今日のテーマトークは、プロジェクト・ヘイル・メアリーです。
はい、ではマリオンさん解説お願いします。
はい、映画.comより解説読ませていただきます。
アカデミー賞7部門にノミネートされた、オデッセイの原作、火星の人、などで知られる作家アンディ・ウィアーのベストセラーSF小説を映画化、
滅亡の危機に瀕した地球の運命を託された中学の科学教師が、宇宙の果てで同じ目的を持つ未知の生命体と出会い、
共に命を懸けて故郷を救うミッションに挑む姿を描く。
太陽のエネルギーが奪われるという原因不明の異常現象が発生。
このままでは地球は冷却し、人類は滅亡してしまう。
同じ現象が太陽だけでなく、宇宙に散らばる無数の光勢で起こっていることが判明し、
11.9光年先に唯一無事な星が発見される。
人類に残された即は、宇宙船でその星に向かい、太陽と人類を救うための謎を解くことだった。
このヘイルメアリー・イチカバチカプロジェクトのため、宇宙に送り込まれたのは優秀な科学者でありながら学界を去り、
今は知がない中学教師をしていたグレースだった。
彼は地球から遠く離れた宇宙でたった一人、自らの科学知識を頼りにミッションに臨み、
そこで同じく母星を救おうと奮闘していた異星人ロッキーと出会う。
姿形も言葉も違う二人は、科学を共通の言語にして難題に立ち向かい、その過程で友情を育んでいくが、
主人公の中学教師グレースをララランとバービーのライアン・ゴズリングが演じ、
落下の解剖学・感心領域のザンドラ・ヒュラーが教演。
オデッセイも手掛けたドリュー・ゴダードが脚本を担当し、
スパイダーマン・スパイダーバースシリーズの制作脚本などで知られるフィル・ロード&クリストファー・ミラーが監督を務めた。
はい、それではここから内容に触れる話に入っていきますので、
ネタバレ気にされる方がいらっしゃったら、ぜひ見てから聞いていただけたらと思います。
あと、小説の話しますよね、たぶん。
しますね。
いや、するでしょうね。
しますね。
それはしますよ。
だから、小説のネタバレもします。
はい。
その上で聞いてください。
はい。
では、最後の感想、マリオンさんいかがでした。
はい、そうですね。
特にラジオでは言ってなかったんですけど、無事小説を読み終わってから映画に臨むことができまして、
あの、お二人から読め読めというハラスメントを受けましたので、
いや、ありがたかったですけどね、読もうと思ってたので。
で、読んだ上で見たんですけど、
あの、めっちゃよかったけど、なんか足らんなみたいな気持ちがハンハンみたいな複雑な感情があります。
はい。
これはちょっとあのね、この作品どうこうというよりかは、
初めて映画に臨む時の感覚として、原作を先に読むべきか読まないべきか論争についてちょっとめっちゃ考えてしまうみたいな、
っていうところがちょっとありました。
あともう一個ちょっと失敗したなって思ってることがあって、
これは完全に失敗したなって思ってるんですけど、
これレーザーイマックスで見るべきだったなっていう。
それはね。
っていう風にちょっと思いました。
画角が宇宙パートと地球パートで明らか違うんですよね。
それは普通の劇場で見た時にもわかるんですけど、
地球パートがね、もうよりちっちゃーく見えるんですよね。
額縁上映みたいな感じになってて、
あんまちょっと今日遅がれるなっていう感覚がすごいあったので、
レーザーイマックスで見に行きたいなってちょっと思いましたね。
で、まあ作品そのもの自体は、僕めっちゃ面白かったと思ってますけど、
なんか原作の情報量めっちゃ削がれてるというか、
まあそれはしょうがないんですけど、
てか原作読んでないとこの辺りわからんくないかみたいな、
結構あるような気がしていて、
結構ガンガン進んでいくなっていう。
まあガンガン進んでようやく2時間半みたいな作品なので、
まあでもそのぐらい規模感のでかい作品だもんなと思いつつも、
まあいろいろカットされてることを思うとなーみたいなことを思っちゃうっていう複雑な感情が正直あるっていうのが本音ですかね。
でもなんか僕が原作読んで良かったなって思ってる部分というかは、
緻密な科学描写というよりかは、
映画の方のストーリーのキャッチの仕方の方に個人的にはめっちゃ近かったので、
そういう意味では僕はすごくいい映画家だったし、楽しかったって思えてるのはそういう部分ですかね。
まあと言いつつもでもあの科学描写の大量さもなんか結構スキっちゃスキだったかもなーみたいなのはちょっと映画を見渡り思ったりもしたんですけど、
あのすごい何とも逃げ切れがん感想で申し訳ないですっていう。
でもめっちゃ面白かったとは思ってます。
はい大井さんいかがでした。
どういう話しようかなーってずーっと見終わったとから考え続けてるんですよ。
あの複雑です。
あのですねー何だろう映像化としては、
まあ何だろう大衆演芸として正解を出してきたなって感じはすごいしたんですよ。
そのこれだけ要素がある原作の中の、言ってしまえば友情の部分だけをチョイスしてきたというか、
そこにかなりフォーカスを当ててやるって、
まあそうだよな、それはもう大ヒットさせなきゃいけないハリウッド映画であればその選択を取るよなっていうのは
重々理解できるし、それがこの原作の中の良かったパートの一つなの間違いないので、
あのすごい的確な映像化だなとは思いました。
思いましたけど、僕マリオンさんとはちょっとだけこう食い違うところというか、
僕の好きだった原作の部分は全部なくなっていた。
あー。
全てなくなっていたと言っていい?
あー。
なるほどな。
のですよと言って。
で、このラジオでも何回か言ってる通り、一応その理系である程度研究、今はそれに近いような仕事をしていると、
SFが楽しめなくなってくるんですよ、だんだん。
というのはSFの中の嘘と本当が分かってしまうというか、
言ってしまうと、これなんか前も話したことある気がするんですけど、
手品の種を分かった上で見るような気持ちにどんどんなってくるんですね。
SFを読んでると。
はいはいはい。
で、だから結構逆に言えば職商気味なんですよ、SFって。
はいはい。
あんまりなんか、あーここですごい飛躍飛んできたなーみたいな感じで、
あんまり楽しめないなーっていう突っ込みが入ってしまうというか、
っていうところが多々あったんですけど、このアンディ・ウィアーの原作のプロジェクトヘールメアリーは、
そういうのが1ミリたりともないのを楽しめた、器用な作品で。
しかもテーマになってる、物理学みたいなところも結構あると思うんですけど、
テーマになってるのは結構生物の話なんですよね。
分生物の話が結構な重量を経て描かれてる。
しかも途中以降は人工進化というか、進化を使ってどうにか攻略しようっていう話にもなっていく。
その努力方みたいなのもすごく的確に書いてあるっていう。
そのところにめちゃくちゃこう、
まだ自分を楽しませてくれる創作物があるんだっていう楽しみ方をしてたところもあって、
その感動もあったんですけど、
例えば冒頭の、今自分はどこにいるんだろうっていうのを、
科学的ないろいろな方法を得て調べていくっていう描写であったりとかっていうのが、
ことごとカットされてまして、
なんか、あーそっかここって、
みんなはそんなに楽しくなかった場所なんだっていうがっかりが一番でかかったというか、
あ、プロジェクトヘルメリー好きって言ってる人、みんなここそんな好きじゃなかったんだって思って、
いやまあそうだろうけどっていう。
いや、そういうわけじゃないんですよっていう。
そういうわけじゃないんですけどっていうね。
映画として楽しむというか、
この映画を作った人たちはそこをカットしたんだなっていう寂しさを、
ずっと覚えながら映画を見終わりました。
だから、一番正しい表現は、
面白かったとかではなく寂しかったが正解だなっていう。
そういう気持ちなのでちょっと複雑な感情です。
ただ、ヒットはしてほしいと思ってるので。
すごい愛憎入り混じる感じで起きてますっていう感じです。
えーっとですね。
すいません、物足りなかったです。
物足りなかったです。
これね、原作読むべきかそうじゃないかみたいなところに一生懸命するのは僕嫌なんですけど、
これ読んでしまったら物足りなく感じちゃいましたね。
僕、いろんなことやっていく部分が好きだったんですけど、
結構関係性にフォーカスしていってるから、
ちょっとその部分物足りなくて。
僕が一番原作小説の中で好きなの、
燃料タンクの中がウンチまみれになってるところなんですけど。
宇宙的存在もウンチ出すんやみたいなのが面白くて。
あと、温室効果ガス出すために南極を核爆破するところとか。
化学って怖ぇっていう感情を同時に抱えながらやってるところが、
本作の僕好きなところなんですよね。
今やってることはむちゃくちゃ恐ろしいことだぞっていうのをかみしめながら、
でもこれしかないんだなっていうのを読みながら苦渋の決断をしていってるところが好きなんですよ。
僕、しばしば映画の話するときに言ってることで、
トロッコ問題を雑に扱われるのむっちゃ嫌なんですよ。
トロッコ問題は試行実験であって、
それで何か分かった気にならないよって思うんですけど、
僕本作ってトロッコ問題の究極形の問いの話だなと思ってて、
地球守るためには地球温暖化を呼ぶしかねえみたいなことをやるわけじゃないですか。
核兵器を使わないといけないみたいな、
もう地球の気候が変わるぐらいとんでもない設備を作らないといけないとか、
多分あっちこっちの国の政治が乱れるぐらい一つの目的のためにリソースを集中させないといけないみたいな、
やばい選択がこの物語の裏でむちゃくちゃ行われてるんですよ。
それがやべえって思いながら、でもそれを選ぶって思いながらやるとダメなんですよ。
あとこの話ってトロッコのレバーをどっちに向けるかじゃなくって、
本当はあのトロッコって別の手段によってどけられるんじゃないかってことを探し続ける話でもあるんですよ。
そこが本当の意味でトロッコ問題の試行実験として価値のあることだと思うんですよ。
レバーをどっちに向けるしか答えがないわけじゃないんじゃないみたいなことを、
それが科学じゃないですか。
それをやってるから僕はこの話むちゃくちゃ好きなんですよ。
そこがやっぱり結構命をかけるかどうかにフォーカスが当たりすぎているような気がしてしまう。
その間のグラデーション結構多いんだけどなとは思ってはいて、
でも結局関係性にフォーカスすると、
自己犠牲するか否かみたいな話になるとは思うんですよ。
そこが悪いとかじゃなく物足りないんですよ。
別に映画がそれを語れてないわけではなく、
小説がその間にものすごい量の情報でもっと語ってたから、
物足りねえと思っちゃってごめんなさいという感じがする。
そうなんだよな。
そうなんですよね。
この後そこを補っていきたいなと思ってます。
もちろん中学教師という設定もあることもしっかりですけど、それの科学の入門書としても完璧に出来上がってるというか。
そうですね。だし、やっぱりそういう、中学ぐらいで習うものも結構出てくるというか。
ここがフリコを使って、ここ地球じゃねえなって分かるみたいな。
1.5Gあるぞっていう。
それってまあ、中学ぐらいでやるよね、フリコの運動みたいな話ですし。
なんかその辺の、いわゆる本当に基礎科学というか、みたいなものを使って世界を読み解いていく営みみたいなもの。
それこそが科学の力じゃんっていうのを真正面からやってくれてるのが本当に嬉しくて。
なるほど。それはまあ、小説の話ですねってここはね。
そうですね。
めっちゃ注釈してあげますけど。
はい、小説の話でございます。
確かに。で、映画には確かにその辺ばっさりですよね、この辺に関しては。
そうなんですよね。冒頭びっくりしちゃって、別の太陽だって分かるまで早くねっていう。
そうですね。僕もやっぱりちょっとそこをやっぱりびっくりしましたからね。
結構やっぱ、すぐ元気になるやんみたいな。
もうめっちゃ時間かかりますよね、小説で読んでると。
もうめっちゃ回りくどいというか、それは混成状態で起き上がってくる人間なんで、そんなすぐあんな動き回れんやろみたいな感じになると思うんですけど。
映画ではそういうわけいかんなっていう感じで、ちょっとすぐ行くねっていうのはあったりとか。
あと映画オリジナルだなっていうのはやっぱあれですよね。
なんて言うんですかね。360度スクリーンみたいな、何て言うんですか。映像を映し出すスクリーンベアみたいなのがありましたよね。
ありましたね。
あれは原作なかったよね。あった?
なかったような。
なかった気がする。覚えてはいないですね、少なくとも。
多分あれはないよね。ないなって思ってるんですけど。
なんで足したのかなって思ったんですけど。
けどこれもでもどっちかというかロッキーとの関係性のところで聞いてくる話だったなっていう場所だったんですよね、あそこってやっぱり。
あと最初はもちろん地球が恋しいみたいな部分じゃないですけど、そういう部分もやっぱりあるだろうなっていう。
そうですね。しかも多分原作の方って亡くなってる仲間ってある程度敬意を払うシーンはあるんですけど、あんなにやってたかなっていうのをちょっと思って。
そうですね。結構定調に弔うシーン結構尺を取ってたと思うんですよね。やっぱすごい人間味を足してるというか。
確かに小説だとちょっとドライっていうかあっさりしてるなと思ったんで、僕あそこ足されてるのはすごく良かったなって思ってましたね。
僕逆にグレースあのぐらいあっさりしてるから地球変えなくてもいいやって結論に至れたんじゃないかなって思ってて。
科学の営み自体はそもそもそのバトンを渡しながら次に繋いでいく話でもあるよねっていうのもありますし。
そのバトンを繋ぐの話なんですけど僕裏主人公はストラットだと思ってるんですけど。
彼女は科学ではなくて人文知の側の存在なんですよね。
小説下巻での彼女の告白って僕本作で最も重要なとこなんじゃないかなってぐらいに思ってるんですけど。
彼女は歴史を学んでいて人類が何を知りかすかっていうのは分かってるんだと。
それを防ぐためにはプロジェクトヘイルメアリーしかないっていう。
それ神のみであろうともこの悲劇をただ待つよりは何かやるっていう。
その問いって僕めちゃくちゃ大事だなと思って。
バトンを繋ぐのは科学がやることなんですけどそのバトンを繋ぐ意味を語るのは人文知じゃないですか。
それをできるのは彼女なんですよね。
ちゃんとその側面があるというか。
だからアストロファージーっていう技術が手に入った先の人類が過ちを犯さないためには絶対にそれが必要なんですよね。
アストロファージーの危機を乗り越えた次の危機も含めてそれを人文知によって成し遂げていかないといけないわけですよ。
その視点というかその視野があると思うんですよね。
むちゃくちゃ大事だと思ってて映画にはなかったんですけど、ただ代わりにストラットのカラオケシーンがあって。
いやもうそれ。素晴らしいと思ったんですけどね。
あれめっちゃ大事ですよね。僕は映画版のハクビのシーンだと思ってるんですけど。
本当に確かにその人文学の視点での話みたいな部分だとかあとあれですよね。
ちょっと話も出ましたけど南極の氷を核爆弾でバーンって壊して溶かして温暖化促進させようみたいな。
蒸気を石田選択をするみたいな話とかをしてもらうわけです。するわけですけど彼女は。
劇中はちょっとそれは薄くはなってるんですけど映画で。
それはグレースに対するあるものを突きつけたっていうことに全部代用してるんだろうなと思ったんですよね。劇中に関しては。
でもそういう鬼みたいなことする人の中でもそういう人間味はあるぞみたいな話というか。
そういう割り切れなさじゃないですけど複雑さっていうのがなんかサラッとというか描けてるのはやっぱりこの絵がやっぱりすごいいいとこだと思うんですよね僕はね。
もう小説小説ばっか言ってますけど皆さんね。わかりますけどね。
今日大半の話小説の話だったんじゃねえのかって思いますけど。
僕小説版ストラットもっと嫌われてたと思うんですよね。
そうですねそうですね。
映画版そんな嫌われてないというかむしろある程度好かれてた感じもあって。
でそこを映画版の尺の中で小説で語り得たストラットに対する語りしろが十分にない中でストラットを語るためのやり方として一つのやり方だなとは思いました映画版は。
カラオケかなるほどなと思って。
あとその描写としては足りなかったっていう話かもしれないんですけど、
ストラットというキャラクターのちょっと冷徹さみたいな部分をザンドラヒラーというキャスティングでこなしてると思うんですけど僕は。
そうですねそうだと思います。
あのめちゃくちゃいいキャスティングだと思うんですよザンドラヒラーって。
的確。
的確じゃないですか。
まあまずもともと設定としても確かヨーロッパ?ドイツとかの人でしたよね確かね。
EUの宇宙機関みたいなそんな感じのところの長官だった人がプロジェクトヘルメアリーを進めることになったみたいな感じの話だったと思うんですけど、
まあ国もだいたい合ってるというかねヨーロッパ系の人。ヨーロッパからのキャスティングみたいな部分でもあるし、
やっぱりちょっと目つきがちょっとキリッとしてるじゃないですか。ちょっと冷徹感のある感じというか。
もうある中でやっぱふとカラオケのシーンとか見るとちょっと消え入りそうな歌声を披露してくれるみたいなあたりのニュアンス?いやもうバッチリでしょみたいな。
そうですねもう落下の解剖学であったりとか感心領域であったりとかでこう。
僕は見てないけど多分ありがとうドニエルドマンとか見たらその辺もすごくね納得するんでしょうねって思うんですよ。
そうですね結構スタラットに対する手触りは慎重にやられてた映画だったような気もします。
この尺の中でよくそこもしっかりとっていう。
もちろんその全部決め細やかに描いたらなんかもっとわーってなったと思うんですけど、
じゃあ限られた制約でこれ映像化してくださいってやった時めっちゃ上手いなって思いますけどねその辺はやっぱり。
いやもちろんあれですよ大石さんの良かった部分が全部なかったみたいな全部とは言わせんけど悲しいぐらいなかったと寂しかったともちろんわかりますけどもちろんもちろん。
わかりますクリストファーミラーとフィルロードめっちゃ頑張ったと思ってて絶対彼らうんち出したかったと思うんですよ絶対うんち好きでしょ。
いや好きですあの人たちは好きです確かにあの人たちは好きな人です。
燃料タンクいっぱいのうんちとか絶対入れたかったと思うんですけど苦渋の決断でうんち削るぞって言って削ってると思うんですよ。
あと尿管から血の線が出るとか絶対描きたいんだろうなって思ったんですけどね。
そこでねペトローバーラインのことを思い出すっていうね。
ありますよね。
もうそこでプロジェクトヘイルメアリーってタイトル出てもいいぐらいだなと思いました。
あのタイトルねえりそうですけどそういうところ全部ねある種真面目に切り取ってというか。
そう真面目にやってるし意外と変なところで笑いは取ってくるというか。
エロイルストリップとかね。
あとあの宇宙船がぴったり張り付いてくるっていうのも小説でもやってたかもしれないけど映像で見るとちゃんとおもろい場面になってましたよね。
あのプシュープシューって言ってこうやめろよってぐらいぴったりついてくるじゃんみたいな。
ああいう面白さとかはやっぱり映画ならではだと思いますし。
いや僕あれいいシーンだと思ってて。
だから言語コミュニケーションができない段階でのコミュニケーションってゼスチャーになるわけじゃないですか。
だからその後で身体で真似するっていうコミュニケーションをやりますけどその前に宇宙船同士でゼスチャーし合うっていうのは結構コミュニケーションの段階として必要だと思うんですよ。
そうですよね。
サイレント映画で成立する面白さがいるシーンだと思うんですよね。あそこって。
でそれじゃないですかあそこって。
そうそうそうそう。
だからあそこは納得だなと思うし、回りだしたらもう一歩回ったりとか。
そうそうそうそうとか、送り物のやり取りするシーンって小説でもありますけど、
あの辺とかもやっぱり映画の方がよりこうなんて言うんですかね、やり取りが映画的というか、あと面白くなんかなってる部分はあるなと思ったんですよね。
で僕はそういうとこが好きだったので一番、この原作の中でも一番盛り上がってた部分だったので。
僕の盛り上がりポイントって上巻で終わってるんですよね実はっていう。
上巻のラストの方でね。
そうなんですよ、上巻見たら終わってるっちゃ終わってたっていうか。
これ正直な話ですよ、だんだんロッキーという存在が超便利なご都合キャラっぽくも見えてくるんですよ正直。
まあまあまあ。
まあわかりますわかります。
なんでも作りすぎるやろみたいな、ちょっと思っちゃうとこがあってちょっとだけしらけてた部分がありましたね。
まあそれはわかるというか、彼ら手先の器用さだけで宇宙まで進出してる。
だから正直僕劇中小説で新しく燃料タンク作ったよとかは、いやまあわかるけどさ、なんかすごいなってちょっと思っちゃった部分があったので。
僕が結構あそこバッサリそういうとこ切ってんのは、僕はいいなって思ってました。