか
安いじゃないですか
そういう位置づけがあるから
版画やってる人って
何くそみたいな気持ちもあって
版画の
評価を上げたい
全体的な
そこに押したい気持ちもあるので
そういうところで
版画家って言いたいみたいなところもあるような
気がしないでもない
難しいですよね
物理的な制約上
例えば単純に作品のサイズも
あんなってそこまで大きくは普通できない
1:06:01
組み合わせて
とかはできるかもしれないけど
その辺もだから
一般的にサイズが大きいほど
作品の値段が高くなる
性能で押せば
落とせばいいわけじゃなくて
1トンかけてとか説明されてましたよね
そうですね
プレスキっていうものを通して
済むんですけれども
そういう意味でもどうしても
油彩とかだと
結構でっかい作品を
作ろうと思えば作れる
意外とだから
本質的な部分じゃなくて
制度だったり物理的な制約だったりで
なんか版画が
追い込まれている立場も
ちょっと理不尽かもしれない
でもあると思います
でもなかなかそこ切り込むと怖いというか
でも一方で
ネガポジの版と作品の
関係性とか
そういうのを通じてさらに
ご自身が版になるみたいな
コンセプト上はすごい
面白い気がするんですよね
逆にドローイングとかペインティングは
すごい単純なので
そこの関係性が
あんまりそれ以上言いようがないんですけど
そういう版の
複雑さゆえの面白さみたいなのが
ある気がします
作家っていう存在が
油絵とかドローイングとかだと
神様みたいな感じに
見えちゃうというか
唯一の存在じゃないけど
でもそれを
私は版ですっていうことによって
作家性っていうものよりかは
世界の見え方ですよ
これが世界の見え方ですよっていう
作家の立ち位置をはっきりさせることができるのかな
という意味で
この表現はなかなか私は
合っているのかな
みたいな感じには思っています
紙好きにしても
作ってますよっていうよりは
村上さんを通して
できるみたいな
そういうやり方が
素晴らしい
すごい支配者みたいな
立場ではなくて
一回受け止めて
また返していく
反射面みたいな
そういうやり方
そういうイメージができるのかもしれない
そうですね
だから版だっていいよ
みたいな感じになっちゃってる
ある日思いついて
適当な言葉
いい言葉だな
どのくらいですか?
4分
いい感じに
次さ
何話せるかなって
ちょっと考えてみて
1:09:02
ちょっと一個乱流の話に戻ると
何でも答えます
わかる感じ
あんまり質問化できてないんですけど
基本的にいわゆる
何法則って言えばいいんだろう
エントロピーの存在
っていう話じゃないですか
エントロピーを解いたら
乱雑さが増していくんです
乱流で言うと
乱流自体は乱雑なのか
それともそれが
解消していく方が
エントロピーが増大している状態なのか
乱流で言っても
解いたら基本的には
消えていくわけですよね
そっちがエントロピーの存在なのか
でも乱れるって言うから
乱流が起きている状態の方が
乱雑な感じがするんですか
両方ともじゃないですか
それでこのマルチスケール
フラクタルっていうのは
その意味でちゃんと一定の
関数型に
従っているから
何乗という法則に
従っているからという意味で
まだ質情を保っているがゆえの結末なので
エントロピーは存在します
しかし時間が経つにつれて
まだ乱流である
乱流でもなくなって
水の分子運動に戻ったら
こうとかにはなるかな
消しといてください
適当言ったかもしれない
自信ない
自信ない
乱流はもちろん乱雑さの
向上なので上がります
上がりますけどその意味での乱雑さは
一番最後の水分子たちが
モニャモニャしている状態の方が
もっと激しいのでここでもう一段
上がって乱流じゃなくなった時に
さらに激しく増大するが
これが僕の予想です
だからある種
うつばきぐるぐるみたいなのも
乱れてるって捉える感覚は
人間の感覚のような気がして
そうです
だから工学部としては
理学の
あちらの
工学部とは別に一緒に
頑張ってやっている物理学の人たちにも
実力性というのが
間違いなくキーワードです
それを信じて期待して
一律支援をしているんですね
だから科学的にはもちろん
あんまり本当に真の意味でランダムすぎると
マジで言うことしかなくなっちゃうから
繰り返し現れるパターン
実力性っていうのは繰り返し法則のことにするんですよ
一応情報論の話であり
繰り返しパターンがあると
同じものとみなして
例えば1たす1たす1じゃなくて1かける5
ってまとめることができる
なので情報の圧縮になる
この意味で実力性って呼ばれることは間違いなく
なので大きい渦なら小さい渦ができるっていうのは
こんぐらいの渦があったら
もう一回りの小さい渦どうせこんな姿だろう
っていうのとか
あとはそうですね
一本ある程度の太さのやつがあったら
一回り細いやつはこうやって垂直に交わる傾向があるとか
その意味で法則を一応見つけようとしています
1:12:04
どうしても我々の感覚的には
例えば四角いものが
規則正しく並んでいるのと
ナルトの渦潮みたいな
まさに乱流舞台のものと
何だろう
単純に形として
ソリッドなものとぐるぐるしたものだと
ぐるぐるしたものの方が
カオスな感じがします
ランダマイズドフローじゃなくて
タービレンスっていう
ちゃんと糸ごとだけのA単語
割り当てられているからあれですけれど
とりあえずそこまで
見通し立っていなかった時代の名残なのは間違いない
ぐっちゃりしただけで
とりあえずふんと認識した
名前を付けるというか
物事の出発点ですから
自然現象としての
ぐるぐるって
いろいろあると思うんですけど
なんでその形を取るんだろう
っていうのがすごい
さっき斎藤様と話したんですけど
斎藤様の足の生えたお宅さんを作り
でも工学部は車輪が
一番の発明だって教わるし
そう信じてはいるんですけど
じゃあ車輪を作ろうっていう
発想がほんとに
自然からのインスピレーションを
全くなく
頭の中だけで人間が到達した答えかというと
回ってるしな
これじゃなくても
例えば草転がるの
あるじゃないですか
出会わないことはいくらでもないと
はいありがとうございました
物理学の人です
元々は物理なんですけど
確かにさっきも
ペンドルミートを代表するのは
どうなのかなと思って
僕の言うことが怪しい
僕も自信持って言ってない
ちょっと遠いトルビーのとこ
ついていけなくて
自由に動けるようになった
ということは
ご質問の理解できているか
一旦確認しますと
渦は渦で
このぐるぐるという現象の中に
閉じ込められた流体運動である
これが解消されるということは
あちこちにいくことができる
すみませんそれがどういう質問でしたっけ
質問というか
秩序でルールがあるということは
それはそれで縛りともいいます
そういうことですね
1:15:04
強い乱流があるときは
そこに巻き込まれていることしか
できないという意味では
不自由になって
解消されていくと
それぞれが勝手に
簡単な話なのかな
残念だから
見目蓋もないリアルな話をすると
水分子と一個一個の
動きに注目するように
そんな物の見方を
急にガッツンと書いちゃってたぶんだめで
そんなことをやったら誰もついていけなくなって
やっぱり乱流というような
連続対立がある
多分シーズとして一応とらえます
何なら
流れが止まったら別に変わるわけなので
その意味では
分子が発発になるわけです
そういう内部エネルギーの変化は
無視することにするというのが
一応みんなの共通点
ちょっと過ぎたかもしれないけど
いい質問ですね
それはちょっと僕も気になります
でも版主によって
その一つの版を作るのに
どれだけ時間がかかるかというのは
結構違うんですよね
大変なことを作品だというところだけで
ものすごく
価値を設定して
一応できる
何割か他の要素が何割かは
存じませんけど
大きい影響を示してますよね
大変なことの
そうですね
版画の中にも
木版画だったり銅版画だったり
兵版だったり
色々あるんですけれども
銅版とかだと
銅って今戦争が起きているので
めちゃくちゃお金が
上がってるっていう
世界情勢によって金属の値段が変わることによって
材料の入手も
大変になるとか
そういうのもあったりするし
じゃあプラチナ作ったらそのまま釣り上げられるんですか
プラチナ版は
聞いたことないので
やりませんよ
やるとしたらあるかもしれないです
金に物を言わせりゃいい
アイテムがないのは分かってます
そういうところも
金額にかかってくるかな
でもやっぱり
大半の価値っていうのは
やっぱり
出来上がった図像というかイメージが
どれだけ価値を
持つのかっていうところが
一番の
1:18:01
作品としての
価値の中心だと思うので
なかなか
これだから高いとか安いとかっていうのは
言いづらいかなと思います
ピカソが
ピカソの版画で読んでいたら
ひょろって書いたのだけでもめちゃめちゃ高くなるし
そういうことですね
一つの傾向として
超絶技巧的なというか
精密な掘りっていうのが
やっぱりちょっと認められている
みたいなところはありますか
それはありますね
同じことが
複製ができるっていうところで
価値を決める
というのは難しいと思うんですけど
階層で見るっていうのは
可能性みたいなのに
制限をかける
というアプローチだと思うんで
複製できるっていうところに対して
例えば
完成した後に
変化させて
そういう
アプローチが行われたり
版画の中でも
一般しかすれないものって
あるんですよ
モノタイプって言うんですけど
それって
私もそこまでモノタイプは詳しくないから
この例えでいいか
わからないんですけど
ある版画あります
それはプラスチックの板
だったりするんですけど
それに絵の具をぴょぴょぴょーと
散らばらせて
それで擦る
2番目擦るときも
同じ色でもなんでもいいんですけど
同じ色でまた絵の具をぴょぴょぴょーって散らして
擦ることになるんですけど
それって
最初に擦ったものと次に擦ったものって
絵の具の散らばり方が違うので
同じ版を使っていても
2つの作品ができてしまうということで
これはもう
1つの作品になってしまう
そうするとそれはやっぱり
1つ
これがオリジナル
なんていうのかな
版は1個なんだけど
たくさんの
違うものができてしまうので
それはもう本当にそれぞれ
唯一のものになってしまうので
高くなるだろうということは言えると思います
擦る過程のところで再現性
そういうこと
そういうことですね
大丈夫ですかね
間違ったこと言ってるかな
でもその
今モノタイプっていう
種類がありますけど
モノタイプってそうすると
なんで漫画にしてるんだろうみたいな
気がしてきますよね
直接描けばいいじゃんって思いますけど
そこはでも
転写することの
1:21:00
何らかの意味がある
図像を作るときの
描くのとはまた違う
具合とか
それを目指す場合もあるのかもしれない
そうですよね
水彩絵の具使ったとしたら
紙に直接水彩で描くのとは
また全然違う
圧を加えることによって
押し出される絵の具の感じとか
平面性
平滑性みたいなものは
やっぱり漫画にしか出せない
力の一つではあると思うんですよ
そういうところで
本当に
オタク的なところというか
本当に微妙な差しかない
かもしれないけれども
そこに魅力を感じてしまう人というのは
いるということで
北海道の作家でも
そのタイプを好んで作っていた人がいるんですけど
その人は最終的に
金属のファンの方が
そのタイプだったら
ファンが作品みたいに
最後になってきたみたいな
方もいたりして
めちゃくちゃ分かります
ファンが作品じゃなくて
私も勉強していたときの
最後の方には
もう言ってましたね
でも彫刻とかでも
作り方の段階で
最初石膏像を作って
型取って
流し込んでってなると
根がポジの関係が
いつどうなってんだみたいになると
まず最初に作家が
手をかけて作ってる部分が
何なのかっていうのが
ほんがらがってくるときがあるんですけど
彫刻はまだそこまでねじれてないなと
ファンの人から見て思うのは
やっぱり立体が立体に
そのままなるじゃないですか
ファンの場合は実は
薄い立体なんですよ
ミクロン単位で
傷をつけて
それが平面になる
立体になってるイメージで
ファンを作っていたら
平面ができましたって感じになるので
なんか2.5次元の世界で
存在している気持ちになるんですね
私どっちの次元の人間だっけみたいな
だからそこでもさらに
困難を増す原因があるという
漫画ですよね
まあそういう漫画って
同漫画の人の
特にエッチングの人の感覚だと思うんですけど
ありがとうございました
ありがとうございました
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