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2023-03-20 1:06:43

第107回(2)『リズと青い鳥』青い鳥は鳥かごを飛び出して

京都アニメーション制作、2018年公開のアニメーション映画『リズと青い鳥』の話をしました。

本作の突出したアニメーション表現の完成度の高さや、アニメーションによって表現された登場人物たちの内面描写の巧みさなどについて話しています。

※まえださんは当面の間、収録不参加となります。

■メンバー

・山口 https://twitter.com/awajicinema ・マリオン https://twitter.com/marion_eigazuke

■映画の話したすぎるBARのお知らせ

日時:2023年3月25日(土)

場所:大阪市北区 天神橋1丁目11-13 2階『週間マガリ』 https://magari.amebaownd.com

詳細:https://virtualeigabar.com/eiga-bar_2023-3

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予てから検討していた、映画の話したすぎるBARの東京開催が決定しました。

日時:2023年5月27日(土)

会場は後日発表いたします。続報をお待ちください。

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00:00
今日のテーマトークは、『リズと青い鳥』です。はい、ではマリオさん、解説をお願いできますでしょうか。
はい、映画ドットコムから解説読ませていただきます。映画、声の形が高い評価を受けた山田尚子監督が手がける京都アニメーション制作のテレビアニメ
『響け!ユーフォニアム』の完全新作劇場版。吹奏楽に精神をかける高校生たちを描いた竹田彩乃の小説
響け!ユーフォニアム 北宇寺高校吹奏楽部 波乱の第二学章を原作に、テレビアニメ第2期に登場した
鎧塚みぞれと笠木臨の二人の少女が織りなす物語を描く。北宇寺高等学校吹奏楽部で大声を担当する鎧塚みぞれと
フルートを担当する笠木臨は、共に3年生となり、最後となるコンクールを控えていた。
コンクールの自由曲に選ばれた理図と青い鳥には、大声とフルートが掛け合うソロパートがあったが、親友同士の2人の掛け合いはなぜかうまくかみ合わずという感じですね。
はい、では内容に触れていきたいと思いますので、ネタバレ気にされる方がいらっしゃったら、ぜひ見てから聞いていただきたいと思います。
5年前の映画なんでね。 5年前なんですね。
そうなんですよ、5年前なんですよね。
ちょっとね、さすがにしばらく前の作品なんで、見ようと思ったら見れるかと思いますので、よかったら見てから聞いていただけたらいいかなと思います。
はい、では浅割の感想、マリオさんいかがですか?
いや浅割の感想、なんて言えばいいんでしょうね。
とにかくすごい映画ですよね。
初めて劇場で見た時は本当に圧倒されましたね。
こんなに繊細な映画があるのかと。
本当にびっくりしたし、もうこれは本当に永遠だなというふうに、永遠にちょっともうなんか刻み込まれるような映画で、
未だにちょっと僕もオールタイムベストとか決める中に絶対入れたくなるような1本に、僕の中でもやっぱなってますね。
久しぶりにまあちょっと、今回話すにあたって見直してみて、結構なんというか、久しぶりにだいぶ見たんですけど、
今見ると結構望みの方に思いを乗せて見ている自分がいたりとかがして、結構見ていた当時とか見ぞれの方に感情移入してなんか心が引き裂かれるような思いになったりっていうのをすごく感じてたんですけど、
なんかそういうやっぱ見ぞれ目線で見ると、なぜあなたは私のことを、みたいなふうな気持ちになってたんですけど、
なんか望みは望みでどういう思いだったのかなみたいなとか、
彼女のスタンスとか振る舞いとかを見ているとなんかすごくなんか、今ようやくなんか理解できたというか、
自分もまあそんなことあったんじゃないのかっていうふうなこともとか、ちょっとこじつけにちょっと近いようなことですけど、ちょっと近いようなことあったかもなっていうふうに思ったりとかもして、
なんかそういう意味でなんかまた久しぶりに見て新しい発見があるような、そんな映画でしたね。
はい、僕はですね、まず本作、大人になってから人生で一番回数見てる映画なんですね。
03:04
子供の時はね、ドラえもんとかすり切れるほど見てたりしてたんですけど、大人になってから一番見てる映画で、
僕基本的には同じ映画2回見ないんですよ、よほどのことがない限りは。
その中で2回以上見てる映画が珍しくて、その中でも多分10回行くか行かないかぐらいは見ている作品ではあるんですけど、
5年前、本当に公開当時の僕の熱の入れようはなかなかヤバかったんですよ、本当に。
もうものすごいリズとアイトリのツイートばっかりしてたんですけど。
あのツイートが本当に素晴らしいと僕は思ってますけど。
今回見てね、自分の中で結構冷静になっているなと思いました。
なんかあの頃のちょっとドア外れたビビッドな感じは、少し焦ってる感じはあったんですけど、
その分新しいものも見えたかなと思って、僕もマリオンさんがおっしゃった通り望みに感情移入しました、今回見て。
なんかそこがね、なんかちょっと自分の中でまた違う側面を本作に見えましたかなっていう感じですね。
具体的な内容はこの後掘り下げていくかと思いますので、一旦こんな感じにしておこうかと思うんですけれども。
お便り2通いただいておりますので紹介させていただきます。
無回転観覧車さんからいただいております。
店長メンバーの皆様こんにちは。今回はリズと青い鳥を取り上げるそうですね。
中学の時に水素学部、担当はチューバーだったので、アニメ響け!ユーフォニアムをテレビシリーズ、劇場版すべて見ています。
そのスピンオフ作品ではありますが、絵のタッチもより繊細でアニメシリーズを知らずとも十分楽しめる作品です。
語りたいことはたくさんありますが、語彙力のなさと山口さんの語るお時間の邪魔にならないようにすることを理由になるべく身深めにしますが、
主人公の一人ミゾレのまるでガラス細工のような繊細さに惹かれました。
のぞみに目線を外されただけであんなに落ち込んでしまう姿には胸が染み付けられました。
また冒頭とラストでミゾレとのぞみの歩く立ち位置の比較の描写が印象に残っています。
そしてミゾレ役の種崎厚美さんはスパイファミリーのアーニャ・フォージャーを、
のぞみ役の遠山直さんはゆるキャンのシマ・リンを演じられている方々です。
それぞれのギャップにお二人の演技の幅広さを感じました。まさに声優の本気を見ました。
山口さんのいつも以上に本流発揮されるである姿を楽しみに聞かせていただきますと。
ありがとうございます。
ありがとうございます。
向かい天観覧車さん、清掃学部やったんですね。
うん、中和だったんですね。
確かに男子がね、中和やること多いんですけど、確かに。
僕の高校時代も中和ね、男子いっぱいいたなって思い出しました。
なるほどね。
マリオンさんは響きユーフォーニアム自体はどれくらい触れてる感じですか?
06:01
もう放映当時にちゃんと見てますね。
放映当時に見て、その時はもう大学生ですけど、
もう清掃学部時代のあるあるがたくさん詰まってて、
もうそれだけでちょっと見ててやられそうになるっていう感じだったんですけど、
いつしかそれはなんか、主人公の久美子と、
例の友情とも恋人とも違うような何とも言えないライバル関係というか、
その関係性とかの方にだんだんシフトしていくような形になっていって、
その関係性がすごく特別だし熱いしっていう部分にも惹かれていくし、
あと結構ね、結構泥臭い人間関係が多いじゃないですか。
あの劇中は。
ああいう感じあったんですよね。
本当に泥々してて。
だからそういうのにもうドンピシャに刺さっちゃうような作品シリーズでしたね。
僕、実はユーフォーニアムほぼ触れてない人で、
映画の最終学章でしたっけ?
3作目だけ見てて、
本当はね、ちゃんとテレビシリーズとか、
何やったら原作とか触れた方が、
のぞみとみぞりの関係性とか掘り下げられるのかもしれないんですけど、
僕らの中でね、リズと青い鳥が完結しすぎてて、
広げられないんですよね。
まあそうなんですよね。
リズと青い鳥という作品が本当に特別すぎて、
3作目のコンクールの結果が描かれるパートになるわけですけど、
やっぱりどうしても2人のことを見てしまいますよね、本当に。
どうしても2人のことしか目に行かなくて、
これは本当に罪な作品だなというか、
強烈であるがゆえのっていう。
僕の中でね、リズと青い鳥っていうのがドンってあるんですよ。
それが響け!ユーフォニアムのスピンオフになっちゃうわけじゃないですか。
そのレイヤーを下げちゃうんですよ。
それができなくって。
なんかのスピンオフとか超えてますやんっていう。
そうなんですよね。
もうこれが逆であって欲しいよっていう気持ちになるというかね。
もう1本で独立してって欲しいっていう気持ちは大いに分かりますしね。
現にやっぱりシリーズ知らない人にも結構これ勧めたことあるんですけど、リズと青い鳥。
全然シリーズ知らなくても、1本の映画としてすごく楽しんでもらえたりすることが結構多かったですしね。
そうですね。
やっぱり響け!ユーフォニアム、僕が1本映画見ている中で、
部活というものに対する姿勢がむちゃくちゃ誠実なんですよね、あの話って。
そんなに頑張らない人への視線が厳しくも温かいっていうところが僕は一番印象に残ってて。
09:02
でも部活ってそうじゃないですか。
全力で頑張る人なんてほとんどいないわけですよ、部活って。
6割7割頑張る人たちの集合体が多分この日本の部活動の9割だと思うんですけど、
その中で9割10割頑張る人が入ってきてみたいな、そのバランス感覚がすごい誠実だなっていうのを思ったのがあって。
ただやっぱりリズと青い鳥は部活の話を超えてるっていうところがやっぱり特徴としてあるかなと思うんですよね。
まあまあちょっとEUPHONIUMの話触れていただいたんで少しだけそこを下げてみた感じなんですけれども、
主役2人の声優さんほんと達者ですよね。
すごいなというか、見た当時は東山尚とかは結構よく見る人だなみたいな感じがあったんですけど個人的には。
けどなんかあんまり繊細なイメージみたいなのはそこまで。もちろん演技は上手い方だと思ってましたけど、
そこんなに繊細なイメージじゃなかっただけにちょっとやっぱりいい意味ですごく裏切られるというか、素晴らしいなって思いましたし。
金崎さんもすごいなあこの人みたいなふうにこの時思いましたね。
この2人の演技合戦は見どころかなっていう感じではありますよね。
ありがとうございます。
ありがとうございます。
もう1つお便り。こっちがね、メガトン級なんですよ。
メガトン級のやつ絶対1つくらい来るんじゃねえかなって勝手に思ってたんですけど。
きよべえさんからいただいてます。こんにちは、きよべえと申します。いつも楽しく拝聴させていただいております。
今回のテーマ作品がリズと青い鳥ということで、以前から気になっていたある登場人物についてどうしても取り上げたいと思いから、初めてお便りさせていただきます。
以前から気になっていた登場人物、それは図書委員です。この図書委員ですが、作中3回登場しています。
本来の主人公の久美子よりもセリフが多かったりします。にもかかわらずキャラの名前もなく、どころかエンドクレジットに役名の表記すらないので、
図書委員としか呼びようがないのです。名前もなくかといってモブでもないこのキャラクターが3回も登場することに当初から気になっておりました。
図書委員、一体何者か。
1回目の登場は図書館でみぞれがリズと青い鳥の文庫版を読んでいるシーン。作品世界に浸っているところに下校時刻を知らせるチャイムが鳴ります。
みぞれに下校時刻になり、図書館を閉館するので退出するように促します。
ここはこの前にあるシーンでみぞれが窓に映った自分に言う本番なんか一生来なくていいに対抗するように、
高3であるみぞれに卒業を控え進路を決断する必要イコールタイムリミットがある現実を提示しています。
実際この後のシーンで担任の教師から進路を決めることを促されます。
2回目の登場はみぞれがリズと青い鳥の文庫版を返却しに来たシーン。みぞれに返却期限が1ヶ月も過ぎていることを指摘し、他にも借りたい人がいることを考慮するように注意します。
12:09
この時点で、先の時間からすでに1ヶ月経過しているという時間経過を観客に知らせます。
同時に時間の経過、タイムリミットは無常にも近づいていることを突きつけています。
また本の演体は独占を意味するものと思われ、みぞれからのぞみ、リズから青い鳥の独占欲を指していると推察されます。
人気者であるのぞみに対しみぞれ以外にも思いを持つ者が他にもいることを示唆しているのでしょう。
また、この後に続くシーンで後輩のリリカがオーディションに落ち、コンクールで一緒に演奏できなくなって泣いてしまう場面が出てきます。
孤独だと思われたみぞれ、リズにも大事に思ってくれる他者の存在がいることを示唆しているようにも思えます。
この段階では後半で起こるリズと青い鳥の役割のスイッチについて確定していないため、独占欲がみぞれかのぞみかどちらに向けたものとも取れるニュアンスになっています。
そして最後の3回目の登場はみぞれが再びリズと青い鳥の文庫版を借りに来たところです。
次は返却日を守ってほしいということと都市間の本はみんなのものであるということを強調します。
ここは終盤のエンディングシークレンスの直前でもあり、前2回とは違い、のぞみも一緒に本を借りに来ているということから、
2人の若者を送り出す目線で語られているような忠告というよりは若干優しいセリフの印象を受けます。
都市間の本はみんなのものというのはリズと青い鳥がのぞみやみぞれだけの話ではなく、
全ての若者に当てはまる普遍的な話であるということを指していると思われます。
それはこのシーンの直前の2話の白い鳥が位置を変えながら夏空を飛ぶ長いワンカットが象徴しているように、
まだのぞみもみぞれもリズでも青い鳥でもない存在であり、これから広い世界に出ていき、
やがて何者かになることを示唆する何の色もついていない白い鳥なのではないかと推察します。
以上の登場場面からいずれもみぞれに対するカウンターとして機能するよう登場しており、
その都度注意やヒントを与えて正しい方向に導くような役割を担っている印象です。
ここで話の冒頭に戻るのですが、なぜこのキャラが気になったかというと、
この図書委員、原作小説やテレビシリーズに一切登場していないキャラクターだからです。
原作では主人公のペニコがそういった役割をしています。
そもそも響きユーフォニアムの作品全体でも吹奏楽部に関係する人物以外登場していません。
家族、モブなどは除く。
これは本作を明確にスピンオフとして切り出して一方の独立した映画として成立させる意図によるものからの改編と思われます。
絵柄も変えていますし。
しかしその役割をなぜ図書委員に与えたのか。
それはおそらくこの映画はヘクションの登場人物のみぞれたちが、
童話の中の人物のリズや青い鳥について思いを巡らせる話になっていることが重要なポイントである気がします。
つまりこの物語が作中作に言及するメタ構造になっている点です。
そう考えると童話のリズと青い鳥も小説、響き、迂邑にあうも元は書籍、フィクションであり、
その書籍の集まっている場所イコール図書館の管理者である図書委員は物語の外側にいる人物です。
15:05
その人物がそれとなくヒントを与えることによって物語を前に進めるような構成になっているのは
この作品が終始二人を見守るような視点で描かれていること。
つまりは明確に物語を牽引する人物、
本来であれば主人公のクミコがいないことが理由ではないかと思います。
その導き手が物語の外側の存在であるのは実に巧妙な配置に思えます。
外側の存在である図書委員が二人を内側、学校イコール鳥籠から外に導き出して終わるのはこの話がメタ構造になっていて、
彼女たち二人の世界線を切り離して終わることで明確にスピンオフ作品として独立させている見事な構成には強端しかありません。
この映画が最後まで描き切らずに終わっているにも関わらず、もやもやする消化不良感が全くなく、
むしろ最後は二人の背中を見送るような気持ちになるのは、
いつの間にか観客が青い鳥を送り出す率の気持ちに固くしているからと思います。
そしてそれは図書委員の巧妙な仕掛けによるものだったのではと後で気づくのです。
読んでいただきありがとうございました。
長々と好きなように勝手な事説を展開してしまいお恥ずかしい限りです。
最後に本作を制作した京都アニメーション、作品に携わった全てのスタッフの皆様に改めて敬意を表したいと思います。
最近めっきり暖かくなりましたが季節の変わり目、皆様くれぐれもお体ご自愛くださいませ。
キヨベヘと。
ありがとうございます。
ありがとうございます。
もう喋ること僕たちあるんですかこの後。
もう喋ることありましたか今。
リツと青い鳥って本当にキヨベヘさんぐらいのお便りぐらいの考察とか批評とかって結構ゴロゴロあるじゃないですか。
そうなんですよね。
すごいですよね本当に。
ちょっと身が引き締まる思いというか我々ごときが。
もう無理かもしれないみたいな気持ちになってます。大丈夫かと思ってますけど。
図書委員の関してですね。
ちょっとキヨベヘさんほど彼女の役割に関して深く考えてたわけではないんですけど、僕もあの図書館の役割って重要だなと思ってて。
終わりがあるものってことやと思うんですよね。
期限付きのものってことですね。
で、学校に帰さないといけないものっていうのがあるかなっていうのがあって。
本作って学校外のことって全く描かれないんですよね。
プール行った写真とかでしか描かれなくて。
最後にようやく校内から出た2人のシーンが描かれるんですけど、全部学校の中なんですよ。
だから図書館の本を借りて返すっていうくだりはあるんですけど、それを家に持って帰ってるシーンってないんですよね。
だからあの借りた本っていうのは学校の中だけで話が完結してるものにはなってて。
18:00
私たちがこうやって触れた学校という物語は、
学校を出ると同時に学校に帰さないといけないっていう、そういう意味合いのものかなっていうふうに思ってて。
あとその清部さんがおっしゃられてたように、タイムキーパーとしての役割すごく大きいですよね、図書院は。
元々が部活の話である日引きユーフォニアムに対して、学校の話あるいは青春とか若さの話であるっていう印象を付けるために、
部活の大会が近づくみたいな、コンクールが近づくとか以外の時間制限を設けていることで普遍性を得ているっていうのもおっしゃる通りだと思いました。
本当に聞いててすごいなと本当に。
いろいろなタイムリミットがね、コンクールもだし進路の話とかもありますしね。
そうですね、学校の中での時間制限っていうモチーフが複数重ねて入ってるんですよね。
だから単に部活の話じゃないっていう、人生の話だし青春の話だしみたいなのをそれぞれいろんなところに預けてて、
それを複合することで、重層的な何かになってるっていう感じはあるかなとは思います。
本当にね、学校の中だけで終わる話っていうのがね、むちゃくちゃ都合なんですよね。
そうですね、本当にやっぱ学校がもう鳥籠のモチーフとしてものに機能するわけですよね。
本当にあの空間の中で全てが完結してあそこから出ていくっていう、その話の流れがもう完璧だなっていうふうには思いますし。
で、最後出ていくっていうね、モチーフの使い方は本当に上手いなとは思います。
我々がしゃべることなくなりそうなんで。
もう大半なくなってしまった気がする。
なくなってしまった気がしますね。
怖いよ。
いやあの本当にすごいお便り、読んでて発見があるすごいお便りいただけたなと思って本当にありがとうございます。
ありがとうございます。
はい、じゃあまあ我々で話していこうかと思うんですけれども、
本作まず僕がハマったの、冒頭の部活で音楽室まで2人が移動するシーンなんですよね。
もうここでね、僕初めて見た時に震え上がったんですよ。
はい、同じくです。
同じく震え上がりました。
なんだこの化け物みたいな演出はと思いました。
ただ移動してるだけなんですけど、よくここまで情報を詰め込んだなと思って、
なんかそれぞれのキャラクター性、性格であるとか、身体性みたいな部分もそうかなと思うんですけど、
いろんなものを詰め込みながらただ廊下を、階段を進んでいくっていう。
21:04
でそれに牛尾健介さんの劇班が。
またなんかそのリズミカルだけど不安定なというか独特の音楽が流れるんですよねあそこ。
そうですね。山田直子監督で言うと、声の形から組んでますけど、またちょっとそれともちょっと違う別次元の繊細さが今回の劇番から出ているというか。
まあこの話でやっぱりあの、みぞれとのぞみの2人の関係性を遠くからこそっと見守る映画だと思うんですけどこれって。
それはもうその通りだなと思うんですけど、やっぱそれにあった劇番の音作りというかしてるなというのはちょっと思ってて。
改めてインタビューとかちょっと読んでて思ったんですけどねそれは。
フィールドワークと称していろいろ学校から音を採取して、ビーカーの音とかそういったものを組み合わせてってやるっていうのとか。
あと演出上足音がめちゃくちゃすごいじゃないですか今回。
もう足音のリズム感からして、あ、2人はずれてるんだっていうのが冒頭その部室、音楽室に行くまでに分かってしまうっていうのがちょっとこれは驚異的だなと本当に思いましたね。
そうですね。またみぞれがね、のぞみを待ってるところで足音でクエストしてるっていう。
そうなんですよね。違うってなったらもうシュンってなるみたいな。
また結構その表情がほんのちょっとなんかピクってなるところかに音がまたピクってなってるっていう音が鳴るとか。
いや細かすぎる。細かすぎるっていうのは今回冷静に久しぶりにじっくり見て聞いて初めてそこはちょっと気づきましたけどとんでもないなと。
で、のぞみが現れたら音楽が急に弾み出すっていう。はい。
すごいですよね。みぞれの中でのぞみは音楽であるっていう。
そうですね。本当にそうですね。
でこれ、このシーンに本作のエッセンスがギュッと詰まってるなとは思ってて。
本作僕はすごく実写的なバランスで撮りつつもアニメでしかできないことをむちゃくちゃやってる作品だなと思ってるんですね。
で例えばそのオープニングでもあの独特のリズム感の音楽を実際に実写でやったとしたら多分あんまり気持ちよくならないとは思って。
だからアニメだから音楽にパチッとはまってるっていうのはあるじゃないですか。
でそのちょっとした所作とかは実写的なアクションをしてるけど全体のバランスはアニメでしかできないことをやってるっていうのは本作にずっと通定してることだなと思ってて。
たとえばですけどのぞみが後ろで手を組んで肘を掴んでたところを居心地の悪い話になると手首に掴むところをずらすとか。
24:09
あと教室で一般の席に座ってて他の部員と話してる時にちょっと動揺する話になったら足を机の下でキュッと伸ばすみたいなシーンが挟まったりするんですよね。
あれすごくセリフじゃなくて演技で見せるっていうことをやってるシーンだと思うんですけど、実写であれ挟むとわざとらしすぎると思うんですよ。
そうですね。いかにもこいつ何かあるぞっていうのがわかるみたいな伏線みたいな感じになっちゃいますからね。
実写って実際のところはその登場人物でない人が現実で連続した時間の中で演じてそれを表現しているっていうものなわけですけど、その意味のあるワンカットを挟むために本当にカット切り替えたらもうわざとらしすぎて見れたもんじゃなくなると思うんですよ。
だから実写はそういうもうちょっと一連の流れの中でジェスチャーで表現したりするもんだと思うんですけど、アニメだとあそこに手の仕草や足の仕草をピュッと挟んでもそんなにおかしくないんですよ。
あと僕本作で一番その手のことがうまく働いているのが、のぞみがみぞれをお祭りに誘ったときに、誘う人いないよねってのぞみがみぞれに確認した。みぞれが誘いた人がいるっていうシーン。あそこでのぞみが動揺した顔をした後、その前を人が横切ったら平然とした顔に切り替わってるっていう。僕は大魔神と呼んでるんですけどね、あのシーン。
要はあれって、表情が変わるシーンを描いていないからそんな表情してなかったよっていうフリをするっていうシーンだと思うんですけど、実写であれやられたら上手なタイミングで表情変えましたねっていう風にしか見えないと思うんですよね。
そうですね。 実写でそれやると作意が目立ちすぎると思うんですよ。なぜなら現実は作意によって作られてないからなんですけど、アニメって作意だけでできてるんですよね。
そうですね。作り込まないと存在しえないものですからね、本当に。
アニメーションは意味だけによって構成されているっていうところ。だからそういうシーンがあることも全部意味があってそうしてる。実写は本来は意味ないものを意味があるように見せてるからこそ、それをやりすぎると意味が悪目立ちしすぎるっていうのがあって、でもアニメはそれがないんですよね。
アニメはそもそもが意味でできているからっていうところで、そこを演技としては実写的なんだけど、アニメーションの見せ方がアニメでしかできないものになっている。ここが一番本作のすごいところだなと思ってるんですよね。
そうですね。やっぱり見たときも最初は本当に実写的だなと思って。もちろんこれアニメだからこそのものだっていうのはあるんですけど、多分、余ったあるアニメ作品だったらあいにモノローグを使うだとか、いろいろ、もっとわかりやすくやったりとかって多分すると思うんですけど、
27:17
本作本当にそういうのがなくって、本当にちゃんと意味のある諸差とかニュアンスとか、そういった直接説明的でないものでちゃんとわかるみたいなのが本当に丁寧だし繊細っていうのが本当に見事で、ここまでの完成度があるアニメがあるのかというふうに思いますね。
その意味で本当に僕、アニメ映画の究極だなとは思ってるんですね。バランスが本当に。あと、アニメだからこそこの話の描き方ができてるってところで、人間のちょっと嫌な部分みたいなのを結構スポイルしながら描いてると思うんですよ。
たとえば、体育の授業中にミゾレがバスケットボールに参加しないっていうシーンで、選手交代でミゾレが入るように促されるけど、ミゾレは参加しないんですよね。で、クラスメイトがああみたいな感じで見てるんですけど、なつき先輩がそれを代わりに継続して入ってくれて事なきを得るんですけど、あれ実際、ああいうことがあったら結構嫌な感じが起きると思うんですよね。
まあまあまあまあまあ。そうですね。たぶんね。起こりますよね。
それこそ、桐島部活辞めるっていうみたいな、学校って地獄だよねみたいな部分の、その人間関係って嫌だよねみたいな部分で、それが見えてくるはずというか、実写でそれやるんだったら、そう描かないとおかしいんですよね。
そうですね。
でも、そもそもアニメーション、特に京都アニメーションの作品にそういう傾向のドラマがあんまり求められてないっていうのもあるとは思うんですけど、アニメって描きたいことだけを描くっていうのが実写よりもやりやすいっていうのがあるとは思うんです。
だから、本作って言うと、見ぞれと望みの関係性とそれにまつわる時間というものに関するドラマだけを描きたいっていう時に、そういう学校の中にある他の人たちとの人間関係の嫌な部分っていうものはノイズになるからこそ、描かないっていうことを選択している。そこも意図がある作為があるとは思うんですけど、実写でそれやるとそれを描かないという作為が見えすぎる。
でもアニメならそれができるっていう風になっているとは思うんですね。そこもアニメだからこそ、本当は描きたいことだけを描くっていうのはアニメだからこそできる。実写でそれをやってはおかしくなるっていうことをできているとは思うんです。
そういう意味で本当にバランスが究極の作品かなっていうのが僕の中の本作に対する結論なんですけど。
30:03
僕も似たような結論というか、本当にすごい作品だしっていうのはそうなんですけど。
意味付けっていうと結構丁寧にいろんなテーマというかモチーフを使っているのも結構読み解きがいがあったりしますよねっていうのはありますよね。
互いに沿っていうテーマ、モチーフが入ってくるとか、デカルコマニーという転写方法の話とか、こういうモチーフとか意味とかを吟味するだけでもちょっとニヤニヤしちゃうみたいなところはやっぱ我々あるじゃないですか。
好きな料理です。好きな調理法です。
そういった意味でもアニメって本当に完成度を高めるというか作り込むっていうのがここまでできると本当にいろいろ読み解けるしっていうのができることなんだなというふうにいろいろ可能性というかめちゃくちゃ感じましたね。
本当に素晴らしいなと思って。
そうですね。モチーフの埋め込みに関しては多すぎてどこを話すかっていうのがむずいんですけど。
そうですね。いろいろ読み解こうと思ったらいろいろありますよね。
単に散りばめているだけっていうのもあるでしょうからね。そこは。
そうですね。
僕が印象的だなと思っているのは鳥が飛ぶシーンがちょこちょこちょ挟まれるんです。
のぞみかみぞりかどちらかが窓のところにいるところに鳥が動けるのが窓に反射して映っているっていうのが描かれるシーンがあるんですけど。
あれとかわざわざ鳥入れないとそこにわざわざ窓に映ってる鳥を映すなんてやらなくていいわけですよね。
まあまあそうですね。
それをやってるっていうので鳥っていうのは本当に重要文字。そもそもリズと青い鳥だからっていうのがあるんですけど。
鳥の使い方で僕が一番印象に残っているのはのぞみがでも物語はハッピーエンドがいいよねっていう。
その言い方じゃなかったかもしれないですけどそういったことを言うシーンで空にトンビが飛んでるんですよ。
その直前か直後に。
リズと青い鳥って鳥が飛ぶ話じゃないですか。
のぞみにとって青い鳥が飛び立つことがハッピーエンドなのかどうかっていうところなんですけど。
のぞみは基本的に青い鳥に行ってほしくなかった人ではあるじゃないですか基本的には。
それはやっぱりトンビがいるような空に飛んでいかないっていう含みがある感じがする。
危険の象徴としてのこの危険な世界っていう意味合いとしてのこのセロアにはトンビが飛んでいるっていう意味でもあるし。
あるいはそののぞみにとっても羽ばたいていく方がいいよねっていう。
飛んでいくことがハッピーエンドとして捉えたとしてもでもその飛んでいった先にはトンビがいるんですよねっていう。
33:03
ハッピーエンドがうるあがりされるような意味としても捉えることができるかなと思って。
やっぱり彼女たちにとって学校の外に行くっていうことは危ないことっていう意味が含まれていると思うんですね。
あのトンビの存在には。
世界ってそういうものですよっていうことですよね。
いいこともあるし悪いこともあるさっていう。
それでも飛んでいくんだっていう話が最終的になるっていうのはありますし。
あとはそのゆで卵。のぞみがリリカに渡せるゆで卵。
孵化しない卵ですよねみたいな。
ちょっと意地悪な見方すぎるかなって気はしてるんですけど。
なるほど。そこまで考えてなかったですけど。
これは僕が感じたんじゃなくて誰かが言ってたやつなんですけど。
僕今回見て思いました。のぞみはちゃんと孵化する卵だぞって僕は思って今回。
いやそうでしょうって思うというか。
そりゃ思うさこれはっていうのはちょっとあるんですけど。
いやなんていうんですかね。
ハッピーエンドがいいよねって言いますけど。
ちゃんとハッピーエンドで終わるじゃんっていうことかなと思うんですよね。
2人の関係性にとっても。
そして自分それぞれのこれからどう生きていくかみたいなところとしての区切りがついてるっていう意味でも。
そうなんですよね。
何を落としたっけ。忘れちゃった。
ちょっともう思いついたことをポンポンと無作為に挙げていきますけど。
本作で僕が一番好きなシーンというか全部の映画の中でもトップクラスに好きなシーンがあって。
校舎がH型で渡り廊下を挟んで向かい合ってるじゃないですか。
ミゾレとのぞみは別のチームで練習してる。
向かい合った教室でやってて。
のぞみが音楽室でフルートを練習してて、ミゾレが生物学教室から見てるのことですかね。
あ、そうです。ごめんなさい。
あそこでのぞみの持ってるフルートに光が反射して、ミゾレに届くシーンなんですよ。
僕あのシーンが本当に好きで。
あのシーンね。本当にこう、何なんでしょうね。
あの切なさと愛しさは言葉にしようがないなと思うんですけど。
本作って基本的にディスコミュニケーションの話だとは思うんですよね。
仲良くしてた2人そんなに分かり合ってなかったですねみたいなのがあらわになるって話で、我々が大好きなディスコミュニケーションの話。
そうです。ディスコミュニケーション断絶の話ですっていうところでも大好きですね。
ただそれでも一瞬繋がれた気がするっていうところ。
それはかすかな幻のようなものなのかもしれない。
36:02
単にフルートに反射した光が自分の元に届いてるだけで、相手の本質になんて届いてないのかもしれないけれども、
ただこの瞬間相手と繋がれた気がするということが人生にとって救いだっていうことだなと思うんですよ。
はい。すべて言ってくれて本当に。
最初にこの映画に触れた時にやっぱ刺さってるのってそこなんですよね。
やっぱり見ぞれ時点で結構この映画のことちょっと見てるっていうのを最初に触れた感想では言ったと思うんですけど、
やっぱり彼女の気持ちの中にあるその断絶というか、
のぞみとは一緒にいたいけど、でも愛入れないかもしれないみたいなのを感じてもいるみたいな。
なんか本当に一言一言喋る時がもう本当にこれが最後なんじゃないかみたいな気持ちで、
彼女はずっとのぞみと向き合ってるみたいな時が本当になんか、
いろんな思いに僕はちょっと溢れてしまって本当にちょっと泣きそうになるんですけど。
本当にもう絶望的なぐらいずれてしまってる。
でもほんの一瞬はなんか、ほんの一瞬そういう繋がれたような瞬間があるみたいなのだけは感じるみたいな。
その2つが同時に押し寄せてきて、どっちもそれが心に刺さって抜けなくなってしまうなみたいな風になってたんですよね、僕の中では。
そうなんですよね。あとあのシーン、劇版がむちゃくちゃいいんですよね。
そうです。あそこの劇版好きなんですよね、本当に。
むちゃくちゃいい。
そう、あれは本当に切ないなと思いますね。
そうですね、僕も好きなシーンって言うと、確かに山口さんが言ったシーンももちろん好きですけど、
うわぁ悩むなぁ。でもやっぱり最後の、最後と言いますか、最後の方にある、
ミゾレの覚醒シーンじゃないかなというのがあるんですけど、音楽で。
やっぱりあの、本当にあそこで流れる音楽って演技だなと思うんですよね。
演出も含めてすごく抑制が効いてるというか、いろんなコントロールがされてる場面で、
あそこの合奏シーンの曲ってサントラにはある意味で入ってないんですよね。
曲としては聴けるけど、サントラで聴けるものはとても綺麗に整っているし、
コンクール用の編曲って聴き比べるとわかるんですけど、めちゃくちゃテンポ早かったりするし、
あの合奏シーンの、あの時流れた曲はそこでしか聴けないんだっていうのがまた余計にこう、
なんか本当にすごいなというふうに思ってしまうというか、
あの歌い上げ方、それを受けたのぞみのフルートが震えてるみたいなのの演技というか、
あそこは本当にちょっと涙が止まらなかったですね、本当に。
僕音楽のこと全然わかんないけど、
ニゾレがのぞみの上を行ってることは間違いないなってわかるんですよね、あそこ。
39:00
そう、そうなんですよね。
あのシーン恐ろしいなというか、
曲の流れ的に最初大声のソロから掛け合いが始まって、
中盤ぐらいから大声がソロでメロディーを歌うという場面ぐらいから、
だんだん演出が効いてくるというか、
なんかシャローフォーカスというか、だんだん映像がボケてくるんですよね、そこぐらいから。
あ、そのあたりからボケ出すっていう、もうそっから泣いてんだなっていうのが出てたりとか、
でやっぱあの曲の最後の方に歌い上げる場面とかシークエンスに入る直前ぐらいからは、
他の音がだんだんくぐもって聞こえてきて、
もうそこに研ぎ澄まされるように流れになっていくみたいな、
あ、これめちゃくちゃ計算されてるわ、こーわーというふうに思いましたね。
あそこ終わった後、望みがいなくなってるの誰も気づいてないの。
めっちゃつらいんですよね。
まあそうですよね、ちょっとまあ、あのなんていうんですかね、
モテるものとモタダルものの話ってもまあちょっとあるじゃないですか、
サブテーマ的な話にはなるんですけど、
まあそこがこう残酷に出てしまうみたいな場面でもあるし、
ただその覚醒する前に、
お互い思ってたことが反転するみたいな場面もあるだけに、
それがちょっと聞いてくるというか、というふうに思いますね。
本作つらいなって思うのが、
単にみぞれの才能っていうふうに片付けきれないところもあるなとは思ってて、
みぞれの方が音楽に対して誠実なんですよね。
リズと青い鳥の主要パートを演奏するにあたって、
みぞれは解釈をむちゃくちゃ掘り下げるんですよ。
そうですね。
のぞみは絵本を借りて読んで、
でもハッピーエンドがいいよねって解釈が止まってるんですけど、
みぞれはリズのことが理解できない、
私なら青い鳥を離さないって言って、
原著の方も借りに行くんですよね。
そうですね、彼女は原著の方を借りてましたね。
自分はこの物語を、この演奏を理解してないから、
掘り下げないといけないんだって思いがあって、
そこを探求してるんですよね、みぞれの方が。
やっぱりのぞみはそこをしてない、できてないっていうのがあって、
そこがね、そもそもみぞれの方が音楽に対して向き合っているっていうことがあるなと僕は思って、
これは響きユーフォニアムの方にも共通している部分だと思うんですよ。
頑張りきれない人の話だなと思って。
100頑張る人に対して、
じゃあ70しか頑張れない人の頑張りって価値がないのかっていう話だと思うんですよ。
それでもっていう。
70には70の価値があって、それを一緒にやるのが音楽じゃないかっていう。
そこを描いてるなと思いつつ、
でもそれって本人としては共用しがたいことではありますよねっていうことも描いてるっていう。
42:01
そうなんですよね。
今回久しぶりに見てのぞみに結構思いを乗せてたっていうのは、
やっぱりのぞみは普通の人っていうところがやっぱり自分だなというふうにようやく思えたというか、
自分もそういった何をこれからどうして生きたらいいのかなっていうのがわからないまま、
将来のことをあまり鮮明に考えるみたいなことをしないまま、
いろいろ突き進んじゃったなみたいなところに刺さってくるなというふうに今では思ってて。
どの程度高校時代に進路とか夢とかって皆さん決めてるものなのかってわからないですけど、
決めてないというかあまり考えてない人って結構いたりするんじゃないかなって思って、その時に。
明確に夢がない人のことを卑下するみたいなというか、そこに対する、それって桐島の東レっぽさもあるし、
僕の場合だと影を継ぐみたいな話があったので、でも僕そんなに乗り気じゃなかったんですけど、
けどそれしかないんだと思って、その道に進んでしまったなっていうのがあって、
それってまあなんかあれですよね。
みぞれが音題に行くっていう感じになったから私も音題に行くわみたいな感じで言っちゃうあたりのところとちょっと自分と似てるなというふうにちょっと思ってしまって、
なんかそういう意味でも結構今となってはのぞみのことがなんかすごくグサッと今来るようになりましたね。
僕もね、今までかっさきそういうとこだぞって思いながらのぞみのこと見てたんですけど、
いや結構いろいろ気使ってるなって思って今回見てね、みぞれのこともだいぶいろいろ気使いながら触れてるなと思って、
ただちょっと要所要所で自分のプライドを守るためにみぞれにマウントかけてるとことかもあるんですけど、
でもまあ高校生やからみたいなのも思って。
なんか本当にギリギリのプライドを保ってる感じ。
ところどころみぞれに対するマウント的な要素が入ってるのもやっぱ本心みぞれに抜かれてるって思ってるからなんじゃないかなって気もして、
こんなにすごいみぞれを見つけたの私だし、
この彼女がこの部活の中でなんとかやられてるのって私が人間関係取り持ってるかだよみたいなのもちょっと工事してる感じがあるかなとは思ってて、
だから誘ってあげてるよみたいな、私がいるからあなたここでやれてるんだよみたいなのもちょっと出してるとこはあるとは思うんですけど、
ただまあ後半になるとだんだんそのみぞれののぞみ以外の人間関係も結構あるっていうことがだんだん描かれていくじゃないですか。
後輩のリリカとの関係の変化とかですよね。
そもそも同級生とも結構いい関係っていうのもあったりとか、
45:01
そののぞみが思ってるほどみぞれは社会に不適合なわけではないっていう感じはしてるんです。
そこはやっぱりそののぞみはみぞれを侮っているところがあるし、
本心ではもしかしたら本当はもっと巨大なはずのみぞれを抑えつけておきたい、私の方が上ってせめて自分で思っておきたいみたいなのも、
もしかしたらあるのかもしれないみたいなのがなんとなくあるかなって思ったりはしてて。
そうですね、確かになプライドとかもあって、
怒ってるのって言われて、怒ってないよって言うのって、いや怒ってるやんっていうね。
わかりましたけど。
怒ってるってことやねって言うのとかね。
セリフのニュアンスとかすごくいいなって今思いますけど。
ラストというかクライマックスの2人が大好きなハグするシーンの問答あれどう思います?
いやー。
あそこ。
いやーもうなんでしょうね断絶って感じですけど。
けどあれがなかったら本当に前に進めなかっただろうなっては思いますやっぱり。
それはやっぱり望み目線で見ると余計に。
あそこでみぞれを遮るかのようにみぞれの大声が好きってあそこで言えたことってすごく、
ほんとわずかな力かもしれんけどめちゃくちゃ勇気振り絞ってそれ言ったんじゃねえかなみたいな気持ちは今では見て思いますね。
あそこよく感想とか考察で言われるのが、みぞれは望みの好きなところ、あらゆる箇所を言うけれども望みのフルートが好きとは言わない。
でそれに対して望みはみぞれの大声が好きっていうそのそこに断絶があるっていうのはよく聞く話かなと思うんですけど。
その好きのレイヤーが違うってことですよね2人の。
僕今回見て思ったのがみぞれは望みのフルートが好きなんて当たり前だから言わないのかなと思ってちょっと当たり前すぎて言わないのかなと思って。
逆に望みにとってみぞれの大声が好きっていうのは認めるにはなかなか有識問題だからこそあそこで絞り出したっていう。
まあそういう対比でお互いの音楽が好きっていうのはもうそれはもう大前提なんじゃないかなって気がして。
なんかやっぱり2人は音楽でつながっているのかなとも思ったんですよね。
なんかもう本当にあそこでなんというかもう頑張ってみぞれを振り払おうとしてるんだなみたいな感じにはすごく思ってたんですよね。
僕はなんかその望みが一番最初にみぞれのいいとこ言うときって努力家なところって言うと思うんですけど。
それって多分最初にあのハグの掛け合いがあるよっていうのを2人で見るシーンで最初に確かやってる人が言ってるセリフが確か努力家なところみたいなこと言ってたと思うんですよね。
48:05
なんかそれただなぞってるだけっぽい感じというか、とっさに感じが見つけて。
本当にこのままなんかずっといたら本当に私もこのまま閉じ込められてしまうというか手放さなくちゃいけないというふうな気持ちになってるのに、
あそこで本当に手放せなかったら私は本当に一生このままだみたいなところがなんかあって。
だからやっぱあそこで決定的に私たちは違うんだみたいなところを突きつけたようにも僕はちょっと見えたんですよね今回。
それでようやくなんかとぼとぼ歩いてなんかスーッとなんか深い息を吐くみたいな感じがなんか僕はそういうふうに今回ちょっと見れて、
ちょっとぐるっとまた来ましたかねそこで。
そうですね。僕今回見てのぞみにとっての三月期やなって思ったんですよ。
あー三月期。なるほど。
臆病な自尊心と尊大な羞恥心の話。のぞみにとって。
で、あのシーンでみぞれの大声が好きっていうことでのぞみが虎にならなかったなって思って。
僕今までね、あのザック何回も見てますけど、僕は二人の関係はここで終わると思ってたんですよ今までは。
で、みぞれは音楽をやる道である程度成功しつつ、のぞみは音楽じゃないことで生きていきながら、
なんか飲み会とかで、みぞれってまだ音楽やってんのかなって本当は知ってるくせに聞いたりとか、
みぞれ誘ったのは私なんだよねみたいな、そういう些細かなプライドを満たしながらごまかしごまかし生きていくんじゃないかなっていう、
すごく悲観的に見てたんですよ。のぞみの将来に関して。
いやなんかこの話したな、した覚えあるな山口さんと。
そういう見方やったんですね。のぞみの。
今まではね、今まではのぞみの将来をむちゃくちゃ悲観的に見てて、
みぞれを見つけてみぞれと音楽を一緒にやったっていうことを、ちっちゃなプライドを守りながら生きていくんじゃないかなと思ってたんです今までは。
今回見て違うなと思って、彼女は音楽じゃない分野かもしれないけど何者かになります。
なります彼女は。その道を全力で走ります。
音楽でないかもしれない、もしかしたらもう一度音楽やるかもしれないけど、何者かになります彼女は。
卵は茹で卵なんかじゃありません。
今回久しぶりにもう5年ぶりに見てというか、5年経ってこういうふうに見方がガラッと変わったわけなんですね。
でも2人はもう会わなくてもいいです。なぜなら別戸の独立した人間になるので、もう卒業式終わったら二度と会わなくてもいいです僕は。
51:03
僕もなんかこの映画の先を想像したことあるんですけど、やっぱりこの映画で描かれてたような感情っていうのは本当に多分綺麗さっぱり忘れていくだろうなっていうのは思ったんですよねやっぱり。
お互いに自分それぞれの人生多分生きていくんだろうなっていう。
まあそれが本当になんか忘れてしまった上で、でもいつかやっぱ僕は巡り会ってほしいなとも思ってるので、やっぱ同窓会ぐらいで、本当に同窓会で久しぶりに会うとかだとなおいいなっていう本当に。
それいいな。
結構卒業しても大学なってからも結構部活の人と会ったりとか結構するんですけど、やっぱそこは同窓会でいいです本当に。
ずっとお互い大学、まあ多分音題とか行くの忙しいと思いますよね。
お互い連絡しない。本当にもう同窓会で会って久しぶりでいいです本当に。
それであの時いろいろあったけど頑張ったねってお互い称え合ってくれたらいいです。
いいなそれ。僕それ見たい。
それはもうずっとこの妄想してるので、誰かこの案で小説書いていただいてもいいので、書いてくれた方送ってくれると僕がうんうんって頷いて読みますので。
2人が30歳ぐらいでそれぞれ別の分野で素敵な大人になった状態で同窓会で再会するっていう社会人有利者が見たいなと思って。
もう最高じゃないですか。同窓会。最高。いいでしょ。最高。
めちゃくちゃいいそれ。それがいいなと。これは結構見た当時からずっと思ってて。
それは今ほどちゃんと言葉にできたりとか想像してたわけではなかったですけど、
その時からまあ2人はなんかちゃんと成長したんだなという漠然な思いだけはその時からあったんだなっていうのはあって。
今回見直してようやくなんか2人ともちゃんと別れることを選んである意味ねちゃんと。
それがお互いのためになってる。ちゃんと1人の人間としてここから巣立つ覚悟ができたみたいなところまで持っていけてる映画だったんだなっていうのをちょっと改めて気づいて、
そういった意味でも本当見直してよかったなっていうふうに思ってますね。
さっきマリオンさんがね、この時の感情を忘れていくっていうふうにおっしゃったじゃないですか。
それすごいピンときて、例えばそののぞみの小さなプライドであるとか、あるいは嫉妬心、臆病さ、あるいはそのみぞれからのぞみに対する、
もはやちょっと恋愛感情にも似てるような執着、依存みたいなところとか、本当にこの時、一時だけの感情なのかなって気はするんですね。
でもそれって彼女たちが今だけ読んでる物語だなと思って。
学校っていう空間で当たられた今だけ読める物語だと思うんですよ。
54:01
だから図書館に本を返すってそれとは欠別するってことかなって思って。
やっぱりタモとは分かっていくのかなっていうのが僕的にはそんなふうに思いましたね。
そうですね。結構この劇中で描かれてる繊細にやり取りって結構深いところまでいくというか、
本当に視野がどんどん狭くなっていっていくような感じというか、
それは二人の関係に特化して描いてるからだと思うんですけど、結構劇中でリズと青い鳥の物語が別のテイストのアニメーションで描かれるじゃないですか。
あれってそれはリズと青い鳥というのがミゾレとノゾミの二人の関係性だっていうことだと思うんですけど、
今回見てミゾレもノゾミも過剰にあの物語に自分を落とし込んでいるように見えてしまって、
結構フィクションというか物語を見てこれは自分のことだみたいな思うことってあると思うんですけど、
なんかそれが結構今回過剰に自分をそこに重ねすぎているようにもちょっと見えて、
なんかこれすごいなというふうにちょっと思ったんですよね。
いや、あのね、その話今からしたいなと思ってたんですよ。
ああ、そうだったんですかね。
ズバリそこで、リズと青い鳥はノゾミとミゾレの物語じゃないっていうことだと思ってて、
本作見て思うのはリズと青い鳥っていうおとぎ話は、
二人の関係性のメタファーとしてはそんなに的確じゃないなと思うんですよ。
その物語になぞらえていくとあんまりこの話をつかみにくいなと思ってて、
なんかその物語自身にこの映画全体の話を押し進める推進力がないなと思うんですよ。
じゃあ何かって考えたら結局勝手に感情移入しているんだと思うんですよ、二人が。
このリズって私のことかもしれない。
いや、この青い鳥って私のことかもしれない。
でもよくよく考えると実は逆なのかもしれないみたいに考えてしまって、
それって結構な自意識過剰だと思うんですよ。
そこがいいなと思ってて、結局若さゆえの自意識過剰で、
おとぎ話に過剰に自己投影してしまっている状態だと思うんですよ。
それが私はリズだと思ったり、私は青い鳥だと思ったり、
それは見方を変えたら反転してしまうものだったりとか、
結局グーは誰しもがなんとなく自分を当てはまるように曖昧に描いているものじゃないですか、グーはって基本的に。
まあまあそうですね。
僕らもそうだと思うんですよ。
この映画の登場人物はもう自分やって見てたって、お前じゃねえよってなると思うんですよ。
もうしょっちゅうですよ。
その若さゆえの自意識過剰あるいは傲慢さのようなもの、
57:04
自分勝手さ、勝手に自分が描いた想像を何かに当てはめている状態、その身勝手さ、
でもそれゆえの愛おしさみたいなものが、
二人がリズと青い鳥っていう物語に預ける感情に重なってるなと思って、
そこがいいなと思うんですよ。
リズと青い鳥っていう物語は、
のぞみとみぞれの物語のメタファーなのではなく、
のぞみとみぞれの物語はもう独立したものであると。
何かの偶和になぞらえるようなものなんかじゃないって、
二人だけのものってことだと思うんですよね。
そこがいいなと思って。
なるほどね。
なぞらえればなぞらえるほどどんどん閉じ込められていっちゃうんですよね、こういうのって。
メタファー話って結局そのメタファーで閉じ込めていってしまうから、
息苦しくなっていくんですよね。
広がりがなくなっていく、可能性が広がらなくなっていく。
結局メタファーだったらもう読み解いたら終わりじゃんってなっちゃう。
そうじゃないんですよ。
二人の物語はここから先繋がっていくから、
リズと青い鳥っていう話とは無関係なんですよね、きっと。
そうですね。確かに結構その物語パートが出てくるのは、
結構序盤に集中してるなみたいなのも思って。
結構序盤にあって、最後に出てくるのって、
新山先生とみぞれが、曲の解釈について話す場面でようやくなんか出てくるみたいな。
結構その間開くなみたいなのも思ってて。
そこにちょっと、そこにやっぱりすごい過剰に入れ込んでて、
それがだんだんそこから離れていって彼女たちの話が進んでいくみたいな風にもちょっと見えるのかなっていう風に思って。
まあでもリズと青い鳥って物語があるからこそなんかちょっと反転にハッとさせられるみたいな。
これはまあもちろんあるんですけど、
リズは私でとか、青い鳥はあなたでみたいなことをクロスカッティングで言うシーンあるじゃないですか。
モノローグというか、でもあれ多分きっとお互い解釈が逆のことを言ってるんですよね。
繋がってそうだよねって流れるように見えるけど、交互にカットが切り替わってセリフが重ねられてるから、
繋がってるように見えるけど、多分お互い言ってることは別々のことを言ってるはずだろうなって思って。
それってなんか深海誠のモノローグみたいなもんだなという風に思うんですけど。
モノローグ上では2人は繋がってる。
でもお互いそれはバラバラで繋がってないよねっていうところになってるみたいなのにちょっと似てるなと思って。
なんかそこはまたこう、あそこの反転してハッと気づくシーンもちょっと改めて見るとちょっと好きになったシーンでしたね。
なんかいいんですよね。言葉を失ってしまった。
結局いいんですよねっていうか。
でもなんかこの映画、終始ズレ続ける話だと思うんですけど、最後にはちょっとぴったり合うみたいな映画じゃないですか。
こんなに完璧に設計された映画あるのかっていう風に思ったんですけど。
1:00:03
冒頭の音楽室に入るまでのシークエンスでもズレっていうのが象徴されて、そこからもう至る所に2人のズレみたいなのが描写されるわけじゃないですか。
なんかその後、ズレ続けてズレ続けてもう断絶というのを嫌というほど味わった後に最後ぴったり合う。
それはなんかハッピーアイスクリームの下りとしてもぴったり合いますし。
あとやっぱ遅いテンポと早いテンポってズレてますけど、一周回ってリズムがカチッとはまる時ってあるじゃないですか。
なんかその瞬間も多分ラストにこもってるんですよね。
ズレてる2人の足音がぐるっと一周回って重なるみたいな。
そういった1個の流れとしてもすごく完璧だなと思っていて。
本当それはクライマックスの最後の最後は本当に下りはまたそこでもうるっとくるなというのは今回思いましたね。
あとちょっと時間的にあれなんで、最後に本作でさっき言った望みのフルートの光がみぞりに反射するシーンって僕が一番好きなシーンって言ったとこなんですけど、
あれいろんな意味で刺さってて、映画を見てる我々じゃんと思ったんですよね。
だから光だけ届く音だけ届く、でもその直接は繋がれてないけど繋がれた気がするみたいな。
その瞬間に何か価値があると信じているって我々が映画見てる時みたいだなって思った時があって、
なんかそこにすごくいろんな意味でぐっと来てしまうんですよね。
本作に映画のメタファーみたいな要素全然ないですけど、
なんかその次元を越えて飛び越えてくるものに何か意味を見出したくなることの話だなと思って。
そこも好きだったりはするんですけど、
まあまあちょっとこれは話とは直接関係ない、本当に僕がそういうふうに感じ取っただけの部分なんですけどね。
本当に結構ね詰まってるものが多い映画でむっちゃくちゃ好きなんですよ。
我々この映画が。
伝わりましたかねっていう。
僕はもう言葉にするのが難しいと思いながらずっと喋ってましたけど。
なんかもうちょっと喋りたいことあったけど、
時間もそうだし何か無理やり出した感じになっちゃいそうなんで、
こんなとこで終わっとこうかなと思います。
確かに何か本当時間の制限なかったらいつまでも喋ってそうな感じはするんですけど、
これがダラダラと本当に。
一旦終わりましょう。
多分この作品との付き合いは今後も続いていくと思うんですけどね。
残りの人生で。
次回はイヴの時間でよかったんでしたっけ。
ああ、そっか。どうしようかなって話になって、
1:03:01
収録の段階ではサイダーのように言葉が湧き上がるが上がってたんですけど、
収録外で僕がイヴの時間、劇場版を上げたんですけど、
どうかなというふうには思ったんですけど、
どちらがいいですかという。
もうだいぶイヴの時間忘れてたな。
僕どっちでもいいです。
マリオンさん的により推してる方があれば。
イヴの時間はでも遠い昔に見て、
めっちゃ良かったという記憶しかないんですよね。
どんな話だったか全く覚えてないに近いので、
久しぶりに見てみたいなという気持ちもあるんですけど、
サイダーのように言葉が湧き上がるは、
それでめちゃくちゃすごい好きなので、
喋ってみたいなというのがあって、
僕もこれはどっちでもいいかなというのは思ってて。
どうしようかな。
見やすいのはサイダーの方が見やすかったりするんですかね。
イヴの時間は配信とかでやってるのかな。
サイダーは確実にはあるでしょうね。
近年の作品だし。
じゃあサイダー行ってみますか。
そうですね。
サイダーのように言葉が湧き上がるので行ってみましょうかね。
ちなみに翌々週はどうしましょう?
フリクリ行けそうです?
まだ何も見てないですけど、
こっから見始めますので、
また次の収録までに途中経過というかお知らせした上で、
実際にフリクリで行くのか行かないのかというのは
決めていったらいいかなと思います。
マリオンさんの生活リズム的に見れそうだったら
じゃあ来週フリクリ確定しましょう。
それが難しそうだったらもう一回再考しましょう。
はい、わかりました。
じゃあそんな感じで、
次回はサイダーのように言葉が湧き上がる。
次々回はフリクリ暫定で行きたいなと思います。
ちょっとでも頑張ってみたいなと思ってるので。
サクッと見れるんで、
よかったら1話だけでも見てみたら
行けそう、行けなさそうというのが分かるかなと思うので、
よかったら1回1話だけチャレンジして見てもらえたらと。
はい、そんな感じでいきたいと思います。
はい、ではお知らせになります。
3月も映画の反射すぎるバーを開催する予定です。
場所は大阪の南街にある
光イベント型カフェバー周回り。
日時は3月25日土曜日。
オープンが19時、クローズが23時となっております。
あと5月に映画の反射すぎるバーの
東京開催が決定しました。
日日は5月27日土曜日。
場所、オープン時刻は後日お知らせいたします。
はい、またこの番組では
リスナーの皆様からお便りを募集しています。
番組の感想、次回テーマ作品の感想など
ご自由にお送りいただけると幸いです。
また次回バー開催情報、ポッドキャスト、
次回テーマ作品の告知も行っておりますので
Twitterのフォローもよろしくお願いいたします。
あとこの番組のイメージキャラクター、
映画の反射すぎる猫、括弧狩吉だったグッズを
1:06:02
販売していますので、よろしければご購入くださいませ。
便り受付先、Twitterアカウント、グッズ販売サイト、
いずれも番組説明文に記載しておりますと。
第107回ディズと青い鳥の回を終わりたいと思います。
それではまたお会いしましょう。さよなら。
さよなら。
01:06:43

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