オープニングとプロフィール画像の話
どうも、えいしょうです。 今日はですね、大学生の頃にハマったボカロ曲パート2をやっていきたいと思います。
その前に、 どうですか?私のプロフィール画像が変わりました。
友人に書いていただきました。 あの
私ですかね、これ。 どうなんでしょう。
というコメントをいただきます。私個人は面影あるなぁと思っているんですけれども、
詐欺だという人もいますね。ちょっと困りますね。 ぜひ、YouTubeの神社仏閣オンラインでは私の顔が出てますので
似てんなーとか似てないなーとか、もしご感想があればぜひですね、 コメント欄にお寄せいただければと思いますが
「メランコリック」の紹介と第一印象
今回はですね、ジャンキーさんのメランコリックについて語りたいと思います。
ジャンキーさん好きなんですよねー。 いやー、大学の頃何回リピートしたかわからない曲の一つですね。
メランコリック。 あとジャンキーさんで言えば夕花火という曲もすごい好きでした。
またもしかしたらどっかで紹介するかもです。 では、今日はそんなメランコリックについて
あの、ボカロですのでネタバレなどはございませんので、お気軽に聞いていただければと思いますが、
仏教とこのメランコリック、どんなことを考えていくのかというので、ちょっと歌詞からですね、
いろいろと仏教的なところを引っ張ってきてお話したいなと思っております。 まずですね、このメランコリックという曲に関しましては、もう本当に
とにかく楽しくなると言いますか、明るくなる曲だな。 可愛い恋愛ソングだなという印象ですね。
歌っている凛ちゃんに関しても、やっぱりキャラクター的にもかなり可愛い感じのキャラクターですし、
本当に等身大の恋愛みたいな、なんかそんなイメージの曲だなぁと言いながらですね、
私そんなに恋愛してなかったのでですね、あの人のことを言えるのかというお話ではございますが、
歌詞から見る「心のぐちゃぐちゃ」と煩悩
そんな可愛い恋愛ソングですね。 メランコリックという曲に関しましては、ツンデレな女の子の片思いを描いた楽曲と言っていいのではないかなと思っています。
好きなのに素直になれないような、歌詞でもですね、全然つかめない君のこと。 ちょっとぐらいの勇気になってちっちゃくなってといった、なんかもどかしい感じがですね、ずっと続くんですね。
つまり、とどのつまりこの曲って恋愛の中での心ぐちゃぐちゃですという状態を書いているんだろうと考えております。
そんな中でですね、仏教的に言うと、じゃあこの心ぐちゃぐちゃですというのはどんな状態かというと、本当に悩みまくりですよね。
煩悩の塊の状態になっていると。 そんな言い方をしたらですね、恋愛を何だと思っているんだと言われるかもしれませんが、
まあ悩みではあると思うんです。 なんで一応煩悩の曲と言っても過言ではないかなと思ってるんですけれども、
いい意味で言ってますよ、好きな曲なので。 煩悩イコールマイナスではないですからね。
よく煩悩束縛題ってこのラジオでもテーマで話してます。 煩悩イコールダメってわけじゃないんですよ。
あくまでその悩みとどう付き合うか。 この例えばですね、好きなのに言えないとか、
相手にどう思われるか気になるとか、でも近づきたいなとか。 こんな感じの思いがですね、ぐちゃぐちゃとなっている状態なのかなと思います。
本当に人間らしさと言いますか、そういったものが現れているような曲かなと。 この曲で一番大事になるかなと私が思っているのは、なんで素直になれないんだっけ?
というところですね。 それ言い出したらツンデレそのものじゃないかと思う人もいるかもしれませんが、この曲はちょっと違うと思うんですね、私。
それは何かと言いますと、自分自身を守りたいということ。 ここに直結するんじゃないかなと思っているんですね。
素直になれない理由と「自我への執着」
仏教的にはですね、自我への執着という言い方をよくします。 がというのは我と書いてがですね。
傷つきたくない。恥をかきたくない。 だから本音が言えないですと。
でもその結果本音を言えないともっと苦しくなるんですね。 なのでこの自我への執着というのはどんどんどんどん苦しさを助長させていくので良くないんですね。
だから本当は伝えた方がいいんです。 多分伝えた方が相手さんも嬉しいんです。多分。
りんちゃんに言われたら嬉しいんです。 でも怖いんですよね。
で、やっぱり改めてですね、恋愛って修行なんだなって感じますね。 こう捉えますと。
相手のことを考えるし、自分の感情とも向き合うし、これがまさにですね、 仏教って本当に自分の心とどう向き合うかみたいなところを修行だと捉えているわけですが、
もう本当にその通りですね、恋愛イコール修行なんだなと思うような、 それを思わせるような曲ですよね。
好きという感情に振り回されながら自分と向き合っていくという、 めちゃめちゃ大変な状態です。まさに修行です。
でですね、先ほどちょっとちらっと煩悩束縛大という言い方もしましたけれども、
もう本当にですね、完璧じゃなくていいというのがやはり大事な考え方かなとは思っているんですね。
完璧というのは要は煩悩がない状態なんですけど。 そんな状態じゃなくていいじゃないかと。
恋愛は修行?自分と向き合うことの尊さ
人間みんな煩悩ありきで生きているんですから。 なので、
素直じゃなくてもいいんですよ。 さっきから素直にどうすればなれるかならないと苦しいと言いましたけど、
素直じゃなくてもいいんです。 ぐちゃぐちゃのままでもいいし、そのままの自分でもいいんです。
メランコリックという言葉にもすごい現れているかなと思うんですけれども、 人間の未完成な状態っていうのを、ある意味でこの曲の中ではそういうものなんだと、
肯定しているような感じも見受けられるかなと。 ちょっと古いかもしれませんけど、テヘペロみたいな感じですよね。
ということで、こういうふうに解釈するとですね、 メランコリックって可愛い恋愛ソングに見えて、
実は煩悩と向き合う物語でした。 ということですね。
完璧でなくていい、未完成な自分を肯定する
そんな捉え方をするなという人もいるかもしれませんが、 仏教的に捉えるとそうなるんじゃないかと。
好きなのに素直になれないし、 それって苦しいけどすごく人間らしいですよね。
仏教的に言うならば、その苦しみすら尊いと。 まさにそういう思える推し曲でした。
ということでですね、今日は大学生の頃にハマった ボカロ曲のパート2としまして、
ジャンキーさんのメランコリックについて語らせていただきました。 このシリーズはですね、多分永遠に続けられます。
でも、永遠にこれだとちょっとあれかなと思うので、 アニメと交互にはしようと思うんですけれども、
ぶっちゃけ永遠に続けれると思っています。 それぐらいボカロを聴いていました。
ぜひですね、このシリーズまたお楽しみにいただければと思いますし、 ぜひいいなと思った方はですね、
推しをいただければと思いますので、 どうぞラジオの推しのボタン、フォローのボタンなどを押していただければありがたいなと思っている次第でございます。
では本日もお聴きいただきましてありがとうございました。 今日はジャンキーさんの曲についてお話をさせていただきました。
またぜひ次回もお楽しみに。 では本日は失礼いたします。