試合の敗北とその整理
昨日も試合をしてきました。結果としては、ボロ負けという形です。 めちゃくちゃ相手が上手くて、本当に手も足も出ないという試合でした。
この時に改めて、どういうふうに整理をすればいいのかという点について、少し個人的な考えをお伝えしたいなと思っています。
「勝ち」を目的とすることの罠
まず、一つとして、結果についてどう考えるかというのは、あるというか、そこに意識を向けることは非常に多いのかなと思います。
やるからには勝ちたいというのは当然のことですので、勝つためにやるということを一つの目的にするのはすごく大事かなと思います。
この時に一つだけ落ちてしまうようなトラップ、罠があるとするならば、勝ちを目的にした場合というのは、最終的には世界で一番にならない限りは、
最終的な究極の勝ちに対する満足というのは、得られない恐れがあるということですね。
場合によっては、例えば市民大会で勝つとか県大会で勝つみたいな段階的な勝ちというのをゴールに設定するということもあるかもしれません。
それでもその目標というものがずっと同じであって、市民大会に勝ったら引退みたいなことにはならないと思うんですね。
そこを目指してやっていくと、途中でなぜ自分はそれをやっているのかというのがわからなくなってしまう瞬間が来るのかなと思っています。
「学びと成長」に焦点を当てる重要性
この考え方をもちろん否定するわけではないんですけれども、そうではなくて、もう少し違う観点、それは何かというと、自分自身の学びとか成長ですね。
ここを意識するというのが、個人的にはすごく重要なのではないかなと思っています。
さまざまな、特にスポーツの場面においては、やった量というのが基本的には成長に比例するということが言えるんですね。
なので、練習は裏切らないということですね。練習すればするほど自分が変わっていくというのを実感できると。
もちろんこれはスポーツの場合だけに留まらず、仕事においてもやればやるほど上達していくというのもあるかと思います。
ここで自分の成長とかっていうところに対して喜びを感じることができるようになると、それ自体が最終的に人生という観点で考えたときに、
後悔しない、満足するっていうこと、なんか頑張ってやってきたんだなっていうことが実感として感じられるのかなと思うんです。
過去を振り返る心地よい記憶
改めて、例えば10年前のことを振り返ったときに、10年前、あの試合勝ったからよかったっていうのもあるかもしれないんですけれども、
それよりもなんか頑張ってきたなっていうものの方が、たぶん自分の中では心地よい思い出、心地よい記憶になると思うんですね。
なのでその感覚を大事にして、未来の自分が今の自分を見たときに、これだけ頑張ってきたんだ、よかったなと思えるようなことを目指して、
日々コツコツとできることを積み重ねていくというのが大事なんじゃないのかなと思っています。