はい、始まりました。映画の話したすぎるラジオ、リニューアル第26回になります。
この番組は、大阪の南森町にある日帰りイベント型カフェバー、週間曲がりにて、みんなで映画の話をするトークバー、
映画の話したすぎるBARを月1ペースで開催している店長メンバーが、映画について雑談をするラジオとなっております。
私、映画の話したすぎるBAR店長の山口です。
前田です。
マリオンです。よろしくお願いします。
まず、お便りを始めに読ませていただこうと思います。
リオ太郎さん、前回もお便りいただいた方なんですけど、
おはようございます。最新回早速聞きました。お便り読んでいただいてありがとうございます。
私も自分の番組に毎回お便りをくれるリスナーさんがいるのですが、お便りがあると収録のモチベーションが上がりますよね。
これからも送らせていただきます。
映画の話ですが、私もシャンチー見ました。
ハマりすぎて今度は吹き替えを見に行く予定です。
アナザーラウンドについては、来週の自分の誕生日にご褒美として有給を取って見に行くつもりです。
ちなみに熊本ではサブカル系のミニシアターでしか上映されてないみたいです。
私もお酒で失敗したことがたくさんあるので、映画を見て自分を勇めたいです。
ちなみに皆さん、岡山にも映画BARがあるのはご存知でしょうか。
名前は同じですが、コンセプトは違うので、もし興味があればチェックしてみてください。
それでは長文失礼しました。次回も楽しみにしています。
リオ太郎さんありがとうございます。
ありがとうございます。
リオ太郎さんはツイッター拝見する限り、ご自身でもポッドキャストをやられてるんですよね。
ただ光るテーマのポッドキャストをやられてるみたいで、そういう感じでおっしゃられてますね。
岡山にも映画BARがあるっていうのは、これは確かローマの休日っていう映画BARのことだと思います。
ちょっと僕ツイッターで論じ上げてるんですけど、いわゆる映画コンセプトのオーセンティックな感じのBARみたいですね。
カクテルとかも出してるような、大阪で言うとブンダーみたいな感じに近いのかなと。
なるほど。
本当にちゃんとバーな感じですよね、映画BARとして。
我々基本的には週間曲がりっていうカフェBARがあって、あくまで基本的にお店としてはその週間曲がりなんですよね。
そこに対して1日だけそういう映画トークをするテーマを持たせたBARをやるっていうイベント形式のような形でお店はやってる感じなので、
確かにコンセプトは違う感じなんですけれども、ちょっと岡山行く機会とかあったら一回見てみたいですよね。
ありがとうございます。
この番組ではお便りを募集しております。
もうほんと何から何まで間違ってるんですけど、かっこいいからいいっていう、大変いいですっていう感じでした。
けいと私も見ました、そういえば。
あ、そうなんすか。
国村隼出てるんですよ。
へえ。
それだけでも、それだけで合格、合格点は出している。
そう。
国村隼と浅野忠信と三浴が日本人で出演していて、あと冒頭でバニラのトラック出てくるんですよ。
ね。天気の子依頼の。
バニラみたいな。
ああ。
あのトラックが出てきて、ちょっとテンション上がりますね、あの辺。
なんかちゃんと日本のこと知ってるからああいうの出せるんでしょうけど、なんか間違ってるっていう使い方がっていう。
そう。
いやあ、いいなっていうか。
訳がわかんないですよね。
うん。
けっこういろいろご覧になってますけど、他なんかねぼしいのありますか?
個人的にはムーンライトシャドウがすごく良かったんですよ。
ただこれ普通の映画かなって思ったら、これ全然なんか普通の映画じゃなくて、
なんか現実の中にファンタジーな世界観というかものが平気で入り込んで、なんかすごい抽象的な話し運びばかりで、
なんか単純にコマツナナとかが出てるんですけど、なんかコマツナナがかわいい感じやなっていう風に見に行くと、
多分これ何の映画かよくわかんないみたいなぐらいのちょっと不思議な映画でして、これが。
なかなかちょっと見てる間ちょっと夢でも見てるんじゃないかみたいなぐらいの変な映画で、これはちょっと個人的には推したい映画ですかね。
予告見る限りだと比較的よくあるタイプの映画なのかなって印象はあったんですけどね。
意外とそうではなくなんですね。
僕これ予告編も何も見ずにポスターだけで見に行って面食らったっていうのはあるんですけど、
ただでも色合いとかすごく綺麗だし、すごく綺麗に撮られてるんで、
これ結構ね、話を要約したら多分そんな難しいことではない話ではあるんですけど、
一体これ何が起こってんのみたいな感じな不思議な気持ちになる映画というか、なんですよね。
まあ結構意味がわかんなかったとか、雰囲気だけじゃねえみたいなヨレてる感想とかもちょっと見たりはしたんですけど、
まあ気持ちわかるわっていう思いながらもちょっと個人的にはこれちょっと推したい映画っていう感じですかね。
結構マリオさんがそこまで言う時ってちゃんとエッジ尖ってるやつだと思うんで、
もうなんか興味出てきたんですよね、それ聞いて。
いやもうだいぶ尖ってましたね、ほんと。
普通のなんか恋愛映画かなって思ったら全然そんなんじゃなかったので、これ。
マリオさんがそこまで言う映画ってことして言うとアークぐらいだと思うんですよね。
本作でもね。
僕もちょっとどうでもいい話しようとしたんで、いいです。
人生で一度はあの音楽流しながら、全ては奥の手のひらのうちで転がされてただけだーみたいなのをやってみたいって言いたかっただけです。
しょうもないことです。
本作見てても、早々に犯人絞れるわなーっていうのは見てて思ったというか、
全く関係ない人が犯人で出てきてもそんな面白くないじゃないですか。
お前かーってなるのが面白いのであって。
そうなったらまあ一番初めの段階は主人公の相棒、新しい相棒か、
署長の女の人か、父親のサミエルのどれかかなーって思ってたんですよ。
でなんか話進んでいったら割と早々にこいつしか残らんわーってなって。
まあそうですね。
結構今回ちゃんとなんていうか、説明を映像でしてくるっていうのが結構あって、
なんでこの人がどうやって殺されたのかみたいなのとか含めてやってくるんですけど。
で今回の犯人の人も殺されたと見せかけて実は生きてたっていう風になってましたけど、
ろくにどうやって殺されたのか描かれなかったので、
あーこれ生きてるわーっていうのはすぐわかるっていう。
まああとこれまあ多分ですけど、シリーズ全部見てれば見てる人ほど、
ここが怪しいってすぐわかるっていうのはありますよね。
意図的にここなんか怪しいなみたいなのがすぐわかりやすいので、
今回もそういうすぐわかりやすい感じでしたね。
いやほんとね、まずその装置どうやって準備したんやろうっていうのが常にあるんですけど、
めっちゃ頑張って作ったんやなーとかっていうのもあるし、
被害者を捕まえる時全部後ろからタオルかぶせて捕まえてるのを繰り返すから、
お前らもうちょっと気配とか感じられへんのってもう途中から思えてしまって。
しかもなんかね、もうあのタオルかぶせるシーンでいちいちでっかい音鳴らすから、
もうそれしかないんかって。
芸がそれしかないのかっていう思いになってたんですけど。
そうですね。シリーズもそうなんです。
シリーズずっと大体、ああいう豚の仮面かぶったやつが後ろからバーってやって捕まえてっていう話で。
で、まあなんであんな大掛かりの装置できんの?に関しては、
一応仲間がいるっていう手があったんですけど、今までは。
そうなんですね。
前まではね。
そうなんですね。
後継者みたいな。
元々のオリジナルというか、
そうの一作目で出てくる人ですけど、
その人は元々そういう知識がある人で、そういうのができるっていう人だったんですけど、
ただそのオリジナルと呼ばれるジグソーは、
余命がわずかな人なので、後継者が何人かいるんですよ。
協力者というか。
なので、そういう人が何人かいて、そういう知識とかを伝授してっていう風になってるんですけどね、一応。
なるほど。
まずジグソーって、自分が余命いくばくもないから、
のほほんと生きてるやつのことが許せないから、命の大切さを思い知れって言って、
ああいう殺人ゲームに巻き込んでるっていう話って良かったでしたっけ?
いや、なんかちょっと細かいこと忘れちゃったんですけど、
大義名分としては、今回もそうなんですけど、
罪を償うチャンスを与えるっていうのがあるんですよ。
正義というか、彼らの思う正義としては。
単純に一方的に罰するのではなくて、自分で罪を償えっていうところで、
一応過去に何かしら悪いことをした人がターゲットにされるんですよ、基本的には。
そうなんですね。じゃあみんな悪いやつらなんですね、今までの。
その悪いの幅がどこまでっていうのはあるんですけど、
今回だったら、警察で腐敗した組織の中で悪いことをできた人たちだけがターゲットになってる。
記憶違いしてたかな。なるほど。
命を大切にしてないっていう人もターゲットにはなるんですけどね。
そうですね。2とか3らへん、そんな人集められてましたよね。
ある種の正義が実行されてないっていうのに対する怒りと、命を大切にしろっていう怒りっていうのはありますね。
そうですね。ただやっぱソウトチがとにかく面白いなとは思って、
そこが楽しい映画だっていうのはすごい理解できたんですよ。
なんて言ったのかな、手品を見るような感じというか、
一応このソウの世界って魔法も存在しないし、超能力もない体ですよね。
だから現実と実続きなわけじゃないですか、一応。
リアリティラインは我々のいる世界と同じ体だと思うんですけど、
その世界にあんなものが存在させられるのかっていう、
引き立てん子のイリュージョンを見てるような面白さがあるなと思って。
なるほど、なるほど。
どう考えてもあの時間の中であれを用意して、人を捕まえてあそこに持って行って、
どう考えてもできないんですけど、やっぱそれができてるっていう面白さだなとは思うんですよね。
それはやっぱ魔法がある世界とか超能力がある世界であれやってます、それはできるやろうと。
この世界でそれをやるのは無理じゃんっていうことがやってるっていう面白さだなと思ったんですよね。
あとまあとにかく死に方が面白いなと思って、
残虐に対する好奇心がすごい満たされるなと思うんですよね。
どこまで意味のある残虐性を作れるかっていうアイディアの作品だなと思って。
だから本作でいうと、偽装ばっかしてた人は舌を固定されて、舌を引きちぎったら地下鉄から逃げれるけど、
舌を引きちぎらなかったら地下鉄に引かれて死にますよっていう、
やってきたことに対する意味付けされた残虐性みたいな、それをどうその装置を使って表現するかっていう、
ある種のアイディアみたいな面白さがすごいあるなと思うし、
何より死ぬより嫌な苦痛を味わわないとその死から逃げられないっていう状況に置かれるっていうのが、
とにかく自分だったら絶対嫌だよなっていうことが表現されてる世界っていう面白さがあるなと思ったんですよ。
だからそれさえ実現されれば、確かに他の理屈はまあいいかと。
そうですね。
ただなんかさすがに今回久しぶりに見て、やっぱりプロットが古いなとは思いましたね。
最近って韓国映画とかでも犯人探しがもうメインじゃないので、
犯人とか最初にばらしちゃって、そこからどうしていくかっていうところで、
山の作り方ももっと全然凝ったものになってると思うんですけど、
久しぶりにこの犯人誰だを見たなとか思って。
意味のない誰だですからね。
すぐわかるし。
携帯借りるあたりでもうわかるやん大体。
それはちょっとさすがに思っちゃいますけどね。
正直本当犯人はシリーズ史上でも結構一番ずさんな方じゃないかなと思ってるんですけど。
確かに。
じゃあ前のシリーズはもうちょっとちゃんとしてるんですね。
もうちょっとちゃんとしてるって言い方も。
もうちょっと。
どんくりの性比べっちゃ性比べではあるんですけど、
まだちゃんとやろうとしてたよみたいなとこはあったよなと。
一応組織でもあるし。
今回一人ではまず無理やろっていう感はありましたからね。
そんな感じだし、そうなんですよね。
結局犯人が掲げてるものもしょうもなって感じがしてしまうというか。
それはね、思いました。
動機としては、いや確かにその怒りはわかるぞと。
じゃあそういうゲーム仕掛けたくなる気持ちもわかる。
じゃあその先どうするのって言った時の彼が提示したものってものすごくしょうもなというか。
どこのビジランってものよみたいなぐらいのすごいアホなものを提示するじゃないですか。
主人公であるケイジと一緒に組んでジグソーのこのゲームを続けようみたいな感じになって。
なんか、いやいやいや。
なんかそれは違うやろっていう気はちょっとしてしまいますよね。
この状況から誘うって思いましたからね。
あんな状況で誘われても絶対嫌だよっていう。
誰がお前と一緒に組むかってなると思うんですけど。
あれですよね。
だからあそこに至るまで同類と思われてたってことでしょ。
無理やろって。
同類ではないだろっていう。
確かに復習の理由に対してやることの手の込み具合の熱量の差がありすぎて、
それはやらんやろっていう思いはすごいあったんですよね。
僕1しか見てないけど、やっぱジグソー頭のおかしいやつやなっていう思いがあったから、
頭のおかしさをやっぱトリックの複雑さで表現しようとしてたとは思うんですよね。
あれって狂気の可視化なわけじゃないですか、あの装置って。
お前別に普通の復習心だろっていう。
そこまで入り組んだ狂気を帯びるようなものじゃないだろっていうのが、
動機と表現されるもののアンバランスはすごい感じて。
例えばですけど、近代一少年の実験簿シリーズってめっちゃ好きなんですよ。
読んでます?
読んでますよ。ドラマも好きでしためっちゃ。
ドラマ多かったですよね。
ちらっと僕も読んだことあるぐらい。
あれってやっぱめちゃくちゃ入り組んだ殺し方をするし、
その被害者が殺されてるシーンって作品の見どころの一つで、
やっぱその残虐さに対する好奇心っていう意味では結構近い部分あるのかなとは思うんですけど、
やっぱその近代一少年シリーズの犯人の動機ってむっちゃくちゃすごい怨念なんですよ。
どれも。
だからその怨念の巨大さに対して装置の入り組み方が、
カロリーがちゃんと釣り合ってるなっていう感じれるっていう部分はあるなと思うんですよね。
だからあの装置ってというか殺し方っていうのは狂気の可視化であり怨念の可視化だと思うんですよね。
ちゃんとそのカロリーが釣り合ってるからこそ面白く感じれるっていう部分はあるんですけど、
ちょっとこのスパイラルに関してはそこまでかなっていう、
そこまでやるかなっていうのをどうしても感じちゃう部分はあったなとは思って、
確かに残虐殺人シーンが見どころのシリーズとはいえ、
あまりにそこを放棄してしまったら、
あんまり何も残らなくなってしまうんじゃないかなっていう気はするっちゃするとこありますね。
そこ頑張ってこそかなって気は、見た限りはしました。
そうですね。一緒に仲間になろうよとかじゃなくて、
もうちょっと主人公に選択を突きつけるようなゲームを一個用意できてたら、
多分この映画の印象、最後の印象もちょっと良くなったというか、
本当今回はモロニー7みたいなことをやりたいっていうのはもう分かることなので、
ちょっと近いところまでは行けたんじゃないかなって気がしてしまいますよね。
そうですね。モロニー7ですよ。だから本作においても、
結局お前は警察の改善を成し遂げられなかったじゃないかと、
お前も同罪じゃないかっていうことで巻き込んできたら面白くなると思うんですけど、
物語全体が悪徳警察官しか狙わないっていうのは分かってるから、
その主人公がヤバくなるんじゃないかっていう不安感はないんですよね、ずっと。
そこはやっぱちょっと物足りないなと思うし、
いかんせん役者がクリスロックのコメディテイストなところもあって、
ビバリーヒルズコップとかリーサルウポンとかみたいな感じのテイストが見えちゃったんですよね。
主人公は大丈夫やわと思って見てて。
やっぱその感じは出ない方が面白かったんじゃないかなと思ったんですよ。
主人公もちゃんと巻き込まれていく対象になっていっちゃうような感じの方が、
面白くはあったのかなって気はしたんですよ。
そうですね。やっぱり今までの総シリーズって、
役者さんほとんど知らないような人ばっかりが出てたんですよね。
多分あんまりそんな有名な人あんま出てないなみたいな感じだったので、
シリーズ史上今回が多分、役者の知名度的には一番上の人が出てるって感じだったので、
やっぱそういう安心感もちょっとあったんじゃないかなっていう。
なんか大丈夫やろうなこの人はみたいな。
死なないだろうなみたいなのはちょっと分かっちゃったとこはあったのかもしれないですね。
クリスロックが出たことによって。
個人的にクリスロックの演技は僕は良かったと思ってる派なんですか?
僕も良かったと思います。
なんか全然ダメな映画とは本当に思わないんですよ。
やっぱり人の死に方が面白いなっていうのは思ったので、
そこに対して外堀りも綺麗にしてくれたらもっと楽しめたかなっていう思いはありましたね。
だから逆にソウ2以降見たいなと思って。
しかも監督ソウ2とかの監督だった。
そうですね。
確かそうですね。
ソウ3とか2、3、4監督してます。
2、3、4、5まで見たい。
5は違った気がするけど。
5以降は多分監督が変わっているのかな。
映画.comの表現が間違っているのかな。
シリーズの貢献者の一人ではあるわけですね、この監督も。
そうですね。
なんかそう考えたら単なるコピーキャットとかの方が良かったかもしれないですね。
自分の復讐とかじゃなくて、もうそこはシンプルに俺が後継ぎたいんだみたいなぐらいの。
本当に純粋な信奉者みたいな感じっていうのは確かに。
あるいはそれこそ完全リブートして、全く新しいジグソーっていう存在もなかった世界で新しい殺人鬼が現れて殺人ゲームをしていくって話にして、
その要はジグソーっていうキャラクターではなくて、その作品コンセプトでリブートしても良かったんじゃないかなとは思ったんですよね。
少なくともジグソーに直接関係のない犯人にするんだったら別にいいと思うし、
正直このソーシリーズがジグソーっていうキャラクターに対してお客さんがついているとはあまり思わないんですよね。
残虐殺人シーンさえあってソーっていう看板さえあればジグソーである必要全くないんじゃないかなって気もしたんですよ。
そうですね。でもなんか私今回、前回までのソーシリーズと違って人形変わってたじゃないですか。
変わってましたね。
そうですね。
ごめんなさい、そこ。
人形違うんですよ。今回からなんか豚になってて、最初その豚になってむっちゃ嫌で、なんかこうすごいベタやしなと思ったんですけど、
途中でこれ警官ばっかり狙ってるからピッグにしてるのかと思って、
それはそれでいいかとは思ったんですけど、なんかあのキャラクター変わったのはちょっとショックでした。