今回のテーマは、『ザ・ウォッチャーズ』です。
では、映画ドットコムから解説読ませていただきます。
M・ナイト・シャマラン製作の下、娘のイシャナ・ナイト・シャマランが長編監督デビューを果たしたホラー映画。
AM社員が2021年に出版した同名小説を原作に、謎の監視者の恐怖を描き出す。
28歳の孤独なアーティストのミナは、鳥籠に入った鳥を指定の場所へ届けにいく途中で、
地図にない不気味な森に迷い込む。
スマホやラジオが突然壊れ、車も動かなくなったため、
助けを求めようと車外に出るが、乗ってきた車が消えてしまう。
森の中に突然と現れたガラス張りの部屋に避難したミナは、
そこにいた60代のマデリンと20代のシアラ、19歳のダニエルと出会う。
彼らは毎晩訪れる何かに監視されているという。
そして彼らには、監視者に背を向けてはいけない。決してドアを開けてはいけない。
常に光の中にいろという、破ると殺されてしまう3つのルールが課せられていた。
ダコタファニングが主人公ミナ。
マンディ、怒りのロードウォーリアーのオルウェン・フェレーがマデリン。
バーバリアンのジョージ・ナ・キャンベルがシアラを演じた。
はい、というわけでここからは、ネタバリアで話していこうかなという風に思うんですけども、
最初ちょっと触りの感想の方、大石さんいかがでしたか?
そうですね、なんか思ってたよりもシンプルな話でしたねっていう感じで、
それこそ最初はシャマランの、シャマラン制作に入っているシャマランの娘さんだし、
映画とは映画になっているのかなぁなんてちょっと思ってたんですけど、
だからモッチャって我々のことかなみたいなことを思ったりしてたんですけど、
というよりかは、割と真正面からのフォークロア・ホラーというか、
そうですね。
近年だとラムとか、あとメンとか、
あの系譜につながるようなヨーロッパの民話、民衆?
というか、民族伝承みたいなものをモチーフにしたホラーの系譜に、
今作は入るのかなっていう気がして、
途中からあ、そっちかって感じで、
なんかこう見るモードを切り替えた感じなんですけど、
なのでチンジリングのお話というか、取り替え子って呼ばれてる話はしてたので、
あーその話なんだって感じで結構そっからはなんかもう、
民族学の収集みたいなつもりで見てました僕は。
民族学が、はいはいはい。
今回、現代的にするとそういう話の形になるのねみたいな感じでちょっと見ちゃいました。
なのでだから、それ以上の映画的なものが僕ちょっとあまり読み取れてなくて、
なんかそこはまさにそのシャマラニスのマリオンさんにちょっと、
あと僕的に言うんだったらカートゥンサルーン制作のアニメ3部作、
ケルト3部作とかはやっぱりそういうアイルランドの伝承が元になったアニメですよねみたいなとか。
確かにそうですね。
なんかそういうちょっとアイルランドものとして、
なんかちょっとまずワクワクしたっていうのがちょっと一個はまずありましたね。
確かに風景もまた独特というか、
森林があると思ったら最初そのドライブシーンから始まるじゃないですか。
そのドライブで映ってる風景がまあ見事というか、
アイルランドの本当に美しい風景なんですよね。
本当綺麗でしたよね。風景本当綺麗で。
確かにあそこだったらまだ妖精とかいそうみたいな妙な説得力ありますよ。
だから何だろう、東アジアとか日本とかの雰囲気って、
湿度が高いが故にミステリアスって感じがあるじゃないですか。
でもなんかカラッとしてるのにミステリアスな感じがあるというか、
カラッとしてるからこそ先が見えない感じがあるというか。
なんかそこはすごい見てて面白かったかもしれないですね。
そうですね。
この映画がまずアイルランドが舞台っていうのを全く知らないで見たので、
そういう意味でもアイルランドの映画じゃんみたいな感じでちょっとこう、
特に僕はカーテンサロンのアニメ映画が好きっていうのは、
おーすげーアイルランドの伝承物だみたいな感じでちょっとワクワクしたんですけど、
まず入りとして。
なるほどなるほど。
ウォッチアースが何者なのかとかは別にどうでもいいんじゃわけじゃないですけど、
これ何者なのかって言ったら大体それはちゃんとそういうものとして出てくるっていうのは、
お父さんも娘さんも一緒っていうか。
それはやっぱしゃまらんミストあるあるというか。
サインとかもミステリーサークル出てきたやん、なんでーってなったら本当に宇宙人でした、
死ねりないみたいなことと一緒っていう感覚なんですよね、僕的には。
ちゃんと宇宙人が出てきたみたい、むしろちゃんとっていう感じ。
ちゃんとアイルランドでこういう謎の変なウォッチアースで何者かがいてって、
ちゃんとアイルランドの伝承にのっとった妖精じゃんみたいな話になった時に、
やっぱそうじゃんみたいな話になってるっていうのは共通するよなってすごい思いましたね。
だから元々やっぱしゃまらんの作品というか、今回の作品も含めしゃまらん作品という風に言うならば、
割とそこはすごい民話的なのかもしれないなって思って。
でもそうだと思います、すごくなんかある意味ちょっと不思議な、
ちょっとダークファンタジーみたいな感じだと思うんですよね、やりたいこととしてって。
そういうのは本当に初期作、本当そうだと思いますけどね、初期作というか、
シックスセンスからそこは変わってない要素だったりすると思いますね、それは。
なんかでもそれはやっぱ現代を舞台にしてるバランス感というか、
あえてファンタジーだけどファンタジー完全に寄り切らないというか、そこのバランスはやっぱり面白いですよね。
そうですよね、確かにファンタジーを現実に入れ込むって結構難しいと思うんですけど、
しゃまらんはできてるかって人に言ったらできてねえよって言うかもしれないですけど、
僕はできてると思っていますけどねっていう感じはすごくありますね。
なんか不思議なバランスというか、現実に本当にそんなファンタジックなことが起こるんだみたいなことが平気で起こるみたいなのがやっぱ面白いと思うんですよね、
なんかしゃまらん映画って、今回のウォッチャーズもですし、サインとかでもいいですし、
アンブレイカブル三部作とかでもいいですけど、
え、本当にアメコミのヒーローみたいな特殊能力持った人いるの!?みたいな話だと思うんですけど、あれも。
あれも一種のファンタジーだと思うんですよね。
だからそれこそそのいわゆるファンタジックな設定っていうものがある種飛躍があって映画が成り立つことが多いと思うんですけど、
もちろんしゃまらんの映画でも飛躍はあるんだけど、
なんかその飛躍に無理がない?無理がない?なんだろうな。
うまくこう、よりも奇妙なバランスって成り立ってる感じ?
そうそうそうですね。成り立って…そうなんですよ。なんかとりあえず成り立ってるんですよ。
あの世界の中では成り立っている?
成立してるの。解き合ってるかどうか、リアルとは何かって話になっちゃうんですけど、
人によっては全くなってねえよって言われちゃうタイプの人ではあるんですけど、
僕はやっぱりそこがすごく彼の世界観好きだったりするんですけどね、
彼とか今回のウォッチャーズもそうですけど、彼女の世界観もすごく良かったですし。
なんかそれはすごい面白かったです。
本当なんか日本でそれこそこれ舞台を樹海にして変えても全然成り立ちそうなんだけど、
やっぱちょっと違うものになりそうだなとか思いながら見てました。
確かにそうですね。すごい確かに。最初はやっぱ森のシーンとか樹海かなって感じしますよね。
富士の樹海かなって感じは思いましたよね。
そう、なんか迷って出れなくなるみたいな、そういうとことかもすごい樹海っぽいなって思って。
お?樹海村か?みたいな話ですよね。
そっからね、すごいコンクリートでできた箱に閉じ込められるみたいな、
そこでどうにかしなきゃいけないみたいな設定が出てくるわけですけど、
結構案外あっさり終わりますもんね。
そうなんですよ。意外とね、もちろん時系列的には半年ぐらい経ってるはずなんですけど。
そっか、本当はもうちょっと経ってるのかな?
時間の流れよくわからないですよね。
もしかしたら何ヶ月もあそこにいてようやく出れたっていう話なのか、
映画だけ見てると2、3日で終わったかなみたいな。
そんな感じしますよね。
見えちゃいますよね。確かに。
なかなかあの中で、ドラマの起伏つけられなかったんでしょうね、たぶんね。
だってそれ、ドラマの起伏つけようとしたら、中で今回も揉めてましたけど、
揉めさすしかないじゃないですか。
そうなんですよ。ちょっと全体的な映画のあれなんですけど、結構段取り臭いというか。
それは思いましたね。
ちょっとそこはね、みたいな。
あんまり揉めてる原因わかんないですからね。
そうだですね。ちょっとね、そこがまだまだまだみたいな感じはね、ちょっとあったりしてたんですよね、正直ね。
あんまり夏の空間での生活みたいなのっていうのがあんまりこうね、退屈?
まあ退屈そうにしてたなーっていうだけなんですよね。
まあだから確かにね、例えば恋愛リアリティ番組とか見てるのは皮肉が効いてましたけど。
あー、そうそうですね。あれとかはね、わざわざね、主人公が鳥かごを持って迷い込んでしまうとか、
いやわかりますよ、みたいな。
けどものすごい象徴的なものとして使ってますよねっていう感じが。
これでわかってくれば鳥出てましたからね。
そうそうそうそう。いやそれは何十…なんていうんですかね、入れ子構造じゃないですけど、どこまでかかごの中でみたいな感じが出るわけじゃないですか、やっぱり。
あとプラス、やっぱ最後の展開とか見てたらパンコーのカナリアっぽい感じがすごいしましたけど。
確かに確かに。
やっぱ導いてくれるものみたいなニュアンスが乗るなーみたいな感じとかすごい。
見るからにこういうののメタファーですよ、象徴ですよみたいなのが結構わかりやすいと思いますけど。
最終的にね、チェンジリング自体も羽が生えて飛びますからね。
そうそうですね。やっぱ何かかごとか、ああいう謎の空間とかでもいいですけど、そこからの解放みたいな話っていう意味で、ほんとその通りというか、ほんと丁寧ですよっていう感じですよね。
それこそ近作ノックとかもね、ちょっと思い出してありましたけどね。
はいはいはいはいはい。まあそうですよね。ノックとかも確かにすごい思い出すんですけど。
まあね、それはノックと比べるとあれなんですけど、特に人が死ぬ理由がマジで段取り臭いんですよね。
ノックはね、特にね。
まあノックは、ノックも段取りはあるんですけど、ノックはもう本気そう思ってる人たちの話なんで、死ぬしかないって言うんですけど。
そうそう、確かに確かに。
今回のザ・ウォッチャーズで死ぬ人って、たとえば19歳の男の子みたいな、いたじゃないですか、両親、飲んだくれの父親のどっか出てきて、そこで迷い込んじしまってみたいな男の子いたじゃないですか。
あいつが死ぬ理由とかなくないですか?
ないっすないっす。
もうなんか、いや僕は生きててほしかったよ彼っていう。
だって、絶対逃げれるやんって思いながら。
もうあそこ絶対逃げれるやんって思いましたよ、正直。
いやもう知ってるやんか、あいつが本物じゃないって分かってたじゃんっていう。
あと絶対逃げてって声聞こえてるはずだしなっていう。
そうなんですよね、いやもう完全に、ああちょっと人があまりにも死んでなさすぎるなって思ったんでしょうね。
だから殺したんだと思うんですよ、あれって。
ああ確かにな、冒頭で一人こう亡くなる、亡くなったのかなって感じで出てきて、それ以外あんまりこう減らせる要因がいないというか、今回。
まあね、人がそんなに出てないっていうのもあって、全然こう人が死なないっていう。
俺たちはちょっとホラー映画としてはあんま隙がないなって多分思われちゃったんじゃないかなっていうことですよね。
いやあ、僕はみんな生きてて帰ってほしかったなあって思いましたよ、なんか。
まあそうですね。
脱出する前日かな、地下のところで降り深めるところがすごくいいシーンだったじゃないですか。
うんうん、あそこすごいよかったです。
僕はすごいあのシーンよかったなって思っただけに、今ここですごい段取りとして死んだみたいな感じがすごいしてしまって、もったいないというかっていうのがすごいありました。
あと、いわゆるだんだん真実が明らかになってきてっていう、チェンジリングの見た目とかが見えてくるあたりとかって、
なんかビジュアルデザイン自体があんまりはっきりは見えない感じ、あくまで影で見えるみたいな感じだったと思うんですけど、
なんかあの辺はさっきマリアさんがおっしゃってたとおりで、あ、しっかり存在として見せるんだって思って、割と見せないこともできる題材ではあるじゃないですか。
はいはい、もう確かに影だけとかも全然いけますよね。
そうそうそう、なんか思いっきし見せたなあ、しかも映画の中盤でって思って、あ、なるほど、これがネタじゃないとっていう。
そうそうそうそう、肝はそこじゃないですっていうのは、ほんとそうなんですよね、そこじゃないんですよねっていうところはやっぱり本当に親子揃ってるっていう感じがすごいしますし。
あれ多分普通の映画だったらあそこを肝にできちゃうと思うんですよね、全然。
全然そこがメインになって、でなおかつその登場人物の内面とかの話とかともリンクしていきみたいなことは全然別にできるんですけど、そこじゃないんですよねっていうバランスがやっぱり面白いところだと僕は思ってますけどね。
あとさっきモチーフで、鳥のモチーフありましたけど、主人公が双子っていうのもめちゃくちゃ。
あーはいはいはいはい、びっくりしましたね。
双子設定でできた時に、ダコタファニングって妹がいるじゃないですか、ケルファニングがいるじゃないですか。
えっ、出てくるのかなって思ったら、そういうことではなかったなみたいなふうに思ったんですけど。
なんかね、双子かーっていうのはちょっと、双子にはピンときてないんですけど、やっぱ彼女の後ろめたい過去の話ですよね。
それがやっぱり、彼女の尾を引いているっていう感じなのが、最後の戦いじゃないですけど、最終決戦じゃないですけど直面する時に、人って複雑じゃないですかみたいな話が出てくるじゃないですか。
そうなんですよね、そうそうそう。完全にもう自分の中の嫌な部分との対峙っていう感じになってるっていうのがもうぽいっていう感じがすごいするわけですよ。
あーなるほどな。それはなんかようやく飲み込めた気がする。
ずっとそういう話をやってるっちゃやってるじゃんっていう、シャマランという人はみたいな。
もうその人にしかわからないような孤独だったり悲しみ不安みたいなところに寄り添う、そこになんかちょっととっぴなちょっとファンタジックな設定だったりとかが絡み合って、
そしてその主人公だったりとかの部分、イノセンスな部分とかにこう触れていくみたいな話っていうのは、
ほんとだから見ていて、シックスセンスとかサインとかの初期ぐらいの感じって思いながら見てて、すごい嬉しくはなりふらしたね、やっぱりウォッチャーズ見ていて。
確かにやっぱ今回お話シンプルだからこそ、話してるとそこをつかみやすくできてたんだなと思いました。
ああ、そうだと思います。だから本当にやっぱおとぎ話って基本そんな複雑じゃないじゃないですか、おとぎ話というものの時代が。
ある程度やっぱすごいシンプルで、これはこれのことを表していてって結構わかりやすくなってるっていうところも含めて、
多分そこは多分意識されてるんじゃないかなっていう気はちょっとしましたかね。
だからでも最初やっぱりかつらをかぶって自分じゃない人物のペルソナをかぶって、人と触れ合うみたいなシーンがあったと思うんで、
僕てっきり森に迷って、そこで出会う人ともそういう感じのことをするんじゃないかなって思ってたんですよね。
なるほどなるほど。
偽名使うんちゃうんかなって思ってたんですけど、そういうわけじゃなかったので、
偽名使ってたりとかしたら結構その後盛り上げ難しいのか、でもそういうところよりその彼女の自分そんな好きじゃない、
自分のことが本当好きじゃないっていう感覚とかがもっと出てくるかもしたかなっていうか、
あれだけはちょっとやっぱ突拍子もない、変なことしてんなーで終わっちゃう可能性全然あったと思うんですよ、受け取り手として。
正直マリアさんの話もあんまり繋がってなかったです。
ですよね、ですよね。
そこがちょっとやっぱりこう、一個一個の要素はいいんだけど、なんかそこはちょっと分断しちゃってるせいで繋がりきってない感じっていうのは確かにあるんですよね。
だから一本作品に軸が見いだせれば、じゃああれそういう意味だっていうふうに見えてくるんですけど、
まあまあでもテーマ線はわからなくはないんですけどね。
そこを本当に最後の自分と醜い自分みたいなのと対峙してそこでのやりとりのとこで、
僕は全てが繋がったわけなんですけど、繋がっても、わー、やっぱり娘さんだーって思ったっていう感じがするようにしたんですけど、
だからやっぱりそこが見つけにくいって感じにはちょっとなってるのかもしれないですよね。
そこがちょっともったいないかも。
まあ結構ね、その登頂人物の1人が実はチンデリングだったってありそうな1個の展開ではありつつも、
割とそこは結構驚きを持って迎えられるわけじゃないですか。
そっちの方に話引っ張られちゃうと、なかなか主人公の方に焦点が向きづらかったりもするのかなと。
自分は結構見てるときそっち側に感情を持っていかれてたので。
はいはいはい、なるほど。
ちょっとそれとかもね、あるのかな。
だからモチーフの反復はすごい見てて面白かったかな。
例えばオウムだからこそ声を反復するとかも、
チェンジリングを方法一つさせるしっていう意味で。
そうですね。
それが多いなって感じでしたね。
確かに。双子もよく考えたら本当はそう。
そうそうそう。
逆にそこが僕、頭からそこに抜けてたから、双子やったなーみたいな。
確かにチェンジリングっていうモチーフをどういうふうに映画的に反復するというか、
重ねていくかっていうところはやっぱり見ててすごいいろんな見え方をしたし。
一作品の中でそこまで大喜利として広げられるのすごいなーとかって思いながら見てました。
原作がどういう感じなのかちょっとわからないんで、原作からそうなのかもしれないし、
今回のですごくもっと広げたのかもしれないしっていうのもすごいありますよね。
なんだろうな。
そうですね。
割とシンプルな映画なんでね。
そうシンプルで、なんならもうメインとなるテーマの話したもんだって感じですけど、僕が。
僕もしたっていう。話せたいこと話したかもしれないっていう感じだったんですけど。
そうなんですよね。
ちなみに僕だからシャマラン映画ってノックだけかなぐらいしか実は見れてなくて。
はいはいはいはい。
マリオさんの中で、もしまだそんなにシャマランの映画見たことないんですっていう人におすすめの映画ってあるとしたら何ですか。
ここから入るといいよみたいな。
ここから入るといいよですか。困る。困るな。
ちなみにマリオさんはどこから入ったんですか。
どうから入ったかな。僕最初シャマランそんな好きじゃなかったんですけど。
映画館で初めて見たのがハプニングっていう映画で。
はいはいはい。
ハプニングは普通におもろかったなぐらいだったんですけど、後から考えるとだいぶとんでもやったなみたいな。
これ何やったんだろうなみたいなシーンがあったりとかはするみたいな感じ。
なるほどなるほど。
でしたかね。そっからシックスセンス見たことないわみたいな。
まあ確かに。
っていうところから見ていって、普通におもろいなと思ってて、でも一番ドーンってきたのはやっぱりアンブレイカブルかな。
あーなるほど。
いやいやダークナイトよりも先にアンブレイカブルがいい感じにやってねみたいな。
へー。
というか、ノーランのヒーロー映画ってすごい悪とか正義が象徴化していく話みたいな。
でアンブレイカブルは悪と正義が誕生する、象徴が誕生する話みたいになってるんですよ。
へー。
っていう感じになってて、あ、いよいよやってんじゃんみたいな。
すごい、ルックもやっぱちょっとシリアスめな感じというか冷たい感じなんとかも含めて、
あれ?ダークナイトっぽいなみたいなというか感覚が。
ていう風にすごい思った時に、いやすごい人じゃんって思って。
だんだんそっから深ぼっていったらすごいこの人、なんだろう、優しい眼差しの下に映画作ってるなっていうのやっぱ気づきみたいな。
あー。
ところでちょっとこう、確かに見てた時半笑いだった映画とかもあったんですけど、
なんかだんだんそれが癖になり魅力に思うようになったっていう感じですか。
なるほど。
うん。
アンブレイカブルは確かにめちゃくちゃ好きな、お好きな人はすごい熱く語られてるのを聞いて、いつか見なきゃなと思ってて。
そうなんですよね。で、アンブレイカブル、アンブレイカブル3部作って言っちゃいましたけど、続くわけなんですよ。
そうなんですよ。本当は言っちゃいけないんですけど言っちゃいますけど、スプリットと、そっからミスター・ガラスと続いていくわけなんですけど。
まあスプリットのラストでそれがわかるってやつですよね確かに。
そうそうそうなんですよ。もうスプリット見た時の感動やばかったですよ。
あれ当時話題になったんですよね。
え!嘘やん!僕の好きなアンブレイカブルのブルース・ウィルスやん!とかなって。え!繋がってんの?みたいな。もうゾワゾワですよっていう。しかもスプリットもすごく出来が良かったから。
へー。
でもすごいスプリットもね、確かにちょっと今回のザ・ウォッチャーズを通ずるところはちょっとあるよなーっていうところはありますね。
あ、そうですか。
幼い頃のトラウマが共鳴する話って言うんですよね最後ね。
なるほど。
スプリットの多重人格の男を演じるジェームズ・バカボーイと、そこでちょっと捕まっちゃうティーンエイジャー3人のうちの1人がアニャ・テイラー・ジョイなんですけど。
若き日の。
今はもう人生若いですけど、その2人が共鳴して終わるんですよ。
はー、そこそこ近いですね確かに。
そうなんですよ。すごい近いんですよね。最初はやっぱりこう、何て言うんですかね。
多重人格者であるケビンの動機って結構マインドがリア充爆発しろみたいな感じのマインドなんですよ。
ちょっとインセル寄りの感じというか。
そうですね、ミスター・ガラスの時とかに捕まえてた女の子たちが、モロニア・チェアリーダーの女の子さん4人組とかで、
いわゆる学園モノでの冷える気高めの層みたいな幸せそうな連中みたいなのに対するちょっと鬱屈したものみたいなのが根底にはありそうな感じがあって。
そうですね。
もちろんそれによって、例えば多様化をもっと認めましょうとか自由に、みんなが自由にそれぞれの生きやすいように生きれたらいいよねっていう風にもなってきてるので、
一概に悪いことだけじゃないと思うんですけど、ただ一方で、どこまで共有すればいいのかも分かんなくなってるっていう、
そこと多分今どう折り合いをつければいいのかが結構分かんなくなりやすい状況なのかなっていうのは見てて思うところではありますね。
自分自身もそれは感じてるところですし。
そうですね。確かにな。
より孤独っていうのが染みるようになってきたなっていう感覚はすごくありますね。
それは別に年を取ったからなのか分からなかったんですけど、
今の雰囲気的にもすごくそれはなんかより一層感じるものがあるのかなっていうのはすごく分かりますね。
会社とかでも別にみんな会社というかチームとして働いたりするんですけど、
どこかちょっと個人主義的なところというか、とはいえ自分の範疇で仕事をしたいというか、
共有できるところと共有できないところが明確にあるようなその感じもちょっとあったりもして。
もちろんめちゃくちゃバチバチに喧嘩してるっていうわけでは全然ないですけど、
どこか綺麗に一線が引かれている感じっていうのとかはすごく分かりますね。
だからそこはすごいその孤独感に共鳴するような映画っていうのは確かに本作を含めて今年多くなってきてる。
そうですね、多分元々人間って多分集団生活を営むものだとおそらく思うんですけど、生物的に。
けどやっぱ今の映画ってある種ちょっとバラバラにでもいようよみたいな感覚っていうのがあって、
やっぱそことちょっと食い合わせが若干悪いっていうか感じがあるせいでちょっとバグじゃないですけど、
この生きやすくなってるようですでもすごく孤独を深めているみたいな状況っていうのが至る所で起こっているって感じがすごいするのかなっていうのはありますよね。
そうなんですよね。だからもちろんその前時代的なというか何か共同体に自分の気持ちとかを預けられた時代は、
それはそれで多分不自由なところもたくさんあったんだけど、とはいえ孤独であることは忘れられたのかなっていう。
そうですね。
多分今は別に孤独は多分その時代も今もあると思うんですよ。ただ今の方が見つめる時間が長いというか見つめなきゃいけなくなっちゃったというか各自が。
それはあるなーっていう感じですよね。
だからこそすごい僕は映画見てる時はその孤独を正しくかみしめてる感じはあるかもしれないですね。
そうですね。本当にそこにギュッと孤独っていうのを見つめながらすごい寂しいと思ってるんだけど、そこを見つめてる時がすごく心地よくもありみたいな感覚っていうのは、
嫌ですよね。
って思ったら嫌ですよね、なんかね、いないかもしれないけど誰かいるしなみたいなね、
考えるともうストレスだしみたいなね。
かなりそこにその見る見られるの権力関係が生じてますしね。
そこもっとなんか、この映画の中でもっともっとそのストレスな感じみたいなのをもっと出してもよかったぐらいですよ。
あれかなって思ったりもしたんですよ、最初。
それこそ冒頭主人公がペットショップ勤めてるじゃないですか。
あれ見て、あーそっか、見る見られるの関係って確かに日常の中ですごくあるなーっていうのを思って。
多くの場合自分たちが見る側なんですけど。
なんかその権力関係が逆転するときにすごい嫌な気持ちになるっていう。
そこをもっと深掘りして描いても面白かったのかなとは思って。
モチーフ底でやっぱ面白い気がしたんで。
そうですね、あんまりそこを掘り下げたい感じでもやっぱ長いように変わったりし。
そうですね、描かれてはいるけどもっと出してもよいなぐらいな感じですかね。
そうですね、なんかアイデアとしてはすごい広げがいのあるアイデアだなっていう。
かつすごい映画的なアイデアでもありましてね、それって。
そうですね。
ちょっとありますね。
もちろんこれはもしかしたら、それ突き詰めちゃってシャマランぽくない。
あるいはシャマラン的ではないのかもしれないので、これはまた別の作品でってことなのかもしれないですけど。
いや、まあ確かにいわゆる味ってやつですよね。
味わいですよね。
うまくはないけど味はあるみたいな。
そうそう。
っていうのはやっぱシャマランに限らずあるじゃないですか。
うまくはないけどこの味が好きなんだよみたいな監督の作品あるじゃないですか、やっぱり誰にしも。
その感じっちゃその感じなんですよねっていうのは。
うまくないけど好きっていう。
それこそたぶん本当に見る見られるテーマとか浜口隆介とかやりそうだなって感じですし。
なんならちょっと悪は存在せないでそれに近いってことをやったりもしてましたけど。
そうなんですよね。
そういうことは全然ピシッとうまくやれる人は全然うまくやっていただいて結構なんですけど。
下手でもいいんですよみたいな感じというか。
下手っていうのもあれですけど。
こなれてなくても良いんですよみたいな感じはありますね。
シャマランもこなれてはないですっていう感じというか。
その辺をある意味物語っちゃう人でもありますからね、シャマラン。
いや、そうそうそう。
ロックの時に思いました。
これ言うんだと思って。
ストレートなんですよ。
だから基本ストレートなのでしっかり物語ってくる人っていう意味での信頼というか好みというか好きさ。
僕はあるので。
構造とかもやっぱりお父さんの方がもうちょっとモチーフの散らばめ方とかつながりとかももうちょっとうまくやってるかなっていう感じというか。
オールドとかもうちょっとうまくやってたと思うしとかはあるので、