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先週のことだったんですが、カフェでコーヒーを飲んでいる時に、隣に座っている方がいて、パソコンの画面があったので、目に入ってきたんですね。
その画面には、よくある株価の推移が出ているチャートというんですか、四角形がずっと並んでいるような感じのものが映っていました。
映りながら、すごくいろんなことを考えているような雰囲気を出している方がいたんですね。
正直、パッと見では絡みづらいというか、ちょっと怖いなみたいな印象がある方だったんです。
その方に対して、ちょっとだけ躊躇はあったんですが、話しかけてみたんですね。
投資してるんですか?って話しあげたんです。
そしたら、その人はちょっと曲がったんですが、普通に話を返してくれて、投資やってるんですよって。
逆に、投資やってるんですか?みたいな感じで、逆に質問が来るみたいな。
そこで会話をいくつかして、ちょっと盛り上がったみたいなことがあったんですね。
ここで何が言いたいのかっていうと、結局その事前の判断、事前の意味付けという表現の方がいいかと思います。
勝手に我々は意味付けをして、評価をして、その評価に基づいて判断をする、行動をするということをやってしまうということですね。
今回の例だと、僕の場合は意味付けをしてしまってるなっていうことに気が付いたから、
その意味付けを外して話しかけるっていうことをしたんですけど。
一般的には、この人なんかちょっと絡みづらいなみたいな、思った人に絡まないですよね。絡みにいかないと思うんですよ。
これ何でかっていうと、意味付けをしてるからなんですよね。
その意味付けの基準っていうのは、人によって違いと判別、違う部分があります。
でなると、この意味付けというものがその人の人生の中で付き合っていく人であったり、
行動する範囲というものを規定していってしまうということになると思うんですね。
であるとするならば、私たちはこの意味付けというものを意図的に少し外してみるということをしてもいいんじゃないのかなと思うわけです。
意味付けを外すっていうことは、ある意味恐怖なんですね。
で何で恐怖なのかっていうと、意味付けを外すと未知、分かんないものになるからです。
例えば蛇を見たときに、これは蛇だ怖い近寄っちゃダメだという意味付けができれば安全なんですね。近づかなければいいから。
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ただそこによく分かんない物体だっていうふうに捉えると、その物体が自分を攻撃してくるかも安全なものなのかも分かんないですよね。
だから怖いんです。不安定になるんですね。
ただその不安定さっていうもの、これを今の時代においてはそこまで不安定が人生の分岐になるっていうことはないと思うので、
あえて受け入れていくっていうことも結構大事なんじゃないかなと思うわけです。
なので自分の意味付けですね。これをしっかりと時には意識をした上で、その意味付けを外してフラットに動いてみる。
これも意識してみるといいんじゃないのかなと思っています。