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第百四十八回【ゲーム雑誌~その3 ハード別ゲーム誌後編~】
2026-01-24 1:28:24

第百四十八回【ゲーム雑誌~その3 ハード別ゲーム誌後編~】

前回に引き続き今回も、「懐かしのゲーム雑誌大集合」を観つつ、「ハード別ゲーム誌」の後編となります。なお、時間的な事だったり、そもそも僕自身に知識がないため、全く触れていない雑誌などもあるかと思いますが、ご了承ください。


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感想

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00:16
お疲れ様です、たくです。
今回でですね、
あのー、ゲーム雑誌の回ね。
なんだったっけな。
ゲーム雑誌の回ね、ハード別ゲーム雑誌の紹介は、
ここで、とりあえず一旦終了になります。
いや、長かった。
本当にね、ビビるぐらい長かったっすね。
あの、やっぱり、数が多すぎる。
やっぱりその、ゲーム。
まあまあね、言ってしまえば確かにそうだわな。
ゲーム雑誌の中でも、言ったら、
花型っていうのかな。
各ね、ハードごとに分けて作った方が、
やっぱり読者もね、一番喜ぶってもんですから。
そりゃあね、ハードごとのゲーム雑誌っていうのは、
やっぱり作られますよね。
ここ最近はもう少なくなってるんですけれども、
やっぱりその、ファミコンが登場して、
ファミマガが出て、それ以降のね、
いわゆるファミコンブームの時代、
スーパーファミコンの時代、メガドライブね、
PCエンジンの頃であったりとか、
プレイステーションの頃って、
それぞれの時代を、やっぱりこの
ハード別ゲーム雑誌っていうのが、
まあ、彩ってたよなーということでね、
まあいろいろ喋ってます。
ゲーム雑誌のタイトルを読んだ後に、
あとはペラペラと雑談してるような気もしないでもないです。
大した情報は入ってないです、僕自身は。
僕自身はね、喋ってないんで。
ちょっとね、第1回目からどんどんね、
あのトーンダウン、パワーダウンが、
もう顕著だったりするんですよね。
特に今回はね。
その辺もあるんでね、
もうちょっと聞き苦しいかとは思いますけども、
まあよかったらね、最後まで聞いていただければと思います。
本当にね、長々と喋ってますんで、
すいませんけども、よろしくお願いします。
はい、ということでですね、
前回からですね、ちょっと方針を軽く変更しまして、
前回のね、引き続きでですね、
まあこのハード別ゲーム誌に関して
ちょっと喋っていこうと思うんですけれども、
03:00
今回もね、その懐かしのゲーム雑誌大集合というね、
前田博之さんの書籍をね、
参考にしながら喋っていこうと思うんですけども、
このハード別ゲーム誌があまりにも多すぎるということでですね、
前回、ちょっとさすがに順を追ってね、
まあ喋ってたんですけど、
喋れない雑誌もね、結構あったし、
無理くりだったんで、
ここからはね、ちょっとピックアップして、
まあ喋っていこうかなと思うんですけども、
そうですね、僕はこれでパラパラ見てて、
月刊ファミコン通信攻略スペシャルとね、
これアスキーなんですけども、
あと月刊サテラビュー通信ね、
今ピックアップしたんですけれども、
まあ簡単に言うと、月刊サテラビュー通信に関しては、
存在は知ってたんですけれども、
買ったことがないですね。
まあサテラビューということでね、
まあただ、こう、なんていうんですかね、
ゲーム関係のイニシアチブを取ってたっていうところで、
ファミ通って、
まあアスキーってね、
こういうところにも手を出すんだなーっていうところでね、
まあまあ、決して読者数は多くはなかったとは思うんですけども、
まあ僕もね、読んだこともないんで、
なんとも言えないんですけども、
ただね、あのサテラビュー買ってた人は、
これがまあ情報源の一つで、
唯一の多分雑誌だったみたいで、
まあやっぱりね、そういう人たちはやっぱり、
これを買うぐらいだから、
まあ結構熱心な読者さんに支えられてたんじゃないのかなと思うんでね、
まあちょっと今紹介してみました。
で、月刊ファミコン通信攻略スペシャルはですね、
僕もね、迷子ではないんですけども、
これ93年から、
8月から96年の7月まで、
まあなって出てたんですけれども、
まあこの後がファミコン、
ファミ通ブロスとかに切り替わったのかなーとは思うんですけれども、
これちょっと紹介記事読んでた時にですね、
まあ攻略に特化した別冊なんですよね、ファミ通のね。
ただですね、これね、
しばしばステッカーとかポストカード、ポスター類などが増根されるっていうね、
まあいわゆる付録がついてたっていうことでね、
僕もこの紹介記事読んでて、
あ、俺それ買ったなーと思ってね、
結局93年から95年の7月までなんですけれども、
この頃になるともうファミ通がね、
なかなか付録なんか習慣になってた頃だと思うんですよね。
ファミコン通信でももう習慣化してたんで、
そういうのがなかなかなかった時代だったんで、
付録がついてるっていうので、
懐かしさだったり、
多分当時やってるゲームの攻略記事が見たくてっていうので、
06:03
ちょいちょい買ってたかなっていう感じでね、
この月刊ファミコン通信攻略スペシャルね。
で、他はですね、
電撃Nintendo 64。
僕ね、なかなかね、電撃っていうのがその、
そうなんですよね、実のところ言うと、
電撃っていうブランドにお世話になる時期があるんですけれども、
なかなかね、
なんていうのかな、
この頃はね、
あの、
お世話になってなかったんですよね。
まあというのもですね、
このね、電撃Nintendo 64なんかは、
そうですね、
あの、
電撃スーパーファミコンからね、
リニューアルした雑誌らしいんですけども、
94年の4月から96年の3月まで出てたみたいなんですけども、
結局、
その、
前回喋った通り、
まるかつスーパーファミコンとか、
まるかつPCエンジンの頃に、
まあいろいろあって、
その、
まあね、
その、
門川から大量離脱された方たちが、
新たに作ったブランドっていうのが、
この電撃っていうブランドだっていうことで、
まあ前回も多分喋ってたと思うんですけど、
僕は、
えーぐらいのもうだったんですよ。
要はその、
まるかつの熱心な読者じゃなかったっていうところもあって、
で、
それが電撃になったっていう話も、
まあ前回喋ってたと思うんですけど、
大塚くんね、
大ちゃんからも聞いてたと思うんですよ。
だけどその、
なんかね、
そんなに意識してなかったと思うんですよね。
もっと言うと、
覚えてなかったみたいなぐらいだったんで、
ああまた新手の雑誌ができたなぐらいなもんで終わってたんで、
この任天堂64の雑誌としても、
その電撃任天堂64っていうのは、
僕はあまりなじみがなくて、
そうですね、
僕、
あの64っていうのは、
結構やっぱりその、
期待背負ってたハードでもあったんですよね。
当時のご時世的には、
ゲーム情勢的にはちょっといろいろあったとは思うんですけども、
それはまた別の回で喋れればとは思うんですけども、
まあね、
プレイステーションも強いけど、
64も任天堂を持つ話にはなってたと思うんですよね。
ということで、
例えばソフトバンクはスーパー64とかね、
特魔書店もファミマガ64とかね、
このファミマガ64に至っては、
ファミコンピュータマガジンの後継誌になるんですよね。
ファミマガがですね、
そのままずっとスーパーファミコンの時代も出し続けてたということでね、
そうなんですよね。
ただこれも結局、
ファミマガ64っていうのも、
96年7月12日号から98年5月6月合併号で終わりみたいでね、
09:08
そうなんですよね。
結構ね、僕もこの辺の64の雑誌っていうのが結構いっぱいあったんですけれども、
まあ買ってたようなファミ通64プラスとかね、
なんかこの辺は買った記憶があるなっていう感じなんですけれども、
まあね、やっぱりその、
そうですね、
こう、面白いなあと思うのが、
まあ先にね、結果から話すとですね、
現在もね、続く、
続くっていうか、現在もね、
創刊されてるゲーム雑誌っていうのが、
僕はファミ通くらいかなと思ってたんですけども、
これ見てね、さっき見てちょっと知ったんですけれども、
まあ知ったのもあるし、
まあそうだよなって思ったのがですね、
まあこれね、
毎日コミュニケーションズが96年の11月から、
これ自体は2001年4月で終わってるんですけども、
The 64 Dreamっていうね、
本なんですよね。
これ自体はね、僕もね、
んー、中身までは見たことないけど、
表紙は見覚えがあるし、
この64 Dreamっていう、
ワードは、
覚えてます。
表紙ね。
で、毎日コミュニケーションズがね、
この、んー、まあ96年ぐらいとかになると、
そうですね、ゲーム雑誌とかに、
96年よりももっと前からかな、
ちょっとね、
ゲーム関係の本とか出すようになったっていうのは、
確かゲームソフトとかも出してたんですよね。
知ってて、
で、僕がね、あの、
毎日新聞、
昔、
配ってたんですよ、学生時代。
で、まあ言ったら毎日コミュニケーションズって、
そこの関連会社だったと思うんですけどもね。
で、
まあそういうのもあって、
ああ、こういうところにも手を出すんだ、みたいな感じで、
ね、あの、
まあね、こう思って、その時は、
てことは朝日とか読み入りも来るのかな?と思ったら、
まあ来なかったんですけどもね。
で、まあね、この六四ドリーム、
で、
そして次にですね、
あの、
ニンテンドースタジアムっていうね、
本がもう一つあるんですよね。
これが98年7月から2002年まででですね、
もともとは徳間書店、
あの、インターメディアカンパニーっていうね、
ところが出してたんですけれども、
ニンテンドースタジアムっていうのも、
僕もなんか見覚えがあるなあと思います。
この名前もね。
で、その後ね、
こちらも毎日コミュニケーションズが、
まあ引き取ってるんですよね。
で、たぶんね、
こう、ファンの方だったらたぶん、
ね、もうこの辺でわかると思うんですけども、
12:02
この2つの雑誌っていうのは、
結局、
いろいろと統合されるんですよね。
その後ね。
で、
それがですね、2001年5月からですね、
現在も刊行中の、
ニンテンドードリームっていうね、
僕もこれすっかり忘れてたんですよ。
最近ね、
あの、うちの近所にね、
イオンとかが、
昔あったんですけど、
まあ潰れちゃってですね、
そういえばイオンとかに行くとね、
こういう、なんていうかなあ、
用事向けじゃないんですけれども、
ただその、
なんか、
ハードコアゲーマーみたいな人向けっていう、
雰囲気がない、
雑誌っていうイメージがあるんですよね。
僕はこのニンテンドードリーム、
ニンドリってやつですよね。
昔々は、
うちの息子にもなんか買い与えてた時期もあったなあ、
っていう感じで、
そうなんです。
ニンドリってそういや、
今も売ってるんですよね。
で、
なんか最近だとなんか、
サントラCDとかつけてるのこっちだったかなあ。
そうなんです。
実はですね、
ファミ通以外の本だと、
まあハード別っていう意味ではですね、
実はプレイステーションの、
あの、
専門誌っていうのは、
今やね、
一史もないんですけれども、
このニンテンドーの、
ね、
の方に関しては、
このニンドリっていうのが、
なんとこれ、
2001年から現在、
っていうことなんで、
まあ25年続いてるっていうことになりますよね。
で、もう一つがですね、
あの、
電撃ニンテンドーっていうね、
門川が出してる、
こちらもですね、
未だに続いてる、
本になるんですよね。
あの、
で、結局こちらもね、
あの、
電撃ニンテンドーも、
まあ、
門川が出してるっていうことで、
あの、
まあ、
なんていうんですかね、
ファミ通ブランドじゃない、
今やね、
ファミ通も電撃も同じ門川ブランドなんですけれども、
まあ、
こちらはね、
電撃っていう名前が残る、
唯一の雑誌になっちゃってるのかな。
そうなんですよね。
だから、
まあそういう意味ではね、
よくよく考えると、
まあ、
今現在ね、
ゲームハードの情勢としては、
まあ、
ニンテンドー一挙みたいになってるっていうのはしょうがないんですけども、
まあ、
でもね、
これも、
電撃ニンテンドーは2013年からなんで、
もう12年、
13年続いてるっていう、
まあ、
そんな感じでね、
結局、
まあまあ、
あの、
ニンテンドー、
まあ、
ニンテンドードリンと、
電撃ニンテンドーに関して喋っていきましたけども、
まあね、
現段階で、
まあ、
まだ刊行中の本っていうのが、
このね、
ニンテンドードリームと、
まあ、
電撃ニンテンドーっていうところで、
まあ、
このハード関係ね、
他にも、
まあまあ、
いっぱい載ってるんですけども、
15:00
そろそろ、
そうですね、
僕が、
まあ、
ピックアップしてる、
ピックアップしたいかなと、
喋りたいかなって思う、
うーん、
でもね、
結構ね、
あ、
覚えてるぞっていうのは、
まあ、
その氏名だけしか覚えてないんですよね、
例えばですね、
この、
小学科じゃなかった、
これ、
トクマ書店か、
トクマ書店が、
88年から、
88年12月から、
96年10月までっていうね、
結構長いんですけどもね、
やってたので、
PCエンジンファンっていうね、
本を出してたんですよね、
そうですね、
あの、
多機種、
トクマ書店ってそうですよね、
そういえばあの、
マガジンってついてるのは、
ニンテンドーのハードにはついてたんですけど、
そういえば、
PCエンジンとか、
あとメガドライブも、
メガドラファンって言ってたと思うんですけども、
まあ、
ファンってつけるんですよね、
これもね、
まあいろいろあって、
96年頃でもね、
その僕も、
このちょっと本を、
ね、
この前田さんの本を見るとですね、
まあなかなかね、
90年代も半ばに入ると、
PCエンジン市場が次第に衰退を見せ、
後継機種のPCFXが、
不審にあえぐ中でも、
PCエンジンファンは、
PCエンジンのソフト開発キットの通販などに、
活路を見出して、
観光を続けてるが、
って書いてるんですよね、
すごいですね、
通販で、
PCエンジンのソフト開発キットの通販などを、
やってたんですよ、
僕それ全然知らなかったな、
ちょっと、
興味あるなあ、
これ、
どういう感じだったのかと、
非常に興味ありますね、
これね、
PCエンジンファンね、
その、
開発キットって、
どれぐらいかかるとか、
どういう感じなんだろう、
設備とか、
って思ったりするんですけどね、
まあね、
PCエンジンファンもね、
多分ね、
読んでたっていうか、
好んでね、
買ってたわけではなくて、
多分ね、
先ほど、
先ほどっていうか、
前回か、
喋ってたのかな、
大塚君っていうね、
大ちゃんっていうね、
PCエンジン一択の友達が、
こういうのも買って、
見せてくれてたと思うんですよ、
学校に持ってきてね、
で、
もう一つね、
この月刊PCエンジンっていう本、
これは小学館なんですけども、
これも、
これはですね、
89年1月から、
94年3月までっていうね、
そうですか、
94年3月か、
まあ、
PCエンジンとしてはまだね、
確か94年12月だったと思うんですよね、
PCFXが出てたのは、
だからまあ、
現役っちゃ現役だったとは思うんですよ、
これはどう考えるかにもよるとは思うんですけれども、
FXも出る前だったし、
ただやっぱりその、
史上としてはちょっともう寂しかったのかな、
僕もね、
ちょっと94年当時のPCエンジンって、
どこだったかなっていうイメージがね、
あんまり覚えがなくて、
18:00
ちょっとね、
わかんないんですよね、
そうですね、
なんかね、
スナッチャーとかね、
小島監督のあの辺とか、
ポリスノーツはPCエンジンじゃないのか、
だからそういうの、
スナッチャーも94年じゃなかったと思うもんな、
やったの、
そうですね、
あと時メモとかも94年じゃなかったのかな、
ちょっとこの辺はね、
僕もわかんないんですけども、
そうですか、
94年で、
9巻ですね、
で、94年ね、
同じようにね、
マルカツPCエンジン、
これ94年3月号で9巻してる本が2つもあるんだな、
鉄管PCエンジンとマルカツPCエンジンがですね、
これあれスタートしたらもう一緒だな、
89年の1月から94年の3月で終わりみたいで、
門川書店からね、
マルカツPCエンジンね、
出てますね、
これですよね、
だからその、
前回喋ってたのかな、
大塚くんがね、
えらい目に、
なんかクーデター起きたな、
みたいなぐらいの、
当時ね、
僕もこの、
えーとね、
これ今収録してるのよりも、
前に撮ってた、
その前回の分なんかを、
ちょっと聞き返してたんですけども、
そうなんですよ、
同じように擦って申し訳ないんですけども、
当時のね、
そのマルカツPCエンジン、
を最も超えなく愛してたその、
僕だね、
高校時代の、
同級生の、
あのー、
大塚くんね、
僕が入るはずだったバンドの
キーボードやってたんですけどね、
彼は、
それはまた今度話します、
結構面白い話があるんですけど、
このキーボードもやってた、
大ちゃんね、
大塚くんはですね、
マルカツPCエンジンがその、
門川のね、
お家騒動であったっていうのでね、
まあその、
前回と同じこと喋ってますけど、
本当にすごいと、
僕あれ喋って聞き返してた時に、
なんかもう本当にね、
思い出して、
自分で喋ったのを聞き返して思い出してたんですけど、
なんかね、
もう本当にベルリンの壁が崩れたとかね、
当時で言うと、
なんかね、
ペレストロイカが来たみたいなね、
もうなんかね、
民主化の波が来たとか、
本当にベルリンの壁が崩れたとか、
クーデターが起きたとか、
そんなね、
まあこの頃って世間も激動の、
やっぱりその歴史がいくつかあるわけですよね。
そんなのに並ぶかのようにね、
この門川のお家騒動によって、
マルカツPCエンジンっていうところの編集部の人たちが、
門川のマルカツPCエンジンだけじゃないみたいなんですけど、
門川の一部の編集部、
その一部の人たちが大量に退職していくっていうね、
まあいわゆるお家騒動っていうのがあったっていうのでね、
なんかね、
その時本当にこの、
21:02
大塚君はね、
すごい僕にベルリンの壁が崩れたぐらいの勢いで
熱弁を振るって教えるんですけど、
言ったらね、
僕は九州の固い中で、
だいたいね、
何でもそうなんですけども、
別にベルリンの壁が崩れたところで、
僕にとっては生活も何も変わらないわけです。
田舎の高校生だから。
ましてやね、
この言い方がひどいですけど、
なんていうんですかね、
東京のね、
出版社が、
いざこざが起きたと。
それに伴って社員が大量に辞めたと。
だから漫画の本社というか、
マルカツPCエンジンとかを含める、
本の編集が抜けるっていうことの凄さって、
また僕もね、
マルカツPCエンジンをね、
大ちゃんからは見せてもらってるんですけど、
休み時間とかに。
そこまで愛読してたわけでもなかったんで、
本当に不穏ぐらいな話だったんですよ。
これね、
前回も繰り返して申し訳ないですけど、
今ね、
マルカツPCエンジンって言われると、
なんか、
すごい思い出すなと思って、
大塚くんのことをね。
いや、彼はね、結構、
彼の回を撮りたいぐらいなんですけどね。
これ関係ないですからね。
次の、
次の時代はアタリジャガーだって、
昔ね、
言ってましたね。
言ってた時があったけど、
何言ってんだかな、
みたいなね、
感じの子でしたけどね。
まあそんなことはいいとして、
その後に、
電撃PCエンジンにね、
移るっていう感じなんですよ。
まあその辺がいざこざ、
前回も喋ったんでね。
PCエンジンもね、結構、
そうですね、PCエンジンをこうやって見ると、
結構本あったんですよね。
PCエンジンファーム、月刊PCエンジン、
マルカツPCエンジン、電撃PCエンジンって、
1,2,3,4紙も出てたんですよね。
でもなんであかんで言ってね。
でまあ、
次がですね、
ビープメガドライブね。
これは僕も、
思い出深いかなと思って。
僕はね、
どちらかというと、
こっちは買ってました。
ビープメガドライブはね。
ただ、
あの、
僕ね、
前後買いたかったんですけれども、
まあ簡単に言うと、
田舎って、
これもね、
あの地方とか、
あるあるなのかな、
僕が住んでるところにも、
ちょっと大きな書店、
ちょっと大きな書店ですよ、
本当に。
ちょっと大きめの書店が1つと、
まあもう1つは個人経営の本屋が、
うーん、
1軒ぐらいと、
やたらエロ本が充実してる本屋が1軒ぐらいとね、
そんなもん、
3軒ぐらいしかないような、
本当に田舎の街だったんですよ、
僕が中学高校、
暮らしてた場所っていうのは。
そうするとですね、
その大きめの本屋に行ってなかったら、
もうアウトなんですよ。
そのゲーム雑誌がね。
で、
このビープメガドライブも、
前後買いたかったんですけど、
行くと売ってる時と、
24:00
まあ残ってるって言った方がいいのかな、
無い時があるんですよね。
ということで、
マイ号は買いたくても買えなかった、
みたいな感じなんですけども、
可能な限り買える場合は買ってたかなって、
ある時を境になんですけどね、
僕も。
これが1989年、
夏号っていうね、
最初は期間だったのかな?
で、
そっから95年1月まで。
これはね、
あれですよね、
やっぱあの、
発売されたソフトを一覧というか、
読者投票でランキング付けするっていうね、
結構だからその、
毎月毎月、
メガドライブといえども、
ソフトはボンボン出るわけですよね。
スーファミとかに比べたら少なかったとしてもね。
で、
それをね、
読者投票でランキング形式にするっていうところでね。
で、
まあ僕はね、
あの、
これが、
これね、
確か、
しかもね、
まああの、
モノクロ広告なんかには、
通販の、
いわゆるあの、
なんだろう、
メッセ三王とか載ってたのかな。
あの東京のね、
その秋葉原とかにあるような、
そういうゲームショップというか、
そういうところの、
広告が入ってたりしてたんですよ、
モノクロでね。
で、そこで、
その通販の、
あれが載ってるんですね。
多分秋葉原現地で買いに行った人たちからすると、
やっぱり時間、
タイムラグがあるから、
まだそんな値段で売ってるの?
みたいな価格だと思うんですよ。
ただね、
これは地方に住んでると、
あの、
どこまで行ったってメガドライバーのソフトは、
定価でしか売られてない、
とかね。
あの、
本当にもう、
もう、
なんていうんですかね。
超ヤバいクソゲーでもない限りは、
そんな値段が下がらないんですよね。
クソゲーでも定価で売る、
みたいなね。
その、
そういう時代だったんですよ、
僕が住んでた頃は。
なんで、
まあ結構そういう通販の広告なんかも、
結構使わせてもらったかなと思います。
で、
その購入の指針になるっていうのが、
そのね、
発売してるソフト全部がね、
ランキング付けされるわけなんで、
その、
ね、
昨日今日出た、
これから出る新作のソフトっていうの以外に、
例えばその中古のゲームを買った、
買って遊びたいなと思った時に、
あれはどれぐらいなんだろう、
全体でっていうランキングがね、
あった、
迷子乗ってるんで、
結構その、
購入の指針にはなりましたよね。
で、
僕はあの、
もうあの、
友人たちの間でも、
あのね、
登場する直前かな、
このランキングで、
直前ぐらいに、
僕は目をつけてたんですよ。
ソード・オブ・ソダンっていうね、
天下のクソゲーなんですけれども、
実はこれね、
ファミ通かなんかで、
海外のゲーム情報みたいなので、
昔ちょっと見てたんで、
それがついに日本でも発売されるっていうのでね、
ちょっと期待してたんですよ。
いわゆる語話表現みたいなのがね、
27:01
当時の語話表現って結構貴重なんですよ、
ある意味ね。
それで、
買いたいなと思ってたら、
なんかね、
通販の広告で、
なぜか2000円になって売ってるなと思ったんで、
そこで通販で買いましたけどもね、
もうね、
買って手元に来た頃には、
このメガドライブのね、
このランキングはね、
再開争いでしたね。
でもまあ、
それも結局、
まああの、
全然、
良くてですね、
まあそうだろうなーみたいな感じの、
評判も聞いてたんで、
多分ファミ通のクロスレビューとかでも、
それっぽい話も聞いてただろうかな。
で、僕はこれを買って、
結構ね、逆にこのビープメガドライブに乗ってる、
再開のソフトが、
宅の家に行ったらあるって言うて、
よく友達が遊びに来ましたよ。
みんなでね、
なんか、
そうですね、
夜遅くまで、
泊まり込みまではしなかったけど、
クリアまで行きましたね。
その、
そうですね、
あの、
先ほど喋ったね、
大塚くんとかね、
そのバンドのね、
彼が所属するバンド、
まあ僕も入るはずだったバンドもね、
そうですそうです。
で、
後々あの、
そうですね、
ソード・オブ・ソダンにインスパイアされて、
あのボーカルの、
僕の親友は、
もうどうでもいい話ですけどね、
この、
ソダンっていう、
なんか曲を作ってましたけどね、
まあどうでもいいですけどね。
ビープ・メガドライブは結構ね、
いい雑誌だったかなと思って、
なんかね、
ファミ通とは違う、
で、
その、
僕がね、
前セガの、
なんか、
ね、
マスターシステムとかの話をしてた時とかかな、
あとセガサターンの話の時とか、
も、
言ってたと思うんですけど、
その、
セガの、
あの、
なんていうのかな、
バタ臭いというか、
そういう感じ、
その、
スマートにカッコよくなりきれないんですよね、
セガって当時ね。
で、
それをすごい、
あの、
紙面からも体現してる感じがしたのが、
このビープ・メガドライブで、
で、
そこが良かったんですよね、
なんか泥臭い感じもしてて、
僕からしたら、
他にもね、
メガドライブの本って、
いっぱい出てるんですよ。
これもね、
あの、
PCエンジンじゃないですけど、
メガドライブファンとか、
まるかつメガドライブとか、
電撃メガドライブとかって、
やっぱり出てるんですよね。
で、
やばいね、
その中でも、
このビープ・メガドライブっていうのは、
ものすごいその、
読者に愛されてたとは思うんですよね。
別に他の本、
雑誌も、
愛されてたとは思うんですけど、
その、
ま、
読者の声っていうのが、
すごい乗りやすかったからなのかな、
それでそれがね、
紙面に、
そのランキングに反映される、
っていうところもあったので、
それもあってなのかな、
なんか、
僕はものすごい、
ビープ・メガドライブっていうのがね、
メガドライブ系の雑誌の中では、
ま、やっぱり、
思い出深いかなと思うんですよね。
30:00
ま、もちろんね、
メガドライブファンっていうね、
これも徳橋書店に出してるんですけども、
これも僕はね、
ちょこっと買ってましたね。
でも、
僕じゃなくて、
友達が買ってたのかな、
メインでは。
これ確かね、
これだったと思うんだけどな、
あの、
シャイニング・フォースとかのね、
あの、
イラストを描かれてた方の、
が、
あの確か、
それこそシャイニング・フォースの、
漫画を、
なんか連載してたんじゃなかったかな、
これに。
すいません、
潤覚えでね、
すいませんけども。
ただね、
結局、
それって終わって、
ちゃんと、
完結してなかったような気がするんですよね。
これも、
1994年12月で、
あの、
メガドライブファンはね、
徳間書店の方は、
まあ、
終わっちゃってるんですけどね。
まあ、
こちらはね、
あの、
どちらか、
どっちかっていうと、
その、
どうでしょう、
あの、
セガサターンに、
バトンタッチしたみたいな感じなのかな、
と思うんですよね。
あの、
95年1月からね、
次飛んで、
サターンファンっていうのが出てますから、
徳間書店は。
これはサターンファンは1月、
95年の1月から、
98年11月までやってますね。
で、
そうですね、
ビープ、
メガドライブは、
あれですね、
たぶん、
サターンマガジンっていうのになっちゃうのかな。
そうですね、
たぶんそうだと思うんですよ。
95年1月からか、
95年2月からはですね、
同じソフトバンクがですね、
セガサターンマガジンっていう本に、
たぶん変わってるんですよね。
これ僕ね、
あんまり、
どうだったんだろうな、
やっぱりビープ、
メガドライブのイメージが強いから、
これちょっとね、
買ったことがないわけでもなかったと思うんですけど、
やっぱランキングは載ってたのかな。
ちょっとこれもね、
今、
紙面を、
紙面というか、
この本を参考にしている本をちょっと、
軽くささっと読んでるんですけれども、
読者レースはやっぱりあったみたいですね、
セガサターンでもね。
セガサターンマガジンでも。
やってたんだと思うんですね。
僕もちょっとそういうのを見てたと思うんですね。
サターンになるとね、
やっぱりこの、
ちょっと本の数増えるんじゃないかな。
サターンファンでしょ。
セガサターンマガジン。
ソフトバンクのね。
で、ファミ通サターンね。
で、グレートサターンZ。
これ毎日コミュニケーションなんだ。
96年から98年、
11月までということで、
月間で。
いろいろ出てますね。
あと、
ソフトバンクがセガマガジンっていうね。
セガ全般を網羅的に扱うオフィシャル情報誌っていうのが
ソフトバンクがあったみたいですね。
これは96年11月から97年の9月までっていう感じで、
33:04
なんなんでしょうね。
これセガサターンマガジンとは、
ソフトバンク出版事業部がサターンマガジンなんですけども、
セガマガジンに関してはソフトバンクと書かれてるんで、
内部の事業部がちょっと違ってたんですかね。
で、サターンスーパーっていうね、
宝島社とかが出してるのもありますね。
これは、
サターン用CD-ROMが付いてくるっていう。
この頃になるとそうですね。
プレステだったりサターンだったりで、
こういう付録のCD-ROMを付けるっていうね。
こういうのをやるような雑誌もいくつか出てますもんね。
ただね、やっぱりこういう言い方が正しいのかどうかわからないですけど、
95年6月からスタートしてるこのサターンスーパーっていうね、
宝島が出してるやつであったり。
これは97年の1月。
次、テックサターン通信っていうね。
これアスキーですね。
こちらもですね、
95年の6月から96年の9月というね。
そんなに短命な雑誌ですね。
次はですね、
テックサターンからですね、
テックサターン通信が96年9月で終わったと思ったら、
今度はね、アルファベットでね。
テックはもともとね、TCHって書いてね。
テックって英語表記だったんですけど、
サターンもね、英語表記になって、
テックサターンっていうのがね、96年10月から出てますけど、
これもね、翌年の97年9月という短命で。
この頃何ですかね、ほんとにね、
94年、95年、96年。
この頃はね、
うーん、言い方悪いですけど、ほんとに、
あのファミコン雑誌がファミ通以降ちょっとね、
軍用滑挙出た時以来の、
やっぱり早間ラッシュであり、
急間ラッシュでもあった時代だと思います。
主婦の供舎、電撃セガEXとか、
ソニーマガジンズも出してるんですね。
ハイパーサターンね。
ハイパーサターンあったな、たぶん。
何の気なしに出してる。
買ってはないけど、見たけどそうか。
よく考えてない。ソニーマガジンズですもんね。
ハイパープレイステーションとか出してるんでね。
ハイパーサターンね。
すごいな。
ソニーマガジンズはね、
プレイステーションを出してるソニー。
あれもね、SCEですから、
ソニーコンピューターエンターテインメントが出してるのがプレイステーションであって、
ソニーってね、いくつか、いろんな部門、
会社があるわけで、
ソニーマガジンズってのはどちらかというと、
音楽系の雑誌出してる会社なんですよね。
36:00
パチパチとか、
なんかいろんな本出してたと思います。
なんだったかな、この前も言ってたな。
ヤングギターとかギターボックだとか忘れたけど、
なんかね、そういう楽器に、
当時ね、バンドブームみたいなのもあったから、
ドラムとかね、ギターとかベースとかの、
それぞれの雑誌とかも多分ね、
ヤマハかソニーかが出してたんですよね、どちらか。
どちらも出してたと思うんですけど。
そういう音楽系の、あと、
それこそシンプだったりとかね、
そっちの情報、
シンプ、特にソニーマガジンズなんかだったりすると、
ソニーはね、レコードも持ってるんで、
レコード会社も持ってるんで、
やっぱりそれでリリースした、
リリースするアーティストのね、
ロングインタビューとか載せたりとかしてたと思うんで、
そういう兼ね合いで、
出版というか、
編集、プロダクションなのか、
内部に抱えてるのかわかんないですけど、
やっぱり出版にはすごい明るいわけですよね、
ソニーマガジンズっていうくらいだから、
それはプレイステーションの方も出しますよね。
ただ、たぶんどうなんでしょうね、
おそらく、
ハイパープレイステーション出してから、
ついでにサターンのゲーム、
雑誌も出したいみたいなぐらいだったんですかね、
ついででね、わからないですけど。
そうか、
ハイパーサターンで出してた謎があったな。
当時ね、
突っ込んでたのかな、
僕、友達たちと、
突っ込む余裕もないぐらいね、
サターンの本も結構出てたんでね、
さっきの電撃セガEXとかね、
電撃セガサターンとかね、
何しか1年2年で終わるんですよね。
これね、サターンが悪いわけじゃないんですよ。
これプレイステーションもそうなんですよ。
次がですね、これドリームキャストですかね。
ドリームキャストは、電撃ドリームキャストね。
電撃ドリームキャストもね、
なんていうんですかね、
98年12月11日からスタートしてるんですけども、
98年の12月11日からスタートしてますけど、
その前の11月27日が、
先ほど言ってた電撃セガサターンがね、
最後の号ということで、
完全にも電撃セガサターンから電撃ドリームキャストにね、
指名変更を出してね、
リニューアルするっていう感じですよね。
おそらくこのドリームキャストファンもそうなのかな、
サターンファンからの後継子に当たるのかなと思うんですよね。
ドリームキャストファンっていうのもね、
98年の11月から2000年2月、
毎日コミュニケーションズはドリームキャストプレイスとかね、
ソフトバンク、ソフトバンクパブリッシングね、
ドリームキャストマガジン、
ドリームキャストマガジンってあれですよね、
ドリマガとか言ってたんじゃなかったですかね、後々。
これもサタマガが変わったのかな、
39:00
でファミ通DCね、
これファミ通のドリームキャスト専門誌ですよね。
でこっからがプレイステーションの方かな。
ザ・プレイステーションね、ソフトバンクとソフトバンクパブリッシング、
ソフトバンクからソフトバンクパブリッシングになる。
ザ・プレイステーションっていうのは結構、
氏名を後々変えていくんですけど、
これ結局95年1月から2001年3月になってますけども、
これ多分その後ザ・プレイとか言ってるんじゃなかったかな。
ちょっとね、これね、とびとびで紹介しなくちゃいけないんで。
あ、違うな、ザ・プレイって2004年からだから、
2001年までザ・プレイステーションって書いてあったってことは、
その後はなんか違う名前になってるんですよね。
あー、なんかわかったぞ、ザ・プレイステーション2になってるってことか。
そうですね、ザ・プレイステーション2っていうのが
氏名になってるみたいですね。
この辺はね、もういいかな、全部ね。
僕もね、この辺になるとね、結構いろんなの手出してて、
まあでも、いろんなの手出してるって言いながらも、
いわゆるプレイステーションの頃とかになると、
このハード別ゲーム誌っていうのはどうなんでしょうね。
1回目に紹介してた総合ゲーム誌に比べると、
どの紙面もね、やっぱりね、
ハード別ゲーム誌だから、このザ・プレイステーションにしても、
その後、ドクマ書店が出してるね、ザじゃない、
プレイステーションマガジンであったりとか、
僕はソニーマガジンが出してたね、
ハイパープレイステーションをちょくちょく買ってましたね。
なんかちょっとね、やっぱりソニーマガジンだけにね、
音楽系雑誌の匂いがちょっとする紙面構成だったような気がするんですよね、
デザインっていうのがね。
あと電撃プレイステーションとか、
あとなんだろうな、とびとび言うとファミ通PSにしてもね、
今ちょっと無作為に読んでますけど、ザ・プレイステーション2とかね、
ハイパープレイステーション2とか。
この辺ってやっぱり、
簡単に言うとハードベースゲーム誌だから、
非常に記事の内容としてはそれぞれ濃かったかなと思いますね。
僕ちょっと今飛ばしてたからかな。
電撃プレイステーションね、電撃プレイステーションかな。
この辺が特に、
ファイナルファンタジー11かな。
あれの記事なんかは結構好んで読んでたのが、
42:04
ファミ通よりもこっちの方だった気がするなぁと思いながらね、読んでました。
でもね、表紙だったり特集だったりで、
この頃になると、迷子じゃなくても急遽手に取るという雑誌も増えてきた時代だったかなと思います。
今にして思うとね、どうなんでしょうね。
プレイステーション2ぐらいになると、
そうだな、2008年とか。
それぐらいがピークなのかなぁと思うんですけれども、
この辺ぐらいまでが良かった時代かなぁと思いますね。
そうですね。ファミ通PSPプラスPS3っていうね。
PS3とPSPが一緒くたになってるっていう本がね、ファミ通も出してるんですけども、
2008年の7月から2010年の5月っていう感じで、
悪く言うのもあれなんですけどね、
なかなかこの頃のPSPとか、そしてそれ以上にプレイステーション3の立ち位置の難しさみたいなのが浮き彫りになってるなぁと思って。
僕もね、結構ね、プレイステーション3よりはこの時期はXBOX360の方がまだゲームゲームしてるっていう感じがしたんで、すごい好きだったんですよね。
PS3はね、メタルギアソリッドをやりたいがために買って、次に買うゲームがないなぁっていう感じで、
なんかね、欲しいゲームが少なかった気がするなぁPS3は。
XBOX360の方がね、よかったかなっていうね、気がする時期だったかなと思って。
なんか不思議な時代だったと思いますね。
なんかいわゆるその、プレイステーション3の時代ってやっぱりその、一気にゲーム史とかもちょっと減ったんじゃないかなあの頃。
で、やっぱりその、ハードの進化がプレイステ2でもやっぱり大変だったと思うんですよね、開発が。
それが一気にさらにもっと人員を必要として、開発コストがもっと莫大に上がってでも売れないみたいな。
そんな時代だったのかなぁとか。
買う方の僕らからしてもあんまりパッと見た感じ、面白そうに見えにくいみたいなね、感じの。
これあくまで僕の個人的な感想ですよ。だから買うに買えないみたいな時代だったかなぁと思いますね。
45:02
買ってるのもあったんですけどね、いくつかはね。
比較的360が多かったなぁ。
そんな中でですね、そうですね。
ワンダースワンファンっていうのがあったんですね。
これ徳間書店ね。これ結構でも、あ、違ったな。見間違いでした。
99年3月からですね、2000年1月25日まで。
そうか、でもファミ通ワンダースワンはね、もうちょっと長いですよ。
2000年4月14日からですね、2002年1月18日っていうね。
で、他ね、ファミ通XBOX。
僕はこれもちょいちょい買ってました。
初代XBOXの僕、すぐじゃないんですけど、ちょっとしてから買ったんで、
2002年1月から2005年9月までって、まあまあ続いてたのかな。
ここに載ってるね。
たまたままた、懐かしのゲーム雑誌大集合のファミ通XBOXのところに、
本の表紙が載ってるんですけれども、これ何月号なんだろう。
これちょっとわかんないですね。何月号かまでは字が小さくて見えないんですけども、
表紙に書いてあるんですよ。
これ多分ね、2002年の何月号かだと思うんですよね。
でですね、イノクライシス3、ソウルキャリバー2、そしてすごいですよ次が、
トゥルーファンタジーライブオンラインってデカデカと書いてますね。
トゥルーファンタジーライブオンラインね。
これわかる人いるのかな。これすごい期待してたんですよね。
トゥルーファンタジーライブオンラインについて、
僕一人ではダメですけど、誰かとだったら1時間ぐらい喋れるんじゃないかっていうぐらいね。
レベル5の幻のオンラインRPGなんですけどね。
これ結構ね、僕期待してたんですよ。本当に。
開発中止って言われた瞬間、結構がっくりしたタイトルかな。
そのレベル5って後々ね結構開発中止。
気がついたらあれラインナップから消えてるぞみたいなのが結構あるんですけども、
この頃のレベル5って言ったらどうだろう。
それこそダーククラウド、ダーククロニクル出して、
ドラクエ8はまだだったかな。8はまだやってなかったのかな。
あと何だったっけな。ローグギャラクシーとかやってたのかな。
48:01
着実に少しずつ少しずつ出したらスマッシュヒット。
会社の規模みたいなのを。
ユーザーの評価も上がっていった頃で、
そこがね、これやるって言われててすごい期待してたんですけど、
ファミ通XBOXの話全然やってないですよ。そっちのけですけど。
まぁまぁまぁ、トゥルーファンタジーライブオンラインの話はもういいでしょう。
ファミ通XBOXね。
僕はその後のファミ通XBOX360もちょっと買ってましたよ。
2005年10月号から2012年10月まで。
これ7年続いたんだな。買ってましたよって迷子は買ってないんですけれどもね。
ちょっとね、当初からなんですけどね、
やっぱファミ通とかに比べると、
読み手がね、キッズとかじゃない、中高生じゃないっていうのは意識してたとはいえ、
余白が多い気がしたのは結局、
ゲームとして数が少ないのかな。
ちょっとね、紹介するにしても、
情報量が少ないんだろうなぁと思って、
読みやすすぎてね、隙間が多いなぁみたいな感じは、
ちょっとした覚えがありますけれども、
まあまあ、2012年10月号まで続いたということで、
確か編集長は松井宗達さんでしたっけ?
今でもたまにファミ通XBOX元編集長みたいな感じで、
Xとかの投稿だったり、どっかで見かけますね。
こんな感じですかね。これでやっと、
ハード別ゲーム史。なんかね、適当に喋ってますけどすいません。
本当に雑多に喋ってて、こんな感じなんですけどね。
いやぁ、すいません。雑でね。
まあ前回に引き続いて、まさか2回に分かれるとは思わなかったんですけど、
このハード別のところがやっとここでね、
本編は終わりっていう感じで、ちょっと感慨深いですよね。
やっぱりね、僕もね、なめてました。
そもそもね、この企画自体が結構資料も作らずに、
前田さんの懐かしのゲーム雑誌大集合っていう本を片手にね、
ページぺらぺらめくって、こんな本あったな、あんな本あったなって喋ってね。
それぐらいの小ネタみたいな感じで喋っていければなぁって思ったんですけども、
意外とね、そうですよね。
あったなぁっていう雑誌から、だいたいなんか見覚えはあるぞ、みたいな。
見覚えはあるけども、買ってたっけとか読んでたっけなのか、
51:05
本当にどっかの本屋で立てかけてある、販売されてるのを横目に見た以上、
みたいなのだったのかが、やっぱり覚えてなかったりするんですよね。
かれこれ、なんだかんだ言ったって、20年前、30年前ぐらいの話だったりしますもんね。
ただやっぱりゲーム誌の中では、やっぱりハード別っていうのが当然だと思うんですけど、
やっぱり一番多かったし、
僕はね、ファミコンから一応全部の雑誌の時代を僕は生きてきたから、
見ようと思えば見れたんですよ、たぶん。見ようと思えば見れたというか、
ただやっぱり人生、常にゲーム雑誌に気を向けて生活してたわけでもないんで、
やっぱり僕の中での思い出が強かった時代って言うと、やっぱりどうしてもティーンエイジャーだった。
中高生の頃って言うとファミコン、スーパーファミコンぐらいじゃないのかな。
あとはやっぱりプレステの頃とかも、先ほどファミ通以外で言ったらハイパープレイステーションとかも言っちゃいましたし、
ビーブメガドライブとかも言ってますけど、たぶん僕が言うほど触れなかったのがDSとかWiiとか、
ゲームキューブの方に関しては実は完全にすっ飛ばしてるんですよね。
で、うちの番組聴いてくれてる人たちだったりすると、実はその辺りの方がガッツリ思い出がっていう層もいると思うんですよね。
どうなんだろう、今40代ぐらいの人だったりすると、40代前半ぐらいだったりしたらどうかなぁ。
64とかWiiとかが中高生、いわゆる青春のドストライクゾーンみたいな時期だったと思うんですよね。
だからその頃に買ってたよとかね、ニンドリ読んでたよとか。
ニンドリに至っては僕はついに子供に買い与える方になってた覚えがありますもんね。
なんかカードがついてるから買ってくれって言われたら、あ、あれか。
パルテナの鏡かなんかでしたっけね。
なんかそれ読み込める武器なのかカードか、なんかデータがあるのかな。
なんかそんな感じだったような気がするけど、違ってたらすいませんね。
だから僕がまだある程度フォローできる部分は喋りましたけども、
喋ったって言ってて内容全く触れれてないですもんね。
どの雑誌に関してもね、ほぼほぼね。
54:00
大塚くんの話とかしてましたもんね。
フルファンタジーライブオンラインの話って完全にゲーム史と関係ないですからね。
そんな感じでね、ペチャクチャとね。
これが出た頃はとかね、そんな話で。
まあ簡単に言ったら結局のところね、
喋りのきっかけが欲しかっただけっていうね。
バラしてしまいましたけどね。
まあね、そんな感じですかね。
やっとね、今回の企画の折り返し地点っていうのかな。
これまだもう1個ある。もう1回撮らなくちゃいけないんですよ、これ実は。
これ今ね、第3回目なのかな。
もう1個撮る予定があるんですよね。
そっちはね、もうちょっと喋れるのかなとか思ったりしたんですけどね。
そんな感じでね、ちょっと本編はここで終わりたいと思います。
ちょっとね、途中多分ガサガサとしてる音がいろいろしてたと思うんですけどね。
それは全部本をめくる音だったりするのでお許しください。
ありがとうございます。
はい、いかがだったでしょうか。
今回はね、実は前回のゲーム雑誌、ハードベツゲーム雑誌前編の時にもね、多分言ってると思うんですよね、エンディング部分でね。
実はエンディング部分はですね、このハードベツゲーム雑誌の前編と、
そしてちょっと日にち空いてからね、後編を撮ってから、撮り終わってから、前回のエンディング撮って、オープニング撮って、
で今ね、今回のね、この分のオープニングとエンディングを撮ってるんですよね。
エンディングはね、今日1日でね、2話分を撮ってるっていうことなんですよね。
でもさっき喋ったの、エンディングの部分っていうことでね、喋るネタがないなーって思ってたんですけどね、エンディングね。
まあそこでね、ちょっとふと、まあ多分本編の中でちょくちょく喋ってたのかなーと思ってたのが、
僕ね、この前田さんのこの懐かしのゲーム雑誌大集合っていう中で、多分喋んないですねっていうジャンルがあるっていうことで、
それがね、まあこの本で言うと、第6章男性向けゲーム史っていうね、
まあいわゆる1990年代の美少女ゲーム&ギャルゲームブームを支えたこの本ですよね。
これなんで僕喋れないのかっていう話だと、簡単に言ったら買ってないんですよ。
57:06
なんかどっかでも言ってると思うんですけど、買えなかったっていうのが正直なところですかね。
なんで買えなかったのかっていうとね、僕別にね、エロが嫌いとかそんなかっこつけじゃないんですけれども、
ただ、あからさまに表紙がね、これはそっち方面のエロですよねっていうのが、
丸わかりの本が表紙を見ただけでわかっちゃうじゃないですか。
っていうこともあって買えなかったんですよね。
今ちょっとね、そこを見ながら喋ろうかと思うんですよね、軽くね。
すごいなと思うのは、これね、そうだ、創刊から33年ね、いまだに唯一残っているこのエロゲー美少女ゲームの本があるらしいんですよね。
それがバグバグっていう本らしくて、これはですね、1992年10月から刊行して現在も刊行中なんですよね。
マガジンマガジンっていう出版社から、フジミ出版、スコラマガジン、そしてタツミ出版ね。
タツミ出版のエロ本とね、パチンコパチンコでおなじみの出版社ですけども、これだけが続いてるのかな。
これなんかも、この紹介されてる本の中でもそうなんですけども、
表紙の時点でもうね、乳首が出とるやないかいみたいな表紙なんですよ。もう買えねーっすもん、僕ね。さすがにね。
でね、あ、そうだこれ、これだ。
やっぱね、いくつかでもわかるよなぁ、どれ見てもなぁと思うのに、やっぱりね、今パラパラと見てわかった。
あの、百屋書房、そして、あ、メガストアってこれも今出てるんだな、まだ。
あの、百屋書房から出て、今コアマガジン社が出してるのかな、メガストアっていうやつね。
これもですね、結構ドギツイ表紙なんですよ。
もうあの、モザイクみたいなの、表紙ですよ。
表紙に、その、女性の生殖器の部分が、モザイクかかって出とるやないかい、みたいなね。
とか、この白い液体は何なんだ、みたいなね、表紙ですよ。
もう、あの、それをね、僕は手に取って、レジまで行く勇気がなかったっていうのも正直なところありましたし、
あとね、もう一つは、僕がポリシー、特別にポリシーってかっこいいもんでもないんですけど、
1:00:01
昔からね、僕、そもそもエロゲーをやったことがないに近い、
あの、ほぼやったことがない人なんですよ。
神さんが持ってる、神さんがエロゲー持ってるんですけども、
最近はどうなのかわかんないですけど、それをちょこっとね、触ったぐらいで、
あの、BLとかじゃないですよ。
あの、うちの神さんは、男性向けのエロゲーにもちょっと手を出す人なんですけども、
もう10年以上前かな、ちょっと触らせてもらったぐらいのことがあるぐらいで、
基本的には、自分がお金を出してまで、エロゲー買ったことがない人なんですよ。
というのも、なんかね、あの、前もどっかで言ったと思うんですけど、
ゲームはゲーム、エロはエロでね、こう、切っちゃう人なんですよね、たぶんね。
あの、結構僕、その考え方、結構そういうところが、ピチャってことないけどピタッとしてて、はっきりとね、しててですね。
あの、どっちかというと原理主義な人なんですよね、僕自身がね。
一旦決めたら、札幌一番はもう塩ラーメン以外はなかなか食わないぞとかね。
ケーキといえば、イチゴのショートケーキしか食わないぞとか、それぐらいのね、なんかね、頑固なのかな、やっぱりそういうところもあるんですよ。
で、エロはエロ、ゲームはゲームっていう中で、僕のゲームの原体験が、
例えばその、カミコンだったりとか、アーケードのゲームだったりとか、だったりするわけですよね。
これが、最初の出会いがもしかして、仮になんですけども、僕が麻雀のやり方を知ってて、脱衣麻雀から入ってたらまた違った未来があったのかもしれないんですけれども、
結局その、マリオだったりとか、ドンキーコングだったりとか、ゼビウスでもなんでもいいんですけども、
そういう、いわゆるその、SFだったり、空想だったり、ファンタジーだったりっていうところからゲーム入ってるもんで、
その、なんていうんですかね、多分なんですけど、エロゲーって何かしらをやることによってご褒美としてエッチな映像が出たり、画像が出たりすると思うんですよね。
で、ご褒美としてデモムービーみたいなのが出るっていうと、
例えばプレイステーションの時代ぐらいからはあったのかな、そういう、いわゆるその、
ハイクオリティなグラフィックのムービーが流れるとかね、そっちに僕シフトしちゃってるもんで、
どうしても物語を進めるとかっていうところに視点を置くからか、エロゲーはどうしても手が伸びなかったりするわけで、
そうするとエロ関係のゲームにも手を出さない。
そして、なんかね、いや、かわいく描かれてる感じはするんですよ。
1:03:02
だけども本屋で見ると、いやこの表紙は手に取ってもっていけねえだろみたいな感じで、
なんかね、ちょっと距離を置いてたっていうのが、僕がエロゲー雑誌、
エロゲーとか美少女ゲーの雑誌を手に取れなかったっていうね、
要は根性なしなところもあるっていうところかな、恥ずかしがり屋っていうか、
そういうのもあってね、買ってないんですよ。
だからなかなかね、買ってないなあ、そこだけはちょっと買えなかったですね。
ちなみにね、神さんに頼まれて、ビーズログとかね、BL系の雑誌は買ってきたりとかね、
あと、僕じゃないんですよ、男性向けのエロ漫画で言うと、
あれで言っていいのかな、まあいいか別に下ネタ厳禁とかあれでもないんで、
全然関係ないですけど、うちの神さんが言ったとき、今あんのかなエロ本で、
ペンギンクラブっていうエロ漫画雑誌をハマってた時代がありまして、
よく帰り、電話かかってきて、
帰り屋のコンビニによって、ビールとペンギンクラブ今日出てるから買ってきてくれってくれてね、
ペンギンクラブをね、僕は読まないのに、
妻の言い付けのためにエロ漫画雑誌とビールを買って家路に帰るみたいなことはありましたけどもね、
それはできたけど、でもなんでだろうな、
エロゲーの本自体がコンビニとかで売ってたのかな、
あんまり見た記憶が僕もなくて、どっちかというと本屋ですもんね、
それが結構僕の中では購入の敷居を高くしてるし、
そもそもエロゲーをやんないっていうところもあったんで、
買えてないっていうところがあるんでね、あんまり喋ることがないんですよね、
だからあんまりね、これしかも、だからこそね、
ちょっと辛いというか、いくつかのムーブメントには乗れなかったなっていうのもあるんですよ、
もちろん僕と同世代の人でゲームをやってる人たちと喋ってると、
やっぱりどうしてもあの頃のエロゲーはみたいな話が出たりするときに、
僕ついていけなかったりするし、
あとそうだな、エロゲー関係で言うと何があるかな、
かつてはね、元はエロゲーだったんですって言って、
今じゃエロゲーじゃなくなってるのかな、
フェイトっていう、あのシリーズも僕だからね、全く手つかずなんですよね、
1:06:07
あれもともと確かエロゲーだったりするじゃないですか、
だからそれもあるんだろうなと思ってね、
執事がエロゲーだからっていうところもあって、
未だに手を出そうとも思ってなくて、
ファンの人からしたらもうエロゲーじゃねえしとか、
いろいろ言いたいことあるんでしょうけども、
そういうところが僕の邪魔をしてて、手を出してないですよね、
他にもエロゲー由来で、
エロ部分はなくてもすごい面白いエンターテイメント、
アニメだったりゲームはいくつかあるんでしょうけども、
この辺が完全に乗り遅れちゃってるんですよね、
こういう変な縛りというかこういうのを付けちゃってるんでね、
もったいないなとは思うんですけども、
直そうとも思ってないところもあるんですよね、実際ね、
そんなに深刻なほど考え込んでもなかったりするから、
その直そうとも思ってないっていうところが正直なところなんですけどね、
そんな感じでね、このエロゲーについて、
エロゲーっていうか、エロゲー雑誌のことはなんで喋れないかっていうと、
そんなところですね、
いや僕もね、何度か本やゲーム雑誌とか見てるところで、
なんじゃこりゃみたいな表紙、びっくりした、
何度かあったと思うんですよ、たぶんね、
先ほどのメガストアとか、
あとね、テックなんたらとか、テックジャイアンだっけ、
テックなんたらとかあったと思うんですよね、
違ったかな、テックジャイアンだ、
そうだ、テックジャイアンとかもすごい表紙の時があったんじゃなかったっけな、
だからね、いまだにテックってついてると危ないっていうね、
勝手に思い込みしてますね、
そうですね、なんかいろいろ、
でもいろいろ出してるんですね、いろんな会社がね、
新生者もなんか出してるし、
すごいな、
でもそうか、僕が手を出さなかったっていうところで言うと、
美少女系っていうところで、僕が拒絶反応みたいにこうやってやってるけども、
実はこのサターンVっていう本なんかはね、
これソニーマガジンとか出してるんですけど、
サターンプラス美少女プラス声優のハイブリッド誌って書いてますけどね、
そうか、声優とかコスプレとかもこの辺でちょっといじられてたりはするのかな、
なんかそういう文化を全部置いてきちゃった感じになりましたね、僕がね、だから、
まあまあまあまあ、
いくらゲーム好きと言っても、
全方位に守備範囲広げられなかったっていうところもあるんで、
1:09:02
まあいいですけどね、後悔はしてなかったりはするんですけどね、
まあそんなことはね、ここで喋って、だらだらと喋っておりますけど、
まあこんな感じで、
多分僕が手を出しにくかったのかなっていうふうに思います。
で、あとですね、そうですね、エンディングでね、
もう次回ね、多分ここまで守備範囲広げれないかなっていうところもあるんで、
どうだろうなあ、
そうだなあ、
がっつりね、
僕ね、がっつり喋れるほどそんなに記憶もないし、
そうだなあ、なんか見てたのは見てたんですけど、
がっつり思い出がもう今となって残ってないっていうところで言うと、
アーケードゲーム誌ね、
結構出てますよね、アーケードゲーム誌っていうのもね、
まあそれもね、僕が喋れるのって何があるかな、
やっぱゲームエストぐらいかな、
あとゲームユー、リード社が出してるんだ、
ゴルゴのリード社が出してるんですね、
意外、意外ですけどね、
で、あとはゲーム必勝ガイド、
白夜消防ね、
ゲーセン天国、
ドクマ書店、
まあまあいろいろあるみたいですね、
まあ僕そうですね、やっぱりどうしても、
いくつか今ね、
僕がやっぱりどうだろう、覚えてるって言ったら、
もちろんね、やっぱりゲームエストですよね、
ゲームエストってね、皆さんどうなんですかね、
メストっていう人が多いのかな、圧倒的に、
これゲームエスト略してね、
メストっていう人が多いかと思うんですよ、
これね、なんでかわかんないですけど、
僕が言ってる専門学校だけだったのかもしれませんけどね、
これをね、
メストというやつは一人もいなかったんですよ、
僕の大阪にあるね、
当時ゲームクリエイターを養成する専門学校で、
もちろんね、
当時スト2ダッシュターボです、
スパ2Xぐらいかな、
ストゼロとか、
バンパイアとか、
Xメンとか、
その在籍者あったかな、
SNKで言ったら、
ガロスペ、
リュウゴ2、
サムライスピリッツ、
シンサムとか、
いわゆるもうね、
格ゲー黄金期みたいな頃ですよね、
バーチャ2、
バーチャバーチャ2、
ファイティングオブバイバーズ、
ラストブロンクス、
ファイターズヒストリー、
ファイターズヒストリーダイナマイト、
ワールドヒーローズ2、
ワールドヒーローズ2ジェット、
ワールドヒーローズもそうだけど、
1:12:01
そんな頃だったんで、
ゲーメストのお世話にもなりましたよ、
だけど、
これをね、
うちの、
僕も含めて、
なんでだろうな、
ガメストって呼んでたんですよね、
なぜか、
ゲーメストをそのままローマ字読みしただけなのかな、
なんかね、
誰かがガメストガメストって言ってたらね、
あの、
そっからずっとガメストガメストってみんな言ってたら、
全く略せてないんですよね、
言うほど、
ゲーメストですからね、
全然略してもないんですけど、
今思うとね、
なんでがガメストガメストって言ってたのかな、
実は、
これを略してメストっていう風に言うっていうのは、
だいぶ、
僕ももう、
学校卒業して社会人になってからぐらいかな、
なんかで聞いて、
あ、そうやって略すんだ、
ぐらいの感じだったかな、
あと僕はですね、
結構ね、
まあ、
あの、
まあ、
あれですよね、
アルカディア、
ゲーメストがいろいろあってね、
亡くなった後に、
その編集の人を、
アスキーとかエンターブレインが、
こう、
引き取ってこうやったみたいな感じだったのかな、
確かアルカディアね、
アルカディアもさすがに見てなかったですね、
立ち読みぐらいしかしてなくて、
どっちかというと、
ネオジオフリークね、
ネオジオフリークはあの、
僕も、
あの、
専門学校時代に、
友人っていうのかな、
持ってきてたりとか、
僕自身も買ってたりしましたね、
ちょっとね、
そうですね、
ネオジオに関しては、
やっぱネオジオワールドとか、
ネオジオ通信という、
ファミ通からも出ていたね、
あるんですけども、
でもやっぱネオジオフリークかな、
っていうことで、
アーケードも、
なんだかんだ言ったって、
僕ゲームエストとか、
そのネオジオフリークぐらいなんですよね、
他もね、
スーパーゲーマーズとか、
パワーゲーマー、
マガジンボックス、
パワーゲーマーとか、
ゲームランド、
マガジンランドっていうところがね、
出してるゲームランドとか、
まあいくつかなんかあったような、
なかったようなぐらいのね、
感じはあるんですけども、
これもやっぱり結局ね、
今見ると、
まあなんだかんだ言ったって、
94年ぐらいから出て、
93年、4年ぐらいから、
創刊したけど、
95年、6年ぐらいで、
大半が、
休刊してるっていう感じですよね。
それこそ、
アルカディアは99年から2015年までとか、
まあそんなことはあるんですけど、
大体やっぱりその一家制の、
ブーム、
みたいな感じで終わっちゃってる本が、
やっぱり多いかなと思うんですよね。
まあこの辺はね、ちょっと、
まあやっぱりね、
それは多分ハード別のゲーム史だったりも、
同じ道、
1:15:00
辿ってるかなというところでね、
特にアーケードゲームは、
まあそうです。
そうか今、
ゲーム史と結構思い出多いな、意外と。
ね、誤食だったりとかね。
まあ誤食も、
どうなんだろうなと思って、
僕はその、
なんかどこかでこの誤食に関しては、
当時担当してた人と、
後々インタビューかなんかでも、
答えてたのかな。
ゲーム史との誤食が多いっていうのは、
僕も、
後々編集の仕事をやるようになってから、
ああ人事じゃないなっていう感じで、
ゲーム史とのあの誤食って、
こういう風なことで生まれたんだろうなっていうのをね、
分かったのは、
結局、
ゲーム史とのライターさん、
編集の人が記事書くわけですけど、
おそらく手書きの原稿用紙だったりするわけですよね。
でそれを、
手打ちで、
テキストを起こす人がいて、
それを紙面に、
レイアウトしたやつにデザインした人に、
デザインしてやる人がいるわけですよね。
オペレーターって言ったり、
デザイナーって言ったりすると思うんですよ。
でこの人たちが、
東京はね、
結構文業が、
比較的、
されてたと思うんですけど、
僕みたいに大阪だと、
一人で取材して、
文面考えて、デザイン考えて、
写真も自分で撮って、
それをレイアウトすると、
僕が一人で全部、
1から10までやるから、
5色って、
僕が間違えない限り、
なかなか難しいんですけども、
ただゲーム史との場合って、
あれですよね、
例えば、
タイガーアッパーカット、
タイガーウッポーカットになってたっていうのも、
結局、
文字をね、
書いてる人は、
手書きで原稿用紙かなんかに、
デザイナーさんなのか、
そのテキスト化する人、
テキストデータにする人とかに、
入稿してるわけですね。
それがデザイナーに回るのか、
そのデザイナーがそのまま、
レイアウトをするっていうんですかね、
半組とか言ったりもするんですけども、
その際に、
この人自体は、
いわゆるさっきの、
タイガーアッパーカットでいうと、
すとつを知らない人なんですよね。
で書いてある原稿用紙の文字が汚いと、
これはアーじゃなくてウーに見えるわ、
みたいな感じになったら、
そのまんま構成って言うんですけどね、
多分、
プロダクションなりデザイナー連中で、
文字構成って言うんですけど、
元の原稿、手書きの原稿を元にね、
見直したりはしてくれるんですけど、
字が汚かったり、
間違えて書いてあったりすると、
それが正しいと思ってやるから、
変な変わった名前だなーみたいな感じで、
そのまんまね、
通るわけですよ。
1:18:00
何せ作ってる人には知識がないわけですから、
そうするとね、
書いた担当の人が、
その後上がってきた、
デザインされてきたやつを、
色工とか言うんですけども、
フィルム状になった紙面をね、
フィルム状で、
もうこれでOKだしたら、
このまんま擦られるよっていうね、
ギリギリの段階で、
多分色構成とかあるんですよね。
その前でも、
多分確認は出てるはずだとは思うんですけども、
多分それをね、
適当に見て、
ああ、いけてるいけてる、
ぐらいな感じで、
全文読まなかったとかになると、
当然ミスには誰も気づかずに、
そのまんま出版されますよね、
みたいな感じだったと思いますよね。
これ結構ね、
一言じゃないなと思ったのは、
僕も、
あるんですよ。
僕の場合は、
求人誌とかやってたりしてたんで、
飲食関係の求人誌とかやってたんで、
ブランド名はあえて控えますけども、
今も現存するんですけども、
あるね、
これ創業者の、
創業者の、
おじさんの顔なんですけども、
ロゴマークがね。
これがスキャナーで取り込んで、
ロゴマークね。
スキャナーで取り込んで、
うわ、にじんでるなーって言って、
いっぱいにじんでるなーって、
モノクロでね。
これ消しちゃった人がいるんですよ。
それ実はね、
毛質で落書きのように書かれた、
メガネのような感じ。
メガネをかけたおっちゃんだったんですけど、
これがね、
ちょっとスキャニングの具合が悪くて、
線と線がつながって、
メガネみたいになってるわって、
それ切っちゃったんですよね、
途中でね。
消しゴムツールかなんかで消しちゃったんですよね。
ただのおっちゃんになっちゃってね、
本が出来上がってですね、
大目玉をくらったことがありますね。
それは僕が消しちゃったんじゃないんですけども、
他のね、
人がやっちゃったんですけども、
僕もね、
それ気づかずにですね、
あ、こういうロゴだったよなーってね、
そうそう、
そういうので、
言ったりとか、
結構それ、
結構多いですね。
あと、
そうですね、
住所とか書くときにね、
あのー、
なんて言うんですかね、
ビル名とかをね、
間違えるとかね、
あのー、
多分、
当時、
プレイステーションが当たり前のように
ヒットしてた、
初代プレイステーションが当たり前のように
ヒットしてたんですよ。
で、
これは僕らが悪いわけではなくて、
その原稿を書いた営業の人間が悪いんですけども、
あのー、
まああのー、
なんて言うんですかね、
その、
お店が入っているビルの名前が、
1:21:00
プレステルビルって言うんですよ。
プレステルビルっていう名前のビルなんですよ。
これ多分今もね、
実在します。
今も多分あると思います。
プレステルビルって言うんですけど、
そいつね、
なんかよくわかんないですけど、
プレステビルって書いちゃったんですよ。
で、
そうすると原稿用紙としては
プレステビルって書いてあるから、
僕らもプレステビルって打ち込んじゃったんですよね。
そしたらですね、
まあまあ、
原稿通りに、
だから間違ってはないなと思って、
で、
その、
書いた営業担当も、
プレステビルって書いちゃってるから、
誰も気づかなかったっていうね。
まあ、
一応気づいていいはずなのは、
営業は営業で、
その、
いただいた名刺なのか、
その、
何かでね、
本当に住所間違ってないかって確認するっていうことが
一つ必要だったと思いますし、
僕らも僕らでね、
プレステビルってすごい名前だなっていうふうに
気がつきゃよかったんですよ。
いくら、
ビルの名前にプレステビルってあるの?
みたいな感じで、
あの、
考えればよかったんですけど、
疲れてたんでしょうね。
で、
本が出来上がってね、
その、
その、
お客さんのところに持って行ったら、
大目玉食らったっていうのも、
それもありますしね。
だからこういう感じだと思うんですよね。
あの、
ゲームストの誤食ってね。
だから、
あの、
みんながみんな同じように作り手とね、
うーん、
今はもうね、
あの、
おそらく、
その、
紙面だったりはデザイナーと、
別れてんのかな?
今もちょっと、
現場離れてもだいぶ経つんでね、
うーん、
僕は一貫してあの、
デザインも全部、
僕がやってたんで、
その方が話が早かったりするんでね、
レイアウトとかもね、
記事も書くのも。
僕は一人でやってたんですけども、
やっぱりそれが別れてる。
分業になっちゃうとどうしてもね、
あの、
知ってる人知らない人っていうので、
その、
なんていうんですかね、
名称、
ワードの、
まあ知識っていうのかな、
それの共有ができてなかったりすると思わぬところで
落とし穴ってあるから、
ゲーメストはそれがすごいあって、
多分ね、
編集部員の数も少なかったりとか、
構成作業に時間をかけない、
何かしらの理由があったんだろうなと思うんですよね。
うーん、
だからね、
あの、
まだ、
うーん、
まあお金に関わるところじゃなかっただけ良かったのかなと思って、
ね、
あの、
そこは、
うーん、
まあ、
ポジティブに考えたほうがいいのかなと。
これね、
もしカタログみたいなやつでね、
掲載してる商品の金額が一桁間違えてたったら
大問題になっちゃったりしますから、
うーん、
そういうのもあるんでね。
結構、
あの、
僕も過去にそれ、
あの、
僕が実際やったんじゃないんですけど、
僕の部下がやって、
まあ、
僕がもう、
あの、
けちょんけちょんに怒られて、
1:24:02
あの、
かつてね、
あの、
怒られて、
もう超怒られて、
あの、
何なんでしょう、
掲載店さんから、
掲載店というか、
掲載してる会社さんからめちゃくちゃ怒られて、
そうですね、
営業とかから、
もうすっごい怒られて、
うーん、
帰りの電車の中でも、
そうですね、
泣くのをぐっと堪えながら、
家の玄関の前で、
ついに、
事切れて泣いた覚えが、
今思い出したのは、
嫌な思い出だな、
そんなこともありましたけど、
何でこれゲイメスとの話なのか、
ここまで進んだのか、
分かんないですけどね、
そんなこともあったな、
みたいな感じでね、
まあゲイメスは多分そういうことが、
あったんだろうな、
とね、
勝手に今、
ふと思い出して、
思い出してて勝手に予想してね、
妄想して喋ってますけどね、
本当はどうなのか、
分かんないですけどね、
でも、
おそらく、
作り手と、
描き手とね、
デザインしてる人とね、
別々だったから、
こういうのが、
起きたんだろうな、
と思うんですよね、
で、
当時、
あの、
この頃っていうのは、
あの、
おそらく、
まあ、
雑誌の編集、
デザインの作業の大半は、
Macでやってたはずなんですよね、
で、
そうすると、
やっぱMacって、
まあ、
今に比べると、
でも当時は、
90年代、
90、
そうですね、
93年、
4年、
5年、
6年とかになると、
まだまだ高かった時代ですね、
その、
そうですね、
だいぶ安くなったって言っても、
ハイスペックなゲーミングPCぐらいの値段が、
本体だけでですよ、
してた時代だったんで、
早々編集部ですね、
10代とか、
やっぱ、
入れれなかった時代だったりしたんじゃないかなと、
思うんですよね、
で、
確か、
ゲーミストはちょっと分かんないんですけれども、
他のね、
あの、
僕が仕事させてもらってるところなんかでも、
あの、
フリーでね、
本職とは別にフリーでさせてもらってるところなんかでも、
やっぱり、
え、
この本作ってんのに、
Macがたった2台しかないんだよって、
交互に、
あの、
編集の人が入れ替わり、
立ち替わりで、
自分の担当するページをデザインするなんていう部署も多かったので、
部署って会社さんもあったんで、
ね、
で、
あと、
追いつかない分は、
外中の僕らに声がかかるとかね、
そんなこともあった時代だったとは思うんで、
やっぱり、
その、
そうなると、
やっぱり、
んー、
ゲーミスト内部にもMacなんかなくて、
やっても1台とか2台とかで、
とか、
もしかしたら、
ワープロで当時はテキスト売ってたのか、
そんな感じだったのかなーとかね、
まあだから、
その頃だったりすると、
やっぱりなおさらね、
出来上がるまで、
分からないとかね、
時間が経ってから出来上がっちゃってるんで、
もうミスにも気づかないみたいなこともあったりしたのかなーってね、
勝手にね、
思ってます。
なんかこんな話で良かったのかな、
こんな話で気が付いたら、
今もうエンディングで30分喋ってますけどね、
1:27:03
すいません、
だらだらとね、
雑談が、
まあそんな感じでね、
まあね、
やっと、
アーケ、
まあ今ね、
無理からアーケードとエロゲー雑誌、
美少女ゲームの雑誌も、
このエンディングでね、
ちょっと喋っちゃったんで、
あとは次はね、
あと1回で何とか、
終わらせたいと思います、
ゲーム雑誌のね、
僕本当にね、
実はあの、
あんなゲーム雑誌もありましたね、
こんなゲーム雑誌もありましたねーとかでね、
思い出語りぐらいで喋ろうかなーと思ってたんですけども、
あの、
バカだからページめくって載ってるのがあったら、
あ、これあったなーって言ったらそっからね、
一人でね、
あのー、
ペラペラとね、
話膨らまして、
盛り上がっちゃってるんでね、
まさかね、
4回に分かれて、
撮るとかね、
思ってなかったんでね、
想像以上にちょっと偉いことになってますけどもね、
まあね、
まあ、
何とか次回で終われるようにしたいと思います、
本当にね、
長々と聞いていただいて、
ありがとうございます。
それでは、
さようなら。
おやすみなさい。
01:28:24

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