はい。
ジャンププラスって今多分連載してると思うんですけど、おかえり水平線っていう漫画があってお二人これご存知ですか?
いや、全く知らないですね。
僕も全く知らないですね。全然知らないです。
僕も偶然流れてきて読み始めたらこれはいいぞって今3巻くらいまでしか出てない作品なんですけど、いいんですよ。
舞台が大阪の銭湯を経営して、経営というかそこのお家族でというかおじいちゃんがそこ経営してて、その孫にあたる男の子が主人公なんですけど、
なんかその男の子があんまり人と関わるのがうまくないタイプの子というか、進んで人と関わらないことを選んでるタイプの子っていう感じの描き方がされてる。
で、そんな子のところに突然東京から来ためちゃくちゃシティボーイの同世代の男の子が銭湯に現れるんですよ。
で、話を聞いていくとどうやら原違いの兄弟だってことが分かってくるっていう。
で、そっからその二人がその銭湯の下で暮らしていくっていう。
これ2巻の帯、藤本篤先生が書いてるんですけど、の言葉を借りるとボーイズフットものなんですよね。
男の子同士の関係性、そこにいろいろな人がさらにこう一緒に入ってきてっていうような話になっていくんですけど、
これあんまり確かにこれまでない感じのテイストなんですよ。
その読んでいくと銭湯という場所が非常にケアの場所として機能してるってことが結構読んでいくと分かっていく。
そこにクラスメーターたちが徐々にいろいろと入ってくるって話になっていくんですけど、
根底としてケアの話をするにあたって男の子って描けるんだってのは結構僕驚きで。
で、そこの男の子2人の感じに全然ファンタジーな感じがないのもまたいいんですよ。
どこか2人それぞれ自分のことの開示の仕方がちょっと不器用だったりっていうのも描かれながら、
でも無理やり開示をさせようともしないっていう結構絶妙なバランスで描くんですよね、この漫画。
例えば主人公の父親っていうのはもうすでに病死しているので、
ある種今回引き起こしてしまった責任の主体っていうのがもういなくなってる状況なんですけど、
その中でじゃあどういうふうにその話を昇華していくかってことを、
これは多分物語で通じてある種1個のテーマとして描かれていく話でもあるので、
解決はしてないんですけど、そこら辺の描き方が上手かったりとか、
あるいはそこの弱さというか自分の存在の不安みたいなものの開示の仕方っていうのが結構下手くそなんだけど、
でも下手くそなりに頑張ろうとしている感じがすごくよく描かれている。
それって男の子的というか男性的なその弱みの出せなさみたいなところだと思うんですよね。
で、これまでってそれってシスターフットでは描けていて、
で、そのボーイズフット、男性モノではそれが良くないところ、
自分の秘密の開示さか弱さの開示ができないところが良くないところとして結構描かれてきたものだったなというふうに意識してるんですけど、
今作はそこまで開示させないんだけど、しないながらなりにどう関係性を築いていくかってところに結構重きを置いてる。
それってボーイズフットモノかファンタジーにならずに何とかやれるギリギリのバランスだなって思って、
そこがまた結構読んでて面白いんですよね。
男の子同士の男の子のためのケアの話をしっかり描こうとしてるって感じがすごいする。
で、この物語、高校生が一応主人公なんですけど、
1個特徴があって先頭に集う登場人物たちというかクラスメイトたちが何人か出てくるんですけど、
多かた親との関係がうまくいってないんですよ。
で、その親というある意味その中間的な大人、ただ実は親もある種子供的な部分があって、
そこが解決しないんですよね、この漫画のいいところって。
親と子の関係を何かその子供側が先頭という場でケアされることによって解決するっていう話になっていなくて、
なんとかその1個依存できない状態になった子供たちが逃げ場として先頭を、
一つのケアの場所依存の場所として使っていって、その中で癒されるというか、
自分そうじゃない場所を見つけていくみたいな話になってるんですよね。
疑似家族まではいかないまでも現実的な足場を手に入れるみたいな話になってる。
その辺がすごくよくできてるし、これジャンプでやってんだって。
ジャンプラスですけど。
っていうところもめちゃくちゃ熱くて。
なんとなくその舞台が大阪って大阪の海の方なんですけどって言ったのも、
大阪の空気感だなっていうのもすごいあるんですよ、読んでて。
大阪らしい、あるいは関西らしいその人との距離感の感じ。
夕日になりたってるっていう絶妙なバランスでも描かれてる。
っていう意味で、結構注目すべき、個人的にはケアの文明にすごい興味がある人間としては、
こんなにストレートにこういうことを少年誌で描けるんだっていうことに結構今感動してる状態って感じです。
ちょっと面白そうですね。
いやーこれおもろいですよ。
結構この番組的にも男性同士のケアって割とよく触れるテーマでもあるし、
ジャンププラスでそれをやるんだっていうのも結構面白いなっていうか、
ジャンププラスもともと引き出しの広い媒体だとは思うんですけど、
それでも結構味付け濃いなっていうふうに思ってるんですよね、作品見渡してみて。
話としては、北ドイツのある家に住んでいた家族の話が4つの時代に分かれて、ザッピングしながら切り替わりながら描かれていくんですけど、
1910年代から始まるかな?
10年ぐらいから始まるかな?
たぶんですかね。たぶん一時大戦もまだ始まってないから10年代ですよね。
1910年代と1940年代と1980年代と現代っていう4世代あって、
それが切り替わりながらそこにいる基本的に女性を中心に、ある女性を中心に描かれていくんですけど、
分かりやすい事件が起こるとかではなく、なんかずっと嫌な空気があるんですよね。
それは、家であるとか、あるいは地域の空気みたいなものであるとか、あるいは男性の目線みたいなものにずっとうっすらと嫌さがある話なんですよね。
なるほど。
じゃあそれが何なのかっていうのは別に語られないし、別に展開としてもそうはならないけど、なんか嫌っていうのがずっと漂ってて、
その中心となる女性たち、それぞれ全然違う女性たちなんですけど、年代も離れてるんで、
全員がある種の既死念慮みたいなものとか、あるいは自殺願望みたいなもの、
なんかここに居たくないであるとか、自分の存在に対してあまり肯定的に慣れてないとか、
どこか現状の性に対する反発、否定みたいな心をみんなが持ってるんですよね。
別にそれは、じゃあなんでっていうのは全く語られない。
ただうっすらと嫌な空気と感じている負の感情がずっと描かれていくんですよね。
結構本当に難しいんですよ、この映画。
雰囲気としては、僕が見た映画の中だと、ミハイル・ハネケの白いリボンっていう映画を僕は思い出してたんですけど、
あれもドイツの話で、あれも20世紀前半の戦争が迫りくる時代に、ドイツの田舎でなんか嫌なことが起こりそう。
でも別に直接的にそれが何かって描かれないみたいな、空気だけが描かれていく映画で、
なんか白いリボンみたいだなぁと思いながら見てたんですけど、
あと僕はもう一つ思い出してた映画が、ピクニック・アット・ハンギング・ロック。
うん、なんかそうかなってちょっと思いました。
ですね、はい。
で、あれもオーストラリアの女学校に勤めてる女の子たちが岩山にピクニックに行って、
なんかいなくなりましたって、それが何かわかんないけど、
でもなんかわかるよねっていう、その状況だけが描かれ続けるんですよね。
僕これ、バットマンリターンズでペンギンとキャットウーマンが仲良くなれた威風だなって思いながら見てたんですけど、
ティム・バートンのバットマンリターンズってもろそんな話で、
あのペンギンってもう社会から疎外されてむっちゃ孤独で社会に復讐したいと思ってるやつなんですけど、
むっちゃくちゃ生の性欲を持ってるんですよね。
で、それをキャットウーマンに雑な形で投げかけて反発されるんですけど、
でも彼らって分かり合える余地あったよねってお互い社会から疎外された同士で、
分かり合える余地ってあるよねっていうところが噛み合った話だなって思いながら見てたんですね。
分かり合える余地あるじゃない、この2人っていう。
それは本当に偶然でもあると思うんですね。
本来片方はエゴによって相手を死から復活させてるし、
もう片方は男性に支配されるなんてまっぴらごめんって言って生きてきて、
その果てに死んでる女性だからそもそも相性悪いはずなんですけど、
それでもこの世界でこの2人でやっていくっていうね、
なんかその感じはこのあたりはボニーとクライダーなんですよ。
俺たちに明日はないなんですよね。
逃避行になっていってこの2人がある種の社会のアイコンになっていくみたいな展開。
むちゃくちゃボニーとクライダーみたいな感じだし、
同時にテルマ&ルイーズなんですよ。
この2人しか分かり合えてないよねって社会の側はこの2人を理解できないですよねっていう話なんですよ。
当然その社会の側はそんな彼らを追い詰めていくわけなんですけど、
そこからね、僕やっぱり好きなんですよね。
社会に中指立てるやつの話が。
自分がそうなれないからそういうことをする人の話がむちゃくちゃ好きで、
いや本当にね、むちゃくちゃかっこいいんですよこの映画本当に。
なるほど。
ちょっと語彙足りないんですけど、むちゃくちゃよくて。
あとフランシュ・ケンシュタインの怪物の作者であるメアリー・シェリーが出てくるんですよ。
その彼女の扱い方とかも、
いやちょっとそのブライドに対して呪いをかけてくる側でもあるんですけど、
同時に解放させる側でもあるんですよね。
いやお前は怒れって言ってくるんですよ。
はいはいはい。
で、それって怒らなければならないっていう押し付けでもあるんですけど、
いやでもそれでもあんた怒ってたでしょずっとっていう。
それにあんた以外のあの人もあの人もあの人もみんなこの社会に怒ってたでしょっていう。