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2023-05-23 27:28

第117回(1) 『おもひでぽろぽろ』オープニング ゲスト:オーイシさん

これまでも何度か登場いただいたオーイシさんをゲストにお迎えして、スタジオジブリ制作、監督高畑勲による1991年公開の映画『おもひでぽろぽろ』の話をしました。

オープニングではメンバーの近況についての話をしています。『TAR/タ―』の話でヒートアップしています。

■メンバー

・山口 https://twitter.com/awajicinema ・まえだ ・マリオン https://twitter.com/marion_eigazuke

■ゲスト

・オーイシさん

■映画の話したすぎるBAR東京開催決定

日時:2023年5月27日(土)

場所:『イベントバーエデン日暮里』文京区千駄木3-44-9パレ・ドール千駄木B102 https://eventbareden.com/bar-list/nippori

詳細:https://virtualeigabar.com/eiga-bar_2023-5_in_tokyo

■映画の話したすぎるBARのお知らせ

日時:2023年6月24日(土)

場所:『週間マガリ』大阪市北区 天神橋1丁目11-13 2階 https://magari.amebaownd.com

詳細:https://virtualeigabar.com/eiga-bar_2023-06

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00:13
はい、始まりました。映画の話したすぎるラジオ第117回になります。
この番組は、大阪の南森町にある日替店長によるイベント型カフェバー、週刊ばかりにて、
映画トークバーイベント、映画の話したすぎるBARを月1ペースで開催している店長メンバーによる映画トーク番組です。
私、映画の話したすぎるBAR店長の山口です。
前田です。
マリオンです。よろしくお願いします。
はい、よろしくお願いします。
今回、ゲストをお越しいただいています。オーイシさん、お久しぶりです。
お久しぶりです。話の合わない俺たちはMCをやっております。オーイシと申します。よろしくお願いします。
わーい。
お久しぶりです。
お願いします。
オーイシさん、映画の話したすぎるBARのお客さんにも来ていただいてたりとか、
この番組にも今までゲスト出演を何回かしていただいてたんですけれども、
実は関東に移住されているんですよね。
そうなんです。
なので、我々としても久しぶりなんですよ。
本当に。
今回、ゲストにお越しいただいたのが、今回が思い出ポロポロがテーマということで、
これはぜひオーイシさんに来ていただいた方がいいんじゃないかということで、
今回お越しいただいたんですけれども、
ちなみに前田さんと僕とオーイシさんが揃ってるのって初めてなんですよね。
確かに。
収録。
確かにそうですね。
いつもどっちかが欠けてたので。
そっか。
そうですね。
ちょっと新鮮な感じを僕は感じてますけど。
あと今回の収録が公開タイミング的に、
映画の話したすぎるBAR東京開催までの公開される最後の回になるんですよね。
一応東京に関しては僕もお邪魔しようことは思ってますので。
ぜひぜひよろしくお願いします。
よろしくお願いします。
お待ちしてます。
じゃあまあ近況の話から入っていこうかと思うんですけども、
前田さん近況いかがですか?
えっとですね、私前回お休みしてたんで、
その期間で見てた作品は、
食人族。
いいですね。
はい。
インテリマスターでめっちゃ良かったです。
めっちゃいい。
劇場でというか、映画館で見る映画ってすごいなって思いました。
これぞ映画体験って感じですよね。
確かに食人族、なんとなく学生の時とかに
怖いもの見たさで集まって見たりはしていましたけど、
ビデオとかだったんですよね、僕の世代的には。
多分僕はVHSでしたけど、
家で見るもの感は我々のスタイル的にはあるんじゃないかなって気がするんですよ。
03:04
その食人族を映画館で見るって、
よく考えたら新鮮だなっていうのは言われてみて思いました、今。
いや、そうなんですよ。
すごい嬉しいですよね、こういうの。
その視点はなかった?
ありがとうって思いました。
なるほどね。
そんな良かったんですね。
いや、本当に良かったです。
良すぎて、その後にひとくい族っていう
食人族のパクリみたいな映画のDVD買ったんですよ。
それもめっちゃ面白くて。
食人族と同じくらい面白くてびっくりしました。
すごい。
両方でかい亀が出てきて、
ちょっといろいろと現代の価値観ではいろんな意見はあると思うんですけど、
本当に実際に撮影の中で動物が殺されたりするんですけど、
でも正直そのシーンが入ってるからこそ、
食人族もひとくい族もそうなんですけど、
命が死ぬって怖いなっていう、
すごく当たり前のことを感じさせられるっていうか、
だからホラー映画とか好きで見てると、
そういうグロい表現に慣れてしまったりする部分もあると思うんですけど、
そういう命ある生き物が死んでしまう人間もそうですけど、
それがすごいリアルな映像になってるっていう、
その事実がすごい怖いんですよね。
そのシーンが入ってることで、
映画全体の緊張感というか生々しさがすごいあって、
作品の中では正直、
あのシーンがあるからっていうのは私はあるなと思いました。
なるほどね。
確かにね。
でかい亀って中身すごい内臓詰まってるんですよ。
印象的ですよね。
食人族の中でも。
みんな知ってたのと思って。
なんかすごいプリプリじゃないですか。
そうなんですよ。
生きてるって感じすごいんですよね。
それが怖いんですよね。
なんかその中身を見て初めて、
すごい生きてるんだなって死んでるのに思うんですよね。
亀ってすごい生きてるんだなって思って。
それが怖いというか、
そんなことを思ってました。
なんかその流れでグリーンインフェルノ見てませんでした?
グリーンインフェルノ見てました。
でも食人族見た後にグリーンインフェルノ見たら、
なんか全然ちょっと生々しさとレベル違うなって思いましたね。
まあね。
で、
たぶんなんですけど、
グリーンインフェルノって食人族をオマージュというか、
食人族が求めたっていうふうに思うと思うんですけど、
意外とヒトクイ族なんですよね。
え、どういうこと?
話が。
06:00
違うんだ。
ヒトクイ族ってさっき言った私が言ったパクリ映画というか、
パクってるのかどうかは知らないんですけど、
ちょっと日本のタイトルがパクリ映画みたいになっちゃってるだけかもしれないんですけど、
ヒトクイ族の方がグリーンインフェルノ近かったんですよ。
だから、え、もしかしてこっちなの?と思って。
なんかちょっとそういう密かな感動を得たりしてましたね。
ヒトクイ族も古いんだ。
そうなんですよ。
ヒトクイ族も古くて、84年。
食人族が80年で、84年なんですけど、
監督は食人族よりも前にそういう食人映画は撮ってるんですよ、実は。
だから、一画にパクリって言えないのかなとは思うんですけど、
結構しかもこっちの方が、
ヒトが死ぬシーンの特撮とかこっちの方がグロくて、
おかししますんでよかったら見てください。
絶対見ないじゃん。
興味ある、興味ある。だいぶ興味ある。
興味ありますし、
それこそ僕、明日食人族見に行こうかなって思ってたんですよ、実は。
ぜひぜひ。
行こうと思ってた。
ぜひ見てください。
だから全然興味あります。
なるほど。
以上ですかね。
もうちょい話して、もうちょい話していいよ。
いいですよ、いいですよ。
駆け足で、駆け足で。
あと、クロムスカルっていう映画、
これなんか1週間ぐらいしかやってなくて、
各県1巻ずつぐらいしかやってないんですけど、
2009年の映画なんです、実は。
もうちょっと諸事情あって、
そうなんですよ。
日本で公開されなくて、配信とかDVD化もされてなかったんですけど、
今回、エクストリームが廃棄して、
無慈悲の目を見たっていう感じのホラー映画なんですけど、
これはあんまりストーリーが大してあるわけじゃないんですけど、
シンプルなスラッシャー映画で、
結構でも語話描写というか、
がすごいしっかりしてて、
監督が元々特殊メイクの、特殊メイク畑の人らしくて、
だからすごい人の人体破壊描写というか、
殺されるシーンがめっちゃイケてる映画で、
この後配信とか来るのかは分かんないんですけど、
来たらぜひそれも見てほしいです。
なるほどね。
スラッシャー映画っていいなって思います。
ホラー映画の中でもやっぱりスラッシャー映画って、
王道で怖いしワクワクするというか。
前田さんらしさ全開っすね、今回。
そうなんですよ。
ゴーデンウィークの間の話できてなかったから、
発力もめっちゃ高いなと思って。
いろんな意味で破壊力がすごい。
そんな感じで。
なるほど、了解です。
マリオさんいかがですか?
そうですね、今週はターと、
アルマゲドンタイムという映画と、
あとザ・ウィッチ魔女を今度続編がやるので、
09:00
そういえば、やるし見ておこうかなっていう、
家で見たりとかしてましたね。
ザ・ウィッチ魔女なんですけど、
後出しジャンケンの話やな、
みたいなばっかり思っちゃったんですけど、正直。
アクションはすごいけど、
実はこうでした、みたいなのが、
後出しやん、全部みたいな感じになっちゃったりとか。
話はすごくハードな、
バイオレンスも多いような話だと思うんですけど、
前半とかもあまりにもほのぼのした話じゃないですか。
前半なんか住んでるお家のお金がないから、
韓国のオーディション番組に出て、
金稼ごうぜみたいなのが出て、
それが人気になってみたいな、
リアリティ大丈夫かみたいな感じの、
薄いなんか、過剰なほのぼの展開があって、
これは何を見てるんだって思ったんですけど、
それはもう全て後半への前振りというか、
意外性のための前振りでしかないなっていう感じで、
多分これ、家で見たからちょっとそういうのが
気になるのかなっていうのはちょっと思ったんですよね。
多分映画館で見たら、
すごい良い拾い物したなって多分思えたかなと思ったんですけど、
なんかちょっとこれ続編僕見て大丈夫かなって思ったんですけど、
横編みたいなのめちゃくちゃかっこいいんだよな。
なんかめっちゃ気になってるなっていう感じですね。
で、それよりも、
この週はとにかくターがすごかったんですよ。
そうですね。
なんだこの映画はっていう、
ちょっと何なんですかね。
こんないびつな映画?
いびつというか、
捉えどころのないような映画だとは思っていなかったっていう感じで、
けどその捉えどころのなさの中に、
すごく様々な問題提起とかいうのがすごく
込められてる映画だなと思って、
すごいなと思いましたね、本当に。
なんかもう横編の段階でなんか、
僕この映画のことがさっぱり分かってなかったんですけど、
これ何の映画っていうのか分かってなかったんですけど、
見たら見たらで、
これ説明無理だなっていう、
横編で説明するの難しい映画だなっていう風にやっぱ、
思いましたよね、本当にね。
権力についての話でもあるし、
アートとある種の、
そのアーティストの人間性のバランスの問題の話とかもあるし、
キャンセルカルチャーとかの話にも触れるような話でもあったりとか、
これすごく複雑やし、
いろんなことを問題提起として考えさせられるというか、
でそれになんか、
映画からは答えが出てこなくて、
あくまでこっちで考えるよねっていう、
こういう状況があるけどどう思いますかみたいな、
一種の例え話みたいな感じにも見えるのかなとは思うんですけど、
けどその例え話っぽさを感じさせないぐらい、
とてもリアルな世界観が広がってるというか、
ケイト・ブランシェットの存在感が異常なんですわっていうぐらい、
本当にこんな人いそうですもんみたいな感じなんですよね。
リディアターという、
女性初のマエストロというか、
女性指揮者としてもう権力まで頂点にたどり着いた人みたいな、
キャラクターですけど、
こんな人本当にいるんじゃないかみたいな、
その存在感もだし、
そこに出てくる人物とか名前とか描写とかっていうのも、
12:02
あ、この名前聞いたことあるみたいな人の名前が出てくるとか、
ちょっとだけクラシック音楽聞きかじってたことがあるので、
あ、このアーティストの名前が出るのかとか、
あ、この指揮者の名前とか知ってるなとかっていうのも出てきたりとか、
っていうところも含めて、
すごく解像度が高いみたいな。
ちょっとこの映画はなんか、
これみんなで話したら面白いんじゃないかなというふうに思いましたね。
僕ね、ターの話したくてしょうがないんですよ。
わかります。
来週テーマちょっとターにしたさはあるんですけど、
前田さんがちょっと見てくれないような気もしてるんで。
いや、ターはね、すごい評判いいんで。
長いですよ。
そう、山口さんが長いんだよなって書いてるツイッター見て、
長いのかって思ったんですけど。
よかったよかった。
前田さん見てくれてたかも。
しまった。
でもなんか、今年外せない感じがしますよね。
ちょっとね、激アツですよこれ。
すごいです。
ここで話したいんですよ、いろいろ本当に。
僕も喋ったけどあんままだあってないっていっぱいありますからね。
置いときましょうか、今日は。
そういう感じでしたね。
了解です。
じゃあ、オイスさんって最近いかがされてました?
いやー、置いときましょうかって言われたんですけど、
ターの話したくて。
オイスさんは別にどんどんやってもらっていいですけど。
すいません。
そうなんですよ、めちゃくちゃ素晴らしくて、ターが。
さっきマリオさんもおっしゃってるんですけども、
とにかくケイト・ブランシェット演じるリディア・ターが実在感しかないんですよね。
いわゆる、わかってるように、たとえ話とかグーバーとか、
あるいは仮想の主人公って感じを一切させない、
こういう人いるっていうか、
なんか見たみたいな、そういう説得力があふれ返っていて。
で、もちろんリアルだから素晴らしいっていうだけじゃないんですけど、
なんというか、たぶん今の社会において、
正しくないってイコール悪いにすぐなると思うんですよ。
二言論的に。
だけど、この人は正しくないんだけど、
悪いと断罪もできないっていう複雑さを持っていて、
で、特に僕がその前まで言った世界、
学術の世界だとか、あるいは芸術の世界って、
そういう正しくないけど、すごい才能を持ってるからいるっていう人がたくさんいて、
そういった人たちにも正しさを果たして押し付けるのが正しいんだろうかっていうのを、
ちょっとすごい自問自答しちゃってみながら。
なので、もちろん才能イコール免罪婦っていうのはやっぱり言い過ぎだなと思いつつも、
でも、なんていうか、彼らとか彼女らの存在が極めて俗人的に存在するがゆえに
世界が回ってるってことは自覚したほうがいい時もあるよな、
みたいなことをちょっと僕は考えながら見ちゃってました。
なるほど。
すんごい面白そう。
15:01
いや、もう見たくなったでしょっていう。
そう、チラッとこうあらすじというかちょっとだけ情報が入ってきてるんですけど、
個人的に全然違うと思うんですけど、
ちょっと前の新仮面ライダーのドキュメンタリー、
あのめちゃくちゃ賛否あった、なんかああいうのとかちょっと頭をよぎるっていうか、
そのテーマは面白いですね。確かに話したくなりますね。
いや、いいですね。
そうなんですよ。で、ターはそうですし、
あとEOとかジュリアーズとかもちょっと見てたんですけど、
特にEOは結構攻めた映画だったなっていうのがすごい印象残ってますね。
だってあれってあれですもんね。
え?フーさんのロバ?
それは違うんですよ。
EOって要はロバの鳴き声を英語で表現するとEOなんですよ。
だからたぶんフーさんのロバも、
要は日本語で言うワンワンみたいなもんですよね、犬に対して。
私あれずっとフーさんのロバの話だと思ってた。
違います。
違うやん。ディズニーの映画と思ってた。
それは違います。
でもEOも本当に言葉がないんですよね。
自分の映画を本当にそういう、
要はロバが主人公で本当に喋らない、モノローグとかも何もないので、
その視点からずっと世界よとか人々を追っていくんですけど、
彼らのストーリー自体が僕らが勝手に思ってるものかもしれないし、
そういう不安定さというか、
ノマダの無さをこちらに突きつけてくるような映画で、
これもまあまあ素晴らしかったですね。
というのが今週の近況トークって感じですかね。
はい、なるほど。
僕も見てるのはターだけなんですよね。
僕もちょっと手を振りさせてもらいたいんですけど、
喋りましょう。
権威を得た才能の暴力というか、圧力の話ではあるんですけど、
主人公がリギアターっていう女性で、同性愛者なんですよね。
そういう人が権威を持って周囲の人に圧力を加えているっていう話ではあるんですけど、
すごい難しい話だなと思ってて、
周囲に圧力を与える権威を持った人物って、
大抵の場合は男性の異性愛者として描かれると思うんですよね。
女性の同性愛者ってすごい稀というか、
僕がこういう描かれ方してるのはあまり見たことないんですよ。
そこがすごく興味深いなと思ってて、
今までのそういった人物が描かれる時の頻度から言ったら、
非常に稀なもの。
でも例えばそれで男性の同性愛者がそういう立場になるとかって、
なんか描かれるかなとか、
あるいは女性の異性愛者がそういう立場になるとかっていう、
今までマジョリティだったものが、
だんだんマイノリティとしての属性を増やしていくことで、
18:01
描ける範囲が広がっていくみたいなのはあるかなと思ってるんですけど、
2段階行くじゃないですか。
女性で同性愛者っていうのがちょっと肯定的に飛躍があるというか、
男性の異性愛者っていうものが主に描かれる題材で、
女性同性愛者っていうのが距離が結構あると思うんですよね。
それが僕にはある種の試行実験的なものにも見えて、
だからあんまり今までそういうことを考えたことなかったでしょ?
でもよくよく考えたら当然ありますよねっていうものを描いてると思うんですよね。
それを考えてみようっていう映画にも見えて、
ちょっとそれに近しい経験をしたので言うと、
チタンがちょっと思い出したんです。
チタンは金属とセックスする人っていう、
既存の文脈にないセクシャリティを持った登場人物の話で、
あれはどうしても試行実験にならざるを得ないと思うんですよね。
見たことないものだから。
じゃあその実際にはあるであろうけど、
見たことはあまりなかったものとして、
女性同性愛者による他者への圧力の話っていうものが新鮮だし、
いろいろ考える必要があるよなって思えるところとして、
すごく興味深かったんですけど、
ただじゃあその今世の中的にそういうマイノリティの立ち位置を改めていこうって中で、
こういう映画が作られるのどうかなっていう風な意見もあると思うんですけど、
僕そこのメクバスが非常によく効いてる映画だと思ってて、
リディアター自身は直接的な暴力にはむちゃくちゃ弱いんですよね。
そこがすごく大事だなと思ってて、
そこに触れてるっていうのがバランス感覚として興味深い映画だなっていうところなんですけど、
あとちょっと人と話して気づかされた点で、
女性の同性愛者でこの話は描けましたと。
人によってはダメだっていう人もいるかもしれないけど、
僕はギリギリ描いていないんだったと思うんですけど、
ただ例えばこれを主人公トランスジェンダーで描いたらダメだと思うんですよね。
難しいですね。
なんでですか?
だから今トランスジェンダーによる暴力性っていうものが、
トランスジェンダーヘイトの言説の材料として使われてるからなんですよね。
例えば入浴の場であるとか、トイレの場でそういうトランスジェンダーの存在が、
かっこ普通の女性にとって暴力になるんじゃないかみたいなのが、
懸念がそのトランスジェンダーヘイトの材料になってる中で、
権威を得たトランスジェンダーも暴力的なことしますよねっていうものを描いたときに、
思考実験とかそういうレベルじゃなくて、
もう嫌なものにしか見えないと思うんですよ、そうなったら。
それはもうアカンでしょってなると思うんですけど、
僕の感覚では、女性の同性愛者のレズビアンの人の範疇では描いていい話には思えたっていう、
21:00
じゃあその戦力ってどこなんかなみたいなすごい色々考えたんですよね。
だから絶対にこういう題材を描くんだったら、社会的な要因って無視したらダメだと思うんですよね。
男性を女性に反転させたら同じことを描けるかって絶対そうじゃないじゃないですか。
異性愛者が同性愛者に移し替えたら同じように描けるかってそうでもないしっていう、
そのミラーリングしていく中でどっかでどんどん違う意味を帯びていくので、
どの段階で本当にアウトの意味を帯びるのかみたいなのを考えてみたくなるんですよね。
どっかにほんまにアカン線があると思うんですよ、僕は。
僕は本作に関しては、トランスジェンダーを主人公にこの話をやってたらアウトになるっていうのが僕の中の線としてあって。
それは今ってことでしょ?
今です。
今じゃなかったといえばこれが2年前とか、2年後どうなってるかわかんないですけど、
全く状況が違ってたら問題ないってことですか?今と。
今、時事的に話題になっているようなことが話題になってなかったとしたら問題ないですか?
ちょっとやそっとの未来じゃないと思うんですよね、僕は多分それは。
僕の考えでは。
なんか私との、ちょっと違うかもしれないんですけど、
障害者の人を悪役で出しちゃいけないみたいな、
なんかそういう悪役で出しちゃいけないって言ったらおかしいですけど、
なんかちょっとそういうのとも似てるとこあるんじゃないかなと思ってて、
なんて言ったらいいのかな、難しいんですけど、
そこに社会の共感を得られないような描き方をしてはいけないみたいな、
社会的弱者の人たちを、共感を得にくいキャラクターにして描いてしまうのはダメっていうのは、
今の社会がそれをしてしまうことで、
その人たちに対する偏見とか差別を助長してしまうっていうのが原因ではあるんですけど、
でも一方で、それってセクシャリティとか、
そういうことに関係なく、いい人も嫌な人ももちろんいるし、
意見もいろんな意見がある中で、
そこが描けないっていうのは、
社会の不自由が一つやなって、
社会の現状がそうだから、
それを描けないっていうのは、
なんかなかなか、
かといってそこの問題が解決されるかって言ったらされないことの、
もやもや感はありますよね。
前田さんのおっしゃってることも分かって、
それはそうなんですよ。
だからないことにするんじゃなくて、
ちゃんと描く。
それも善としてだけ描くって、
それって逆に差別じゃないですか。
だからそういう、
マイノリティをマジカルなものとして描くっていうのも、
問題視されてることであって、
例えば黒人であるとか、
女性であるとか、
障害を持ってる方っていうのが、
そういうマジョリティから触れたときに、
何か典型を得るための、
特殊な存在、
マジカルなものとしてって、
それはそれでアウト。
ちゃんと悪いやつは悪いって、
描くっていうのも必要だとは思うんですけど、
ただ何でも描いたらいいかっていうのは、
24:00
僕はそうじゃないと思ってて、
例えばプロパンガンダイ映画がありかって言われたら、
そうじゃないと思うんですよ。
繊維雇用に使われるであるとか、
差別を促進させるような映画も、
この世には存在してましたよね。
そういう目的で使われた映画も存在してて、
例えばナチスドイツが、
ユダヤ人は邪悪で愚かしいものであるっていうのを、
印象を国民に与えるために使われたのって、
エンタメ映画なんですよね。
エンタメ、みんなが楽しんでる中で、
やっぱユダヤ人って嫌な奴らだよなっていうのを共感することで、
ああいう状況が生まれていったわけで、
例えば僕は本作はそうならないと思いますけど、
他がトランスジェンダーってやっぱ権力来たら、
顔に来たら嫌な奴らだよなって現状も、
そういうワイノリティであるって一方で、
他人を殴ってくる嫌な奴らだよなって言い方をすることはできるんですよね。
それは、もうなんかそういう、
いや、ちゃんと悪としてもエナメックなのも大事だよっていう、
土壌にさえまだトランスジェンダーの人たちを立たせることができてないっていう、
社会状況があるんじゃないかなっていうふうに僕は思います。
それに関しては。
それはすごい同意していて、
私の表現の自由とかっていうのは、
現実の社会が正しくあって初めて間違ったことを表現できるわけじゃないですか。
だからこそ私はホラーとか、
そういう残酷描写がある映画が好きな身として、
だからこそ現実は正しくあって欲しいんですよね。
その映画で自由にして欲しいからっていう思いがすごくあって、
だから思いとしては一緒です。
だからそこの現実がそうなってないから、
映画にそこまでの自由度を持たせられないっていうのはあると思って。
そうですね。
めっちゃター見てないのにターの話されてる。
でもその表現の自由ねって話も、
社会が問題がまだ正常に機能できてないから描けないんだっていうロジック。
それは僕も同じだなと思うんですけど、
たまにというかそのロジックが反対で考える人もいるわけですよね。
たまにではないですけど、
表現が自由にできないのはなんだダメだみたいな、
社会の問題じゃない、それは社会の問題じゃない、
ただ自由だけが全てだみたいな感じの言い方をするみたいなのって、
結構見るなっていうのがあったりするので、
そこは本当に難しいですよね。
だからその表現の自由を守るために、
我々は現実にちゃんと向き合わなくちゃいけない先に、
っていうのがすごい私はスタンスとしてあって、
基本的に表現は私はもうオールオッケーにしたい派なんで、
そのために解決しなきゃいけないことがあるよね、
そこを先に一緒に解決してからにしようやっていうのは、
何の話やねんって感じなんですけど、
でも思いますよね、映画とか作品が好きだと絶対ぶち当たる壁じゃないですか。
その辺の葛藤とかね、
だから本当に無邪気に現実を無視して表現は自由であれっていうのとか、
27:01
本当に勘弁してほしいっていう感じなんですけど、見ていて。
ごめんなさい、白熱しちゃったんですけどね。
本当ですよ。
じゃあ、見よ。
いや、でもね、そういう戦力について考えたくなるんですよ、本当に。
そうですね、本当にね。
いや、あのね、とても良い映画なので、
よかったら皆さん見てくださいっていう。
そんな感じで、じゃあテーマトーク入っていきたいと思います。
27:28

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