今日のテーマトークは、「シンプル・アクシデント 偶然」です。
はい、ではマリオンさん、解説お願いします。
はい、映画ドットコムより解説を読ませていただきます。
イランの巨匠ジャファル・パナヒが手掛け、
2025年第78回カンヌ国際映画祭で、
パルムドールを受賞したサスペンススリラー。
不当に刑務所に盗獄された人々が復讐を試みる姿を、
スリリングかつユーモラスに描いた。
かつて不当な理由で盗獄されたワヒドは、
自分を拷問した監守と思われる男と偶然出会う。
とっさに強引な手段で男を拘束し、
荒野に穴を掘って男を埋めようとするワヒドだったが、
男のIDを見ると復讐すべき相手と名前が違っていた。
男も人違いだという。
実は盗獄中、目隠しをされていたワヒドは、
男の顔を見たことがなかった。
男は本当に復讐の相手なのか。
確信が持てなくなったワヒドは、
ひとまず復讐を中断し、
同じ男に拷問された友人を訪ねることにするが、
反体制的な活動理由に、
イラン政府から映画制作を禁じられながらも活動を続けるパナヒキ監督が、
自身が二度に渡って盗獄された経験と、
同房で出会った人々のリアルな声から着想を得て出かけた。
チャドルと生きる、クマはいないで、
ヴェネチア国際映画賞禁止辞書、人生タクシーで、
ベルリン国際映画祭金クマ賞を受賞しているパナヒキ監督は、
本作でカンヌ国際映画祭のパルムドールを受賞したことから、
三大映画祭全てで最高賞を受賞する回帰を成し遂げた。
フランスとの共同制作作品で、
第98回アカデミー賞の国際長編映画賞にフランス代表作品としてエントリーし、
ノミネートを果たした。
はい、ではここから内容に触れる話に入っていきますので、
ネタバレ気にされる方がいらっしゃったら是非見てから聞いていただけたらと思います。
では沢井の感想、マリオンさんいかがでした?
そうですね、パナヒ監督の作品は実は初めて見ました。
私もです。
巨匠と言われておりますけど、巨匠などはもうじゅじゅ知っておりますが、っていう感じですが、
でも意外とイランを描いた映画、結構見てるなとは思っておりまして、
ラジオでもやりましたよね、アスガーファルカディの作品やりましたよね。
あれイランですよね、とか、ちょっとタイトルをど忘れしましたけど、とか、
あと聖なる一軸の種もイランだったりとか、
あと息子さん、パナヒ監督の息子さんが作った映画も見たことあるぞとか、
はいはいはい、なんかあったな確かに。
ちょっと名前をど忘れしましたかみたいな、何一つ覚えてないやないかいっていうのはちょっと申し訳ないんですけども、
意外とイランの映画見てるなという、息子さんの名前の方はあれか、君は行き先を知らないかなっていうやつが見れたりとか、
意外とイランの映画に触れる機会は多かったりしてたんですけど、
なんか今回もそういうイランの状況というか、社会情勢というか、文化、社会、人々の営みみたいなのがめっちゃ描かれてる映画であって、
そこもすごい興味深くて面白かったなっていうのもありますね。
何より何と言うんですかね、僕は結構怖さが勝つ映画でしたね。
解説ではスリリングかつユーモラスに、結構コメディでもあると思うんですけど、結構僕は怖い方が勝ったなという感じでしたかね。
まずちょっとその、反体制的なことをやった人は盗獄されみたいな、拷問みたいな、尋問みたいな、受けてみたいな状況がまず怖いっていうのもありますし、
まあそういう大きな社会の構造というか、ものから誰しもが逃れられないっていう、
その中でまたちょっと普通の人々が暴力の中に、過虫に巻き込まれていくみたいなものがちょっとやっぱ怖いし、怖いというか、でもしゃあないよなみたいな気持ちにもやっぱどうしてもなるというか、
いやそれは復讐だってしたいさみたいな、気持ちもあるけど、なんか怖いよねっていう、
なんかもうもはや偶然というか、本当たまたま運が悪かったねみたいな感じだと思うんですよ、正直。
まあちょっとその状況を良しとしているのはどうなんだっていうのもありますけど、ただイランの中で住むということはもうもはやそれ偶然みたいなものの中の一個になっているなと思っていて、
まあそれ怖いよなって思っちゃいましたし、最後も最後までどうなるのかなこれって思って最後、めっちゃ怖いやんけって僕は思いましたけどね。
嫌な音が聞こえてくるっていう、いや良くできてますねっていう、いやめちゃくちゃ面白かったです、はい。
うちの番組で撮られたの、英雄の証明ですよね。
あ、そうだね、英雄の証明でした、失礼いたしました。
タイトル覚えとけよって感じなんですけども、はい。
あと、聖地には蜘蛛がそうあるもん、あれ舞台イランですね。
そうですね、あれ舞台イランですね、そう、そっか、結構じゃあラジオ内でもイランを取り扱った映画、結構やってますね、はい。
いややっぱ映画大国なんですよね、イランって。
いやそうなんですよね、そうなんですよ。
そんな見ては来てないけど、やっぱいつも何か通ってはいたりは、
そう、通っていたりとか、とんでもなくパワフルな作品が1個あたりが大きいみたいなのがあるのかなって気がしますよね。
そうですね、はい。
はい、では大井さんいかがでした?
そうですね、自分もそれこそイラン映画、まあ確かにイランが映画大国って話で1個、もう1個なんか、
アッパス・ケアロスタミンの大刀の味とかも確かにイランだったなとか思い出してたんですけど、
特にここ最近のイランの映画って、やっぱ体制に対するこれでいいのかっていうところを描く映画がすごく多いじゃないですか。
はい。
で、すごい恥ずかしい話をしますけど、パナヒ監督の作品もクマはいないわ、見にはいっていて、という表現をしているのは、
すいません、ほとんど寝てまして。
クマはいないわね、まあドキュメンタリーなんですけどこっちは、なかなか自分はちょっとつかみ損ねてしまったという感じで、
なんで、ある意味実質初めてというか、初めて見ますって感じでいていいかなと思ってるんですが、
それこそね、現在アメリカと戦争をしているっていうところで、最初にその戦争始まったって時にTBSのセッションってニュース番組を聞いた時に、
割とイラン国民がそこの戦争、アメリカ側の攻撃をちょっと支持してるみたいな話を聞いたんですよ。
あくまで戦争始まった直後ですよ、多分今だんだん状況変わってきてると思うんですけど、
っていうのを確かに聞いて、あれそういえばあの映画とかってイラン映画だったよなとかって思い出して、
だから結構対戦対するやっぱりアンチテーゼというか、っていうのは割と国民感情としてあったんだなーっていうのをすごいここまでの映画の経験というか、
映画による国際情勢みたいなものを知ることでなんとなく納得できたところがあったりはしたんですけど、
本作もまさしくその流れに乗っかってるような映画といえばそうかなと思っていて、
そういうことって思い出したのが聖誕の一軸の種の、あれって対戦側の人の話だったじゃないですか、ある意味。
そうですね、あれは対戦側の人ですね。
で、あの映画の中でも確か娘を尋問らしいことをしている時に目隠ししてやってたなーっていうのを思い出して。
あ、してましたね、してました。
だからそれがもう上等化してるってことなんだなっていうのがすごいこの映画みたいな、
よりこう、分かったというか、まあその怖さというか、怖さたるやって話でもあるんですけど。
逆に聖誕の一軸の種の時ってあんまりその、それこそ最初お父さんが銃を渡される、別の話で申し訳ないんですけど、
あの銃渡されるところから映画が始まるんですけど、どうしてそんな状況になるねんって思ってたんですけど正直、見てた時には。
ただ今作見てるとその反対側の人たちの感情を考えると、まあそうなるかっていう。
なんか結構、両方の視点から見てしっくりきて、なんか僕結構この映画とセットだなって思って見てるんですけど。
たしかに、たしかに。
うん、なんか現在のイラン情勢みたいなもの、あるいはそこのどちらかの立場についてしまった人、
多分それは本人の意思や思想はあんまり関係ないんでしょうね、おそらくね。
うん。
そう、どちらかというとその仕事としてそこについてしまった人たちが対立せざるを得ない状況になっていっているっていうのが、なんかすごいよくわかるし、
今回のその、特に偽俗の男ですよね。
今回に関しては偽俗の男の方って、あんまり、最後のラストシーンでようやくこう明かされる形になりますが、
あんまりフォーカスが当てられてないっちゃ、フォーカスが当てられてない。
それはパナヒ監督がわかるように見たらそうなんですけど。
ですけど結構、千代千尺の種見ると、そっち側の目線がすごい僕はしっくりくるなと思ってて。
そっち側の目線もすごい、なるほどなって思えるところがあるなっていうのを両方とも感じていて。
なんかこの、仕事だからというので残酷なことを、残酷だと思わずにせざるを得ない人たちの話が、この両方の映画だし、
特に今作に関しては、それをじゃあ散々暴力を振るわれたら、それを暴力で返していいのかっていう問い。
そしてそれは返したら終わるのかっていう問いだなぁと思って。
あーすごい複雑な後味だなぁと思って、めちゃくちゃそこが味わい深かったです。
なんか世界って、解決って難しいなっていうのをすごい深息を感じました。
だからラストシーンも、めちゃくちゃ怖いラストシーンですけど、そのラストが僕決定的に描かれてない、あるオープンエンディングになっているのがすごい良いなと思ってて。
あれがもちろん本当に帰ってきたっていうふうにも見えるわけですけど、
あの男が永遠にあの足音を後ろから聞こえているように生きなければならなくなったというふうにも見えるわけですよ。
なんかその絶妙な感じが、結局暴力を誰かに対して振るうという行為に追われた代償というか、そういったものをすごい的確に描いてるなと思って。
いやー、すげーすげー映画だなって思いました。
こんな感じです。
僕はですね、先ほど申し上げた通り、パノヒ監督は初めてですね。
なのであんまりこう、作家の前後とかはあんまり語れないんですけど、あくまで一本の作品として話すことになると思うんですけど、
うめえなって思いながらずっと見てたんですけど、とにかく見せるのではなく何を見せないのかから設計してるなっていうところですよね。
冒頭で夜道を車で走っているところで犬を引いたっていうのを見せないんですよね。
そこからずっと、こんな映画は見せてないものに軸があるっていうことをやり続けるんですよね。
だからそこでもう宣言している、まだ本題に入ってないんですけど、あれって犬にぶつかっただけだから。
ただ、あそこで結構本質的なことも匂わせてはいて、犬が引かれちゃったのは神様のおぼしべしだねっていうふうにお母さんが言うのに対して娘が、
でもお父さんが犬を引いて殺したっていうふうに言い換えてるんですよね。
はい、そうですね、あれはね。
もうそこがずっと、それがこの映画のずっと。
大事なテーマですわっていう。
いや、そうそう。
で、引かれたものは引いた側には見えてないっていう、映されていないっていうのをずっとやっているんですよね。
今、自分が話しかけて相手も映ってなかったりとか、話題の中心になっているもの自体が映ってないとかっていう、
その映ってないことにずっと緊張感があって。
で、これはカメラっていうものもそうだし、カメラの使い方の話もそうだし、話としての作り方もそうなんですけど、
暴力の本体が出てきてないんですよね、この映画。
暴力が実行される瞬間は出てきてないし、そういう暴力装置たる警察とか軍隊も直接的には出てきてない。
警察も見回ってる人がワイロもらったり程度のことはやってましたけど、
暴力を振る舞う主体は本作には出てきてないけど、本作の背景にはずっとあるよねっていうのがある。
それがむちゃくちゃ怖いんですよね。
表面上コミカルなんだけど、そのコミカルさはそのギリギリ本作が映してない部分にある暴力の圧倒的ダークさをより際立たせていると思うんですよ。
これ、この人たちの話していることめちゃくちゃおぞましいですねっていう、なんか表面上コミカルになってるけどみたいな、それがずっと起きている。
それがだんだん滲み出てくるなっていう、最後の最後になってようやく、ずっと覆い隠していた闇の部分が滲み出てきていて、もう隠せなくなっちゃってるっていうところですよね。
で、ラスト。恐怖の主体は見えない、見ることができないで終わっていくっていうね、もう映画というものの作り方そのものの上手さもそうだし、イランで映画を作るということは何を見せないかによって作るしかないっていう部分がすごくあらわになってるなと思うんですよ。
見せてないことで見せてるんだぞっていう、まあそれも映画としての作りもそうだし、イランで映画を撮るということそのものも見せないことで見せ続けているなっていう強烈な映画だなと思いましたね。
はい、てな感じで、ではお便りいただいてますので紹介させていただきます。
では、大石さんお願いします。
はい、グッドウォッチメンズ大ちゃんさんからいただきました。
こんばんはいつも楽しく聞いております。グッドウォッチメンズ大ちゃんです。
テーマ作品であるジャファル・パナヒーシンプルアクシデント偶然の感想を送ります。
結論から申し上げると、ここ数年で考えてもトップクラクスの傑作だと思いました。
パナヒーの境遇を含めていろんな観点で話せる映画だと思いますが、何と言ってもシンプルに映画自体が面白いところに凄みを感じます。
復讐の正当性をめぐるストーリーテリングと題材の割にはユーモラスな雰囲気のバランスが絶妙でした。
汽車隊をどのように収めれば悲劇と喜劇の境界を行き来できるかという感覚をパナヒーは熟知しているのだと思います。
長回しの会話シーンが品質することから演劇的な作品と思いそうですが、フレーム内に誰を収めるかが明確に計算されており、カメラの特性を意識している映画的としか言えない見事な作品でした。
余談ですが、現在大阪のシネヌーボで特集上映が開催されている清水博の作品群と共通するところがあると思います。
ぜひ機会がありましたら見に行って実際に確かめていただけると嬉しいです。
かっこ大きな声では言いづらいんですが、パブリックドミニなのかYouTubeにも結構アップされています。
改めて不条理な境遇にも関わらず愚直に映画作りを続けるジャファルパナヒーの屈強な精神と知性と勇気に敬意を表してこのメッセージを結ばせていただきます。
それでは皆さんの投稿を楽しみにしております。
ありがとうございます。
大チャンさんはお好きだろうなと思います。この映画の作りは。
もうカメラの力がビシバシ伝わってきますもんね。
なんか本当に技巧じゃなくて、この映画さっき山口さんもおっしゃってましたけどフレーミングですよね。
そこで全てを語っているというか。
ずっと怖いですもんね。映ってないもののことが気になって気になって。
本当にそうだって、明確に集まってくる復習をしたい人たちが過去にどういうことをされたのかってわかんないじゃないですか、過去のことだから。
回想シーンとかもないわけですよ。でも傷跡であるとか、そういう痕跡からきっとひどいことがあったんだろうなとしか思えない。
めちゃくちゃ怖いですよ、本当に。人造片っぽない?とかな感じでしょ、あれ。
そうですね、ひどいはそうですよね。人造痛めてみたいな話でしたし。
もっとひどいことも行われてたし。
僕はあんまりパナヒ監督のこと詳しくないとは言いますけど、結構トリッキーな映画を撮り続けてた人だと思うんですよね。
これはもうイランの政府の目を飼い食えるためにそうしてたっていう部分あるんでしょうけど。
そっからちょっと解放されてるわけではないですけど、じゃあちゃんとしっかり映画的に作ったらこうなるみたいな感じなのかなと思ってるんですよね、今回の映画が。
あと個人的に思うのは、入国した瞬間に逮捕される人なんで、この人。
要はイランの街の中で撮ったよなと思って。
そうそうそうそう。よくできるなって。でもなんかすごい見てできた作品がバタバタしてるなみたいな感じは全然しないじゃないですか。
すごい腰を据えてゆったり映画撮ってんなって思うじゃないですか、やっぱり。
だって長回しとかバンバン出てくるじゃないですか、今回。
そうそうそうそうそうそう。
いやもうそんなんなんかもうどうしようどうしようみたいな感じで危機的にはできないじゃないですか。
もうなんかすっごい腰据えて風格ある映画撮ってるから、なんか本当にすごい人なんだなと思いましたけどね。
だからこの映画自体に暴力がないけど暴力が後ろにあるのと同時に、パナヒが撮ってる撮影現場にも暴力の影はあるわけですよね。
だって見つかったら捕まって同じことをあげるわけですから。
怖いよねってなりますよそれは。
よく撮るよなこれで映画をっていう、この人って映画ってなんなんだっていう。
いやすごい。
すごすぎてちょっと。
やっぱりその、まあ僕は見てる範囲ですけどやっぱイランの映画ってどれも気迫がすごいんですよね。
はいはいはい。
ちょっと詰まってるものの質が違うなって感覚ありますもんねやっぱり。
その必死さがなければ多分クリエイティブが生き残れないというか、クリエイターが生き残れないってことなんだろうなっていうのは、特に外に出てくるこういう映画を見てる限りは必死と感じますけど。
まあそうですね。
この映画はその政治的な背景もしっかりありつつ、でもしっかり映画として面白いのがまたすごいっていう。
そうなんだよな。本当に最後までこれどうな、どこに行くんだろうって分からなすぎて。
スクリーンから目離せないじゃないですかっていうのもあるし、あとキャラクターがいちいち面白いじゃないですか。
そうなんだよな。
すごい沸点が低い兄ちゃんめっちゃ面白くないですか。
お前喋るとすぐ怒るなみたいな。怒りたくない気持ちはすぐ分かるんですけど、あいつがベラベラ喋ってると途端にツイストしてくるんですよね。
あとは巻き込まれた花嫁の辛老化はね。
うーん、そうね。我々に近い感じって言ったらいいんでしょうかみたいなんですけど。
復讐なんて良くないよって、まともにそういう感じで言うんだけど、そういうことじゃねえみたいな。
返されちゃうあたりの我々の弱さみたいな。
でもなんか見る限りこの人はいい人なんだろうなと思う。
いい人なんだろうなと思うんだけど。
そうですよね。拷問されてない人ですよね。唯一。
そう。
それでゴリーと結婚することになったわけでしょう。
彼女にとっても救いの存在でもあると思うんですけど、それをそれとして濡れたいこと言ってんじゃねえみたいな感じでみんなで。
そうそうそうそう。
あれ思い出しましたけどね。ハーレークイーンのスピンオフの映画のセリフで復讐しても枯れないんだって、でもやるわよみたいなやつ。
なるほどね。
あのノリと近い感じのやりとりを2人でやってるみたいな感じだったんですけど、個人的には。
また和人がね、結構揺れるんですよね、どっちかっていうとこう。
そこがまあこの本作もまたどこに行くかわからなくさせるというか、キャラクター配置の中でさっき言った通りもうすぐにカットになってやっちゃおうぜっていう兄ちゃんもいれば、でもやっぱり許せないって人もいる中で和人は意外と中立側なんだよなっていう。
もちろん勢い余ってラチってはいるんですけど。
やっちゃってますけどね。
僕あの小市民っぷりが何ともじんわり狂うんですよね。復讐期にもなれないっていう。
だからその信念があるわけでもないっていうところもなんかこう不憫だなっていう気持ちもあって。
彼がどういう経緯で投獄されて拷問されたかとかもわかんないんですけど、なんかかっことある反対性の意思を持って何かをしてたのではないんじゃないかなって気もするんですよね。
和人は一応理由ありましたよね。
ありましたっけ?
広告会社でしたっけ?
ちょっと詳細忘れましたけど、ただ単純賃金上がんねえじゃねえかみたいな。
そうそうそうそう。
仕事ですね。
それって別に体制の問題もあると思うんですけど、そういうのって別に我々もするじゃないですかじゃなくて、のみやの愚痴レベルの話で投獄されてるって思ったら、それは怒りますわっていう感じじゃなかったですかね、確かに。
そこもまたね、すごい小市民とか社会のためとかではなく思想のためとかでもなく、自分のために怒ったら投獄されちゃったっていう人ですからね、彼ね。
それは不憫すぎるっていう。
原料足りないからパッケージ白黒にしたら反対性って言われるみたいな感じじゃないですか。
今だね、今じゃないですか。やだやだ。怖い怖い。
怖いわ。でも本当にそんな感じですよ、たぶん。
意味わかんないですもんね。
白黒にしたら、そっか大変やもんなって思ったら怒ってる人とかいて、何を見ているんですかみたいな感じですよね。
状況に巻き込まれる他のメンバーは、もうちょっと意思しっかりしてそうな感じするなっていうのは思うんですよ。
カメラマンの女の人とか確実にアクティビストだと思うんですけど。
そうですね。
だってヒジャぶつけてないし、あの人たち。
そうですね。
明確に意思を持って活動して、意思を持って反対性として罰されたっていう感じ、投獄されたって感じだと思うんですけど。
やっぱ彼はそうじゃないからこそ、復讐期にもなりきれてない。
日より見してしまう感じ。
だから僕すっげえ気持ちわかるんですけど、冒頭あれ勢いでやってるじゃないですか、拉致するところ。
勢いじゃないとできなかったんですよね。
自分の意思によってあれを成し遂げることはできなかったから勢いでやって、そのメモリーがちょっとでも減ったらもう迷う迷う。
しかも下手に家族見てますからね、彼ね。
あれはね、ちょっと平凡さであの状況になってしまうっていうのが本当不憫だなっていう。
そもそも投獄されてたことも不憫だし、自分は復讐しないといけないんだってなっちゃうのも不憫だなっていう。
でもやりきれないしっていう。
そのどっちかに振り切れなさにものすごく感情移入してしまえるところがあるなとは思って。
多分自分もこの状況置かれたらこの感じになりそうだなって思ってたんですよね、見ながら。
復讐って怖いなって、取り返しつかんしなみたいな。
だから最後までどっちに転ぶんだろうっていうのが分からずに連れてかれる感覚があるというか、
そもそもこの人本当にそうなのってところも含めてですけど。
そうなんだよな。
だって冷静に考えると証拠不十分すぎるでしょって思うんですけどね。
なんかちゃんと反論されたら動揺しちゃいますもんね。
なんでしたっけ?流暢性バイアスでしたっけ?自信を持って言い切られたら正しく聞こえるみたいな。
なんかありますよね。
義足のところ見てみろって、ここ数年の傷じゃないだろうって言われて見るけど、
義足の傷のところの面とか僕分からないと思って。
分からないですよね。
そのとこも分かんないしなみたいな。
絶対分けても分かってない顔してましたからね、あそこで。
これってなんかなみたいな。
言われてみればそうかもしれないみたいな。
そこがね、ちょっとなんとも言えない気持ちで見てましたね。
ちょっとじゃあ次のお便りいきましょうか。
では、グラビトンボルトさんから頂きました。
下杉ラジオの皆様、先日のポッドキャストエキスポの時にはご挨拶できて嬉しかったです。今後もよろしくお願いします。
シンプルアクシデント偶然が見れたので感想を送りますね。
芝屋で開催されたフランス映画祭と本公開時で2回見たのですが、とても面白かったです。
まず冒頭の貴族の男が妻と乗る車を捕らえた長回しから後部座席からいきなり娘が飛び出してくるショット。
映らない犬を引いてしまう場面。
故障した車のポンネットを開いて困っていると暗闇だと思っていた場所が実はシャッターで突然開くとガレージが広がっていたり何もないと思ったところに誰かがいるという不意打ちのような場面が展開されています。
そしてこの不意打ちがクライマックスエンドロール寸前から終幕まで緊張感を高める機能を持っていました。
あのラストは決して目に見えない音の距離をとてもうまく使った音響演出は前作クマはいないのラストショットで主人公の動作が生み出す音が扱われていたのと対照的に
主人公には何もできずただ聞いているしかない恐ろしさと音の距離が生む別解釈が興味深かったです。
お三方がこのヒリヒリする映画をどう扱うか非常に楽しみです。
継続的に映画を見て話すことで聖なる一軸の種などのイラン社会の緊張感をパッケージした他作品との連なりをどう感じるか一言いただけると嬉しいですと。
はいありがとうございます。
ありがとうございます。
ポッドキャストウィークエンドでご挨拶させていただきまして髪型の話でピンときました。
そうですね。
内容に関して本当にそこに人いたのとかそこってそういう場所だったのみたいなのねめちゃくちゃ多いんですよね。
その場面転換を使わなくても全く違う状況って作り出せるっていうのをね本当に使いこなしてましたね。
本当冒頭のところこのシーンとこのシーンさっきまでつながっているのは信じられないなと思いますよね。
そこ全編にわたってそうですけど冒頭のシークレンス本当にすごいですね。
そうですよね確かに女の子マジで急に出てきますよね。
いたのみたいな急に逆に今までよく静かだったなみたいなあの不意打ち。
不意打ちの連続ですよね本当にねそこから犬を引いてしまいとか本当にすごいです。
冒頭のシークレンスなのにちょっと気になっているのが犬を引く手前ぐらいで車を犬が追いかけ回してるって絵が一瞬見たんですけど。
あったあったありましたね。
あれ何?っていう。
あれ絶対なんかあれやろって思って見ちゃいますけど。
そう。
けどまぁ犬を引いたやつがその後どうなるかみたいな。
あーそうね確かにね。
暗示にもまぁなってるっちゃなってると思いますよっていう。
そっかその暗示にはなってるのか確かに。
そうそう。
まぁ暴力を行使する側だった男がまぁ行使を偶然しちゃうっていう場面の後で彼はどうなるんでしたっけっていう。
うますぎん?っていう。
犬その後もちょこちょこ出てくるじゃないですか。
結構ね象徴的に出てきますね。
ね。
でいい感じにカメラ内にまとわりつくように登場してくるんですよね。
ね。
それこそだって拉致する前とかもね犬が前を通ってそれがある種きっかけになっていくというか。
そうそうそうなんですよ。
めっちゃ引かれそうな動きするんですよあの犬。
確かに。
あれ偶然なんか狙ってああいう演出なのか分かんないんですけど。
どうなんすかね。
分かんないな。
どこまで狙ってるのか。
要らんって犬が多いっていうのはなんか聞いたことがあるんですけど。
割と野良犬が多い土地だっていうのは聞いたことがあったんですけど。
それをこういう演出に使えるって多分ねほぼ多分野良だと思うんであいつら。
うんうん。
放ってるわけないと思うんで。
うん。
よくそんなんできるなと思う。
回してたら偶然入ったにしちゃできすぎてるでしょっていう。
うんうん。
そう。それもさっき言った通りねパナヒ監督そんな大規模な撮影クルーとか連れていけない人なんで。
うんうん。
絶対もうかなり少数性で手持ちカメラとかで撮ってるはずなんですよ。
うんうん。
それであんな思った通りの絵になるのってどういうことっていう。
うん。すごいななんか犬ってすごいいろんなもの意味がこもってるなって感じしますよね。
うんうんうんうん。
犬の忠実さっていうイメージとか。
うん。
で、なんかすごく国に生きる一市民の感じってすごくそれ近いなって思いますし。
うんうんうん。
で、そういう人が何をするしでかすか分かんないみたいな部分の偶発性というか偶然性とかもやっぱりすごく意味としてこもってる存在にもなってるからなんかすごいなと思いますけどね。
うん。
あとそのイラン映画っていう文脈で。
はい。
なんか拾えることはあります?
聖なる一軸の種の話、さっきの知ってましたけど、そんなに見てはいちゃいけないんですけど。
そうですね。本当に大石さんが冒頭で話してくれたやつが本当になんか一番しっくりくるというか。
うんうんうん。
本当に聖なる一軸の種って本当にあのいわゆる尋問する側の人たちの話だったので。
うんうん。
本当言われてみりゃそうやわって思いましたけど。
そうですね、もう結構セットだなと思います。で、そのさらに背景にあるのが多分聖地に雲が沿う春だなとも思いますしね。
うん。
あれが確か2001年ぐらいが舞台でしたっけ?聖地には雲が沿う春って。
だかの。
そうですね、あの結構前の連続殺人鬼の話ですからね、あれ。
そうそうそう。で、だからその辺の雰囲気が現代になってそうなってきてるってなるとやっぱりこう、まああの当時のあの子たちが今そうなってるのかなってちょっと思っちゃうとより怖く感じるというか。
うーん。
あれもね、聖地の雲が沿う春もラストが一番怖い映画ですけど。
ゾワッとしますけどね、あれもね。
あれもゾワッとしますけど、なんかそういう形象の中でできてきた体制っていうものがあって、それが今じゃあどうなってるのかって話なのかなとも思うとなんかしっくりくる感じはするなと思いますね、見てて。
うーん。
もちろんそれを現代に、その前提で描かれてるんであの映画は、現代の視点からなんでそれはそうなんですが。
そうですね。
あとイラン映画つながりというわけではないんですけど、結構やっぱりイランに住む人々の世俗みたいなのがシンプルアクシデントからもよくわかるというか。
うーん。
やたら賄賂文化が発達してんなとか。
ねー、クレジットカードで賄賂払ってるのにビビりますよね。
そんなのありなんやみたいなっていうか。
みんなあれ持ってるって、クレジットカードのちっちゃい通したやつ持ってるって何それって思いましたけど。
すごい世界嫌なと思いました、あの世界。
そうそうとか、あと子供産んだ時に逆にこっちが払わないといけないみたいなじゃないけど。
あー。
文化とか。
あれも、あれを賄賂文化って言っていいかもちょっとわかんないですけど。
賄賂というかお心づけですよね。
うーん。
なんかやたら金渡す文化多いなみたいな。
そう、めちゃくちゃ多いんですよね。
なんか多くない?みたいな。
っていうのとかは、すごいなんか不思議な感じというか、何て言うんですかね。
お金しか信用できないみたいなじゃないけど、お金があっても裏切るんでしょうけど。
隣の人が何考えてるかやっぱ分かんないみたいな、変な緊張感があるのかなってちょっと思ってしまって。
うーん。
なんか英雄の証明とかも、ある意味なんかちょっと他の人が何やってるか分かんなすぎてちょっと変なことになるみたいな文脈もあるようなとはちょっと思うんですけど。
あー、確かに。あれもね、相互不信がテーマの映画といえばそうですね。
うーん。
なんかそういうのがまあ、別に日本でも別になんか見ず知らずの人めっちゃ信頼できるのかっていうとそういうわけじゃないですけど。
うんうん。
なんかそこの信用できなさが結構、我々が日本で普段生きていて感じるものとはちょっとニュアンスが違って見える気はしました。
うーん。
結構僕あれ、言葉選びやってるか分かんないですけど、好意的に見てて。
うん。
まあ、お心づけって日本にもある文化だったりはするので。
まあ、それが拡張してるって考えたら別にそんなにまあ違和感ないのかなって思ったりとか。
うーん。
その、医療機関にお土産渡すとかっていうのもありますし。
まあ、それが現金っていうのは分かりやすいなって僕ちょっと思いならめてたんですよね。
うん。はい。
お金で解決するっていうある種のシンプルさというか。
うん。
その、なんかお金に対する評価高いなっていう風な見方を僕はしてたんですけど。
うんうん。確かに。
ちょっと日本ってあんまりお金の評価高くない価値観の世界だと思うんですよね。
うんうん。
お金あんまりしない方がいいみたいなとこはあるかなっていう。
まあ、それをこう担当職人にお金のやり取りしてるから、
おお、なんかある種シンプルだなっていう。
ちょっとこれ見方がそもそも合ってるかどうか分かんない件なんですけど。
うーん。
ただまあ、ガソリンスタンドでゼロ1個増やしていいですか?さすがに暴利すぎるだろうって思いましたよ。
なんでやねん。
ゼロ1個増やすって。
なんでやねん。
そんなことありなんかっていう。
そう。
もう銀買って何だろうっていうレベルですからね。
なんかさ。
ほんとに。
なんかおめでたいことある人と関わったら、お金ちょうだいって言ってるのと変わんないじゃないですか。
すごいなっていうか。
まあでも確かに向こうの結婚式とか、中東文化のトルコとかも確かそうだったはずなんですけど、
結構代々的にやるじゃないですか、道そのまま練り歩くみたいな感じで結婚式やったりとかする中でっていうのは、
なんかこう日本人的な感覚、その親族だけ呼んでとかっていうのとはまた全然違う。
もうめでたかったらとにかくもうそこはもう無礼講じゃないけどもお金をもらっていいんだっていうのが、
なんか逆にこう清々しいっちゃ清々しいっていうのは確かにおっしゃる通りだなと思います。
それこそあの確かあくまでも独裁政権、まあ現在でもそうですけど、なのでクレジットカードかなんかも国家が発行してて、
曖昧な情報ですけど、ただ賄賂があまりにもこれだけ盛んに行われてるから故に、
クレジットカードでも賄賂を払ってくれっていうのは結構国も推奨してるみたいで。
なぜならその方が現金の動きを読めるから。
それはそうなんですよね。
なるほどね。
国の国家レベルでそれが管理できるから、だったらもう見えない形の現金でやれるわ、クレジットカードでやってくれよっていう風になって、
割とあれが推奨されてるらしいんですけど。
ちょっと本当に興味深く見てましたね、あそこは。
国柄というか。
日本人、現金信用しすぎてますもんね。
現金が強いカルチャーだから。
そうですね、なかなかそこからは抜けられないし、
ある意味そこを国家に見られることに対して抵抗感ありますもんね、前提としてね。
マイナンバーカードの反対とかも結構それであったなっていうのは思いますし。
それの逆か、お金の流れ全部見えますもんね、クレジットだったら。
そうそうそうそう、だからそれはそれなるほどなと思ったんですけど。
ただクレジットカードのクレジットが本当に信用になってるなと思って。
文字通りのね。
文字通りの信用カードになってるなと思って。
いややっぱ面白いですね。
これは面白いと言っていいかわかんないですけど、
でもやっぱり社会が違ったり文化が違うものを見れるのも映画の良さだなっていうのを
イラン映画とか見てるとすごい感じますね。
そうなんですよね、今喋ってた感想が本当に妥当かどうかっていうのはちょっと怪しいと思うんですけど、
顔を見たことない異物みたいな感じよりは、
一旦肌感覚でキャッチする方が少なくとも人間だなって思うのは
すげー大事だなっていうのはすごい思うんですよね。
質感を持ってない人間として、他者として捉え出したら究極悪魔にできてしまうから、
こういうお金の扱い方するカルチャーなんだなっていうのを
物語として捉えることである程度自分側の話として捉えられるんですけど、
これをちょっとイランってワイロが横行していておぞましい文化ですねみたいな感じで捉え出したら
むちゃくちゃ嫌なものになるじゃないですか。
ちょっとそうじゃない距離感で咀嚼したいみたいなのは、
本当に自分たちが普段触れない文化の映画とか見るときにすごい面白い部分って言い方でいいと思うんですけど、
こういう肌感覚で生きてる人たちなんだなっていうものを
ある程度自分の内面でキャッチするみたいなのが面白い部分だと思うんですよね。
iPhone使ってるんだみたいなのも今回ちょっとびっくりして。
確かに。
車のモニターの表示あれiOSの表示だったと思うんですよ。
確かに確かに。
多分あれiOSですよね。
そうなんだiPhone使ってるんだとかもあんまり考えたことなかったから。
でも確かにアメリカと仲悪い国でもスマートフォン使うってなったらアメリカのデバイス使うしかないよなみたいなのも
結構アメリカのOS入ってるデバイス使うしかないよなみたいなのは
なんか言われてみたらそうやなみたいなのもちょっと思ったりとかはしたりしてっていう。
それこそね、ひじゃぶつけない運動の発端とかも
これ1719の種見るとわかりますけどSNSから始まってる
めちゃくちゃアメリカが出してるプラットフォームのSNSから始まったりするところもあるんで
結局そういうところはあったり
あれは多分ある種真アメリカ的な人たちも一定数いそうだなっていう
それは現状どうなってるかわかんないですが
でもそれはそうですよね
だって偽則のあいつスマートフォンじゃなかったですよね確か
確かにそう言われてみればそう
スマホじゃなかったですねそういえば
うん、だったかも
で奥さんひじゃぶつけてるし
だから娘だけの人タブレット持ってるの
そうだそうだそうか
なるほどな
そういうのもやってんのかなもしかしたら
絶対やってそう
なんか携帯の話はそれこそ一時期の種とかでちょっと出てきた気がするな
あったかもな
なんかあった気がするんだよな
一回しとけばよかったな
結構あの映画その体制側のその体制
結構最初お父さん体制側に若干こう裁判官
裁判所の確かスタッフなんですけどもともと
でそこで出世して裁判官になれるかもっていう話になっていくんですけど
その過程で尋問官みたいなものをやっていくっていう話
であの話もお父さんが何してるかは見えないんですよね途中まで
職場で何してるか映さないんですよ
多分それ映せないからなんですけど
途中で娘に対してやってることで
お父さんこういうことやってたんだってだんだん分かっていくって話なんですけど
なんかその時に色々その職場の同僚から
ここはこうしたほうがいいとかここはカメラが入ってるから
これ以上喋るなみたいなことをされてたんで
意外とその中の体制側の人ですら実は抑圧されてるって話だったな
最初って思いましたね
だからスマホ使わせてもらえてないのは
そういう理由だったりしたかもっていうのは
なんかちょっとあり得るなと思いました
なるほどな
じゃあスマホ使いもちょっと狙ってるかもしれないですね本作も
狙ってそうな気がしますね
なるほどな面白いですね
はいでは次のお便りいきましょうかマリオさんお願いします
はいタウルさんからです
こんにちはタウルです
改めて東京遠征お疲れ様でした
先日作成されたジーンを購入できたのですが
コンテンツの豊富さとメンバーの個性がわかる充実の内容でした
ビギナー向けが赤紙貝が青い表紙というのが
ビートルズのベスト版である赤版青版のようでかっこいいですね
私が参加したバビロン回も掲載されていて嬉しくなりました
さてお題のシンプルアクシデント偶然ですが
イラン映画の伝統と最先端が味わえる作品でした
私はキアロスタミンに夢中になってイラン映画を知った派です
彼の時代は検閲をクリアするため
子供の視点を通して社会を語る手法から始まり
映画内ではヒジャブの着用が必須
社会や家庭の実情は表現しにくいなどの事情から
プライベートとパブリックの境界が曖昧な
車の中という独特の映画空間を作りとされました
また噛み合わない人たちによる思い通りにいかない展開という
ユーモラスな語り口により
その背景にある政治や監修
宗教でがんじがらめになった社会を考えさせます
そのスタイルはキアロスタミンの学しである
パナヒニも惹きつかれましたが
彼によってより社会派の様相が色濃くなっていき
その影響もあってアスガーファルハリーによる社会派サスペンスや
最近の白い牛のバラッと聖なる一軸の種などの問題作も生まれてきたのだと思います
本作はそんな車を使った展開とユーモラスな味わいがあると同時に
より強いメッセージ性を持ったイラン映画の一つの到達点とも言えるのではないでしょうか
答えを出すより考え続ける状態を残すラストの切れ味も抜群です
冒頭は犬の鳴き声が多くラストは鳥の鳴き声が多いのは
吠える負け犬からの飛び立てる希望でしょうか
それともカゴの中の鳥なのでしょうか
それでは皆さんのお話楽しみにしています
はいありがとうございます
ありがとうございます
ジンの色を赤と青にしたのは無意識にピートルズの影響があったかもしれないです
もしかしたら
無意識ですかこれは
意識してますか
無意識ですか
いやでもこう言われてしまうとホワイトアルバムを出さないとダメかもしれないですね
そうなりますね
白版かーみたいな
ホワイトアルバム何のするか難しいなー
はいで作品なんですけどイラン映画
ケアロスタミ作品って見たことあります?
ないです
僕はあります
大東の味とあとあれですねさっき調べてたんですけど
有名なのあれですよね友達のうちはどこ
そうそうそう友達のうちはどこも見ましたね
の2作品を見ていてで子供のうちはどこはまさに子供の視点でイラン社会を描くっていうところ
ただあんまりそっちは社会派というよりもイランの文化みたいなところが結構主体にある気がしてて
で大東の味の方は本当にこれも前編車の中に近いような形で描かれるんですけど
車の中での男と乗って行く乗車する人たちとの対話劇みたいな形
なので確かにパナヒ監督の人生タクシーであったりとか
今作も割と車の中のシーンが多いっていう意味ではすごい継承してるんだなーっていうのを思いました
そういえば息子さんが作った映画もほぼ車の中とかがメインだったので
なんかやっぱイランと車社会だからこそなのかもしれないですよねその辺はもしかしたら
やっぱり車の中というプライベートスペースっていうのもあるんだろうなと思って
外でやっぱり大胆的に撮れるよりかは中で物語を進めた方が
動きも出るし街中で撮れる理由づけにもなるし隠れ人にもなるってことなんでしょうねおそらくね
だろうなって思いますね
なんか聞いてる限りだと子供か車かばっかりみたいな感じにちょっと
奥もこの二作しか見てないからな
ただもう一個うちにディスクだけあってまだ見れてないやつがあって
クローズアップっていう映画があるんですけど
これもキアラストミュの特徴だと思うんですけど結構ドキュメンタリックなんですよ
クローズアップもほとんど二人の男性の話なんですが
まだちょっと僕も見れてないんであんまり詳しいことは言えないんですけど
かなりドキュメンタリーに近いようなテイストで撮っていて
これもまさにパナヒの作風パナヒ自身がドキュメンタリーを撮るので
っていうところにもなんかあるなとは思いました
話変わるんですけど
運動物と赤い金魚ってずっと見ようと思いながらずっと積んでるんですよね
はいはいはいはいはい
結構イランの映画ってそれ積んでるの多いんですよね
なかなか見ようとしないとね見ないのはありますよね
そうですね
正直アスガーファルファディの映画とかもねやっぱ別離とかセールスマンとか
いやそう見れてないんだよな
見てないぜとかっていうのがたくさんありますし
今年の確かあれでしたっけカンヌでも新作出たんでしたっけファルファディの
あそうなんですか
そうですね確か今年の新作出してましたけどそれはでもイランで撮ってないんじゃないかな
あそうなんだそっかそっか
プロパーナ・イザベルユペルとか出てなかったっけそっちは
ああなんかそんなこと書いてた気がするそうでもファルファディ出てるなと思って
でもやっぱりなんかキアロスタミが結構そのイラン映画の中で
そうというかやっぱ真ん中の方にいるんですかねっていうのは時代的なものだと思うんですけど
やっぱり影響を受けているのかなとは全然でも覚えてないというか文脈をそこまで深掘りは出てないので
断言はできないんですけど
いやもう全然わかんないです文脈イラン映画文脈
たまに見て面白いなすごいなっていう感じですよ
思うぐらいで
本当に
だから今回いただいたお便り3通ともなんかいかついな
いやもうほんとお三方すごいですよ皆さん
すごいやいや本当に
体重乗ってる
乗ってるからもうこのお便りがないと我々は喋れませんよみたいな
喋れないですよっていう
かじったことあるぐらいのレベルなんですけども
まあ喋れる範囲で
喋れる範囲で
今回の車の関係のシーンで僕好きだったのは
途中でガス欠かエンストみたいなシーンみんなで起こすシーン好きですけど
見知らぬおじさんも手伝ってくれるとこいいなって
あれだからちょっと気になってるのが役者なのかなって気になってて
あれ道すがらの人じゃないよねって思って
道すがらの人なんじゃないですかもしかしたら
ですよねあり得ますよねある人だしね
全然あり得ると思いますよ
でもなんかそういうとこすごい
イランっぽいっていうわけじゃないですけど
なんかそういう一面もあるというとあれちょっとなんか違いますけど
なんか日常感が感じられるシーンですごくいいなって思いましたね
イラン映画さっき言ったね
他人の信用をしていいかわからないっていう
その不審感が結構ある
よく描かれると思うんですけど
英雄の正面とか見てるときに思ったんですけど
意外とでも人と人との距離めっちゃ近くねと思ったんですよ
そうですよね結構人助けしてくれるじゃないですけど
困ったことあったらお金目的かもしれないけど
どうしたら何かあったみたいなこと聞きに来るじゃないですか
うんうん確かに確かに
日本だとそれ絶対ないなというか
大阪でギリみたいな感じだと思うんですよ
大阪でギリ
それ以上の距離感があるんで
やっぱなんかその空気感もおもろいんですよね
僕それの媒介になってるのがお金なんじゃないかなって気しますね
お金のやり取りするから
ある種の担当直入さを許容し合ってるんじゃないかなっていう
だから僕冒頭の車故障したところで
直してもらうじゃないですか
はいはいはい
止まったところで
あれめちゃくちゃ親切やなって思って
むちゃくちゃいい人やなって思って
確かに確かに思いますよ
でもしかしたら
じゃあちょっとお金もらおうかなってなるかもしれないですけど
あの音鳴ってたのかもしれないですけど
それをやったらそれをお願いしていいし
それをお金をもらえるんだったらそれを受容してくれるって
すごい人間の距離感のあり方として
割と僕納得度高いなと思ってるんですよね
本当にね
潤滑油としてお金が動いてる感じがしますよね
確か
全然健全な利用の一種だと思います
それが賄賂とかになるとまだ事情別ですけど
延長線上にあるんでしょうけどねそれがね
そうなんですよね
だから賄賂が悪いかどうかっていうのはちょっと
境界線の引き方はちょっと怪しくなってくるところだと思うんで
お心づけの延長に賄賂はあると思うんですよ
それがまあその体制の腐敗に結びついたりしたら最悪だけど
まあなんか便宜測ってやーみたいなのはあるじゃないですかそういうのって
はいはいはい
まあまあまあ
それがどこまで邪悪なものになるかっていうのの違いなのかなっていう
僕は個人的にはそれがまさにあっていいものでありながら
シームレスに悪しきものにもなっているのがまだ人間っぽいなと思って
結局そこの善悪がもう引くに引けなくなってしまう
でもそれだからって全部なくしたらそれは人間関係がなくなってしまうっていう
なんかその難しさがすごい人間社会っぽいなと思っていいなと思いますね
あともう一つそのお金のやりとりと思うのが
そのトップダウンじゃない部分での人間の関係性のあり方だと思うんですよね
だからもう体制側によってお前たちはこうしなければならないっていうものによって動いているだけじゃなくて
互いの親切心とかその親切心に伴うお金のやりとり
それは便宜を測ってくれるんだったらちょっとお金払うっていうお心づけのものだったり
あるいはちょっとそれが良くない方向に行って賄賂だったりはするんだけど
イランっていう国家体制の真っ黒な視点から見た時に見えてこない
そうじゃない領域で生きてる人たちの営みのあり方だと思うんですよね
そのお金のやりとりが
だって生じゃないですかお金のやりとりって生きることだから
ルールじゃない部分なんですよね
その規範とかルールじゃない部分で生きてる人たちのあり方だと思うので
まさにもう生活だと思うんですよ
なんかそこにすごい生の人間を見る感じはするんですよね
いきなりガソリンスタンドでゼロ1個増やしてくるような人間がニュースから見えないじゃないですか
そうなんですよね
なんかそれがすごい良いなとは思ってて
僕この映画のすごい好きな部分なんですよね
みんな欲深い
でも欲深いけどその中での優しさがあるなっていうのは思うので
そうなんですよね
その裏にさらに圧倒的暴力もあるという怖さもありながら
でもそれでこの国は回ってるっていう複雑さですよね
その暴力の部分は否定したいですけど
どう因数分解していくかっていう
イランっていう国の中にある暴力の部分
悪辣な部分とか
あるいはその人の善良な部分とか
たくましい部分
お金に悟い部分とか
そういう部分をちゃんと整理しながら分解していって
単にイランって本当におぞましい国ですよねとか
あるいは今アメリカっていう国との戦争状態にあって
アメリカのやり方に対して
暴力を受けている国ですよねみたいな
人間論的な感じじゃなくて
その中にあるもっと複雑なイランっていうものを見たいというか
別にそれが純粋な善ではないですけど
お金に悟い
けどその感情の中で人に親切だったりするっていう
生のイランの人たちを見るみたいな
その上でその人たちを威嚇
フレームから外れた瞬間に存在する圧倒的暴力みたいなもの
を描いている映画やなと思うので
なんかすごい豊かな
豊かっていう言葉選びがあってのかわかんないんですけど
なんかすごい情報量が詰まってる映画だなとは思いますかね
そうなんですよね
だからすごいこの映画見て見終わった後の感覚として
今まさにそこの裏に映画の裏に描かれなかった暴力の
さらに外側の暴力が来てるわけで
暴力を肯定したくはないんですけど
なんかすごい世界が難しいなって思うというか
去年スーパーマンって映画がありましたけど
スーパーマンがやるように
わかりやすく何かを解決できれば
何か解決されるってわけじゃないんだなというか
問題が暴力にとりなぞかれれば
それは解決ってわけじゃないんだなって
今すごい考えちゃうというか
じゃあどうしたらいいんだ世界っていうのを
思わざるをえない
本当に現代の解像度が
僕個人には若干上がる作品だなっていうのをすごい感じたので
そうですね