1. 今日の10分de1テーマ
  2. 今日の10分de1テーマ「マス..
2021-08-26 11:29

今日の10分de1テーマ「マスク・ワクチン論争と保守主義」について

spotify

本職は編集者のエイドリアン太郎が1日1テーマを決めて10分話すpodcastです。第46回目は「マスク・ワクチン論争と保守主義」について話してみました。 #エドマンドバーク

00:05
昨日の続きです。
コロナに関して、ハンマスかハンワクチンに友達がなっちゃって、それをよく主張されてですね、すごくげんなりしてるんですよ、という人の話を聞いてですね
ああ、なるほどね、と。
なかなか、それぞれの立場でですね、それぞれのエビデンスとかでですね、物を言ってたりとかするんで、
まあ、それは自由な主張として、それぞれ認めないといけないよね。
でも願わくば説得はお互いにしないようにしたいもんですね、なんて話をしてました。
まあ、その中でですね、エビデンスってものの根拠のなさですよね。
まあ、本当にどうとでも言えちゃうというものがあってですね、
まあ、そのことを思っていたらですね、なんかこう、リュージュのですね、悠久の思想というのを思い出すななんて話をしてたんですけど、
まあ、そうなるとですね、結構何を信じればいいんだろうねっていうような話になると思うんですよね。
まあ、前にですね、自由、平等、平和、人権とかですね、
まあ、これ以上逆に登れないようにですね、見えるようなですね、すごい大事に見える概念もですね、
まあ、所詮人が作ったものでですね、まあ、なんていうか、便利に考えたりするための道具みたいなものでですね、
まあ、幻想なわけですけど、
でですね、まあ、その中の一つに理性っていうのがあるなと思ってるんですよね。
でですね、そのフラットアーサーズの人にしろですね、
まあ、それこそ僕らにしろですね、
えー、ハンマスク、ハンワクチンの人にしろですね、
えー、結構ですね、自分は理性的だということをですね、
疑わないし、そのことにちゃんと理性持ってるよということをですね、結構根拠にして主張すると、
その末にですね、人を説得するというようなことが起こり得るわけですよね。
でですね、でもそのフラットアーサーズの人もですね、
まあ、僕から見たらですね、やっぱアホには見えるんですけど、
あの、ちょっと申し訳ないですけど、アホには見えるんだけど、
でもですね、あの、やっぱ彼らはですね、理性的にですね、思考を停止せずにですね、
論理的に、科学的に考えてですね、地球が平らだという結論に来ついてるんですよね。
って考えるとですね、やっぱこの理性のですね、
なんていうんですかね、理性というのがいかに当てにならないかということはやっぱ感じるわけですよね。
でですね、あの、で、でもまあ理性的、じゃあ我々は理性的だよって言ってすることをですね、
とうとうと話すわけですよ。
でもエビデンスだったりとか、論理だったりとか、
その彼らに科学的に考えたところ、全部、えっと、民意的なものであると。
それはまあ、はっきり言って、あの、コロナに対してね、マスクした方がいいな、
ワクチンした方がいいかなと思っている僕も同じなわけですよね。
で、なのでですね、まあ理性は当てにならずにですね、
で、理性というのはまあ、過信しちゃいけないっていう話になるかなと思うんですけど、
でですね、そういう話をですね、考えていたらですね、まあ思い出したその政治哲学者というのがいてですね、
03:05
エドマンドバークという人なんですけど、まあイギリスの人だったかな、確か。
この人はですね、保守主義の思想と言われててですね、
保守主義っていう考え方を打ち立てた人なんですよね。
保守主義って言ったらですね、多分最も、何て言うんですかね、
理解しづらい考え方の一つだと思うんですけど、
あのっていうのは、何て言うんですかね、右翼かな、みたいなね。
保守って言ったら右翼のことかな、とか思いますしね。
例えばですからまあ、安倍晋三とかですね、私は保守の政治家でとか言うんでですね、
なんか自民党のあの辺の感じ、みたいな感じですね。
なんか保守主義っていうのはですね、
新しいことをしようというのに対して保守とかいうと、
なんか古い感じもするしですね。
まあ良さがわからなかったわけですね。
なんやねん保守主義って思ってたんですけど、
それでですね、一回そういう本を読んだ時にですね、
ああなるほど、そういうことかと思ったんですけど、
そのきっかけはですね、フランス革命なんですよね。
フランス革命って人権っていう考え方をですね、
ルソーとかのこの著書を元にですね、
人権という考え方を元にしてですね、
で、よし我々のね、その共和制を作ろうぞ、みたいな感じで
わーってなったわけですよね。
でですね、まあその過程でですね、
サンジュストっていうロベスピエールの右腕みたいな人がですね、
すごい大弁説を打ってですね、
王であること自体が罪であると言ってですね、
ルイ16世の処刑が決まったりとかですね、
もうこう理性でね、考えてですね、
理性的にですね、考えて考えてですね、
どんどんですね、これはだから良くない、みたいな感じでですね、
処刑をしまくっているわけですよね。
その末にですね、ちょっと最初は自滅みたいな形に
一瞬なるんですけど、
それをですね、ちょっと離れたイギリスでですね、
ミッヒラフランスのそのフランス革命のですね、
この理性の暴走を見ててですね、
エドマンドバーグがそれを批判したわけですよね。
で、どうやって批判したかというと、
すごいざっくり言うとですね、
昔からあるものはそれなりの理由があって残っているっていう風に批判したんですよね。
それを否定してですね、
限定的な本当にあるのかどうかもわからない理性をですね、
過信してですね、
その理性的でないものをですね、
破壊をすると。理性を過信してそれを破壊していくとですね、
こうやってこう、暴走してですね、
とんでもないこう、
カタストロフにたどり着くと。
フランス革命ね、それで何万人死んだくらいに死んだわけですね。
でですね、そのエドマンドバーグはですね、
自然の成り行きっていうのは大事だって言ってたんですよね。
自然の成り行きの大事さを言っていてですね。
これは結構僕は同意するところが大きいんですよね。
なんかですね、
この社会はですね、誰かの理性によって
06:01
計画的に作られたというものはなくてですね、
たくさんの人のですね、
何か行為とかですね、無意識の行動とかですね、
何かみたいなものがですね、積み重なってですね、
長年かけて出たものなんじゃないかと。
でですね、
それをですね、何でかそうなってると。
何でかそうなってるのは何でかというと、
それで上手くいったからそうなってんだって感じですよね。
ちょっとその、自己言及的ではあるんですけど。
なんですよね。でもそういったところ、
進化論には近いですよね。
なんで生き残ってんの?
敵者生存だから。敵者って何?敵してるものです。
敵してるものが敵してるから残るんですって言ってですね。
ちょっとなんか論理がぐるって回ってる感じがするわけですけど。
そんな感じで、進化論っていうのはですね、
前に話してた時計職人が成功に頑張って作る時計よりもですね、
進化の盲目の時計職人が作ったものっていうのが、
何かすぐ淘汰を経てですね、
すごく成功なものが作れるっていうのと同じような感じでですね、
昔から何か積み重ねで自然の成り行きで残ってきたものっていうのがですね、
ちょっと今生きてる人間がですね、理性っていうものを働かしてですね、
こっちの方がいいでしょうって言って、計画的に作ったものよりもですね、
優れているっていうような考え方なんですよね。
でですね、それでそういうものをですね、
このアサジエというかね、今の人間の理性でですね、
破壊しちゃいけないみたいなことがあるわけですよね。
それとかってやっぱり歴史上すごくあって、
明治維新の時にね、
ここからね、どんどんどんどん新しくしなきゃいけないのに、
この古いものを信じたらダメだとか言って、
めちゃくちゃこう仏像とか大事な仏像とか破壊しまくったりとかですね、
中国でも同じようなことありましたよね。
あれはどのタイムだったかな、
もうなんか寺とかめちゃくちゃ破壊したりしたわけですよね。
それ残してるからどんな観光資源残ってんねんって思うわけですけど、
でですね、その時のアサジエでですね、理性的に動いた結果、
積み重ねてきた良いものっていうのを破壊しちゃうんだってことはあるわけですよね。
だからですね、
今生きてる人間の理性より積み重ねるのが大きいんじゃないかっていうのが
保守主義なんですよね。
そういうものを大事にしていこうっていう考え方でですね、
保守主義ってそんな考え方やったんやみたいな、
すごいいいな、同意できる部分大きいなっていう風には思うわけですけど、
先日ですね、ちょっと話は逸れるんですが、
一回、
川でですね、親子が溺れ死んだみたいなニュースを見てですね、
あーそのことあったんやーと思ってですね、
っていうのはちょっと川に旅行に行こうかなと思ってたんで、
あーちょっと川で遊ぶとき気をつけようとか思いながらそのニュース見てたんですけど、
そのYouTubeのニュースのコメントにですね、
なんかこう、私はそのおばあさんにね、
川は河童がいるから怖いよってすごい小っちゃい頃言われて、
川も本当に怖かったって言っててですね、
09:00
そのおばあさんにね、
川は河童がいるから怖いよってすごい小っちゃい頃言われて、
川も本当に怖かったって言っててですね、
それはこういう事故を防ぐためだったんだなーみたいなことをコメントに言ってる人がいてですね、
まさにこのエドマンドバークの話を思い出すわけですよね、
そうですね、
じゃあですね、川がある時に河童が出るから危ないよと、
しりこ玉抜かれるよみたいなですね、話を聞いてですね、
何?ってなってですね、理性的に考えてですね、
思考を停止せずにですね、論理的に科学的に考えてですね、
河童はいないって言って、
馬鹿なこと言うなって川に入っても溺れ死ぬこともあるわけですよね、
逆にですね、
理性的じゃなくてですね、
思考停止しててですね、論理的じゃなくですね、
科学的にも考えられずにですね、
河童怖いなと思ってたらですね、川に入って溺れ死なないわけですよね、
そんな感じでですね、
昔話みたいなことを一つとってもですね、
人間の積み重ねの鋭意みたいなのを感じるんですよね、
で、これをですね、
理性的で、俺は理性的だぞってなるとですね、
その人間の積み重ねの鋭意のですね、
恩恵を受けられなくなるということがあるなと思うんですよね、
なんでですね、
僕はですね、ワクチンを打ちマスクをしていると、
そして自粛をしているということに対してですね、
どういうエビデンスをもとにですね、
どういう理性を働かしてですね、
思考を停止せずにちゃんと動いているのかって言われるとですね、
いや、もうキリがないんで、
思考はどっかで停止していますと、
だし、まあね、
昔からマスクすると風邪ひかなかったし、
実際このコロナ禍になって風邪もひかなくなったし、
ワクチンもね、どうもなんか色々効いている感じだと、
まあ今のところそんな大きなダメージもなさそうだし、
まあ病気にね、気をつけられて、
栄養をとって、寝て、
感染しないでさせないということをですね、
まあ気をつけて日々生きますよみたいな感じですね、
まあそんな結論になっちゃうんですよね、
そこにですね、エビデンスもやっぱないし、
思考も停止あるところでしていると、
まあでもそれでいいのかなというふうに思います、
というわけですね、
ワクチンローン相当ですね、
ちょっと報酬主義みたいな話をちょっとしてみました、
本日は以上です、ありがとうございました。
11:29

コメント

スクロール