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今日のテーマトークは、『哀れなるものたち』です。
では、今回からも解説なしで、さわりの感想を入っていきたいと思います。
ここから先、哀れなるものたちのネタバレになってきますので、
気にされる方は、ぜひ見てから聞いていただけたらと思います。
では、マリオさん、いかがでした?
そうですね。前回も見て、圧倒されたっていう話はしたんですけど、
あれから経って、本当はもう一回見に行きたかったんですけど、全然見に行けなかったので、
言葉にできてるのかよくわかんないっていう感情はまだあるんですけど。
でも、この映画を見てるとすごく思ったのは、
世界のことがちょっとまた、好きになるとかではないけど、
もっと興味が出てくる話だなってちょっと思ったりしたんですよね。
うんうん。
本当に世界のことを何も知らない少女のような主人公というか、
中身は少女みたいな人っていうか、
難しいな、説明難しい登場人物というか、主人公ですけど、
その目を通じてもう一回世界を見てみることで、
世界ってなんでこんな風になってんの?みたいなことを改めて気づかされたりもするし、
そこに本当に、世界ってすごく不完全で矛盾だらけで不思議だなって改めて思うというか、
その世界って面白いなって思える、思うっていうことの発露ってすごく知的好奇心とか、
学ぶことみたいなことが結局最後、そこで物語が終わる感じっていうのを含めて、
そこがすごく大事なこの映画のテーマなんじゃないかなっていうふうにすごく思ったりしましたね。
で、そこプラスやっぱりフェミニズムの文脈としても中心にあってっていうのを含めて、
なんかフェミニズムから始まっていろんなものに興味が向くみたいな話として、
なんかすごく僕はバービーも思い出しますし、
なんかこの映画のことがなんかよりもっと好きになるみたいなふうに感じましたね、はい。
はい、大井さんいかがでした?
僕も前回ちょっと話させてもらったんですけど、
今のところやっぱり1月中に見た映画の中では間違いなく個人的ベストだなとは思ってます。
やっぱりそのビジュアルの新鮮さ、あるいは音楽の独創性とかは本当に目を見張るというか、
もう見ていてずっと気持ちいいなっていう感じだったんですけど、
なんかやっぱりもう、さっきマリアさんがおっしゃった通り、
ベラが主体性を持って、自主性を持って世界と対峙して、
いろいろなことを学び獲得していく過程っていうのが、
やっぱなんかとにかく見てて元気が出るんですよ。
で、まさにフェミニズム的な文脈っていう意味では、
パンフレットの中でも書いてありますけど、
身体的主体性、これは女性のっていうんですけど、
女性の身体的主体性や、
このことをリプロダクティブライツっていうらしいですね。
っていうことを真正面から描きながら、
こんなにポジティブで明るいようなテーマで描けるんだなっていうのはすごい驚きで、
03:02
さっき前田さんもランティモスの過去作の話、
ロブストの話されてましたけど、
ランティモスからこの作品が出るとはちょっと思えないというか、
あ、ランティモスこれ撮ったんだって感じが、
改めて考えてみるとちょっとすごいなと思って、
とにかくプロデューサーとしても参加しているエマストーンの力ももちろんあると思いますし、
世界観すべてを作り上げたっていうのもあると思うんですけど、
とにかく見てて元気が出て、僕は大好きな映画だなと思ってます。
僕はですね、面白かったですけど、
正直よくわかんねえなっていう気持ちがあって、
どう語るべきなのかなっていうのはすごい難しいなとは未だに思っているので、
皆さんの話に相乗りさせてもらおうかなっていう感じなんですけど、
思ってた以上にゴリゴリのフェミニズム映画だったなとは思いました。
ちょっとちゃんと勉強してないとちゃんと喋れないんじゃないかなっていう不安も少しあるぐらいには、
ド直球のフェミニズムだったかなとは思うのと、
あとまあ、ハザード君は僕好きだなと思ったところは、
冷笑を良しとしないところなんですよね。
冷笑しない。世の中には絶望、失望がたくさんあるけど、
でも冷笑しないっていう。
学ぶ、そして挑むっていう、
シンプルですけどすごい大事なことだなと思って、
冷笑に負けないっていうのは割と今の僕のテーマだなとは思ってるので、
いいこと言ってもらったなっていう気持ちはありました。
はい、こんな感じですね。前田さんいかがでした?
いや、私はもう疲れましたね。
疲れました。
見終えて。
結構前、あおいさんも悪い子バビーのこととかおっしゃったんですけど、
私どっちかというと、全然違うんですけど、
面、同じ顔の男がいっぱいいってくる。
面を見たときみたいな疲れがありました。
でもさっきちょっとお話したように、
自分の中での会話がすごい生まれてくるというか、
だからどっちかというと、
人と話したり、自分と話したりして紹介をするのが楽しい作品だなという感じがしました。
はい、ではお便り3通いただいてますので、
順番に紹介させていただきます。
まず1通目。
きまともまやさん。
店長メンバーの皆様こんにちは。
今回のテーマ、哀れなる者たち。
語りたい点は2点。
1、正直ベラの観察記録はゴッドだけでも事足りただろうに、
生活の一環にあえて刺激としてあの女子を加えた、
信仰心が高いという点が採用ポイントのようでしたが、
これが彼ではなく違う人だった場合、果たしてラストはどうなっていたのか気になるところです。
06:03
2、脳内移植した胎児の性別について、
ベラの見た目からてっきり女児かと思い込んでいましたが、
振り返ると特段性別についての言及はありませんでしたし、
むしろ男性的に思われるシーンもいくつかありました。
打足ですが、映画鑑賞後にさしはらりのさんがナレーションをしているCMを初めて拝見しましたが、
女性って最高と言わんばかりの演出にかなり強みの違和感を覚えました。
最後に、昨年は東京開催、大阪の映画バー公開収録と素敵なお時間をありがとうございました。
今年もまたどこかでお会いできますように。
はい、ありがとうございます。
ありがとうございます。
大阪のバーお越しだったんですね。
多分僕が休んだ時のあれかなと思うんですけど、
お会いできなくて残念かなと思いつつ、来ていただいて本当にありがとうございました。
ありがとうございます。
ありがとうございます。
また今年もお会いできたらいいなと思いつつ。
語りたい2点挙げていただいてるんですけども、
まず、市が助手を加えたっていうことに関してなんですけど、
なんかあります?ここがっていう。
確かに刺激ってところもあるかなと思うんですけど、
彼が選ばれた理由って、僕なんか信仰心とはちょっと違うところにあるのかなって勝手に考えていて、
彼がホモソーシャルの中であんまり馴染めてないからなのかなって勝手に思ってるんですよ。
確かにね。
クラスの中で彼自身はやっぱりウィって存在じゃないですか。
それは多分、ゴッドであるウィリアム・デフを演じてる石井ともおそらく通じ合えるところだったのかなっていう気がして、
男性性から最も離れた人をあえて選んでいるのかなっていうのは僕はちょっと勝手に考えてみてました。
そうですね。ラストの対比にもなりますしね、そこ。
元の結婚相手との対比にもなるし、
元の結婚相手がゴリゴリのトキシックマスキリニティのゴンゲみたいなやつだから、
それに対してそれを持たない、あるいは強くは持ってないタイプっていうところ。
なぜ選ばれたかというより、物語の必然として彼のような人物である必要があるっていう感覚ですかね。
2番が脳内移植した胎児の性別についてっていうところ。
そこあんまり僕、意識して見てなかったですけど、そこを意識して見てた方います?
私、これめちゃくちゃ面白い視点やなと思って、
この話だけで3時間ぐらいできそうって思いました。
なんか、性別はどうやって決まるのかっていう話じゃないですか、これって。
じゃあ、彼女が移植された赤ちゃんが男児だったとしたら、彼女は男性なのかとか、
男性性と女性性はどのようにして育まれていくのかとか、
結構テーマとしてめちゃくちゃ面白いですし、
09:00
あえてそこに触れてないのも、もしかしたらそういう人があるのかもしれないなとは思います。
そうですね、そんな気がしますね。
確かにそうですよね。
だって多分、脳単体がある、すでにそこには性格があるかっていうと、
多分なさそうな感じがするというか、
自分が男性なのか女性なのかって身につけていくのって、やっぱり生まれてからなのかな。
でも、生態的な機能とか、男女で差があったりもするし、
じゃあどこなんだろうみたいなところって、難しいですよね、考えてみるほどに。
そうなんですよね。
だから多分、体は母親というかペラの体なので、
多分女性ホルモンを浴び続けてるんだろうなみたいなことは思うと、
ある程度、脳の性育みたいなものが女性化するみたいなことはあり得るのかなっていうのもちょっと思ったりもして。
へー、面白い。
そうですね。
ホルモンに支配されてるってことですね、我々は。
っていう考え方があるっていう。
それ、僕もすごい思うところがあって、
うちの子供2人、2人とも女の子なんですよ。
ただ、好きなものが新幹線と恐竜なんですよ、2人とも。
多分一般的には男の子の趣味と言われるものなんじゃないかなと思うんですけど、
そこを、これが女の子っぽいよねとかっていうのをあんまり意識せずに、
ただ興味を持ったものを与えてたらそうなっていったって感じなんですよね。
それってあえて与えなければそうならないのかなって気がしてて、
少なくともうちはそうなってないんでね。
あと服装とかもあんまスカートとか履かせないんですよ。
それは別にそういう教育方針なわけじゃなくって、
単純に動きやすいものを着せたらズボンだっただけなんですけど、
そうしたらスカートをどんどん履かなくなっていくので、自分で選ばないんですよ。
服買いに行っても。
だんだんいわゆるジェンダーとして女性的な方向に行くのかなって気がしてるのは、
例えばフォーマルの場とかってなったら、
そういう子供に着せるフォーマルの服ってやっぱり女の子だとスカートだったりするし、
あとその例えば呼びかけるときに妹に対して姉を呼ぶときに、
お姉ちゃんって言い方をせざるを得なくなったりするんですよね。
それしか言葉がないから。
子供内での年長と年少者っていうのを呼び分けるときに、
絶対に今日本語にある言葉はジェンダーを得てるんですよ。
お兄ちゃんとかお姉ちゃんって呼び方をしないといけないっていうのがあって、
だんだんそっちに寄っていくと思うんですよね。
そのときにそうなったらそれでいいかなと思ってて、
あんまりあえてザ男の子的なもの、ザ女の子的なものっていう風な意図を持って、
こっちから働きかけないようにしてるんですけど僕は。
12:01
そうしたらそうなってるんですね。
ズボンばっか履いてて新幹線と恐竜が好きな女の子になってるんですよ。
別にそう育てたいわけじゃないんですよ。
そうなってるんですよ。
じゃあ女の子的になっていくのって、
それって周囲の人の意図なんじゃないかなって気がしてるんですよ。
だからそう望んだからそうなっていったっていうところ。
あと例えば男の子の方が暴れん坊とかっていう言い方もするじゃないですか。
男の子って大変だよねっていう。
女の子の方から大人しくていいよねっていうのも、
多分それって運動能力ほぼ一緒じゃないですか。
子供の段階では。
例えば活動的に行動した時にそれを勇める言い方が違うんですよね。
男の子と女の子で。
男の子に対しては暴れすぎって言うんですよ。
だからそれは程度問題であってそれをやること自体が推奨している。
でも女の子に対しては女の子はそういうことしないよっていう
根本的な方向性が誤っているっていう咎め方をすると僕は思ってて。
そこで多分男の子的なもの、女の子的なものが生まれやすくなっている。
ただ僕は別にその生物学的な男女の差が
実際どこまでジェンダーに影響してるかっていうのを実験したわけでもないから
断言はしませんけど
ただやっぱり環境的要因はむちゃくちゃ大きいのかなっていうのを
僕は今身をもって実感していっているんですよね。
だからこの指摘もむっちゃ面白くて
そうだなって言ったら
男児として生まれたのをもってたけど
身体の側からの影響で女性になっていってるのかもしれないし
もしかしたら今の時点でも別にジェンダー持ってない可能性ありますよね。
単に性行為をしようとしたら
あくまで女性の側の役割で性行為をするだけで
もしかしたら自分の辞任は
男性でも女性でもない可能性だってあるなって気はして
なんか
辞任っていう概念って
最近浸透したじゃないですか
それまで私は女性だと辞任した覚えはないけど
そういうことで生きてきてるわけじゃないですか
なんかじゃあ今辞任してくださいって言われた時に
なんやろ
それはどういう基準で私は決めたらいいんですかってなりますけど
もう難しいそれは
ただどうなんやろ
小さい時というか
私もいわゆる女の子らしくなくて全く
どんだけ押しつけられようと何されようと
全くそこに行かなかったんですよ
趣味思考も服装も何もかもだったんですけど
なんか好きな人ができた時に
その好きな人が男性だった時に
なんかなんて言ったらいいかな
女性らしくなりたいなみたいな
感情が多分芽生えたんだと思うんですよね
それは何
ジェンダー?
それはジェンダーなんですか
わからへん難しい
それはジェンダーと呼ばれるものだと思いますけど
15:02
もしかしたらそれは方法として必要だから
それを帯びたのかもしれないですよね
そうだからそうであるという定義じゃないですか
例えばそういう例もあるっていうぐらいで
言ってほしいんですけど
例えばトランスジェンダーで
ホモセクシャリティっていう場合も
あり得るわけですよね
そこまで来たら定義する必要があるんですか
なくないですか定義する必要が
今のはあくまで例としてあげたら
こういうことがあるってことで
本当にそもそもだから男女
男性か女性かっていうのは
すごいグラデーションであると思うんですよ
だからもうある意味言葉として定義するのは
すごく一般化するためにはそうなんだけど
自分のためのそれって何かって言ったら
結局自分で作っていくしかないっていうことでも
あるのかなって気はするんですけど
なんかいるんかな
そもそも定義を
でもたださっきのロブスターの話で
結末が見えてた方が安心できるよね
に近いと思うんですけど
自分の何かに名前がついてたら
ものすごく気持ち楽になると思うんですよね
それはあるので
名前はあってほしいっていう人も
中にはいますよね
確かにあってもいいとは思う
あってもいいかなって全然それは思うし
それとは別として
自分はその言葉に当てはまらない部分だってあるよね
っていう部分ももちろん
当然あってしかるべきというか
っていうのが同時に存在しているものじゃないかな
っていう感じがするんですけど
この話チタンの時にもした話だと思うんですけど
なんかこの定義できないものを
どうキャッチするかっていう話
ただ残念ながら今の社会では
一旦は定義付けしないと
そもそもその人たちに
居場所を与えることさえできない
っていうのがあるとは思うので
一旦定義はいるのかなと僕は思います
そういう意味で本作は
まさに前田さん的な
あえて定義しないってところに
収めてる気もちょっとして
ベラの性別ってところに議論を一旦戻すんですけど
ラスト彼女がパートナー2人いますよねと
女性のパートナー男性のパートナーがいる状態
もちろんそれは恋人と言えるか
そもそも夫婦と言えるものなのか
それとももうちょっとラフな
友情みたいなものなのかっていうのは
ちょっと曖昧な定義で終わりますけど
でもあれってすごい
ベラらしい選択だなと思ったんですよ
多分自分の中で
彼女ってすごい自分の身体だったり
あるいは自分の主体性みたいなものを
常に探求し続けてるじゃないですか
だから彼女の中で
多分まだ結論出てないと思うんですね
結論出さないと思うんですよ彼女は
なんかそれをできる主人公なんだっていうのを
最後にああいう形で示されてるんじゃないかな
要はどちらにも揺らぎうるし
もうその揺らぎうる自分を
常に探求し続けることが
私のアイデンティティだって描いてるっていう
そうですね
余計にバービーみたいだなって思うんですよね
その辺の話
確かに
そこに至るために
ザ・男と女の関係的な
18:00
マンク・ラファロのダンカンってやつとの
旅行も一回経てるじゃないですか
だからその
典型的な男性の役割と
女性の役割の中で紡がれる
関係性っていうものも
一回人生経験として経ているっていう
その上で
そこに定義付けされない人生を選ぶっていう
ラストにはなってるのは
面白いなとは思って
今ある価値観を全く描かずに
かつそれを全否定しながらの話ではなくて
一回経験してて
でも私こっちの方がいいなって
選んでる感じなのは
本作のすごい好ましいとこだなとは思いましたね
お便りにあった
笹原さんの
女性って最高ってばかりの演出に
かなりの違和感を感じたっていうところ
確かにこの話を経た後だと
めちゃめちゃ違和感がある
ますよね
そうですね
フェミニズムは描いてるけど
それだけじゃない
もっと深いところまで届いてるから
余計にそこをちょっとあれって思うっていう
宣伝ってどうしてもそういうのを
削ぎ落として単純化しちゃうところがあるのでね
っていうのはありますけど
確かに違和感は感じますよね
むしろ男でも女でも関係ない
っていうところに至らせるのが
フェミニズムだと思うので
逆だと思うんですけど
ただ僕決して
この宣伝が全く良くないと思ってはいなくて
やっぱり本作は広く見られるものとして作ってて
だからフェミニズムとかって別に
考えてもない人にも見てほしい
映画として作られてる
だから一旦女性って最高って言って
その上でいやでも別に男とか女とか
そういうことじゃないよねっていうところに
至らせるっていう意味では
この広告もありかなとは気持ちを持って
それってね構造的には別に
バービーも一緒だと思うんですよ
バービーっていう映画自体もね
なんかその入り口から出口に至るまでの間に
転換させるっていう意味では
別にその宣伝とか広告が100%
作品自体の言ってることと
同じものを描き切らなくてもいいのかなって
僕はちょっと思ってはいるんですよね
最終的にゴールに至ればいいかなっていう
宣伝や広告がゴールを示す必要は別に
100%はないんじゃないかなとはちょっと思ってます
不誠実かもしれないですけどねそれは
っていう感じですね
じゃあ次のお便りいきましょうか
はい
辰田さんからいただきました
はじめの方のモノクロは
ベラがあの博士たちとの生活の窮屈さ
音楽もそれに呼応しているのか音の幅が狭い
を感じました
色づくのは世界が広がったためでしょう
ゴットから言われた冒険家の言葉を胸に
世界や人々に好奇心旺盛に触れつつも
感受性いっぱいな感じは素敵であり
それでも無知ゆえの危うさを感じる
ハラハラ感がありました
ランテモス監督作品の中でも
今作品は非常に笑いどころが分かりやすく
入りやすいと言いたいところですが
21:01
R18
パリの松間のところで客の過去の話や
冗談を言い合って少しでもお互いを知り合う
感じは良かったです
ところであの義手の男は戦争負傷兵とか
なんですかね
サウンドトラックを再生するだけでも
映像が想起されるくらいにベラの心情に
合わさった感じでとてもいいです
まさにこの映画のための映像のための音楽
ランテモス監督作品も色々できて
きましたが皆様どれがお好きですか
私はロブスターです
はいありがとうございます
ありがとうございます
ありがとうございます
音楽本当良かったですよね
うんうんうん
うん
なんか大石さんがめちゃくちゃ言ってたのが
分かりました
めちゃくちゃいい
そうなんですよ
なんか一回聴いたら忘れないんですよね
あの音楽
うんうん
なんかキッカイでありつつ
すごい美麗でもありつつっていうので
うん
なんかあの作品世界の
その持っている違和感みたいなものと
その先にある美しさみたいなものは
うんうん
ちゃんとあるなと思って
うん
映像と音楽の相性が良すぎるなと思いました
そうなんですよ
うん
めっちゃ良かったですね本当に
うん
そうあれが本当に同年代とは
おそらく同期というか同年齢の人とは
思えないというか
世界には凄まじい才能がいるなと思いました
ふふふふ
年取るとそんなことばっかですから
ははははは
なるほど
年下に爆発的な才能ばっかになってきますから
なるほど
はははは
そんな才能ばっかね見続けられたら
もう自分が不甲斐なくてしょうがなくなりますけど
そんなこと考えたらおしまいなんで
ははははは
僕だっていいとこあるさみたいな風に思わないと
やってけないですよねっていう
ははははは
うん
えーパリの召喚のシーン
僕あそこ凄い良かったんですけど
うん
なんか割り切るの嫌だなって
ちゃんとコミュニケーション取ろうっていう
別にそこにあるのが
恋愛感情とかでもなくてもいいと思うんですよね
ちゃんとその人と人であるっていうコミュニケーション
1回かませるだけで
なんか単なる仕事として
割り切らなくて済むというか
うんうんうん
そこも凄い良くてというか
本作セックスワークを否定してないのも
凄い良かったなとは思って
なんかもうこんな区間に落ちてしまって
みたいな描かれ方じゃなくて
もう生きる手段の一つですって
何だったらもうその召喚で働きながら
学校で勉強してますみたいな
凄いスマートな描き方してて
そこも凄い良かったですね
うん
あの召喚のお客さんで
子供に正義教育するために父親が行くところとか
ちょっと笑っちゃいましたけどね
ははは
あー
うん
まぁあるんでしょうねそれは
それはあったでしょうね
うんうんうん
まぁあそこの描き方
結構ギャグ入ってましたよね
そうそうそうそう
なんか下の弟が必死にメモ取ってんのがちょっと
はははは
ちょっと笑っちゃいましたけどね
そうお兄ちゃんが結構的確な質問をしてくるみたいな
24:00
うんうん
あとランティモス監督何がお好きですかっていうの皆さんあります?
迷うけど
まぁロブスターって言ったもんな多分
はははは
まぁロブスターって言ったもんな多分なっていう
僕もロブスターですねはい
僕は女王陛下のお気に入りしか他には見てないので
うん
まぁ僕は女王陛下のお気に入りが一番好きですね
うん
まぁ僕もあれも難しいな
本作除くと女王陛下がロブスターが悩むところなんですけど
でもそうだなぁ女王陛下良かったしなぁって感じですね
前田さんどうですか?
私はそのさっき話した聖なる鹿殺し
うんうんうん
なんかあんまりこの監督の作品
どうのこうのみたいな感じでは見てなかったので
作家性がどうとかは全然気にせず見たんですけど
むしろ他の作品こんな感じなんやって思ってますもん
はははは
でもまだそこまで多くはないですよね作品
ロブスター聖なる鹿殺し
かごの中の乙女とかですかね見れるのって
まぁ追っかけようと思ったら今から追っかけてもそんな負担ではなさそうですよね
でもなんか一本一本はめちゃ疲れそう
それはそうかも
なんかすごい試されるなっていう
作品ばかり撮ってるなっていうのはすごいそれはわかりますねすごくなんか
ただでは返さんぞみたいなというか
聖なる鹿殺し家で見たくないですもん僕は
それはそうかも
見たいけど見たいけど家で見たくないですもん
いやもう一回今は見返したいんだよな
ソルトバーンを見てバリー光眼ってやっぱこうだよなって思ったからなんですけど
なんか結構彼の出世作って言ってもいいですよね聖なる鹿殺しは
そうそうそう確かにそうなんですよね
ほんと彼の印象を一発で決めた映画って感じですもんね
何が代表と言われたらそうかもしれない
とにかくパスタ食うシーンが嫌なんだよな
めっちゃ食い方汚いやつね
あれが嫌なんだよな
嫌だね
はいでは次のお便り
いかせていただきます
8さんからいただきました
哀れなる者たちランティモスのキャリアベスト
一段広いところに届く作品だと思います
なぜなのか考えてみると時期と座組が大きいと思います
監督が映画化を熱望したのが2011年
ロブスター機の監督で実現したら
ベラーをも突き放した
時代の空気的にも原作よりの底意地悪さがもっと出たかもです
そこにエマストーンがプロデューサーとしても参加したことが
決定的な科学反応になり
完全にベラ視点の心と体の自由についての
ウーマンリブの映画となったと思いました
ストーン的にクルエラは大きいかと
あとこの映画がバービーより広く受け入れられている点については
社政責任が描かれてないのが象徴的だと思います
27:00
セックスワークとしての行為すら自発的で勝手に学んでくれる女性なんて
都合良すぎますが
男側は自分が切られている実感を持たずに
映画館を後にできる絶妙なバランスを全体を通して抱きました
はいありがとうございます
ありがとうございます
痛いとこつきますね本当に
痛いとこつきますね
ちょっと社政責任って言葉はかなり強い言葉なのであれですけど
男性が悪いよねっていう感じの話には
あんまりなってなかったっていうところ
だから召喚の客のことも
そこまで悪く描いてなかったと思うんですよね
召喚とか勝負っていう仕組みそのものを
もう完全なる悪としては言い切ってなかったと思いますし
そこに来るお客のことも
なんかさばいてる内容にはなってなかったとは思うんですよね
やっぱり本作でさばかれてる男性って
元夫だけだと思うので基本的には
そこでちょっと見やすさというか
男ってバカだよねっていうのを
たからかに歌ってないっていうところは
男性にとって見やすい映画っていう側面はあったのかなって気はしました
どうでしょう
でも結構マークラファローはひどい目合ってる気もするんですけど
どうなんでしょうねあれそうか
あれは多くの映画
特に恋愛作品によって
女性側の依存って結構描かれてきたと思うんですけど
てかもちろん男性の依存も描かれてるんですけど
今回のマークラファローは本当に依存的な人として描かれていて
たぶん本作のタイトルである
哀れなるものってベラ本人のこと
特に最初のベラ本人のこと
あるいはベラの母のことでもあると思うんですけど
割と出てくる男性人のことなんじゃないかなと思ってはいて
それぞれの哀れさみたいなものがある中で
やっぱりマークラファローが演じてる彼は
男性性にあるいは女性に対する男性性に依存してる人として
ある意味男側を切ってくる
絶妙なバランスなのかなって僕は思ってみてたんですけど
女性に?
女性に依存している
女性に対する男性性に依存してる人
ちょっと待って分かんない
つまり女性に対してマスキリニティを発揮するっていうことに
自分のアイデンティティを持ってる人ってことです
あーなるほど
女性に対して上位に立ってる自分でなければ
自我が崩壊する人ってことですね
そうそうそうまさにまさに
まあまあそういう人として描かれた
そうですねそうだわ
いや私もっとシンプルだと思ってて
男性女性本当に関係なく
セックスした相手が
著しく自分に興味がないときに
人はメンヘラになるっていうだけやと思うんですけど
あでも結構的確ですねそれ
確かにそうだな
なるほど
自分という人間
30:00
自分の体じゃなくて
自分という人間の本質に一切興味を示してくれなかったとき相手が
それは本当に男女関係なく不安定になるというのは
とてもシンプルな原理なんじゃないかと思う
それはそうだと思います
なるほど
確かに
そうですねまあなんだろうな
僕もなんかマークルハウルのダンカンでしたっけ
あいつがその
男性性でどうこうっていうのはあんまり感じなかったというか
ちょっともしかしたら本作のテーマからずれてるのかもしれないですけど
あくまで個人的にちょっと違う言葉かもしれないですけど
振られたというか
だからああなったっていう感じかなと思って
その意味ではやっぱり
あしき男性性の言語はやっぱり元に集中してるのかなとは思って
もちろんダンカンもあしき男性性持ってますよ
女の人が本読んでたら捨てますからね
なんかあれはねでもねすごく
あの彼のキャラクターを見て思ったのは
あえてあれが例えば男性のこうなんていうのかな
ひどい部分だとしたら
なんか個人であればかわいいと思うんですよね
あれがこう社会になってくると
あしきものになってくると思うんですけど
そこがねなんかね男性の不思議なとこだなって思ったんですよね
彼のキャラクターを見ると
彼が例えばその本を彼女が取り上げて捨てるとことかも
例えばフェミニズム的な文脈から捉えたら
女性が賢くなることを望まないっていうようなところなんでしょうけど
なんか単純になんていうのかな
自分のが優位に立ちたいってのはそうなんでしょうけど
そこがこう個人として見れば男性のかわいさでもあるのかな
っていうのはすごい思うんですよね
彼の嫌なとこって全部
なんかそれがねなんかね
ちょっと世界の難しいとこだなって思うんですけど
それが束になられるとちょっときついみたいな
まあね
一つずつだとなんかかわいいのに
束になるとめちゃくちゃきついぞっていう風に思いました
確かにね
オイスさんが結局その哀れになるものって
登場人物みんなそうじゃんっていう話ちょっと言ってたと思うんですけど
本当そういう話だなって思ってますよねっていうのはあって
本当マークラファルのあの
あのしょうもない感じめちゃくちゃ好きなんですよね今回
すんごいなさっけない声でベルアーとか言ってるとかめっちゃ面白いんですけど
やっぱああいうとこって確かにちょっと憎めないところではやっぱりあったりとか
間違ってるけど
けどやっぱこいつのことちょっとどこかで見たいなというか
面白いやつだと思ってしまうっていう
そういうなんか眼差しのなんかそのちょっと優しい感じっていうのが
まあみんなにあるんですよね
ゴッドにしたって
ゴッドもまあちょっとまあやったことはあまり良くないけどでも
33:02
なんというか自分のことに向き合った上ででも
私はあなたを許すよっていうことができるわけでベラも
なんかそういうみんなちょっとずつ哀れで
でそういったものが世界を作ってるっていうことだから
っていうのがすごくあったのでやっぱすごい本当に
まあ人間そのものって感じがめちゃくちゃこの世から暮らしてしまうっていうのは
そうだなっていうふうに思ってしまうっていう感じですよね
だからまあ確かに八さんの指摘
男性は斬られてないっていうところは
おっしゃる通りだと思うんですよ
多分そこのバランスじゃないというか本作を描きたいところって
まさにマリアさんが先ほどおっしゃった
人間ってみんな哀れな部分を持っていて
それが可愛いし面白いよねって言ってる映画
ある種の人間参加にも見えてくるっていう
だからもちろん将軍は唯一ある種の裁きを受けますが
他の立場の人物があんまりそういうものを受けない
っていうのはなんかこの映画にとっては
僕はいいバランスなのかなって気がしていて
そうですね明確に邪悪って言えるのは
元夫の将軍だけだと思うんですよね
マークラハルは一応可愛げのある人間としては描かれてる
元夫もダンカンもどっちも
悪しき男性性を持ってるキャラクターだと思うんですけど
やっぱりダンカンマークラハルの方は
個人と個人の恋愛の範疇で
ちょっと面倒くせえなって範疇の存在なんですけど
元夫は過不調性としての悪しき男性性なので
より邪悪で立ちが悪いものじゃないですか
あと二者の間での違いがあるとしたら
性行為そのものの喜びっていうものに
価値を置いているかどうかっていう違いがあって
ダンカンはセックスを楽しんでる
それは良いことだと思ってる
元夫は性的快楽を感じなくていいんですよ
子供ができたらいいんですよっていう
過不調性という概念なんですよあいつは
そこがより邪悪だし
個人としては許容されてもいいかもしれないけど
仕組みとしてはちょっとない方がいいよねっていうものが
元夫になってるかなって気はして
その意味でやっぱり本作でさばいてるのは
元夫なのかなって気がしてます
それこそちょっとバービーの中で
若干不服的に思ったこととして
男性の一枚違和感が
ケンっていう同じ人物なのでどうしてもあったんですけど
本作はやっぱり男性の中にも結構段階があるというか
哀れさの段階があると言えばいいんでしょうかね
そういう個人個人に結構色づいた描き方をしてるっていうところが
僕はすごい好きなところではあって
同じく女性のことを描く作品
それが多分主題にあるのは確かなんですけど
男性側に関してもある程度バリエーションを持って描かれていて
そこはなんかすごい
僕はバービーよりも好きなところではあるって感じですね
36:04
哀れになる者たち
男性たちが哀れになるものなんじゃないかなっていうので
大地さんさっきおっしゃられてたので
僕が一番哀れというか
同情してみた人物が
船で出会うご夫人に連れ添ってる
アフリカ系の紳士がいらっしゃるじゃないですか
彼に一番僕同情してみてて
彼って皮肉屋なんですよね
ある種冷笑主義者というか
世の中のことも知ってて
それを諦めてる人で
彼は恵まれた立場だし
インテリだと思うんですけど
そこで何もできないってなってしまってる人っていうので
それに対してベラが
臆病な少年っていう評価をして
本人がそれを納得するシーンがあって
あれつらいなと思って
多分多くの人がああなるからなんですよね
だからなんかすごい
一番なんかちょっと僕刺さる人物だったですね彼が
アレキサンドリアの貧民たちが苦しんでいるのを見て
別に何もしないし何もできないと分かってるっていう
なんかそれを飲み込んでいる
でも別にそれを無視できてるわけでもないっていうところ
ずっと心に刺さり続けてるって
多分僕らにすごい近い存在なんじゃないかなって考えると
彼の哀れさがより際立つというか
なんか誰が哀れというよりは
僕は彼の哀れさが一番理解できたなとは思って
それに対してベラが
別に今すぐどうもできないかもしれないけど
勉強はしますっていうのは
希望そのものだなとは思いました本当に
それしかないよなっていう
そうなんですよね
いやなんか前回取り上げた映画が
みなに幸あれだったじゃないですか
究極の霊性系みたいな映画を見た後に
なんかすごい理想主義者の映画を見て
なんかすごい楽さだなって思ったんですよ
なんかね
けどやっぱ僕はどっちかっていうと
理想側に立ちたいってなっちゃう側なので
なんか本当なんかすごくこの映画のことが本当に好きだなって
改めて思ったし
皮肉屋な黒人の紳士もいましたけど
なんかでもやっぱ彼もやっぱり愛ある人物に
やっぱすごく見えたんですよねすごくなんか
皮肉屋だし霊性
どっか霊性みたいな眼差しはあるけど
なんか別にそこが老悪に走ってるわけでもない感じっていうのが
なんかすごくなんか
でも人間ってやっぱそういう側面も絶対あるよなっていう
完全にはこう割り切れない感じっていうのが
僕はすごくあの人物からすごく感じてて
まあ本当にツイッターとかの霊性系では
すぐ老悪に走ったりとか
単純化しようとする感じがすごい苦手だったので
なんかそういう意味でもあのキャラクターすごく好きですね
でも多分あいつツイッターやってたら
最悪のツイートしてると思いますよ
39:02
かもしれませんね
あの世界年代いつかわかりませんけど
SNSはない時代なんで整理するってことで
見打ちには優しいですからね彼
だから霊性主義者でもやっぱり見打ちには優しいっていうのは
それもリアルやなと思います本当に
そうだと思うっていうところですね
あとまあ触れるとしたら何だろうな
結構女性気切除とか
ゴリゴリのなんかフェミンズム的な要素を
入れてきてるなっていうのは
すごい印象的というか
実際もちろんあったことですし
それを描いてるっていうのは
直接的ではあるけど
なんか大事なことだなとは思ったんですけど
元夫の家で話すときに
このままだと切除されちゃうっていう
流れになるシーンあるじゃないですか
であそこで夫がね
男はこの性欲と戦うのが
人生の使命なんだみたいなことを
言ってるじゃないですか
でその一方でベラの女性気を
切除しようとしてるんですけど
なんかすごい身勝手な理屈だなと思って
目的として子供を作るっていうのがあるから
女性側にクリフトレスはいらないですよね
っていうので
切り取ろうとするわけですけど
男側は残してるわけじゃないですか
子供を作るって言っても
だから性的快楽っていう意味での
機能は残してるわけですよね
女性の側からそれを奪っておいて
でも自分はこの性欲と戦うのが
男の人生の使命なんだとか
自分はしてるわけですよ
その目的でできるわけですよ
だから2つ持った状態で
女性の側からは一方奪ってるわけですよね
この不均衡
でもその不均衡に対して
こっちも大変なんですよねって
性欲と戦うのって大変なんですよね
っていう言い訳がましてさ
貴重やなと思ってあそこ
すごい気色悪い
だからベラが前半で
すごい性行為を楽しんでるじゃないですか
別にそれが
妊娠とかっていうことを目的にしなくても
それ自体が良きことであるっていうのを
描いた上で
それを奪って
妊娠とか子供を設けるってことだけを
目的の存在にしようとする
でも自分の側は別に
性的快楽が残してる状態
それに対する言い訳としての
性欲って大変ですよねみたいなことを
言ってるっていう
多分これ現実にある構造なんですよね
これ
そんなことない?
そんなことないかな
怖くなってきた
僕これ
献血体組織暴力の時にも言ったんですけど
男って自分がエロいこと嫌いなんですよね
どういうことですか?
自分がエロいということ自体は
しょうもないと思ってるんです
ただエロいことは好きなんです
伝わります?これ
42:00
その矛盾したものに対する
一つの回答なんですよね
性欲と戦うのが男の人生の使命だ
みたいな言い方っていうのは
矛盾に対する言い訳なんですよ
その言い訳に対して
女性の側も
女性器を設置してる
っていうことが
この不均衡が
男性上位的な見方として
おどましくて
嫌なことを
わかりやすく説明したなと思って
たんですけど
ごめんなさいこれ今僕
何も伝わらないことを言ってますよね
伝わってます
伝わってます
なんていう言葉で返そうかなって思ってるだけで
なんか
男性は
なんていうのかな
セックスに
これは女性もそうなのかもしれない
ちょっと女性のことは
あんまちゃんと考えてないんで
一旦置いておきますけど
いろんな意味ちょっとのせすぎてる
気もしますね
自己評価とか
それはめちゃめちゃそうです
だから
女性に対する
さっきの快楽を
抑圧することもそうですし
逆に女性に快楽を感じてほしい
って思うこともそうなのかな
って思うんですけど
そこを
自己評価と結びつけてしまうと
ちょっと厄介だなっていうのは
思うことがすごくあって
それむちゃくちゃあります
男性が
自分がエロいのが嫌だっていうのは
そうなんだ
ってよくわからない
心から理解することはあんまりできない感覚ではあるんですけど
そう考えたら
エロいことをシンプルに純粋に楽しむって
結構難しいのかもしれない
多分すごく難しいこと
それをベラ実践していった
わけですけども
のがこの嫌ですよね
だから
羨ましいんだなって思います
だから
そうですね
彼女の魅力はそこにもあるのかもしれないですね
彼女の大きな魅力の一つ
まさに
前田さんおっしゃったこと
僕多分この映画が好きな理由結構それだと思うんですよ
僕自身も
割と大学生
今はあんまなくなってるんですけど
割と性欲ってものに対する罪悪感は
結構強くあるタイプで
そことどう向き合えばいいか
結構わかんない青春時代を
過ごしてはきたなって思って
なんかあるけど多分いけないものっていう認識
まさにその映画の中で言った
良識ある社会の中ではきっとこれは
ダメなものっていう
そういう認識がずっと
あったんですけど
人生経験の中で
これって明るく捉えていいものなんだって
思ったタイミングが一回あって
未だに聞いてるんですけど
星野玄さん僕大好きなんですけど
彼って結構
性というか
性に関することに対してすごいポジティブ
45:00
なんですよ
女性との性行為みたいなものは
あくまでコミュニケーションとしての一環だし
それ自体は
全く悪いものじゃないっていう
結構メッセージをかなり発信していて
かつ人間もみんな変態で変だから
自分のその欲望みたいなものも
変じゃないでしょっていう風な
言い方をしているんですけど
彼の思想と出会ってからだいぶ
自分の中のその罪悪感が
やっすらいでったというか
引いてった感覚がなんとなくあるんですよね
なのでそういう
性というものに対してすごくポジティブに
向かい合っているような人が
僕多分好きなんですよ
なんか自分
自身のその罪悪感みたいなものを
軽くしてくれるっていうすごい単純な理由も
もちろんあると思うんですけど
なんかこの罪悪感を割と
いけないものとしてまさにその
ベラの母親の旦那さん
のようにいけないものとして
捉えるのではなくてもっと真面目に
しっかりものとしてどういうものなのか
しっかり見てみようよっていう感じに
今はなっていて
これって果たして何なんだみたいな
それを追求するってまさにベラ的な
感覚が自分の中にはすごく強くあったので
そういう意味でも
すごいこの絵が救われる気がする
というか分かる分かるそうだよね
っていう感じがしてしまうんですよ
そうですね
そうやってるのが体としては
女性であるベラっていうのが
すごい大事というか
性欲を持ってること
そのものが推奨されないのって
より女性の方が
少なくとも今の社会は強い
だったら男性の
性欲は必要ですよねっていう
価値観が比較的
女性に比べて共有されてる
とは思うんですよね
でも
それを取っ払って
女性の体を持ってるベラが
積極的に
その性的快楽
そのものを楽しんでいくっていうのは
本作のすごい
健康的なところ
って言ったらいいんですかね
すごい好ましいとこだなとは
思いましたね
ちょっと話ずらすんですけど
星野源の
っていう話してたじゃないですか
星野源の歌でね
髪の毛の匂いを嗅ぎ合って
臭いなってふざけ合ったっていう
歌あったと思うんですけど
くだらない中にですね
めちゃめちゃスケベな歌詞やなと
そうなんです
めちゃめちゃスケベですよね
髪の毛って
臭いって言ってそれを
肯定するって
めちゃめちゃエロいですよね
なんていうか
綺麗じゃない
性の美しさを
歌ってる歌詞だなと思って
すげーだと思ってたんですよ
あの歌詞を聞いた時に
なんか清らかじゃなくても美しいんだな
っていうことを
言ってるってすごい次元だなって思ったんですよ
のを
思い出しました
だからすごいこの映画の
テーマ性というか
48:00
もちろんフェミニズムってところは一旦置いておいて
ですけど生徒の向き合い方って
意味ではすごい僕はその星野源の
歌詞だとかあるいは彼の
思想みたいなのに通じるところがすごいこの映画からも
感じて
なんかすごい
そこがたぶん自分に
自分のすごい真ん中にあるようなものに
結構フィットしたんだろうなっていうのは
思います
そうなんですよ星野源エロいんですよ
じゃあお便りの話ここら辺に
しとこうか
普通に喋っている
時間的にはね
この映画の話をまだ
1割ぐらいしかしてない気がするのに
2時間経ってるもんね
そうなんですよね
いやなんか
まだ話せそうな気がするけど
もう時間かって感じすごい
あのシャイラーのプロポーズ
受け入れるシーンとかめちゃくちゃ良くなかったですか
めっちゃ触れてねーわと思って
ほんまっすね
めちゃくちゃいいシーンやと思った
そうなんですよね
あそこでベラがすごい髪
めちゃくちゃ伸ばしてるじゃないですか
あれ多分あの時代の女性からしたら
結構ナンセンスというか
一番ダメな髪型って言われてしまう
多分良識ある社会の中では髪をまとめろみたいな
ところに出せるアンチテーゼだと思うんですけど
そういうところも本当
今作衣装もすごい印象的だなと思うんですけど
なんかそういうビジュアルの表現が
一個一個行き届いている
気がするんですよね
確かに髪の毛すごい勢い伸びてましたね
今作のその
美術とか服飾の部分
もうちょっと触れといていいかなと思うんですけど
いいですよね
あのなんて言うんだろう
ビクトリア調って言っていいんですか
ビクトリア調のスチームパンクですよね
スチームパンクって
いいですよね
でもあんまりなんか
結構バランス感覚不思議ですよね
めっちゃスチームパンクに寄ってる
ってわけでもないじゃないですか
確かにその要素も全然あるんですけど
なんかそのバランスが
すごい不思議なんですよね
あれってなんか
あと色合いもなんか不思議だったりするし
何なんだろうって
船のデザインとか
なんじゃこりゃって思いましたけど
あの船変な形してましたよね
めちゃめちゃ変な形してた
けどめちゃくちゃ美しかったりするし
服装
良かったですよ
全体的にとにかく良かったんですけど
パリで
普段に勤めながら
勉強してる時の
勉強しに行ってる時の
プレッピースタイルって
言ってるんですかね
いいとこの学校
通ってる学生っぽい
服装集があったじゃないですか
あれむちゃくちゃ良くて
確かに
なんかあの時だっけ
カミック食ってませんでした?
食ってましたよ
可愛かった
学生って感じになってるんですよね
51:00
めっちゃ良かったんですよ
若干なんか
アダムスファミリーのウェンズデーみたいな
白と黒でみたいなイメージだったりとか
なんか
よく考えたらあれですよね
ランティモスの映画の服装って
良いよなみたいな思う時
あるというか
女王陛下のお気に入りの時の
クレイ射撃みたいな
たしなんでる時のレイチェルワイズの
男装姿っぽい感じのやつ
あれめちゃくちゃかっこいいな
って思った時あるんですけど
あとあれですよね
レイチェルワイズが最後の方で眼帯するじゃないですか
あとレースの眼帯するじゃないですか
かっこいいんですよね
すげーなって思うと
良かったですよ
本作も
あと何でしょうね
絵的なとこで言うと
女王陛下から結構使われてる絵ですけど
予眼レンズの絵が結構
ところどころで挟まってきて
本当にヨルゴスランティモス印
って感じになってる気がしますけど
あのシーンとかで
結構そこって
女王陛下の方でも同じ意味で閉塞感というか
まさに
金魚鉢の内側にいる
ような状態
世界の閉じられた状態みたいなのを
すごい表現してて
それが後半になるとなくなってくるんですけど
それはベラが世界を知っていくからだと思うんですけど
そういうカメラの表現みたいなのも
すごい面白くて
なんか金魚鉢みたいだなって思ってたら
街で後ろに金魚鉢映ってたりとか
なんかあったな
ありましたね
逆にこれはすごく分かりやすく
表現してるとかって思って
本当にヨルゴスランティモスの映画
あるいは映画そのものにあんまりなじめない人でも
全然楽しめるような
読み解きがいのあるようなものがたくさん
詰まってるなと思って
あとピンホールカメラみたいのもありましたよね
ありましたね
覗き見してるみたいなやつとかも
あるなーとか思ったりとかね
しましたし
ああいう遊び心ですよね
本当
あとランティモスといえば変なダンス
あーダンス
一応ね
別に時代設定とか
関係なくそんなダンス踊らんやろって
ダンス平気で入れるみたいな
ところはありますよね
今回もダンスシーンすごい良かったですね
良かったです
ダンス中にマークラファルが
相手になろうとして最後
むしろマークラファルを引っ張っていくというか
あーそうそう
あれめちゃくちゃ良いよね
どっちが主導権握ろうとして握られないか
みたいな話を
端的に示してる感じ
あれすごく良いよね
なんで人間って
良識ある世界を作ったんですかね
すごい問いを
投げてきますね
すごい思います
私は割と快楽主義者
というか
人間はもっと楽を目指して生きたらいいのに
ってすごく思うのに
すごく立しようとするから
人間が人間を
なんでなんかなって思います
なんでなんだろうな
54:00
ちゃんと勉強してたら答えれるんだろうな
これ
ちゃんと勉強してないからな
勉強してて答えられても嫌なんですけど
それはこうだからなんですよ
ってやったらそうですかって
うん
でもやっぱ
答えの出ないことって
いっぱいあるじゃないですか
でもそれでも考え続けなきゃいけないって
結構大変じゃないですか
やっぱり
それは絶対必要なことだよねって
今回改めて
言ってくれるみたいな映画だなと
すごく思って
それもすごく大切ですよね
社会がブロックみたいなものだとしたら
積み上げてきてるわけじゃないですか
である程度形作ってきたんやけど
いやこの形
あんま良くないぞってなってるわけじゃないですか
でそれを
このブロックをどうするべきなのかっていう
とこですよね
崩すのはちょっとここまで
作ったのに
みたいな
ジェンガにするのもなんか不安定になる気がするしな
みたいな
上から順番に
もう一回戻していくのか
そこをどういう風に
すんのかなっていう
とこにぶち当たってるんですかね我々は
現実今多分
今形作られてる世界って
たぶんすごいジェンガみたいな状態だと思うんですけど
現状ね多分ね
一番大事なとこ抜いたろ
そこを抜くことによって
もっとより良い世界になるかもしれないし
なんか全部が壊れますけどみたいな
でもそれにしてもやっぱり
世界をまずもっと見なきゃとか
そういう奇跡好奇心とかがないと
絶対そこにはたどり着けないんじゃないですか
やっぱり
っていうのはすごく大事
じゃないかなって思うし
やっぱ今こうやってしゃべってるより余計に
それを感じるというか
すごくあると思うんですよねやっぱり
コミュニケーションの話
今回もすごく
大事なテーマの一個だと思うんですけど
なんていうか
多分良識ある社会っていうところの
守護がどんどん増えていくことは
良いことなんだと僕は思ってるんですけど
守護って何?
つまり
本作の舞台になってる
19世紀のヴィクトリア朝って
男性にとっての良識ある社会が
つまり守護が男性なわけですよ
男性我々にとっての
良識ある社会だったっていう
ここは多分人権の考え方が
すごい大切なのと思うんですけど
人権がみんなにあるよっていう風になって
来た時に
その守護がどんどん増えていくわけですよ
過去のこれまで積み上げてきた
さっきのジェンガって話だったと思うんですけど
ジェンガは土台として作っていた
ものが全然そもそも
土台の守護が違ったと
そこの守護に女性が入ってなかったり
子供が入ってなかったりしたよねと
その守護をどんどんどんどん拡張
させていくこと自体は
ジェンガを崩すことというよりも
ジェンガを
塔じゃなくて山にしていくというか
安定させていく
57:00
そっちの方がむしろ安定じゃんっていう
考え方だと思うんですよ
もう確かに
ジェンガの下に増やせるって言うはずなかった
だからなんていうかな
良識ある社会もちろんその良識って
誰のためにっていうのもあるし
一部一般論を言い続けた以上
誰かがあぶれるよねっていうことも全然あるから
果たして良識そのものが
求められるものなのかっていうのも
問わなきゃいけないところだと思うんですけど
ただ社会っていうのが
どのような社会かって考えた時には
土台である守護を増やすこと
っていうの自体にはやっぱり
肯定的であっていいんじゃないかなって
僕は思うんですけど
そっちの方が社会全体の
地盤が固まっていく
んじゃないかなって
そういう理想主義を抱いてます
理解できました
根本から変えるって
すごく難しいというか
多分めちゃくちゃ
人が死ぬと思うんです
僕はそれは避けたいなって
気持ちはあります
世界を変える必要はあるけど
根本から変えるのは多分テロルになる
と思うんですよ
それはめちゃめちゃ人が死ぬので
やりたくないし
今まで積み重ねてしまってる
党も多分人類だと思うんですよ
だからそこを
全否定は多分できないな
とは思って
だから今あるこの党は
多分この
男っていう女っていう
人類を二分することを
前提として積み上げてる党だと
思うんですよね
それを根本から崩すのは
もしかしたらできるのかもしれないけど
めちゃめちゃ人が死ぬと思うんで
そうじゃなくて
ジェンガのルールじゃないのかも
って疑ってみるみたいな
ことなのかなって気がしてるんですよ
実はこのゲームジェンガじゃなかったのかも
って言ってみるっていう
実は
ここ置いていいんや
みたいなのはあるんじゃないかな
って思ってて
そこにブロック置くことをめちゃめちゃ
抵抗する人はいるんですけどね
人間はそこにブロック置かない
なぜなら人間とはジェンガだから
っていう人はいますけど
ブロック置けるんじゃねっていうのを
やってみたいって気持ちはあるんですよね
そうしたら
この党倒れないですよねって倒れないことで
苦しまない人はいますよねっていうのは
なんか可能性なのかなっていう
これが何を例えてるのか全く分かんないですよ
こうやってることは
ただ言葉遊びかもしんないけど
いやでも
できないって言い切るよりは
できないっていうこと自体を疑ってみても
いいのかなって気持ちがちょっとあります
あとなんか
あります?言い残しありませんか?
そうですね
ウィリアム・デフォーが言ってる
ゴッドの話もちょっとしたいなって
思ったんですけど
本作って身体的主体性を
奪われたものとして
ベラとゴッドがいるなって思って
見てたんですよ
だから最初結構
ちょっとマイフェアレディというか
1:00:00
的な男性が
好みに女性を育てる話っぽく見えるじゃないですか
そのなんか
危うさみたいなものがあって
でちょっと怖いなぁ
怖い話かなって結構最初思ってて
エロゴスランティモスたちなみたいなことを
思ってたんですけど
彼のエロゴスランティモスの作品って
結構不正ってすごい重要なテーマ
特に聖なる鹿殺しとかでは
特に重要なテーマとして扱われてた
ものだと思うんですけど
本作におけるゴッドという
立ち位置の不正って
すごい優しいイラストを迎えるじゃないですか
彼に対して
それはもちろん彼も
多分善良な市民では
全くないんですけど
とはいえベラと共通している
ところっていうかあるいは
ベラと共通していたところは
身体的自由を奪われた人であるってことだとは思うんですよね
自ら主体性を
持つことをずっと奪われ続けた
人間である
だからこそ彼は人間の身体というものに興味を持って
解剖学の道に進むわけですけど
なんかそういう結構
父親とかゴッドの描かれ方
というかそこで
ベラと通定するものがあるっていうのは
すごい僕はなんかすんなり受け止められるし
母の話と父の話として
そこを全部帰還して最後に
エンディングに持っていくっていうのは
すごい綺麗な流れだなって思って見てました
ゴッドの父親って
多分あの将軍みたいな人なんでしょうね
まさにまさに
だからまあ軍人と
科学者っていう違いは
あれどどっちも
街づもりに染まってる人
だから目的のために
個人が害されてもいいって
思ってる人
だからまあそこは
それの被害者として
ゴッドがいるっていうのはやってるんでしょうね
分かってて
だから途中まではやっぱり彼自身も
ベラに
世界から守るという名目の下で
若干やっぱり父親間がい
近いような行為に至るか至らないかの
ギリギリだなって思って見ては
いたんですけど
でも例えば正規の機能が
私にはないんだっていうところ
とかそういうラインが
綺麗にここは無しなんだ
ってのは惹かれてたりもして
その安心感みたいなのも
あったかもしれないです見てる側として
ゴッド周りで
ちょっとだけ好きな描写は
ベラがいなくなって
二人目を作るじゃないですか
彼女に
相手を持てないんですよね
科学としてはこっちの方が正しいのかもしれない
みたいなので苦しんでるんですけど
最終的に別にそれで
裁かれるとか
っていうこともなく割と一緒に
いるじゃないですか彼女も
なんかあの着地服結構
好ましいなとは思ってて
ゴッドのやったことは
かなり良くないことだと思いますまず
ああいう存在を作ることそのものは
良くないとは思うんですけど
望ましくない家庭で生まれたとしても
その個人が個人として尊重されるべき
っていうのはまず一つ
っていうところとあと
親になってみても子に愛情を
持てないことがあるっていう
1:03:01
でも別にそれで家庭
っていうものが成立しない
ではないっていうこれは
すごい大事なことかなと思うんですけど
親になったら
圧倒的愛情を持たなければならない
っていうのは逆に呪いなんですよね
これって
じゃなくてもしかしたら
親になってみたら子供に愛情を感じない可能性
ってあるんですよ絶対に
半ば運やと思います
それはもう子供が
できてみないと分からないと思うんですけど
でもその上でじゃあその子供を
何がしろにしていいかっていうと
それは悪やと思うんですよね
だからその
愛情を感じないとこまでは別に
ありやと思うんですよそっから先なんですよ
多分大事なのは
でも愛を持つことがまず推奨されてるから
いやそうじゃないかもね
って疑われるのは多分やったほうがいいと思うんですよ
それは
愛が呪いなんで今の社会って
じゃなくて
大事なのは
その相手が慈しまれてる
状態にすること
そのためには別に
マストな条件は愛じゃないかもしれない
っていうのは考えてみても
いいかなと思うんで
あの描写は僕ちょっとありかなと思いました
彼女の存在は結構
もう時間もあれですけど
彼女の存在を軸にして
話しても同じぐらいのボリュームで
話せそうですね
彼女はすごい大事なんですよ
だってベラほど優秀じゃないっていうのは
結構大事なんですよ
ベラは優秀なので
天才なので
選ばれし人間なので
いやそうじゃない人もいるっていうところに
触れてるので彼女は
それはすごい大事なことだと思います
この話においては
特にフェミニズムの話で考えた時に
自分で勉強して
その知性を手に入れられた
人だけがこの事態を乗り切れる
としたらそれは良くないとは思うので
そうじゃなくてっていう
そうじゃない人でも
尊重される社会でなければならない
っていうので
考えると多分彼女はすごい大事かって
結構なんか
フェミニズム映画を見てて
ちょっときつさを感じるのって
なんか大体男性
あるある言いたいみたいな
ノリと
なんか賢くて
強い女性みたいな
対比が
すごくきつくて正直
なんか女性としてもプレッシャーというか
なんか賢くて
強くないのですがみたいな
そういう女性は
どうしていけば良いのでしょうか
みたいな気持ちにもちょっと正直なる
というかなんかそこまで
なんか極端な存在
じゃないとダメなのかなとか
そういうプレッシャー
というか現実的じゃないよね
っていうきつさが正直
あったりするんで
男性のキャラクターにおいても
結構一つのキャラクターに
集約させるじゃないですか
悪い部分に
それって私すごい弱さだなと思うんですよ
なんか男性性の
1:06:01
悪い部分を切り離しているというか
切り離して一つのキャラクターに
しているのってなんか違うんじゃない
ってすごく思っていて
それって全員内在している
それは女性にももちろんそうだし
全員内在しているものなのに
それを抽出して一つのキャラクターに
しているのってなんかずるくない
って結構思っちゃうこともあって
そこがね
ちょっとどうしても
表現として分かりやすくとか
表現としての比喩っていうのは
あるのは分かるんですけど
なんか見ててちょっときついな
っていうのは正直あります
それは分かります
男性側としても
分かるんですけど
多分よりフェミニズム
っていうものに誠実に
映画を作るんだとしたら
多分その単純化をしないように
していかないといけないと思うんですよね
単純化はそもそもフェミニズムの
精神に反してるはずなので
そうじゃなくて
いろんな男性がいてその中に
個々人良くないけど
個々人はいい人だけどでもなんか
相対としてなんか良くなさ出てるよね
前田さんがさっき言ってたやつだと思うんですけど
人一人だと可愛げあるのに
集団になるとグエッてなる
とかあるいは別に
賢かったり美しかったり
正しかったりしなくても女性は
誘われないといけないよねっていうのを
物語に落とし込むとか
そこまでしないとちゃんと
フェミニズム足りないとかって考えると
まだまだこれから
いなく余地があるんじゃないかなって
なんで笑うの
なんで私笑うんですかね
すごく納得したりした時
とか
そうかそれか
本気で笑ってる時とそれで笑ってる時
クエストつかないから
どっちかなと思って
私もね
ラジオで聞いてる方に誤解を
与えるなっていつも思うんですけど
いろんな感情があって
笑いに
山口さんが良いこと言ってるなとか
それに対する
自分の納得とか
新しい意見出たなとか
なんて言うんですかね
そういう時に笑ってしまうので
お気になさらないでください皆さん
ほんまに前田さんの
この笑い声誤解与えるなって
言う時は消してます
これは伝わるなっていう時は
残してます
そうなんですよね
なんて言うんですかね
必死にこの4人で話してること
のこの状況に対する愛しさ
みたいなわかります?
それが笑っちゃうんですよね
嬉しくてというか
こんなことあるみたいな
こんなことある
っていうのがあるんですけど
いい話できた気が
します
いや
そろそろ終わろうかなっていう
じゃあそんな感じで
哀れなる者たちの話は終わっておこうかなと思います
知り切れトンボからも知れないですけど
次回ね
1:09:01
ちょっとムズイなと思ってます
次回
結構
どれにしようかって感じですよね
上映中か
あるいはもう旧作に
行ってもいいのかなっていう
気もします
旧作?
確かに
これの話したかったんだよねみたいなのあったら
ヨルゴスランティモス
つなげるっていうのもあるかもしれないですし
これからやる作品の
文脈とかも
あるかもしれないですけどね
予習しとこうか今のうちにみたいな
的な
えー何だろう
毎日さん罪と悪とかは注目してないんですか?
ちょっと待ってください
罪と悪?
知らないですね
全然知らなかったけど面白そうです
甲羅健吾がハングレーみたいな
役やってるノワールっぽい映画
見たい
でも注目してたわけじゃないですね
最近ね
いつの間にこんな映画
公開されてましたみたいなこと
すごい多くて
だってあの
オッペイ範囲は3月
もう3月ですかみたいな
なんかそういう
確かに
映画の流れの速さに
追いついてないとか
そうですね
今年は特に今年なんやみたいなのが
多いですね
何だろうな
以前も急に屋敷女やったみたいな
時もあったし
ホラーで
急に人来てみたいなのが
あったりしません?
ホラーで?
えー?
全く今さら
ちょっと待ってください
企画として弱すぎる気がする
でもこの間の屋敷女は
リバイバルやってたからじゃないですか
そうです
リバイバル作品をテーマにするとか
リバイバルね
リバイバルか
それかめちゃくちゃ今さらというか
なぜ今この話をするのですか
ぐらいの話していいんやったら
はい
おすすめしたいホラーはあるんですけど
はい
口先女2っていう
口先女2
これめちゃくちゃいいんですよ
名作なんですよ
ほんまに想像してないとこからたまとんできたのに
ちょっと今びっくりしました
2からなんだ
1もあるんですけど
1と2は
全然つながりがなくてですね
あー
2から見てもオッケーって感じなんですね
はい口先女は
口先女1というか口先女
ってタイトルのやつはね
佐藤恵梨子が主演のやつがあるんですよね
へーそうなんや
はい
すごい唐突すぎてさ
口先女について語るのはどう
突然
突然すぎる
ちなみになんで口先女2なんですか
1:12:01
えなんですか
口先女2を推す理由がなんかあるのかな
ちょっと気になって
口先女2普通に名作なんですよ
2008年の映画なんですけど
アスカリン
ちょっと
今あんまり出てない女優さんなんで
知らない方かもしれませんけど
河村ゆきえと岩澤真由君が3姉妹なんですよ
そうしてんでめちゃイケてるんですけど
1978年に起きた事件がきっかけで
その始まり方というか
結構サスペンス
へー
であのね
私これはいつかどこかで
何かの企画テーマとかに激推ししようと
ずっとずっと温めてるんですけど
あのアマープラで
見放題で見れるんで
口先女2
ちょっと気になってきたな
これだけじゃ企画として弱いじゃないですか
だから
本当はちょっとこれ次回できるかわかんないですけど
都市伝説
私都市伝説とホラーって
実は映画にしては組み合わせ悪いと思ってて
ほー
都市伝説をベースにしてるホラー
最近結構多いんですけど
都市伝説ってね
都市伝説だから面白いんですよ
それをね映像化しちゃうことで
ちょっと冷める部分が
結構あると思うんですよね
でもその中の走りじゃないですか
口先女って
確かに
口先女に関してはやっぱり
ビジュアルを求めてるんですよね我々は
あー
ただそのビジュアルがうまくいってないっていうか
変に有名人にされても
あーって思っちゃうし
っていう
なんかちょっと口先女2はね
本当に面白いんで見てほしいなっていう
アクインなんですけど
予想外すぎて
すげーなーって
知らない映画だわーって思って
ちょっと見たいっすね口先女2は
普通に語るんやったら
もうすぐ4Kレストラ版やる
テルマ&ルイーズとかでもいいのかなとは思ってます
テルマ&ルイーズは名作ですけど
またかってなる
確かにまたかってなりますよね
口先女もしかして
またかってなるかもしれないこのメンバーで話したら
そうなの?
いやいやわからん
このメンバーで話したらそういう可能性も
あるかなと思って
そういう可能性を見出してしまうかなと思って
口先女2にさえ
可能だと思うそれは可能だと思う
可能だし
テルマ&ルイーズは
あれですよね
最後の決闘裁判の時とかにも触れたような気がするんだよな
そうなんです
っていうのがあるんですよね
私結構なんか
ベスト3みたいなやつで見れてますし
そうそうですね
誰か言ったのかな
リバイバルだと
全くしゃべれないけどな
ストップ
ストップメイキングセンスが見える
行こうかと思ったけど
そんぐらいだもんな
僕も今ちょっとしゃべりたい作品あって
あげようと思ったんですけどね
ユーネクストンなかったんで多分どこにもないと思うので
諦めます
ガス人間第1号っていう
1:15:01
昔の東宝怪人映画なんですけど
東宝怪人映画
へー
今ね僕山田太一さん亡くなったじゃないですか
はいはいはい
岸辺のアルバムっていうドラマを
見てるんですけど
八草薫さん出てるんですよ
主人公八草薫さんなんですけど
八草薫さんが
ガス人間第1号に出てるんですけど
これがね
むちゃくちゃよくできてる映画で
弱者男性が
推しを押すことで生きようとする話なんです
はー面白そう
ただ
ユーネクストンなかったんで諦めました
あーでも
山田太一で
確かに
今度あの異人たちって
公開されるから
その元になった映画の
異人たちの夏ってまだ見たことないな
とか思ったんですけど
ユーネクストにはあんなって今見ただけなんですけど
全くでもどんなんか
あんまりわかってないっていう
確かに思いつかないな
なんかじゃあこれは
誰かおすすめのラブストーリー
おーラブストーリー
ほうほう
あれだな
大石さんラブコメ好きじゃないですか
はい好きですよ
なんかラブコメが取り上げるのありじゃない
ほんと?
やったことないでしょ
ラブコメはノータッチですこの番組
そうなんですよね
ちょっとそれ不思議だったんですよ
そんなに興味ないから
そうなんですよね
めっちゃそんな率先して
よっしゃ見に行こうみたいな感じじゃないから
なんですけど
いいですあの挽回してもいいかもしれないです
ラブコメか
それこそアバウトタイムとかさすがに
みなさん見られてます
いや見てないです
アバウトタイムはいはい
めちゃめちゃ有名だけど
見てないですね
アバウトタイムとかめっちゃ見てほしいですけどね
ラブアクチュアリーって
ラブアクチュアリーは
ラブコメです
良いラブコメです
アバウトタイム
弟が人生で一番好きな映画
って言われて
なんでこいつと同じ環境で生きてきて
こんなに違うんだ
じゃあロマコメいきますか
ロマコメかい
ロマコメいいっすね
見るから進めてください
何がベストですかロマコメ
難しいこと聞く
難しいよな
えー
でもアバウトタイムとかラブアクチュアリーは
いつか見たいなと思いつつ
永遠に積んでた作品なんで
この機会に
良いですよ
良いですし
これラブコメに入るかってのちょっと微妙なんですけど
えっと
もうジェンスーさんが
ラブコメだって言ってるのでラブコメだと言いますけど
あのプラダを着た悪魔
めちゃくちゃいいんですよ
あー
1:18:01
あれかー
面白いんやけど
パワハラ描写がきついな
そうそうそう
好きなんだけど
プラダを着た悪魔さすがに
見たことあります
あれとかもそうだし
現代版って意味で言うなら
ロングショット
はいはいはいロングショットはいはい
セスローゲンと
シャーリーズセロンのやつ
はいはいはい
これいいっすよ
面白いよね
なんかより王道なやつにしませんか
王道なやつ
でも王道ですよロングショット
ロングショットは王道です
どれにしましょう
だから堂々でかつ
ある種の役割の男女逆転をしてるんですよね
あーそんな感じだった気がする
だから確か公開当時言われたのが
プリティユーマンの男女逆転だって話だったはずですね
へー
なるほど
でも全く逆にして
現代的にアップデートしたっていう意味ですごい評価されて
僕もこれ大好きな映画ですけど
確かにこれはロマコメド真ん中
と言っていいと思います
いいですよ
私にとったらどれもこれも
何て言うんですか基準が
ないので
素直に受け入れるということしか
できないので
一応ユーネクストにはあるみたいです
ロングショットかあと近作で言うなら
マリーミーも割と好きなんですけど
マリーミーは
マリーミー元気出るであれ
今名前出していいかわからないけど
陽子さんにも勧めていただいて
見れてなかったんですけど
マリーミーもいいね
そんなに複数の人が勧めてくれるということは
いい映画なんでしょうね
今勧めるのはどっちかかな
多分両方とも結構男女の権力とか立場が
逆転してるってところが特徴的な映画だと思うので
えー
なんか楽しみになってきた
この4人で
そうするなんて
そんな時が来るなんて
ついほども思わなかったですね
私前死ぬほど眠れなくて
一昨日ぐらいに
恋の定義とは何かを
恋を定義してみようっていうことを
考えてて
恋とは何なのか
具体的にどういうコードを取ったら
恋という定義を下すのか
みたいなことを
めっちゃもう年齢だすぎて
ずっと考えたんですけど
一つにもしかしたら
普段とは違う映画を
見るっていうのもありえるんじゃないかなと思ったんですよ
ほう
映画は正直ないんですけど
曲ならあるんですよ
普段聴かない曲を聴いてしまう
なるほど
もっとアホなのが
恋をした時いつも
昔から聴いてる曲がありましたと
その曲を聴いたら恋をしてしまう
アホなんで脳が
つり箸効果的な
パブロフの泉みたいな
条件反射
それが映画でもそういうことって
そういうことというか
そういう映画があってもいいんじゃないかな
と思ってて
1:21:01
普段見ないようなジャンルの
ラブコメ
ラブストーリーを見たいなって
急に思ったんですよ
3日くらい前に
決めましょう
どれにするか
マリーミーかロングショットか
マリーミーか
どっちの方がいい話ができそうか
マリアさんどう思います?
ロングショットかな
そういう意味では
話しがいがありそうなのはロングショット
ひたすら底抜けに
元気出るわって
終わりたいなっていう意味では
マリーミー
マリーミーがいいわ
じゃあマリーミーにしようぜ
今回は
男女間のことめちゃくちゃ喋ったんで
2回続くよりかは
マリーミーで元気出る
恋愛要素だけ摂取したいから
じゃあもうマリーミーです
そのターンを作りましょう
やったーマリーミーの話できる
じゃあ次回マリーミーで
はい
ではお知らせになります
映画の話し出すぎれば
次回は2月24日土曜日開催予定です
場所は大阪の南思い町週刊周り
19時オープン23時クローズです
そして映画の話し出すぎれば
2月24日土曜日の開催は
5月25日土曜日の予定です
場所はイベント場合で
ニッポリ18時オープン23時クローズです
またこの番組ではお二人を募集しております
番組全体や次回テーマに向けて
ご自由にお送りくださいませ
バーの最新情報
番組次回テーマはXにて告知しております
各ご案内は番組説明文をご確認くださいませ
それでは映画の話ししたすぎれラジオ
第152回
哀れなる者たちの会を終わりたいと思います
それではまたお会いしましょう
さよなら