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今日のテーマトークは、ハッチング、孵化、です。
孵化でよかったですよね?
孵化、はい。
はい。では、前田さん、解説をお願いできますでしょうか?
はい。映画ドットコムより、長女が見つけた謎の卵の孵化をきっかけに起こる恐ろしい事件により、家族の真の姿が浮き彫りになっていく様を描いたフィンランド製ホラー。
北欧フィンランドで家族と暮らす12歳の少女、ティンヤ。完璧で幸せな家族の動画を世界へ発信することに夢中な母親を喜ばすため、全てを我慢し、自分を抑えるようになった彼女は、体操の大会優勝を目指す日々を送っていた。
ある夜、ティンヤは森で奇妙な卵を見つける。ティンヤが家族には内緒で、自分のベッドで温め続けた卵はやがて大きくなり、ついには孵化する。卵から生まれたそれは、幸福に見える家族の仮面を剥ぎ取っていく。
監督は世界の映画祭で短編作品が高い評価を受け、今回が長編デビューとなる新英女性監督、ハンナ・ベルイホルム。
はい、ありがとうございます。では、ここからネタバレの話に入っていきますので、見てから聞きたいという方は一度聞くのを止めていただいて、ぜひ見てから聞いていただけたらなと思います。
はい、では、サワリの感想を伺っていこうかと思うんですけども、原田さんいかがでした?
サワリということで、最初からなんか不穏な空気があって、いきなりエグって思ってんけど、最終的にまただからあいつがああなってエグって思いながら、えげつない作品やなと思いながら見てました。
はい、なるほど。前田さんいかがでした?
私は世界観はすごい好きな作品で、話も良かったと思うんですけど、結構直接的な作品だと思うんですよね。
だから、もうちょっと踏み込むじゃないですね。余白があっても良かったかなとは思いましたね。
うん、それは確かにね。
でも、面白かったです。
僕はですね、中盤入るぐらいまで、要はあいつが出てくるまでは、やろうとしていることに対してちょっと踏み込みが足らない映画だなと思ってて、ちょっと期待外れかなと思ったところがあったんですけど、
あいつが出てきてから、こっち系?ってなって、そこでちょっと別の楽しみ方モードに入って、楽し楽しって見ていって、
でも意外と最終的に割と普遍的な、言い方によってはよくある話にもなっていくかなっていうので、
その感じは僕は、ちょっと個人マネとした作品ではあるけど、結構好きだなと思いました。
で、結構ね、少女漫画的な話だなと思ったんですよね。母親と娘の関係性の描き方が。
結構好きでした、本当に。
ちょっと食い足りなさは結構あるっちゃあるんですけど、まあまあこれはこれでかなっていう感じですかね。
お便りを読むの忘れてました。
お、お便りが。
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向かい店観覧車さんからいただいております。
以前もいただいてましたね。ありがとうございます。
ありがとうございます。
みなさんこんにちは。いつもありがとうございます。
ハッチング、負荷を取り上げてくださるそうで、17日日曜日に名古屋の伏見ミリオン座で見てきたのでお便りさせていただきました。
午後の回でしたがほぼ満席状態でした。
実は私、ホラーが大の苦手です。
そんな私が予告編とポスターを見て、これは見といた方がいいかも、とお告げのような感覚に陥りました。
これは以前、アリアスター監督のミッドサマーの時と同じでした。
もちろんミッドサマーも大好きな作品になりました。
冒頭、同監督のヘレディタリー継承みたいなシーンがあってドキッとしました。
この映画、結論から言うと今年のナンバーワン確定でした。
最高です。完璧です。
これのおかげでホラー好きになりそうです。笑い。
とにかく家族全員がおかしいです。
特に母親は一言で言えば自分大好き。
大好きすぎてもはや周りが全く見えてない。
その結果、主人公の弟もかなりのモンスターになってましたね。
彼には少し笑ってしまいました。
あの生き物も怖いけど人間も怖いことをしっかりと知らしめてきます。
そしてビンタのシーンには少し泣いてしまいました。
ラストの衝撃でした。
つまらない感想を失礼しました。
皆さんの感想・考察楽しみにしてます。
長文・乱文失礼いたしました。
はい。ありがとうございます。
ありがとうございます。
ビンタね、ビンタ良かったですよね。
あのー、だから、叱る時に相手じゃなくて自分を叩くんですよね。
あれ、なんだろう、すごい親っぽいというか、
こうさせた私みたいな感じの自分を罰してるじゃないですか。
私がこうさせたっていう。
特に本作に関しては、
親の教育が子にとかじゃなくて、もう半分自分なので、
より自分の罪悪感みたいな、
自分を罰さなければならないとかも含めてやっぱ、
結構刺さるシーンだなっていうのは確かに思いましたね。
ありがとうございます、本当に。
結構ね、この番組、公開映画直後に撮られることが多いから、
見た人、ファーストウィークに見た人しかお便り送れないことが多いっていう、
結構なお便り送りにくい問題があるっちゃあるんですよね。
ちょっと今後の課題かもしれないですけど。
ありがとうございます。
はい、じゃあ具体的な話入っていこうかと思います。
そうですね、あのー、
まずオープニング入った直後に、
主人公の名前がティンヤ。
主人公のティンヤが体操の練習をしてる背中から、
ファーストカット始まるじゃないですか。
10代前半ぐらいの年なんで、
すごい痩せてて肉がついてないから、
背骨がめっちゃ浮いてるんですよね。
体操のイニフォームで練習してるから、
その背骨が浮いてるのがすごい見えて、
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あれ自体がヒナっぽい背骨が見えてるのが、
そこでちょっと卵から生まれたヒナの話ですよっていう、
ちょっとニュアンスみたいなのがあるのかなと思って。
で、ポーズも翼を広げるようなポーズで始まるじゃないですか。
で、このティンヤ自体がヒナですよみたいな、
暗示から始まる感じがあって、
お、なんか示してくるやんみたいな感じで、
あれはね、なんかスタートダッシュできた感じはありましたね。
で、ちょっと序盤に思ってたところで、
お母さんがどうも過去にスポーツで大きな怪我をして、
挫折を経験してるっぽいっていうのがあると。
足に大きな怪我の跡があって。
で、娘にスポーツ選手として体制させたいって思いがあって、
結構なスパルタ教育というよりは、
精神的な圧をかけてくる感じなんですよね。
指導自体が厳しいというより、
やれるよね、やれるよね、もちろんやれるよねみたいな、
ちょっと精神的に呪縛を強くかけてくる感じのお母さんなんですけど、
ちょっと飲み込めなかったのが、
お母さん動画配信をしてて、
理想の家族像を描きたいとは思ってるっていうのが出てくるんですけど、
ちょっとそこ微妙にギャップはあるなと思ってたんですよ。
スポーツで娘を体制させたいって思いと、
理想の家族像を描きたいって、
微妙にモチベーションの方向性が2本あるなと思って、
一本化されてない印象を受け取ってたんですよね。
そこはちょっと飲み込みづらいというか、
解釈しづらかったですかね、序盤は。
終盤で納得度は出るんですけどね。
あんまり筋道が整理されてない印象があって、
結構、もっと圧強いお母さんだったら、
分かりやすい映画だったかなと思うんですけど、
結構緩やかなと思って。
そこはあれじゃないかな。
結局フィンランドで幸福度世界一の国で、
私たちはこんなに裕福で優れてるのよっていうのを
アピールしたいんかなと思ってんけど。
そこに国の幸福度ランキングみたいなのがひも付くのって、
あんまりピンとこないんですけど、
それって客観的なデータの話ですよね。
まあね。
あんまり、北欧の人の幸福度に対する意識って、
そんな自覚的なんですかね。
あんまり分かんないんですけど。
まあ、世界一ってぐらいあるのかな、でも。
ある意味、筋肉を込めてるのかな、作品に。
どっちかというと、もっと個人的な話かなと思って。
今の家族が好きじゃないってことですよね、あれって。
今の家族を愛せてないから、
愛したいっていう願望の裏返しで、
私の生活は幸せですっていうことを
他人に見せつけようとしてるわけですよね。
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そうでないと自分が幸せじゃないっていうことを
自覚してしまうからっていうのを
他人に見せることで自分の気持ち自体を
上書きしようとしてるってことなのかなとは思ったんですよ。
だから娘が、ティンヤが問題を起こした後、
あなただけは私を幸せにしてくれると思ってたって言うじゃないですか。
他のセリフすごい印象的で、
あそこでいろんなものに果てんが入ったんですよ。
どうも夫のことも愛してないし、
息子のこともあんま好きじゃなさそうだよねっていう。
娘に対する思い入れは強いけど、
大切にしてるというよりは、
自分のやりたかったことを
やらせる存在にしたいっていう思いがあって。
唯一の女家族だから、
思いの乗っかり方が全部乗っかっちゃってるじゃないですか。
息子にも夫にも何も期待してない。
娘にしか期待してないっていう。
ただ、自分は幸せだと思いたいと。
自分は結婚生活に満足してるっていうことを
自分の人生を上書きしないと生きていけないみたいなのがあるから、
動画配信して幸せですって言いたいっていうのがあるかなと思って。
またあの動画が超重なさそうなんですよね、本当に。
びっくりするぐらい重んないなと思って、あそこ。
確かにお母さんが私もちょっとしっくりこなくて、
お母さんの振り描いているじゃないですか。
あの人がめっちゃいい人じゃないですか。
そうですよね。
そこが何て言うのかな、違和感というか。
だから、今回の作品に限らずなんですけど、
私がちょっと嫌なのが、人間を描くときに
その人の一面だけを描くというか、
この人はこういう人だっていうふうに見せられるのが嫌なんですよ。
結構今回の映画だと、お母さんがどうしても嫌な人でしかないというか。
でも、きっとあの振り描いてあんなにいい人っていうことは、
その人が惹かれるような相手なんだから、
お母さんも何かしら良いところがというか、
そこをもうちょっと見せてくれても良かったのかなと思って、
もう少し人間味をちゃんと感じる部分というか。
お母さんの行動が、全部ちょっとよくわかんないなっていうのはありましたね。
その、承認欲求のためにっていう、
その一点だけしかないのが、ちょっと飲み込みづらかったというか。
そうですね、それはね。
でも、僕は結構、あの娘に対して、
あなただけは幸せにしてくれると思ってたっていうだけで、
お母さんの人生、わりといろいろ感じられたんですよね。
別に、ああなりたかったわけではなかったと思うんですよ。
夫のことも愛したかったし、息子のことももっと愛したかったし、
娘のことも別に、何かいろんなことを無理矢理しなくても、
愛せたら良かったけど、自分がそういう人間じゃなかったっていう、
絶望があったんだろうなと思って。
だから、家族としての幸せみたいなものじゃなくて、
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かつて自分がやりたかったことを娘に達成させることで、
幸せになろうとするみたいなのがあったと思うんですよ。
それも達成されないっていう。
正直、あのお母さん相当嫌な人ですよ。間違いなく本当に。
一般的な倫理観で言ったら、
結構最悪なタイプの人間ではあるんですけど、
じゃあ、家族を愛せたら良かったけど、
そうなれなかったからしょうがないじゃんみたいなのって、
自分がなる可能性って全然あると思うんですよね。
結婚してみたけど、なんか幸せになれなかったなみたいな。
出産してみたけど幸せにならなかったなみたいなのって、
多分全然あり得ると思うし、
お母さんって普通に、
ティーヤの将来そうなるかもしれないぞ、
だとは思うんですよね。
そこで、お母さんをそこまで否定する話にはなってなかったように、
僕はちょっと感じて、
特に最終盤の展開でね、
そう思ったりはしたんですけど、
やっぱお母さんほんと最悪やなと思って、
自分の家族には家族としての役割をむちゃくちゃ求めるのに、
自分はいきなり母親の役割を放棄するじゃないですか。
いきなり他の男性連れ込んで仲良くしてるし、
もうお父さんも半ば婚姻みたいになってて、
しかも娘にも分かるよねって。
分かるよねって言うか、もう恋してるって言いますからね。
それは娘に吐くわって思ってあそこは。
確かにあそこ一番嫌でしたね。
なんか弟がちょっと微妙に、
弟もなんか変な感じなのもちょっと私よく分からなくて。
それはね、思いました。
まあ単なるクソガキってことかなって。
なんか結構、私兄弟で、
親って順番で言ったら上の子が先なんで、
上の子に先期待かけるじゃないですか。
だいたい上がダメやから、次下の子に期待かけると思うんですよ。
その順番で言ったら、下の子がまだ残ってるはずなんですよ。
そこがちょっとティーヤだけに全部の期待かけてるのはちょっと分からなくて、
そこもちょっと分からなかったんですけど、
なんか私、絶対違うと思うんですけど、監督の意図とは。
そのお母さん自体も、最後ティーヤがああなったみたいに、
そっちじゃない自分として成長してきたっていう話だったら、ちょっとおもろいなと思って。
それは可能性あるなと思って、
虐待の連鎖の話の可能性あるなと思ったんですよね、見てて。
だから、親に愛されなかった子供の連鎖の話の可能性あるなと思って見てたんですよ。
全く言いがかれてないですけどね、お母さんのそのあたりに関しては。
僕見てて思ったのが、イグアナの娘って漫画あるじゃないですか。
はい、灰岩本の。
あれって、お母さんにあんたドサイクだからみたいな言われてて、
自分で自分のことをイグアナに見えてる女の子の話で、
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それで実はお母さんもみたいな話だったと思うんですけどね、
ちょっとだいぶ前なんであれですけど。
ビジュアル的にもね、生まれたヒナが女の子になっていくから、
というかもう一人の自分になっていくから、
結構あのね、途中段階のビジュアルが本当に、
イグアナの娘の、イグアナが服を着てる格好のビジュアルに見えて、
結構連想したんですよね。
で、だから結構愛されてないっていう思いが強い話なのかなって思って、
その全体的にね、それはあったのかなっていうのを思ったんですけど、
確かにね、そのお父さんと息子の扱い、非常に中途半端だった気もするんですよね。
そうなんですよ、お母さんと娘だけだったらなんかこう、
割とお母さんもすごい綺麗な方で、ティーヤもめっちゃ可愛いし、
そこにこう過去の自分、体操、スケートと体操の話もそうですけど、
そこを重ねるっていうのはすごい分かるんですけど、
まあちょっとあえて弟とかお父さんをちょっと何やろ、
登場させるんやったらもうちょっとなんか、
あの二人も絡んできてほしかったなと思うんですよね。
そうですね。
それに関してはもう完全に母と娘の話に割り切ったから存在感消されたっていうのがあるかなと見てて思ったんですよね。
だからその家族全員からなんか抑圧を受けてるみたいな話やと、
それはそれで話になったと思うんですよね。
でも逆にその父親とか、弟は結構嫌なやつでしたけど、
例えばそのお父さんは、途中でヘッドホンしながらギター弾いてるシーンあったじゃないですか、
あそこ例えばもっと掘り下げて、妻が浮気してるのに気づいてるけど、
それに気づいてないフリをする、
それの象徴としての趣味に没頭しようとしてるみたいな、
なんかそこをもっと強調して描いてたら、
もう家族に興味をなくしてる父親像みたいなのも描けたと思うし、
弟に関しては例えばね、
姉のことを性的な目で見てるみたいな描写入れたら、
すごい嫌な話にできたと思うんですよね。
確かに、そんな嫌の全部の手してくる。
でもそういうのなくって、
結構この話だから、
ティーンの少女が拾ってきた卵を孵化させて育てるみたいな話って、
もっとセクシャルなメタファー含んでてもおかしくない話だと思ってたけど、
そこが全然ないんですよね。
あくまで女性の親子、母と娘の関係性だけを煮詰めた話になってたなと思って、
逆にその男女の性的な要素、省かれてるなと思ったんですよ。
浮気してるっていう部分はありますけど、
ティーニャ自体が自分に何か性的な矢印を向けられてることに対する嫌悪感みたいな、
思春期を描くんだったら全然描かれてもおかしくない題材だと思うけど、
そこ全然触れないじゃないですか。
浮気相手の男性もめちゃくちゃ爽やかなんですよね。
あいつが何かしてくるんだなって思ったんですよ。
え、めっちゃいい人なんだけど、混乱するわと思いましたね。
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そこから例えば浮気相手にティーニャ自身が恋愛感情を持ってしまうみたいなところから、
邪魔になる母親を殺そうみたいなところに向かってもおかしくない話だったと思うんですけど、
そういう風にもならないんですよね。
ヤマグチさん、邪悪ですね。
いや、だから、女性と女性の関係性の中に男の要素を入れて、
そこを憎悪のきっかけにしてない話だなって思ったんですよね。
確かに、どっちかというと、男性が全員鈍感っていうか、
お父さんも、息子はちょっと小さいからあれですけど、
見て見ぬふりとも言えるし、そこまで気にしてないとも言えるみたいな、
あんまり居心地の悪さとかを感じてるのがティーニャだけみたいな、
そういう意味で男の人が鈍感というか、あんま絡んでこない話でしたね。
そうですね、もっと絡んでもおかしくないと思うんですよ。
男と女の話になって、男と女の派生として、
母と娘の圧力みたいな話になってもおかしくないと思うんですけど、
そこが省かれてるなと思って、
ティーニャが母親の裏切りに嫌悪感を持ったのって、
要は、母親の役割を放棄してることが嫌だからだと思うんですよね。
男性が絡んでること、男性の性的な要素が絡んでること自体は、
そんなに重要な要素じゃないような気がして、
だからこの話、ティーニャから母親に対する矢印の話でしかないんですよ。
他のことが全然ないんですよね。
母親をどう思ってるか、母親にどう思われてるかだけがこの話の焦点で、
他の社会性って全然重要視されてないなと思ったんですよね。
母と娘の同じ男性に対する恋愛感情の奪い合いみたいな話、
女の敵は女みたいなことを語るための男性みたいな、
あると思うんですよ。そういうのにもなってないなと思って。
あの一家が浮気相手と娘の赤ちゃんが絡んできたときって、
結局、鳥モンスターが攻撃が向かうのって、
母親が自分の家族ではなくて、別の家族に愛情を向けてる。
家族というものをそっち側に持っていってるっていうのが分かったから、
それを奪うために赤ちゃんを殺しに行くじゃないですか。
だから基本的に母親を奪われたくないし、
母親を本当は大切に思ってるっていうことだけが焦点当たってるなと思うんですよね。
そうですね。
だからでも、そう考えたら、
奪い合いの赤ちゃんもそうですし、体操教師の友達、隣の家の女の子で、
そこの性別が女の子だっていうのは別にそんなに重要じゃないと思うんですけど、
でも母親の愛を独り占めしたいとか、
そういうポジションだったら、それこそ弟でも良かったと思うんですよね。
せっかく登場してるんやから。
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でもそこで、なぜか弟は結構スルーされて、
それが意図的なのか、そこに話に巻き込んで被害に遭ったり、
何か起こっていくのが大体女性じゃないですか、全員。
男性3人出てくるけど、3人とも別にそんなに関わってはくるけど、
確信には入ってこないというか。
なんか舞外者なんですよね。
ティーヤの心の中に、心の近所に触れないというか、ティーヤの。
それはちょっと面白いですね。
それで言うと、母親の愛情が弟に向かってたとしたら、
本当はもっとその愛情を私に向けて欲しいっていう嫉妬の感情が生まれるかもしれないんですけど、
ただその期待されてることに応えなきゃいけないみたいな圧力が弱まるじゃないですか。
そもそも期待されてないって方向に話がずれると思うんですけど、
今だから母親からは、私がこうなりたかったという、
もう一人の私になってっていう思いをぶつけられてるって感じですよね。
それはもう家族の愛情ではないっていう状態。
もしその弟に対して愛情を向けてたら、
一応その家族の中で母親の役割は捨ててないってことにはなると思うんですけど、
そもそもその母親の役割、一家の中での母親の役割自体を捨てようとしてるから、
その絶望みたいなのがあるのかなと思ったんですよね。
だってもう家族っていう思いは別の男に持って行っちゃってるんで、
もう自分の家の中でやってる、あの人のやってることは、
いい家族ですよという動画を撮るっていうことだけなんですよね。
動画を撮るために家族であるだけっていう、
あの動画を撮らなくなったら、
あのお母さんはもう家族であることを完全にやめそうっていう感じじゃないですか。
そのギリギリの瀬戸際なストレスなのかなぁとか思ってたんですけど、
本当にその隣に越してきたのも、男の子やったらもっと恋愛の話で、
なんか別の話に行ってきたと思うんですけど、
あくまで隣に越してきたのは、自分がやろうとしてること、
だから娘がやろうとしてることのライバルでしかないじゃないですか。
その恋愛関係とか別の要素が入らずに、
なんか本当に恋愛とか性的な要素がすげー排除されてる話だなって思うんですよね。
もっとそのセックスの話になってもおかしくないのに。
確かに。珍しいですよね。逆に最近。
この程度の話、基本セックス絡めたがるじゃないですか、みんな。
そこが全然ないのが、本当に物足りなさも感じるなとは思うんですけどね。
もっとあるじゃんって、人間の関係性って複雑じゃんって思う部分もあって、
父親との関係もあるし、弟との関係性もあるし、
恋愛をする男の子もいてもおかしくないよねっていう。
そこであくまで友達というか同級生みたいなチームメイトとかも出てくるけど、
チームメイトと遊びたいというよりあくまで、
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母親によって、そういう遊びとかが制限されてますよっていうことを見せるための要素でしかないっていう感じがあるなと思って。
なんかね、本当に母と娘だけみたいな、他のことは基本的にはもう背景です。
そこを主体的に描くつもりないですみたいな話やったなって、ちょっと思ったりはしたんですけど。
そうだね、なんかそれだったら、さっきちょっと言ったみたいに、
お母さんを見てるこっち側に対して、もうちょっと葛藤が欲しかったなと思って。
単純にお母さんのことをそのまま嫌いになる見せ方やったから、
こっちもそのまま受け取って、あの人のことを別に好きになる要素もなかったしっていう感じだったんですけど、
そこでもう少し見てるこっち、娘はお母さんという絶対的な存在なんで、何があってもそうだと思うんですけど、
見てるこっちにも、もう少しそういう葛藤させて、嫌いになりたいけど嫌いになれないみたいな葛藤させる部分を見せてほしかったなって思ったんですよ。
ほんまですわ、それいるわ。
なんかこの、今から映画作る会議みたいな。
いや、それはね、本当にそうで、見てる観客が母親を好きになる要素がないんですよね。
そういうもんかな。
ちょっと僕前に聞いた話で、よくこう愛さない親はいないっていう言い方があるじゃないですか。
でも実際はそうじゃなくて、親を愛さない子はいないけど、こう愛さない親はいるっていう言い回しを聞いたことがあって、
まったくその通りだなと思ったんですよ。
この話もちょっとそれの影があるなと思ったんですよ。
もう母親は娘を次の私にしようとしてるだけ、本当はこう生きたかった私を作ろうとしてるだけだけど、
やっぱり娘は母親のこと大事だと思ってるし、母親に愛されたいと思ってるっていうのがあると思うんですよね。
鳥モンスターが母親の寝室に行って、母親を愛しそうになれるシーンがあって、
あのシーンがすごい象徴的だなと思うし、僕結構あのシーン好きなんですけど、
醜いモンスターのようになってる内面でもやっぱり母親に愛されたいと思ってるっていうのがあそこに現れてる。
でも実際の母親は自分のことなんて別に愛してないんですよね。
私のなってほしいあなたになってしか言わないっていう、あそこのなんかアンビバレントさがすごい。
なんかこの話の結構言いたいことなのかなと思うんですけど、それはあんまり観客には伝わってこないんですよね。
母親嫌いやなーっていうことだけがちょっと見てて思うというか。
そこはちょっと娘の方に頑張って自分たちで感情を寄せていくしかないのかもしれないですけど、
そこがあったらもうちょっと深みというか、より嫌さが出ただろうなっていう。
感情移入はしてないですからね、娘に対しても。
頭で、母親のことって憎みきれないよねっていう言葉ではわかるけど、
この映画の中でその登場人物が憎みきれなさっていうのを描けてるかと言われるとそうじゃないというか、
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いや、子供って親のこと憎みきれないですよねっていう、大前提の共通認識みたいなのを前提にしてる話作りにはなってた気がしますね、そういう意味では。
原口さんなんかありますか?
一応今パンフレットに監督のインタビューが載ってて、どっからどう話そうかなと思いながらやってるんだけど、
だからこの母親と娘は2人とも完璧主義ではあるんだけども、母親が過剰すぎてて、娘は不完全な自分に苦しんでるっていう。
で、監督自身はこの作品をホラーの手法を使った大人のためのおとぎ話。
もともとホラーにするつもりはなかったけども、物語を映像化していく中でホラードラマになっていった。
それは正解じゃないですか?
で、結局あの鳥モンスターはティーヤのダークサイドが想像した産物っていう。
多分観客全員が分かってくるんですね、そこをね。
でもあくまでもあいつもありのまま自分を受け入れてもらいたいと思ってるってこと?
そうですね。
ダークサイドだけどティーヤであるしかないっていうね。
なんかその最後にティーヤが殺さないでじゃないですけど、私が育ったのにって言ってカバーじゃないですか。
結局なんかあそこがそういう感情を殺してしまったら、結局自分じゃなくなるっていうところですよね。
だからお母さんもそっち側やったらなんかおもろいなって思いながら言ったんですけど。
それは描かれてないけど隠された要素な気がします、そこは。
母親もティーヤと同じであったっていうのは全然描かれてないけど、多分そうなのかなって思われるとこがありますよね。
あの鳥って、ちょっと全然関係ないこと言っちゃうんですけど、あの鳥ってたぶんCGじゃないですよね。
うん。
ね、あれがめっちゃ良かったなって思って。
これいいんですよ、あいつの造形。
そうですよね、それが結構、だからずっと鳥でも良かったぐらいですもん、私の中で。
鳥でいてくれって。
そう、だからあのクリーチャーはアニマトロニクスで製作された人形でCGをほとんど使ってない。
素晴らしい!素晴らしい!
素晴らしい。ハモる。
いいですね、実際に物理的な存在感のあるクリーチャーっていいですよね。
いや、いいですね、ほんまに。
だからあれデザインした人は、もうスターウォースとかジェラシックワールドとかプロメテウスとかを手掛けた、もう世界的な有名なアニマトロニクスデザイナーらしい。
良かったですね、本当に。
確かにクリーチャーのまま娘の格好して娘になっていくみたいな方が良かったかもしれないなって今思いました。
さっき言ったイグアンの娘要素的にもそうだと思うんですけど。
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母親から受け入れられてないことの象徴だと思うんですよね、クリーチャーの見た目になっているってことって。
でも完全にただのダークサイドになっていくじゃないですか、姿が同じになっていくことで。
あれはもう一人の自分であり、あなたにこうやって欲しいっていう、自分が母親にあったのと同じことを鳥モンスターにもやらせようとしてるってことでもあると思うんですけど。
どんどん同一感が出てきてしまうというか、今育てた自分が子供のように育てたこれのことを本当は自分は理解できてないんじゃないかみたいな要素を残すためには、クリーチャーの見た目のままだった方が良かったような気もするかなと思ったんですよね、今聞いて。
だってもう完全にもう一人の自分になるから、シンクロしてるじゃないですか。
でも母親と娘はシンクロしないっていうのがこの話の最終的な着地でもあると思うので、やっぱ別物だった方が良かったような気もするかなっていうのは。
真似しようとしてるとかの方がちょっと意地らしいし、怖さもあると思うんですよね。
鳥が自分になろうと苦労している、もがき苦しんで自分を育てた母親がやりたいことを再現しようとしてる方が見てるこっちにも結構刺さるものあったんじゃないかなと思って。
いやお前無理よ、だって鳥やもんみたいな。でもそれでもお前は母親のようになりたいんだなっていうのがすごく切なく刺さるような気がするんですけど、勝手になっていくから、全く一緒に。
さっきアニマトログニクスも言ったけども、あれにさらに特殊メイクアップデザイナーが変わってて、その人ってダークナイトでヒースレジャーのジョーカーのメイクアップに携わった人で、それこそオスカーにノミネートされた方らしい。
結構裏方直手じゃないですか、この映画。
だからもうあの鳥を作るために世界最高峰を読んだらしいみたいな感じ。こだわりがすごい。
いやでも確かに、あの鳥の完成度でだいぶ説得力というか、この映画の画が作られてるところはあって、あれがちょっとしょぼいCGやったら一気にB級映画になってたっていう可能性はあります。
これはね本当に、この鳥モンスター出てこなくてもいいかけた話だと思うんですよ、これって。
もうストレス溜まって自分が無理病とか二重人格でやっちゃいましたみたいな話になってもできるけど、たぶんその映画面白くないんですよ、このね。
今までもあった感じ。
やっぱちゃんとモンスターとしている、モンスターって言わない方がいいかもしれないですね、本当に実在感を持って鳥がいるっていうのがこの話のすごい強いところですよね。
魅力ですよね、この作品の。
なんか話した後の方がこの作品の方が好きになってきた。
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でもそういうのってありますよね、なんか見たままの状態って自分用じゃないなって思うときあって。
なんかその自分にとってちょっと飲み込みづらいバリみたいなのが残っているのをちょっと削り取って、削り取ってみたいなした後、
ようやくこの絵が自分用になりました、ちゃんと大切に持っておこうみたいなのってあるじゃないですか。
語ったら好きになってたみたいな。
あと単純にそのなんか山口さんの反応がおもろいから。
あ、そうですか。
結構この絵が好きなんです、本当に。
勝手にこの映画の思い出に山口さんの反応が追加されていくっていう。
それだわーとか言って。めっちゃおもしろい。
結構ね、僕この映画本当好きで、すごい好きなシーンが、あの鳥モンスターが何か傷ついたときにめっちゃ愛しそうに寄り添って寝てるじゃないですか。
で、その後で浮気相手の家に行ったとき、もう母親は別室でセックスしているからめちゃくちゃ傷ついているときにあいつが来るんですよね。
で、寄り添って寝てくれるっていうのが、もう一人の自分であり大切に育てている娘っていうものがお互いにその傷を癒し合っているっていう方を寄り添ってこの人生を生きようとしているっていうのはむちゃくちゃ感動して、
これむちゃくちゃいいシーンやなって思いながら見てて、なんかね、すごいよかったんですよ。
あれだけで僕この映画のことを好きになろうって思って。
決めた。
そっから先は僕この映画好きになろうと努力しながら見てましたからね。
もういい方に解釈しようと思いながら見てたから。
でもなんかそれ聞くと、何やろ、そのもう一人の鳥モンスター、あれ鳥モンスターって呼ばれてるのか。
アンリ、アンリっていう名前。
鳥モンスターって言うんやとか思いながらさっきから聞いてたんですけど。
一応作品上はアンリっていう名前です。
そうでしたよね、名前ありましたよね。
一人になっていくことで結局二人ともあの子が演じてるんで。
なんかあいつって自分の中の黒い感情みたいなもんじゃないですか。
それを普通排除しようとするというか、それってネガティブな感情じゃないですか。
でも、それこそ自分が傷ついたり、孤独に感じたりしてる時に、そういうネガティブな感情で救われるような時もあるというか。
なんかね、私それがちょっと自分にとってのホラー映画に近いみたいなところもあって。
なんかね、私にとっては、そういう、なんていうのかな、黒いものをそばに置いておくことが、
自分にとってすごい落ち着く、癒されるものっていう感覚があるんで。
なんか今の話聞いてると、なんかちょっとそういうネガティブなものが全てダメっていうわけじゃなくて、
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それに助けられることもあるようなっていう話としてもいいなと思いましたね。
そうですね。
あの、あの、アッリーのことはめちゃくちゃ言いにくいな、アッリーって。
言いにくいよな。
鳥モンスターって口が勝手に動いてしまうんですけどね。
はい、わかります。
あの、アッリーって、その、ダークサイドっていう描き方でしたけど、
ダークサイドの中でも、ひたすらに母親に愛されたいっていうことの現れなんですよね。
そのためだったら、他のことはなんでもいいっていう。
だから、母親。
この場合の母親って、ティーニアそのものとティーニアの母親の2つの意味があるんですよね、あいつにとって。
だから、ティーニアが犬の鳴き声に苦しんでたら犬を殺しに行くし、
で、ティーニアが自分の母親に愛されないってなりそうになったら、
大会に出るためにライバルを傷つけて入院させるし、
で、他の家族に母親を取られそうってなったら、その家の赤ん坊を殺しに行くっていう。
その、二重の意味でも母親に愛されたいって思いの象徴だと思うんですよね。
そこが、いじらしいというか、単に、なんていうか、ちょっと学校をサボりたいとか、男の子と付き合いたいとか、
そういう母親の束縛を逃げたいみたいな要素があってもおかしくないと思うんですよ。
だから、女の子の中の不良な側面みたいなものになってもおかしくない話だったと思うんですよね、ダークサイドっていう意味では。
でもその要素はなくて、本当に母親に愛されたいってことだけが残ってる存在として描かれてて、
そこは本当に、さっきまで話してたと思うんですけど、一長一短だと思って、これによって描かれてないことがむちゃくちゃあるんですよ、本当に。
窓を絞りすぎてて。でもやっぱそれによって、本当に母の娘として純化されたものになってたなと思って。
だから、母親の期待を裏切ることで、アンリーのことも止めることができるっていうのが、むちゃくちゃいいなと思ったんですよね。
すごい良いんですよ。
先の話ですけど、パンフレット上では監督は、アンリーは母親の愛を絶えず絶望している、荒れくる異形のTエンジャーなんですと。
監督ちょっと喋りすぎですね、それ。
監督喋りすぎですね。分かるよって思います、それは。
まあ、初監督なんでね、丁寧に説明しますね。
アンリー 確かに確かに。伝わるかなって。
心配やったんですけど、伝わるかなって。
アンリー ちょっと心配になっちゃった。
やってること伝わるかなーみたいな。
ちょっとそう考えたら可愛らしいですね、それ。
アンリー 確かに。
鳥モンスターとか呼ばれてないかなとか思ってましたけど。
初手読んじゃってるわ。
だから、少女漫画みたいなと思って、特にその母親との関係性だけ描いた短編の少女漫画みたいな感じやなと思って。
イグアンの娘もそうですけど、なんかね、徹底的に男の存在が排除されていることとか、他の社会的関係が背景になっているところとか含めて、本当になんか純度が高いなとは思ったんですよ。
39:14
イグアン 私なんか、親に期待されるっていうことがいいのか悪いのか、それ自体がいいとか悪いって話はないと思うんですけど、
なんか私も、うちの場合結構お父さんだったんですけど、すごい期待をされて育ってられてたんですよ、途中まで。
そうなんですね。
イグアン そう。
でも確かに、親の期待を裏切ろうって、最初はやっぱ答えようって頑張るし、勉強とか何にしても最初ってうまくいくから楽しいんですよね。
でも、どっかで絶対つまづくじゃないですか、その時に一気にやっぱり嫌になったりするんですよね。
で、できない自分のことも嫌やし、親の期待に応えられてないこともやっぱり嫌なんですよ。
で、それをもう期待、答えるのやめようって思った瞬間から確かに、まあ自由って言ったらあれですけど、になった感覚は確かにあるなと思って、ただそれが結果的にちょっと良かったか悪かったかはちょっと別なんですけど、
まあね、まあね、それは。
ある意味、努力するのを放棄したみたいな面もあるんで、自分自身のためにもっていう、まあ良し悪しはあるんですけど、その感覚は従来だったらあるなって思いますね。
イグアン それはそうですよね。
やっぱりなんか、見てて母親を嫌いなシーンがないんですよね。
だから母親が動画撮ってるのを見たりとか、一緒に写って母親が楽しそうに動画作りしてるシーンとかは基本的に、
ティンヤもむちゃくちゃ嬉しそうなんですよ。
わかる。
イグアン なんかね、あそこもまた悲しいんですよね。
あの、いっそ憎めたらいいのにっていうのがあって、でもやっぱ好きなんですよ、母親のこと。
この話、そこがすごい悲しいなと思うし、で、ラスト、ラストなんですけど、あれどう解釈しました?
結構解釈複雑なラストだと思ったんですけど、結構解釈むずいと思うんですけどね、あれ。
ティンヤが、え、なんかそんなに言われたらムズく思えてきました。
シンプルにどう?
イグアン 結局、アンリーがティキアの代わりの存在になろうとしてるのかな。
結局、二人で一心同体ではあって、かな。
私も近くて、うわ、でもそう考えたら逆かもしれへん。
ムズいですね、確かに。
なんか自分を押し殺して生きるエンドかなって思ったんですけど、
どっちかというと、自分を押し殺してる方が殺されちゃってるから、
自由になれたのかもしれない。ハッピーエンドなのかもしれない。
僕も、ちょっとハッピーエンド寄りの解釈をして、
今まで、母親をずっと、ティンヤ本人は母親を憎めなかったじゃないですか、
そこで、アンリーを殺そうとするわけですよね、母親は。
42:01
それでティンヤを止めてって言うけれども、止めずに母親はアンリーを殺そうとして、ティンヤを殺してしまうと。
だから、アンリーにとって、その自分の母親、ティンヤを傷つける、
ティンヤのその母親は憎むべき対象っていうことに、あそこで気づいた。
で、そこでアンリーはティンヤに、完全にティンヤになることで、
ようやくあそこでティンヤが母親を憎めるようになったってシーンだなって思ったんですよ、僕。
で、あそこで完全に母離れをした、ある種の母殺しをしたシーンだなと思って、
だから、すごい憎だしてるなと思ったんですよ、アンリー・ティンヤがね。
アンリー・ティンヤが、ティンヤの母親をめっちゃ憎んでるように見えたんで、
これはきっと憎む、憎めるようになった。
で、このアンリー・ティンヤは、自分の育ての親ができなかった母親を憎んで生きていくっていうことを、
できるティンヤとして生きていくのかなと思って、
そこが解放かなと思ったんですよね。
自分は母親のことを愛してたけども、母親は愛してくれなかった。
自分が望む愛し方をしてくれなかったっていうことに対して、
憎むという選択肢があるっていうことを示したラストかなってちょっと思ったんですよ。
それってものすごい救いだと思うんですよね。
例えば虐待サバイバーの方とかにとって、母親というか親に対する思いってすごい複雑だと思うんですよ。
でも親ってそんな憎めばいいってもんじゃないのよとか言ってくる知った顔の年寄りがいたりするわけじゃないですか。
でも私は酷い目にあったし、母親を憎んで生きていくって思っていいって言ってくれてるってすごい救いなんじゃないかなと思ったんですよね。
選べるっていうのがやっぱり大事というか、憎んで終わるっていうことでもなくて、憎むこともできるようになるっていうのはすごい良い表現ですよね。
でも憎むっていうほどじゃないけど、そうやって親の期待に応え続ける自分を殺すとかっていう意味では、私も鳥モンスターなのかもしれない。
鳥モンスターですよ、前田さん。
鳥モンスターだったのか。
そっか、そこのラスト逆にちょっと捉えてましたね、なんとなく雰囲気で。
見方によってね、普通に人生乗っ取られただけにも見えるし、結構ヒヤヒヤしたんですよ、あのシーン。
で、あれでね、結局ティンヤは死ななかったことになりました。
めでたしめでたしで終わったらどうしようかなと思ったんですよ。
とりあえず代わりが現れたから、バンジーOKですみたいな超ムナクソ悪いイラストになってもおかしくなかったなと思って。
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でもなんかそういうことではなかったなぁと思って。
で、あこから先の母親の人生ってもう罰の日々だと思うんですよ。
あの娘が自分を愛さない、自分を愛しない娘になったっていう状態から人生が始まるって、あの母親にとっての罰だと思うんですよね。
なんかそれがいいなぁと思って。
ちょっとあれも思い出しました。あのラン、去年話したじゃないですか。
自分をその歪んだ愛情で束縛していた母親を憎むということで、傷つけるということで、その母親との関係を新たに作り直せるみたいな感じだったじゃないですか、ランって。
なんかあれもちょっと近いものを感じたりはしましたかね。
確かに。でもなんか結構、母娘、父息子って描かれがちですけど、私結構父娘の方が、なんていうのかな、まあ自分がお父さん子だったのもあるかもしれないけど、結構あるかなと思うんですよね。
その絡みの話でパンフレットに載ってるのがですね、この作品のプロジェクトのきっかけは、
脚本家さんと監督さんが集まるイベントで、脚本家さんのイリア・ラウチさんのアイディアをやって、もともとは少年が鳥の卵から自分の悪い分身を孵化させるっていう少年の話だった。
で、そこで監督が面白そうな物語だけど、こういうのって男性のものに比べて少女は女性の話しないから、女性にして面白くしましょうって出来上がったらしい。
なんか世界観的にめっちゃ好みになっちゃいますけど、やっぱビジュアル、ティーヤのビジュアルとかも含めてすごい好きだったんで、世界観にめちゃくちゃ合ったというか。
いや、合ってましたね。
それは良かったと思いますね。逆にこれ少年説ってやったら、まだちょっと違った話になったんでしょうね。
どうなるか、頑張り想像つかないんですよね。少年が。
まあでも、それこそ浮気相手とかに対する感情もちょっと違ったものになりそうな気もしないでもないですよね。そうなったら。
あとやっぱり、同性の親子で描くっていうことは、もう一人の自分にさせたいみたいな思いをより重ねやすいっていうのがあると思うんですよね。
異性間の親子だと、どうしてももう一人の自分みたいな扱いをするのはかなり難しいと思うんですよ。
あくまでちょっと違うもの。やっぱりそもそも性別が異なるっていう部分で、気を使う部分があると思うんですよね。
距離感を適切にしなければならないっていうのがあると思うんですけど、やっぱり同性ってなると心の内側まで入ってきやすいっていうのがあるんですよ。
特にその母娘の方がそうかもしれないですね。父息子って結構距離感あるものなので、
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やっぱり母娘の方が精神的に近くなりがち。よりその内側からの束縛になりがちな気がします。
父息子だと多分そういう規範とかルールによる束縛って意味合いが強くなりそうですけど、
何でしょうね、母娘だとその心の内側からのバインドがかかるって感じがあるような気がします。
その意味ではやっぱり母娘はベストのチョイスなんじゃないかなって気はしますかね。
細かいところで言うと、アンリに物を食べさすときにゲロ吐かないといけないっていうのが良かったなと思って。
鳥なんだよね。鳥のヒルなんで、そこは鳥。
一回飲み込んだもの、吐き出したものを与えないといけないっていうのが、単純にクリーチャー物としてすげえ良かったなと思って。
確かに。途中、ティーヤになりかけの時も結構良かったですね。
あれちょっとマリグナントっぽさありましたね。
俺完全体かなと思ったら、結構ちゃんとティーヤになっていったから。
それがさっき言った特殊メイクアップデザイナーの方のやつ。
いいですね。
本当にゾンビみたいな状態じゃないですか。
でも、あれが自分に寄り添って大切にしてくれてるっていう図がね、僕むちゃくちゃ良かったんですよ。
完全にもう一人の自分であるよりも、不完全な自分っていうものが自分に寄り添ってるっていうのがね、むちゃくちゃ良かった。
あれだけでこの映画のこと120点くらい出てますよ。
喋ってみて思ったんですけど、思ってたより僕この映画に対する熱量高いなと思いました。
いや思いました。めっちゃ高いなと思って。
そう、収録前俺ら落ちてるてるなと思って。
いやでもね、結構バネ溜めてましたよ。
なんかあの近況の時とか、なんか今日はテンション低めやなと思って。
うん、なんか意外と好きでした。
本当にね、序盤はね、ちょうど最近ね、チタンあったじゃないですか。
そのチタンのなんというか、映画的な奥行きって言ったらいいんすかね、みたいなのに比べて、
すっげえ表面的な話やなって俺ら見てて、前半はね。
あとはロバート・エガス監督のウィッチとかも思い出してたんですよね。
少女の家族に対する暴力的な念とかっていう、思い出して、そのウィッチの映像的な格式とか、
そのチタンの圧倒的なぶっ飛び具合とかに比べて、ずいぶんとこじんまりとしてますね、みたいなその。
ね、なんかちょっとテーマ的な的の絞り方も甘い気するし、みたいな感じで見てたらね。
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アッリーが出てきてからは、もうモンスター映画として結構イケてるやん、みたいな。
もう最後の方は、普通に母娘の話として結構ええやん、と俺ら見てて。
ちなみにですけど、チタンと今回のハッチングともに配給会社さんはギャガさんです。
この点の多いなー、最近、みたいな。
いいですね。
チタンちゃんとヒットしてるっぽくないです?
ちゃんとヒット…いやなんかもうちょっと最近世間のヒットが、何なのかがわからんくなってきて、
ヒットしてると思ってるもの全然ヒットしてないかったりするじゃないですか。
そうですね、確かに。
山口くんが言ってるのは、どっちかというとSNS上の反応かな?
まあなんだろう、じわーっとみんな見てきてる感じじゃないですか。
確かに確かに。結構最近の映画にしても長くやってますし、まだやってて。
期待して見に行って、期待値に対して裏切られない映画だと思うんですよね、チタンは。
確かに。
微妙に話ずやらしいけど、すいません、序盤はちょっと心配やったっていう話です。
後半は僕も結構好きでした。
そんなとこっすかね。
じゃあそんな感じで、ハッチング不可の話は終わっとこうかなと思います。
来週はどうしましょうかね。
なんか候補出てたりしたんですか?
僕はやりたいなと思っているのは、アンラッキーセックスまたはイカレタポルノ監督自己検閲版ってやつですね。
えっと、それはまだカーサイ、さっき29公開。
あ、マジですか。じゃあ無理だ。
今週末ですもんね、次のやつ。
マイク・ミルズ監督のカモンカモンはいいよ。
良さげですよね。マイナさんなんかあります?
えーちょっと待ってくださいね。
なんだろう。
あと、トカナさん配給のKKKをぶっ飛ばせ。
ちょっとジャンル的には面白そうですけどね。
ただね、ちょっとKKKぶっ飛ばせがね、リーブルーだと1週間限定で昼間1回しかやってない。
それは無理かな。
周りの前に行くとかで。
多分無理です、僕。
むずいですね。
まあ大きいやつだとカモンカモンですね。
あえての名探偵コナンとか。
そんな過去見てへんねんやんか。
いや僕も見てないっすよ。
名探偵コナン今やってるんでしたっけ?
今やってる、うん。
誰も見てない。
うちの妻ね、めっちゃコナン好きなんですけどね。
へー。
コナンもそろそろ終わりとかじゃないんですか?
いやもう終わりは見えないっすよ。
見えない?
全く。
コナンの絵がまあまああるな。
どうしましょうかね。
一応コナンはね。
カモンカモンはまあ正直ちょっとやるとしたら
カモンカモン以外あんま思いつかないっちゃ思いつかないんですけど
前野さんどうですか?カモンカモン。
54:02
あれですね、いつも引っかかってくるの私しかいないですよね。
逆になんかあります?
いやカモンカモンいきましょう。
カモンカモンしかない気がする、確かに。
いい作品っすよ。
確かにカモンカモンがコナンしかない気がする。
なんかね、4月とかゴーデンエッグあんま大きい作品ないからさ。
そうですよね、なんか対策なくないです?
そうやね、あってドクターソレンジぐらいやねん。
ほんま大きいのって。
ちょっと早めにファンタクティックビーストが始まってるっちゃ始まってますけど
ゴーデンウィーク用というよりはちょっと早いですよね。
なんか意外とゴーデンウィークらしい感じがないんやな、今回。
まあまあコナンだけってことか。
だからコナンがあるからみんな避けてるんじゃないですか?
まあね、コナンが普通にね
シネコンで4つぐらいのスクリーン撮るからさ、週末とか。
コナンに全部持って行かれますからね。
コナンと被ったら。
勝負しないんやろな、だからこっこつぶな作品が多い。
他になんか問題になってる映画とないっすもんね。
もう問題になってる?
問題というか、今やってなくても取り上げられてるみたいな。
もうなんか、1周年手前の自己紹介会来週でもありかなってちょっと思った気がしましたけど。
まあ直前になっちゃいますね。
マリオンさんにも聞いてみて。
カモンカモンで行きましょうか、じゃあ。
カモンカモンで。
マイナさんすいません。
お行為いい映画すいません。
ジョーカーをやった後のフォアキーンヘニックスは頑張ってます。
そうですよね、それを見よ。
はい、じゃあそんな感じで来週はカモンカモンです。
はい、それではお知らせになります。
5月も映画の話したすぎるバーを開催させていただきます。
日時が5月の14日土曜日、オープンが19時、クローズが23時の予定となっております。
いつも月末開催なんですけれども、今回繰り上げての開催になっております。
理由としてはですね、シンウルトラマン公開直後だからですね。
我々映画話したすぎるバーのメンバーはシンウルトラマンを見てから対面収録してからバーに向かいますので、
その流れでシンウルトラマンの話を構えながら来ていただいても対応可能ですので、
よかったら遊びに来てください。
無事公開されてほしい。
もういけるでしょ。本ちゃんの予告も公開されたっぽいし。
でもなんかワシズさんが音楽これから頑張らないとみたいなツイートがあって。
とんでもないデスマーチですよね。
マスコミ指針あるかなって思いながら。
ギリギリあるかどうか。
そういう時はもう4人とも同じタイミングですね。
57:01
もうシンウルトラマン、期待と不安が入り混じってますね。
なんかね、そんな感じの声が聞こえてきてますね。
やっぱ私、進撃の巨人見てからちょっと日口さんに対する身構えがあるので。
え、でもシンゴジラ見たことあるんだよね。
シンゴジラはめっちゃよかったんで、
シンゴジラ見てなかったら、このシンウルトラマンとかに興味持ってなかったかもしれない。
ちょっとゴジラとまた毛色違いますからね、ウルトラマンは。
ちょっとより。
庵野がどこまで関わってくれてるかみたいになってきてるじゃないですか、こうなってきて。
そうですね。それはそう。
どっちに転んでも。
万が一の時はもうね、
さらばウルトラマンって感じのテンションで話しましょう。
あるいはみんなで安倍のハルカス美術館の庵野秀明展に行くとか。
それ、何ですか?泥とか投げつけるんですか?
いや、そっち。
嫌がらせ。
あるいはが何人かかってたか、僕はよくわからなかったんですけど。
シンウルトラマンがもし間に合わなかったら、公開されなかったら。
間に合わなかったら、そういうことか。
みんなで庵野展。
あるいはがどこにかかってるか、むちゃくちゃわかりにくいんですけど。
公開されなかったらという。
すごいな、今の。
まあまあ、その感じでいきたいなと思います。
あと、またこの番組ではリスナーの皆様からお便りを募集しています。
番組の感想、次回テーマ作品の感想など、ご自由にお送りいただけると幸いです。
受付先は番組説明文をご確認ください。
また次回バー開催情報、ポッドキャスト次回テーマ作品の告知も行っておりますので、ツイッターのフォローもよろしくお願いいたします。
はい、それでは、映画の話すたすぎラジオリニューアル第59回、ハッチング不可の回を終わりたいと思います。
それではまたお会いしましょう。さよなら。
さよなら。