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第2章、正しさの迷路に迷い込んで
2週目のセッション、シオンは震える手で黒い革拍子のノートを抱えとった。
中では、書いては消し、消しては書き直した紙の断片が散らばっている。
1週間、彼女もまた苦しんだんや。千春とはまた違う種類の苦しみやったけどな。
今日はシオンの番やね。でもその前に千春の報告聞かせてもらおっか。
千春は少し照れくさそうに笑った。先週とは表情が違う。
どこか力が抜けて柔らかい雰囲気をまとっておった。
実は、リストを3つに絞るどころか、1つしかできへんでした。
あら、それで?
でもその1つがすごく、久しぶりに心からやりたいって思えることやったんです。
それは、近所の小さな図書館でのボランティアやった。
子供たちへ読み聞かせ、リストの中では優先順位が低くて、
時間があったらやるわ、くらいの予定やったもんや。
子供たちの目がキラキラしてて、私も物語の世界に入り込んで、
気がついたら2時間もたってました。
他のタスクは大丈夫やったんですか?
不思議なことに、世界は終わりませんでした。
まゆみさんの言うた通りやった。
満足そうやね。1つでええんよ。
大事なんは、やらなあかんやなくて、やりたいを選んだということやからな。
そして、まゆみの視線がしおんに向けられた。
さてしおん、準備はえ?
しおんは深呼吸をした。そして震える声で言った。
私、完成したものを持ってこれませんでした。
沈黙が流れた。しおんはうつむいたまま続けた。
1週間毎日書いては消して、どれも納得いかへんくて、
これやったらあかん。もっとええものを、もっと完璧にって。
まゆみは黙って聞いとった。
結局未完成の断片しか。すいません、ちゃんとした作品を。
ちょっと待ち、またちゃんとが出てきたな。
しおんははっとした。
しおんのちゃんとはちはるとはまた違う種類やな。
完璧主義っていう名前の迷路やわ。
03:00
まゆみはノートを受け取った。
ノートを開くと、そこには美しい言葉の断片が散りばめられとった。
消しゴムのあと、書き直しのあと、迷いのあと、
でも、そのすべてがしおんの想像の軸跡やったんや。
まゆみは一つの断片を、声に出して読んだ。
透明な朝に、言葉が結晶する。
でも、触れたら、砕けてしまいそうで。
わあ、すてきやん。
でも、これだけじゃ詩として成立してへんくて、構成も韻もまだ。
しおん、完璧な詩って一体なんなん?
え?誰が決めたん?完璧の基準なんて。
しおんは答えに詰まった。
そういえば、考えたこともなかったんや。
まゆみは立ち上がり、アトリエの片隅にある本棚から一冊の詩集を取り出した。
これ、うちが二十代のころに書いた詩集やね。
出版社には断られ続けて、結局、自費出版したんやけどな。
ページをめくると、そこには荒削りな言葉が並んどった。
今のまゆみの洗練された雰囲気からは、想像もつかへんようだ。
生々しい感情があふれとった。
恥ずかしいわ。でもな、この不完全さが、当時のうちの真実やったんやで。
しおんは食い入るように詩集を見つめた。
完璧を求めるんは、実は逃げなんよ。
まだ準備ができてへんって言い訳して、世界で自分を差し出すんから逃げてるだけや。
せやけど、批判されたら?笑われたら?
それが怖いんやね。
しおんは小さくうなずいた。
まゆみはしおんの隣に座った。
そして新しいキャンバスを取り出すと、いきなり絵の具を直接キャンバスに垂らし始めた。
赤、青、黄色、絵の具は重力に従って流れ、予測できへん模様を作っていく。
まゆみはそれを眺めながら微笑んだ。
コントロールできひんものこそ美しいこともあるんやで。
そして筆をしおんに差し出した。
この続き、書いてみて。
せやけど、私、絵は…
うまく書こうとせんでええよ。ただ感じるままにな。
しおんは恐る恐る筆を取った。どうした絵かわかれへん。
でもまゆみの励ますような視線を受けて、思い切って筆を走らせた。
06:02
最初はぎこちなかった。
でも次第に流れる絵の具と対話するように筆が動き始めた。
完璧な形を作ろうとするんやなくて、ただ色と戯れる。
気がつくと不思議な抽象画ができあがっとった。
計画も意図もない、でも確かに何かがそこにあった。
うーん、これがしおんの本当の表現かもしれんな。
しおんは自分の描いた絵を見つめた。
完璧やない。でもなぜか心が震えた。
詩も同じやで。この断片たち、全部宝物や。
完成してへんのやない。これが今のしおんの形なんや。
せやけど、人に見せるには…
見せ方はいくらでもあるわ。
例えば未完成詩集として、過程を見せるも一つの表現やで。
私、しおんさんの断片すごく好きです。
完成してへんからこそ、想像の余地があって。
せやせや。読む人それぞれが続きを想像できるやん。
しおんは二人を見た。批判やなくて温かい眼差しがそこにあった。
実はな、芸術の世界で一番つまらんのは完璧なもんやで。
隙がないと見る人の心が入り込めへんからな。
しおんは深く息を吸った。そして勇気を振り絞っていった。
ほな、いまここで未完成のまま読んでもいいですか。
もちろんやん。
しおんは震える手でノートを持ち、読み始めた。
題名はありません。
透明な朝に言葉が結晶する。
でも触れたら砕けてしまいそうで、そっと息を潜める。
完璧な文字列を夢見て。
消しては書き、書いては消す。
でもほんまは知ってる。この迷いこそが私の死だということ。
透明なままでいたい。色がつく前の無限の可能性。
でも透明は存在しないことと同じ。
いま勇気を出して最初の一筆を不完全でもいい、歪んでいてもいい。
私という色を世界に。
読み終えたとき静寂が流れた。
しおんは顔をあげられへんかった。
しおん、いまどんな気持ち?
こわい。でもなんかすっきりしました。
それが表現することの本質や、完璧である必要なんてない。
09:03
大事なのは自分の真実を差し出す勇気やで。
ちはるが拍手を始めた。ことねも続いた。
小さな拍手がアトリエに響いた。
ありがとう。初めて人前で読めました。
これが始まりや。来週の宿題な。
しおんはこの未完成のまま、誰か一人に死を見せてみて。
家族でも友達でも知らん人でもええよ。
え?
大丈夫。世界はあんたが思ってるより優しいから。
セッションの後半、まゆみは完璧主義の罠について話した。
完璧主義ってな。一見ええことのように思えるけど、実は自己防衛なんよ。
まゆみは黒板に図を書き始めた。迷路のような複雑な線。
完璧を求めれば求めるほどゴールは遠ざかんねん。
なんでか言うたら、完璧なんてこの世に存在せえへんからな。
ほんならどうしたら?
十分にええを受け入れることや。
80点で世に出す勇気。残りの20点は世界との対話で磨かれていくもんやで。
しおんは考え込んだ。
80点、それは今まで自分に許してこなかった点数やった。
あのね、しおん。うちには逆に悩みがあんねん。
完璧とか考えたことなくて、いつも適当やから。
それはそれで問題やな。来週は琴音の番やで。楽しみにしてるわ。
帰り道、しおんは不思議な開放感に包まれとった。
未完成の詩を読んだ。世界は終わらへんかった。
むしろ何かが始まった気がしたんや。
しおんさん、さっきの詩、ほんまに素敵でした。
ありがとうございます。千春さんの変化も勇気をくれました。
二人は夕暮れの道を歩きながら、それぞれの完璧について語り合った。
しおんは思った。透明やった自分に少しずつ色がついてきている。
それは完璧な色やない。でも確かに私の色や。
濃厚を抱きしめながら、しおんは来週の宿題のことを考えた。
誰に見せよう。怖い。でもどこかでワクワクしている自分もいる。
完璧じゃない勇気、それはしおんが長い間探しとった。
新しい詩の形なんかも知れへんかった。
第三章 感じたままでは生きていかれへん
12:04
三週目 琴音はいつものふんわりとした笑顔でアトリエに入ってきた。手ぶらでな。
あれ?琴音、宿題は?
あー、それがな。
琴音はへらっと笑った。
なんかピンとこんくて感じるままに過ごしたら結局何にも。
まゆみは何も言わんと琴音をじっと見つめとった。
その視線にいつもと違う鋭さがあることに琴音は気づいてへんかった。
今度はまずしおんの報告から聞かせてもらおうか。
しおんは緊張した面持ちでうなずいた。
実はカフェで隣に座った人に詩を見せました。知らない人に。
え?知らない人に?
はい。年配の女性で最初は怖かったけどめっちゃ真剣に読んでくれはって続きが読みたいって言われました。
素晴らしいよ。
まゆみが拍手した。
それでどう感じた?
なんか詩が私の手を離れて一人歩きを始めたような怖かったんやけど嬉しかったです。
琴音は二人の報告を聞きながらなんとなく居心地の悪さを感じていた。
でもそれをいつもの笑顔で隠したんや。
さて琴音。あんたは感じるままに過ごしたんやね?
うん。うちは計画とか苦手やしその時の気分で動いちゃうから。
そう。
まゆみは立ち上がった。
じゃあ今の気分は?
え?今?普通かな?ちょっと眠いかも。
ほんまに?
まゆみの問いかけに琴音は首をかしげた。
実はなこれ。魔法の鏡はないけど真実を映すねん。
まゆみはアトリエの隅から大きな鏡を持ってきた。それを琴音の前に置く。
自分の顔よう見てみ?
琴音は鏡を覗き込んだ。いつもの自分。ふんわりした髪。柔らかい笑顔。
あれ?
よう見ると笑顔の下に別の表情が隠れとった。
眉間にうっすらとシワ。目の奥の疲れ。口角の微妙な緊張。
琴音?あんたほんま笑ってへん時も笑ってるやろう?
琴音の笑顔が凍りついた。
15:00
感じるままって言いながら実は一番感じてることから逃げてるんとちゃう?
その言葉が琴音の胸に深く突き刺さった。
うちはそんなつもりじゃ。
知ってるよ。
眉間は優しく言った。
でもな、無意識の逃げが一番厄介なんや。
千春と志音はいつもと違う琴音の表情に驚いていた。
ふわふわの仮面の下にこんな顔があったなんて。
実はな、うち周りの期待にこだえるんが癖になってて。
期待?
琴音ちゃんは癒やし系とか天然で可愛いとか最初は嬉しかったけど、
そのまにかそれを演じるようになってしまって。
舞美は黙って聞いていた。
ほんまはもっとしっかりしたいし、真剣に何かに取り組みたい。
でもそんな自分を見せたらみんな離れていくんちゃうかとって。
それで感じるままを言い訳にしてるんやな。
琴音はうなずいた。涙が頬をつたった。
ごめんなさい。宿題ほんまはやろうと思ったんです。
でも何かを作るって自分をさらけ出すことやないですか。
それが怖くて。
舞美は琴音の手を取った。
琴音、泣いてええんよ。それも感じるっていうことやから。
その言葉で琴音の涙が咳を切ったようにあふれだした。
今まで我慢していた分まで全部。
千春がそっとティッシュを差し出し、
千音も琴音の背中をさすった。
しばらく泣いた後、琴音は顔を上げた。
泣き晴らした顔はいつものかわいい笑顔と違っとった。
せやけどそこには確かな本物があった。
すっきりした?
うん、なんか久しぶりに本気で泣いたわ。
うん、それが本物感じるままやで。
舞美は新しいキャンバスを取り出した。
そして琴音に筆を渡す。
今の気持ちを色にしてみて。
うまく描こうとせんでええよ。ただ感じたままにな。
琴音は筆を握った。
そして迷いなく色を置いていった。
最初は暗い青、それが次第に紫になり、ピンクが混じり、
最後には温かいオレンジが広がった。形はない。
でもそこには琴音の感情の流れが確かに表現されとった。
18:00
うん、これが琴音の本物の色やな。
ふわふわの虹色やなくて深みのあるグラデーション。
琴音は自分の描いた絵を見つめた。
初めて自分の内面を形にした気がした。
宿題今やっちゃったな。
琴音が小さく笑った。
今度は作り笑顔やな。本物の笑顔やった。
でもな、これは始まりやで。
来週までの宿題、琴音は1日1回本音を誰かに伝えてみて。
小さなことでいいよ。疲れたとか、それは嫌やとか。
えー、それめっちゃ難しいわ。
やろうな。だって今までずっと封印してきたんやから。
セッションの後半、まゆみは感情のフタについて話した。
人間はな、生きていく中でいろんなフタをするんよ。
特に、ええ人でおろうとする人ほどな。
まゆみは瓶を取り出した。中には色とりどりの液体が層になっている。
これが感情や。でもな、フタをしていると…
瓶を振ると層が混じり合い、濁った色になった。
全部がぐっちゃぐちゃになって、何を感じているのかわからんのよ。
じゃあどうすれば?
フタを開けることや。
ずつ丁寧に。
感情はな、感じ切れば流れていくもんや。
でもフタするとよどんでしもて、いつか爆発するんや。
琴音は深くうなぞいた。
今日の涙も、溜まっていたもんが流れ出たんかもしれん。
あのね、私も琴音さんの気持ち、少しわかります。
期待に応えようとして、自分を見失うこと。
私も完璧を求めるのも、結局は他人の目を気にしてるからやと思う。
3人は顔を見合わせた。表情は違えど、みんな同じような檻にとらわれとったんや。
でもな、あんたらもう変わり始めてる。自分の檻に気づいたんやから。
帰り道、琴音はいつもと違う気分やった。
軽いような、重いような、でも確かに本物の感覚やった。
琴音さん、今日の絵、めっちゃ心に響きました。
ほんま?
うん。言葉じゃない分、ダイレクトに伝わってきたわ。
私も琴音さんの本当の顔が見れて嬉しかった。こっちの方がずっと素敵です。
21:03
琴音は二人を見た。離れていくどころか、より近くなった気がした。
ありがとう。本音を言うのって怖いけど、大切なんやね。
3人は夕焼けの中を歩いた。それぞれが自分の殻を破り始めている。
痛みも伴うけれど、その先にある自由を信じて。
琴音は決意した。明日から一日一回本音を言う。
それは小さな革命かもしれん。
せやけどその積み重ねが、ほんまの自分へと続く道なんかもしれん。
感じたままに生きる。
それはにぎやなくて、ものすごく勇気のいることやった。
琴音は今日、この第一歩を踏み出した。
涙とともに、ほんまの自分の色を見つけながら。
みなさんありがとうございました。
最後どうでしたか?ここまで読んでみて。
最後、普通に感動しながら読んだんやけど、私。
途中、私、まゆみんのとこ読んだね。
あ、僕も読んでると思って。
一個だけあったね。
ごめん。
でも、とりあえず話は通じるからいいやと思って。
あーっと思ってごめんなさい。
でもどうでしたか?楽しかったですね。
でもこれ録音してる。このまま今。
録音してるの?これ。
でもなんかさ、やっぱり丁寧に違う人の声で聞くと、なんか響くよね。
うん。分かる。
だからよかった。そして、琴音さんが上手すぎる。
すごい。ほんとに。
エネルギーなオサドラとしか思えなくて。
オサドラやわ。
オサドラやと思って。
ダメやね。
でもちょっと、もっと関西弁勉強しなきゃいけないと思いましたね。
めっちゃ変でーよ。
なんか違う気がすると思いながら。
変でーよ。
めちゃくちゃ楽しかった。
味になってる。味。
そうそう。
そうやね。そうやね。
今日はね、ということでね、第1章から第3章、第2章から第3章までね、この4人でお送りしました。
ご機嫌ありがとうございました。続きをね、また楽しみにね、していただいて。
続きはね、なんとメンズーでね、かんぼうさん、ちなさん、まっつん、ゆーたがやってくれることになってますので。
楽しみです。
今日皆さんありがとうございました。
ありがとうございました。
ありがとうございました。