お電話を通じた楽しいおしゃべり

どうもどうも、みちさん。
どうも、鹿島さん。
いやー、もうご機嫌でございますよ。

この時間がまた来ちゃいましたね。

嬉しいです。
この時間のために
生きていると言っても過言ではありません。

ちょっと、まあ過言かもしれませんけども。
過言かな?
遠距離でね、こうやって
お電話を通じて、
お電話って言うんですかね、テレビ電話を通じて
いやー、本当に技術革新ですよ。
いやー、そう。
ほとんどタイムラグありませんもんね。
昔の人が見たら
これマジックかなと思うでしょうね。

いやー、進化してるなー。

我々人類
進化しちゃいましたね。
鹿島さん、
コンビ時代の思い出とタイタンライブ

先週ぶりですけども、
お忙しかったんじゃないですか?

あのー、いろいろ楽しかったですね。

なんか、

先週ほら、みちさんとの話で
はい。
僕は視聴者芸人じゃないかっていう。
普通にテレビとか
ずっと見てて
そうですね。
芸能ごと大好きで、もちろん自分でもやってるんだけど
はい。
なんか活動がいろいろ、映画とかね
配信とか
YouTubeとか執筆とか
多岐にわたるので
別に芸能界のど真ん中にいるわけじゃないんで
はいはいはい。
ずっとそのど真ん中にいる人たちを見て楽しむっていう。
でも最近たまーにそこに
呼ばれて

そうですね。

なんでここにいるんだろうっていう
不思議な気持ちになるっていう。
ある意味僕は視聴者を代表して

いってるんだろうなっていう。
お茶の間のテレビっておかしいですかね。
テレビのブラウン管っていうのを

表現もおかしいですね。

ちょっと探検しに行くっていうね。
そうですね。実際は岡島さんからすれば
見ていたはずがその場に
目の前にいるみたいなことですよね。

で、見ていた後も帰ってきて

次の日から普通にその番組を見ていますから。
なんかね、ベタに聞いたり。

不思議な立場で嬉しいなーって思うんですよね。
はいはいはい。
で、これが例えばタレント仕事しかしてなければ
もちろん
そのテレビラジオに出るっていうのは
もう

絶対こなさなくちゃいけないんですけど

そこまで僕今
ありがたいことにガツガツしなくてもいい
興味の対象は多岐に分かるので

そうですね。

だから一方で逆に呼ばれたら
あ、じゃあお邪魔しますっていう中
今までにない
なんかこう
余裕というか楽しみというか

そうですよね。
でニュース3
そうですよ。ニュース3もありました。
見ました。

僕的にやっぱり嬉しかったのはこの間ね
日曜日
爆笑問題さんのラジオに出させてもらって

ラジオ関西でもあれ
ネットしてましてですね。
聞かせていただきました。
爆笑問題の日曜

日曜3で

聞きました。

40分くらい時間があって
毎週
その時間にゲストをお招きして
喋るっていう
まさか僕にお鉢が回ってくるとは思わなくて

いやー面白かったですね。
いろいろ
今までかしまさん
爆笑問題さんとテレビで
何度か

そうですね。
三蛇歩で2回くらい
でももう5年6年前ですよ。

そうですよね。

若手時代には
コンビをやっていて
若手コーナーで
ネタ見せというかオーディションなんですけど
それに奇跡の合格をして
出させていただいた
っていうのは2回くらい

2回くらい
だからかしまさんも
少しどこかで書かれたと思うんですけど
太田さんが
爆笑問題の
ものすごく
かしまさんなり昔コンビ組んでたやつで
俺のバカの時代のことを
つぼさに
おしゃべりいただいてましたよね。

いやーまさかね
覚えていただいてるとは
思ってなかったですよ。

いやーすごい

コンビ時代タイタンライブに出たって
せいぜい2003年とか
2004年、もう20年前の話ですよ。
これもう自慢っぽくなっちゃうんですけど
タイタンライブって当時からやっぱり人気があって
人気で
いわゆる若手コーナーっていうのは
オーディションがもう殺到してたんですよ。
それこそ当時オンバートとか
出てる人も
普通に受けて
落ちてるぐらいだよって

話には聞いてたんです。

なかなか
だって
新運地看板が爆笑さんなんだから
別に粘馬流
あろうがなかろうが
とにかくネタ見せオーディションの場で
受けた人を合格させる
そういうシステムだよっていうのは当時から聞いたんですよ。
で、僕
のコンビが
結構いろいろライブシーンで
出していただくことになったんで
腕試しとしてチャレンジしたら
っていろんな芸人から

言われたんですよ。

もう落ちる前提で
だってあれ何十組も来てましたからね。
で、枠が
一か三つだから
落ちて当たり前なんですよ。
で、ダメ元で
超無名の僕らが行ったら
奇跡が起きて
ネタ見せ会場で笑いが起きたんです。
ミスさんにご説明すると
いわゆる芸人が
ネタを見せる
ネタ見せオーディションっていうのは
基本笑いは起きないんですよ。
なるほど。
密集の会議室で
そのプロデューサーとか
偉い人が
頼んでお願いしますって
淡々と見て
どうもありがとうございますみたいな。
大体のライブによっては
オーディションを受ける他の芸人も
後ろで体育座で見てるんですよ。

なるほど。そのままいるんですね。

自分たちの番が終わっても。
だから当然
壮絶な空気なんですよ。
絶対笑ってたまるかみたいな感じで。

本当に。
そこで変な品定めというか
見られていいやつが
いいネタが
これはいいなっていうところで
その場で決められるんですね。

それがお笑いのオーディションなんですよ。
でもそうだと思います。
ぐっちゃブラザーさんのライブでも
だいぶお世話になりましたけど

でもそういう感じなんです。

それがお笑いが。
そこで行ったら

思わず受けちゃったんですね。

それでやっぱり
タイタンライブ出していただいて

いやーすごかったじゃないですか。

びっくりするのが若手コーナーの中でも
僕ら正直キャラはあったので
やっぱりインパクトは残して
そのライブのエンディングトークとかでも
僕ほら当時
調教師キャラで無知を持ってたじゃないですか。
そうなんですよ。

ご存知じゃない方に
ちょっとご説明がなかなか
そうなんですよ。
実際僕も
ラジオ聞かせていただいて
太田さんが
俺のバカの鹿島さんが
決め台詞と言うんですかね。
ツッコミ。

理不尽にね。
隣でボケキャラがボケを言うと
ツッコムんじゃなくて
その無知を地面に
叩きつけて

面白いって言うんですよね。

調教師が
動物を褒めるような感じで
その繰り返しなんですよ、単純芸なんですよ。

それね、太田さんやってませんでした?

現場で。
やってましたよね。
このライブのエンディングで
お前らいいな、そのネタくれよ
みたいなリップサービスですけど
僕らからすれば
初めて行った
よくわからない若手芸人のネタを
そこまでハマってくれて
すげー嬉しいつって
もうそれだけで
その日

無頂点

今もすごいんですけど
タイタンライブって当時から
やっぱり
爆笑さんたちテレビで
お仕事されてるから
いろんなテレビ局の方が見に来てて
そこで受けると
当然インパクトがあるので
びっくりしたのは
タイタンライブ初めて出て
ギャラの話題とプロデューサーの目

ネタやっただけで
10月だったんですけど
2ヶ月後の大晦日の
新人ライブ番組の
オファーが来たんですよ

すごいですね、やっぱり力が
あるんですね
びっくりしましたね
20年越しですか
その時代
もうパチンって音が
ラジオでも聞こえましたよ
太田さんが多分やられたと思うんですけど

実はその後ね
解散してピンになって
サンジャポにも
10数年後出てるんですけど
その時は
俺のバカの超教師役の
僕と
別人だったって思ってた

そうなの
ちょびひげが当時はつけてる
確かに僕も
何度かご一緒させて

見せていただいたことがある

ミスさん実は見てますよね
見てます
ちょうど出会った頃
もちろん

小野宗さんとかと経緯して
6年7年8年ぐらい

僕そのTシャツラブサミット
ハードカチョコレート主催の
あれも普通に
友達として遊びに行って
お手伝いボランティアでしてたんです
その時に初めて
鹿島さんステージ
司会業ではなくて
俺のバカとしてステージに出られて

最初はネタのコンビの
そうなんです

一つのグループとして
実はそこで
部屋裏とか後ろでご挨拶とか
してたんだろうな

コアチョコTシャツデスマッチ
ラブサミが
サバイバーシリーズが本当にすごくて
これは受けた芸人は
お客さんのおひねりを
もらえる

それがギャラになる

受けた芸人にとっては
天国だし
滑った芸人はこんな恥ずかしいことはない
それが本当に

実力派手で

テストの結果みたいに
貼り出されるし

何万円獲得とか

やっぱり
プロデューサーの宇宙さんの目って
本当に間違いなくて
僕が出てた頃も
超新宿とか
ザコシさん

ザコシさんはレギュラーで
出てましたよね
普通に出てましたもんね

西木ゴイさんとか
解散して司会やるようになってからも
本当に未知の競合
西木ゴイとかを普通に

通りにしてましたもんね

そうですもんね
むねさんのプロデューサー
センス

視線ってすごいんですよ
今はちょっと
聞いたことないです
ちゃんとお笑いのライブも好きで

行ってましたよね

エンターの神様とスタッフと同じですからね
そうそう
スカウトでしょ
一人で行くのかな
一緒には行ったことないですけど
ライブ会場に
チェックしないと
アンテナが
ちっちゃくなるから

たまにむねさん本人にも言うんだけど
お笑いサバイバーシリーズ
おひねりマッチね
あの歴史をもう一回書き起こした
おさらいするなり
データありますからね

僕写真7回かな
あるでしょ

写真全部撮ってますので
米つぶしゃきょも出てるし

そうずっと強かったですね

ほとんど大通りで出てきて
半島お笑い会の地下ライブ
インディーズライブかもしれないけど
そうですね
かなり王道ですよね

うん
鹿島さんの過去と夢について

ラジオ今回聞かせていただいて
もちろん楽しいおしゃべり
今の鹿島さんの話とか
親父ジャーナルの話とか
芸人式新聞の読み方

本も読んでくださってて

完全に読んでくださってて
ちゃんと順を追って
鹿島さんのことを話しながら
だけどやっぱり
タイタンライブの話とか
最後に鹿島さんが
太田さんにお伝えした
ライブ見に行った

ファンの時ね

19歳ぐらい
僕から見るとラブサミとか
大阪の
元々僕出身高槻と大阪なので
東京に出て
宗さんとか鹿島さんと知り合って
初めて東京の笑い
ライブシーン
そういうのを知れて
それがねまじまじと
よみがえ聞きながら
こういうのってちょっと
大阪にいるとちょっと伝わんねえな

みたいなのを
今だと本当に笑い話になるんですけど
本当俺のバカで
売れようと思ってましたからね

普通にちょっと
売れてたというかね
テレビも出られてましたよね

正直バカキャラだったから相方が
僕はその東京主役だったから
キャラはあったんですよ

キャラは

正直短いネタ得意だったんですよ
解散直後に
お笑いレッドカーペット
っていう番組始まって
俺は本当に悔しかったですね
この一本ネタだったら
俺ら絶対
インパクト残せるのに

そうですよね
違う道の鹿島さんが

いたかもしれませんね
その1年前2年前は富士テレビで
東流門とか
インパクトっていう
他手芸人を招いてサマンさんとか
司会の番組もあったわけです
そこでちょいちょい呼ばれたから
もし続けていてパイプがあれば
はい
レッドカーペットにも出れたんじゃないかな

ってずっと思ってたんですね
パイロットになりたい夢

ああいう短いネタだから
僕らだからそういう
5分とか10分とか王道のネタ
やっぱりM1にも出ましたけど
そういうのになるとどうしても3回戦止まり
なんですよね
だけどそういう言ってみれば
色物的な
ものだったら強いな
っていう自負あったので
相方のおかげでね
でもこれミスさんご存知の通り
相方が単独ライブを
成功させた後に
次の日
明るく電話がかかってきて
橋本さん昨日はお疲れ様でした

って

僕は
夢が3つありまして
お笑い芸人
プロレスラー
パイロット
でプロレスラーとお笑い芸人は
夢が叶ったので
今度パイロットに挑戦したいんで
辞めますって言って
嘘だろうと思ったんですよ
これ細かく突っ込むと
お笑い芸人
プロレスラーの夢も
実現はしてないわけですよ

そうですね
プロレスは確か
アニマルひまくじ
もともと

アマレスが強いやつで
ずっとお笑い入ってから
休んでたんですけど
今アメトークで何々芸人ってありますけど
そういう
発想がなかった時に
先輩の松本キックさんの
アドバイスで
お前せっかくアマレス強いんだから
もう一回アマレスを
通い直して
アニマルひまくじジムにも通ってた
っていう過去があったんですよ
もう一回
通い始めて
頑張ったらどうやと
プロレスラーになれなくても
それをやってるっていうのは絶対

お笑いのトークにもなるから

もう一回アマレスとか
アニマルひまくじジム行けよって
そうしたら相方が
そうですかそれでいいんですか
って結局
濱口京子さんとか
お友達になったりして
本当にアマレスは
強いんで
将来的に
また大会にも
出始めたんで
ただ彼が迂闊だったのが
その時点で
プロレスラーとしての夢が叶ったと

思っちゃったわけです
それがスポットライト浴び始めて

お笑いはお笑いで
単独ライブとか
深夜番組に出れるようになったから
もう売れたと勘違いしてるんですよね
そうですか
一つも売れてないんですけど
だからその上で
その二つは夢は叶ったので
次パイロットにチャレンジしたいですって

びっくりしましたよね
そうなんですよ

本当やっぱ馬鹿ゲラなんだなと思いました
でこれは
本当にミスさんならではの
お話なんですけどミスさんが当時航空会社で
キープしていたので

僕は一番最初

ミスさんのところに連れて行ったんですよね
で今お前が
この何も
知識も
勉強もできない中で馬鹿キャラで
パイロットになるっていう夢が
いかに難しいか
ミスさんの話を
聞いてくれと
ミスさんも淡々と
いや今なかなかパイロットには

なれないんですよねとか
悟ってくれたんですよね

そうなんですよ
でも最終的に分かりました
じゃあパイロットにはなれなくても
お笑い芸人としての夢叶わず

あの
日本ではダメだったとしても
アメリカに行けば
ヘリコプターかなんかの大型免許が
取れやすいみたいなことを言って

なるほどなんか調べたんですね

最悪それだけでもいいので
アメリカに行って取りたいので
でそのためにあの
お笑いとアルバイトの両立だったら
なかなかお金が貯まらないので
お笑いをやめてアルバイトに
まず専念させてくれますか
っていうので
そこまでねすがすがしく言われるんだったら
僕もなんか止めらんないな
と思って
キツネにつままれた感じで
分かったって言って
明るく去ってったんです
でこれ何のネタとか
持ってる部分ないですからね
僕は今でもあれ何だったんだろう

と思ってます
それこそ単独ライブの時って
たぶんねどこかの月の
なんかネイキッドロフト

単独ライブっていうか自分たちだけで
ライブですよね
ネイキッドロフトで
僕らにとってはもう100人くらい来てくれるんだ
っていうありがたい時だった

それでそれが

その次の日っていうね
びっくりしました明るく電話かかってきたから
衝撃でしたよね
だからそれもあって
一人ぼっちになっちゃったので
当時もう37,8でしたから
みんな辞めると思われたかもしれないけど
僕は辞めるつもりなくてさあどうしようかな
って時にミスさんとか
ムネさんがね
イベントの司会とか
別に芸人以外でも
プラスワンのライブ見てもらえば分かりますけど
面白い人たくさんいるんで
別に鹿島さん
いろいろやってけばいいんじゃないですか
って言って僕気が楽になったんですよね

そうですよね

今に至るまでですよ
本当にだから僕はね
お二人コアチョコは恩人ですよ

いやいやそんなもう

メッソもないですけど
でもその話がまた太田さんの口から出てくるのは懐かしかったですね

いやそうなんだからね
改めてね
僕前の長野放送の動画見たら
今ねFODで見れると思うんですけど
あれもやっぱ骨太のやつの話とか
鹿島さんのやっぱこう
ちょっと今だとね
話が出てこないような話とかが
たくさんあってしかも今回
生の生のというかね
太田さんと完全にスイングしてましたよね

だから僕もね
いろいろ当然シミュレーションはしてたんですよ
爆笑問題さんの
ラジオ招いていただいて
そもそも
自分はどういう人間かとか
じゃあこの新チームどんどんって
映画って言うけど何がどうあって
どういう経緯で作ったのかとか
まず1からご説明するっていう
それを主に
想定していったんですよ
そしたらそれどころか
僕のことを結構チェックしてくださって
映画もご覧になっていただいて
過去の書籍とかも
チェックしていただいて
ほんとありがたかったですね
いやすごかったですね
横綱が胸を貸してくれた感じがありますね

いやいやいや楽しそうで仕方がなかった
僕そんなラジオ
しょっちゅう聞いてるわけじゃないですけど
鹿島さんのことこんだけ
わかって
突っ込みというか聞きたいくて仕方がないみたいな
逆にファンみたいな感じ
いや嬉しかったです
面白い流れだったなと思って
ラジコでまだ

なんか珍しい
やっぱいろんな人に聞くんですよ
太田さんが芸人を招いて
ああいうモードってなかなかないですよ

いや嬉しい
もちろんラジオ音だけですけど
ほんとに
こっぱつかしそうで笑いながら
話してるのが絵が浮かぶように

もう犬同士の出会いで言ったら
もうベロンベロン舐められてる感じが

そうですねもうDNA交換されてるんじゃないか
ってことで

びっくりするほどベロンベロン舐められてる
そう

そういう感じなんだみたいな
楽しみにしてましたぐらい

いやなんか噛まれるかと思ったらさ

そうですよ
なんか全然興味なくて

もちろん普通になんか
すごく来たみたいな感じだったから

ありがとかったですね
いやすごかったですよね
でねかしまさんもしかしたら
覚えてらっしゃるかもしれない
改めて確認も含めてですね
実はですね
俺のバカの話で
昔そのコアチョコTシャツデスマッチ
僕もまだ東京時代で
今もねかしまさんたまに
遊びに来られたり
誓いをやっていただいてた時代が
ありますよね
その時にかしまさんがね
お休みした回があったんですよ

いつだか忘れたんですけど
いろいろ仕事がかぶっちゃう時もあって

そうなんですよそれで
実はですね
その時に
僕ね
俺のバカの
かしまさんがいないから
名前ちょっと伏せますけど
でかかしまっていう役の人が出て
それの相方として
俺バカおくみやっていうので

おくみは本名なんですけど
思い出した

写真で見た

あの衣装でしょ

そうなんです

今もねまだ

まだね

リストバンドもあるんだ

そうリストバンドもありますし

嬉しいな

そう相方の

衣装
ローマ時代の兵士みたいな

衣装があって
ローマ時代ここねちょっと皮っぽい感じの
これをね
ずっと私そのから
着させていただいてから
ローマ時代の力持ちみたいな衣装ですか
そうなんですそれもずっと実は
うわー
何回か引っ越しは重ねてるんですけど
そういえばミスさん着てたわ
そうなんですそれでそのままね私持ってるんですよ

うわー

いつかいるんじゃないかなと思って
一応探してなかったってなったら困るので
はい
一応お伝えしておきたいと思って

いつかそれお前で
着ましょうかミスさん
イノキとテレビ論

もしくはずっとだったらあれだけど

お召し替えコーナー

お召し替えコーナーで一瞬

なんか一回
見てみたいって人もいると思うんですよね
まだ俺の馬鹿知らない
っていう人もいるかもしれませんので

例えば
じゃあこれ遠距離おじさんで
僕とミスさんも今ずっと遠距離で話してるじゃないですか
これが例えばねもう年に
たらばたじゃないけど
直で会えるイベントをやって
お客さんをお招きして
でそういう衣装も
見せるみたいなそういうのもいつかの夢として

そうですね
これ写真とかあげませんけどね

いやこれが一年後なのか二年後なのか

わかんないけど

そういう直でお話する回も

そうやりたいですね近距離おじさんをね

そうですそうです

近距離

普通の居酒屋だけどね
あのおじさんたちが

たぶんしてる感じでね
公開収録であんまり変わり映えもしないっていうね
やりたいですね
やってみたいなと思って

それをねずっと伝え漏れがある
あの写真覚えてますよ
ミスさんあの衣装そのまま
持ってね

作っていただいて
それでもずっと私

大阪まで
だって当時あんな衣装着てる若手芸人がいないでしょ
いなかったっす
だからやっぱりキャラはあったんですよ

彼のね

そうなんですよ
だからね
あれ続けたらどうなるかなと思いきや
でもそれはよく最近ほら
もう一つの世界線とか

はいはいありがちです

よくありますね
よくそれ考えるんですけど
まあまあでもそうは言っても今が一番の正解なのかな

と思います

何がしね

なんだかんだ言って
まあまあキャラっていうよりはね
今の鹿島さんってもう血に足ついてて

まあなんか好きなことをやる
時事ネタとか好きなことやるっていう
当時はやっぱりね
時事ネタっぽいこともやってたんだけど
でもやっぱりバカキャラっていう相方のキャラが
やっぱりまず
偉大だったから
それに合わせたネタを作ってたんですよね
はいはいはい
テーマ喫茶店とかコンビニとか

まあ普遍的なテーマですよね

そうですよね
だから僕はやりつつ
なんか
100パーは発揮できてないなっていう
ジレンマあったんですけど
まあでもそれはそれでコンビだからね
どっちかが何かを曲げないといけないから
合わせないといけないから

まあ楽しかったんですけど

だから今は本当好きなことをやらせてもらってますよね
うーん

なんかあの当時テレビとか
テレビとかね多分深夜帯のやつとかで
ゲストで
スポットで出られてなんかこう
開いて扉がパッと閉まるみたいなんで
ありましたありました
それそれそれ
そうそうそれとか思い出しながら
いい回だなと思いながら

あれが東流門かな

富士テレビ

いろんなやっぱりすごい人出てましたよ

当時ね
今年は本当に鹿島さんの振り返る
いろいろ面白い仕事も
順調だと思うんですけども
いよいよあれですかね
告知も少しされてましたけど

あの今年また
本を出すんですけど
はい
強要本の発売告知

いのきさんについての本
アントニー・いのき
タイトル今までずっと
もうね
潜水艦のように直前まで
秘密にしてたんですけど
今日この収録してる時に
直前に双葉車に行って
書き立ての本をもらったんですけど

わーすごい私画面でちょっと見てるんですけど

はいみっさんにお送りしますタイトルが
ありがとうございます
強要としてのアントニー・いのき
強要本とプロレスの面白さ

大きく振りかぶったでしょ
わーいいですね

いのきが大好きだった
でもいのきのことはわからなかった

っていう

いいですね
最初に言っちゃうと
強要としてのアントニー・いのき
ってなんで大きく振りかぶりすぎだよって
多分お叱りも
くると思うんですけど
でもこれは
最近の
強要としての○○っていう
強要本ブームって

多すぎませんかっていう
確かにどれが一番始めるか
僕も知らないんですがなんかあるんでしょうね

ねえそれさえ読めば
一丁上がりみたいな
最近
コスパとかタイパとかいう言葉ありますけど

ありますね

強要ってそんな簡単に

摂取できるものなのっていう

僕のささやかな抵抗の
本なんです
もちろん僕も強要としてのプロレスって出してるんですけど
あれはあれで別に
これを読めばプロレスがわかりますよ
っていうんじゃなくて
なんかこう長い時間見たけど結局
わからないでもそれが面白い
っていう意味の強要っていう意味で出したんで
ただ今出てる
強要本ってそれとは別で
本当にこれ読めば
このジャンルはこの一冊お任せみたいな

そういう

ハウトゥー本じゃないですか

多いですね

それやっぱりちょっといかんなと思うんですよ

いかんとしがたいと

強要ってやっぱり
わかんなかったり
悩んだりもがき苦しんだり
ずっと無駄な時間を
過ごして
でもなんかわかりかけるっていうのは

強要だと僕は思うので

僕もそう思いますね
この強要としてのアントニオイノキも
イノキのことを語ってるんだけど結局イノキって
わからないよねっていう面白さについて

ほぼ語ってます

ある種テレビ論
メディア論でもあるので
プロレスとかイノキに興味がない人でも
面白く読めるようになってますんで

これは楽しみ
もうあれですかもうすぐ

10月18日ですから
今日これ
木曜日ですから約1週間後に

発売で
これは書店に走るかamazonに走るか

これはね
自信あります
強要としてのアントニオイノキ

いやーまた忙しくなっちゃいそうですね

これ鹿島さん
これも今風で強要としてのアントニオイノキ
お前に何がわかるんだって
見てない人ほど
そういう

ありそうじゃないですか

でも読んだ人は
強要としてのアントニオイノキってこういう意味なのねって
読んだ人こそわかるっていう
そういうの実は
じれったいけど
そういうちゃんと読んだ人は
わかるよっていう仕掛けもしてるので
あーいいですね
ある意味これ似てらしいが問われると思います

じゃあもしかしたらサイン会とかも
あったり

今日もだから双葉車で
150冊サイン本入れてきました

あーいいです楽しいこれからも
遠慮行事さんもやりながらですね

これもし誰か
書店の方が聞いたら
呼ばれればすぐ行きます

しかも
また新千武土門堂もね
行かれたりとかも決まってみたり

だから別に大掛かりな
サイン会とか開かなくても
ちょっとこの有楽町なら
有楽町にこういう本屋があるんだけど
来てサイン本5冊10冊入れてくんない?
とかだったらすぐに来ますよ

ぜひ

そういうフットワークの軽さっていうのもイノキイズムなんで

お便りもなかなかね
溜まってるんで紹介
お便り会見したいですね
どっかでしなきゃと思いながらちょっとまとまってないんですけども
ぜひお便りください
わかりました

プシカシマさん呼びたい
とにかくイノキさんは誤解されてなんぼだし
誤解されてから
そうじゃねえんだこの野郎っていうエネルギーがすごかったから
僕はそのまんまイノキさんの
をこの本で
売っていく
モチベーションにしたいな

うんうん

いやーこれ楽しみですよ
だから来週はもう発売週なので
そうなんですよ

またお祭りになると思います
続編と言いますかお話聞けたらなと思いますので

よろしくお願いします

お便り会もまたやりましょう
年末スペシャル
お酒でも飲みながら
ありがとうございました