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今日のテーマトークは、福田村事件です。はい、では大石さん、解説お願いします。
はい、映画.comより解説を拝借させていただきます。
A・A2・I・新聞記者ドキュメントなど、数々の社会派ドキュメンタリー作品を手掛けてきた森達也が、
自身初の劇映画作品として、関東大震災直後の混乱の中で実際に起こった虐殺事件、福田村事件を題材にメガホンを取ったドラマ。
1923年、沢田智一は、教師をしていた日本統治下の現ソウルを離れ、妻静子と共に故郷の千葉県福田村に帰ってくる。
沢田は日本軍が朝鮮で犯した虐殺事件の不意記者であったが、静子にもその事実を隠していた。
その年の9月1日、関東地方を大震災が襲う。多くの人々が大混乱となり、流言飛語が飛び交う9月6日。
香川から関東へやってきた沼部信介率いる行商団15名は、次の地へ向かうために利川の和蔵場に向かう。
沼部と私、森の小さな口論に端を干した行き違いにより興奮した村民の集団心理に火がつき、後に歴史に葬られる大虐殺が起こってしまう。
沢田夫妻役を井浦新、田中玲奈が演じるほか、長山英太、東出雅博、榎本昭、らが顔を揃える。
はい、ではここから内容に触れる話に入っていきたいと思いますので、ネタバレ気にされる方がいらっしゃったらぜひ見てから聞いていただけたらと思います。
はい、ではマリオさんいかがでした?
そうですね、僕は森達也監督のドキュメンタリーは一切見ていないので、そういった文脈では何も語れないのですけども、
そもそもこういう事件があったことそれも知らないかったので、僕のような人はたくさんいるはずだと思うんですけど、今回見る人の中でも。
そういう意味でもまずこの事件について知ることができたっていうのはすごくデカいなっていうのがまず大きいなというふうには思ってますね。
ようやく映画として出せるようになったというか、出していかないといけないよね、今の現状っていうふうな、すごくそういった思いとかもすごく感じたので、
本当にやっぱり映画としてすごく意義深い。まずその意義深さに拍手を送りたいなっていうのはすごくありますね。
で、あとやっぱり劇中で結構長い尺ですけど、結構その集団心理が爆発してしまうみたいなあたりの、
そのちっちゃなちっちゃな過程みたいなのでじっくり描いた果てになんかすごく爆発しちゃうみたいなのという描き方とか含めて結構スリリングだし、
結構映画としても面白いところあったかなというふうには思いましたね。
役者さんの魅力とかもすごくありましたし、やっぱり今はこの時期にやっぱり見るべき映画だったなっていうことですかね。
はい、大井さんいかがでしたか?
そうですね、ある意味福田丸次君虐殺事件に向かうまでの話なので、結構その劇中描かれていく生活描写とか、
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あとは旅行団の成り行きというか、メンバーの子どもたちとの触れ合いとかも、
ラストに行くにつれてしんどいなーって思いながら見てしまったんですけど。
お話の根底にある現象みたいなものは100年前のお話ではあるはずなんですけど、
全然今でもあるなーなんてことはやっぱり思いましたね。
それこそ311の時とかコロナ禍の時とか
リアルタイムでどこまでが本当でどこまでが嘘なのか分からない情報に
みんなが驚かされるみたいなことを
自分もなんとなく生きていて経験はしていたので
そっか100年前
SNSなんかあの時代ないはずなんですけど
でも全然そういうことってあったし
何なら今でもそんなに変わってないなみたいな
感覚はすごく強く受けました
そうですね
とはいえちょこちょこその気になる点がなかったことはある気もして
なんかそこらへんもちょっとまだすごい明確にできてないんですけど
今回のラジオの中でいくつかなんか話ができたらな
なんてことは思っています
僕はですね
劇映画としてはそんなに好きな語り口ではない作品ではあったんですけど
ただこの作品が作られてきっちり観客が入っているっていう状態自体が
意義深いなと思いますし
面白かったですね
それは面白かったなとは思いました
で気になるとこはあるんですやっぱり僕も
それはこの後話す中でうまいこと潰していったらというか
うまく埋めていけたらなと思うんですよね
話すことでその穴を埋めることで
この話が本当に伝えたいことだけを
うまく自分の中に残したいなっていう思いはあります
っていう感じですかね
あとお便りいついただいてますので
マリオンさんお願いできますか
はい向かい店観覧車さんからです
店長メンバーの皆さんこんにちは
今回のテーマ福田村事件関東大震災からちょうど100年になる公開初日の
9月1日に見てきました
毎年この時期になるとライムスター宇多村さんが
ラジオでこれらの話題をしてくださっているのを聞いていたので
必ず見ようと思っていた作品です
デマに踊らされ自分を見失う愚かさと恐ろしさを痛感するお話でした
と同時に現代にも通じる部分もたくさんあるので
今まさに誰もが見るべき映画だと思いました
普段ドキュメンタリー映画を撮られている森達也監督が
劇映画を手掛けられているのですが
ドキュメンタリーで扱うようなテーマを
例えばあの忌々しい事件が起きる瞬間の描写など
登場人物たちの人隣を丁寧に描いている
エンタメ映画としても身勝手がある作品になっていると思います
ただ丁寧に描きすぎることで事件が起きるまでが長くて
ヤキモキもしました
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行商団の子供がはしゃぐ姿や
生まれてくる子供の名前の下りなど
これから起きることを思うと見ていて辛かったです
そんなことも踏まえつつも
様々な意味でも今年のベストに名を連ねても
おかしくない映画だと思いました
店長メンバーの皆さんやリスナーさんの感想も
楽しみに聞かせていただきます
長文失礼いたしました
ありがとうございます
宇多丸さんは本当に毎年毎年関東大震災の
9月1日の頃になると
この虐殺の話はされますよね
すげえなって思います本当に偉いなって
平気でなかったことのようにしますもんね
そうですよね
いろいろ思うとこはあるんですけど
本作ちょっと気になっていることがあって
朝鮮人に間違えて虐殺された日本人の話なんですよね
これ朝鮮人虐殺そのものの映画にできたのかなって
ちょっとだけ思うことがあって
それはちょっと思いました
確かにそうですね
だから結構ね邪魔入るじゃないですか
上映のね
絶対もうやいのやいの言うような人がね
出てくるとは思いますし
あくまで殺されたのは日本人ですっていう
ある種のエクスキューズで成立しているような
気がして
だとしたらそのエクスキューズが必要なんだったとしたら
それは嫌だなって気持ちはあります
そうですね
確かに朝鮮人の方々を虐殺してしまったみたいな
事実をちゃんと描くみたいな映画は必要
絶対それは必要なんですけどね
と思うんですけど
今回の題材じゃないとたどり着けなかったような
ところもあるような気はちょっとしてるって感じですかね
そうですね
集団審議の暴発というか
それってどんな立場でも
左でも右でもみたいな
人でもそれは起こり得る話だよねっていうところに
ちょっと射程の遠い話というか
してることはちょっと魅力ではあるかなとは思うという感じですかね
でも早くそのもの自体の映画を作ってほしいね
っていうことですね
非常に森達也監督的な切り口でもありますしね
確かに
大理ありがとうございました
ありがとうございました
はいじゃあ内容触れていこうと思うんですけど
どっからいこうかなっていう感じではありますが
ここがっていうところあります
そうですね
役者さん達結構良かったなと思うんですけど
ストーリーの流れは一旦置いといて
結構役者さん達みんなすごい良かったっていうのはあって
それこそゆる新田とか英太とかは
09:00
それはそうだろう東出さんとかもそうですけど
小舞さんめちゃくちゃ良くなかったですか
良かったですよね
全然気づきませんでしたけど
そうなんだっていう
出兵してしまった夫
それで結構亡くなって帰ってくるわけですけど
その寂しさみたいなものっていうのを結局
紛らわすために不倫関係を築いてしまうっていう
役柄ではあるんですけど
その切実さがすごいしっかりきたというか
人間としてそれはそうなるよなっていう
その感じがすごい伝わってきて良かったなと思って
僕本作で特に演技良いなと思ったのは
まず英太なんですけど
華があるなと思いました
結構重い話だし
見ててしんどいなってなりそうなところを
見てて盛り上がれるというか
その人のなりとか演技を見てるだけで
持つって思って
これはすごいことだなと
華があるなと思ってたのと
あともう一人この人いいなと思ったのが
馬撃っちゃう男の人
あれですね
三崎の兄弟でも
三崎の兄弟の人ですね
松浦さんですね
あの人いいですよね
めっちゃ良かったですあの人
なんか本作の中でも
演技が大きい役回りだと思うんですけど
それを演技だって感じずに見れたなと思って
いっぱいいっぱいの男の人を
いっぱいいっぱいに演じてくれてたから
良かったなと思ったんですよね
確かにああいう感じの人いるもんなっていうか
いそうやもんなっていう感じがすごくありましたよね
あのルサンチマンを
それをどこにも吐き出せないっていう
あの感じがすごい良かったですよね
あと役者さん服
これも全然最後まで気づかなかったんですけど
水道橋博士はすげえなと思いました
あれはすごかった
確かに
いかにも感じちゃいそうなのかもしれないですけど
演技かねとかいうのがあるんですけど
最初も見た時に
わあよくこんななんか肉たらしい演技のできる
いいおじさんを見つけてきたなと思ったら
水道橋博士だったって全く気づいてなくて
あそうみたいな
役者もできるんですねみたいな
なんか最近ちょっとね
うつ病かなんかでちょっとなんか
容量されてたような記憶があったので
あなんかすごくいい
役者としてもすごくいいんだなみたいな感じがすごくして
結構ね本作の中でもなかなか結構
肉たらしいっていう
観客のちょっと憎しみを一手に引き受けるような役というか
かといってちょっとその最後のこうなんとも言えない
俺はただみたいな
瞬間もまた気持ちがちょっとぐざっとくるみたいな
あの辺の演技とかすごくよかったなというふうに思いましたね
あと言及しときたいのは
東江政博なんですけど
12:02
まあそうっすよね
いやもうそうですよね
よくこの役受けたなってなんと思うんですよ
そうですよね
でもあなたしかいないですっていう役ですもんねっていう
私船の船頭やっててめちゃくちゃ火に焼けてるじゃないですか
今の彼の生活でしょ
山で資料とかして生活してるわけじゃないですか
まあ今なんかアフリカ行ってますけど
いやなんかここまで
地続きにしなくても良くないっていうぐらい
やりすぎだなと思って
でもまあそこが良かったというか
ちょっと浮いてるのが似合うんですよね
そうですね
今回もやっぱ浮いてる存在だと思うんですけど
まあいろんな意味では
当てがきされたかのような
まあそうですよね
本当に真男が似合うんですよねって言って申し訳ないんですけど
まあでも実生活もそういうことやっちゃった人ではあるからさっていうのはあるんですけど
あまりにも似合いすぎてて
しかもちゃんとやっぱり色気がある人ですよねっていうのは
それはちょっと思うんですよね
本当にやっぱすごいなと思うんですよ
まああとこれまあちょっと僕もこれちょっとこの映画で引っかかってる部分というか
まあなんというかやたらと古風で色っぽい男と女の色っこいザタやるよなみたいな話
それはそうですね
まあその今回のそのテーマ的にも結局つながってきている部分はあると思うんですけど
うまくそれをこうそれが何でこう長い時間描いていて
それが最後のその事件の時にどういう反応となって帰ってくるのかみたいなのがあるので
まあ別に意味がないとは思わないんですけど
まあ脚本の新井春彦のもうなんというかフェチズムでしかないよなとしか思えないっていうのもあるっていう感じがめちゃくちゃするというか
そうですね
まあ僕あの人の映画1本ぐらいしか見てないんですけど
あの人のその見た映画もそんな感じの色っこいザタの話だったなみたいな感じだったので
なんかちょっともう相変わらずだなぁと思いつつ
そこはいるけどまあ別にここで見なくてもいいかなみたいなというか
ちょっと浮世花でもちょっとして見えるとこあるしっていう
豆腐の中にあの指輪入れるとかさちょっとさ笑っちゃうじゃないかなっていう
おもろいけどさっていうのはちょっとありましたね
ちょっとねなんかヒルドラかみたいなとこはあって
その渡渋根で成事を行う時の距離近いなと思って
ほぼ岸辺じゃんっていう
15:00
2人見れるぐらい近いなっていうのがむちゃくちゃ気になって
あそこはちょっと爪甘くねって思ったんですよ
もうちょっと見つかるにしてもさ隠れようなっていうのは思って
ほぼ船つき場でしたからねあれ
もうちょっと川の中ほどまで行ってるとは思ったぞってなっちゃって
マリオさんおっしゃられてるのほんと僕も気になって
結構全体的に人間描写がステレオタイプ
特に女性は寂しさゆえに何とか常時に老けてしまう
孤独な女みたいなのが何人か出てくるじゃないですか
なんかそればっかかみたいなのだったし
男性は男性で町津の家に苦しんでいるみたいなになってて
テーマ的に大衆心理に飲み込まれていくっていうのは
個人がステレオタイプになっていくっていう風な
それはテーマでもあるかもしれないんですけど
ただあまりに子が見えてこない感じはするんですよね
初めからステレオタイプな人間としていて
それがデーマとか扇動に乗って
案の定そういう大衆に飲み込まれていくみたいな
でも初めからそういう存在だったからなみたいになるっていう
もちろんその時代的にまだ大正時代で明治も終わったばっかり
60年前まで江戸時代なわけですよね
個人っていう意識もそもそもそんなに育ってない時代だと思うんですよ
ようやくデモクラシーとか言って
民主主義がようやく芽生えつつある時代
子なんてものはそもそも薄い時代だとは思う
にしてもあまりに個々人のありさまっていうものが見えてこないっていうのは
これまでドキュメンタリーの名手として知られていた森達也監督の作品としては
なんかちょっとちゃうなって気がしてしまったんですよ
やっぱりドキュメンタリーって子を描き出すわけじゃないですか
でもその子が何らか別の属性を持っている
それは公家系的な側面を持ってたりとか
あるいはその邪悪だったりするっていう描かれ方
あるいはその嘘にまみれているかもしれないみたいな
でもやっぱりそれってまず子が浮き彫りにされないと
その対比が成り立たないと思うんですよ
個人がそこにいたはずなのに
それでも大衆心理に飲み込まれていくみたいな
でも初めからこの人たち大衆ですよねっていう感じで見えてるから
そこはあんまりなんか描こうとしてることに対して
100%のパワーが発揮できているわけではないように
僕は見えたんですよねそこが
そうですね
だからよそから来たハイカラな女性を
疎んでる村の女たちみたいな
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ザ田舎の女たちみたいな感じ
でもその人たちにも子ってあるはずじゃないですか
それはあんまり描かれない
あくまでこの人たちはモブABCでしかないっていう感じだから
そもそも群像劇だからそこまでできないっていうのはあると思うんです
ドキュメンタリーみたいにフォーカスできるわけじゃないから
でもにしても全体的に門切り型な気はしたんですよね
そうなんですよね
なんか結構やっぱ長い時間かけて村の事情というか生活描写みたいなのを描いてる分
当時ってそんな感じないやみたいな風に見えてしまうというか
けど実際そうかなみたいな
なんかこれよく見る話っぽくなってるけど
これ本当だっけみたいなのがちょっと曖昧にされていく感じはちょっとするので
なんかそこはもったいないなという感じはちょっとしていたんですよね
なんか多分脚本の人がめっちゃうるさそうな人なので
多分逆らえなかったのかなとか
ちょっと変な邪推を僕はしてしまいたくなるんですけど
結構めんどくさいというか結構人ではある人だったはずなので
しょうがないのかみたいな風にはちょっと思ってしまいましたね
だから本当に事件そのものをシンプルに見るというか
そこまでの流れを見るって意味では
ある意味雑念なく見れたって言う方が難しいですけど
割と変な雑感は残らずに見れたっていうのはあるんですけど
その事件そのものを受け止められたっていう意味では
とはいえじゃあこの物語の中で役者さんはもちろんすごく良かったんですけど
印象に残ったキャラクターはいるかって言われると
なんかちょっとパッと出てこないんですよね
そうですねやっぱり大地さんが今おっしゃってた
すんなり見れたっていうところ
個々のキャラクターがラスの結末に向かって
伏線を張っていくためのフラグを立てていくための
役割の人たちっていう感じがするから
あくまで話の流れのパーツって感じはするんですよね
自由と平等を謳う役割の人とか
ゴリゴリの軍人的な人とか
寂しさ上に不倫する人とか
残酷な光景を見てしまって心が折れた人とかっていう
その人たちがラストの結末でどういう役割をするかっていう
流れが分かるっていう感じがするんですよね
その中でキャラクターとか個人ですね
そこがあんまり目立ってこないというか際立ってこないというか
あくまで話を見てしまう
その話は個々人が丁寧に丁寧に紡ぎ上げていくっていう感じが
21:01
あるかなって気はしたんですよね
だからある意味個人の味というか苦味がない分
僕ならこの村にいたらどうするだろうっていう代入のしやすさというか
自分が今どこの立場にいて
どの立場として何が言えるかっていうことを考えるって意味では
ある意味の数式的なというか
XとYとしては確かにうまくできているかなとは思ったんですよね
そうですね
確かに見ながら
もし自分がこの村の人だったらどっち側にいるっていうのは
めっちゃ見ながら考えてしまいましたよね
それは確かにと思って
じゃあ僕はちゃんとこれ間違ってるよって言える?
いや言えたっていうのはめちゃくちゃ考えされました見ながらやっぱり
一緒になって僕も飲まれてる可能性全然あるなっていう
やっぱ僕たちはもう未来からそれを見てこの事件は良くなかったとは言えるけど
実際あの世界にいたら僕はそう言えたかっていうのは
ちょっと分からんぞみたいな風な結構問いかけでもあるし
言えたとしても止められなかったんじゃないのっていうところ
にまでやっぱ今回射程が行ってるので
なんかすごくそう重たいものをやっぱ
突きつけられるなっていうのはすごくありましたね
そうですね
誰が見てもこの話が何を言いたいか分かる風にできてるっていうのは
すごく大事なことだなとは思ったんですよ
これまで森達也監督ドキュメンタリーを作ってきて
そこまでコントロールされたものって
作らなかったわけじゃないですか作れなかったわけじゃないですか
あくまでドキュメンタリーって既存の材料を編集によって糸を持たせるものだから
そもそも糸を持ってパーツを配置することはできないと思うんですよね
始めからその糸を持たせることができたら
明確に誰が見てもこういう話だねって分かるものを作ることができるっていう
実際そういうものにはなってて
そこがこの本作の良いところでは間違いなくあるとは思うんですよ
有名な役者いっぱい出てて
ちゃんと個々人が言いたいことを言う説明的なまでに
そこに思うとこあるんですよ
ちょっとこの場でこれは言えないでしょ当時の人は
みたいなことも言えちゃうんですけど
でもそれぐらい分かりやすいからこそ
客のリテラシーの問う幅があんまりないというか
観客のリテラシーをあんまり求めない
この話が何が言いたいかは
登場人物が口に出して言ってくれてるから分かる
この話がどこに至るかは
登場人物全員が役割を持ってそれを果たしていくから
どこに至るかは分かる
我々が何をすべきかも分かる
そこの明快さは本作の強みだとは思うんですよね
その意味では森達也監督の心境地で言えるかなって気もしますし
24:04
こういう題材に切り込める人として森達也監督っていうのは
非常に適していると思うんですよね
かつてパブリックエネミーであったオウム心理教を
相対化して描いたわけだから彼は
そうなんですよね
オウム心理教もそうだし
あとさっきのフェイクの三浦豪一さんもおそらくそうだと思うんですけど
社会の中で敵認定されてしまう人っていうところに
そちら側にずっとカメラを置いてきた人だからこそ
その認定がどういうメカニズムで起こるのかっていうことを
たぶん伝える
今回はたぶん本当に
撮るというよりも伝えるにすごい重点を置いてるなと思ったんですけど
その仕組みが分かることで何か変わることってないかってことを
すごい訴えてくるタイプの作品なんじゃないかなと思って
本作の中でちょっと意外だったというか
その立場もいるんだって思ったのが結構新聞記者の女性が一人いたじゃないですか
この事件って確かに報道というか新聞がかなり大きなキーにはなっていて
市民の噂話みたいなもの
間違った認識を作ってしまったのは
もちろん国っていうのも大きくあるんだけど
それを伝えてしまった新聞っていうのもあるわけですよね
ある意味この話の中では悪役にできるというか
悪役にした方がある種分かりやすさは出てくると思うんですよ
ある意味フェイクまでは正直メディアは悪役でしたよねっていう
森さんの作品の中では結構明確に
彼自身がテレビ局出身っていうのもあると思うんですけど
ただなんか愛新聞記者って
餅月さんって方をずっと追うってドキュメンタリーがあったんですけど
それ以降ちょっとやっぱりメディアの中にも
しっかりとした人がいるってことを描こうとしたのは
結構その餅月さんの影響なのかなっていうのは
ちょっと見てて思ったところで
その新聞側にもまともな人はいないことはなくて
その全員があったから
たぶんこの事件が事件としていまだに残ってるんだっていうところも
最終的に描こうとするっていうところは
彼のフィルモグラフィーを見てると
あそこはやっぱきっちり言いたかったんだなっていう
ただメディアは悪役だからやっぱマスコミだよねみたいなことを言って終わるのではなく
マスコミだってきちんとした人は一人としてというか
人間としてはいて
人間が動かしてるので
だからそこを含めてもうちょっとみんなで考えていこうよっていう風になるみたいなメッセージは
結構彼のフィルモグラフィーからすると
確からしいなというか
なんか彼らしいっていう気はしました
なるほど
そうですね
確かにAA2オウム心理教を撮ったドキュメンタリーってなると
オウム心理教を悪にしたのはやっぱりマスコミ
ではあるじゃないですか
サムラゴリスさんは悪にしたのもマスコミですよね
でもその後で愛新聞記者はマスコミにフォーカスしているっていうところで
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やっぱり僕は森達也監督は変な言い方しますけど逆張りの人だと思うんですよ
今正しいって言われてることって正しいのかなって言ってみようっていう人
オウム心理教って100%の悪なのかな
一回疑ってみよう
サムラゴリスさんって100%の悪なのかな
一回疑ってみようっていうことをやってた
それはあの頃まだマスメディアが圧倒的に強かったからだと思うんですよね
でも愛新聞記者とか本作の福田村事件とかで
マスメディア側新聞記者の側を肯定的に描こうとしてるっていうところ
だからこれまでと立ち位置を変えてますよね
マスメディアを疑わないというか
マスメディアの世を描くっていうことをしてる
それはやっぱりマスメディアが弱ってるというか
相対的に力が弱まってるからだと思うんですけど
それで森達也監督が今何に対して逆張りしてるのかなっていうと
やっぱりソーシャルメディアだと思うんですね
あるいはデマとか大衆の中で飛び交う言葉そのものに対する
アンチテーゼをやってるんだなと思うんですよね
福田村事件の中でも描かれてましたけど
新聞がなぜそれを描くかって
求められてるからなんですよね
売れなくなるから
あるいは売ることができなくなるから
それをやるんですけど
でもじゃあマスメディアに対して
インターネットとかのソーシャルメディアがそうじゃないかって言われると
いやむしろそれがより濃厚というか
求められてるかそうでないかの
イエソーはノーでしかないっていう
ソーシャルメディアは
求められていれば拡散するし
求められていなければ
まるでなかったかのようになる
誰も注目しないっていう
求められてさえいればそれが
良かろうが悪かろうが拡散するっていう
ある程度コントロールできるマスメディアにもっと暴走するもの
としてソーシャルメディア
当時で言うところの
民衆の中で飛び交うデマとか
そういうものが本作では取り上げられてる
その中でじゃあ
このソーシャルメディアがパワーを持ってる時代に
マスメディアを否定してる場合じゃねえぞ
っていうのがやっぱりあるとは思うんですよ
今マスメディアを否定してたら
よりそこを否定してたら
マジでやばいっていう
そうですね
本当に何も止めるものがないっていう
それは本当にやばいですからね
それこそ新聞記者ってもともと
劇映画のバージョンもあって
あれもともとたぶん本来は
森田さんに監督を依頼する予定だったのが
いろいろ事情があって変わってしまって
脚本だけは確か携わってたんですよ
あの作品
新聞記者って
それこそ餅月さんがモデルになった
30:00
劇映画の方があるんですけど
本業さんと松坂トーリーさんが
ダブル主演になった映画があったと思うんですけど
そちらの方だと
SNSに松坂トーリーが演じてる官僚というか
内閣府の官僚なんですけど
官僚がツイッターにデマを流す側として描くんですよね
それってまさに今作で
警察がデマを流してたっていうところが
一瞬流れましたけど
結構その行動とも結構似てて
なんかそれこそすごい注目しているところは
そこだったりもするのかなっていうのを
ちょっと思ったりはしたっていう
割とその構造として似てることがあるよっていう
ところもなんか描こうとしていそうだなーっていうのも
ちょっと見ながら思ったところではあります
そうですね
だからやっぱ本作やりたいことはやれてるとは思うんです
ちょっとところどころ
爪が甘く感じるとこはあるんですけど
それはまあうるさく見過ぎなのかもしれないなって気もして
求められてることは達成できてる映画だとは思うんですよね
それは僕らとしても達成してほしいことだし
それは良かったなって本当に思えるんですよね
そうですね
ちゃんと自体の重さというかテーマとかを複雑なまま
ある程度複雑なまま提示はできてるっていうか
そこはやっぱり僕も素晴らしいなと思うし
やっぱりそれでこの絵がちょっとどうかなみたいな風に
思ったりするところもちょっとありましたけど
でもそれは全然意義深いというか
ちゃんとできてるところたくさんあるなっていう風に
思えるところっていう感じはやっぱしちゃうなーというか
ちゃんとやっぱりどれだけ複雑さを作品に残せるかっていうのとかは
テーマの複雑さとかを残せるかっていうのはすごく大切だなという風に
ちょっと思うことがちょっと最近あったので
いかにもなんか対立構造を煽っただけで
なんか提示した気になってるような作品みたいなのを
最近見たことがあってそれは映画じゃないんですけど漫画で
なんかそういうのとか見てそれがちゃんとSNSでバズってる感じが
すごいちょっと苦手だなって思ったんですけど
そういうなんか複雑さとかをこう全部はしょって
わかりやすく対立構造をスパッてやって
それでみんなでああだこうだ言うみたいなのに
とらわれだしたらいやこれ同じこと起こるよなみたいな
いう風にはすごく思ったんですよねそれは
なのでちょっとやっぱりどうしてもやっぱり
今のSNSの時代の話みたいなのに
どうしてもやっぱり紐づけたくなるなっていうのは
すごくやっぱりよくわかるなっていうのは
今お二人のその話を聞きながら思いまして
今のマリマさんのご意見を聞いてたんですけど
対立構造自体が悪いわけではない
なぜなら問いよう投げかけるものとしては
対立構造って非常にわかりやすい
33:02
で思考のきっかけとして非常に良いものだとは思うんです
例えば最近で言うとバービーとかは
その明確なわかりやすい二元論
男と女っていう対立構造の中から
問いが生まれてくる映画だったと思うんですよ
あれは本当に女性はこう男性はこう
それを逆転させてじゃあ逆転するってことは
どうなんだろうみたいなことを考えたくなるっていう
ぶつかり合ってるわけではないんですけどねあれは
ただ分断はしているっていう
その分断の中から答えを見つけ出していこう
っていう映画にはなってたので
対立構造煽ると気色悪くなるっていうのはあるでしょうけどね
バービーはそこまで煽ってないから
煽ってるわけじゃないし
最終的な着地が複雑なところに持ってってくれてるので
それで全然OKって感じがするんですよね
それはあるのでそういう印象を受けないんですけど
やっぱりどうしてもSNSで流行る
SNSで流行るもの全てがとは言いませんけど
わかりやすい対立構造でそのまま煽って終わる
煽ってというかあるあるだよねとかいう
共感を引き立ててバズらせるというか
いうところってやっぱあるよなっていう
そういったので出前だったりとか
ルフというかみっちゃんだけじゃないですけども
そういう意見がすごく大きく盛り上がっていってしまう
みたいなことってすごくたくさんあるよなっていうのは思って
それでやいのやいの言ってるときに
でもこれこうだよねとか言っても
いやいやでもお前ソロだよねみたいなまた喧嘩になったりとか
っていうこととかもよくあるっていうか
でも結局やっぱりもう自分のかっこたる何かがあって
それと違うことを言ってる人をもうなんかもはや
攻撃したいみたいなぐらいのところが
どうしても出てきてしまうみたいなのって
劇中でもありましたけど
あいつ誰かと不倫してたもんなみたいな
みたいなことを言い出すとか
もうイチャモンつけたいだけに見えてくる感じと
言い合いに途中発展するじゃないですかやっぱ事件が起こってる最中
あの辺はちょっとなんかやっぱ人って誰かを
攻撃したい欲求みたいなのがどっかあるよなみたいな
ことをちょっと感じもさせるような感じがすごくして
なんかあの辺のこう事態がどんどん膨れ上がっていく過程みたいなのは
すごく胃がキリキリするような思いで
すごく見てしまったっていう感じはあって
しかも言い合いの果てにもう暴力の唇を切るのが
本当いきなりあさっての方向からやってくるみたいな感じの
描き方をするじゃないですか
あれもやっぱ演出としてはちょっとハッとさせられるというかめちゃくちゃ
一気にこう事態が変わったみたいな感じがあって
演出としてもすごく面白かったですし
僕バズの基本って俺たちとあいつらの
二文化だと思ってて
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俺たちはこうだあいつらはこうだっていう
その中で拡散していくものだと思うんですよね
それはすごく攻撃的な対立構造じゃないとしても
自分たちだけ分かる
これ分かりますよねっていう
分かる分かるっていう
実は世の中のみんな分かるってなってるんだけど
分からない人がいることにすることで
それがバズっていくみたいなのってあると思うんですよ
そうですね
それめちゃめちゃ不健全だし
卑怯だなって思うことがよくあるんですよね
いやいや
ないものをあることにすんなっていうのは
よく思うんですけど
でも分かりやすくなるんですよね
分かりやすくなると少なくとも内側では団結が起きるから
今は喧嘩しないでくれるなっていう
そうですね
内側で団結してるだけだったらいいんですけど
それがだんだん外に向かっていって
攻撃的になっていってしまうからなっていうのは
どんなことでもですけどね
あるので本当にやっぱり
集団心理ってそういうとこもやっぱありますよね
1個の集団として行動していて
それが危機に晒されるってなったら
どうにかしなきゃっていって攻撃を始めてしまうっていうのは
誰しもそういうふうな行動をとってしまうよねっていう
分かりやすさの罠だと思うんですけど
多分それって
結局それに対してどう対抗するかっていったら
分からないよう受け止め続けるしかないなと思うんですよ
おそらく
ただそれって結構弾力いることで
逆に言えば結構な訓練と
ある種の特権性
多分余裕を持つという特権性が必要になってきて
みんなができることかっていったら
そういうわけでもない気もしてしまうんですよね
割とそれをしたらいいじゃんって言うけど
それは強い人が言えることなのでは?みたいなことを思ったりもして
よくネガティブケイパビリティなんて言葉があったりしますけど
ネガティブで答えが出ない分からないみたいなことを
そのまま置いておけるかどうかみたいな
意味合いだと思うんですけど
それすごく大事だよねっていう人たちの意見を
すごく僕もそうだなと思いつつも
でもじゃあそれ本当に
例えば余裕がなかったり
明日どう食えばいいか分からないみたいな人にも
それ言えんのかっていうと
やっぱそれはちょっと難しい気もして
なんかどうすればいいんだろうなっていうのを
今作見て結構落ち込みながら考えましたね
そうですね
やっぱ本作見てても
100年前の当時の教育水準とか
あるいはメディアの発達具合
あるいは個人としての意識みたいなもの
人権っていう思想そのものと言ってもいいと思うんですけど
それら全て未熟な状態で
自分たちを襲ってくるかもしれない集団がいるっていうものが
新聞で歌われてたりとか
39:00
あるいは国から発令されたとかってなったら
信じると思うんですよ
絶対に
だって疑う余地がないもの
それを信じるのと疑うのを天秤にかけた時に
疑うより信じた方が損が少ないっていうのが分かる
なぜなら
朝鮮人には人権がないからっていうところ
人権がない人を守る必要ないってなる
だから本作
やっぱシンプルになってるところが
気になるところではあって
複雑さがもうちょっと残ってないと
あの劇中で描かれたことのみを
現代の我々が観測したら
いやそうはしないなって思えるんですけど
もっと登場人物たちが
しっかりと個人としての思想とかがあって
個人として生きようとしてて
それでもいつの間にか
あれ?なんかデマで人殺してたぞみたいなのが
自然と起きてたみたいな
その曖昧さが残ってたままの方が
あ、これって余裕で今起きるなっていう風になる
というか今の自分が
リテラシーがあるつもりの自分がそうなるっていう風に
飲み込まれてしまう
本作客観視してると思うんですよ
100年前の状況でとか
今の自分たちとは違う人たちが
その状況かゆえの行動をしてしまう
とかじゃなくてもっと曖昧な
自分たちにもっと近い
曖昧ゆえに自分たちと同化してしまえる状況かで
それが起きるっていう方が
いや、余裕で自分やるわみたいな
その客観視じゃなくてもっと
自分ごととして感じるっていうのはやっぱりもっと複雑な方が
僕は好きだったなって思うんです
めちゃくちゃ山口さんの言ってることは僕も同意で
すごく博物館の資料再現映像を見ているような気持ちというか
やっぱり教科書的なというか
過去に起こったこととして見てる自分がどっかにいたんですよね
今回やっぱり
だから途中からそういうモードで完全に見てたから
あんまり自分をどこに入れるか
代入可能だとは言いつつも
どこかに自分がいるとは思えずに見続けてしまった
実続きの人の話を見てるとも思えなかったっていうのは正直あって
それこそ僕一番過去の話なのに
実続きだなって思って驚いたのって
この世界の片隅を見た時なんですよ
あの映画見た時に初めて
戦前に生きてた人というか
戦前に生きてた人って
僕と実続きの時代に生きてる人なんだって
初めて思えたんですよね
やっぱそれなぜかって言ったら
彼らは貧乏だったり
戦時化っていう状況かだけど
でも生活をしてるっていう描写を
しっかり入れてたことだと思うんですよ
かつ個人のキャラクターもしっかりあって
それぞれがそれぞれの人生を生きている中で
戦争というものが背景として起こっているっていう
今作も全員が全員そうである人ではないと思うんですけど
42:02
誰か一人でもそういう中心的なキャラクターをむしろ置いた方が
良かったのではないかってちょっと思うところは少しあって
なんか群蔵劇的にするってことで
すごく中立的な立場で見れるってことはあるんですけど
その分入りにくくなるっていうのはあるので
逆に今作を誰か一人の視点だけで
追ってみるっていうことが
できても良かったのかなっていうのは
すごい思ったところではあります
いいですねそれ
なるほど
客観視できないんですもんね個人のこと
たとえばそれこそ水道橋博士の視点で追ってみるとか
それいいですね
それむちゃくちゃいいですね
彼がなんでああいう選択というか
人生を歩んできたのかっていうところの背景まで追った上で
あの選択をしてしまって
俺はなんでこんなことをっていうところまで
もし一人の人生として追えたとしたら
割と最後の後味は違ったものにはなったかなと思います
そうですね確かに
確かにもうめちゃくちゃ重たくて
もう複雑なものが残りますよね
今以上に
それすごいいいですね
虐殺に加担した側の視点のみを追跡するっていうの
それすごいなあ
いいですねそれ
やっぱ本作って
たとえばイグラアルタとかアカレナとかの立場って
善じゃないですか
彼らの立ち位置は
もちろん善を成せない人たちなんですけど
役割として善側に置かれてて
彼らのやることは
僕らは正しいと思って見てる
虐殺される人たちを守ろうとする人は
正しいと思いながら見てるから
なんかそこの曖昧さがあんまりない
っていう感じがするんですよね
もっとその曖昧もことした役割分担の中で
誰が虐殺をするのか
誰がそれを止めようとするのかっていう
そこにじゃあ自分はどの人なんだろうみたいな
考えだしたら頭痛くなってくると思うんですよ
絶対痛い
でもそれを問うっていうのは
僕はちょっと問われたかったし
自分はそれを考えてみたかった気がする
なぜならこういうことを繰り返さないためなんですけど
その繰り返さないっていうのは
地震があった時に暴動が起きて
その主犯の奴らを虐殺しないようにしようとかじゃないんですよね
次に起こるかもしれないその虐殺は
地震が原因じゃないかもしれないし
朝鮮人が主犯じゃないかもしれないっていうところ
次に来るのは今まで僕たちが見たことのない何かなんですよ
それに全く僕たちは手ぶらの状態で立ち向かないといけない
そのためには想像力がいる
その曖昧さに立ち向かう想像力と勇気がいるんですけど
それはやっぱり分かりやすさの中からは
生まれてこない気がするっていうのはあるなとは思って
まあまあそれもそんな映画をみんながいっぱい見るわけでは分からないなとは思うんで
それはそうなんですよ
まあまあねそうなんですよね
45:04
いやーでも今回出した答えとしてはありだなとは思うんです本当に
そうですね今できる限りの最善な方法で映画
福田村事件という題材を映画にしたなとはめちゃくちゃ思います
思うけど今後もっと先をいってほしいよねっていう気持ちが
今こんだけしゃべった内容になるんじゃないかなっていう風にすごく思います
だからやっぱフェイクドキュメンタリーを撮ってほしい気持ちはありますけどね
そうですね
確かになるほどね
確かにな
さっきマリオさんがおっしゃられてた複雑さって表現僕すごいいいなって思ったんですけど
本作の分かりやすい部分複雑じゃない部分ってやっぱり気になるところとしてはあって
でもドキュメンタリー映画でそういう分かりやすさが滲み出る瞬間って
僕むちゃくちゃ好きなんですよ
ある意味ドキュメンタリー映画の一番おいしい瞬間なんじゃないかなと思って
フォーカスしてる被写体はあくまで自然体の姿を撮ってるはずなのに
すごくわざとらしいことを言う瞬間とかがあったりするんですよね
ドキュメンタリー見てると
それがやっぱり被写体がカメラを意識して他者を意識して
それを言いたいことを言う伝えたいことを伝えようとするみたいなのが見える瞬間が
むちゃくちゃおいしいなって思うんですよね
でも本作みたいに言いたいこと伝えたいことを分かりやすく伝えようとすると
劇映画でそれをやるとちょっとうるさく感じるんだなと思って
それはやっぱりその撮り方自体が持ってる
ドキュメンタリーと劇映画それぞれが持ってる
本来持ってる複雑さみたいなものに対して
意図をどこまで忍ばせるかっていうところ
どういうふうにその意図を
意図じゃないその世界の中で必然的に起こったものとして隠蔽するかというか
そのバランスがドキュメンタリー映画は究極何が起きてもいいんですよ
なぜならドキュメンタリーだからなんですけど
どんなに撮られる側が撮られるということを意識して演じたとしても
それはドキュメンタリーとしての必然が生まれるじゃないですか
そのこと自体が常に複雑さを見続けるんですよ
撮られてる個人が自然体を超えて何かを演じるということの意味みたいなのが
複雑さの中で生き続けるんですけど
劇映画でそれを意図を埋め込もうとしすぎると
意図の塊やなみたいな
これは世界じゃないぞ意図だぞみたいな
見えてしまう
そこにドキュメンタリー映画と劇映画の作る切り口の難しさだなと思って
切り口の違いの難しさだなとは思って
48:03
いかに意図を複雑さでコーティングするかっていう
それによっていかに作られた世界をそこに生み出すかっていうのが
めっちゃムズイんやろうなと思って
そこを森田ちゃん監督が自然に言いたいことを言うために意図を埋め込んでるのに
それでもそこに複雑さを帯びた世界があるって信じられるものを本当に作られたら
結構やべぇなって思うと思うんですよね
そうですね
そっか、そうですね、確かに
だから監督にはこれからも逆割りし続けてほしいなって思ってます
そうですね、もう本当に
もうドキュメンタリーも劇映画もボーダレスにどんどんいろいろとっていただきたいなって思いますし
今回でもかなり結構低予算な方だと思うんですけど
おそらくグラウドファンディングとかで撮ってますよね、今回って
でもその割にはというか、全然安っぽく感じる絵とかも全然なかったし、全然
小さな村の話に限定してるからこそそんな目立たないっていうのも多分あると思うんですけど
ちゃんとなんかチープだなみたいな風に思うようなシーンはほぼないように作ってるのかも
やっぱささかだなと思いましたし
逆に虐殺が起こるシーンはめっちゃ安っぽく作ってあってそこもいいなって
あー確かに
あそこでなんかやっぱり、じゃあその潮ん張りにチードバーみたいなにするかとか
それでも困るわけですよやっぱり
それだとちょっとなんかそういうグロウ目的を楽しみにするための映画っぽくなっちゃうし
かといってやっぱりなんかそこバキバキに演出でかっこよく撮っちゃうとなんかそれもなぁみたいな
やっぱりちょっとドン臭くてちょっとカッコ悪いですらあるみたいなぐらいの方がやっぱりちょっとリアル感もあるというか
本当にありふれたところでありふれたようにこんなこと起こるかもよみたいなのが
逆にちょっと伝わるような感じに撮られてるなぁという風に思って
あの辺はなんかすごく良かったなという風に思ってますね
刃物で刺しても音しないのいいなと思いました
別に血が噴き出るわけでもないですしね
やっぱ相手シーンで僕一番なんていうか心に迫るものがあるのって
死体だけを映ってるシーンとかなんですけど
死体が積み上げてあるとことかは
ああ嫌だなって心底思えるなぁと思って
虐殺シーンそのものよりもやっぱその終わった後の光景に
なんか一番嫌さがあるなぁとは思って
事件が終わるあたりでというか事件の発端というか
暴力の唇を切った女性いたじゃないですか
その女性の旦那さんが最後帰ってくるじゃないですか
どうしたんやみたいな
51:00
あれ一番きついなって思いましたけど
うーわこれどんな気持ちみたいな
で見たらいいのみたいな感じはすごくしましたね
本当にあれゾッとしたなっていう
そんなとこしかね
結構重い話でしたけど
意外と話せたなっていう感じかなとは思います
福田村事件の話はこれぐらいにしておいて
次回テーマなんですけど
前田さんに最終相談してから決めるとして
何か候補だけ挙げとこうかなっていうところなんですけど
目玉が難しい時期だなとは思っているんですけど
そうですね
比較的主なのはグランツーリスモ
これは確かに見たいというか面白そうなんですよね
グランツーリスモね
車好きなのですごい楽しみなんですけど
この系ワンスアゲイモノというか
明らかに予告から感じる
人生を取り返しにいく感じはちょっといいなっていう
普通に暑い話っていう意味でめちゃくちゃ楽しみでもあるっていうのはありますね
これ監督誌って覚えたんですけど
ニューブロムカンプなんですね
そうなんですよ
なんでって感じですけど
なんでって感じですけど
ほぼ見てるけど
そうなんですね
いきなりなんでだろうっていうのはちょっと思いましたけど
逆に楽しみになってそれ聞いて
そうですね
僕的にはどうしてもやっぱり
アリスとテレスの幻工場が楽しみではあるんですけど
岡田マリなんで
でも前田さんは見ねえなっていう感じがするので
まあいいかなっていう
確かにこれは良さそうなんですよね
ちょっとこれに前田さんを巻き込むわけにはいかない気がして
これ僕多分思うんですけど
岡田マリは深海誠以上に劇薬だと思っているので
だと思います
わかりますわかります
本当に劇薬だと思っているし
予告編を見るからに
何もこれ薄めてねえなって思ったので
現役だなって感じが
現役そのままたっぷり込めたなみたいな映画だなっていう風に
予告編から感じていたので
実機には楽しみなんですけど
あとはクマはいないとか
またドキュメンタリーですけどね
確かにこれも面白そうなんですよね
あとちょっと難しいタイミングだと思うので
企画テーマもありかなと思って
例えば前マリオンさんが話してた
映画テーマパークの話とか
それもありかなと思って
確かにそれでもいいですし
そのテーマでいくか
映画として選ぶのはグランツーリスモぐらいがちょうどいいかなというか
54:03
みんなで楽しく話せそうだなっていう感じはするかなっていう
いきなり名探偵ポアロの話とか無理ですもんね
ポアロとかあるけどさ
個人的に絶対これからね
テーマメールと全く関係ない話で言いますけど
アビスはちょっと個人的には見に行きたいなと思ってますけどね
これ全然知らないです僕
須藤蓮さんって俳優兼監督の方の2作目なんですけど
脚本が渡辺彩さんなんですよ
彼と渡辺彩さんタッグ組んで1作目も撮って
逆行って作品もそうなんですけど
結構渡辺彩作品はずっと追っているので
そういう意味でアビスはちょっと楽しみではあるって感じです
これ知らなかった
グランツーリスモですかねこの感じだと
一旦グランツーリスモしましょうか
前田さんに確認して最終決定でいきたいなと思います
ではお知らせになります
9月も映画南下杉場を開催予定です
場所は大阪の南森町週刊回り
9月30日土曜日19時オープン
23時クローズとなっております
またこの番組ではお便りを募集中です
番組全体や次回テーマへの感想など
ご自由にお送りください
バーの最新情報番組次回テーマは
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それでは映画の話し下杉ラジオ第133回
フクダグマ事件の回を終わりたいと思います
それではまたお会いしましょう
さよなら