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非認知能力ってなに?
2026-01-29 33:50

非認知能力ってなに?


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00:06
こんにちは、あなた色の人生を藤田薫です。
本日は、2026年の1月29日。
今日はですね、金ナンバーが何だろう、51です。
青い猿、黄色い太陽、音が12の日ということで、
青い太陽、青い太陽じゃない、黄色い太陽です。
黄色い太陽の13日間も、今日で、今日でじゃない、明日までです。
なのでね、もうすぐでちょっとこうね、すごく大きな伏し目がマヤでもやってくるんですけれども、
ちょっとそれについては、明日もしお話できたらお話したいなというふうに思いますが、
今日は千の会という話なんですけども、
明日がね、ちょっと大きな伏し目になりますので、明日ちょっとお話できたらというふうに思います。
で、今日は私は朝の7時20分に家を出発してきまして、
何、どこに来ているのかと言いますと、
今日は大分県中津市の方に来ております。
福岡から大分に行くまでの道のりって結構いろんなルートがあって、
私はいつも矢場県っていう方を通ってくるんですよ。
大分のどこに行くかにもよるんですけどね。
北九州からぐるっと回っていくパターンもあれば、
私は、私ね、うちからだとどっちからでも行けるんですよ。
北九州まで行ってから大分県に入っていくルートも行けるし、
でも私の家からだったら本当にどっちでもいいので、
だったらと思って、今日も矢場県って言って、
これ結構景観がいいんですよ。すっごい山の中なんですけど、
そこの中を通ってね、今も帰ってるんですけど、そこを通っております。
大分県中津市っていうところは、結構全国的にも唐揚げが有名な地域で、
今、唐揚げをですね、買って帰ってるんですよ。
もも15個、むね10個、合計25個。
でも1個ずつ私が食べたから、残すは23個を子供たちのために買って帰っているんですけれども、
めちゃくちゃいい匂いが車の中に充満しております。
なので私はこの唐揚げの匂いに耐えながらですね、帰らないといけないっていう、今拷問ですね、これは。
本当ならば私がもう10個ぐらい食べたい、本当に。
っていうね、ところなんですが。
03:01
まあまあそんなこと、まあさておきですよ。
まあね、それでちょっと今、家に帰っている途中です。
なのでラジオをね、喋っていこうかなと思うんですけれども、
ちょっとナビを入れているので、途中でなんかいろいろね、ナビが言うかもしれませんけれども、
ちょっとお聞き苦しい点もあるかと思いますが、
今日ちょっと学んだことをですね、アウトプットしていきたいなというふうに思います。
今日はですね、教育の部分と、今の日本の教育ってどういうふうになっているとかですね、
そういう現状だったりとか、そういったところをちょっと今日学んできたのと、
あとは民主主義とか、なんかこう資本主義とか、なんかこう共産主義とか、なんかいろいろ言うじゃないですか、政治のね。
で、そういう、まあそもそもそのなんとか主義っていうのは何なのかっていう話だったり、
日本っていうのは今どういうふうになっていてとか、ちょうど選挙が近いので、
そこら辺のお話っていうのを今日、詳しく学ばせていただきました。
堀越けいにんさんってね、いらっしゃいます。
私はすごくね、けいにんさんの話は分かりやすいなって思いながら、
いつも聞かせていただいてましてですね、
あのやっぱりね、分かりにくいことを分かりにくく説明されているのが、
なんか今の日本の現状かなと思うんですよ。
なんか分からん、その聞き方みたいな。
で、なんかちょっと何が言いたいんですかって、
みんながこうなんやろう、関心を持ちにくく、もうわざとしてますって思うぐらい、
なんかこういろんな政治の話だったり、教育もそうですけど、なんか分かりにくいじゃないですか。
で、それをすごく噛み砕いて、
ああそういうことかっていうふうに分かりやすくですね、教えていただけるので、
今日で2回目になりますが、けいにんさんのところでちょっと今日もね、学ばせていただきました。
で、すごく、なんだろう、心に残ったっていうか、話があって、
それは何かっていうとですね、
教育のところで、
認知能力と非認知能力っていう、この2つのちょっと話がありました。
今日はちょっとそのお話をシェアさせていただきたいなと思うんですけれども、
教育って、けいにんさんがね、どういうものでなければならないかっていう、
けいにんさんの考えなんですけれども、
それはね、なんて言ってたかっていうと、やっぱ教育っていうのは常に新しくないといけないんじゃないかっていうね、
やっぱりこの世の中っていうのを生き抜いていくために必要なことっていうのを学ばないといけないから、
06:01
だから、やっぱり常に新しいものじゃないと、
やっぱり何十年も前のこととかやってたって、やっぱり世の中は変わっていってるので、
それだったら、やっぱり生き抜いていく力っていうのは育っていかないんじゃないかっていうところをおっしゃっていて、
それに関して私もすごくそうだなと、
共感できる部分っていうのはすごく多いなというふうに感じました。
その中ですごく私の中で、
やっぱり今日ね、その心に残った部分っていうのが、さっきも言った認知能力と非認知能力についてっていうところのお話だったんですけれども、
認知能力っていうのは一体何かっていうと、
簡単に言うと、本当に数字で認知できるというか、もうそのままですけどね、
数字で測ることができるもののことを認知能力というふうに言うそうです。
だから、例えば国語のテストが何点だったとか、数学が何点だったとか、
そういうようなことっていうのもそうだし、
あとは体力テストとかっていうのも、
例えば腹筋が何回、30秒の間で何回できたとか、
反復翼跳びとかそういうのもあるじゃないですか、
そういうのも数字で数えることができるし、50メートル走が何秒だったとか、
そういったお話っていうのは認知できるものですよね。
数字である程度のものっていうのが出せるし、
そこから平均点だったり平均っていうのが出せて、
それより自分はどうなのかっていうふうに、
例えば全体が100人いたとしたら、
100人中自分はどの位置にいるのかっていうのがわかるじゃないですか、
認知ができる、そういったことを認知能力というふうに言うそうです。
逆に非認知能力っていうのはどういったもののことを言うかっていうと、
これは本当に非認知っていうぐらいなので、
数字では測れないもののことを言うそうです。
それが一体何かっていうと、具体的には例えば向上心とかですね、
あとは自精神とか、回復力とか、自尊心とか、
コミュニケーション能力とか、共感力とか、協調性とか、
そういったものがこの非認知能力っていうふうに当てはまるそうです。
これ確かに、じゃあ私共感力95点なんですよとか、
向上心は120ですとか、言うことはできるんですよ、別に。
いやもう200パーセントですよ、私はとか、言うことはできるけれども、
何を基準にっていうふうになりやすい話であって、
これってなんかじゃあ、このなんとか小学校の平均点は、向上心は何点です。
09:00
これは例えば福岡県内では何位の成績でとか、そういうことって言えないじゃないですか。
なのでそういったものっていうのを非認知能力っていうふうに言うそうですね。
私たち人間ですけども、ホモサピエンスっていう種類の人間というか、
今はそういうふうになってますけど、
昔一昔前までとかはネアンデルタール人とか、クローマニオン人とか、
なんか知ってますか、皆さんそういう図鑑とか見たことありますか。
本当にもう何千年、万年前、何百万年前みたいなそんな話の時ですけども、
なんかこう人間みたいな、人間と言われるような人たちっていうのが、
数種類いたわけなんですが、今ホモサピエンスっていう、
私たちの種類っていうのがなぜ残ったのかっていうと、
そのホモサピエンスっていうのは、この非認知能力っていうものがものすごく長けてたそうです。
だから生き残ったっていうか、こうやってみんなでつながりあって、
残っていくことができたっていうふうに言われてるぐらい、
やっぱりこの非認知能力ってすごく大事なものなんですよっていうふうに、
今日お話を聞きました。
じゃあ非認知能力ってどんな時に必要だと思いますかっていうね、
これ授業の中でもこの問いかけっていうのがあって、
みんなで話し合ったんですけども、
非認知能力ってどんな時に大事なんだろうね、
どんな時に使うんだろうねってなった時に、
え?いつ何時もじゃね?みたいな感じになったわけです。
私たちのグループでもですね。
県民さんもそういうふうにおっしゃっていて、
実際ですね、いつでもいつも何時でも大事なんですよと。
確かにそう。だって人間って一人では生きてないし、
やっぱり誰かとつながりあって生きてるわけだから、
例えば、確かにその小学校中学校高校ぐらいまでは、
認知能力っていうのが高いと優秀とされてきている、
そういう傾向にあるわけですよ。
なんだけども、でもじゃあ社会に出た時に、
それだけでやっていけますかって言われたら、
むしろそれってどうでもいいとは言いません。
どうでもいいとは言わないけれども、
本当に重要ですかって言われたら、
ちょっとはてなじゃんっていうふうに思いませんか?
私、学生時代テストでずっと100点取ってきたんですよって
いう人がいたとします。
でもすごいことだと思いますよ。
努力でね、やっぱりこうやっていい点数を叩き出してきたわけなので、
だからすごいなって思う。
素直にですね。
だけどその人めちゃくちゃ共感力低くて、
もう度性論ばっかり言ってて、
なんかもう正しいとか間違ってるって、
そういうのだけで人を判断してとかだったら、
皆さん一緒にいたいと思いますか?
っていう話なんですよ。
やっぱりそういう人って一緒にいるとちょっと窮屈だなとか思ったり、
12:04
確かにそれって正しいんだけどみたいな、
でもやっぱり人にはいろんな背景あるしねとか、
やっぱりこういう人もいるよねって分かち合っていく方が
良くない?とかっていうふうなことを考えると、
なんかこうね、一人だけ、
そんなね、共感力もほぼなし、
なんかどっちかっていうと、
そういうふうなタイプだと、
なかなかちょっと混じり合うの難しいよねみたいな、
そういう結論になっていくわけですよ。
だけど、私ずっともう学生時代は赤点でした。
赤点ばっかりで、全然勉強もできなかった。
けれども共感力がすごく高くて、
とか協調力が高くて、
でもこう、補助心もあって、
すごい努力しますとかっていう人がいたら、
確かにその勉強っていうところで見たら、
悪かったのかもしれないけど、
人間力っていうふうに言ったら、
結構それ高くないですか?みたいな。
で、そういう人だったらやっぱり任せたいなとかって思うし、
相談したいなとか、
なんかあった時には力になってあげたいし、
力になってほしいし、みたいな感じで、
なんかつながり合える気がしますよね。
なんかそんなふうに、やっぱりですね、
非認知能力って、やはり人が、
人として生きていくために、
すっごく大事な部分なんですよっていうところを、
すごく今日、勉強して学びました。
結局こうやって、今ですね、私が思う、
なんていうんだろう、社会の傾向として思うところで、
なんか最近こういうの多いよなとか、
こういう傾向にあるよなっていうのが、
何点かここの話を聞いていて思ったんですけれども、
私もやっぱり人の相談を聞いたりとか、
いわゆるそのマイアレキだったり、
ストレングスファインダーだったり、
いろんなツールを使いながら、
その方との対話をしながら、
そうやっていろいろ、
その方がその方らしく生きるためには、
どうしていけばいいのかとか、
そういったセッションとかもさせていただいておりますが、
そのそういうのの中ですごく多いのが、
すごく多いというか、
その傾向として多いなって感じるのが、
もちろんですね、
何だろう、セッションを来られました。
で、対話の中で、
そうだって自分の中で気づいたことがあって、
すぐに実行に移すっていう人もいるんですよ。
こういう人っていうのはやっぱり向上心がすごく高い。
いわゆる非認知能力が高い人っていうのは、
結構同じようなことでずっと悩んでないし、
基本的にやっぱり行動ありきで動く、
道は一つじゃないって思ってるので、
だから例えば行動してみて失敗しても、
15:01
その時は落ち込みますよ。
挫折したとか落ち込むとかってあっても、
やっぱりさっき言った非認知能力の中には、
回復力っていうのも含まれているから、
そこがあるので、
だからじゃあ自分はどうしていきたいのかとか、
挫折を味わったんであれば、
じゃあ本当はどうしたかったのかとか、
そうやって本当の自分の気持ちっていうところに、
立ち返ることができるんですね。
そうすると失敗がただの失敗で終わらない。
やっぱり何だろうか、
失敗した、挫折した、すごくショック。
だって自分ができると思ってやってるわけですから、
すごいハーって落ち込むとかっていうのがあったとしても、
そこから逆に開けるんですよ道が、
そういう人っていうのは。
だからそういう人とのセッションっていうのは、
結構解決が早いすごくっていうのが思います。
だけどこれ傾向として多いのは、
今から言う方なんですけども、
おすすめありますかとか、
かおりさんはどうしますかとか、
まず私の正解を聞いてきたり、
世間一般的な正解、これってどっちが正しいですかねっていう、
その二極論に走ってしまうタイプの方っていうのは、
結局同じことでずっと悩んでるなっていうのを、
私はすごく感じます。
ちょっとこれ聞いてると耳が痛いなと思う方もいらっしゃると思うんですけれども、
そういう人っていうのは、
失敗することに対しての恐怖がすごくあるんです。
なんでそんなに恐怖があるのかっていうと、
失敗・挫折が終わりだって思ってるからなんですね。
終わりだ。
もうここで失敗したら終わりなんだって思ってる。
正解が1個しかないって思ってるので、
だから他人の正解を聞きたいとか、
一般的な傾向を聞きたいみたいな風になっちゃうんですよ。
失敗したくないからっていうね。
でも非認知能力の話で言うと、
失敗っていいんですよ別に。
挫折もいいんです。
なんなら私は早ければ早い方がいいと思っていて、
そうやって挫折失敗っていうのを知っていくと、
その時はもちろん落ち込みますよ。
だけど、じゃあ自分は本当はどうしたかったのかな。
じゃあ次はどうしてみようかなっていう。
じゃあ次はっていう。
こっちに持っていけるようにしていくと、
挫折が怖くなくなるんです。
だからこれはやっぱり脳の作りだから、
ある程度認知能力と非認知能力っていうところで言うと、
おそらく非認知能力っていうところが低いとは言わないけども、
これってある意味その人の特性っていうのもあると思うので、
じゃあ今からどうしていきましょうかっていう話になっていくんですけど、
これはもう一つは、
もう癖を知っておく、自分の。
ついついそうやって二言論っていうか、
18:02
もう白か黒かで考えちゃうっていう癖を知っておくと、
またそういうふうに考えてるなって、
自分で気づくことができると、
これは本当に話が変わってくるというか、
たとえ次失敗したとしても大丈夫っていうか、
そんなふうに自分で思えるようにもなりますし、
やっぱり自分を客観視していくっていうのは、
すっごく大事なことだと思うので、
特に悩んだ時なんかは、
もう一人の自分がちょっと引いたところで、
今の自分を見ておくんですよね。
そうすると、また私ここでつまずいてるよなっていうのが分かれば、
早く対処ができるようになるので、
そこは本当に訓練でどうにでもできるというふうに思います。
なので、本当にですね、
すごくそういったのが多いなって最近思います。
でも本当に失敗しない人生ってないんですよ。
だけど今って本当に1個の失敗で、
例えばそれがきっかけで、
もう会社を辞めちゃったとか、
学校行けなくなったとか、
そういう方が増えているのも事実なんですよね。
だからその方々に今必要なのは、
やっぱり回復力っていうところを、
もっと養っていくことだというふうに思います。
失敗が終わりなんだよじゃなくて、
失敗は始まりなんですよと、
ゼロになった時に始まっていくんですよっていう、
そういうふうに考えを持っていけるように、
私もこれマヤでもすごく伝えていることなんですね。
マヤの先住民の人たちの考え方の一つにこれがあるんですよ。
ここっていうのが、私は初級講座でその項目があるんですけども、
私そこだけでかなりの時間を割くんです。
正直、青い猿がどういう人ですよ。
例えば青いこれがこんな人ですよ。
赤いなんとかこんな人なんですよとかいう話よりも、
そっちのほうが大事だと思っているので、
私は結構そこを時間を使って、
結構皆さんにしっかりお伝えするところであるんですけれども、
これがいわゆる非認知能力っていうところなのかなっていうのを、
ちょっと私も、
今日けいにんさんの話を聞きながらすごく思ったところです。
これは教育に限らずですね、
ずっとこれ死ぬまでそうだと思う。
本当にっていうのを思いました。
私は死ぬまでやっぱり学びだし、
もう何歳だからとか遅いよねとかってないんですよね。
そう思っているのはあなたなだけで、
別に何歳から何始めたっていいじゃんと思っているし、
何歳からでもやっぱりそうやって新しい知識を、
21:02
新しいというか改めてそうやって知識を取り入れて学びに行ってみたり、
そしてこうやってアウトプットをしてみたりとかっていうことで、
どんどん自分の中がブラッシュアップされていくなっていうふうに思っているので、
そんなふうに私もちょっと今日また学んで、
なるほどなというか、
そんなふうに思った次第です。
だからやっぱり自分と向き合う力っていうのが、
どうしても今のこの教育だと育ちにくいっていうのがあるんだろうなって思うんです。
加えてそのスマホとかね、
もう小さい時から使っているじゃないですか。
スマホだったりタブレットだったりとかっていうのを本当に小さい時から使っていて、
やっぱりそれが脳の発達にめちゃくちゃ影響してきているそうなんですね。
特に幼稚園時代、幼児期とかっていうのが、
まずその非認知能力っていうのがかなりグンと上がる時らしいんですよ。
そういう時にやっぱりスマホとか、
動画とかっていうふうにそっちに教育っていうか、
そっちに子守りをさせてしまったりとかすると、
どうしてもですね、
脳のその前頭前夜っていう、
その米噛みから前ぐらいの分野っていうところが、
発達がなかなか神経が伝わっていかないみたいで、
そこっていうのがその今言った非認知能力っていうところを司っているので、
だからやっぱりこう大事なんですよね。
そういった時期に人と触れ合っていくだったり、
何かこう我慢をすることを覚えるっていうのもそうだし、
何かこう自分で実践していくっていうところだったりですね。
そういうのもそうだよなって。
まずそうやってグンって幼少期とか幼児期に伸びていって、
そこから少し横ばいの時期をたどり、
また次にグンってくるのが大体8歳から9歳ぐらい、
10歳ぐらいまでの間っていうのがかなり伸びていくときだそうなんですよ。
で、今私ちょうど子供、うちの下二人がちょうどそのくらいの時期なんですけども、
やっぱね、スマホはうちは与えてないんですけど、
でもやっぱ私のiPadを使って何かしてたりとかっていうのも結構やってるので、
いやもう全部ゼロにすることはできませんけども、
やっぱりそこも何か少し何かこうコントロールしながらですね、
何かやっていかないとやっぱその本当に人としてその大事な部分っていうのを
自分と他者との繋がりとか、やっぱそういうのでね、
人間って幸福感を得たりとかですね、
していくと思うので、
なのでやっぱそういったところを発達を妨げないために、
やはりこれは大人がもうちょっと気をつけていってあげないといけないなっていうのをですね、
すごく思いました。
で、やっぱその自精神っていうところで言うと、
うち何かこう、例えば7時からご飯だよとかって言って、
24:04
私がお肉焼いたりとか最後のメインを作りながら、
何かやってる時に、
もう今からご飯だよって言ってるのに、
うちの娘は結構ね、みかん食べてたりするんですよ。
びっくりします、本当に。
え?みたいな。
何か今からご飯やん、みたいなね。
いや、今みかん食べたらさ、もう無理やんそんなの、みたいな。
ご飯なんか食べれんやんとか言って、
私いつも怒ってたんですけど、
でもこれ今日の話聞いた時に、
あ、もしかしたらその自精神っていうところが育ってないのかもってちょっと思って、
で、その非認知能力っていうところですよね。
言わなくてもわかるでしょってやつ。
何かよくありません?これ。
言わなくてもそんな、
人がこれしたら悲しいって思うでしょとか、
こういうことされたらあなただったらどうなの?みたいな、
そういう気持ちの部分っていうのって、
何かついつい言わなくてもわかるでしょっていう部分だったりするところっていうのが、
やっぱり汲み取れない。
でも、この間8歳になったばっかりなので、
本当にこれからなんですけど、
だからやっぱりそういったところをですね、
非認知能力を伸ばしていくために、
親の関わり、私たちの関わりっていうのをちょっと考えていってあげないと、
なんかこう欠落しちゃうよねと思って。
そういう部分がですね。
だからなんかね、急に昨日もなんかみかんとか、
しかも買ってたみかんがめちゃくちゃでっかいみかんで、
一玉食べるだけでもだいぶお腹いっぱいになるんですよ。
そんなのをね、ご飯の前に食べててびっくりした。
私もええ?みたいな。
って思っちゃったりとか、
あとはなんかこうお菓子も今日1日1個だよとかって言ってても、
なんか私がいなかったらやっぱり2個3個食べてたりとかもする時があって、
特にやっぱり一番下の薄めにするのが多かったので、
だからやっぱりなんかそういったところもね、
関係してるのかなとかって一人でちょっと、
うーんとかと思いながら、
ちょっと私も耳の痛い話として、
今日はちょっと話を聞いていたんですけれども。
ぜひちょっとそういうふうな感じで、
非認知能力っていうのは、
自分の中にも皆さんの中にももちろんあります。
認知能力っていうところもあるんですけれども、
自分自身がこうね、
そこについてどういうふうに考えているのかだったり、
じゃあどうやって高めていけばいいんだろうかとかっていうように、
自分なりに調べてみたりとかしてですね、
やってみるのもいいんじゃないかなと思います。
あとは何だろう、
やっぱね、書くってこと大事みたいで、
ペンを持って紙に書く。
これをしてるとやっぱり指先すごく動くじゃないですか。
そうするとその前頭・前夜っていう、
その脳の前の部分のちょっと後ろあたりがすごく働くらしいんですよ。
27:01
書くと。
で、そしたら結局そこが血流が良くなっていくと、
前の方にもすごい良い影響があるそうなので、
やっぱり書いていくっていうのをですね、
やってみるっていうのはすごくお勧めだそうです。
何だっけ、日記を書く。
別に毎日じゃなくてもいいんですけども、
振り返ったりとか、自分の今日の一日はどうだったとか、
自分の気持ちですよね。
答えのない部分ですよ。
気持ちとかっていうのは。
私はこういうふうにするのが自分にとって心地いいですっていう部分だったりっていうのは、
別に全員が全員同じなわけじゃないし、
それが隣にいるAさんと違うからって、
Aさんおかしいですよねとかじゃないですね。
だから答えがない問いっていうのを、
自分の中に出していくっていうか、
なんでなんだろうか、
なんで私はそういうふうに感じたんだろうとか、
なんで自分はこういうふうに考えてるんだろうとかっていう、
なんでっていう部分を、
もっと刺激してあげるといいんじゃないかなと思います。
そういうお話を今日はしていただきまして、
すごく勉強になりました。
自分も耳の痛いというか、
娘のみかん事件のことを思い出しましたしね。
私、非認知能力のお話については、
歌があるんですよ。
ラット…ワット…
ワット…ウィングスみたいな。
すいません、多分全然違うと思う。
ラットウィングスか、そんなね、
アーティストさんがいらっしゃいましてね、
その方々の正解っていう歌があります。
これはね、おそらく卒業ソングなんですけども、
歌詞の内容としてね、聞いてほしいんですよ。
歌っていうか、あれは言葉のメッセージで、
ざっくり言うと、今までは私たちは
答えがある問いを学んできたよねと。
でもこれからはそうじゃないんだよって。
正解なんかない、この世界に行くんだぞと。
本当は知りたかったことってなんだろうって考えたら、
例えば、大好きなあの子の振り向かせ方が
本当は何か知りたかったしとか、
あとは何だったかな、
嬉しさがあふれて眠れない夜の過ごし方とか。
そういうのがこれからの人生の問いになっていくんだみたいな。
今まではね、やっぱりそうやって答えがある問いだった。
答えがある問題を解いてきたけれども、
これからは答えがない問題を人生の中で解いていくんだよ
っていうような曲があるんですよ。
私ね、その歌詞がめちゃくちゃ好きでよく聴くんですけども、
今日のお勉強の時にその歌がすごく思い浮かんだんです。
30:02
まさにそうだよなって。
正解がないです、本当に。
大好きなあの人の振り向かせ方なんて、
あの人にはこれでよかったけどとか、
あの人には胃袋掴んだらもうイチコロだったけどみたいな。
でもこの人は胃袋掴んでもちょっとイマイチやなみたいな。
なんかそういうことなんだと思いますよ。
なんか一概には言えないってやつですよね。
なんかそういったことっていうのをですね、
これから私たちがもっともっと自分が取り入れていったらいいっていうか、
私にとってはこうなんだ、で、あの人にとってはこうなんだっていう、
そのね、大事なのは私にとってはこう。
私はこれがすごく好きとか、
私はこれが心地がいいとかっていう、
私はっていう部分をもっともっと自分で知っていくと、
隣にいるあの人の心地がいいと、
自分の心地がいいが違っても、
あなたはそれが心地がいいんですねって、
じゃあちょっと私も試してみていいですかとか言って、
なんか否定とかじゃなくて、
受け入れられる、需要ができた上で、
ちょっとやってみようかな、
いややっぱ違ったなとかね、
でも違うからって悪じゃないっていう、
なんかそういう世界がすごいね、できるんじゃないかなと思っています。
今はもう違うから悪なんですよ、
失敗したから悪、できなかったら悪みたいな、
なんかそういうふうになってるから、
そうじゃないぞっていう、もっと幅ありますよみたいなね、
なんかそういう感じで、
答えは一個じゃないぞっていうね、
そういうのをどんどんみんなが知っていけたらいいなって思います。
ちょっと長くなりましたけれども、
今ようやく矢場県の何だろうここは、
奥矢場にいますね、奥矢場県にいますね、
なんか私はね、自分の性質上だと思うんですけどね、
矢場県ってね、なんか本当ね、
いろんなちょっとネーミングがあって、
それこそ奥矢場県とか、
あのなんていうかな、
深いっていう字を書いて、
深矢場県とか、
なんかいろんな矢場県があるんですよ、
矢場県って皆さんあの、
九州の方は矢場県って聞いても、
あーってわかると思うんですけど、
別の地域の方は矢場県って聞いてもええなにって感じだと思いますけど、
地名です。
すごく情緒あふれる山、山間部なんですけどね、
なんかおいしいお食事のレストランがあったりとか、
すごく魅力的な場所なんです。
でもそんなこう開けた場所じゃないから、
完全に山道なんですけどね、
そうそう、でもなんか奥とか深いみたいな、
なんかシーンとか書かれるとゾクゾクします。
え、なに?みたいな。
なに?この、ここは奥なんですか?みたいな。
ちょっとなんかこうマニアックな感じがして、
なんか嬉しくなるっていうかね、
そういう変なあれを性質を持ってますけども、
はい、面白いところを今ね、走行しております。
33:00
ということで、なんかちょっとすいません、
長くなっちゃったのでこの辺で終わりたいと思うんですけれども、
皆さんもその非認知能力、認知能力、
なんかいろんなものについてちょっと考えてみてください。
やっぱね、答えはなくていいっていうか、
別に私はこう思いますって言って、
隣の人が否定してきたっていいんですよ、別に。
私はこう思いますからっていうね、話なので、
全然いいんです。
人と違っても。
ね、というところで終わりたいと思います。
いつも皆さん本当にありがとうございます。
明日は黄色い太陽の13日間最後の日になりますので、
またラジオ配信していきたいと思います。
それではいつもありがとうございます。
失礼いたします。
33:50

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