ちっちゃい頃なんかどういう少年だったんですか?
これはね、僕はね、あんまり変わってないと思うんですけど、静かだったそうです。
そうですね。
幼稚園でみんなでね、外で泥遊びとかを。
めっちゃ僕やってました。
ほんとですか?
そうそうそう、僕もやってたんですけど、やってたというか、僕だけ汚れずに帰ってきた。
え?
いや、なんかその場にはいた記憶があるんだけど、綺麗なまま帰ってきたっていう話があって。
たぶん、まあ汚れたくなかったのかな。
綺麗すぎだったんですかね?
いや、そうとは思えない生活。部屋は汚いんですけどね。
割とね、人目を気にするところもやっぱりあって、ちょっと恥ずかしがりや。
そうか、なんかもう僕泥団子作っては人に当てたりとかして、親にも怒られるわ。
あとはなんか、少年野球やってたんで、なんかカラー野球みたいな、カラーバットとカラーボールでプチ野球みたいなのやるときはもうスライディングとかしまくって。
すごい。
なんかもう。
多分やらないですね。
服泥だらけにして親に何回怒られたかとか。
そういう僕とは結構逆ですね。
遊ぶのは好きなんですけどね、なんかあんまり汚れることなかった。
なんかどういう遊びしてたんですか?
小学校とかでいうと、ずっとボール使って遊んでました。野球はやってないけど、ドッジボールとかサッカーとかをずっと公園で友達と永遠にやってました。
じゃあ、そこは一緒っす。
そうそう。ずっと遊んでて、走るのも好きだったんで。
鬼ごっこして、かくれんぼして、なんか秘密基地作ったりとかも。
秘密基地よかったっすね。
楽しいんですよ。なんか作る系かな?好きだったのは。
折り紙とかも好きだったし。
そういうのもやるんだ。
うん。
音楽はいつからなんですか?
4歳かな?確か。ん?6歳。
どっちだ?
だいぶ小さいっすね。
そう、その辺ぐらいで、エレクトーンっていう、電子オルガンの。
あれを始めたんですけど、
最初はね、やらされて。
親からなんですか?
うちの兄が、わりかし前向きに始めたタイプ。
で、その弟なんで、弟もできるだろうと。
できるだろうスタイルなんだ。
できるだろうってことで、自動的にやらされたけど、最初はね、もう全然やりたくなくてね。
エレクトーンって弾く鍵盤のところと、その下に潜れるところ。
その潜れるところにずっと入って、レッスン拒否。
レッスン行ってるのに、下に潜ってるんですか?
行ってるけど、そう、弾かない。
それもグループレッスンだったんですけど、周りの子は弾いてるけど、僕は弾かない。
お母さん、孝学。
そうですよね。
なんでよ、みたいな。お兄ちゃん、ちゃんとやってるのに、みたいな。
え、その、なんなんだ。
エレクトーンは拒否してました。
でも嫌いにはならなかったんですか?
いや、なんかね、負けず嫌いなところが多分もともとあって、周りができてるけど自分はできないっていう状況にだんだん。
腹が立ってきて。
そう、多分なんか嫌になってきて、じゃあやるかっていうことで、やってたら案外いいかもね、みたいな。
やっぱできなかったことができるようになるってやっぱりね、達成感もあるし。
確かに。
そういうとこが好きだったのかな。
最初はなかなか楽譜通り弾くこともなかなか難しくて、ちょっとつまんないなみたいな感じだったのが、だんだんできるようになってきて、潜る回数が減ってるみたいな。
減ってきた。
もともとはやっぱりちょっとこう静かめな人というかね、押しとやかって自分で。
自分で言ってる人が来て。
やっぱりちゃんとしなきゃなみたいな方向にシフトチェンジしたのかな。
エレクトーンから入って、
はい。
それで、
次は?
ピアノを弾き始めたんですね。
その同じ教室の同じ先生に、これは8歳だったかな。
小学3年生の時にピアノも一緒にやっていく。
並行してやっていくと。
なので、またこう、鍵盤がすごい重いんですよね。
そのエレクトーンで慣れてた軽さからしたら、ピアノってすごい重いんですよ。
疲れるというか。
指の感覚ですもんね。
指の筋トレをちゃんとしないと。
押せないみたいな。指疲労みたいな。
そうなるんです。子供の指には辛かったけど、やっぱりアコースティック。
電子オルガンじゃなくて、そういうところのアコースティックの良さもすごい面白かったですね。
音の違いみたいな話ですか。
電子オルガン、エレクトーンはボタンを押したらいろんな音が出るじゃないですか。
ピアノは対して、そのピアノの音しか出ないけど、
やっぱりね、温かみがね、あるというかね。
違う。やっぱりそうか。
そうか。
あと、エレクトーンから、当時僕からしたら、エレクトーンからピアノに昇格じゃないけど、
新しいものできるし。
そうそう。そういうのもやっぱり嬉しかったんじゃないかな。
小学生ながらに、わかんないですけど、エレクトーンとピアノだと、どっちが上みたいな感覚があったんですか。
そういうのはないですか。
いや、これピアノの方が、やっぱり憧れの。
憧れランクがあるんだ。
なるほど。
そっか、それで、じゃあ6歳、まあ4歳、6、ちっちゃい頃最初エレクトーン始めて、ピアノ始めたのが8歳ぐらいで並行してやってて。
ずっとピアノを弾いて、6年生だからの文章、卒業文章、あれはね、ちゃんとピアニストになりたいって。
書いてあるんですか。
書いてある。
結構真面目にやってました。
ちょっと話戻っちゃうんですけど、ピアノ始めるっていうのは結構家族の影響が大きいんですか。
そうだな。
うちの母は、ちょっとちっちゃい子供の頃にピアノは触ってたみたいですけど、今は全然音楽と関係ない仕事ですけどね。
だから、なんか音楽させたいなってのはずっと多分どっかにあったのか。
ただ、そのヤマハの音楽教室のプログラム的に、ピアノもやっぱり自動的に一応やることにはなってるんで。
自分の意思というよりは、
プログラムに沿っていったら、エレクトーンやったら、プログラムに沿ったらピアノも始まる。
ピアノもできるようになった、やった。
なるほど。
今思うと、ピアノ弾ける男かっこいいなってめっちゃ思ってて。
小学校ぐらいのときは野球少年だったがゆえに、ピアノをちょっとダサいと思ってる側面があったんですけど、いいなって。
子供ができたらピアノを習わせたいなぐらいにすごい思ってて。
いいですよね。
何もできない男から習わせることだけはさせたいなみたいな。
どうしたら興味が湧くんだろうなっていう。
なんか日常的に音楽に触れてるというか、なんとなくBGMで流れてるぐらいでもいいんじゃないかなと思います。
じゃあちょっと小学校の部分が、それでピアノ少年山口くんだったのが、中学はどうだったんですか?
中学はこれ、吹奏楽部に入ったんですよ。
音楽関係っていうのもあるし、そのうちの兄の話にもまたなりますけど、もともと打楽器の人なので。
打楽器?
打楽器から始まった人なんですよ。
兄貴がですか?
兄貴が、そう。
で、リンバって。
あれが専門なんですけど、それで先にその中学校の吹奏楽部に入ってたもんで。
じゃあこれもなんか似た話ですけど、弟の君もこのパーカッション打楽器に入れと。
そうか、大体同じ中学。
そうです、同じ地域。
お兄さんいくつ上なんですか?
4つ上で、その学校は在学タイミングはかぶってないんですけど。
先生が一緒だったりしますもんね。
そうです。
山内くんの弟でみたいな。
そう、山内ジュニアって言われました。
僕も4つ上の兄貴がいて、多分同じ状況だと思うんですけど、めっちゃジュニアって呼ばれてます。
そう、ジュニアは打楽器をやりなさい。
中学の吹奏楽部ってその楽器選択は自分で決めるっていうよりも先生が決めるほうがあるんですか?
えっとね、僕行ってたところは松岡中学校ですけど、そのときはちゃんと希望を聞いてくれるというか、
それぞれみんな楽器体験して、今度こっちの楽器やってみてとかやったんだけど、
僕山内ジュニアはもう君はここ以外ないから、君は絶対打楽器やりなさい。
もしかしたらお兄ちゃんが素質が良かったのかもしれないですね。
あのね、なんか多分ちょっと認められてたところがあったので、弟もこっちだろうと。
なるほど、君にはきっとセンスはこっちだろうと。
引き継いでいるだろう。
実質的に。
で、打楽器やり始めて。
吹奏楽がね、難しかったですね。
難しいんだ。
ずっとピアノやってきて、一人で弾く楽器じゃないですか、やっぱり。
で、それが大人数でってなる指揮者がいて、パーカッションって後ろのほうから叩いて音を出すっていう。
なかなかこう合わせるのは難しいとか。
そうか、今まで一人でやりたいように、むしろ前に出るというか、メイン張ってたのに急にサブ役になるみたいな。
そうなんですよ。パーカッションってしかもミスったらすっごい目立つので。
あ、そうか。
そう、打楽器って音がやっぱり通る。
音でかいですもんね。
そうそうそうそう。
確かに。
シンバルとかあれ、鳴らし損ねたらパコッとかなるんですよ。
あ、そうなんですか。
シャーンじゃなくてパコッと鳴らなかった。それがもう恥ずかしかったりね。
パコッは恥ずかしいですね。
そう、可愛い音が鳴っちゃうんですよ。
しかも中学だと結構学校の卒業式とかで演奏したりとかあるじゃないですか。
あれでパコッとかなったらもう。
でも最悪ですね。
いたたまりないですね。
ちょっと笑っちゃうかもしれないですもんね、後ろで。
チェロはいつ出るんですか?
チェロは中学2年生から始まりまして。
これは実はその前にその吹奏楽部でコントラバスを触る時期があったんですね。
それでそれが中学1年の終わりぐらいだったかな。
になって、コントラバスを楽器庫に眠ってるから、お前触れと。
先生からの。
先生なんかもう。
先生強いですね。
本当強いですね。
全て指示を出してくれる。
多分でも独学でね、だからやることになったんですけど、
多分できるだろうと思って言ってくださった部分もあって、楽器を触ってた。
で、その中学2年のコンクールもそれで出ることになったんですけど。
だから初めて触った弦楽器が超ジャイアント。
超でかいですよね。
コントラバスから。
これ実は意外とあんまりみんなに言ってないんですけど、コントラバスから始まったんです。
で、その中学2年生の同じようなタイミングで、
ハーモニーホールでチェロの演奏をたまたま聞く機会があって、
後に自分の先生となる方の演奏なんですけどね。
かっこよかったんですよ。
のだめカンタービルみたいな。
後に再会みたいな。
へー。
じゃあなんか、ある種そこでチェロの出会いを作ってくれて、
それで興味が湧いて。
でも、その1月後には始めてましたね。
ママを親に言って、ヤマハの音楽教室で最初始まりましたけど。
そっか、僕ヤマハの音楽教室全然わかってなかったんですけど、
いろんな楽器のプログラムがあるってことですか?
ありますね。
僕チェロは子供用というよりは大人の音楽教室っていうプログラムの方に入ってたんで、
それが中学生から確か。
入れるようになって。
ちょうどいいタイミングで。
じゃあその音楽教室通ってれば楽器を買わずともレッスンを受けられるってことですか?
受けられましたね。レンタルして。
レンタルなんだ。
いきなりチェロを買ってやるとかハードル高くないかなと思ってたんですけど。
やっぱ入り口はこう入りやすく。
学校にはチェロはないんですか?
ないですね。
コントラバスなのに。
そうそう。これ吹奏楽はね、なんかやっぱコントラバスは入るんですけどね。
他の弦楽器は入らないと。
そうなんだ。
全然知らない世界。
そうなんですよ、これ。不思議なんですけどね。
笛たちの中にコントラバスが1人入ってるっていうのは。
確かに不思議ですね。
でもあれが入ると、僕はそんな全然コントラバス上手くなかったんですけど、
やっぱ上手い人が弾くとすごい低音がボーンって補強されるっていうか。
あんまりあそこまでの低い音がないから。
ないそうですね。
吹奏楽で言うと。
それを補強するためのでかい弦楽器として一番最大級が出てくると。
じゃあちょっと中学がだんだんチェロに入ってきたんで、高校はどうだったんですか?
高校は吹奏楽部もある高校だったんですけど、
やっぱチェロにすごいそのあとのめり込んだので、ピアノそっちのけで。
なので弦楽部に入って、ひたすらずっと放課後はチェロを弾いてましたね。
弦楽部もそういう大会とかがあるんですか?
大会はなかったかな。僕が行った高校ではなかったですね。
そうすると、じゃあもう自分で極める。
そう。ただその放課後に部活で弾くプラス、ちゃんと本格的に習いだしたというか専門的に。
それがそのさっき言ってた。
先生のもとに行って、そこで習い始めるんですね。
そうですね。
学校の部活というよりはもうガチガチに習って。
ガチガチです。
そのぐらいからはもう音楽家を目指してるんですか?
いやいや、全然目指してはなかったですね。
ただ、やっぱこうチェロはずっと弾きたいなっていうのは思ってましたね。何かしらで。
なるほどな。そうすると、なんかプロを目指すとかっていうのじゃなくて、もっとチェロを探求したいみたいな気持ちで先生のもとにレッスンを受けようっていう感じ。
そうですね。やっぱできないことができるようになる。
やっぱりね、ここは。
楽しいですね。
そうそうそう。
で、もう一つ大きかったのは、ハーモニーホールのほうで主催されてる授業なんですけど、福井ジュニア弦楽アンサンブルセミナーっていう。
もう脳内弦楽。福井ジュニアアンサンブル。
福井ジュニア弦楽アンサンブルのセミナーっていうか、お勉強スタイルの合奏団ってことですね。
がずっとやってて、今年で実は20周年なんですけど、それで僕ももともとそこに、もともと?うん。
これ、高校生のときによく頑張ってそこに入っていってて、で、合奏楽しいなってようやくそこで。
吹奏楽だとあんまりこう、もちろん楽しいけど、ちょっとこう競技チックなところがあるので。
コンクールで勝つみたいな感じですもんね。
全然悪くないですけどね。ただ、僕はちょっとそういう章には合わなかったので、
こう弦楽器の合奏ってやっぱすごい楽しいなっていうのを、その弦楽部だったりとか、その弦楽セミナー。
そこで勉強して、っていうすごいありがたい時期でしたね。
それなんか、高校生ながらに、結構大人にまじってやるみたいな形ですか?
えっとね、ジュニアはこれ、高校生が一番上ぐらい。
あと中学生とか、小学生とか。
で、じゃあ、あれか、学校の中にはあんまり弦楽をやる仲間がいなかったけど、
そのコンサートのジュニア楽団に行くと、自分と同じような興味を持ってる人たちに結構出会えたっていう。
そういうことですね。だから、加害活動みたいな。
ああ、はいはいはいはい。
そこで、じゃあ割と練習したものを発表するとか、合わせるっていう機会はそこで得てたってことですね。
うん、そうですね。
なるほどな。
で、その、先生にチェロを習い始めて、で、高校生活を過ごしていくと、だんだん大学選択の時期になるじゃないですか。
どういう選択だったんですか?
ああ、そうですね。これは僕は、教育学部の音楽科にとりあえず行きたいと。
学校の先生になりたかったですね。
高校の音楽の先生も、あと中学の音楽の先生もすごい素晴らしい人で、
で、まあ、すごくそれぞれ、先生なんだけど、すごい音楽を楽しんでるっていうか、
そういうところがすごい素晴らしいなと思ったんで、まあ、そういう生活、いいなと思って。
で、なんかこう、教えるのも好きだったし。
で、ただ、チェロはやめたくないから、そのチェロが弾ける国語立大学。
へえ、そういう区分なんだ。
うん。を探した結果、新潟大学が見つかったんで、そこに行こうって。
専門的にチェロを学びながら、教育学もできるっていう。
じゃあ、やりたいこと二軸できるから、ちょうどいいやっていって、行ってみて。
で、入ってっていう。
じゃあ、最初は先生になるために大学入って、教育免許も取りつつ。
そうです。取りました。
じゃあ、一応音楽の先生として、ナロドメもなれるんで。
なれる。
いつから大学やってって、どのぐらいからチェリストになろうみたいな、芽生えるんですか?
芽生えてもないんですか?
いや、芽生えましたね。
ただ、大学3年の時に、新潟県内のコンクール。
これでいい成績を残せたので、ちょっと自信がついた面もあって、
やっぱ音楽をちゃんと勉強したいっていう。
ただ、新潟大学もみんなすごいレベルが高かったんです。
すごい、ほんとにいい刺激になった4年間だったんですけど、
もうちょっと、いわゆる音題。
で、専門的にやってから先生になるとか、他の道行くとか、
勉強しとかないと損だなみたいな。
これはずっとなんとなくあったので、
そこで京都に素敵な先生がいるっていうところで、一回大学院を受験しようかと。
大学院の受験も先生ありきで行ってるんですか?
いいっすね。
結構大学選びで、僕も先生でありたいっていう目標があったんで、
東京学系大学のところに行ったんですけど、
結構僕の周りの大学生とかは、とりあえずマーチ以上行けばいいだろう。
高校のときの周りの友達、とりあえずマーチ以上でいいだろう。
早稲田行きたいからって言って、早稲田のすべての学部を受けるみたいなやつもいて、
なんかそれでいいんかなみたいな。
その選び方でいいんかなみたいな、結構疑問があったんですけど。
まあまあまあ、たぶん楽しくやってたんでいいと思うんですけど。
僕的にはやりたいことがあって大学を選んで、
やりたい先生がいるから大学を選ぶみたいなやり方が結構理想だなと思ってて、
山内さんはそれで先生がいるからそこに行くみたいな選び方をしてるから、
ずっとそうですね。
素敵だなと思って。
でもたまたまですね、福井で出会ったチェロン先生もそうだし、
新潟にそういうチェロン先生がいたのもたまたま、
もう本当にいいタイミングで習えたし、
京都も本当にたまたま、その先生が本当に素晴らしいんですけど、
赴任されてきて、すごいいいタイミングで恵まれたなっていう。
で、そこにうまく入っていけたなっていう。
これたまたま運が良かった。
でもそうか、でも本当そうですよね。
だってそもそも中学でコンサート見てチェロンに出会わなかったら、
そうですね。
チェロン始めてないし。
はい。
で、その先生がいなかったらチェロンの道進めなかった。
いや、そうなんですよ。
その先生もだから、確かドイツから帰国されたぐらいのタイミング。
すごいですね。奇跡的に。
そう。で、福井に住まわれ始めて、で、っていう。
なるほどな。
いや、なんか、福井だと結構その、芸術に触れる機会少ないってよく言われていて、
都道府県ランキングでも文化芸術の指標がめっちゃ低いみたいな。
そうか。
よく出てるんですけど、やっぱなんかそういう話を聞くと、やっぱその数少ない出会いでも、
なんかちゃんと作ってあげるのすごい大事だなと思って。
で、チェロという福井ではなかなかやりづらい楽器を持っていても、
それで立派にやってる人を見ると、確かに自分でもできるかもみたいなところも出るでしょうし、
あ、そういう人生選択があるんだっていうのが見えてくるっていう。
なるほどな。
なんか広く浅くはあんまり福井に確かに会わないかもですね。
なんかこう一つ一つの出会いというか、
ご縁をちょっとやっぱ濃い目にいかないと、
なんかこう、やっぱ音楽人口少ないので、こう強くつながり持っとくべきかなとは思う。
そうか。濃く。
そう。
濃いつながりで生きる。いいっすね。
ですね。
もう時間がそろそろ来てるので、
いや、おいたちいいっすね。
なんか音楽家のおいたちを聞けるって僕はめっちゃ嬉しいんで。
恐れ入ります。
ちょっとこの次回はターニングポイントというところになるので、
また次回、このおいたちの中に出てきたものとか、
たぶんいろいろ山内さんのターニングポイントがあると思うので、
こもっていきたいなというふうに思っております。
最後に番組の紹介をして終わりたいなと思うんですけど、
この番組聞いていいなと思った方は番組のフォローと、
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また番組の感想は概要欄にある感想フォームから記入するか、
Xでハッシュタグ吹いて手をつけて送ってください。
この番組は毎週木曜日朝7時に更新をしますので、
次回は山内さんのターニングポイントをお届けいたしますので、
ぜひよろしくお願いします。
よろしくお願いします。
あとあれですね、山内さんのコンサート7月5日にありますので、
ぜひ7月5日お昼ごろ7号にありますので、
絶対山内さんのインスタグラムで発信はされるはずなので、
バッチリチェックしてください。
概要欄に貼っておきますので、ぜひチェックして、
必ずお願いします。
お願いします。
というところで最後まで聞いていただきましてありがとうございました。
ありがとうございました。