今日のテーマトークは、「おもひでぽろぽろ」です。 じゃあ、マリオンさん、解説お願いできますか。
はい、映画ドットコムから解説を読ませていただきます。 『ほたるの墓』の高畑勲監督が、岡本ほたる、東根裕子原作の同名コミックを映画化した長編アニメーション。
1982年、夏。10日間の休暇を取った27歳の会社員、タエ子は、姉の夫の親戚が暮らす山形へと旅に出る。
東京で生まれ育った彼女には、小学校5年生の時、田舎がなくて寂しい思いをした記憶があった。
旅の途中、彼女は当時の懐かしい思い出をつづきつきと、蘇らせていく。
小学5年生の自分を連れたまま山形に到着した彼女は、親戚の家の息子、敏夫や農家の人々と触れ合う中で、本当の自分を見出していく。
主人公タエ子の声を2枚見切り、敏夫の声を柳場敏郎がそれぞれ演じた。
はい、では、内容に触れる話、入っていきたいと思いますので、もしどうしてもネタバレじゃない形で聞きたいって方がいたら、見てから聞いていただけたらと思います。
結構古い映画なんでね、はい、じゃああさりの感想、前田さんいかがでした?
えー、私なんか本当に見ながらずっと思ったのは、どうして山口さんにこれを勧められたのかなっていうのが、
あ、マジで?ぺんぺんやった?
いや、なんかね、全然というか、ある意味では刺さってるというか、むちゃくちゃ共感できなかったんですよ。
なるほどね。
あの、現代のタエ子?タエ子でしたっけ?
それは、うんうん。
あの、正吾の思い出パートは楽しく、楽しんで見てたんですけど、現代パートのタエ子、びっくりするくらい共感できなくて、
はいはいはい、なるほど。
それがね、ちょっとね、逆に面白かったですけど。
で、ちょっと、金曜ロードショーとかで、やっぱり何回か見たことがあったんで、ちっちゃい時に。
あ、そういえばこんなエピソードあったよなとか思いながら、
あ、こういう話だったんだって初めてちゃんと理解した部分もあって、だからすごい面白かったです。
はい、まねのさんいかがでした?
そうですね、僕今回初めて見たんですけど、大人パートと子供パートがあると思うんですけど、
僕一番面白かったのは多分子供パートかなっていうのがあって、
本当に子供自体に、こういうひどいこと、自分もされたしやってたな、みたいなことを思い出したことがたくさんあるんですよね、やっぱり。
なんかそういう部分でなんかすごく、あ、つらい、ある意味つらい、みたいな気持ちにちょっとなったりとかもしたし、
で、あとやっぱり高畑勲、先に言って僕、かがや姫の物語ぐらいしか見てないような人なんですけど、
その2作共通して、多分世界の捉え方が鋭いからこそ、今の時代にこそピッタリ合うような、フェミニズム的な文脈とかですけど、
他にもすごくグサッとくるような、一撃をちゃんと見出してくれるような映画でもあるなというふうに思っていて、
だから本当に、多分これ山口さんがツイートかなんかされてたような気がするんですけど、
ちびまる子ちゃんの私の好きな歌っぽさっていうのはやっぱありますよね。
それってなんか、大洲康二郎っぽさとかも繋がるのかなって気がするんですけど、
ありのまま今のその当時の社会を描いてるからこそ、
あ、これって実はすごくつらいことだよねとか、世界ってなかなかそんなうまいことできてないねっていうところがすごく浮かび上がるような作品になってて、
けどそれすらも何か、でも世界のそういったものも全て肯定して描いてるような感じも最後するなっていう感じがして、
この映画、多分これ子供の時見ても何もピンとこない気がしたんですけど、
今この歳になって見てるからこういうこと言えるんだろうなっていうふうには思いましたね。
あの、私の好きな歌っぽさは、僕も確かツイートしてたかもしれないですけど、
僕はあの、私の好きな歌を一人でやってる話やなと思って、
私の好きな歌はマルコとマルコと出会ったお姉さんの関係性の話なんですけど、
それを一人でやってるっていうところかなとは思って、
で、ラストでそれいいのか?みたいな決断が起きるのを、
その、かつての自分が背中を押すみたいなところも、
あの、私の好きな歌はマルコが背中を押すんですけど、それいいか?みたいなことが起きるのかね、
ほんのすごいなんか、むずむずするんですよね。
確かになるほど。一人で私の歌やったっていうのは確かに、うんうんうん、そうですね。
はい、おじさんいかがでした?
いやー、僕は結構刺さってしまって、というよりも、
この映画をちょうど見たタイミングが、私27歳のタイミングで見まして、
そうなんですよ。なんで、タエコの葛藤というか、
多分一種の大人青春ものにジャンルとしては分けられる話かなと思うんですよ。
この番組でも1回ありましたけど、私は最悪とか、そういった系風に入るのかなと思うんですけど、
なんかその中で、一番自分は地に足ついた話だなーって思いながら実は見ていて、
自分自身の足りなさとか、あとはどうしようもなさみたいなものって、27歳にもなれば大体わかってくるというか、
ここは変えれても、ここは変えれないみたいな諦めがついてくるというか、
そういったものを受け負って、改めて世界に向けた覚悟を決める物語として、
いやー、よくできてるなーというか、正直古びてないなーって思って、僕は結構びっくりしたっていうのが感想ですね。
僕はですね、小っちゃい時に見てましたけど、全然ピンとこなかったんですよね。
パイナップル食べる話とか、ちょっとわかるかもぐらいの感じで見てたんですけど、
わかりません?すっげー美味しいと思ってたものをたまに食べる機会があったら、別に美味しくなかったみたいな。
そうそう、ありますよね。
あのパイナップル多分売れてないからだと思うんですけどね。売れてないから、酸っぱくて硬いんだと思うんですけど、
ただ、大人になってから見て、やっぱり子供時代を思い出すっていうのもそうですけど、
大人の自分探しちゃうところっていう、今の自分の人生って別にそんなベストじゃないよなーみたいな、
ベターがあるかもしれないなーみたいなのを探しちゃうので、そこは多分あるあるだなーと思って、
そこで、タエッコの行動が感情移入できるかと言われると、確かにそんなにできないなーと思って、
結構極端だし、嫌な言い方すると舐めてるんですよね、田舎を。
そういうところが、やっぱり嫌な話にも見えかねないかなと思うんですけど、
だからこそかなーと思って、結局のところ分かってなかったっていうところを、
ちょっとまあ最終的に捨て鉢な感じで決断が生まれて、
まあそこから先どうなるか分からないですけどね、みたいなのも、
まあそれは僕、あれはあれでいいなと思ってて、
結局、人生って後悔するので、
人生って後悔した上で何かをやっていくことだと思うので、
それいいか?みたいなのは、まあ良くなかったなーみたいなのを言いながらやっていくっていうのもね、
人生だなーと思って、なんかまあそこを含めて僕はすごくいい映画だなと思ってます、本当に。
はい、そういう感じですね。
じゃあお便り3ついただいているので、お願いできますか。
はい、野良さん。
皆様はじめまして。いつも楽しく番組を聞かせてもらっています。野良と申します。
この番組で思い出ポロポロを扱うと聞きつけてお便りを送らせていただきました。
私はスタジオジブリ作品の中で高畑勲作品が大好きです。
特に思い出ポロポロはジブリ作品の中でも屈指の傑作だと思っております。
本作では女性の生理現象に関するデリケートな思い出が、
手を真っ赤に染めながら行われる紅花作りを提示しながら語られます。
紅花作りは江戸時代から人々が血を流しながら行われてきたことも語られます。
本作において紅花作りは生理現象によって、
血を流す女性たちの生活のみの象徴として機能しているのではないかと思うのです。
本作の山形県では田舎生活に憧れる主人公は楽しく紅花作りに参加します。
つまり女性たちの生理現象を伴う日々の生活を主人公は楽しく捉え直す過程が本作では描かれているのではないかと思うのです。
もちろん主人公の太鼓は山形県での生活が一種の幻想であるかもしれない可能性もきちんと考えていると私は思うのですが、
また主人公が山形県に到着した後に突然ハンガリーの民謡が流れるのは、
作中の山形県は東京とは異なる悪空間であることも示しているように思えます。
ちなみにかこや姫の物語では月から使者が登場するシーンでも楽体の音楽が使われていましたが、
思い出ポロポロの山形県でもハンガリーの民謡が印象的に使われています。
思い出ポロポロにおける山形県はかこや姫の物語での月の世界との類似性を持っているように私には思えます。
思い出ポロポロもかこや姫の物語も、結末において主人公は山形県イコール月に行ってしまう構成も偶然ではないと思うのです。
しかも思い出ポロポロもかこや姫の物語も、エンディング曲で主人公の救済が示されている点も似ているように思えるのです。
思い出ポロポロでの脚本構成上の試みはかこや姫の物語へと繋がっていったのではないでしょうか。
お便りがあまりに長くなってしまうのでこの辺りでやめておきます。
それにこのお便りは私の妄想が暴走しているようです。
このお便りが何かの話題の賑やかしになれば幸いです。
これからも楽しい番組を心待ちにしております。
それでは失礼いたします。
ナナさんありがとうございます。
ありがとうございます。
素晴らしいお便りですね本当に。
素晴らしい。
そうだったのかって思いましたね。
めちゃくちゃ好きな人の深い考察の話でしたけど素晴らしいですね本当に。
女性の生理現象に関する描写って本作でも印象的なシーンだなと思ってて。
ベニー花摘みの話もそうですけど
やっぱり過去パートでの学校での茶化しのすごい嫌さっていうものを描いてるなぁとは思うんですよね。
で僕本作を見て思ったのってやっぱり宮崎駿の作品との差異っていうものをすごく意識したんですよね。
で宮崎駿作品ってそういう生理現象というか
第二次成長期の女の子の体調の変化っていうものをすごいマジカルなものに描くんですよね。
それは魔女の宅急便もそうだし千と千尋の神隠しもそうなんですけど
大人になるためのある種のイニシエーション的なものとしてそういう体調の変化を描いて
それは良きことでもあるし同時に無垢さの喪失でもあるみたいなことも匂わせるんですよね。
なんかすごく女の子をご体操なものとして捉えてるなっていうのは
それはだからこそ宮崎駿は国民的作家だとは思うんですけど
この高畑勲監督の作品のドライさってすごいなと思うんですよね。
生理になったからでって体調ですよただのっていうのを言ってて
それを茶化してる男の子側の馬鹿さっていうものをすごい印象づける描き方になってると思うんですよね。
好きな女の子に意地悪しちゃう男子みたいなものもすごい滑稽なものを描いてるし
そこもやっぱり宮崎駿の作品との差異をすごく感じるんですよね。
宮崎駿はああいうちょっと好きな女の子にいたずらしちゃう男の子みたいなのは
割となんか可愛くていいものとして描いてたりはするので
いやいや馬鹿ですよっていうドライさもやっぱ印象が違うなと思うし
あと女性というか女の子の労働に関する捉え方も全然違うよなって思って
やっぱり宮崎駿はイニシエーションとして捉えてるから大人になる家庭として
やっぱこれは必要なんだぞみたいな
でもやっぱりこれ単なる労働作者ですよねみたいなものを突きつけてくるし
本当によくこの人たちが同じスタジオで働いてたなっていうぐらい対照的やなって思ったんですけどね。
その話ちょっと聞き取って少しだけ続けても大丈夫ですか?
どうぞ
いやそう多分まさに宮崎駿って身体性を信じてるんだろうなっていうのをすごい思っていて
多分前回山口さんが見てきた時に宮崎駿が労働を信じてるって話をされたじゃないですか
それって多分言い換えれば身体性ってことだと思っていて
宮崎駿作品の中での主人公って魔女の宅急便もそうですし、自然と自由もそうですけど
やっぱり働くイコール他者と関わるっていう
体でそれを感じることで大人になっていくっていう
受け身的な大人になり方なんですよね
本作まさに能動的な大人になり方だったっていうのはすごい印象的で
それはなんかやっぱり宮崎作品との大きな違いと言っていいんじゃないかなと僕も思いました
なるほど確かに自分で考えて自分で選ぶということが大人だっていうことですもんね
そうなんですよ自分の意思で自分の道を決めていく覚悟して決めていくっていうことが大人になるってことじゃないのっていうのを
すごい高畑さんが特に本作から強く感じて
そこはやっぱり2人、逆にたぶんあえて高畑さんは宮崎さんが描かない方を描いたっていうことなのかもしれないなと思いましたね
そうですね本作魔女の宅急便の後なんですよね
そうなんですよ
そういうタイミングになるのか後悔順的に
結構ね何か意図してんかなーみたいに思っちゃいますよね正直
いやちょっとこれ考えすぎなるかもしれないんですけど
そもそも本作の大人パートって完全にオリジナルじゃないですか映画
で東京生まれ東京育ちだけど田舎に憧れる太鼓って主人公ってちょっと宮崎駿に重なるんですよ
で重なるなーって思ってたら山形に行ってから出会う男性の名前俊夫なんですよ
鈴木俊夫じゃんって怒って
なにそれ
そうなんかだって思えてくるもんな今そんな話聞いてたら
謎の鳥肌立ってきました
確かにな俊夫やったなっていう
だから考えすぎかもしれないけど高畑さんから見たジブリのあの2人のこと描いてるって思ってちょっと僕は
おいおい
それはすごい
今の話を補足しておくと元が漫画原作で
漫画の方は子供時代しかないんですよね確か
でそれを大人パートを追加してるのがこの映画であるっていうのがあって
だからやっぱりこの大人パート部分が描きたかったっていうのはむちゃくちゃあるでしょうね
それは大人パート部分ちょっと意義あるんですけどね
私は聞きたい聞きたいその話をちょっと聞きたいです大人パートの話
ちょっとお題の話一回終わらせましょうか
あとあの音楽使いも本当におっしゃる通りだなと思います
いわゆる異化効果ってやつなんですかね
その違和感のある音を流して
そこがちょっと異常な時間であるとか異常な場所であるっていうのを出してるのかなっていうので
まあ太鼓の中ではこの山形の田舎が良き場所として捉えている
それはもしかしたら自分の中で勝手に思ってるだけかもねっていうのはちょっと分かってるけど
分かってるから大丈夫だよねっていう線を引いちゃってると思うんですよね
自覚あるから大丈夫だよって私は田舎の大変さとか分かってて来てるんだよっていう
だからそのそれ故に食い込んでしまってるなんというか癒さみたいなのがねあるなと思うんですよね
本当にお便りのかげ姫の物語とね一緒に重ねてましたけど
本当に月にかげ姫が行っちゃう話と今作みたいに田舎に突入に行くみたいな話で
いやまあ一緒かこれっていう感じがするようなっていうのは思いましたよね本当に
そのハンガリーの民謡でしたっけあの曲を使ってるのと
あとかげ姫の物語の月からの使者が来る時の本当にあの空気の読めない音楽
強烈さっていうのとか似てるっていうのは
そうかなるほどなっていうふうに思いましたこのお便りを
はいあの野良さんの暴走などではなく本当に纏いた素敵なお便りだなと思います
はい本当にありがとうございます
ありがとうございます
はいじゃあ我々でしゃべっていこうかと思うんですけどじゃあ前田さん聞かせていただこうかと
いやーまあそのだいぶ私の私から見た太鼓
まず太鼓ってすごい恵まれた環境で育ってるじゃないですか明らかに裕福だし
子供の時の描写明らかにいいとこの子じゃないですかお姉ちゃんも芸大行ったりして
で卒業してよくわからないですけどなんかそこそこいい感じの会社に勤めていきなり有給が10日も取れると
でなんか子供の時の太鼓ってすごく感受性豊かで個性的というか
子供の時の太鼓すごい好きなんですけど大人になって27歳で人生ちょっと悩むというかこれでいいのかなってなっちゃうわけじゃないですか
でそれはわかるんですよでもはっきり言ってこの描かれ方だと27歳で太鼓が自分の人生悩んでるのって
なんか私結婚とかしなくていいのかなっていうただその一点じゃないのって思っちゃうんですよ
でなんか仕事結婚東京田舎みたいなそのすごいどっちかっていう
そうそうそう間違ってなかったの当時の自分はわかってなかったのでなくてあってたのちゃんと面白くないのあそこ
そうですよ
いやでもなんか僕なんか面白くない人間だから共感できるっていうレベルまでちょっと言っちゃいましたけど
自分も面白くないからって結構そんなことないと思うけど
そんなことないしなーっていうのと
いやあくまで自意識ですけどね
いや多分これはさっきちょっと山口さんもちらっと言ったと思うんですけど
多分自分たちが田舎出身やからこそ思う田舎に対する幻想というか
確かにタイコもちょっと私覚悟できてないかもみたいな思ってはいるけど
タイコの想像してる田舎の厳しさって冬の寒さとかそんなんじゃないですか
いやそうじゃないくないみたいなその人付き合いであったり監修であったりなんかそういうところを
だってそれこそねいやこんなこと言ったらあれですけど
あのおばあちゃんになんか嫁に来たらいいのにって言われるのも普通に怖いじゃないですか
怖いあれめちゃくちゃ怖かったですよねホラーだよって思って
あれをなんか温かい人間パートみたいにしてるのがもう村ホラーやんみたいな
そうそう村ホラーですよ
だから多分それは温かいものとして思ったらないと思うんですけど作り手側もね
あれはというふうに見えるけどこれ実は怖いよねっていう描き方だとは思うんですけどそれはね
だって明確にあのベニバナ畑に笑顔で全員がこっち向いてる人は怖すぎませんでした?
そう私もほんまあそこからあれ急になんかここから人肉村とかタイトル出んのかなと思って
だから途中でタイトルパターンの映画かなと思って確かあそこからなんか急になんか雰囲気変わりますね
僕はミッドサマーだと思いました
いやわかりますわかりますみんな笑顔なんだもん
笑顔でね鼻の中に立っててねあの笑顔がまたなんかちょっと怖いんですよね
そうですね
タエッコねその私あそこまで振り切った選択すると思ってなかったんで
ちょっといい思い出今年もできたなみたいな感じで
まぁいつもの私の生活頑張ろうみたいな感じで戻っていくんかなと思ったら
なんかあのえーしかもまあまあ長いことおるなと思って
結構おりましたよね
あでも10日か10日間
10日10日間ですからね
そっかいや前田さんがここまでなんかこう虚偽反応というか
合わないわって言ってるのがなんか面白いなと思っているというか
大石さんもあのちょっとさっき名前あげてましたけど
私は最悪の名前をあげたと思うんですけど
僕はすごく似てるなと思ってたんですよ
いや真逆真逆真逆よ
いやその選択が違いますよ
その彼女の選ぶ選択それぞれのキャラクター選ぶ選択が全然違うけど
だしでその選ぶ選択の内容とかに関してはもう断然僕は私は最悪派なんですけど