オープニングと番組紹介
こんにちは、えいしょうです。 今日もまた、僧侶がアニメとボカロで泣いた話を撮っていきたいと思います。
前回に引き続きとところですね。 やっぱりなんかこの話し方が一番、私自身心こもるなと思いまして、
ちょっとしばらくこれでいこうかなと思っております。 と言いつつ、アニメはいっぱいあるんですけどね。
ボーカロイドとなると、泣いたまで言っていいのか?みたいなところがあったりするので、 ちょっとボカロがもしかしたら泣いたではない形に変えるかもしれませんが、
アニメは山ほどありますので、 ちょこちょこ出していきたいと思っております。
私自身は神社仏閣オンラインという会社の代表をしてまして、 京都の浄土宗の大工事副住職をしております。
この番組は仏教とアニメとボカロの交差点から心の揺れる瞬間を語るような、 そんなポッドキャストにしていけたらと思っています。
アニメ『Re:ゼロから始める異世界生活』の感動シーン
では今回のですね、テーマとするアニメ。 これはリゼロから始める異世界生活というアニメにしたいと思っています。
ご存知の方、結構いらっしゃいますよね。 いわゆるリゼロと略される作品ですね。
ここからはネタバレが含まれるところになります。 ネタバレ嫌だという方はですね、ぜひボカロパートまで飛んでいっていただければと思っております。
本当にこの作品の中で感動するシーンって山ほどあるんですけれども、 今回ですね、リゼロの中でどのシーンを取り上げるかということなんですけれども、
スバルと父母の再会のシーンを取り上げたいと思っています。 このシーンはどんなシーンかと言いますと、試練というところですね。
リゼロの作品の中でもひときわ結構ハードなところの一幕ではあるかなと思っているんですが、 自分自身と向き合おうというシーンなんですね。
そこで洞窟のような空間に入りまして、その空間の中でいろんな試練を試されるというような、 そのようなシーンになってくるんですけれども、
そこで何個か試練がある中の一つに主人公が立ち会ったのが、 かつての父と母のシーンなんですね。
この父と母と会って喋るというシーンになるんですけれども、 まず会う時点でですね、もうマジかという感じですね。
私たち、異世界系が好きな人からするとですね、 その元の世界の人と出会うシーンというのは、結構描かれないような作品が多いんですけれども、
こうやって描かれてしまうとですね、「ああ、これはもうね、涙が出てしまうなあ。」というような、 ちょっと前兆はこの時点で出てしまうんですが。
このシーンは単なる感動のシーンではなくてですね、 自分の人生を肯定できなかったという、この主人公の苦しみというのを克服するという、 ここが一番大きいかなと思ってますね。
自分の人生を肯定できなかったというところ、 自分はダメな人間なんだと思ってたというところですね。
これは、本当に仏教的な意味でもかなり苦しい状態ですよね。
自己肯定観ってすごい大事なところでして、 自分で人生を歩んでいくべきだ、自分で決定するべきだというのが仏教的な考えになりますから、
自分をそもそもダメな人間だと否定しているというのは非常にまずい状態ですね。 この状態としてはかなり辛いところです。
他人から否定されるよりも辛いですね。 自分自身で自分を否定しているというところ。
この状態からですね、特に変わったきっかけというのが お父さんの言葉ではないかと自信は思いますね。
お父さんの方から言われたセリフ。
みなさん見た方は覚えてるよという方もいれば、 なだだけなってなっている方もいるかもしれませんが、
将来、俺と母さんをしっかり養ってくれよということで言われたらしいんですね。
この養ってくれよと認めてくれた、これは大きかったですよね。 今思い出してもなんか泣きそうになりますけどね。
本当にスバルにとってこれ以上ないぐらい肯定感をあげるようなセリフですね。
一人前の男だと認めてくれたんだと。
私からするとですね、スバル君は作品中に何度も何度も蘇りますので、
本当に死を体験するというレベルの体験じゃない体験をしてますからね。
私からしたら、彼はどんな人間よりも心が強いんじゃないかと思ってしまいますけどね。
どんだけ死に戻りしてたらね、もう心折れますよ普通。笑い事じゃないぐらいですけど。
とりあえずその彼に対してですね、肯定感をあげることを認めてくれたというところ、これは非常に大きいなと思いましたね。
やっぱり信頼してるっていう意味としてね、このセリフは捉えられるなと感じましたし、
期待と信頼をされるというのは本当に大事だなと思いますね。
そしてもう一つ大事なところになるんです。
それがですね、なんと、お母さんの言葉ですね。
何かして欲しいから産んだわけじゃなくて、何かしてあげたいから産んだんですよというセリフ、これね、ずっと残ってますね。
これあの、シーンも鮮明に思い出されるような感じでして、このセリフはうわぁってなりましたね。
実際、お母さんって何かして欲しいから産む人って少ないかもしれないですよね、そう考えると。
どちらかというと、その子を大切に育てたい。
子供が欲しいイコール何かして欲しいからって考える時もあるかもしれませんけれども、
やっぱり基本的には無性な愛と言いますか、本当に慈悲の心っていうのが強いんじゃないかなという気はしていますよね。
仏教でいくと本当にこの今言った慈悲という言葉が当てはまるかなと思ってまして、
慈悲っていうのはですね、条件付きの愛じゃないっていうのが一番大事なところですね。
条件をつけて何かがあるから愛するとかじゃないんです。
成功したら愛するとか、例えば役になったら愛するとか、期待に応えたら愛するとか、そういう意味ではないんですね。
本当に存在しているだけで愛しましょうという慈悲、心。
これが本当に現れた言葉かなと思いますし、それをこの2つのセリフで全部まとめて言える、これすごいですね。
作者さんの言葉のセンスっていうところもすごいなって思った、そういうところでしたね。
こういった言葉から、スバルくん自身は心が救われてですね、存在肯定ができたということになる。
これがまさに試練を乗り越えたところだということなんですけれども。
いやー、どうですかね。今思い出してもすごい良いシーンだったんじゃないかなと思います。
シーンシーンはこのお母さんのシーンの手前のお父さんですでに泣いてたんですけど。
お母さんのシーンで倍泣きますよねというところで。
いやー、良いお母さんですねっていうのを本当に思うようなシーンでしたよね。
本当に良いシーンでした。
ボーカロイド楽曲「今はいいんだよ」の考察
じゃあ今度は曲の方に行きたいと思います。ボカロの方ですね。
ボカロについては今回取り上げたいなと思っている曲に関しまして、
ミミさんという方の曲ですね。
ミミさん自体が結構泣ける曲を多数作ってらっしゃるというところはあるかなと思っております。
今回ですね、その中でも取り上げたいなと思っている曲に関しましては、
今はいいんだよという曲ですね。
こちらを取り上げたいと思います。
今はいいんだよ。
ミミで検索したら多分出てくるかなと思うんですけれども、
この曲ですね、何よりも一番私に刺さった内容というところでいきますと、
過去の自分を抱えたままでいいんだよというところですね。
これは大きいなと思いましたね。
よくトラウマを乗り越えるであったりとか、
過去の自分は捨てるんだというところ、
結構その方がいいんですよ。
その捨てれた方が楽なんですよというのはもちろんあると思うんです。
過去の自分がいい思い出だったりするんですけど、
あまり良くない思い出とか消えちゃった方が楽ですよね。
でもこの過去は基本的に消えないんですっていうのが、
仏教でもそのような考え方はありまして、
過去の行為や経験自体は消えなくて、
かるまって言い方をするんですけど、
業として残るんですよね。
なので一番大事なのは過去を消して生きることではなくて、
過去に縛られないで過去を抱えて進むっていうことが大事なんですよね。
っていうのがすごい現れた曲だったなと思ってますね。
後悔であったりとか未熟さであったりとかこういうのを抱えながら、
それでも前へ進むんですよっていう。
完璧じゃない自分でも歩み出していいんですよという。
これですね、スバルと被るんですね。先ほどのちょっと。
ネタバレはしないようにしますけれども、
ちょっとそこが被って、それまでこの曲を選んだというのもあります。
アニメとボカロに共通するテーマ:自己受容と慈悲
やっぱり共通して今回2つのテーマに、
曲とアニメに共通しているテーマとしては、
自分を肯定するというところ、それから慈悲の心かなと思いますね。
これが共通していたかなと思います。
自己需要と慈悲、この2つ本当に大切なことかなと思っております。
そしてその2つができたとき初めて再出発ということが、
しっかりできるんじゃないかなと思っています。
皆さんもぜひですね、もし自分に何か肯定感が薄いなと思うところがあればですね、
誰かの力を借りてもいいので、ぜひ自分を認めてあげましょう。
そして慈悲の心、何の条件もない愛、心というのを
いろんな人に振り向けていくことによって、
自分自身の再出発を図っていくと。
そのようなテーマで今回お話をさせていただきました。
エンディングと今後の展望
自分を許して前へ進むということで、
ぜひ今後も進んでいくような、
そんな1日になればなと思うところでございます。
今日も聞いていただいてありがとうございました。
こういった形でですね、今後ともアニメとボカロで
泣いた話以外も含めてですね、流していきたいと思っています。
ぜひ今どの媒体でお聞きいただいているか分かりませんけれども、
フォローができる媒体でしたらフォローいただければありがたいなと思っております。
では本日もお付き合いいただきありがとうございます。
失礼いたします。