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第256回(2)『プロジェクト・へイル・メアリー』原作好きすぎてバランスに欠いてます
2026-03-29 1:02:54

第256回(2)『プロジェクト・へイル・メアリー』原作好きすぎてバランスに欠いてます

『プロジェクト・へイル・メアリー』の話をしました。 原作小説を読み終えたメンバーが、原作から間引かれた描写、追加された描写について、かなり原作小説のネタバレをしながら話しています。 ■メンバー 山口 https://creators.spotify.com/pod/show/chottoeibana マリオン https://x.com/marion_eigazuke オーイシ https://x.com/pteryx_joe ■映画の話したすぎるBAR 日時:2026年3月29日(日) 詳細:https://virtualeigabar.com/eiga-bar 場所:『週間マガリ』大阪市北区天神橋1丁目11-13 2階 https://magari.amebaownd.com ■【告知】5月は東京イベント2連発! ・5/9(土) 映画の話したすぎるBAR in Tokyo 場所:イベントバーエデン日暮里 ・5/10(日)『Podcast Weekend 2026』出店 場所:世田谷HOME/WORK VILLAGE ■お便り https://virtualeigabar.com/contact ■SNSアカウント X(Twitter):https://twitter.com/virtualeigabar Instagram:https://www.instagram.com/eiga_shitasugi ■番組グッズ販売 https://suzuri.jp/virtualeigabar

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00:00
今日のテーマトークは、プロジェクト・ヘイル・メアリーです。
はい、ではマリオンさん解説お願いします。
はい、映画.comより解説読ませていただきます。
アカデミー賞7部門にノミネートされた、オデッセイの原作、火星の人、などで知られる作家アンディ・ウィアーのベストセラーSF小説を映画化、
滅亡の危機に瀕した地球の運命を託された中学の科学教師が、宇宙の果てで同じ目的を持つ未知の生命体と出会い、
共に命を懸けて故郷を救うミッションに挑む姿を描く。
太陽のエネルギーが奪われるという原因不明の異常現象が発生。
このままでは地球は冷却し、人類は滅亡してしまう。
同じ現象が太陽だけでなく、宇宙に散らばる無数の光勢で起こっていることが判明し、
11.9光年先に唯一無事な星が発見される。
人類に残された即は、宇宙船でその星に向かい、太陽と人類を救うための謎を解くことだった。
このヘイルメアリー・イチカバチカプロジェクトのため、宇宙に送り込まれたのは優秀な科学者でありながら学界を去り、
今は知がない中学教師をしていたグレースだった。
彼は地球から遠く離れた宇宙でたった一人、自らの科学知識を頼りにミッションに臨み、
そこで同じく母星を救おうと奮闘していた異星人ロッキーと出会う。
姿形も言葉も違う二人は、科学を共通の言語にして難題に立ち向かい、その過程で友情を育んでいくが、
主人公の中学教師グレースをララランとバービーのライアン・ゴズリングが演じ、
落下の解剖学・感心領域のザンドラ・ヒュラーが教演。
オデッセイも手掛けたドリュー・ゴダードが脚本を担当し、
スパイダーマン・スパイダーバースシリーズの制作脚本などで知られるフィル・ロード&クリストファー・ミラーが監督を務めた。
はい、それではここから内容に触れる話に入っていきますので、
ネタバレ気にされる方がいらっしゃったら、ぜひ見てから聞いていただけたらと思います。
あと、小説の話しますよね、たぶん。
しますね。
いや、するでしょうね。
しますね。
それはしますよ。
だから、小説のネタバレもします。
はい。
その上で聞いてください。
はい。
では、最後の感想、マリオンさんいかがでした。
はい、そうですね。
特にラジオでは言ってなかったんですけど、無事小説を読み終わってから映画に臨むことができまして、
あの、お二人から読め読めというハラスメントを受けましたので、
いや、ありがたかったですけどね、読もうと思ってたので。
で、読んだ上で見たんですけど、
あの、めっちゃよかったけど、なんか足らんなみたいな気持ちがハンハンみたいな複雑な感情があります。
はい。
これはちょっとあのね、この作品どうこうというよりかは、
初めて映画に臨む時の感覚として、原作を先に読むべきか読まないべきか論争についてちょっとめっちゃ考えてしまうみたいな、
っていうところがちょっとありました。
あともう一個ちょっと失敗したなって思ってることがあって、
これは完全に失敗したなって思ってるんですけど、
これレーザーイマックスで見るべきだったなっていう。
それはね。
っていう風にちょっと思いました。
03:00
画角が宇宙パートと地球パートで明らか違うんですよね。
それは普通の劇場で見た時にもわかるんですけど、
地球パートがね、もうよりちっちゃーく見えるんですよね。
額縁上映みたいな感じになってて、
あんまちょっと今日遅がれるなっていう感覚がすごいあったので、
レーザーイマックスで見に行きたいなってちょっと思いましたね。
で、まあ作品そのもの自体は、僕めっちゃ面白かったと思ってますけど、
なんか原作の情報量めっちゃ削がれてるというか、
まあそれはしょうがないんですけど、
てか原作読んでないとこの辺りわからんくないかみたいな、
結構あるような気がしていて、
結構ガンガン進んでいくなっていう。
まあガンガン進んでようやく2時間半みたいな作品なので、
まあでもそのぐらい規模感のでかい作品だもんなと思いつつも、
まあいろいろカットされてることを思うとなーみたいなことを思っちゃうっていう複雑な感情が正直あるっていうのが本音ですかね。
でもなんか僕が原作読んで良かったなって思ってる部分というかは、
緻密な科学描写というよりかは、
映画の方のストーリーのキャッチの仕方の方に個人的にはめっちゃ近かったので、
そういう意味では僕はすごくいい映画家だったし、楽しかったって思えてるのはそういう部分ですかね。
まあと言いつつもでもあの科学描写の大量さもなんか結構スキっちゃスキだったかもなーみたいなのはちょっと映画を見渡り思ったりもしたんですけど、
あのすごい何とも逃げ切れがん感想で申し訳ないですっていう。
でもめっちゃ面白かったとは思ってます。
はい大井さんいかがでした。
どういう話しようかなーってずーっと見終わったとから考え続けてるんですよ。
あの複雑です。
あのですねー何だろう映像化としては、
まあ何だろう大衆演芸として正解を出してきたなって感じはすごいしたんですよ。
そのこれだけ要素がある原作の中の、言ってしまえば友情の部分だけをチョイスしてきたというか、
そこにかなりフォーカスを当ててやるって、
まあそうだよな、それはもう大ヒットさせなきゃいけないハリウッド映画であればその選択を取るよなっていうのは
重々理解できるし、それがこの原作の中の良かったパートの一つなの間違いないので、
あのすごい的確な映像化だなとは思いました。
思いましたけど、僕マリオンさんとはちょっとだけこう食い違うところというか、
僕の好きだった原作の部分は全部なくなっていた。
あー。
全てなくなっていたと言っていい?
あー。
なるほどな。
のですよと言って。
で、このラジオでも何回か言ってる通り、一応その理系である程度研究、今はそれに近いような仕事をしていると、
SFが楽しめなくなってくるんですよ、だんだん。
06:01
というのはSFの中の嘘と本当が分かってしまうというか、
言ってしまうと、これなんか前も話したことある気がするんですけど、
手品の種を分かった上で見るような気持ちにどんどんなってくるんですね。
SFを読んでると。
はいはいはい。
で、だから結構逆に言えば職商気味なんですよ、SFって。
はいはい。
あんまりなんか、あーここですごい飛躍飛んできたなーみたいな感じで、
あんまり楽しめないなーっていう突っ込みが入ってしまうというか、
っていうところが多々あったんですけど、このアンディ・ウィアーの原作のプロジェクトヘールメアリーは、
そういうのが1ミリたりともないのを楽しめた、器用な作品で。
しかもテーマになってる、物理学みたいなところも結構あると思うんですけど、
テーマになってるのは結構生物の話なんですよね。
分生物の話が結構な重量を経て描かれてる。
しかも途中以降は人工進化というか、進化を使ってどうにか攻略しようっていう話にもなっていく。
その努力方みたいなのもすごく的確に書いてあるっていう。
そのところにめちゃくちゃこう、
まだ自分を楽しませてくれる創作物があるんだっていう楽しみ方をしてたところもあって、
その感動もあったんですけど、
例えば冒頭の、今自分はどこにいるんだろうっていうのを、
科学的ないろいろな方法を得て調べていくっていう描写であったりとかっていうのが、
ことごとカットされてまして、
なんか、あーそっかここって、
みんなはそんなに楽しくなかった場所なんだっていうがっかりが一番でかかったというか、
あ、プロジェクトヘルメリー好きって言ってる人、みんなここそんな好きじゃなかったんだって思って、
いやまあそうだろうけどっていう。
いや、そういうわけじゃないんですよっていう。
そういうわけじゃないんですけどっていうね。
映画として楽しむというか、
この映画を作った人たちはそこをカットしたんだなっていう寂しさを、
ずっと覚えながら映画を見終わりました。
だから、一番正しい表現は、
面白かったとかではなく寂しかったが正解だなっていう。
そういう気持ちなのでちょっと複雑な感情です。
ただ、ヒットはしてほしいと思ってるので。
すごい愛憎入り混じる感じで起きてますっていう感じです。
えーっとですね。
すいません、物足りなかったです。
物足りなかったです。
これね、原作読むべきかそうじゃないかみたいなところに一生懸命するのは僕嫌なんですけど、
これ読んでしまったら物足りなく感じちゃいましたね。
僕、いろんなことやっていく部分が好きだったんですけど、
結構関係性にフォーカスしていってるから、
ちょっとその部分物足りなくて。
僕が一番原作小説の中で好きなの、
09:00
燃料タンクの中がウンチまみれになってるところなんですけど。
宇宙的存在もウンチ出すんやみたいなのが面白くて。
あと、温室効果ガス出すために南極を核爆破するところとか。
化学って怖ぇっていう感情を同時に抱えながらやってるところが、
本作の僕好きなところなんですよね。
今やってることはむちゃくちゃ恐ろしいことだぞっていうのをかみしめながら、
でもこれしかないんだなっていうのを読みながら苦渋の決断をしていってるところが好きなんですよ。
僕、しばしば映画の話するときに言ってることで、
トロッコ問題を雑に扱われるのむっちゃ嫌なんですよ。
トロッコ問題は試行実験であって、
それで何か分かった気にならないよって思うんですけど、
僕本作ってトロッコ問題の究極形の問いの話だなと思ってて、
地球守るためには地球温暖化を呼ぶしかねえみたいなことをやるわけじゃないですか。
核兵器を使わないといけないみたいな、
もう地球の気候が変わるぐらいとんでもない設備を作らないといけないとか、
多分あっちこっちの国の政治が乱れるぐらい一つの目的のためにリソースを集中させないといけないみたいな、
やばい選択がこの物語の裏でむちゃくちゃ行われてるんですよ。
それがやべえって思いながら、でもそれを選ぶって思いながらやるとダメなんですよ。
あとこの話ってトロッコのレバーをどっちに向けるかじゃなくって、
本当はあのトロッコって別の手段によってどけられるんじゃないかってことを探し続ける話でもあるんですよ。
そこが本当の意味でトロッコ問題の試行実験として価値のあることだと思うんですよ。
レバーをどっちに向けるしか答えがないわけじゃないんじゃないみたいなことを、
それが科学じゃないですか。
それをやってるから僕はこの話むちゃくちゃ好きなんですよ。
そこがやっぱり結構命をかけるかどうかにフォーカスが当たりすぎているような気がしてしまう。
その間のグラデーション結構多いんだけどなとは思ってはいて、
でも結局関係性にフォーカスすると、
自己犠牲するか否かみたいな話になるとは思うんですよ。
そこが悪いとかじゃなく物足りないんですよ。
別に映画がそれを語れてないわけではなく、
小説がその間にものすごい量の情報でもっと語ってたから、
物足りねえと思っちゃってごめんなさいという感じがする。
そうなんだよな。
そうなんですよね。
この後そこを補っていきたいなと思ってます。
12:02
という感じですね。
ではお便り1つ頂いてますので紹介させて頂きます。
オイさんお願いできますか。
タウルさんより頂いております。
こんにちはタウルです。
プロジェクトヘイルメアリーは小説と映画、
それぞれの面白さの違いを踏まえた上で、
フィルロード&クリスミラーの作風に合わせて再構築された見事なエンタメになっていたと思います。
小説の一人称でミステリアスで知的好奇心をくすぐる語りを、
映画ではスラップスティックとペイソスによる愛らしさを中心に描いていきます。
科学の見せ方も良くて試行錯誤の連続ではなくパッとできてしまうカートゥーンみたいな見せ方で、
科学ってすごいと説明ではなく体感させる作りになっていました。
そして何より一層前に出たドラマにグッときました。
いわゆる地球を救う経営に覆い、家族や人類への自己犠牲ではなく、
孤独な魂が誰かと出会い、一緒に頑張る中で自分の価値に気づき、
その自らの意思で生き方を選ぶ、
言ってみれば世界を救う以上に自分を救う話になっているのが今っぽくていいと思いました。
あのハードSFをここまで見やすいファミリームービーにしたことに拍手ですし、
日本での実写洋画の先細りを少しでも食い止める作品であればと願っています。
あと、ビートルズの使い方と選曲、反則なくらい良かったです、とのことです。
はい、ありがとうございます。
ありがとうございます。
タウさんはビートルズに反応するだろうなとは思いながら見てたんですけど。
まあまあ、そうですね。
小説でね、もう4人に捧げるって入ってますからね。
もうね、半分ギャグみたいな感じでね。
すいません、ちょっと僕が言ってることと食い違う語彙期いただいてて、
自己犠牲ではなくっていう孤独な魂が誰かと出会い、頑張る中で選ぶっていうのは、
そうなんですよね。
だからちょっと僕の言い方だと不足というか、違う聞こえ方しちゃうなと思ったんですけど、
あの、物足りない点、もっと言っていいですか。
地球パートの、準備してるパートのいろんな科学者出てくるところって、僕すっげえ大事だと思ってて。
だから、そういう人たちといろんなこと一緒にやってきたのもあって、っていうのもいると思うんですよね。
それがないから、僕はあの映画だけ見てたら、
ロッキー助けに行きそうやなって思っちゃう感じがあるなっては見えたかなって。
極論ですけどね、それは。
やっぱり準備してる時と、宇宙に出てからの話が同じ比重で描かれるって結構大事な要素だと思うんですよね、本作において。
まあ、確かに同じくらいの比重にはなってたんだけど、そのせいで両方ともめっちゃ情報量減ってるっていうのがあったなと思って、うーんみたいな。
いや、ダメだ、この言い方は良くない。
15:03
タオルさんの仰ってる、科学の見せ方の良さも、僕はそのまさにさっき逆にこう感じているというか、泥臭いことこそ科学だと思っちゃってる人間なので。
そうですね、確かにね。
いや、なんかね、本当に今タオルさんのお便りがお互いの真逆みたいな感じになってて。
で、僕はどっちかっていうとタオルさんよりではあるなっていう感じなんですよね。
関係性みたいな部分というか、
これ小説で一番僕好きなポイントって、二人の関係性が築き上がっていく時なんですよね。
トンネルの中なんですよね、僕。
お互いの文化をどうやって理解していくか、基本言語である科学を理解するために、時間の単位だったりとか、重さとかですよね。
ああいうのとかを、地球換算でこれぐらいね、みたいな話とかをやっていくあたりとか。
あとロッキーの音から言語を割り当てていくみたいな部分。
そこが一番面白かったんですけど、僕のときには。
それもそれなりにはカットされてると思うんですけど。
けどやっぱり、映画として動きで見せるっていうことに、その分時間を使ったと思うんですよ。
お互いのジェスチャーをしあう場面って、小説にもありましたけど別に。
結構時間とってるなと思ったんですよね、小説よりも。
これはでも映画ならではというか、映像としてやる分には、やっぱりらしい改変というか、っていうのも思いますし。
一番それが、しかも人と人とというか、自分と誰か、他者と交流、本当にもう何もかも違う誰かと交流するときに求められる動作ってああいうことじゃん、みたいなのをやってるみたいなのがちゃんと描かれてるだけで、僕は結構もう好きになっちゃうんですよね。
っていう用語。っていう用語って言うとあれですけど。
分かるんですよ。そこに山を持っていったほうが、映画としての生え方は間違いないんですよ。
というか、それ以外の僕が好きな泥臭い部分とか、あるいは山口さんが好きなその反応を取るんだって部分って映画で描くと、むしろその部分って地味なんですよ、たぶん。
でも、オデッセイは結構その地道な作業部分とかはやってたじゃん、とかって思うわけですもんね、映画で。
それはそう。
だから、やっぱり監督によって、やっぱ選び取るとこって変わるんだなっていう、同じ原作でSFでってなっても、なんかやっぱ違うんだねっていうのはやっぱ思いますよね。
マリオンさんには今日はそのポジションを維持してもらいたいなと。
18:02
分かりました。いや、分かりました。
申し訳ない。本当に。
僕も複雑な感情なんですけど、本当はね。本当は複雑な方側なんですけど、でも確かに今回はちょっとなんか、僕は何としてもこの映画を擁護しなければならないという使命に今、駆られてますね。
いや、というかね、小説が好きなんですよね、やっぱり。
分かりますよ。分かりますよ。
一回小説のあそこすごかったよねみたいな話したい、したい、したい。なる、なる。
僕、言語を擦り合わせていくところも、もっと大変やったと思うんですよ。あれ確かね、Excelに一個一個売っていってたと思うんですよ。
ブレッドシートは便利だねって話をしてましたね。
してた、してた。
してましたよ。
あんななんかガジェットというかソフトウェアじゃなかったですよね。
そうですね。
なんかそういうの見たかったと思って、もうこれを映画にしたとき面白いかどうか問題はあるんですよ、本当に。
そうね、そうですよ。
だからもうちょっとバイアスかかりすぎちゃってて、冷静な判断できてないっていうのがあるんですけど、残念なのがありますね。
とにかくね、主人公のグレースが泥臭いんですよね、本当に。
そうですね。
泥臭いし内向的だし。
そうですね。
割とやっぱライアン・ゴズリングが演じたことによるものかもしれないですけど、結構軽い感じのというか、思ったよりも、もちろんある程度内向的には描いてると思いましたけど、それでももうちょい別のキャラクターを思い描いてたなとかもちょっと思っちゃったりもして。
それで言うと結構ロッキーのキャラ造形もだいぶ違う感じはしますよね。
だいぶ映画の方がフレンドリーな感じというか。
そうですね。喋り方も全然違うし。
違うのかなっていう、これは分かんないです。
翻訳されたときの文体によって結構性格のイメージって変わると思うんですよ、やっぱり。
文末というか喋り言葉がかしら?とかってつくだけで、女性なのかな?みたいなふうに思わされるみたいな、ちょっと近いというか。
それもあるので、英語?言語で読んでたら、いや、あんな感じじゃね?みたいなふうに思うのかもしれないですけど。
けどやっぱり僕も確かにイメージしてるからだいぶ取り近い感じ。
こいつ関西出身かな?みたいな感じ。
小説が東京出身かな?って感じなんですけど。
小説の方がもうちょい嫌味なやつだったはずなんだけど。
そうですね。ちょっと嫌味な感じはありましたね。
皮肉屋っぽかったですよね。
そう、やっぱりエンジニアだから、結構武骨なエンジニア感はあったと思うんですけど。
確かにそういうイメージはちょっとありましたね。
ちょっとマスコット化してるというか、実際音になったら感高い音とか出すから、スターウォーズの異星人かな?みたいな感じもちょっとあって。
サイズ感も相まってだいぶ可愛くなってましたよね。
21:02
そうですね。
でも本当に土足で入り込むじゃないですけど、ドタバタドタバタと入っていって、「何だよ何だよ何だよ!」みたいな言うところ好きですよ。
ガコガコガコって言いながら、「あ、やめろやめろやめろ!」みたいな。あれはいいですよ。
じゃあ我々からトピック改めて出していこうかと思うんですけども。
僕、アストロファージの設定が好きなんですよ。かなりトッピな設定なんだけど、本作ってトッピなところってアストロファージっていう存在を作ったところで、そっから先はその延長上に必然的にできてきてる流れだと思うんですよ。
大きい嘘はアストロファージとロッキーの星のエリディアンでしたっけ?
エリディアンには大きいフィクションはあるんだけど、そっから先って必然的に機能的に出てくる部分というか、
じゃあそんなエネルギーを全部質量に変えれるものがあったら、それを燃料にしたら高速飛行できますよねみたいなことをやるとか、その発想がすげえ。
SFとしてのベースのところだけ大きい嘘があって、そっから先は現実的なログチックを積み上げていくって、SFの理想だなって思うんですよ。
いわゆる古典的なSFというか、向こうのSFって、そもそも設定をすごい緻密に作っちゃったせいでわかりづらいとかってよくあると思うんですよ。
ブレードランナーとかともそうだと思いますけど、最初にそれを理解、飲み込まないとまず世界に入れませんみたいな。
その説明が長くて読むのをやめたみたいな。
起こりやすいですよね、SFってどうしても。
対してプロジェクトヘルメアリーって、宇宙のパートはさておきとして、地球パートは現在、明らかに限りなく現代に近い部分が舞台じゃないですか。
だから何の引っかかりもなくスルスル飲み込めるんですよね。
そうですね。だし、いわゆる科学的な分析とかに使う機器だったりとか、ソフトも普段使ってるスプレッドシートだとか、Windowsだとかみたいな話とかも出てくるの。
っていうのも、一応作中でちゃんと理由付けしてるじゃないですか。
新たに無重力化でできる機器を作るんじゃなくて、ちゃんと精度が担保されてる今の使えるような環境を作った方が早いだろみたいな。
そういうロジックちゃんと詰めてくるところは、やっぱさすがやなと思いました。
しかもそれに伴っても、もちろん科学描写というか、もう本当にグレイス先生の科学授業みたいな感じになっていくじゃないですか。
24:05
もちろん中学教師という設定もあることもしっかりですけど、それの科学の入門書としても完璧に出来上がってるというか。
そうですね。だし、やっぱりそういう、中学ぐらいで習うものも結構出てくるというか。
ここがフリコを使って、ここ地球じゃねえなって分かるみたいな。
1.5Gあるぞっていう。
それってまあ、中学ぐらいでやるよね、フリコの運動みたいな話ですし。
なんかその辺の、いわゆる本当に基礎科学というか、みたいなものを使って世界を読み解いていく営みみたいなもの。
それこそが科学の力じゃんっていうのを真正面からやってくれてるのが本当に嬉しくて。
なるほど。それはまあ、小説の話ですねってここはね。
そうですね。
めっちゃ注釈してあげますけど。
はい、小説の話でございます。
確かに。で、映画には確かにその辺ばっさりですよね、この辺に関しては。
そうなんですよね。冒頭びっくりしちゃって、別の太陽だって分かるまで早くねっていう。
そうですね。僕もやっぱりちょっとそこをやっぱりびっくりしましたからね。
結構やっぱ、すぐ元気になるやんみたいな。
もうめっちゃ時間かかりますよね、小説で読んでると。
もうめっちゃ回りくどいというか、それは混成状態で起き上がってくる人間なんで、そんなすぐあんな動き回れんやろみたいな感じになると思うんですけど。
映画ではそういうわけいかんなっていう感じで、ちょっとすぐ行くねっていうのはあったりとか。
あと映画オリジナルだなっていうのはやっぱあれですよね。
なんて言うんですかね。360度スクリーンみたいな、何て言うんですか。映像を映し出すスクリーンベアみたいなのがありましたよね。
ありましたね。
あれは原作なかったよね。あった?
なかったような。
なかった気がする。覚えてはいないですね、少なくとも。
多分あれはないよね。ないなって思ってるんですけど。
なんで足したのかなって思ったんですけど。
けどこれもでもどっちかというかロッキーとの関係性のところで聞いてくる話だったなっていう場所だったんですよね、あそこってやっぱり。
あと最初はもちろん地球が恋しいみたいな部分じゃないですけど、そういう部分もやっぱりあるだろうなっていう。
そうですね。しかも多分原作の方って亡くなってる仲間ってある程度敬意を払うシーンはあるんですけど、あんなにやってたかなっていうのをちょっと思って。
そうですね。結構定調に弔うシーン結構尺を取ってたと思うんですよね。やっぱすごい人間味を足してるというか。
確かに小説だとちょっとドライっていうかあっさりしてるなと思ったんで、僕あそこ足されてるのはすごく良かったなって思ってましたね。
僕逆にグレースあのぐらいあっさりしてるから地球変えなくてもいいやって結論に至れたんじゃないかなって思ってて。
27:06
うーん、そう?
これ完全に僕の解釈ですけど、地球に戻ることって彼にとってそんなにメリットがないんじゃないかなっていう。
メリットがないっていうのはどういうことなんでしょうかね。
なんていうんですかね、冒頭でそもそも冒頭というかあの物語映画でも描かれてましたけど、彼は地球を救うために命をかけろっていうところからまず逃げてるわけですよね。
で、ある程度地球の人たちっていうものに対して思い至るところはあるんだけど、でも多分本当の友達っていないんじゃないかなって思ったんですよ地球に。
うーん。
それをロッキーと出会ってっていうのが多分本当の意味での彼の友達って、その地球にいても彼はどうせ孤独なんだっていう感じが僕は結構大事なんじゃないかなって思って見てたんですけど。
うーん、なんか極端っすねって感じがするんですよね。
なんていうか、友達がもしかしたらいないみたいな話、そこまで描いてねーしなっていうのもあるんですけど、描いてないのでちょっと描かれてないことを言うのはどうかなっていうのもあるし、一応同じ種族なんで何かしらシンパシーはあるやろうみたいな。
で、だんだんロッキーを選ぶ気持ちはめっちゃわかりますけど。
なんかそれないと思っちゃったんだよなぁ、どちらかというと。原作だった時の自分の感覚としては。
そうなんですね。
なんか確かに結構大井さんと似たような感想を言ってる人確か僕も見たことあるんですけど、そんな極端かなぁみたいな風に思ったんですよね、そういう感想を見た時に。
ある意味ですけど、生贄に捧げられている存在でもあるわけで。
もちろんすっごい酷い目に合ってますよ、合ってるというか。それが人類全体に対しての憎悪に向くのか、僕はストラット個人ぐらいかなって思ったんですけど。
憎悪ってわけでもないというか。
憎悪というかクソったれみたいなぐらいの感じですよ。
なんか恨みでもなくも、まあ別にその天秤にかけた時に別にいいかなってなるぐらいと言えばいいのかな。
かなって思ってたんで、そう。なんで割とその人とも交流できる人なんだなっていうのが、映画版を見た時の感想ではあって。
結構単層にね、買い物とかしてましたもんね。
そうそうそうそう。
ショッピングセンターみたいなところで。
だからそのやり方するのは確かに地球に哀愁ぐらいなきゃダメだよなとも確かに思うんで。
質問は合ってるなと思ったんですよ。
そうか。
いや僕あの買い物シーン小説版やったら絶対なかったなと思ったんですけど、ストラットがそんな買い物行く暇あったら実験しろって言うと思うんで。
30:07
こっちが買いに行くからお前はラボに行き続けろって言うと思うんで、ストラットが絶対言ってきました。
まあそういう人ですからね。
そういう人ですよね。
だからあのシーンは結構関係性を作る映画的なシーンだなとは思ったんですけど、僕の中でラスト、地球に帰らないことを選ぶっていう部分の割り切りなんですけど、本作って基本バトンを渡し続ける話だと思うんですよね。
もう自分たちはここまでやりきったから次はもうバトンを渡しますって言って、そのバトンを渡した先を信じる話じゃないですか。
だから結局そのグレイスがアストロハージに対する対策が見つかったとして、まあそもそももう生きて帰れないプロジェクトだったっていうのもあるんですけど、ここまでやりきったんだからそっから先は任せますっていうので割り切れてる部分はあるかもしれない。
かなとは思うんですよね、そこは。
で、グレイスの思い入れ、もちろん自分が死にたくないっていう強烈な思いがあるんですけど、ただそれに対抗する彼の中の要素って生徒たちに対する思いなんですよね、彼の感情って。
自分は本当にヤバくなるまでに多分死ぬだろうけど、この子たちはそのヤバくなった地球を経験するんだっていう。
数少ないグレイスがこの事態に立ち向かう勇気を勇気の材料となる要素だと思うんですよ。
そこに対してグレイスはやりきってるから、もうそこで一旦納得してるんじゃないかなっていう感覚があるんですよね、僕的には。
もうここまではやりきった。で、もう後はこのバトンを渡す人のことを信じてるから、やってくれって言って、思ってそこで終わりきれてるのかなと思ってるんですけど、あんまり僕ドライに思ってなかったかもしれないです、グレイス。
なるほど、結構僕はそう捉えてるところもありました。
それは、オイスさんがそもそもサイエンティストだからじゃないですか。感情移入してる部分があるんじゃないですか。
かもしんないですね。だから、いざとなったら自分は人類を見捨てるのかもしれない。そうは言ってないけど。
そうですね、サイエンティストだからなのか、でも結局友情の話としてやっぱ取ってるからこそ、そういうふうな取り方もしてるっぽくもあるけどなっていう気がするんで。
その異性でもあって、全く違う存在だけど友情はあるっていう。
あるっていう。
そうそう、なんかそこを信じる話でもあると思うので、そこにやっぱある種気持ちがのって別途してるみたいな部分はあるかなと思います。
33:02
そこに僕は別途しつつも、でも地球も一緒だと思ってるよっていう感じですけど、それは。
オイスさんの見方をしたら、未知との遭遇の主人公みたいなとは思いました。
そうですね、確かに近いところあるかもしれない。本作でもちょっと一生前でありましたけど。
ちょっと本作見て思い出すSFの話もしといていいかなと思ってたんですけど、
まあ何より2001年宇宙の旅を思い出すなとは思いながら見てたんですけど、
というか宇宙撮ったら2001年宇宙の旅になるっていうのがあると思う。
それはあります。
インターステラー見ても思い出しますね。
じゃあゼログラビティとか見てたって思いますし、それは。
特にアストロファージーを観測できる状態にして赤いのが灯るじゃないですか。
あの赤い明かりが顔にめっちゃ当たる。2001年宇宙の旅のラストっぽいなって思って見てましたね。
てかそもそも戦外活動用の宇宙服も赤色って2001年宇宙の旅だなって思って。
ですよね。
オレンジでしたよね。
そうそうそうそう。
確かにそうですね。
他であんま見ないぞって思いながら見てて。
そこはめっちゃあるだろうなとは思って。
エイリアンとの遭遇ものでもあるから、
未知との遭遇というよりはETよりだとは思うんですよね。
友達になるとことかもそうですよね。
そこでコミュニケーション完全に取れるようになるっていうのはちょっと異色なんですけど。
そうですね。
メッセージとかも一緒に思い出したりもしましたけど。
ちょっとそこは飛躍してるって言うとあれですけど、
ここまで仲良く異星人となるみたいな話そんなないと思うんですけど。
現実ベースの話ですよ。
そこが本作の魅力というかじゃないけど、
基本的にすごい理想にあふれた話だと思うんですよね。
この映画の対比として挙げざるを得ないんですけど、
現実はドントルックアップみたいな映画になることが確定してるじゃないですか、正直。
そうなんでしょうね、きっと。
僕たちはあれ?みんな一致団結してインディベンデンスデイみたいなことできるって思ってたのに、
あ、できないんだねって言うし。
あんま信じたくなかったんだけど、本当っぽいねっていう。
だからドントルックアップのことも全然笑えない作になっちゃったと思うんですけど、今って。
けどそれでも一致団結、本当に身分も立場も種族すらも違う人と、
何か一致団結して大きな問題に取り組めるんじゃないかみたいなものを、
36:04
今このタイミングで信じる物語、映画ができてくれてることはめっちゃ嬉しい。
完全にコミュニケーション取れるようになるっていう部分の肝かなって思ってる部分があって、
それが科学なんですよね。
他者であるとか、あるいは上位存在としての異星人みたいなSFっていくらでもあると思うんですよ。
もう分かり合えないですよねとか、
あるいはコミュニケーション取れてるけど彼らの方が上位の存在ですよねみたいなSFっていっぱいあると思うんですけど、
本作は対等。
持ってる技能が違って、それらを補う対等な関係になるんですよ。
その対等さを担保してるのが科学っていう部分だと思ってて、
本作って基準を擦り合わせていくシーン、むちゃくちゃ大事だと思うんですよ。
お互い軟心法とかそういうところから確認し合って、
確か長さか何かの単位を擦り合わせるのに原子か何かの振動の波長で決めてたと思うんですよ。
やってましたね。そんな感じのことを。
そういうところから宇宙基準でのユニバーサルなラインを決めていってるっていう、
すごい科学的なアプローチだと思うんですよね。
それの繰り返しだと思うんです。本作って。
だから対等になり得るっていう。
だからやっぱり言葉擦り合わせていくシーン、僕もうちょっと厚みが欲しかったというか、
我々違いますよねっていうところを分かり合っていく部分がそこにあるっていうのはすごい大事だと思うんですよね。
長さとか時間の単位って地球上基準じゃないですか。
まず1メートルって地球基準だし、
受信法は僕らの指の数が10本だからそれ基準なわけじゃないですか。
ものすごく地球っていうローカルルールだけど、
それをユニバーサルなルールに繋ぎ直していくって作業を双方できたからコミュニケーション取れてるっていう話だと思うんですよね。
だから相手も科学者だったからこれができているっていう話だと思うんですよ。
なんかそこに対する希望というよりは必然性。
いやそんな異星人と仲良くなれるかいとかっていう気もするんだけど、
いやでもこうなりそうだな。なぜなら双方が科学者だからっていう。
科学的に双方アプローチ取ったらコミュニケーション取れるようになる気はするなっていうふうな納得がすごいあったんですよ。
だから僕そこに対しては必然の契着だなと思ってて、本作のあの二人が繋がるっていうことは。
だから割とその心情で仲良くなったとかというよりも、
バックグラウンドにあるそれぞれの知識を擦り合わせていく過程が尊いものであって、
39:02
それを経験してそれを元にそれぞれの思考というかアイデアを使って何かを乗り越えたっていうこと自体で友情が育まれるっていう。
その前に例えば心情的に近いものがあったりとかっていうことではないというか、
人格ではないところで繋がれるというか。
なんかそこがすごいいいなと思ったんですよね。
だから世界がこうだったらよかったのになとは思ってますけど。
そうですね。
科学を信じないぞみたいな人がいっぱいいるみたいな世界になってきてるので。
あるいはその雑な科学振興もマイナスに働くので。
それもそうですね。
その科学って答えではなくてアプローチの話だから。
そうそうそう。
科学がこうだからこれが正しいじゃなくて。
そうじゃなくて今んとここうかもねって言う。
でもアプローチ変えたら変わるかもねっていうことの連続性の中にあるものじゃないですか、科学って。
そうですね。
そうなんですよそうなんですよ。
それを信じようっていう話だと思うんですよね。
疑いながら仮説検証を繰り返していこうっていう。
確かにね。
もうそうですね。
アストロファージの問題を解決するにはどうするかっていうことを考えて考えていろいろ実験して採取して危険な目に遭いながらもみたいな。
そうやって答えが見つかっていくって言わないけど。
なんとかこれなら生きるんじゃないかみたいなものを見つけていくみたいな。
このまた諸説の話しちゃいますけど。
この話の好きなところ、どろくさいところって言ったんですけど。
さっき山口さんもおっしゃった通りで。
その予想ができないことがどんどん起こるじゃないですか。
当然の季節として。
それはだから2人はもうこの分野では最高峰のサイエンティストなわけですけど。
その2人が予想できないことにどんどん立ち向かわざるを得ないわけですよ。
気が付いたら汚いとか多分メンバーが漏れ始めたりとか。
そこがやっぱり科学だなというか。
科学が万能な道具ではなく、しかも何も答えを与えてくれるものでもなく。
妥当な推論を繰り返させるものであり。
そこで間違えたらそこでまた仮説を作り直してもう1回そこに挑み続けるっていう営みだから。
それが描かれてるのがすごい嬉しかったんですよね。
まず冒頭からして予想外のことが起こってるわけですよ。
乗組員3分の2が死んでるってとこから始まって、
一方でロッキーの側は自分以外全員死んでるわけじゃないですか。
ロッキーの側が自分以外みんな死んでるのは理由は明確で、
宇宙船に対する知識がなかったからっていう部分があって、
それを指摘できるのは地球人類が宇宙船に対する知識があるからそれをすぐに判断できるけど、
42:01
彼らはまだそのところまで到達してなかったからそうなってるわけじゃないですか。
一方でプロジェクトヘイルメアリー側の2人が死んでたのは、
まだ原因が明確になってないですよね。
でも当然そういうことは起こるっていう。
我々はその理由にまだ到達していないからっていう。
それが連続していくっていうね。
まだたどり着いてないリスクが常にあり続けるっていう。
本当にやったらこれで帰れるってなった後、燃料タンクがタウンウェーバーに食べられてたところとか、
でもこれだよなって思うんですよ。トラブルってこれのことだよなって。
果たしてタウンウェーバーを地球に送ったからって本当に解決かも分かんないですよ。
そうなんですよ。
ちょっとそれは覚えましたね。
沖縄のハブを駆逐しようと思ってマングース放り出したらとんでもないことになったみたいなことは起きそうだよなとはちょっと思いましたよ。
侵略的外来種ですかね。
これはこれでまた生態系というかね。
微生物だからウイルスとはちょっと違うけど、
みたいなことが起こるよねみたいなのは思いましたよ。
近世でどんな進化が起こるか分かったもんじゃないですかね。
それに僕ね、アストロハージという技術を手に入れた後の地球人類の行動が怖くて怖くてしょうがないんですよ。
そうですよね。
確かに夢のエネルギーだもんなっていう。
絶対ろくでもないことしますから本当に。
あくまで映画ではワルシュ・グレイスの希望として届いてましたけど、何年後かなストラットに。
その頃地球あるかどうか分かったもんじゃないですかね。
あるいは自分たちよりもある側面において高度な技術を持っている異星人の存在を認知した地球人類がどういう行動に出るのかとか考えだすとむちゃくちゃ恐ろしいんですよ。
ただ僕そこは問わないのは本作の良さだと思ってて。
グレイスはもうそのバトンを渡したからグレイスにそのことをまだ背負わせちゃダメだと思うんですよ。
それを考えてそれに対応していくのはそのバトンを渡された側だからグレイスのやったことは結局次の新たな火種になりましたなんて言っちゃダメだと思うんですよね。
彼の物語はもう終わったから地球上での彼の物語も終わってるからそこは問わないっていう。
ただバトンを繋がれたっていうことだけを描くっていうのはクールだと思ってて。
まさにそのバトンを繋ぐという行為自体にもそこそこ地っていう作品もありましたけどそれに近いというか。
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科学の営み自体はそもそもそのバトンを渡しながら次に繋いでいく話でもあるよねっていうのもありますし。
そのバトンを繋ぐの話なんですけど僕裏主人公はストラットだと思ってるんですけど。
彼女は科学ではなくて人文知の側の存在なんですよね。
小説下巻での彼女の告白って僕本作で最も重要なとこなんじゃないかなってぐらいに思ってるんですけど。
彼女は歴史を学んでいて人類が何を知りかすかっていうのは分かってるんだと。
それを防ぐためにはプロジェクトヘイルメアリーしかないっていう。
それ神のみであろうともこの悲劇をただ待つよりは何かやるっていう。
その問いって僕めちゃくちゃ大事だなと思って。
バトンを繋ぐのは科学がやることなんですけどそのバトンを繋ぐ意味を語るのは人文知じゃないですか。
それをできるのは彼女なんですよね。
ちゃんとその側面があるというか。
だからアストロファージーっていう技術が手に入った先の人類が過ちを犯さないためには絶対にそれが必要なんですよね。
アストロファージーの危機を乗り越えた次の危機も含めてそれを人文知によって成し遂げていかないといけないわけですよ。
その視点というかその視野があると思うんですよね。
むちゃくちゃ大事だと思ってて映画にはなかったんですけど、ただ代わりにストラットのカラオケシーンがあって。
いやもうそれ。素晴らしいと思ったんですけどね。
あれめっちゃ大事ですよね。僕は映画版のハクビのシーンだと思ってるんですけど。
本当に確かにその人文学の視点での話みたいな部分だとかあとあれですよね。
ちょっと話も出ましたけど南極の氷を核爆弾でバーンって壊して溶かして温暖化促進させようみたいな。
蒸気を石田選択をするみたいな話とかをしてもらうわけです。するわけですけど彼女は。
劇中はちょっとそれは薄くはなってるんですけど映画で。
それはグレースに対するあるものを突きつけたっていうことに全部代用してるんだろうなと思ったんですよね。劇中に関しては。
でもそういう鬼みたいなことする人の中でもそういう人間味はあるぞみたいな話というか。
そういう割り切れなさじゃないですけど複雑さっていうのがなんかサラッとというか描けてるのはやっぱりこの絵がやっぱりすごいいいとこだと思うんですよね僕はね。
もう小説小説ばっか言ってますけど皆さんね。わかりますけどね。
今日大半の話小説の話だったんじゃねえのかって思いますけど。
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僕小説版ストラットもっと嫌われてたと思うんですよね。
そうですねそうですね。
映画版そんな嫌われてないというかむしろある程度好かれてた感じもあって。
でそこを映画版の尺の中で小説で語り得たストラットに対する語りしろが十分にない中でストラットを語るためのやり方として一つのやり方だなとは思いました映画版は。
カラオケかなるほどなと思って。
あとその描写としては足りなかったっていう話かもしれないんですけど、
ストラットというキャラクターのちょっと冷徹さみたいな部分をザンドラヒラーというキャスティングでこなしてると思うんですけど僕は。
そうですねそうだと思います。
あのめちゃくちゃいいキャスティングだと思うんですよザンドラヒラーって。
的確。
的確じゃないですか。
まあまずもともと設定としても確かヨーロッパ?ドイツとかの人でしたよね確かね。
EUの宇宙機関みたいなそんな感じのところの長官だった人がプロジェクトヘルメアリーを進めることになったみたいな感じの話だったと思うんですけど、
まあ国もだいたい合ってるというかねヨーロッパ系の人。ヨーロッパからのキャスティングみたいな部分でもあるし、
やっぱりちょっと目つきがちょっとキリッとしてるじゃないですか。ちょっと冷徹感のある感じというか。
もうある中でやっぱふとカラオケのシーンとか見るとちょっと消え入りそうな歌声を披露してくれるみたいなあたりのニュアンス?いやもうバッチリでしょみたいな。
そうですねもう落下の解剖学であったりとか感心領域であったりとかでこう。
僕は見てないけど多分ありがとうドニエルドマンとか見たらその辺もすごくね納得するんでしょうねって思うんですよ。
そうですね結構スタラットに対する手触りは慎重にやられてた映画だったような気もします。
この尺の中でよくそこもしっかりとっていう。
もちろんその全部決め細やかに描いたらなんかもっとわーってなったと思うんですけど、
じゃあ限られた制約でこれ映像化してくださいってやった時めっちゃ上手いなって思いますけどねその辺はやっぱり。
いやもちろんあれですよ大石さんの良かった部分が全部なかったみたいな全部とは言わせんけど悲しいぐらいなかったと寂しかったともちろんわかりますけどもちろんもちろん。
わかりますクリストファーミラーとフィルロードめっちゃ頑張ったと思ってて絶対彼らうんち出したかったと思うんですよ絶対うんち好きでしょ。
いや好きですあの人たちは好きです確かにあの人たちは好きな人です。
燃料タンクいっぱいのうんちとか絶対入れたかったと思うんですけど苦渋の決断でうんち削るぞって言って削ってると思うんですよ。
あと尿管から血の線が出るとか絶対描きたいんだろうなって思ったんですけどね。
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そこでねペトローバーラインのことを思い出すっていうね。
ありますよね。
もうそこでプロジェクトヘイルメアリーってタイトル出てもいいぐらいだなと思いました。
あのタイトルねえりそうですけどそういうところ全部ねある種真面目に切り取ってというか。
そう真面目にやってるし意外と変なところで笑いは取ってくるというか。
エロイルストリップとかね。
あとあの宇宙船がぴったり張り付いてくるっていうのも小説でもやってたかもしれないけど映像で見るとちゃんとおもろい場面になってましたよね。
あのプシュープシューって言ってこうやめろよってぐらいぴったりついてくるじゃんみたいな。
ああいう面白さとかはやっぱり映画ならではだと思いますし。
いや僕あれいいシーンだと思ってて。
だから言語コミュニケーションができない段階でのコミュニケーションってゼスチャーになるわけじゃないですか。
だからその後で身体で真似するっていうコミュニケーションをやりますけどその前に宇宙船同士でゼスチャーし合うっていうのは結構コミュニケーションの段階として必要だと思うんですよ。
そうですよね。
サイレント映画で成立する面白さがいるシーンだと思うんですよね。あそこって。
でそれじゃないですかあそこって。
そうそうそうそう。
だからあそこは納得だなと思うし、回りだしたらもう一歩回ったりとか。
そうそうそうそうとか、送り物のやり取りするシーンって小説でもありますけど、
あの辺とかもやっぱり映画の方がよりこうなんて言うんですかね、やり取りが映画的というか、あと面白くなんかなってる部分はあるなと思ったんですよね。
で僕はそういうとこが好きだったので一番、この原作の中でも一番盛り上がってた部分だったので。
僕の盛り上がりポイントって上巻で終わってるんですよね実はっていう。
上巻のラストの方でね。
そうなんですよ、上巻見たら終わってるっちゃ終わってたっていうか。
これ正直な話ですよ、だんだんロッキーという存在が超便利なご都合キャラっぽくも見えてくるんですよ正直。
まあまあまあ。
まあわかりますわかります。
なんでも作りすぎるやろみたいな、ちょっと思っちゃうとこがあってちょっとだけしらけてた部分がありましたね。
まあそれはわかるというか、彼ら手先の器用さだけで宇宙まで進出してる。
だから正直僕劇中小説で新しく燃料タンク作ったよとかは、いやまあわかるけどさ、なんかすごいなってちょっと思っちゃった部分があったので。
僕が結構あそこバッサリそういうとこ切ってんのは、僕はいいなって思ってました。
54:02
確かに確かに。
確かにね、便利すぎるかもしれない。
便利すぎるんですよ、なんでもできすぎるから。
後半の話したいことを盛るために他のところ全部、これまで泥臭かったところ全部カットしてますからねある意味。
あれは小説は小説版で。
そうそうそうそう。
僕あのやっぱ小説の泥臭さやっぱ好きで、もう一個めっちゃ好きなシーンあって、10キロの鎖繋ぐシーンなんですけど。
確かにね。
あそこうんざりしながら10キロの鎖、10キロメートルの鎖繋いでいくシーンあれめっちゃ好きで。
実際あのタウン銘馬の散布祭祀のところで絶対失敗できないっていう展開って、あれもうあの鎖を作りたくないからっていうのもあったと思うんですよ。
まあそりゃそうです。
10キロはね。
なんかそれあそこめっちゃ好きだったから。
確かに。
とかね、あのそういうのも思いつつ。
だからなんて言うんですかね、まあ映画版から見た人は是非とも原作もっていうなんかよくある落とし方になっちゃいますけど。
だと思いますし、正直まあこれもうわかんないですけど、やっぱりなんか原作から見て映画見てるとやっぱりいろいろ説明不足感はやっぱちょっとあると思ったんですよ。
なんでこれがこうなるのとかわかってんのかなみんなみたいな。
まあ原作でこんなん言ってたなってなんとなくうろ覚えで見ながら僕映画を見てたんで、その辺は補完できてるんですけど。
だからまあもともと読みたかったからしょうがないんですけど、ここはあえて僕映画から行ったほうが良かったかもしれないなっていう気もちょっとして。
それはそうかも。
それは思います。
映画を見て、まあそろそろね、読む前にネタバレネタバレってすごい言われるタイプの小説。
正直読む前に特報を見てたので、なんか出るんだなと知ってたから、だから僕正直これそんなネタバレネタバレ言わんでもよかったんではっていう気持ちあるんですけど。
それはそうだと思います。予告みたいなのが当たるともうそうなります。
けどやっぱり前知識なく見て、え?あそこに別の宇宙人が?みたいになってほしいみたいな気持ちはやっぱり人が多かったってことなんですよね。
ネタバレネタバレってあんなに言うってやっぱりそこですよね。
かつ、やっぱりそもそもここが宇宙かどうかもわからないっていうところからのスタートだったりもするので。
それは表紙見たらわかるじゃん。
だからよく言われてるのは表紙すら見るなって言われてましたけど。
ネタバレ嫌だぜの嫌なとこ出てるなって正直思いますけど僕は。うるさいですって思っちゃいますけど。
でもその対応系じゃないっていうところあたりからは少なくとも、やっぱり知られずに見ていくっていう体験型の多分小説でもあると思うので。
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あとそういう意味では意外と小説通りにやってるなっていうのはちょっと。
それはもう思いました。
流れは本当にそう思います。
いわゆるちょっとこれオープニングトークなんかの回で言った気がしますけど、
ソウとかデスゲームモノとかに近い始まりだと思ってるんですけど。
映画でもそういうのはあるし、やっぱそのままやるんだなっていうのはちょっと思ったりはしましたね。
あと僕本作の中で一番大事な隠されてる要素って、
グレイスがプロジェクトヘイルメアリーに参加することを自分で選んだんじゃなかったっていう部分だと思うんですよね。
最大の隠され要素って。
自分はそこに挑んだ側じゃなかったんだって気づいた上で何を選ぶかって話じゃないですか。
そうですねそこもねすごくいいところ。
ロッキー登場って半分折り返し地点手前ぐらいだから、
むしろこう映画の予告で出て全然おかしくない範疇なんですよね。
一般的な映画の予告で。
前半3分の1ぐらいまでは言っていいぐらいの感覚あると思うんですよね。
映画の予告って。
それぐらい分からないと映画を見に行こうって思わないから。
そうですね見に行くインセンティブはないですもんね。
そうそうそう。
ある程度情報ないと見に行かないんで、
こういう時ネタバレネタバレって言ってくるとね、
もうじゃあ見ませんみたいな人増えますけどね逆にって思ってますけど。
ちょっと僕それに関して最近文脈マッチョだなって思ってます。
だからプロジェクトヘイルメアリーはこういう風に体験されなければならないという感じは
結構マチ妻だなとは思ってて。
でも小説って最後から読む人とかもいるような媒体なんですけどね。
いますよねそういう人ね。
それすらも許してはいる。
小説って時間芸術じゃないので、
どうとでもできるんですよね。
むしろ文脈ってものからすごい離れてる。
映画の方がはるかに文脈ってガチガチのはずなんですけど、
この順番にこの時間のペースで見てくださいっていうのが一応決められてるものですけど、
小説ってもっとぐちゃぐちゃだから、
もうなんか読んだ後次読み始めるのいつでもいいし、
逆から読んでもいいしみたいな自由度高いので、
結構その小説の体験ってこうあるべきって言い切るの相当難しいと思ってるんですけど、
割とそれを固定化するのってかなりマッチョな考え方だなって気も最近したんですよね。
と言いつつ僕ら今日小説の話ばっかしちゃいましたけどね。
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僕だけですよ映画の話してんのみたいな。
っていうのは言い過ぎですけど。
だってね。
まあまあまあ。
そのプロジェクトヘイルメアリーというより大きな文房でこの会話聞いていただけたかなと。
まあそうですね。
なんかもうもはや小説と映画見て補完し合ってる部分あるのでやっぱり。
小説にあのカラオケのシーンがあったら絶対最高じゃないかみたいなとかはあったりするわけなので。
だからもう本当に両方楽しめますよっていう。
なんか大石作へとめっちゃ奥歯になんか物挟まったみたいな感じの言い方になるなあ。
でもそれともちょっとだけ言えるのは小説でやっぱりビジュアルって結構難しいと思ったんで。
読んでても。
やっぱりイメージの難しさはかなり強い作品だな。
それはSFなので仕方ないんですけどと思ったので。
映画見た方がイメージはしやすくなるからやっぱり読みやすくなると思いました。
少なくとも。
なんで全然映画見てから原作でも全然いいし。
うん。
っていう。
はい。
はい。
じゃあちょっと時間が来てしまったのでそんな感じでプロジェクトヘイルメアリーの話は終わっておこうかなと思います。
それではお知らせになります。
映画の話し過ぎれば次回開催日は現在調整中です。
大阪の南森町週刊周りを拠点に定期開催しておりますので最新情報はx曜日インスタグラムをご確認ください。
そして5月9日土曜日に東京で映画の話し過ぎる場を開催します場所はイベント場エデン日ポリ18時オープン23時クローズです。
また5月10日日曜日に開催されるポッドキャストウィークエンド2026にて映画の話し過ぎるラジオのジーンを販売しますのでそちらも併せて遊びに来てください。
またこの番組ではお便りを募集しております番組全体やトークテーマ作品に向けてご自由にお送りくださいませ。
場の最新情報次回テーマはx曜日インスタグラムで告知しております各ご案内は番組説明文をご確認くださいませ。
それでは映画の話し過ぎるラジオ第256回プロジェクトヘイルメアリーの回を終わりたいと思います。
それではまたお会いしましょう。さよなら。
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