「ちょっとした行動」が、自分をつくってしまう
2026-05-12 04:45

「ちょっとした行動」が、自分をつくってしまう

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サマリー

このエピソードでは、スーパーでの「手前撮り」を例に、日常の些細な行動が知らず知らずのうちに自己中心的な考え方を強化し、自分自身を規定してしまう危険性について語られています。自分の行動を意識的に振り返り、改善しようとする姿勢が、自己成長と良好な人間関係の構築に繋がるというメッセージが伝えられています。

日常の些細な行動とその影響
今日は、ちょっとした行動によって、自分自身がもしかすると、少し自分中心な方向に行ってしまうかもしれないというお話をしたいなと思っています。
まず、最近スーパーとかに行くと、手前撮りをしましょうという表示を見かけることが増えたのではないかなと思います。
手前撮りの反対が何かというと、奥にあるものを撮る。奥にあるものの方がより新鮮だろうという背景から、奥の方のものを撮るという考え方が出てきたのかなと。
一昔前はなかったと思うんですね。ただ、この数年ぐらい急に出てきた、急にでもないんですけど、じわじわと広がってきた考え方なのかなと思っています。
ここで手前を撮る、奥を撮るというもの、ここに対しての是非というものというものではありません。
とはいえ、これは多分共感していただける人多いかなと思うんですけれども、ちょっとパッと見て、賞味期限がより後の方のものがあれば、ちょっとそこに手を出すとかっていうのは全然僕はいいかなと思っているんですね。
ただ、ものすごく奥の方まで手をバーっと突っ込んでガサガサってして、奥の方まで全部チェックして賞味期限が1日でも長いものを買うみたいな。
そういったことをやり始めると、その人自身のマインドっていうものが少しずつ自分中心に侵食されていってしまうと思うんです。
なので、得るものよりも失うものの方があまりにも大きいんじゃないのかなという気がするんですよね。
個人的な感覚だったら、やっぱり1日でも2日でも3日でもいいじゃんっていう感じはするし、賞味期限とか数日過ぎても全然問題ないものってめっちゃいっぱいあるじゃないですか。
結構何でもいいかなと思うんですよね、個人的にはね。
それをちょっと置いといて、そういった普段やっているちょっとした行動というものが気がつかない間に自分を規定してしまうということが結構往々にあるっていうこと。
行動改善への意識と正当化
これは改めて自分への自戒の意味も込めて注意をした方がいいのかなという気がしています。
誰かにとっては不快だけど自分にとっては快であるみたいなものっていうのは意外に多い気がするんですよね。
ちょっとしたこと、意識的なもの、無意識的なものとかあると思います。
食事のときのマナーとかですね、こういったもの。
こういったものを直していくっていうことを考えたときに、まずは意識するっていうことですよね。
意識することによって改善する余地が生まれる。
2点目は改善しようとするのかどうかっていうことだと思うんです。
食事のマナーとかに関しては、そのマナーを改善する方向に自分を持っていくのか持っていけないのかっていう話ですね。
このときに持っていけばどんどん変わっていくと思うんですよ。
ただ持っていかないっていうこと、自分を守るというか正当化するっていうこと。
それをした瞬間に自分は変わらないし、逆に自分の正しさを正当化を、自分が正しいっていうことを正当化してしまうので、
より自分自身を固くしてしまうというか頑固にしてしまうっていうことに繋がっていくのかなという気がしてるんです。
自己成長と人間関係の構築
ですので何が言いたかったのか、伝えたかったのかというと、
そういったちょっとした行動とそれを自分が認識しているのかどうか、
その2つをセットにしながら自分の行動をちょっとずつ振り返っていって、よい方向に持っていくということ。
この積み重ねこそが自分自身を変化させていって、それが周囲との良い関係性を築いていく大事なポイントなのではないのかなと考えています。
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