治療における「泣かせる」ことの意義
刺さない鍼、治さない治療、楽鍼塾塾長の藤田勇です。 耳から整える言葉の鍼の時間になりました。
今日は土曜日で、1日治療で、先ほどまで朝から治療していたんですけれども、
今日、お一人紹介で来られた方なんですけれども、膝の痛みということで治療をしました。
膝の痛みということなんですけれども、これはもうこのチャンネルでもいつもお伝えしているように、
その症状というのは、表面に現れている結果でしかなくて、その結果を生み出している体の土台が乱れることが原因になると。
なので、その土台がどこが乱れているかを見つけて、それを整えていくというのが本知という考え方ですね。
さらに言うと、その土台を乱してしまうその方の生き方、人生ですね。
それが一番の原因になるので、それを改善させていくというか、良い方に導いていくというのが真の本知です。
ですので、この膝で、膝の痛みで来られた方も真の本知までやっていったんですけれども、
その方の人生まで深く色々と聞いたり、言葉の針を使ってその方に色々とお話をしていったんですけれども、
深いところまで行くとですね、患者さんは泣くんですね。
今週はもう一人泣いた方がいたので、二人泣かせてしまったということなんですけれども、
私の治療の上での一つ心情としては、患者さんを泣かせる。
言い方がおかしいですけど、別に怒って泣かせるわけではなくて、
その方の本当の深いところまで入っていって、そこにアプローチをするということがバチッと決まると、
中から溢れ出てくるものがあるので、泣くということになる。
それは一つ、言葉の針が深くまで届いた一つのバルメーターになるんですね。
なので泣かせる、患者さんを泣かせるというところ。
もう一つは笑わせるですね。
こちらの方がやりやすいんですけれども、笑うということも非常に体にとって良い効果があります。
なので私の治療の心情としては、まず笑わせる、そしてうまく深くまでいけば泣かせるというところですね。
もし今これを聞いている治療科の先生で、笑わせるさえないというとかなり浅い治療しかしていないですし、
もし月に一人でも患者さんが泣くようなことがない、もしくは今まで患者さんが泣いたことがないみたいな治療をしていたら、
それは表面に対してのアプローチしかしていないというふうに言えます。
これは一つバルメーターですね。
表面的な治療と真の本治の違い
いかに結果として表に現れている、例えば今日の患者さんで言うと膝の痛み。
膝の痛みを何とかしようとして、その表面を何とかする。
これアサインですね。
そうではなくて、その土台、そして土台を乱してしまうその方の人生までを整えていくことによって、
本当の意味の患者さんの変容をさせるというところ、その結果として泣くという現象が起こるというふうに捉えています。
これはテクニック的な部分もなくはないんですけれども、やはり治療する人間の考え方、在り方が非常に大事になってきます。
治療家の在り方と学びの場
その在り方というのは、STAND-FMのこれまでお話ししている内容を聞いていただくことは一つ、私の治療家としての在り方というのを伝えていますので、
それでさせていただくというのも学びになるかと思いますし、
また今後ですね、そういった楽身塾というところでこの治療家の在り方を伝えていく。
もしくは気づきの場として楽身塾を皆さんに提供していくということを考えています。
患者が治療で感じるべきこと
またね、これを聞いている患者さんの方ですね、もしあなたが泣いたことがないとするとなると、表面の治療しかしてもらっていないというふうに考えてください。
もちろん泣くことが全てではないのでね、でも何か深く感じる、泣くまでいかなくても何か感じる部分はアーッと腑に落ちる、そういった気づきがあるということが非常に大事になってきます。
もしね、私の患者さん、これ聞いている方結構多いんですけれども、私そんなことなかったよって言ったら言ってください。
もっと深く行きたいと思いますので。
これがね、私深くまでできるようになった、本当にね、自在にできるようになってきたっていうのはここ、本当にもう最近数年なんですね。
今までも、私の在り方としては老早思想ですね、またモリタ療法という心理療法、また認知行動療法、そしてポリベガル理論、マインドフルネス、そういったものは私の中にあったんですけれども、
本当の意味で融合して良い形になったというのは本当ここ数年ですね。
なのでね、最近は本当に泣く患者さんも増えています。
それは私の中でのバルメタにはなっていますけれども。
まとめと問いかけ
あなたは患者さんをどれだけ泣かせていますか?
今日は以上になります。ありがとうございました。