#30|ゲスト大杉久美さん|父の看取りで学んだこと、日本とスウェーデンの介護比較
2026-06-20 37:38

#30|ゲスト大杉久美さん|父の看取りで学んだこと、日本とスウェーデンの介護比較

北欧スウェーデンの習慣「フィーカ(Fika)」のように、コーヒーを片手に心と体、暮らしについて緩やかに語り合う約25分間。
大杉久美さん(愛称:くんちゃん)をゲストにお迎えしたシリーズ、いよいよ最終回。

アラフィフ世代の「人生後半の生き方」をテーマに、くんちゃんが経験したお父様の看取り、日本とスウェーデンの介護・福祉制度の違い、そして「おひとりさまの老後」や新しい家族のかたちまで、じっくりと語り合いました。

【今回の聞きどころ】
⭕️人生の先輩から学ぶ、老いを楽しむヒント
体にガタが来ても自分の喜びを生かして輝くフラの先輩たち。老人ホームで働くユウコが日々90歳以上の方と接する中で感じる、「自分の喜びを知っている人は最後まで充実している」という気づき。

⭕️在宅で看取った、お父様との最期の時間
5年ほど前、コロナ禍に主に在宅でお父様をケアし、脈を取りながら最後までそばにいたくんちゃん。在宅勤務だったからこそできたケアと、介護認定や地域の福祉を学んだ経験。感情と実務がセットでやってくるという深い気づき。

⭕️日本とスウェーデン、介護・見取り制度の違い
家族が各所に連絡し、選択肢が見えぬまま決断を迫られる日本。一方スウェーデンでは死亡診断が一元管理され、家族は一ヶ所の連絡で済む。システムの違いが、看取りのときの家族の負担をどれほど変えるか。

⭕️「身近な人」という考え方と、おひとりさまの老後
スウェーデンには、血縁でなくても本人が選んだ「身近な人」に同意書や実務を任せられる制度が。人生100年時代、おひとりさまが増える中で、柔軟な「家族のかたち」に希望が見えてくる。

「人生後半の生き方を考え始めている方」
「親の介護や看取り、自分の老後に向き合いたい方」へ
死や老いを、怖れるものではなく「よりよく生きるためのテーマ」として語り合う、心が少し軽くなるヒントをお届けします。

【ゲスト】
大杉久美(おおすぎ くみ)さん
フラダンスインストラクター&会社員。フラ教室「Nā Lei ʻO Maunaloa(ナーレイオマウナロア)」主宰。東京・日本橋にて毎週水曜19時からレッスンを開催。オンライン・出張レッスンにも対応。フラ歴25年。50代〜70代の幅広い世代に向けた指導を行っている。

【パーソナリティ】
長谷川祐子(スウェーデン女王認定 認知症専門看護師(シルヴィア看護師)|from スウェーデン・ウプサラ)
内海裕子(Glolea![グローリア]編集長・Webプロデューサー・編集者|東京・世田谷)

大杉久美さんのゲスト回は今回が最終回。次回からはまたヒロコ&ユウコの二人会に戻ります。どうぞお楽しみに!

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#フィーカ #Fika #ウェルビーイング
#介護 #看取り #終活 #おひとりさま #人生100年時代
#スウェーデン #福祉国家 #北欧暮らし #人生後半 #アラフィフ
#生き方 #家族のかたち #自分らしく生きる

感想

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サマリー

今回のエピソードでは、フラダンスインストラクター兼会社員の大杉久美さんをゲストに迎え、人生後半の生き方について語り合いました。人生の先輩から学ぶ「老いを楽しむヒント」として、自身の喜びを知り充実した日々を送る人々の姿が紹介されました。大杉さんは、コロナ禍での父親の在宅看取りの経験から、感情と実務がセットでやってくる介護の現実と、日本の福祉制度の課題について触れました。スウェーデンと日本の介護・見取り制度の違いにも言及し、スウェーデンの一元管理されたシステムが家族の負担を軽減する可能性を示唆しました。さらに、血縁関係にとらわれず「身近な人」を選べるスウェーデンの制度を紹介し、人生100年時代における「おひとりさまの老後」や新しい家族の形に希望を見出しました。死や老いを恐れるのではなく、より良く生きるためのテーマとして捉え、心が軽くなるヒントが共有されました。

人生の先輩から学ぶ、老いを楽しむヒント
FIKA日和へようこそ!
FIKAとは、北欧スウェーデンの日常に溶け込んでいる、
コーヒーを囲みほっと一息語り合う大切な習慣。
このポッドキャストもそんなFIKAのように、
東京🇯🇵世田谷からうつみひろこが、
スウェーデン🇯🇵うくさらから長谷川優子が、
そして今回もゲストとしてどうぞ!
アロハヨコハマから大杉久美がお届けします。
らしい心と体、育ての言葉等をゆるやかにお話しする
約25分間のトーク番組です。
今日もあなたの日常をちょっと心地よくするヒントが見つかりますように。
はい、本日もFIKABIORIゲスト回です。
大杉久美さん4回目最終回となります。
大杉久美さんはゆうこちゃんと私の長年の友人で、
会社員としてIT企業に勤務される一方、
フラダンスインストラクターとしても活躍されています。
くんちゃんは東京に本場して、
フラ教室ナーレイオーマウナーラワーを主催され、
オンラインや手帳レッスンにも対応されています。
前回はくんちゃんの25年間の副業フラダンスの教え方、
ワークライフバランス、ミドルエイジのセルフケアについてお届けしましたが、
くんちゃんいかがでしたか?
25年もやってたんだっていう。
すべてがびっくりしますけど、
リラックス方法とか聞いてもらって。
勉強になった。
確かになる。
最近話題になってた本で、
休養学っていう本があって、
読んだことが結構話題になってて、
その本に書いてあったのが、
休養ってやっぱりどうしても体を休めたりとか、
睡眠をとることっていうことに思いがちなんだけれども、
その本で言っているのが積極的休養っていうふうに言っていて、
たぶんくんちゃんって積極的休養をしてるんだなっていう、
アクティブに動く休養っていうのかな。
体を動かさない休養ではなくて、
アクティブに動く休養だったりとかをして、
セルフケアをしてるのかなって思って、
面白いなって思いました。
でも、それも健康じゃないとやっぱりできないことなので、
それはそれですごく健康第一だなっていうのは、
逆にそう思います。
楽しむための何があって、
やっぱり心身ともに健康なことを。
もちろん。
でも、ちょっといい?ここで。
めっちゃ医療者目線。
くんちゃんの楽しみながらやってることって、
フラってさっきも話してたように、
自分自身で踊ることもそうだけども、
共有したりとか見たりすることでも、
喜びとか楽しみを感じられるじゃない?
そういうことって年齢重ねてね、
私は老人ホームで今働いてるんだけど、
お年寄りになっても喜びが、
自分の選んできた喜びを常に持っていられる人って、
すごく充実して、最後まで人生遅れてるなって思うから。
自己選択っていうね。
素敵だなと思って。
フラの周りで、
私より年上とか年配の方とかもいらっしゃって、
人生の先輩がやっぱり楽しそうで、
そういう方とももちろん遊びに、
遊びに行く、旅行に一緒に行くとか、
遊びに行くとかも、
とにかく人生の先輩って本当に楽しそう。
ただ、やっぱり体にガタが来てますとかね、
いろいろ皆さん言うんだけど、
やっぱり楽しみを生かしているっていうのは、
本当に人生の先輩から学んでいる感じ。
そういう風に楽しんでる人が、
人生の先輩として周りにいること自体が、
すごく大事っていうか、
落ち込んでる人がいっぱいいたらさ、
人生後半、絶望的な気持ちになっちゃうけど、
楽しんでる人が周りにいる、
中のコミュニティにいるっていうこと自体が、
多分相当すごくいいなっていう風に。
人って結局社会性のある生き物だから、
ピアラーニングっていうかさ、
いる場所の中で結構学んでることっていうのが、
多いんじゃないかなって、
やっぱり真似ぶとか学ぶみたいな感じで、
人生の生き方だったりとか、
在り方みたいなのも、
そういうのにつながってくるんじゃないかと、
ゆう子先生。
ゆう子先生が一番多分そこは。
日々90歳以上と話してますので。
めっちゃ人生の先輩。
人生の先輩なんだけども、
それぞれみんな喜びをきちんと、
自分でわかってる。
自分はこういう音楽が好きで、
こういう音楽を聞くとすごく楽しくて気持ちいい。
リラックスするわとか、
一緒に誰かと聞くこともまた違って楽しいわって言える人って、
ポジティブになれるかな。
みんなそれぞれ大変なことは、
身体の痛みとか年齢を重ねると、
とにかくお友達が亡くなっていくこととか、
身内がね、仲良くしてた姉妹が亡くなってしまって、
ずっとそれは心の中にあるらしいんだけども、
その中でいかに自分らしく生きてるかっていうことが、
この先問われるんだろうなって思って。
なんかエピソードどこで話したか忘れちゃったけど、
ギリのおばあちゃん、90歳で、
彼女が言ってたのがやっぱりもう90歳超えてくると、
ほとんど友達がいない。
一緒に過ごしてきた友達がいないみたいな。
それはそうです。
すごい彼女面白いなと思うのは、
下の世代の友達めっちゃいっぱいいるんだよ。
だからすごく人生楽しんでて、
上の世代にも下の世代にも仲間がいるっていうか、
あんまこだわりなく、自分は何歳だからとか、
あんまこだわりなくコミュニティを作るって、
すごい大事なんだろうなっていう風に、
90代の祖母見て楽しんでるのを見て思った感じがありますけど。
今回はですね、私たちアラフィフじゃないですか。
父の看取りと日本・スウェーデンの介護制度比較
人生後半のテーマとして、
家族のことだったりとか、
介護のことだったりとか、
自分を癒す。
あとくんちゃんすごく旅が好きだと思うので、
旅だったりとか一人時間について、
女子トークフィッカーできたらなっていう風に思うんですけれども、
どうですかね。
私はすごく初めの方にプラを続けるにあたって、
先輩方っていうのは家族がいて、
主婦であって、プラもあって、
みたいな生活がそれだと思ってたけど、
ちょっと私違っちゃったんだけど、
それはそれでやってこれて、
その年齢になってきて、
父を見取るっていうことが5年ほど前にありまして、
ちょうどそれもコロナ禍だった。
コロナの前から父が具合悪くなって、
いよいよコロナ禍になって、
入院はほとんどしなかったので、
家で。
結構やってたよね。
そうです。
がん治療で、
投薬のために病院にはいったんだけど、
それも在宅だったので、
仕事の合間ですぐいろいろ、
父を見ることができたっていうのがよかったのと、
家で仕事してた。
仕事してたから。
本当にそれは良かったっていう。
病院に連れて行くのも、
本当に近いところで見てもらえたので、
連れて行くっていうこともできたし、
あとは寝たきりになった。
直前はもう寝たきりになったので、
もちろん途中で介護認定とかね、
いろいろな福祉の手続きとかもやることもできて、
そのいろいろな手続きなり、
自分が住んでいる地域の福祉がどういうものなのかっていうのも知れたし、
父には悪いけど、いろいろ勉強もさせてもらったし、
この時期にコロナの中で良かったですみたいな。
そういうのは、もしそうじゃなかったら結構大変だなって。
世の中の人ってだいたいそうじゃない?
何かを自分の生活と、自分の親とかそういう人を介護したり、
いろいろケアをしている人がたくさんいるから、
私はたまたまそうだったけど、
世の中の人って本当にその両方やらなきゃいけないから、
本当に大変だなって。
あと手続きとかも地域によって違ったりとかね。
情報が見えにくいよね。
どんな選択肢があるのかまず、
わからないのに選択をすぐに迫られるじゃない。
あとそういうルールが変わることもあるし。
多いしね。
介護認定もやっぱり、
父はガンっていう時期だったので、
もうだいたい様子がわかるから、
一応役所の人が家に見に来る。
そうなんだ。
見て確認して、要介護いくつとか。
どのくらいケアが必要かどうかっていうのね。
だといって、そこはなかなか認定が下りない。
結果が遅いんですよ。
そうなんだ。
だから、昔よりは早くなってるんでしょうけど、
早いし。
地域によるかな。
地域によるかもしれない。
年に1回とか半年に1回とか、
そういう認定もいろいろ。
更新するのにね。
半年に1回だった気がする。
なんか、
でもそれ多分地域とか、
私もちょっと忘れちゃったんですけど、
本当に亡くなった後にね、
介護認定のあれが来たりとかして、
いやもう亡くなりましたよーみたいな。
それさ、結構日本ってさ、
データが繋がってないから、
不思議。
今思うと、
病院から例えば死亡診断が出た後、
家族って各所に連絡しなきゃいけなくなるじゃない。
そうです。
スウェーデンだとそれが一括なので、
そうなんだ。
医者の死亡診断が、
税務署みたいなところ。
税務署は要は全部握ってるんだ。
はいはいはい。
経済的なものの流れが止まるから。
確かに確かに。
結構そこが大きくて。
一元管理がされてる。
一元管理すごいよ。
何でもわかっちゃうからね。
そうだよね。
だから家族としては、
そんなにあっちゃこっちゃ連絡しなくても、
もう一つでいいっていうのが、
多分スウェーデンのかな。
いいというか、医師がもう連絡して連れてっていう感じ。
じゃあ結構日本は、
もう結構あっちゃこっちゃ大変なんだ。
なんかいろいろと、
届け出を出すのは、
家族というか、
バラバラなので。
病院からこうしてくださいね、みたいなのが来る。
お知らせ、ペライチみたいな。
あんましなくない?
言ったことないよね。
みんな一人一人が調べるの?
そう。
そうなんだ。
パッケージングがない気がする。
だって病院はない。
ないよね。
だって病院だって、
だって亡くなります、
慰安室から、
お迎えの車、自宅とかさ、
送医する場所とかに移動するので、
さようならで終わる。
あとは事務が請求書を家族に送るで終わっちゃって、
その後どうしますよっていうご案内を、
それもまた違うじゃない?
地域によって。
日本の場合はすごく文化的にも違うし、
あとそのなんか業者も多いから、
こっちさ人口少ないからめっちゃシンプルでね。
なるほどね。
それこそ亡くなる前から、
インフォメーションしてあげたりとかもある。
例えば老人ホームで亡くなると、
この後こういう、
市と市が契約してる会社が迎えに来ます。
で、安置されるのは市内に一箇所しかないから、
そこに行きます。
で、そこでご遺体と会いたい方はこの電話番号で、
みたいな。
それも一つしかないから。
そうか、人数が少ないからね。
そうそう、なんか生まれる病院も一箇所だったら、
安置される場所も一箇所。
すごい。
すごい少ないからね。
対応できるから、わかりやすい。
で、あとは葬儀の会社は、
あっても3つぐらいかな、市内に。
自分で好きなところにして、
で、教会だったり、
もうちょっと宗教職のない、
そういう節、葬儀になりますよ。
何日ぐらいで、ってなるから、
そういうのが一覧ですごいなんか、
時系列でわかるけど、
日本ってほんと大変だと思う。
そうなんだね。
どうした、くんちゃんたち。
どう情報を集めたの?
私はもう、だから父がもうがんになったっていうのがすごく、
それもなんかありがたいっていうのも変なんですけど、
もう先が短いってなるときに、
あとその、家のこととかも含めて、
なんかそういう本、雑誌みたいなのも買ってきて、
準備、どういう手続きが必要、
何日以内にこういう手続きをする、
この後はこうする、
あと家族、他の家族とどうする、
みたいな本を買ってきて、
ある程度もう準備で。
この準備みたいな。
この準備と、どこに何をとか、
そういうのはちょっと確認、
それで確認して、
家のお父さんの名義のものとかをどうするとかいうのも、
あらかじめわかるじゃない、
何があるとか。
それを母の名義に変えるとか、
なんとかとか。
遺産相続とかもまたそこに入ってて、
それはまた家によるでしょうけど、
でもそういうのもすごく、すごく大変だから、
そこにどういう、例えばなんか、
師匠、弁護士を入れるとか、
その途中途中で、
どういう専門家を入れた方がいいとかいうのも、
もちろん載っているし、
うちはシンプルだったからそこまであれだったけど、
基本的にはそれに従って、
私は役所に行ってとか、
あとは、
葬儀は、
母と相談して、
たまたま近所に葬儀屋があって、
それももう本当に亡くなる前に、
相談に行ってとか、
そういう、
一応そういう、分かっていれば、
大変だよね、悲しそうだよね。
すごい、いいケースというかさ、
いいケースといったらあれだけども、
ご本人も、
余命が分かってた上で、
あと、自分の希望も言えたりとかね、
糖尿生活の中でもね、
あと家族がそばにいるっていうのも、
条件としてすごい大きくて、
あと家族が仲良いっていうか、
コミュニケーションとれば、
めちゃくちゃ大事だよね。
絶対大事だと思う。
本当に大変だ。
結構な割合で、
揉めてんのよ、これ。
揉める?
医療者側から見えるものって多いからさ、
なんていうか、
家族のね、こととか。
最後の状態は結構、揉めるときついね。
亡くなるのもきついよね。
揉める半分以上揉めてったりするよ。
半分以上?
半分はいい。
病院の場所にも寄った方がいい。
確かに、確かに。
なるほどね。
でも本当に、まだ我々、
世代的に若いからだけど、
上の世代とかは、
大体同じようなことを言っているし、
家族がいるっていうのは、
いいときもあるけど、
やっぱり人が増えると増えた分だけ、
口の数も増えたりするから。
そうだよね。
思いが違うもんね。
誰が、
家にいる人なのか、
嫁に行ってるのかどうなのか、
そういう家族形態にもよるから、
そこは、
怖がることでも、
長男側っていうのが強い。
そうそう。
お姉さん、長男のパターンとか、
すごくややこしい。
あー、ややこしいと。
そうそう。
これ、めっちゃ私の主観だけど。
なるほど。
だから、
あんまり、
怖がる必要もない。
恐れだけとか、
そういうだけではないんだけども、
当たり前の、
人間の、
死の前に、
いろいろな本音が、
いろいろ出て、
家族だから余計に、
実務的なところと、
感情的なところが、
分けるのがすごく難しかったり、
するんだなーって。
親のこと考えてるんだよね。
時々ね、
え?っていう、
価値観の人はいなくはないんだけども、
基本みんな、
それなりにね、親の、
良いようにと思ってるんだけど、
それが違ったりすると、
収拾つかないよね。
それが価値観だからね。
そうそう。
でも、実務的なものも、
もちろん必要で、
あとは、
本当に、父に、
本当に最後の最後まで、
それは感謝したんだけど、
時期も含めてと、
本当に家で見取れたの。
脈を、
脈を取ってて、
もうすぐ、間もなくみたいなところまで、
見れたんで、
本当に最後の最後まで、
父と話、
父に話しかけたりとか、
それってすごく、
本当にね、
死の前にあれですけど、貴重な、
経験をして、
会合的なものも、
多少ね、
短い期間でしたけれども、
地域の福祉の、
手続きやら、
お父さんの、
最後から何かまで、
全部、一貫して
見れたっていうのは、本当に、
素晴らしい経験というか、
ありがたかった。
家族で、
死について、
向き合うというか、話せる。
本当さ、死は、
みんなに来るじゃない。
なのに、こんなにも話さない。
でしょ?
スウェーデンでは結構喋るの?
スウェーデンでもそんなに、
「身近な人」という考え方と、おひとりさまの老後
喋りたい話題じゃないけれども、
でも、
私は、
職業人として、
話すことを、
何だろう、
当たり前に受け止めてもらえるし、
それなんか、
医療者が死について話して、
みたいな雰囲気は全くないから、
オープンに話してる。
日常的に。
特に90歳の、
年いた方とか、
認知症の方とか、
認知症の方でも、やっぱり、
自分の死について思ってることはあるから、
それは、
聞くようにしてるし、
日本だと、
医療者でも、
聞きにくいは、まだあるかも。
死のことと、
生のこと。
確かに。
まだタブーなんだろうなと、
ちょっと感じるところはあるかな。
でも、
なんか、
話した方が、
みんなにとってプラスじゃない?
どう?
くんちゃんとかは、
お家族、医療関係者とかじゃない?
じゃないから、別に。
ただ、やっぱり、
自分の親を
見とる時とかに、
いろんなことがあって、
やっぱり、地方だったりしたから、
うちの両親の、
京都だったから、
遠く離れてたりとか、
親戚同士のこととかも、
結構大変なこととかも、
あったみたいだから、
娘の私たちには、
あまり苦労をかけたくない。
でも、必ず、
自分たちは亡くなるっていうことも、
分かってるから、
そういうことまで、いろいろ考えてくれている。
っていうのもあって、
死についてっていうことよりは、
老後、
年取ってから、
自分がどうするか、
みたいなのは、
すごく、
お話をするっていうことかな。
お父さんの
見取りを経験して、
くんちゃん自身の、
姿勢感だったりとかって、
変わったりとか、
生き方への考え方みたいな、
変わったりとか、
したの?
ね。
でも、
感情と実務が、
セットっていうところが、
感情と実務がセット。
なんていうか、
亡くなることとか、
親が年を取ることって、
感情に訴えてくれるからね。
考えなきゃとか、
気持ちとして、
年を取ったら亡くなっちゃうな、
っていうこともあるけど、
それプラスアルファの、
いろいろなことが、
家族としてやらなきゃいけないことが、
あるんだなっていうことを、
すごく学んだし、
世の中の人も、
これでいろいろ、
いい意味でも悪い意味でも、
いろいろなドラマが生まれながら、
みんな暮らしているのね、
って、
すごく実感した。
見聞きはするけど、
実感することでもあるし、
またこれからもあるだろうし、
ずっと続くよね、
それはね、
感情とか。
あとは、
自分が、
そうなった時にどうするんだっていう、
心配もちょっと、
娘がいれば、
そうなるけど、
子どもがいないのもあるし、
世の中に子どもいない人も、
みんないろいろ考えていて、
どうするっていうのを、
やっぱりちゃんと考えて
いかなきゃいけないのかなって、
思ったりして。
うちら世代は、
また下の世代って、
お一人様はすごく増えてると思うんだよね。
結構みんなごとっていうか、
そもそも、
私たちも、
夫いるけど、
どっちが先になくなるか問題でいくと、
女の人の方が長生きなことが多くて、
たぶんお一人様の老後、
私の可能性は半分じゃん。
家族立ち的には。
これは結構みんなごとかなっていうのは、
思ったりとか。
本当に、
日本だと本当に
家族っていう欠縁じゃないと、
例えば、
手術の同意書取れなかったりとか、
あるんだけども、
スウェーデンだと、
身近な人っていう国なんだよね。
そうなんだ。
本人にとって、
私はこの人が、
私の身近な人なんです。
例えば、
今、
ゆう子ちゃんが働いている、
ケアのホームで、
超仲良くなった、
おばあちゃん同士の仲間がいたとします。
そしたら、
その人にお願いすることもできる。
でも、その人自身が何かするっていうことは、
こちらサイドは要求しない。
常に、
自己決定の国だから、
本人が決定するんだけども、
例えば、
何か、
亡くなりそうです、
何かの病院かかります、
とか言うときも、
その
高齢者の人が、
私にとっては、
近所の何々さんが、
一番身近な人だから、
その人に連絡を
一番に取ってくる。
それが、
その人にとっての、
人生の中での、
家族のような。
それいいですね。
子供じゃない人もいっぱいいるし、
近所だった人っていう、
老人ホームに入ってくるのに、
その近所だった
おばさんが一緒に来て、
毎週来てくれたりとか、
そうだよね。
そもそも家族は、
家族で、
どうしても家族と疎遠の人もいるじゃん。
状況的に。
その人が家族っていう風に言ったときに、
自分の家族、
ちょっとっていう人はきっと、
幸いにそうじゃないんだけど、
幸いにそうじゃないんだけど、
そういう人もいるっていう、
設計になってないのがちょっと、
いろんな状況の人にとって、
みんな三つとって
ハッピーな生徒かっていったら、
そうじゃない可能性があるなって、
今話聞いてて思って。
そういう選択肢もあるっていうのがね、
本人がさ、
ちゃんと決めてればね、
問題ない気もするよね。
なんかあれだよね、
結婚の時のさ、
証人みたいなのと同じだね。
だから結婚の証人別に家族にしなかったり、
書いてもらうやつ。
私なんか友達の書いた覚えある。
私も書いたことある。
あるよね。
予想であるだろうね。
信用してますみたいな。
おまけにそれ公的なさ、
書類だけど、
家族に書いてもらったりするじゃん。
変わんないね。
それでいいかもね。
家族、
ある意味さ、状況的にさ、
ここから、
人生100年時代、
私もお一人様になっている可能性がある。
あるある。
状況的に、
天外孤独になっちゃってる可能性も、
ゼロじゃない中で、
家族って言われた瞬間に、
終わったみたいになっちゃうじゃんね。
婚姻のあれと同じ制度にしてくれたら、
超ありがたいね。
悪用を防ぐんだろうけど、
結局、
家族だからって、
っていうのもある。
同じだよね。
婚姻届けだって、
悪用する人は悪用するしね。
ほんとそうだよね。
同じ制度いいね。
いいね。
希望が見えるよね。
あと役割が、
身近な人っていうのは、
人間関係として
身近であって、
あと経済的な、
支援を、
例えばしてほしいとかなると、
本人が、
この人にお願いしたいとか、
お願いすることも、
例えば、
年金が入ってきた中で、
いくら分を、
支払いとか、
全部終わった後の残ってる金額の中で、
この人にシャンプー買ってきてほしいとか、
実務的なことをお願い、
お友達にもできるし、
それを全然、
市町村が選んだ人にも、
頼めるしね。
やっぱ福祉の国だわね。
福祉の国だね。
細かいところまでちゃんと。
そうそう。
その制限を、
頼みたいことの制限を決められるから。
それいいね。
子供いてもね、
そういうのしてる人多い。
子供が頼りにならない場合もあるもんね。
それは聞けないんだけどさ、
さすがに。
関係性ってやっぱりさ、
本当に難しくてさ、
いい関係の、
親子関係ばかりじゃ、
やっぱりないってのがリアルワールドじゃん。
そうそう。
子供が近くにいないっていうパターンも多いにあるし、
そうだよね。
障害を持たれてる場合だって、
あるじゃない。
いろいろなケースが、
理想的なパターン以外に、
なかなか日本ってやっぱ、
制度的になってない感じがするから、
リアル的な感じに、
したほうが。
だからなんかその、
介護人って、
ケアマネージャーさんって、
人に1回いて、
その人にいろいろな、
なんていうの、
誰か介護士に入ってもらうとか、
買い物とかは、
頼めたりとかも、
するから、
それはまた別の、
日本の福祉の形もあるから、
ただその、
手術とかそういうのは、
確かに本当に打ち合わないためとかでもあるから、
考えてる人は、
考えてるかもしれないけど、
なかなか実用までに、
いかないのかな。
これからはもしかしたら、
あるかもしれない。
うちら世代すごいボリュームゾーンじゃん。
うちらの父親、母親世代も、
日本の人口ピラミッド的な、
ボリュームゾーンだから、
きっといろんな形、
どうしても変わらざるを得ない状態に、
なりそうな気はしないでもないけど、
あとどういう家族感が、
あるか。
この国、めっちゃほら、
みんな離婚とかも、
普通らしい。
なんていうの、ボーナスな、
子供っていうの。
新しいパートナーの、
前の奥さんの子供とかも全然、
普通に住んでたりとか、
するから、
意外と家族境界線が、
ふわっとしてる。
ふわっとだね、なるほどね。
っていうのはあると思う。
あと同性でも、
ほぼ結婚と同じように、
みんな去りたりとかして、
お国柄だ。
お国柄は、
絶対あるよね。
日本が、
ぴったりそれに、
アラインできるかといったら、
かなりできなそうな感じは、
文化的背景も含めてね。
できなそうなところはあるけど、
学ぶところは結構いっぱい、
ありそうな気がする。
ぜひぜひ、いっぱいまた、
そこらへんの話を、
ですからね、
思いつつ名残惜しいのですけれども、
ゲスト回を振り返って
本当はくんちゃんに、
各地の旅とか、
旅の話だ。
ごめん。
結構、
結構言ってますってことを、
言ってるので大丈夫。
またちょっと、
もう一回ゲスト回、
くんちゃん旅シリーズで、
国内国外旅シリーズ、
そしてオシカツの話なども、
いっぱい聞きたいです。
どんな風にオシカツするのか。
ね、確かにね。
4回どうでしたか?
いやもう、
本当に楽しすぎて、
もう本当に、
これが録音されて、
流れるのかって思うと、
ドキドキしちゃいます。
くんちゃんファンいっぱいいるからね。
いやいやいや。
くんちゃんのこと知らん、
なんかこう、
踊ってるくんちゃんを知ってる人、
なんか普通に、
私たちすごい、
友達の濃いコミュニティの中で、
くんちゃん知ってるけども、
フラのくんちゃん知らない人も、
結構いっぱいいたりとか。
実際のくんちゃん、
だって私習ってたけど、
習ってない人のほうがほとんどじゃん。
いろんなくんちゃんの、
こういう関係で、
くんちゃんそんな一面も、
みたいな、
人たちから、
フラやりたい人で、
大杉さん素敵そう、みたいな人まで、
いろいろな方に聞いてもらえたら、
嬉しいなって思うと、
あとは本当に、
私たち世代の見てくれることだったりとか、
アラフィフの生き方だったりとか、
いろんなことをきっと、
4回のシリーズで、
感じてくださる方が、
いらっしゃるんじゃないかなと。
いいですね。
いろんな人が、
本当に、
私たちが若かった頃の、
まだ若いけどね。
20代とかさ、
一昔前、がむしゃらに働いた、
社畜の人たちとか、
世代とか、
女性のあり方とかさ、
いろんな過渡期の中に生きてきて、
そうだね。この何年間かで、
価値観は相当変わってるよね。
さっき言ったみたいに、
主婦であるみたいなところも、
私の理想、
計画はあったけど、
あれ違ったな、みたいなのもあったけど、
時代、
本当にそういう時代だったから、
それはそれで、
私は私でいいんだな、みたいなのも、
最近は思えるようになったっていうのも、
年齢もあるし、
時代もあるし、
それはちょっと、
良かったことかな、
って思ったりして、
いろいろね、
価値観、
押し付けられるというか、
いろいろ漂うものがあったから、
今でももちろんあるけれど、
ちょっと薄まった。
ちょっとずつ変わってるよね。
年取るのも悪くないなって、
そうそう。
あとありがたいのは、
コウホーにぃ、
20年来の友人と、
コウホーにぃ、
新たにポッドキャストができるの、
すごい楽しい。
本当に素晴らしい。
思うなって思います。
今日はここまでといたしましょう。
大杉久美さん、
ゲスト回、最終回をお届けいたしました。
今を生きる私たちの日々の、
小さな発見や気づきが、
皆様にとっての、
今日の暮らしをほんの少し、
軽やかにするヒントになれば、
嬉しいです。
今回のエピソードのご感想やリクエストは、
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スウェーデンから、
長谷川ゆう子が、
東京から、冨広子が、
そしてゲストの、
横浜から大杉久美が、
お届けしました。
次回は多分また、
ゆう子ちゃんと私の2人会になるかな、
というふうに思います。
はい、では、
たくみどおみせーす。
あふいほー。
ありがとう。
また次回お会いしましょう。
37:38

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