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私は患者さんを治したくて神経師になりました。 治せる技術を求めて中国まで行き、様々な治療法を学びました。
ところが、治すことを追い求めた私が最後にたどり着いたのは、治さない治療でした。
こんばんは、藤田勇です。 ゆる道ラジオ:耳から整える言葉の鍼の時間になりました。
この番組では、ゆるく、楽しく、自分らしく、 遊ぶように生きるためのヒントとなるようなお話をお伝えしています。
今日はですね、患者さんを治したいという思いを持ち続けた結果、 たどり着いた治さない治療というお話をしたいなというふうに思います。
治さない治療と聞くと、治療家なのに治さないってどういうこと?みたいな。
治すこと諦めたの?とか、患者さんにしたら見放すっていうこと? そんなんだったら受けてどうするの?みたいな。
ごもっともだと思います。
でも、実はこれ全く逆な話になってくるというのをこれからお話していきます。
私は患者さんを治したくなかったから治さない治療にたどり着いたというわけではありません。
誰よりもだと自負しています。
患者さんを治したいと思って治すための方法を追い求めてきたからこそ、 たどり着いた考え方だと考えています。
私は中学生の頃に先人になりたいと何度もここのラジオでもお話をしていますけれども、
そこから気の世界に興味を持って、気を使って人を治せるようになりたいと思って、
気の医学である神給を学びたいと神給師の道を選んだわけです。
一般的には自分が病気とか怪我をして神給の先生に治してもらったから、 自分も同じような人を治せるようになりたいみたいな。
そんな経験からの神給師を目指す方の方が多いんじゃないかと思うんです。
でも私はちょっと違った。もともと変わっている人間ですので。
神給治療を受けたことも全くない。
ただ単に気を扱えるようになりたい。
病気を治せるような人になりたいというその思いだけでこの世界に入ってきました。
神給師になってからはどうすれば患者さんを治せるのかということを考え続けたわけです。
もっと技術を磨けば治せるんじゃないかとか、
壺をばっちり正確にさせれば治せるんじゃないかとか、
気がもっと強くなったら治せるんじゃないかとか、
いろいろ考えて最終的には中国まで針を学びに行ったという人間です。
中国の針というのは日本の針よりも太くて刺激が強いものです。
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痛みは感じやすいんですね。
壺に針がストライクって当たるとズーンと重くなったりとか、
神経に当たるとビーンと電気が流れるような感覚が起こったりもします。
そういう強い刺激を使って気を通して症状を改善させていくというのが中国のやり方なんですけれども、
中国まで行ってそういうのを学んできた私としてはそれが王道だと思って日本に帰ってきて、
大聖堂を開業してからそういう治療を患者さんにしたわけですね。
そうすると次から来ないという方が非常に多かったわけです。
私としては治したい一心です。
本場の技術を使って一生懸命治療をしている。
でも患者さんにとっては痛い、怖い、つらい。
そんな治療だったわけですね。
さてどうしたものかと思ったわけです。
そこで私は中国のような強い刺激でなく、
それまでも日本でも細い針の技術を学んだ経験もあるので、
そこで気を通すということをできるようになっていきたいと考えるようになったわけですね。
よくよく日本の治療法、神経症を見ていくと、
強い刺激を使わなくて気を通して治療しているんだな、この先生はみたいな人がいるわけですよ。
そういった先生の方法を学んで、
中には針なんて使わなくても気を通して体を治していくという先生さえいたわけです。
それを見て私はだんだんと固定観念が崩れていったわけですね。
針は刺さなくてもいいと刺すことがどういうことなんだろうと思うようになってきて、
そこから現在の私の刺さない針というところにつながってきています。
そんなふうに試行錯誤を重ねて、刺さない針の技術を磨いていったわけです。
ただ、私の中にはずっと引っかかっているものがありました。
それは治療する立場にいる私自身が治すということに怖さを感じていたんです。
患者さんは自分が抱えている症状から解放されたい、治りたい、そう思って治療院に来られる、当然ですよね。
でも、その患者さんの思いに対して、私に任せてください、大丈夫です、治しますと。
自信を持って応えられる存在では私はなりませんでした。
医療というものに100%はないわけです。
だから、治りますと断言しないということは決して不誠実ではないわけですね、その態度というのは。
でも、患者さんからしたら、もうこの先生に任せていいのかなと頼りなく思わせてしまったということはあったはずです。
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それもこれも、治せなかったらどうしようという部分に対して、期待に応えられなかったらどうしようと。
この症状に、その患者さんの抱えている症状に、今持っている治療というのが通用するだろうか。
そんなことを、怖さを感じて、私は気づかないままずっと抱えていたんですね、潜在意識の中で。
だからこそ、名人と呼ばれる、中国まで学びに行ったし、日本でもいろいろとかなり学びましたよね。
自分も治せるという自信が欲しかったわけですね。
もっとすごい技術を身につければ、この怖さから解放されるというふうに思っていたわけです。
そんなことをやって学んできても、完全に怖さがなくなることはありませんでした。
どれほど技術を身につけても、どれほど経験を積んでも、目の前に難しい症状を抱えた患者さんが来たら、
治せる可能性もあるし、もしかすると治せない可能性もある。
治せるんだろうかという不安が、心のどこかにいつも存在していたわけですね。
そこで私は、神経の技術だけでなく、心へのアプローチというものも、
これは学生時代から、心へのアプローチというのが非常に重要だというのは知っていたので、
ここをもっと深めていこうということで、いろんなモリタ療法、認知行動療法、エリクソン催眠、マインドフルネス、
心身医学とか心理学、そしてスピリチュアルな世界までも学んでいきました。
患者さんの体だけでなく、心にも働きかけることができれば、
もっと良い治療ができて、私としては自信になるんじゃないかというふうに思っていたわけですね。
その学びは、現在の言葉の針になっています。
刺さない針で体を整えて、言葉の針で心を整える。
この2つを組み合わせて、特に心身症を抱えている方に対しては、大きな可能性を感じるようになっていました。
心身症を抱える方、心身症というのは何かって分からない方いるかと思うんですけども、
メンタルの問題があって、病んでしまって、自律神経に影響が出て体にいろんな症状を抱えている方ですね。
そういった方に、体の症状だけでなく、心にも強い緊張を抱えている方は少なくないんですね。
真面目でいい人、人に迷惑をかけないようにしている、自分の人生を生きていない、完璧主義とか、
そんなふうに頑張り続けている人ですね。
心と体が緊張して、結果、症状が現れているわけですね。
刺される痛みとか、怖さのない刺さない針と、安心・安全を届ける言葉の針、
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これがですね、そういった方たちに非常に相性が良かったんですね。
なので、非常に多くの患者さんが来られました。
それと同時にですね、不思議なことに、心身症の患者さんを治療する時というのは、
私は以前ほど治せなかったらどうしようという、その怖さを感じなくなっていたんですね。
これなぜなんだろうということを考えながら、現場で治療を続けていくの中でですね、あることに気づいたんですね。
心身症を抱える方の多くは、早く治りたい、この症状を何とかしたい、
一日も早く良くなりたいという強い思いですね。
とらわれですね。当然です、それは。
でもその治りたい思いがあまりにも強くなると、症状へのとらわれとなって、治りにくくなってしまうわけです。
朝起きたら症状があるかどうか確認する。
昨日より良くなったのかな?悪くなったのかな?
一日中自分の体を観察している。
少し良くなったら安心して、少し悪くなるとまた落ち込んでしまうとかね。
治りたいという思いが強いほど意識が症状に集中してしまう。
そして症状を確認するために心と体は緊張をしている。
つまり治りたいという思いが、かえって治ることを邪魔しているというのが、この心身症のドツボにはまるケースになるわけですね。
そこで私は患者さんに、治りたかったら治るとしないでください。
一度、治ることを諦めて開き治りましょう。もう治らなくてもいいや。
もういいかと思ってくださいとよく伝えるようになったわけですね。
もちろんいきなりこんなことを言葉だけ伝えても患者さんの心に届きませんよ。
なので関係性を作る。そして体を緩める。
そして安心をしてもらって、その人の状態をよく理解した上で、こちらの言葉が届くような状況を作る必要があるわけですね。
でもこういうことを経て、言葉が本当に腑に落ちた時、患者さんの心と体は大きく変わる。
治らなければならない。症状を消さなければならない。元の自分に戻らなければならない。
その力みが抜けるんですね。それは患者さんだけでなく、私もだったんですね。
私自身も同じように治すことにとらわれていたことによって、患者さんを治さなければならないと力んでいる。
それが患者さんにも伝わる。
だからこそその力を抜くことによって、より患者さんは治りやすい状況になっていったわけです。
もう治療家自身が治すことにとらわれていたら、その緊張は完全に患者さんに伝わります。
そこで私は自分自身にも言うようになったわけですね。
治したかったら治そうとするな。
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これね、治そうとしないということがどれだけ私にとって救いになるか、そしてそれが一番患者さんにとっても効果がある。
もう最高ですよね、これね。
もう治そうとすることを手放したことによって私自身が楽になって力が抜ける。
より患者さんは治りやすくなる。
非常に良いスパイラルに入ったわけですね。
長年抱えていた治すことへの怖さというのがこれで消えていったわけです。
でもこれ治さなくてもいいと思っているからといって無責任になっているわけではないですからね。
これは勘違いしないでほしいんです。
患者さんを治したいという思いを捨てているわけでもないわけです。
今でも目の前にいる患者さんには良くなってほしいと心から思っています。
治ってほしい、良くなってほしいじゃないです。
幸せになってほしいと思うわけですね。
そのために刺さない針も言葉の針も磨き続けて、
さらに知識も仕入れているというか学んでいる、磨き続けているわけです。
ただ私が治さなければならないという思いは手放しています。
そもそも治療家が患者さんを治しているでしょうか。
ここが根本的ですよね。
傷ができれば身体は自ら治ろうとします。
疲れれば眠くなります。
食べすぎれば食欲が落ちます。
身体は常に自分自身を整えようとしています。
患者さん自身の中に治る力というのは存在しているわけです。
エリクソンもそういうふうに言っています。
私が行っている治療というのはその力が働きやすい状態を作ることだと思います。
刺さない針によって身体の緊張を緩め、
言葉の針によって心の緊張や症状へのとらわれを緩める。
患者さん自身が自分を苦しめている生き方に気づいて、
本来の自分を取り戻していく手助けをする。
自分の人生を生きられるようにする。
主役は私たち治療家ではないんです。
患者さん自身です。
治療家が治すのではなく、患者さんの中にある治る力が発揮されて、
自ら治っていく。
それを治療家は支えるだけです。
逆に邪魔をしてはいけないわけですね。
焦らせてもいけないわけです。
依存させてもいけないわけです。
患者さんが本来持っている力を信じて必要なことをして待つ。
それが私のたどり着いた治さない治療です。
何もしない治療ではありません。
患者さんを見放す治療でもありません。
治療家としての責任を放棄することでもありません。
むしろ患者さんを自分の力で治す対象として見るのではなく、
その人の中にある力を信じる治療です。
私が治そうとするのをやめた時に、
患者さんの話を以前よりも落ち着いて聞けるようになりました。
聞く力が伸びたわけですね。
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症状が良くなった、悪くなったという結果だけに一期一緒はしない。
それは患者さんにもそうしています。
自分の技術を証明するために治療するのではなくて、
目の前の人に今何が必要なのかを見られるようになったわけです。
そして治すことへの怖さから解放されたことで、
治療そのものが自由に楽になりました。
これが私にとっての大きな転換点だったと思っています。
これは考えてみれば治療だけではありません。
私たちは自分自身に対しても早く変わらなければ、
もっと成長しなければ、この弱い自分を治さなければと
いつも自分を変えようと、治そうと、良くしようとしてしまいます。
そして力を入れてしまって、
これまだ自分の今の段階ではダメだと、
自己否定が強くなってしまう。
だから時には今の自分でもまあいっか、
すぐに変わらなくてもまあいっか、
このままでもまあいっかと力を抜くことが必要です。
不思議なことに、変えようとすることをやめたときに
自然に変わり始めることがあります。
治そうとすることをやめたときに、
体が治る方向へ動き始めることがあります。
患者さんを治したい。
その思いを持ち続け、技術を学び、
失敗を重ね、臨床を続けてきた結果、
私は治さない治療にたどり着いたわけです。
今日は以上になります。
ちょっと長かったですけどね。
最後まで聞いていただきありがとうございました。